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今日は3連休の最終日。
皆さんは3連休、どうお過ごしですか?
良いお休みが取れたでしょうか。

私は3連休ではなかったのですが、月曜なので、今日は休みです。
さてどうしょうかな?

巾着田でも行こうかな。
巾着田(きんちゃくだ)とは、埼玉県日高市の西部、高麗本郷を流れる高麗川に囲まれた所にある巾着のような形をした平地である。500万本の曼珠沙華(マンジュシャゲ)日本一の彼岸花(ヒガンバナ)の群生地となっている。

行こうとおもったら時期が過ぎていました。
「全体的に見頃を過ぎました」という情報。残念・・・タイミングを逃した。あ^あ^あ行きたかったな。

では仕方ない。
皆さんには、数年前の巾着田の写真を見て頂くことにしよう。

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巾着田(きんちゃくだ)曼珠沙華(マンジュシャゲ)、彼岸花ともいう。日本一の曼珠沙華の群生をご覧ください。

さて、巾着田はあきらめて、どこに行こうかな。
秩父あたりを車でドライブするか。紅葉はまだ早いけど。



大型の台風24号が日本列島を縦断する。
日曜日、9/30は関東を直撃する予報です。
当日ご予約の方、対面鑑定を希望する方はご注意いください。
できれば、対面鑑定から電話鑑定に切り替えることをお勧めします。
すでに何人か電話鑑定に切り替えています。
身の安全のため、よろしくお願い申し上げます。


今日は空いている時間に投稿します。
一日予約で埋まっている日もあれば、今日みたいに空いている時間もあります。
これを私は隙間の時間と呼んでいます。

寸暇寸陰を惜しむ。空いている隙間の時間を有効に使い、仕事や勉強をしなさいという意味ですが、私の場合はそうすることもあるし、何もしないでのんびりすることもあります。今までずっと働きづくめでしたから、たまにのんびりするのもいい。どうせまた忙しくなるのだから、今は寸暇寸陰を楽しもうと考えています。

こうしてブログ書いているのも、今の気分は仕事ではありません。
楽しいからやっているのです。リラックスするからやっているのです。
忙しくなる前のリラックスタイムと心得て、キーを叩いています。
とても楽しいです。

そして、コメントの返事もするようになりました。
以前は時間に余裕がなく皆さんのコメントに返事すらできなかったのですが、これを改め、反省し、時間があればコメント返しをしたいと考えるようになりました。だってマスターマインドですもの。ブログ管理者がマスターマインドに参加しなくてどうする。マスターマインドは、共通の目的を持った人々の波長の合ったバイブレーション。遅ればせながら、皆さんと共にバイブレーションを引き起こそうと思っています。波長のあったバイブレーション。しびれますね(笑)コメント返しは一日のわずかな時間があればできるものです。やってみればそんなに難しいことではないと気付きました。「1日3回、人のために善を尽くす。そして感謝する」いいものです。

そして未来の構想。
隙間の時間は未来の構想の時間です。
しばらく本を執筆していないので、また本を書こうかなと思っています。
今度は電子書籍で。
もちろん出版社から声がかかれば、紙製本の本も執筆します。
まだ未来への構想中。着手はもう少し時間がかかると思います。

隙間の時間はいろいろ考えるものです。
妄想も含めていろいろ。
でも、いい時間が過ごせました。
読んでくれてありがとうございました。

あと15分ほどで次の予約のお客様が見えます。
投稿はこれにて終了し、少しリラックスします。


休みの日の沖川は何をしているの?
おそらく皆さんには興味がないと思います(笑)
興味がないかもしれないが、記事のタイトルを書いてしまったので、勝手に進めていきます。興味のない方はこの記事をスルーしてください。

普段は皆さんの幸せばかりを追求しているので、休みの日くらいは自分の幸せを追求したいと思います。

休みの日にこれっといったワクワクするものはありません。
ワクワクすることが幸せでないので、別にワクワクする必要もありません。
私の休みの日のルーチンワークは決まっています。
午前中は、ブログを書いたり、本を読んだり、日用品の買い物に出かけたりしています。ブログを書く時間、買い物に行く時間、本を読む時間がだいたい決まっています。30分もずれません。

