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女性は恋に対してせっかちである。ロマンスを早く締結したいと焦り過ぎである。焦れば何事も大成はしない。焦れば一瞬にして藻屑となるのが世の常である。なのに焦る、何に焦るの?ときめきに憧れ、そのトキメキを早く自分のものにして安定したいからだ。


恋はタイミング、タイミングは恋だけではない、人類の事業のすべてはタイミングで操作されている。タイミング合えば成功するし、タイミングが合わなければ失敗するだけである。男と女は基本的にタイミングがずれている。一致するときもあるが、ズレることの方が多い。わずかに一致した瞬間に喜び勇んで歯目を外すと後でとんでもないしっぺ返しを食うのが男と女の関係である。男と女は計時変化と共にタイミングがずれる、そのずれた瞬間をどう耐え抜くのが、それが勝負の分かれ目となる。


「最初は男から、後から女から」この古代のことわざは現代社会でも引き継がれている。最初は男から、そして後から女から・・・と脳の遺伝子は継承されている。このタイミングのずれを早く自分のものにしたものが恋の勝ち組となる。同じ過ちを何度も繰り返す女性になるか、二度と同じ過ちを繰り返さない女性になるか、それはあなた次第である。無事に結婚できるのは間違いなく後者の方である。


前回のタイトルで、告白はNO、プロポーズはYESとしたのは、男性のタイミングに合わせたやり方をかいつまんで書いただけである。



その具体的な方法は?
うむむ・・・中身については、
いずれ出版する本か電子書籍、メールマガジンでその深い内容とテクニックを述べていこう。私の10年の集大成として。

深い内容は構想中です。
ブログではプロローグとして述べていきます。



結婚適齢期の女性の結婚するためのルール。
なに???・・・よくわからない???と思うかもしれませんが、これが意図も簡単に結婚する方法である。あなたができるかどうかはわかりませんが、これから解説していきたいと思います。


まず始めに「恋愛はロマン、結婚は現実である」そのことを理解してください。
ロマンは熱が冷めれば終わる。
現実は熱が冷めても継続する。
説明はこれだけです。後はあなたの頭で考えてください。


男性のロマンは半年、女性のロマンは永遠。
男性のロマン、恋の賞味期限は半年である流れをここに書きましょう。
好意のある男女が接近し、3回から5回デートを重ね、男性側から告白され女性がYESと言って付き合うことになる。三か月ほどラブラブが続き、半年後には男性からの連絡がなくなり女性が自爆して終わる。このパターンは多い。


何故?男性の賞味期限内で恋が終わったか、それは男性の告白に対してYESと言ったからだ。


うむ、書きながら面白くなってきた。続きは次回。



人を好きになること、人を愛することを人類は自由にした。人を好きになるのを法律で縛れば自由はなくなりロマンもトキメキもなくなる。それでは人間でなくなるから人類は一番大事なものを自由にした。



だが、その自由が呼び起こす悲喜こもごもの物語や事件は多い。自由に対する悲喜こもごもの喜びや怒りそして哀しみや楽しみ(喜怒哀楽)となって男と女はいろいろな物語や事件を起こす。公正な幸福なら共感して祝福したいが、不公正な不幸は共感もできないし許すこともできない。「幸か不幸か」どちらになるのかわからない、それが自由恋愛である。


不正公正を問わず、人を好きになることを法律で縛れない以上、不幸になる人を極力減らしたい。その思いでこのブログは立ち上げ何年も続けて来た。


自由は素晴らしいが、反対に自由は不幸を呼び起こす。自由の不幸は壮絶な怒哀のドラマとなる。その自由の不幸を軽減するためにこのブログ(恋愛日記)は何年も続けている。「自由とは」・・・本当はとても厄介でとても面倒である(笑)いっそのこと法律化にした方がどんなに楽かと正直思ってしまう(笑)自由と法律、どっちが楽かと言うと私は法律に軍配を上げる。そして自由と法律、どちらが幸せになれるかと言うと法律化した方が幸せになる指数は上がると確信している。


私は確信しているが、人類は自由を選んでいる。私も人類の一部なので人類が自由を選ぶのならそれに従うしかない。また面倒な自由による不幸と戦いながら、少しでも不幸を軽減しなくてはならない、とても厄介な作業が永遠続く。あ~ぁ。。。。




あるお客さんとの鑑定でこんな話が出た。
「結婚しているのか、恋人がいるのか、フリーなのか、それを証明するバッチがあるといいのに」という内容だった。奇想天外かもしれないが面白いと思った。


