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いいと思うその考え、私は賛成だ。
恋をやめることができれば、人間は成長ができる。


男性なら性衝動を転換する。女性なら愛するエネルギーを転換する。この性衝動と愛のエネルギーを他(仕事や社会活動、勉強や資格、趣味やスポーツ、家族愛や友愛)に転換できれば、人も社会ももっと豊かになる。この恋する莫大なエネルギーを正しい方向に転換しよう。


恋愛はやる気を促すモチベーションだという(好きな人がいると、仕事でも勉強でもやる気が出る)と言う。果たしてそうかな?皆さんのお話を聞いていると逆のような気がしてならない。恋愛によるモチベーションは紙一重、表裏一体のところがあり、表に出ればやる気が出るし、裏に回ればやる気が阻害される。恋愛によってやる気を阻害されている人の方が圧倒的に多いのではないだろうか。好きな人がいるからやる気になるのではなく、好きなことをやっているからやる気が出る、それが正解ではないだろうか。


何かを成し遂げる時は恋をやめてもいい。恋する莫大なエネルギーを成し遂げるために使いたいものだ。下手に恋すると、成し遂げが中途半端になる。それはとても危険で、一生後悔することになる。人間は恋するためだけに生まれたのではない、何かを成し遂げるために生まれたのだ。恋はある時期の一過性のもので一生のものではない。そして恋は卒業するためにある。早く卒業して成し遂げる何かを見つけることだ。



焦りは禁物、落ち着いていこう。

人はせっかち、すぐに自分にとって良い結果を求めたがる。
でも、現実は甘くない。現実は厳しいのである。

その厳しい現実で生きていることを自覚することだ。自覚ができれば、慌ててもしょうがない、落ち着いてじっくり行こうとなる。

男は仕事で、女は恋愛で、すぐに良い結果を求めたがる。だがすぐに良い結果を求めたがる人は必ずといっていいほどうまくいっていない。焦りは禁物、落ち着いていこう。

苦しいときは何もしないことだ。苦しんで彼にメールしなくちゃ、彼に電話しなくちゃと苦しんで連絡をしてはいけない。その連絡は相手にとって迷惑、自分にとって自滅行為となる。それよりどうやって自分自身でその苦しみを取り除くかだ。自分の力で苦しみを取り除いてこそ未来は開けてくる。


仕事も恋愛も、最初は新鮮で胸ときめくものがある。このまま順調にうまくいくものだと勘違いすることもある。だが現実は甘くない。すぐに仕事や恋愛の化けの皮が剥がれ、客足や恋人は遠ざかっていく。【物見遊山】の第一クールが終わり、閑古鳥の日々が始まる。仕事は順調にいかず、恋愛も順調にいかない。この苦しいときのうまくいく方法は、どう自分をセーブさせるかだ。自分を救う(セーブさせる)方法は忍耐しかない。この仕事・恋愛をやり抜くぞと決意をするしかない。自分は「ここにいるよ!」と相手にわからせるしかない。そのために、あきらめないで続けるしかない。(継続は力なり)



自分は「ここにいるよ」

相手にそれをわからせるためには精神誠意の努力しかない。努力に忍耐はつきものである。せっかちで結論をすぐに求めたがる人にはその忍耐がない。忍耐がないから自爆をするのである。自爆するほど苦しむな、苦しみは自分で退治しろ。相手に甘えるな、相手に依存するな。客や恋人はあなたの所有物ではない。あなたの頑張りを見ている見物人にしか過ぎない。その見物人に自分は「ここにいるよ」という前向きな努力を長く続けることで、客や恋人はあなたの頑張りに感動して戻ってくるのである。


自爆したあなた。失敗したあなた。これ以上ない恥をかいたあなた。何であんなことをしたのと後悔をしているあなた。もういやだ!何もかも嫌になったというあなた。


今からでも遅くない。

自分を売り込むために、前向きな努力を長く続けよう。「自分はここにいるよ」とね。そして第二クール(客足や恋人が遠のいた段階)は新鮮な気持ちで誠心誠意努めよう。命を賭ける物語は第二クールの自分との戦いである。


どんな前向きな努力がいいの?