午前中のルーチンワークが終わると、午後(12時頃)ジムに行きます。週2回のジム。90分汗を流し、お風呂に30分、休憩室で仮眠20分の2時間30分コースです。

ジム帰りに図書館へ寄ります。ここで30分ほど滞在して本を4冊借ります。本を読むペースは週に1冊程度。年間30~50冊です。これが1年の平均。怠けているときは年間10冊も読みません。その代わりやる気があるときは年間100冊ほど本を読みます。年間100冊本を読むのは10年に1回くらいでしょうか。

アメリカの調査で、高校を卒業したアメリカ人の半分は学校を卒業してから本を1冊も一生読まないそうです。高校を卒業したアメリカ人の半分は一生本を読まない、信じられますか?では大学を卒業した人は?残念ながらその調査結果は見つかりませんでした。もっとも私も40歳くらいまでそうだったのかもしれません。新聞や週刊誌やマンガ本は読んだけど、ちゃんとした本は読まなかった。年間1冊も読んでいないと思う。ほとんどがテレビ付け。毎日4~5時間テレビを観ていたと思う。それで何とか生きていけたし、不便を感じなかった。だが、男も40になれば危機が訪れる。仕事盛りの不惑の歳の危機は若い頃と違う。安楽な生活ではとても危機を乗り越えられない。そこで助けを求めるように本にすがりつく。すがりつけば「求めよ、さらば与えられん」という境地に達し、運命を左右する本と出会うことになる。私の運命を左右した本は中村天風の「運命を拓く」だった。その本との出会いから、私は「心を積極的に」という言葉を覚え、人生が様変わりした。人間危機がないとダメですね。危機がないと、私も一生本を読まない人間になっていたでしょう。半分のアメリカ人のようにね。ぶくぶく太って健康を悪くし、怠惰怠慢の生活を送っていたのかもしれません。

幸せとは不思議だね。
安楽な生活が幸せそうに見えるけど。
それは幸せではない。

困難は不幸に見えるけど、
困難に立ち向かっているときが幸せなんだ。
不思議だね。

ノンビリしているときが幸せだと思うけど、
あまりノンビリしていると、後ろから不幸がひたひたと迫ってくる。
おいおいうかつにノンビリできないじゃないか。

だからといってせっかちになってはいけない。
焦ってもいけない。パニックになっていけない。慌ててもいけない。
白黒つけて自爆してもいけない。苦しみ逃れの結果を急いでもいけない。
苦しみを享受し、受け入れ、時間かけてコントロールしなくてはいけない。
困難に立ち向かっているとき、
困難をなんとかしようとしているとき、
そのときの時間が幸せなんだ。
そうなると幸せは不幸の隣にいるんだね。
人が見て不幸。
不幸に見える本人は不幸から逃げずに努力している。
これが幸せか。
なるほど。

ならば、不幸になる前に手を打つべきか。
安楽な生活に幸せはない。
テレビは見ず、スマホは見ず、映画は見ず、ゲームはせず、マンガ本は読まず、有益でない友達とは飲みに行かず、生産性を生まない無駄な時間はすべて無くす。こうすれば不幸は近づかない。だけど、自分はこんな禁欲な生活は嫌だ。安楽な生活もちょっとは欲しい。だからちょっとだけにする。前のように1日4~5時間テレビを見ない。見るのは1時間とする。映画は週に1本にする。前は週に3本以上見ていた。少しずつ安楽を減らし、体力造りと本を読む時間を増やす。自分の幸せの目標はできた。これを休みの日にまとめる。



