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はてなブックマーク - あきらめない人
『無気力感の取得』

認知心理学者の分析結果による検証。

人為的に無気力感を与える実験を行った結果による分析。

犬と人間の場合、
犬には弱い電気ショック、人間にはノイズの信号を与え続ける。

何をしても電気ショックを止められないことを取得した犬は、逃れるのをあきらめるということを証明した。人間にもこの原理があてはまるかどうかを検証したところ、人間の場合も人為的に無気力感を取得させるのはごく簡単だということが分かった。

しかし、
この実験結果には例外があった。3人にひとりは『あきらめる』ことを知らずノイズを止めようとパネルのボタンを押し続けたのである。

彼らは他の被験者とどこが違ったのだろう?
恋人にふられても立ち直る人、人生をかけた仕事が水の泡になっても前進を続ける人は、どこが違ったのだろう?

打ちのめされてもすぐに立ち直る人のもつ能力は、私たちが感傷的に人間の意志の勝利をと呼ぶようなものではない。こういった人たちは、とくに生まれつき恵まれた資質をもっているわけではない。ただ彼らは悪い出来事が起こっても、永続的な敗北ではないし、自分の価値をおびやかすものではないと解釈する方法を身につけている。

この特性は、「もっているか、いないか」という性格のものではない。楽観主義はあとからでも取得可能な一連の技術からなっているのだ。

マーティン・セリグマン



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はてなブックマーク - 気分を変えて、世界の教えを。
オプティミストは何故成功するのか  マーティン・セリグマン著

成功と失敗に関する従来の考え方も、うつ病に対する伝統的な見解と同じように改める必要がある。

職場も学校も、成功は才能と意欲の結果であるという一般的な推論のもとに機能しており、失敗するのは才能か意欲が欠けている時だと考えられている。しかし、才能と意欲が豊富にあっても、楽観的なものの見方が欠けている時には、失敗に終わるときもあるのだ。

トラブルに打ちひしがれている状態がよくあることだからといって、これでいいというわけでも、人生がこうでなければならないわけでもない。もし、違う説明スタイルを取れば、困難な状況にももっとうまく対処できるし、そのためにうつ状態に追い込まれることもなくなるのだ。

私たちは盲目的な楽観主義ではなく、しっかりと目を開いた柔軟な楽観主義を望んでいるのだ。

柔軟な楽観主義の恩恵は限りないものだと私は信じている。


沖川流、解釈。
どんな困難なときでも、『面白い、よくもまあこんな困難が次から次へと起こるもんだ。よーし今に見ていろ、私はこんな困難でへこたれる弱い人間ではない』

今現在起きている困難を楽しもう。なーにそれで自分が死ぬわけではない。今現在生かされている自分に感謝しょう。感謝があれば素直な心になれる。エゴも捨てられる。そして気持ちも楽になれる。暗い気持ちで必死に追いかけても成功はありえない。もっと楽に、楽観主義で、前へ進もう。



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はてなブックマーク - 愛


『アルケミスト』は、情熱的な恋愛が人生の中心に置かれなければならないという考えを否定する恋愛小説でもある。

人はそれぞれ独立して、追い求めるべき運命がある。たとえ必要な愛とお金のすべてがそろっているとしても、運命の下にあることをやりとげ、そうした存在になるよう行動するものだ。

サンチャゴの探す宝物は、言うまでもなく人の夢や運命のシンボルである。彼は砂漠のオアシスで理想の女性と出会い、喜んで自分の夢を捨てようとする。しかし砂漠で出会った錬金術師(アルケミスト)がオアシスの娘の愛情は、彼女が少年の宝物探しを応援することによってのみ、『本物』だと告げる。

愛と自分の夢とがせめぎ合い、サンチャゴは板ばさみになる。

恋愛関係に人生の意味を置くことがしばしばあるが、気持ちの高まりのままに相手と結ばれることにとらわれれば、世界の残りの部分に深くかかわる人生から、自分を切り離されかねない。

『・・・夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ☆』

情熱的な恋愛は大切だが、義務ではない。

義務は自分の自分の夢を追うことだ。

夢に心身を捧げることを通じてのみ、『大いなる魂』は、孤独を打ち破り、力を与え、その知恵を明らかにしてくれる。




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はてなブックマーク - 夢を追いかけて生きる
夢を追いかけて生きる

アルケミスト

この信念は、たいへん価値あるものだ。

大きな仕事に挑戦しようとするすべての人にとって支えとなるだろう。望みの実現を助けてくれる『協力してくれる宇宙』とは、より正確に言うなら、何かを実現しようという決意の現われだ。

『アルケミスト』を読むと、ゲーテの言葉を思い出す。

『できること、できそうだと思うことがあれば、始めたまえ、大胆さが天才と力と魔法とをはらむものだ』

夢には代価を支払わなければならないという事実から目をそむけてはいけない。夢を追わずに生きることもまた、代価が必要なのだ。同じ金額を支払って、似合わないひどい上着を買うこともできれば、ぴたりとした見栄えがする上着を買うこともできる。

人生には困難がつきまとう。どうせなら、成し遂げようとするだけの意味にある問題を抱えるほうがよい、

困難の数々は、単なる挫折の連続に感じられるだけだ。

それに夢を追うには、自分自身の自由も、自分の責任において背負わなければならない。それが大きな代価とは感じられないかもしれないが、それまでの自分にはなかった、あるレベルの気づき必ず必要となるのだ。

