ホーム > アーカイブ 2012年09月
はてなブックマーク - 守る
男は女を守るものです。
男女平等ではないのです。男は女を守るために生きているのです。守るからこそ男としての存在価値があるのです。


「男は守るためにこの世に生まれた」これが使命と責任です。女を守り子供を守り家族を守る。勤めている会社と仕事を守る。住んでいる国を守る。愛する者を守るために働いているそれを忘れてはいけません。


この世で男として生きていくために一番必要なものは責任です。それ以外ありません。男として生きていくための責任、これを国の必須課目として小学校時代から取り入れるべきです。国語や算数と同じように必須課目にいれる。徹底的に幼児教育に埋め込む。こういった叩き上げが日本を良くするのではないでしょうか。


男は家族・社会・国を守るために生きている。自由ではないのです。無性な遊びに呆けていないで、結婚もしないでアクセクと仕事中毒に埋没していないで、男の基本である責任を果たしましょう。男のモチベーションは責任を果たすからドンドン上がってくるのです。何でオレばかり苦労しなくてはいけないと言っているようでは男の風上にもおけません。是非男を辞めて無人島にでも避難してください。無人島は守るものがありません、誰にも迷惑をかけない自由を思う存分楽しめます。


無人島生活はよほどの変わり者以外無理だと思います。何故なら人は孤独に耐えられないからです。無人島生活が嫌なら、愛する者を守りましょう。



男は女を守るために生きている。
ときどきワガママで、ヒステリックで、繊細で神経質で、ネガティブで、小さいことに文句を並び立て、とても面倒でとても疲れる、男とは正反対の価値観を持っている女子をあなたは背負うことです。あなたに負担をかけるそのスパイスはとても刺激的であなたの精神力を強化してくれます。


ワガママでヒステリックなときの女性はとても面倒で手に負えないところもありますが、悪い面ばかりではありません。女性らしい優しさは男性にはないホンワカでホットする優しさです。男にはない女という部分はこの世で味わうどんな贅沢品よりうんと高い価値を感じるはずです。女を深く愛した男が感じるこの恍惚感は他では味わうことができません。言葉ではなかなか言い表せないが、女を守っているという価値は「男の自尊心が満たされる」ということではないでしょうか。そう自尊心を満たすために男は女を守るのです。正反対の面倒な部分もあるが、その面倒を引きうけてこそ責任ある男に成長できるのです。





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はてなブックマーク - モチベーション
モチベーションとはやる気。やる気はどうすれば上がるのだろう。


願望を具体的な目標にし、計画を立て、それを毎日実行すればモチベーションは上がってくる。ただし継続する力である忍耐と根性がなければモチベーションが上がる前に挫折してしまう。挫折したらリバンドが激しく、かえって悪い方に後退してしまう。負け組はそのリバンドの激しさに精神的についていけないだけである。目標を達成するにはそれなりの意志と信念が必要なのである。


ただ甘く考えた夢物語では目標は達成されない。目標をやる気にさせるにはつまらないことを嫌がらないで毎日やり抜くことである。遊びたいとかさぼりたいとか、人間特有の怠けグセと戦いながら、いかにやってやってやりぬくのか、これでもかこれでもかとやりぬくのか、やっていることを超越した時にモチベーションという目が芽生えて、それがだんだんとあなたの心に蓄積されていく。辛くてつまらないことを乗り越えた時に今までに体験したことのない風が吹く。それを第二の風と呼ぶ。その第二の風に乗ったとき初めてモチベーションという流れに乗れるのである。


第二の風に乗った人間は、今まで体験したことのない感動を覚える。とても爽やかでとても充実感があって、地獄からいきなり天国に来た気分である。その気分はとても高揚感があり、光り輝く感動に包まれている。そして神からの褒美も受け取ることになる。報われない時間を長く待たされた地獄の苦しみからやっと解放され、成果という報酬を神から受け取り神から祝福される。人間は神からの祝福を得るために目標に対して頑張るのではないだろうか。その神とは自分であり、愛する相手である。




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はてなブックマーク - 友達
男と女は、
恋人関係がいいのか?
夫婦関係がいいのか?
友達関係がいいのか?
どっちがいいのだろう。


皆さんのお話を聞いていると、友達関係の方が正しくまともな気がする。男と女は男女関係にならない方が、絵に描いた風景画のように情景があって美しい。下手に深い関係になると、やがて責任のなすり合いでドロ試合となる。欲望を抑えた関係の方がキレイではないだろうか。恋人より友達、夫婦より友達の方が平和かもしれない。


