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不安はつきもの。
恋愛において、仕事において、生活において、病気や体調において、精神や心において、人生において不安はつきものである。


でも、不安は克服するためにある。今日一日、今の時間、その瞬間、不安を感じたら「何とかなる」「いや何とかしよう」と心に決めることである。不安はストレスと同じように積み重ねると取り返しのつかない状態となる。そうなると何をやっても八方ふさがり、悪いことばかりが起きてこのさきお先真っ暗となる。


小さな不安はその日の努力で消すことである。あなたの意志にこう伝えよう、不安はその瞬間、その日のうちに退治しようと心に決めることである。不安の通り道を開放してはいけない、自由にどんどん不安を頭の中に通してはいけない。入り口でちゃんと吟味してからあなたの頭に入れるようにしよう。この不安は持っていいのか、考えていいのか、顕在意識の冷静な頭で考えて自分に必要か必要でないか判断することである。


顕在意識に門番を持つと以前ブログで書いたが、具体的にはこうである。不安は自ら湧き上がるものと他人から伝染するものがある。自ら湧き上がるものであれ、他人から伝染するものであれ、入口をあけっぴろげにしないということだ。特に女性は他人の意見に左右されやすい、「言葉」というコミュニュケーションを中心に生きている女性は言葉で救われるが言葉で傷つくことがある。自分の意志より相手の言葉で意志が貧弱になりやすいのが女性である。その貧弱な意志は恋愛において顕著に出ている。


彼の言った一言で傷つくのが女性である。機嫌が悪い時言った彼の一言、それで夜も眠れなくなってしまう。男からすれば、忙しく機嫌が悪かったから暴言を吐いたのだろう、今日は機嫌が悪そうだから放っておこうと済ますことができるが、女性は放っておこうと済ますことができずその暴言を家まで持ちこんでしまう。そして悶々と夜を過ごす。その不安がやがて別れ話まで発展していくことを知らずに不安を抱えてしまうのである。彼の暴言に自分に落ち度があれば反省はしてもいい、だが彼に嫌われたといらぬ不安を抱いてはならない「反省はしてはいいが、不安まで増幅しないことだ」男の暴言は気にしないことが賢明なのである。安心しなさい、男も暴言を吐いた後反省している生き物である。後日会った時、また楽しくすればいいのである。


他人からの伝染は彼だけではなく、友達からも伝染する。「あんな男辞めたら、あなたにはふさわしくないよ、彼は常識がない、普通じゃない」あなたが相談している女友達に彼を批判されることもあるだろう。そんなときもあなたは自分の意志を確認する必要がある。彼を判断するのは自分自身であるということを忘れてはいけない。参考になる良いアドバイスだけを取り入れ、批判はあなたの冷静な顕在意識で受け入れるか切り捨てるか判断すればいい。自分の意志や目標を達成するため、批判はあっさりと切り捨てる。切り捨てた理由をいちいち相手に説明しない、自分は自分の道を歩くだけ、同じ道に乗ってない他人の批判など何の役にも立たない、そのくらいの信念の強さも必要である。


女性たちよ、批判をしてくる相手をあまりにも構い過ぎるよ。そしてあまりにも愛し過ぎる。構い過ぎるから愛し過ぎるから不安がどんどん増幅してくるのである。冷静な判断とは何のためにあるのですか?不安はその日のその時の冷静な判断で打ち消し、良くなるための実りある行動だけに徹しよう。

暑い日が続く中、皆様はどうお過ごしですか?


沖川は本日12時より9月分の受付を開始します。


本日が予約解禁日ですが、その前にたくさんの方から電話がかかってきました。心苦しかったですが、ルールを守るため電話には出ないようにしました。ホームページやブログで予約受付の日まで電話は出ませんと明記してあるのですが、それでも数百人の方が予約解禁前に電話がかかってきています。電話を無視してすみませんでした。電話に出なくて申し訳ありませんでした。まるで音信不通にしている彼氏みたいで失礼しました。


いよいよ本日。予約の電話を解禁します。
時間は12時より13時の一時間のみです。13時から鑑定に入りますので、13時になったら受付を止めますのでご了承ください。


一週間ほどで9月分の予約は埋まると思いますので、予約ご希望の方はお急ぎください。



恋愛日記を書き続けているとたまにある。何も書けない日が、今朝はまったく何も思い浮かばない。何を書こうかタイトルが出てこないのである。


スランプ?・・・というとそうでもない。
疲れた?・・・というとそうでもない。
ただ・・・なんとなく記事が思い浮かばないだけ。


使命感はどうしたと言われても、若い時の責任感や使命感はとっくに卒業した。十分に使命と責任を果たしてきたと自負している。このブログは私の楽しみで書いている。自分が仕事で日常思っていることをそのときの気持ちを表す、言わば自分のための日記である。