日曜日に思うことはとくに何もない。
日曜日は思考を停止する日。
つまりお休みの日だ。

昔は日曜の朝が一番好きだった。
朝起きた瞬間に(ああ、今日は学校や会社に行かなくていいんだ・・・)とわかったとき、なんとも言えない爽快な気分になった。
(もう少し寝ていよう・・・)束縛から解放された1時間、いつもよりゆっくりできるこの1時間が最高の贅沢だった。
そのとき思った、毎日が日曜日だったらどんなに幸せか。
だが毎日が日曜日なら、それはそれでつまらない。
やはり日曜日は1週間に1回でいい。

若い頃は日曜日が待ち遠しかった。
そして、日曜日を思いっきり楽しんでいた。

でも、今はどうか?というと、日曜日に仕事をしている。
月・木と週に2回お休みを取っているが、やはり平日休みは日曜日と違って味気ない。
また私は休みの日でもブログを書いたり、買い物に行ったり、歯医者に行ったり、ジムに行ったり、と休みなく活動している。1日まったりと休んだことが、最近ほとんどないない。まったりと休んだことがないので、このようなグチブログを書いているのかもしれない。

ユダヤの教えでは、週に1回の休みは何もしないことと書いてある。
仕事は家の中にも外にもある。
家の中の仕事。
料理を作ること。洗濯や掃除をすること。インターネットで何かを検索すること。テレビを見ること。もちろんブログを書くことも。
外の仕事。
スーパーやデパートに買い物に行くこと。スポーツジムや映画や音楽ライブに行くこと。家族を連れてでテーマパークで家族サービスをすること。

週に1回休みの日は一切の仕事をしてはならない。
このユダヤの教えに従うかなと思っている。
週に1回何もしない日を作るぞ。


早く出勤したので、ふらっと仕事前に投稿します。
何のテーマにしようかな?思えば、ずっと皆さんのコメントに答えを出していた。自分なりのスタンスでやってきたつもりだけど、コメント数があまりにも多いので、さてどうしょうかな?いつまで続けるかな?と、いろいろと考えています。

これは悩みでも何でもなく、さてこれからどうしょうかな?という思案の部分です。皆さんのコメントに答える。皆さんの悩みに答える。これは日常私がやっている仕事なので、答え続けることはいくらでもできると思います。一生でも永遠でも答え続けることができるでしょう。どんなテーマでも、どんな複雑な内容でも、冷静に客観的に判断し、その中から焦点を絞って、ピンポイントに悩みを解くカギを見つける。ときに厳しく、ときに優しく、私ならこれができます。

ときに厳しく。
ときに優しく。
そして、私の厳しさは優しい一面から出ている。

優しくか。
そういえば、私は優しい占い師です(笑)
自分で言うのもなんですが、ホントに私は優しい占い師だとおも思います。
これからの人生優しく生きよう…と、実は・・・密かに心がけています。
神のような優しさ。仏のような優しさ。
おこがましいですが、これを目指しています(エヘ。。。)
しばらくは皆さんのコメントに答えを出していくでしょう。
コメントを題材として、ピンポイントとのテーマを絞る。
ピンポイントとの私の答え、お楽しみください。

では、これから鑑定に入ります。
営業時間となりました。
続きはまた明日。



自分の性格は、
大まかなことを好み、小事にはこだわらない。
かな?と思います。
人からよく言われるのは、沖川は宇宙人だ(笑)
いやアメリカ人だ((笑)
と言われます。

それに対して、宇宙人や 毛唐と一緒にするな。
私は純然たる日本人だと言い返すようにしています(笑)

大まかなことを好み、小事にはこだわらない。
こういう性格になるのは、あくまでもこうなりたいという願望で、実際は小事にこだわる人間です。
小事にこだわって悩む。小事にこだわって不安になる。そこらへんにいる人間となんら変わりがありません。

人間は生きていく上で、小事にこだわることはたくさんあります。毎日の生活がそうだし、毎日の仕事もそうです。常に選択する順番があり、優先順位を間違えると時間のロスにもなります。一日の活動は小事なことばかり、大きいことはほとんどありません。小事ばかりこだわり、大きいことができない。それで自分は何やっているんだという反省もありますが、ま、しかたないか、小事の連続が人生だと諦めるようにしています。