第一線を越えない、深入りしない関係。それはそれで私は素晴らしいと思う。人間関係は下手に深入りしない方がいい。深入りしない心は相手を尊重している証拠。それでいいのではないかな。「なにかっこつけているの、それは単なる表面だけの付き合いではないか!」と言われても、「かっこつけのどこが悪い、表面だけの付き合いの何が悪い、相手を尊重することは、それだけかっこいい生き方なんだ」と言いたい。かっこよく生きようよ、己の欲望を抑えて。責任の取れないドロ試合になるより、いつまでもキレイな関係を保とう。


あなたが己の欲望を果たしたいのなら責任の取れる実力と状況と環境が整ってからでも遅くない。実力もないくせに、状況と環境も整ってないくせに、下手に欲望に走るものではない。欲望は己のサガのみで相手を尊重していない。相手に尊重される実力がついてから深い関係になっても遅くない。深い関係とは責任の取れる関係のことをいう。「責任が取れないのなら深い関係になるな!」これが今日の格言である。


純愛の位置づけは「永遠に友達関係」それだと私は思う。汚さない関係。第一線を越えない、深入りしない関係。綺麗な風景画のような淡い関係。秋の朝の爽やかな空気のような関係。青い空のような関係。碧い緑のような関係。透きとおった水のような関係。とにかく汚れを知らない綺麗な関係。


そして安心する関係、信頼し信用する関係。湯船につかってホット一息のリラックスするような関係。同性ではなく異性という神秘的な感触がある関係。触れることはできないがかすかにトキメク関係。ほんのちょっぴり触れたいという欲望も芽生えるが、あと1ミリ足りない関係。そして絶対に汚してはいけないと心に誓う関係。同情し共感し味方になれる関係。手には入らないが、単なる表面的な関係ではない。尊重し相手を認めている真摯な関係がそこにはある。



男と女の人間関係は、深入りする関係と深入りしない関係がある。心と体が中まで浸透する深い関係が最終目的かもしれない。だが深入りしない関係も大事にしないといけない。キレイな友情は人を人として見ている証拠、そこには尊敬と尊重がある。男女のドロドロ劇が多い昨今、私はキレイな関係に軍配を上げる。




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はてなブックマーク - 男の浮気
男性は好きでなくてもSEXはできる。もちろんSEXが出来る相手は自分の好みにこしたことはない。外見が生理的に受付ける相手なら愛情がなくてもSEXはできる。男性はSEXができる許容範囲が広いのである。その許容範囲の広さが数々の浮気を招いている。


男性の性衝動は50手前まで盛んで、50過ぎてから衰える。中には50過ぎても精力ギンギンの男性もいるが、それはごく少数と明記しておこう。性衝動が減る50代は事業に着手して仕事で成功を収める。ナポレオン・ヒルも言っている、世界で成功した人は「みんな50歳を過ぎてから成功している」と記述している。(これは世界で成功した人たちを20年かけて調べ上げた結果である)50歳前は事業そっちのけで女に走るから成功しないともいっている。「性衝動は莫大なエネルギー」その莫大なエネルギーを仕事に転換できれば成功に向かうというのがナポレオン・ヒルの成功哲学である。(性衝動の転換)



男性の性衝動を簡単に私なりの解釈でまとめよう。誤解を招くかもしれないが、一男性の意見として聞いてほしい。
SEXは、
1、 子をつくるため。
2、 愛を深めるため。
3、 健康のため。
この三つがSEXの定義だと思う。1と2に関しては女性たちも納得すると思うが、3に関しては納得する人もいれば???と思う人もいるだろう。男性にはその3が重要で、それが浮気を誘発させている原因ではないかと私は考えている。


SEXは健康のため。ということは、SEXはスポーツである。とても飛躍した考えに自分でも大笑いだが、そう考えると男の浮気がうなずける。


男のSEXはリーグ戦のスポーツのようなもの。対戦相手は一人では伸びない、たくさんのリーグ戦を制覇して、その頂点に達したいという願望がある。リーグ戦のスポーツをよく見てもらうとわかると思うが、予選、一回戦、二回戦と立ち上がって決勝リーグに進み、準々決勝、準決勝、決勝と勝ち抜いてその栄冠を手に入れる。それが男のSEXだと強引に位置付けてみよう。そのイメージができれば男の浮気も少しは理解できるのではないだろうか。