はい、それは失敗したもの以外の自分磨きである。「自分はここにいるよ」と相手にわからせるためには失敗したもので頑張ってもダメ。失敗の張本人に頑張るのではなく、自分を豊かにする自分磨きに頑張ることである。自分がどんな人間になりたいのか、まずは自分をつくること。自分ができれば、過去の失敗した相手は戻ってくる。あなたのフアンとして。



穏やかな日曜日。桜が開花。いい季節になってきました。

おにぎりを食べながら、コーヒーを飲みながら、このブログを書いています(笑)



このブログを書くことは、毎朝の習慣となっています。書かないと一日が始まりません。変なクセ?いや正しい習慣が身に着きました。怠け者の私が10年近くも続けるとは奇跡の業です。記事は3300を超え、一日の訪問者は一万人を超え、ページビューのトータルは8000万アクセス。(もうすぐ日本の人口に届きます♪)数値化すると凄いなと自分でも感心します。毎日一万人以上の方がこのブログを見ている。うむ・・・サボるわけにも休むわけにもいかない・・・プレッシャーとモチベーションが入り混じり、朝を迎えたらパソコンに向かっている自分がいます。



記事は日常の鑑定から生まれます。記事のヒントは皆様が与えてくれます。ドラえもんのポケットのように無尽蔵に出る記事は皆様のお陰です。私はただ現在の男と女の恋愛模様を実況中継しているだけです。私の人生経験(沖川イズム、哲学)をプラスしてね。



今の気持ちは駆け出しの頃とほとんど変わっていません。変わったのは不安がなくなったことぐらいです。夢に向かっている時は不安にならない。辛くて苦しくても不安にはならない。駆け出しの頃の私は不安だらけでした。お客さんは来るのかな?この仕事で本当にやっていけるのかな?生活は成り立つのか?押し寄せる不安で夜も眠れないほどでした。来る日も来る日もお客さんは来ない。疲弊して身も心もボロボロになる。3年間ほとんどお客さんは来ませんでした。自営で一番苦しいのはお客さんが来ないことです。何百回もこの仕事を辞めようと思ったことか、でも辞められませんでした。何故なら自分の夢だからです。人生に一度くらい自分の夢を達成しよう。怠け者だった私は一度も自分の夢を達成したことがない。途中までうまくいっていても自爆して放り出してしまった。あれやこれやと頭では考えるが、全部が途中挫折、信念がなかった。これではいかん!と何度も何度も自分に言い聞かせ、鞭を打ってここまで頑張って来ました。



頑張って来たら、いつのまにか「ふと」不安が無くなったのです。やっと信念と初対面のご挨拶ができたのでしょう(笑)これで私も信念と言う言葉を使うことができます。今はイライラすることも、モヤモヤすることも、ブレることも、パニクルことも、何もない状態です。何かの悟りを得た気分です。人生の喜びの到達地点とはそういうことか?何か不思議な気分です。後は淡々とやるだけです。自分にご褒美を与えながら。




不安の退治法。
考え過ぎないこと。他人と比較しないこと。無理をしないこと。なるようになると開き直ること。そしてあきらめること。

あきらめると心が軽くなる。無理をしていたなと自分でもそう思うだろう。後は与えられた小さな幸せを大切にしよう。自分の器にあった素晴らしい世界、その良さを再発見しよう。


疲れたら休もう、何も考えないで。たっぷり睡眠をとってもいいし、のんびり気ままな旅に出てもいい。心と体をリフレッシュしよう。先のことは考えなくていい。不安は考え過ぎて起きる取り越し苦労にしか過ぎない。取り越し苦労は実際には起きない、考え過ぎだ。起きない苦労になぜ今から考え過ぎて不安になるんだ!だから心も身体もボロボロになる。


辛いことは一度リセットしてしまえ。何もかも捨ててしまえ。そうすれば新しい物が見えてくる。人間は悩みや不安を抱えては前へ進むことができない。不安は心から捨てることだ。捨ててしまえ!そんなもの。ゴミだと思って。愛する彼がゴミでもかまわない、所詮男は古くなれば粗大ゴミとなる(笑)日曜日の粗大ゴミである私が言うので間違いない(笑)あっ今のは冗談、内緒にして(汗)。。。。