人は自分の運命を操ることができないと占い師が言う。その最大の嘘を信じてはいけない。運命は自分で決められる。だが必ず「前兆を読む」ことが必要だ、世界を一つのものとして考えられるようになるとき、それが可能になるのだ。

世界は一冊の本のように読むことができる。けれども、現状に甘んじ、危険を冒すことを避けて通るような閉じた生き方をしていては、決してそのことを理解できないだろう。



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アルケミスト、序章

本書の主人公サンチャゴは羊飼いの少年だ。彼は、自分の飼う羊たちに愛情を注いでいた。

でも羊という存在には限界があると意識せずにはいられなかった。羊たちは食べ物と水を求めるだけで、頭を上げて、緑なす丘や沈む太陽の美しさに見とれることなどない。

サンチャゴの両親はいつも生活に追われていて賢明に働き、夢も捨てるしかなかった。一家は美しいアンダルシアに住んでいる。旅人たちが、古風な村の様子やなだかなに広がる丘にひきつけられてやってくる。けれどもサンチャゴの両親にとって、ここに夢に描く場所ではない。

サンチャゴといえば、字を読むことができ、旅をしたいと思っている。ある日彼は羊の一部を売りに町へでかけ、さすらいの王とジプシーの女に出会う。そのどちらも、少年が『前兆にに従う』べきであり、いまなじんでいる世界を後にしなければならないと告げる。

ジプシーは少年に、宝物を見つけるため、エジプトのピラミッドへ行くように言う。熱にうかせれたように、少年は老女の言葉を信じ、羊を売り、出発する。はたして、すぐに少年は苦難にみまわれる。アフリカのタンジェで持ち金を奪われてしまったのだ。冒険へと少し踏み出したばかりなのに、こんな大変な目にあうとは!

しかし不思議なことに、サンチャゴはくじけない。大いなる感覚ー自分が正しい道を歩んでいるという安心感が彼の胸にあった。

少年はいまや別人の人生を生きている。毎日が新しく、満足をもたらしてくれる人生を。少年は、エジプトに旅立つ前に市場で言われた言葉を忘れることができなかった。
『おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ』




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アルケミスト(夢を旅した少年)

パウロ・コエーリョ著。

少年はラテン語と神学を学んだ。しかし、彼は小さい時から、もっと広い世界を知りたいと思っていた。そのことの方が、神を知ったり、人間の原罪を知ることにより、彼ととって重要だった。ある日の午後、家族のもとに帰った彼は、勇気をふりしぼって、自分は神父になりたい、旅がしたいです、と父親に言った。

『その力は否定的なもののように見えるが、実際は、運命をどのように実現すべきかおまえに示してくれる。そしておまえの魂と意志を準備させる。この地上には一つの偉大な真実があるからだ。つまり、おまえが誰であろうと、何をしていようと、おまえが何かを本当にやりたいと思う時は、その望みは宇宙の魂から生まれたからなのだ。それが地球におけるおまえの使命なのだよ』

『したいと思うことが、旅行しかないという時もですか?呉服屋の娘と結婚したいという望みでもですか?』

アルケミスト、少年の夢。
ここに男のロマンがあります。夢をとるのか恋愛をとるのか、現在にもあい通じるものがあります。

忙しい忙しいと言って、なかなか会ってくれない男。その心理の真髄がアルケミストに隠されているのかもしれません。





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はてなブックマーク - 思いを変えれば、世界が変わる
貧困に陥る可能性を否定しない。

自分以外に犯人探しをするような過剰な守りの姿勢は、さらに事態を悪くするということは明白である。

自分の環境を、いかにして成長のための助けや刺激にするかにより、その人の価値が測られ、その人の内面が具現化する人、成功する社会とは、失敗をもっとも効果的に処理する人であり、社会なのだ。

『人の多くは環境を改善することには、とても意欲的ですが、自分自身を改善することには、ひどく消極的です。かれらがいつになっても改善できない理由が、ここにあります』

変わろうとしない自己が、変わりばえのしないやり方にしがみついているかぎり、繁栄も幸福も訪れはしない。

人はほとんどいつも気がつかないままに、自分の不成功の原因となっているのだ。



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はてなブックマーク - 環境はその人そのもの
環境はその人そのもの

『環境は人間をつくらない。誰かの環境は、その人間の内側を表に現したものである』

だが、これは度を過ぎて非常な言い方だと感じる人もいるだろう。そのような人から見ると、援助が必要な人を放置し、虐待を正当化し、上層部の人間は優れ、下層部の人間は劣るのだと名言しているようなものだということになる。

しかしこれは条件反射的な反発ではなかろうか。どんなに悪い環境でも、それは人の成長の機会となりうる。環境がつねに人の人生と今後の展望を決めてしまうならば、人の進歩や発展は期待できない。しかし、実際には環境は人の中にある最善のものを表に出すようにも働くのである。さまざまな伝記を読めば誰でも思うように、人の幼少期とその環境はとは、その人だけに用意されたもっとも素晴らしい贈り物だ。

私たちの現在の環境は、誰でもない私たち自身が招いたものである。

よい方向から見るなら、すべてが自分次第だと分かり、あふれる可能性を感じ取れるだろう。これまで限界を感じて恐れるばかりだった人も、可能性を探る姿勢ができるはずだ。

ジェームス・アレン



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