男のSEXはスポーツ。そして男の浮気はそのスポーツを楽しむためにしている。「男の浮気はスポーツ」というふうに置き換える。強引な発想だが、そのくらいに転換しないと浮気のドロドロ劇は治まらないかもしれない。発想の転換はドロドロ考えるより、心を傷つけない方に考えた方がいい。浮気のドロドロ劇は古今東西疲れる、発想の転換が必要なのである。スポーツが終われば家に帰る、愛する本命の元へ。そういう発想も生き方の一つではないだろうか。





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はてなブックマーク - 恋の病
恋の病はお医者さんでも治せない。そして私でも治せない。

ただ話を聞き、今までの経験値を述べるだけである。


たくさんの成功例と失敗例を私は知っている。こういうケースの場合はこうだという経験から割り出したルールもある。また相手の性格も今までの膨大な経験で手に取るようにわかる。彼が何を考えているのか何を望んでいるのかだいたい推測できる。


経験値で推測できたとしても、それからうまくいく保証は何もない。相手の性格がわかったとしてもそれをコントロールする術は現代科学にはないのである。相手の性格が今までの膨大な経験で手に取るようにわかる。それは凄いことだと自分でも思う。とくに恋愛における相手の性格分析は日本でもトップクラスだと私は自負している。自負をしているが、でもそれがどうしたという考えもある。何故ならここからが大変なのである。



科学で治せない恋の病
その大変という意味は、なかなか口では説明できない。そうだな・・・文章に置き換えるとすれば、「愛の精神的行動は世界の科学ではまだ解明されていない、解明されていないからこうだという治療法もない」だから大変なのである。科学で解明されていないから当然お医者さんでは治せない。どの心理学でも治せない。私でも治せない。その世界一難問ともいえる精神的行動に日夜チャレンジしていくしかない。毎日経験を積みながら、少しずつでもうまくいく方法を見つけるしかない。一生かかってもおそらく無理であろう果てしない夢に向かってチャレンジしていくしかない。


恋の病は科学では治せないが、あなた自身の力で治すことができる。人間とは科学より偉大なのである。その偉大な力とは自助努力である。己の努力によって苦しい愛を乗り越えて前に進むことができる。それが人間である。それは愛だけではない仕事でも生活でも人間関係でもスポーツでも学問でも、人の営みに携わるすべての事柄に相通じている人間本来の力である。


人はもともと強い生き物である。精神的な試練は乗り越えられように創られている。もともと持っている人間の力を引き出すように私はお手伝いするだけである。





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はてなブックマーク - 雨の日曜日
埼玉県は、本日雨です。。。

昨夜から降り続き一向にやむ気配はありません。

本日川越占い館にお越し頂ける方は十分にお気をつけてお越しください。

ご苦労さまです。雨の中、ありがとうございます。


追伸、予約は昨日の時点でいっぱいとなりました。本日予定していた予約の受付は中止とさせて頂きます。ありがとうございました。また次回よろしくお願いします。






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はてなブックマーク - 善因善果悪因悪果
善いことを行えば善い結果になる。悪いことを行えば悪い結果になる。世は因果率で出来ている。


人の行動は全て正しいわけではない、また全てが悪いわけではない。人は常に善悪を意識しながら生きている。悪いことをしたのなら罪の意識に苛まされ、善い行いをしようとする。また善い行いばかりではつまらないので、ときどき悪いこともしようとする。人の心には裏表があり、陰と陽がある。


善い世界に長く居れば、幸福の指数が上がってくる。
悪い世界に長く居れば、不幸の指数が上がってくる。


幸福指数のときは、平穏無事、心の平和と安定があり、満ち足りた生活の中にいる。人によってはその平穏無事な生活が退屈でつまらないと感じる人もいる。反抗期の少年のように危険を冒したいという気持ちがどこかにある。とても青臭いがそれが人間かもしれない。人間には陰と陽の裏表があるからだ。


不幸指数のときは、満ち足りた生活の中にはいない。いつも不安・心配・恐れの三大悪感情の中にいる。悪いことをしているという罪悪感に苛まされながらも、やはり人間なのだろうか、自分の行いを正当化しようとしている。悪いことをしているのは仕方がないからやっていると恐怖を抱きながらも自己防衛に走る。常に頭は自分を守ることに精いっぱいで苦しんでいる。退屈でつまらないツケは後で取り返しのつかないことになる。そのツケを取り戻すため、また善行を心がけようとする。あの平穏無事な生活に戻りたくて。