生きることは不安である。生きることに自信などあるはずない。ただ皆それなりに頑張って生きている。不安がありながらそれなりに頑張って生きている。それでいいのではないかな。そしてさらに不安がなくなればもっと楽に生きられる。そのコツを掴むことだね。そのコツは夢を持つことだ。どんな小さな夢でもいい、自分の器にあった夢を持つことだ。「夢に向かっている時は不安がない」その心境を手に入れれば不安はなくなるよ。


「夢に向かっている時は不安がない」なんだろうね、その夢は?あなた自身でじっくり探してください。きっとあるよ。




私はその言葉が好きである。「祝福する」嫉妬をするより祝福した方が断然良い。相手に対して同じ感情を持つのなら嫉妬より祝福するという感情を持つ。


嫉妬をするより祝福する。これはありとあらゆる場面で使える。嫉妬の渦巻く環境ならどこでも使えるだろう。恋愛においても、仕事においても、友人や仲間においても、すべての人間関係において、嫉妬をするより祝福する。この態度で接することだ。そうすれば結果として自分も祝福される。すべての答えは結果にあり、過程にはない。良い答えに導くために途中の過程で嫉妬しないことだ。嫉妬は人が持ってはいけない感情、人間関係はその嫉妬によって破壊される。それを何度も繰り返しているのに未だに嫉妬しているようでは進歩がない。幸せになれない原因はそこにあるのかもしれない。幸せになりたければ金輪際嫉妬はしないことだ。


恋愛において、私の考えを述べよう。恋愛でうまくいく方法は、失うのを恐れない精神と嫉妬をしない精神である。これが私の考えである。この二つの精神は、悪い恋愛を退治する方法と未来の相手を選ぶ方法である。未来の相手は「超然とした」自分をつくってこそ相手が決まる。嫉妬をする必要もなく失う恐れもない相手を選ぶには超然とすることだ。


もっとざっくばらんにわかりやすく説明しよう。
例えば私が女の子になってある男性と恋をしたとする。
彼のことが好き、彼から連絡が来るたびに舞い上がり、彼と会うたびにときめく。ロマンスのピークに達している女の子。甲斐甲斐しく一生懸命彼に尽くすが、一時期の愛は消え去り、彼は冷たく私を相手にしてくれない。連絡もなく、しばらく会えない苦しみに悩んでいたら、彼に新しい彼女ができた。青天霹靂 (せいてんへきれき). 突発的に起きる大事件。カミナリに打たれたようなショックと共に、目の前が真っ暗になった。でも私はこの二つの精神が宿っているので、新しい彼女との愛を祝福し、彼と別れた。彼は私を愛さなかった、私を選ばなかった。彼が選んだのは別の女性。それなら仕方がない(あっそういうことか)、私に見る目がなかっただけのこと。次は見る目を養い、私を愛してくれる男性を選ぶ。(一時期の愛はニセモノ、本物は結果である)


私は超然と生きる。それがあるから何も怖くない。寂しくも悲しくもない。あるのは余裕を持って生きているだけだ。自分を愛していない男にしがみついたら情けない、自分を愛してない男に嫉妬するほどの価値はない。愛されていないものを失うのは恐くない。愛されてないものに嫉妬するのはおかしい。さらに飛躍して考えるのなら、彼の幸せを願う。「新しい彼女とどうぞ幸せになってください」と祝福して、彼とは終わりにする。


私は超然と生きる
そして人生の最終結果は、私は間違いなく幸せになっている。





失うものを恐れない。そんな仰々しく考えなくてもいいと思う。


私なんか「あっそうか、そういうことか」で終わりにすることができる。100年の愛も「あっそうか、そういうことか」で終わりにできる。いとも簡単な終わり方。恨む気持ちも憎む気持ちもない。反省も後悔もない。未練?多少はあるが、終わりは終わりとあっさり決めることができる。


常にいつか終わりが来ると覚悟して生きているので、その日が来てもうろたえたりしない。「あっそうか、そういうことか」で終わりにすることができる。終わりは一瞬の短い感想でいい。いつか終わりが来ると覚悟しているので逆に毎日が充実している。いい終わりを迎えるためには「終わりよければすべてよし」で処理することである。