自分のための日記が、いつのまにか人々の役にたっている。そんな気持ちを軽く胸に占めながらも、自分が思うままに書く、これが恋愛日記です。

やる気は挫折から生まれることが多い。人は挫折によって二種類のタイプに分かれる。挫折によって奈落の底まで落ちるタイプと挫折によって自分を奮起させやる気になるタイプ。


後者のタイプはこのさき生きていく上で何も心配いらない、人間の強さと尊厳を十分に持っているからだ。前者に対しては、しかたがない一度奈落の底まで落ちてみるしかない。先の見えない真っ暗な世界でもがくのも強くなるためのいい経験になるだろう。人間の強さや尊厳は奈落の底で発見することを過去の偉人たちが証明している。


やる気と挫折はワガママな性格の持ち主である。
ちょっとしたことでやる気になったかと思えば、ちょっとしたことでやる気を失ってしまうのが人間である。本当に人はワガママな感情の生き物である。やる気と挫折は背中合わせで表裏一体となって人の心にある。


やる気は心の裏側にある挫折との戦いである。常に自分を鼓舞し、挫折を追い払わなければいけない。そんなときはこんな言葉を自分に投げかけよう「怠け者は不幸になる」と。快楽に走った人間、堕落した人間が不幸になった現状をたくさん見てきた。自分もああはなりたくないと言い聞かせ、鼓舞することだ。


やる気になった人の心の中には余分な時間はない。快楽に走っている無駄な時間や、うまくいかないことをあーだ・こーだと妄想している時間はない。一日24時間、有効に忙しいのである。その忙しさは前向きにやることがたくさんあるので逆に楽しい。時には重圧もあるが、その重圧さえ愛しく思えるほど充実しているのである。

相手のいない人が占い館を訪れる。

結婚したい。恋愛がしたい。彼氏がほしい。求めている人がたくさん訪れる。だが求めている割には行動が伴わない人がたくさんいる。


何千人も聞いた。「あなたはどんな行動をしていますか?」するとほとんどの人が行動らしきことはしていない。一週間の予定を聞いても、仕事が終われば家に帰るだけという人がほとんど、たまに友達とゴハンを食べに行く程度。休みの日はどうしているかというと家でゆっくりしていることが多く、気が向けばショッピングに出かける程度。異性に接触する機会がほとんどない日常を送っているのが現状である。その生活を皆さんは99%送っているのではないだろうか。仕事が終われば家に帰るだけ、休みの日も家にいる。たまに友達とゴハン、たまにスーパーやデパートにお買いもの。そんな生活をほとんどの人が繰り返している。


これでは、結婚できるわけない。恋愛もできないし、彼氏もできない。そのくせ早く彼氏がほしい、早く結婚したいという。「求めている割には行動していない」そこを改めることである。求めているのは100%だけど、行動は1%では願いが叶うわけない。



私ならどうするか。

ひとたび目標を持てば、私なら毎日100%行動する。趣味や遊びでは動かない、仕事だと思って動く。趣味や遊びだと思うと毎日続かないし適当になる。それでは目標を達成することができない。仕事が終わった後、オリンピックで金メダルを目指すアスリートと同じように毎日練習(行動)する。目標のためなら、生活のための仕事と夢のための仕事、二足の草鞋を履くのを苦痛と思わない。何故なら7年間二足の草鞋を履いた経験があるからだ。その経験を持ってするのならば、結婚なんてチョロイものである。二週間で相手を見つけ、半年あれば理想の人と結婚式まで済ますことができるだろう。これは、オーバーな自信過剰で言っているのではない、夢を達成した艱難辛苦の経験から、確信を持って言っているのである。



みなさんにもチャンスがある。

だって、ほとんどの人が動いていないのですよ。

これをチャンスと見ないでどうするのですか。

チャンスはあなたの志にあるのです。




幸福とは、いかに自分の精神をコントロールできるかである。


簡単なようでとても難しいのが自分の心のコントロールである。穏やかな心で、日常生活に秩序をもって意義のある仕事に夢中になる。その簡単な行いでさえ、人々は否定的な感情と心を持つ。


否定的な感情と心は、100個の善い行いをしたとしても、たった1個の否定で今まで培ってきたものを台無しにしてしまうくらいもの凄く強力なものである。だから幸福になるため、否定的な感情と心をもってはならない。否定的な感情と心がどんなに強力でも、それは何の根拠もないということだ。それらはゆがみであり、ものごとをあるがままにみるのを妨げているだけである。