善い世界に長く居れば、幸福の指数が上がってくる。
悪い世界に長く居れば、不幸の指数が上がってくる。
(悪い世界に長くいないことだ)


恋愛で善行を心がけるのなら、人のものを取らないことだ。人のものは人のものあなたのものではない。不倫や浮気は辞めることである。


あなたが純愛を心がけるのなら、人のものは取らないというルールを心の中に刻もう。人のものを取る代わりに相手を祝福しよう。自分は一歩引いて相手を祝福しよう。相手のパートナーと幸せになることをあなたは願うだけでよい。たとえ相手がそのパートナーとうまくいっていないとしても、あなたはそれに同情してはいけない。不幸の同情はあなたの身を滅ぼす結果となる。


いいんじゃないですか、身を引くいい人で。欲望より身を引く人。それって素晴らしい。本当に素晴らしいと思う。是非そういう人間になってください。欲望と嫉妬が渦巻く世界で、欲望を持たなければ嫉妬もしないという人間に最終的にはなることです。




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はてなブックマーク - 欲望
欲望は果てしない。お金に対しても、愛に対しても。これでもかこれでもかと思い描く欲望はきりがない。欲望の世界にい過ぎて疲れるほどである。人はこれで満足というものはないのかもしれない。


欲望はほどほどがよい。ほどほどにすると良い意味での欲求になる。どうしてもこれが欲しいと考えるのではなく、心をリラックスして「こうなるといいな♪」くらいに軽く考えた方がいいだろう。どうしてもこれが欲しいという強い思いは、エゴが発動し、強欲となり他人に迷惑をかけてしまう、よって潜在意識に悪い影響を及ぼす。欲望は果たしない目標ととらえていいが、あまり強く思い過ぎるとかえって目標は到達しなくなる。長い時間欲望に悶え苦しんだ割には何も達成されないということはよくあることだ。欲望に疲れ切ってかえって事態を悪化させてしまうことの方が多い。


「どうしても彼と結婚したい」という女性がいる。私は「どうかな?」と思う。それは意志ではなく欲望のように聞こえるからだ。


考えるより行動
意志と欲望の違いは、目標に向かって行動しているかどうかだ。思いだけでは願いは叶わない、行動を起こさないと願いを達成することはできない。思うことはいくらでもできる、長い時間かけていくらでも妄想にふけることができる。夢の中では彼と結婚していることだってできる。だが悲しいかな・・・それはいつも夢物語で終わってしまう。


行動している自分を確認する
意志とは着実に行動している自分を見ることだ。意志による行動とは、願望を目標に置き換え、計画を立てその計画通りに行動することである。小学生でもわかっている不変のルールを欲望で無視しているだけである。考えることはたやすいこと、行動を起こすことは大変なこと、その大変なことに前向きにチャレンジしている人なら「あなたは彼と結婚できますよ」と言うことができる。



どんな意志で?どんな計画で?どんな行動をすればいいのですか?とよく皆さんは質問してくる。

それは一人一人の頭の中にある。まずは頭の中を整理しなくてはいけない。人の頭の中は無限の宇宙のようなもの、恋愛だけでも複雑な神経が絡み合っている。ネガティブな神経、ポジティブな神経、表のこれをやろうと前向きに考える神経もあれば、前向きな考えを阻止する裏の神経もある。やる気がと躊躇、慎重なナーバスな神経は前に進むことも後ろに振り返ることもできず、いつも停滞している。それが行動を阻止している。うー・・うー・・唸りながら答えが見つからない状態が永遠に続き、そして時間だけがどんどん過ぎていく。気が付いたら時期を逸している。


行動が停止する欲望
「欲望は停滞するためにある」と言っても過言ではないと思う。欲深い人は妄想ばかりが多く、考えることに夢中になって結果何もやっていないということの方が多い。長い時間欲望にふけって何もしていない。それが欲望である。