失うのを恐くない。常にその覚悟ができている。間違っているものに苦しむより、失ってもいい覚悟でスジを通す生き方を覚えるのが人間に与えられた使命かもしれない。スジを通すのは、とても勇気がいることだが一回やってみると、これが生き方だとやみつきになる。そして自立心も身に着く。そして終わってもいい、失うのが恐くないという態度が相手を改心させることができる。


固く生真面目な文章で書いたが、もっとリラックスして考えてみよう。


辛かったら自分を開放させなさい。
この恋が苦しかったら卒業しなさい。
なあに大丈夫、どうってことない。終わったら始まるよ未来が。ひとつひとつの恋は卒業するためにある。私なんか何十回も卒業しているので、卒業そのものを恐れない免疫ができてしまった(笑)卒業して涙して次へ進む、また卒業して涙して次へ進む。何回同じことをやってきたか、そのひとつひとつが淡い恋だった(たはっ)懐かしい・・・でも恥ずかしい・・・ときどき惨め(ナハ)淡い恋は苦い、いい青春の思い出だ。


たくさんの人と別れてきた。恋愛でも、ビジネスでも、友人でも、親とも、たくさんの人と別れて来た。「お別れだけが人生だ」それを象徴するように。その瞬間瞬間は反省もあり後悔もあるが、それなりに頑張った。ああ楽しかった。ああ苦しかった。ああ辛かった。あああのときの失敗がなければという反省だらけの過去、まいいか、それなりの喜びも味わった。そして最後はお別れ「さようなら」



「さようなら。」

とても淋しい言葉のように聞こえるが、今の私にはその言葉はとても新鮮。何とも言えない哀愁と喜びがある。どっちかというとさようならは喜びに聞こえる。ひとつの物語が終わり開放された気分となり、また前へ進めるぞという次の喜びが湧いて来る。未来向かって余韻を残さずサヨウナラを言う。さようならは未来の始まりである。


追記。
3/17(日)15時30分~16時30分にキャンセルが出ました。キャンセル分は本日3/14の12時50分~13時の間で受付けます。埋まり次第終了となります。



うむ・・・ない。
自由恋愛の世界においては、浮気をやめさせる方法はない。自由は素晴らしいが、こと恋愛においてはその自由のためにたくさんの人が被害にあっている。


いっそのこと自由恋愛はストップという法律を作らない限り浮気はなくならないだろう。恋人や夫婦は国の機関に届け出制とし、浮気や不倫をした者は厳しい罰則とする。始末の悪いものは国外追放か無人島の島送りにするとか、金輪際二度と浮気ができないような罰則を与えない限り浮気はなくならないだろう。今日はオーバーな表現な記事を書いたが、それだけ浮気に対する憎しみや悲しみが、浮気をされた側にはあるということを理解していただきたい。浮気をされた側は、「その自由がいけないんだ!」と誰しも思っているだろう。


浮気をする側にもされる側にも問題はあると思う。人という生き物は自分を中心に考えている生き物で、浮気をした側も自分を正当化する。だいたい浮気をする人は、自分が浮気をするのはパートナーが悪いと相手のせいにするクセがある。悪いのは自分ではなくパートナー(彼女・彼氏、妻・夫)が悪い、だからしかたなく自分は浮気をしたと非常識なことを言う。人間の知恵はいかに自分を守るか、自己防衛のためにその知恵が存在しているのかもしれない。みんな自分が可愛いのだ。とくに女性に多いのが、「君が悪いから僕は浮気をした」という言葉に弱い、「私がいけないんだ」と反省するように女性はできている。愛に関して女性は反省と後悔の渦にいる。その女性の盲点をついた「君が悪い」という言葉にひどく敏感になるように女脳はつくられている。私の何がいけないの???と盲点を突かれた言葉に夜も寝ないでグルングルン悩むのが女性である。彼の浮気の悪さより、私の何がいけないのとフツフツと日夜徹して悩む。愛においては反省と後悔の生き物である女性は、自分を苦しめ、相手の浮気に苦しめられるのである。