小事ばかり続く人生。ときどき嫌になります。
それは、刺激がないからです。

そこで大まかなことを考える。
小さな事より大きな事を考える。

日常生活は小さな事ばかりだが、一人でリラックスしているときはなるべく大きな事を考えるようにしています。ときどき小さな事で大きな考えが邪魔されますが、自分の時間の時は小さな事は打ち消し、なるべく壮大な大きな事を考えるよう努力しています。現実では実現できない壮大な夢。奇跡でも起きないと達成しない夢。ほとんどが妄想ですが(笑)それでもいいので、バカになって大まかなことを考えています。

思考は現実化すると信じて。


日常は小さな事柄の連続です。
こうしてブログを書いているのも。

書くのは習慣となりました。
習慣は、10年以上続いています。

今日も明日も。明後日も数年後も。

そのうち大まかなことをしようかな。
と考えています。



日曜の朝、詩を読んだ。
青春とは、人生のある期間ではなく心の持ちようである。人は年を重ねただけでは老いない。理想を失うとき初めて老いる。
サムエル・ウルマンの詩「青春」より。

なるほど。
青春とは心の持ちようか。
理想を失ったとき老ける。
いつまでも理想を持ち続けなければいけないね。

さて、自分の理想とはなんだろう?
全部やり切った感があるが・・・。
理想とは目標とはなんだろう?

今のところ、これっといった理想や目標はない。
そのうち、これっといった理想や目標がでてくるだろう。

理想や目標が見つかるまで、今はただ、目の前の仕事に頑張るのみ。
日々新たに気持ちで、向上心を持ち、希望にあふれ、楽しく活動を続けるのみ。
そうすれば、おのずと理想や目標は見つかるだろう。

男の人生に「これでいいという目標はない」
そうなっている自分が恐い(笑)
それを喜びとしている自分も恐い(笑)

ノンストップ人生。
人生とは常に危機と隣り合わせ。
気を緩めれば危機に遭遇し、自己向上の意欲を持てば危機は乗り越えられる。
自己向上の意欲の薄くなった人はどうしても老衰を早める。老衰を早めるのは進化・向上に向かう法則に反しているからだ。

青春とは年齢に関係なく戦いだ。
この言い方も、男っぽいが、自分は男と称する。
優しい男として(エへ)・・・称する。
意欲を失えば老衰。いや老害かもしれない。
だから、日に新たな活動を続けよう。



人の人生は、不安と自信の繰り返しでできている。

悪い流れになれば、
自信があるときは傲慢となり、不安なときは自虐的となる。

良い流れにするためには、
自信があるときは謙虚になり、不安なときは積極精神を鍛える。
どんな逆境にあっても、積極精神は発現される。

自分の力を小さく見積もってはならない。
自分の力を大きく見積もること。

積極的に生きれば、宇宙生命の建設的なエネルギーと同調できる。
積極的に生きれば、体に活力があふれ不安がなくなる。
不安をなくすのは己自信、さあ、積極的に生きよう。



日曜日はまともな記事を書く気がしない。
日曜は黄昏時の気分、夕暮れ時、夕方、沈みかけた太陽が赤い光を放つて一日が終わる気分。
人生にたとえるのなら、盛りを過ぎて終りに近づこうとする人生の黄昏的な気分。
一週簡単で考えると、一週間頑張ったのだから、せめて日曜くらいはノンビリいこうという気分。

黄昏・・・。
ペーソスがあっていい。
黄昏を楽しむのは余裕がある証拠。
そして、とてもロマンチックだ。
河川敷の夕暮れは、西に沈む太陽が富士山を真っ赤に染める。
漆黒の暗闇になる前の自然の芸術はとても鮮やかで、二度と同じアートを見ることができない。
二度と同じアートを見ることができないから一日一日を大切に生きなければならない。

大切に生きるためには休むことも大切。
日曜日は週に1回休む日。
子供の頃からそうだった。
日曜日とは休む日のことをいう。
それでいい。