否定ではなく、事実を見て判断すること、これが精神のコントロールに役立つ。他人の否定や自身の否定に判断を委ねるのではなく、自身の目で事実を確かめ、秩序ある日常生活で培ったルールで客観的に現実に沿って判断する。エゴを捨て、欲望を捨て、妄想を捨て、あなたが今まで教わってきた正しいルールで物事を正確に判断することができれば、あなたは幸福のキップを手に入れたことになる。


幸福のキップを手に入れたら、あなたは幸福行きの列車に乗っていい。その列車は後戻りしないで前へ進むだけである。規則正しく定刻通りにさまざまな駅を通過し、途中下車(よそ見)は許されず、ブレないで(最終目的地である幸福という駅)終着駅へ着くだけである。


その道のりは精神がコントロールできていれば平坦だが、否定的な感情と心を持てば困難な道となる。心が乱れて後戻りしたり、目的が違う場所で降りてみたり、魔がさして事故を起こすこともある。


怒りを鎮め、悲しみを鎮め、不安を鎮め、穏やかな心で、日常生活に秩序をもって意義のある仕事に夢中になる。それを毎日毎日繰り返すだけで精神をコントロールすることが十分にできる。精神がコントロールできないのは、その簡単な行いを放棄しているからだ。


昨日は午後から日帰り温泉に行ってきました。お休みの日は仕事を忘れてのんびりするのが好きです。


信州の山奥にある温泉、森林浴の露天風呂の湯につかる。ああ極上、命の洗濯をしました。その後のビールが美味い♪


自然を満喫、いいものです、緑が優しい。


湯につかり、美味しいものを食べ、仮眠と散歩。蝉しぐれ、川のせせらぎ、お腹いっぱいの森林浴。のんびりし過ぎて帰りは夜遅くなり、帰宅してすぐに床に入る。おやすみなさい。


日常の喧騒を忘れ、自然に身を置いた一日でした。

何をやるにしても、楽しいと自分に言い聞かせて、楽しいと感じてやったらどうでしょうか。「楽しい」と言葉に出して言う。それでいいのです。


仕事を楽しむ、勉強を楽しむ、遊びを楽しむ、恋愛を楽しむ、生活を楽しむ。人が生きていく過程の全ての行いを楽しむ。そうなると人生は豊かになります。


ダイエットをしようとして運動に励んだとする。ダイエットはしたいが、運動は辛い。運動を行っている最中は苦しい、普段体を鍛えていない人は痛いし疲れるし苦痛でしかない、できればこんなバカげたことをしたくない、もっと楽にダイエットしたい。そうやって三日坊主で終わる。そして続かないくせに、あと10Kgは痩せたいと何年も思い続ける。


いつかやろうと思っても、苦痛だからやる気がなかなか起きない。失恋でもしたら本気になるだろうと、本気になるきっかけをただ待っているだけかもしれない。何かを成し遂げるのに相当な覚悟が必要と思っていたら、それは大きな勘違いだと思いますよ。その相当な覚悟は一生来ないかもしれない、やる気が起きないのは、辛いからやる気が起きないだけなのである。


楽しいと思えばいとも簡単に今日からできる。今日やって楽しむ、明日もやって楽しむ、明後日もやって楽しむ、ほら三日間あなたは楽しんでやることができた。毎日、毎日楽しいと言い聞かせて続けることだ。運動をしている最中に楽しいと自分の心に言い聞かせる。たぶんそんなことをやった人は数少ないだろう、何で痛くて辛いのに楽しいと言い聞かせなくてはいけないんだと反感を買うかもしれない。でも子供のころを思い出してごらん・・・子供は遊びや運動はキャーキャー言いながら楽しんでいるだろ、よく動く子はキビキビとしてスリムである。その子は別にダイエットしたくて遊びや運動をしているわけではない。「楽しいから♪」しているのである。


確かに大人になると、新陳代謝は悪くなり、体も大きくなり動きも鈍くなる。子供は遊んではしゃぎまわるのが仕事と思われるかもしれないが、童心の心「楽しい」というのを大人は忘れかけている。だから「楽しい」と自分に言い聞かせる必要がある。


もう一度童心に戻って人生を楽しむのもオツかもしれない。

よく考えると、何でも楽しいのである。生きていること自体が楽しいのである。


仕事も楽しい。勉強も楽しい。趣味やスポーツも楽しい。恋愛も楽しい。生活も楽しい。それらの項目に挫折や苦痛もたしかにあるだろう、だが挫折や苦痛は、楽しさから比べたらその一部しかない。挫折や苦痛は楽しさを達成するためのスパイスみたいなもの、スパイスは少々かけるから味が良くなるのであって、大量にかけたら苦くて辛くてまずくなる。まずい人生の味付けに長くいないことだ。大量にかけたスパイスを早く水に流して、楽しい味付けの人生に戻ろう。