「おいおい、悪いのは彼の方で君ではないよ。」というのが私のお決まりの言葉である。浮気をしたのは彼でしょ、何で君が謝るの!といつも言っている。

悪いのは浮気をした彼、あなたではない。

そこを冷静に客観的に判断すべきである。

浮気に関しては機械的に判断すべきだと私は常々思っている。悪いのは浮気をした方、あなたではないと。


自由恋愛は国の法律では罰することができない。なぜなら恋愛は自由だからだ。夫婦であれば夫の浮気は夫婦の権利を脅かしたとして相手の女性を訴えることができるが、慰謝料の割に夫婦間の損害の方が大きい。日本の法律は愛に関して手ぬるく、失うものの方が多い。


国も守ってくれない、誰も頼るものがいない、日本の恋愛事情。守るのは己自身の精神力しかない。その精神を宿すしかない。


自由恋愛に対抗する精神とは、「失うものを恐れない精神である」自由恋愛に対抗するためには愛を失っても恐くないという精神をつくるべきである。常にその精神があれば、逆に愛は失わない。というのが私の結論である。「失うものを恐れない精神」はこの世の最大の武器である。この武器をあなたも手にすれば愛の勝ち組なれる。是非訓練によってその武器を手に入れてください。相手の浮気をやめさせる方法はもはやこれしかないのです。




ひとこと、「最近の男の浮気は金持ちがするのではなく貧乏人がしている。」というのが私の印象である。彼の浮気で悩んでいる相談のほとんどは、甲斐性のない男に浮気をされて苦しんでいるというのがほとんどである。豊かな金持ちより、生活苦にあえいでいる男の方が浮気率は高い、というのが私の長年の統計である。むろん金持ちの浮気相談もあるが、それよりはるかにに多いのが金のない男の浮気、生活に破綻をきたしている男の浮気の方が多い。そういう男の精神は決まってモロイ。



浮気は男の甲斐性ではなく、金に困って行き場所がないから他の女の内助の功を求めて浮気に走っているのではないだろうか。彼女や奥さんにはもはや内助の功はない。自分を厳しく責めるだけである。厳しい指導や教育よりも自分に優しい女、自分の味方になってくれる女を求めて浮気に走る。精神的にモロイ男にもオトコとしてのプライドがあり女が自分の味方さえいてくれたら自分は立ち直れると信じている。



男の浮気は精神的にもろくなった状態の時に起きている。心と体が健康な時は浮気をしない。浮気は心と体が不健康になったときに起きている。順調だった人生に陰りが見えたとき、その恐怖を払拭したくて浮気に走るのが男の習性ではなかろうか。恐怖を払拭したくて浮気をする。これは男の破壊行動からきている。



男の破壊行動は概ね三つある。
「飲む・打つ・買う」である。飲むは酒に溺れ、打つはバクチに溺れ、買うは女に溺れる。ほどよくではなく、溺れるまでするので破壊行動となる。その破壊行動は人生の破滅に向かっている。浮気をする男の心理の憶測には「もう何もかも嫌になった、どうにでもなれ」という開き直りとも言える破滅願望がある。とても恐い精神状態である。


コメントの際メールアドレスは載せないで下さい。



今までは男らしい男が浮気をすると思っていた。でもそれは間違っていた。浮気の大半は男らしくない男がしている。


ずいぶん昔に「浮気は男の甲斐性と」いう言葉があった。昔は、地位やお金が有る人だけが出来る特権だったような気がする。甲斐性のある男、つまり年収何千万も稼ぎ、高い地位と権力があり、奥さんや子供に自力では絶対できない生活をさせてやり、余ったお金で別に女(愛人)をつくる。そして誰も文句は言えない。何故なら自分の家庭も贅沢な暮しを提供し、愛人にも贅沢な暮しを提供しているからだ。甲斐性のある男とは愛した女たちに何不自由なく贅沢な暮しを提供できる男のことをいう。


お中元やお歳暮の始まりにも面白い説がある。「いつも家の亭主がお世話になっています」本妻さんがお妾さんに贈り物を届けた所からお中元やお歳暮が始まったらしいという説がある。本妻さんが自分の立場(本妻は私よ、私には逆らわないでね)をアピールするために送ったという説である。