複雑怪奇な頭の中を整理する
正直、欲望を整理することは大変なことだ。だがその中に答えはある。これだけ優秀な頭脳を持っている人間ならそれは可能だと思う。逃げている彼と見事に復縁ができた。結婚を渋っていた彼と晴れて結婚できたという女性たちは、複雑怪奇な頭の中を整理し、彼を十分に研究し、彼のエモーシャナル(感動)を呼び起こす作戦を立て、これを確実に実行した女性たちである。その行動物語はいくたびの試練を乗り越えたことは言うまでもない。めんどくさがらず、細かいところまで真剣に計画を立て、相手の迷う心、逃げる心に、うまい具合にブレーキをかけ、奈落の底に落とされても這い上がり、これ以上ないという仕打ちにも耐え、ネガティブな己自身の心を奮い立たせ、常に心を積極的に保ちながら行動を継続した女性たちが見事栄冠を勝ち取っている。己の心と相手の心、「心と心の戦いを制した」女性たちが勝利を収めたと言える。


己を信じて
行動を起こしている時は、「どうしてもこれが欲しい」という欲望はない。行動そのものに真摯である。妄想中は欲望だが、行動中は真摯である。一つ一つの事柄にとても真剣に物事にあたる、その時は勝利など確信していない。無我夢中に目の前の敵と戦っているだけである。勝利は一生懸命やった結果。今は前向きに行動するだけである。己を信じて。




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はてなブックマーク - 優しさ
ほのぼのとした優しさ。

秋の朝のような気持ちいい新鮮な空気。緑の隙間から流れ風はスーと深呼吸をしたくなる。「ああ~幸せ♪」生きていて良かった・・・幸せを感じる瞬間である。

殺伐とした喧騒から離れ、排気ガスで汚れた大気汚染から離れ、人間味のない無機質なコンクリートジャングルから離れ、サガと欲望が渦巻く人間関係から離れ、裏切りと仕打ちと嫉妬渦巻く憎悪から離れ、イライラが募る恋愛関係から離れ、求め過ぎて疲れた自分を癒したらどうだろう。

自分を大切に。

自分を癒すことで優しさを取り戻すことができる。

欲望を捨てれば生まれたての優しい人間に戻れる。


私はいい人で優しいと言われるのが何より嬉しい。またそれが誇りである。仕事中は生産性を上げるため、時に厳しく、時に冷静、時に合理的に、時にルールに従いながら、気を張り詰めて仕事をしていることが多いが、仕事が終わればボケーとのんびりしている。張り詰めた邪気を追い払い、親切でやさしいおじさんに戻りながら家に帰る。車の窓を開けそよ風吹かれながら。仕事が終わった瞬間はすべての欲望が消え去っている。かっこつけることも、サガの欲望に従うこともない。「今日という日が終わった、充実した一日でした。」その瞬間を味わうために今日一日頑張る。退屈でつまらないように思えるかもしれないが、それが楽しい一日である。


充実しているから毎日が楽しい。充実しているから将来に不安がない。充実しているから優しさを取り戻せる。どうせ生きて行くなら人は何かをやり続けなければいけない。単調なものの中に幸せを探して。そしてその瞬間を幸せだと感じることである。


与えられたものに、もっと幸せを感じよう。


与えられたものを、もっと優しくしよう。


そのために相手を思い通りにコントロールしないことだ。与えられた相手がいることにもっと幸せを感じ、もっと優しくすることだ。自分が充実できれば、その余裕が生まれる。


損ばかりしているバカ正直の優しさ。それでいい、私はそういう人が好きだ。いい人でバカ正直。(うん素晴らしい)そして損はするが落ち込まない明るさもほしい。(それがないと完成しない)本当にいい人が演じられるのは人生に余裕がある人でないとできないと思う。そういう人間を目指してほしい。損ばかりしているいい人、バカ正直の優しさ、尚且つ損をしても落ち込まない。それこそ究極の優しさだと思う。その究極の優しさは余裕がないとできない。それは最高の生き方だからだ。





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はてなブックマーク - 思いやり
思いやりは大切ですね。

何か・・・最近・・・思いやりがかけているような気がしてならない。

愛した人を何故思いやれない?愛する家族を何故思いやれない?責任は何処へ行った?その生き方は人としてどうなのか?自分だけよければそれでいいのか?

こんな局面ばかりが多い。

思いやりが欠けている現代。人を思いやる純粋な心は何処へいってしまったのだろう。もう一度思いやりを取り戻そう。そして続けよう、思いやりは飽きることなく永遠に。


好きは欲望だが、思いやりは良識である。親切で優しい態度が思いやり、人を好きになるより人を思いやろう。




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