基本楽しむ、それを忘れないように。


運命を変えたければ新規開拓が一番いい。自分の経験から運は新規開拓することで開いてきたという実感がある。新しい何かを成し遂げるということは新鮮で刺激を与えてくれる。その新鮮な刺激が運を運んでくれる。


若い女性よ、いろいろなものにチャレンジしよう。勉強も仕事も遊びも恋も。若いという時は、ほんの一瞬でしかない。花の命は短いというではないか、その満開の時期に華やかな時を過ごさないと損をするよ。眉間にしわをつくって、青白い顔をして、逃げる男を追いかけてもつまらない。無駄な時を過ごすだけである。追いかけるのを辞めれば、向こうから追いかけてくるという刺激的な女になることを目指すべきである。


振った彼が目を見張るようないい女になぜなろうとしない。失敗はいい女になるためのこやし、いや化粧品である。いっぱいどんどん失敗して自分にあった化粧品を見つけることである。


さあ!考え方を変えよう。今の考え方であなたは楽しいかい?楽しくない?ならば考え方を変えるべきだね。それとも動かない年寄りになってしまったのかい、守りに入る年齢になってしまったのかい、いつまでもグズグズと執着の権化になってしまったのかい、これじゃ運は開かないよ。


運は新規開拓によってのみ開く。私が実践して掴んだ言葉、あなたにプレゼントしよう。



復縁を目指している女性。もし私がその女性に代わることができるのなら、私は復縁も新規も諦めないでとことんやる。人生は一度しかない後悔しないために。運を拓くのは守りと攻めが大事、そして攻撃こそが最大の防御だということも知っている。新規開拓は古くてダメだったものにも新しい命の息吹を与えることも知っている。古き(元彼)を選ぶか、新規(新しい人)を選ぶかは、二頭のオスに求愛されて後から選べばいいのである。女はもててナンボである。


復縁もあきらめない。自分の可能性を広げる新しい人もあきらめない。あきらめるのは全てにとことんやってからだ!

沖川の教えは欲張りなのかもしれない。




矛盾、二律背反、反面、千差万別をテーマに恋愛日記はいろいろ変化する。


復縁もあきらめない、新規開拓もあきらめない。人生は一度しかないとことんやろう。というのを今後はテーマにして書いていきたい。同時にとことんやったら、あっさりあきらめるというのもテーマにして書いていきたい。あきらめるというより筋を通して次に行くのも人生では大切だからだ。失敗は成長の糧というのも題材にした、あきらめブログもいっぱい書くことになるだろう。それぞれにあきらめる正当な理由もたくさんあるからだ。


矛盾の多い千差万別な恋愛事情、いろいろなものを今後もテーマにしていきたいと思っている。その中から皆さんが何を掴むかである。



「他の人は見ないの?」


「彼がいいのです」 「彼が好き、彼じゃないとダメなのです」 「彼以外に好きになれる人はいません」 「あの人の子供を産みたい、私が初めてそう思った人です」 「彼が好き、彼と結婚したい」 ?????????????????????。

執着している・・・。彼でなくてもいいのでは?


幸福を固定していいのだろうか、固有の人で限定していいのだろうか、もっと余裕とゆとりがあってもいいのではないかと最近つくづく思うようになった。失恋した女性は、横一線の右並びでみんな彼が好きだという。


恋愛がうまくいっているときは、そこまで執着しなかった。だけど別れた途端、振られた途端、彼しかいないと執着する。3年経てば、他の人を好きになり、今の彼はどうでもいいということもあるのに、恋する女性は、今の恋の当事者である彼が好きなのである。


執着について、先日ある本を読んだ。「人生に奇跡をもたらす7つの法則」ディーパック・チョプラ著。その中に執着しないことの法則がある。


以下、引用。ある意図があったとしても、それが自ら形を表すまでは、実現にこだわる気持ちを捨てなければならない。結果を出すことだけにとらわれるのなら、それがかなわかった場合への恐れと不安が沸き起こる。高次の自己に通じることができる者は意図や願望を持っても、彼ら自身はその結果とは離れたところにいる。


ただ執着のない取り組みによってのみ、喜びと笑いを得ることができる。執着したままだと、問題に無理やり解決をつけなければならない。執着から離れれば、混乱の中から自然に浮かび上がってくる完全な形の解決を、ゆとりを持って見ていられる。

より詳しいことは本書を買ってお読みください。


好きだけど苦しいと悪戦苦闘している皆さん、一度執着から離れよう。縁のないものに執着しないという高次の自己に通じるために。