浮気は男の甲斐性。それは随分昔の話で、今はその言葉が死語になりつつある。今は甲斐性のある男が浮気をするのではなく、甲斐性のない男が浮気をしている。現在の地位やお金が有る人は昔ほどの豪快さはない。また地位や名誉によって浮気ができない仕組みになっている。浮気をすればマスコミやネットで叩かれ、その地位を失うからだ。女によって地位や権力を失った政治家や経営者はたくさんいる。地位が上がれば上がるほど恐れ多くて浮気はできない世の中になっている。



浮気は甲斐性のない男がする。
そしてその浮気は女の内助の功で成り立っている。
「浮気は女の内助の功」の時代になりつつある。
女は愛した男に尽くす。この内助の功がある限り、男はそこに癒しを求める。浮気をする男はそれを求めて街を徘徊している。



癒しを求めて徘徊する男たち。彼女がいるのに、奥さんがいるのに、何故?癒しを求めて徘徊するのか、それは心が満たされていないからだ。つまり欲求不満なのである。その欲求不満の元凶は不安やストレスからきている。男の不安やストレスの下は命である仕事から来ている。外に出れば7人の敵がいる男、その戦いは凄まじしく想像を絶する戦いである。よほどの体力と精神力がないとその戦いには勝てない。戦いに勝ってこそ仕事は充実するものである。その仕事に充実感が起きない状況、あるいはそこから逃げる状況に追い込まれた男はヘトヘトになって家に帰ってくる。家に帰れば今度は8人目の敵がいる。ヒステリックに責める8人目の女という敵。会社にも家にも居られない状況に追い込まれた男は、癒しを求めて街を徘徊する。徘徊して内助の功のある女と浮気に落ちる。



男らしい男は7人の敵に勝ち、8人目の敵も優しく迎え討つ。充実しているので浮気をしない。仕事に情熱を燃やしているので女と遊んでいる暇はない。そんな時間があったら勉強する。勉強してさらに高い次元の目標を目指す。女と触れ合うのは彼女か奥さんで十分だ。愛する女性は一人で十分という充実感がある。


次回のテーマは、浮気は男の破壊行動によって起こる。


コメントの際メールアドレスは載せないで下さい。



「あなたの彼はそんなにもてない」
女性が心配するほどあなたの彼はもてない。健常な社会人である男性は社会性が高く法律に従って生きているので不節操で非常識なことはあまりしない。男の本能(牧場主、ハーレム)願望はどんな男でもあることはあるが、それは妄想の世界にあるだけで現実にはありえない。あなたも非現実的な空想や妄想の世界に浸ることがあるだろう?それと同じである。


「ほとんどの男性が愛している彼女や奥さんを裏切ったりはしない。恋人や夫婦の仲を崩壊させる浮気はほとんどない」と私は言い切れる。健常な男性は女性たちが心配するほど悪いことはしていない。またそんなにもててもいない。女性の皆さんは、自分の彼はもてるとかいかぶり過ぎである、実際はそんなにもてないというのが現状である。「大丈夫、あなたが心配するほど彼はもてていない(笑)」社会で働いて40年以上、私も多くの男性と接触してきた。サラリーマン時代、現在の占いの仕事で数千人の男性と対面してきた。


その結果、女性たちが心配するほどのことはない。
ほんの一部が女性たちを苦しめているだけである。その一部を100%まで膨らませてすべての男性がそうだと決めつけないでほしい。健常な男性は女性たちが心配するほどのことはしていない。ほんの一部の男たちによって健常な男性たちも「浮気をする悪い男と決めつけられて」被害を被っているのである。


ほんの一部の男たちの実態をまとめていこう。恋人との破局、家庭の崩壊までいく浮気をする男とはどんな男性が多いのか。

大きく分けて二通りになる。

ひとつは病的な女好き。
ひとつは精神的にモロイ男性。

病的な女好きは直らないしどうしょうもない。女性たちはそれに関わらないことだ。まともな社会性を堅持している男性にはほとんどいない。病的な女好きは100人に一人くらい。歩留まり率(統計)からいっても少ない。もしあなたがそんな男と付き合っているとしたら、悪いことは言わない、すぐに別れることだ。


ここでクローズアップしたいのは、「精神的にモロイ男性」健常な心を持っていない男性にターゲットを絞っていきたいと思う。続きは次回。


男が浮気に走るのは、不安やストレスから来るものが多い。これが次回のテーマです。