運転免許やパスポートみたいに恋愛においても身分を証明するものがあってもいいと思う。仮に愛の身分証明バッチとしよう。愛の身分証明バッチは、体の正面のはっきり見えるところに身につけること、襟元や胸元にバッチとしてつけることを義務付ける。



色は、結婚している人は赤、恋人がいる人は黄、フリーは青とする。このバッチにはセンサーがついており、センサーは国の機関と直結しており、不正があったら処罰の対象となる。結婚している人は夫婦で出向き、恋人同士はカップルで出向き、フリーの人は一人で出向き、機関に届けることを義務とする。届け義務を果たさなければバッチは発行されない。バッチがなければ各種公共施設や民間施設は使えないものとする。その届け出が正しいかどうかは専門機関が審査する。不正があれば処罰の対象とする。


外出の際はこのバッチを身につけること。もし身につけていなければ各種公共施設や民間施設などのサービスは使えない。電車やバスにも乗れない、ホテルに泊ることもできない、デパートも入れない、映画を見ることもできない、レストランで食事もできない、近くのコンビニで買い物もできない。バッチを身につけなければ外出禁止という厳戒令が敷かれたようなものとなる。バッチを身につけないで店内に入ろうとするとブザーが鳴り警備員に拘束される。そうなれば誰しもバッチを見えるところにかざして外出するようになるだろう。自分は結婚している、自分には恋人がいる、自分はフリーだ。何も恥ずかしがることも嫌がることもない、本当のことを世間に知らせて堂々と街中を歩けばいい。



そういったバッチがあれば、

婚活パーティーや合コンなどは皆青色バッチで統一されるだろう。まさかその中に赤や黄色が混ざるわけない。もし混ざっていたら一目瞭然で会場から追い出される。


友達との飲み会でも、赤や黄色のバッチが口説いてきたらビンタを食らわし、「奥さんや彼女を大事にしなさい」と言えるだろう。


ホテルに赤や黄バッチの男性と青バッチの女性が同じ部屋に泊ろうとすれば、フロントは警察に通報し二人を捕まえることができる。


異色のバッチ同士が公共施設や民間施設を使う場合、入口で身分を明かさなければいけない。例えば親子の場合、二人は家族であることを証明する証明書。これも国の機関で発行する。会社の上司(赤バッチの男性)部下(青バッチの女性)がレストランで食事をしながら仕事の話をする場合、会社の身分証明書を提示してお店の許可を取らなければいけない。お店側は何年何月何日、A社のB部長と社員のC子さんがここで会食したという記憶をパソコンに保存する。


バッチの色の決め方は年に二回、国が指定した機関で決めることにする。各都道府県、学校や会社、市町村、地域ごとの自治会に専門の機関を設け、あますことなく全ての国民を対象とする。日本にいる外国人も例外ではない。



うむ。書いてみてメンドクサクなってきた(笑)みんなモラルの問題、モラルがあればわざわざこんな複雑な法律をつくらなくていい。モラルがないからこんなことを思いついてしまう。恋愛は確かに自由、だが自由は不正を生む。人生で一番大事な男と女の関係を自由にし、不正の温床にさせているのが人間だ。その不正によって取り返しのつかない人生を歩んでいる人がたくさんいることも理解してほしい。




自由恋愛において、一番始末に悪いのが浮気
浮気だけは問答無用の法律でビシバシ取り締まってほしいものだ。そうなると大半の男子諸君は法律を犯していることになる。日本の留置場は満杯となり、日本本土から数千キロ離れた無人島(一都一県くらいの大きめの無人島)を国が買い取り浮気専用の留置場にしなくてはならない(笑)そうなるとシャバ(日本本土)から男子がいなくなってしまうかもしれない(笑)


自由社会の街並みは女性たちであふれ、一割くらいの男子が肩身の狭い思いでひっそりと暮らすことになるだろう。渋谷の交差点は数万人の女性たちが行き交い、数人の男性がサングラスにマスク姿で首をうなだれてトボトボ歩く姿が発見される(あっ男だ!あの人も浮気をするのじゃないの)と後ろ指を指されながら。(女性10人に男性一人の社会)男性から見ればモテルと錯覚するかもしれないが、いやはや女性の集団に個の男性は勝てない。ひっそりとこじんまりと暮らすのが関の山。中にはモテルと錯覚して豪快に女食いに走る男もいるだろうが、そういう男はすぐに捕まり無人島送りとなる。


浮気で無人島送りとなった男たちは、「もう二度と浮気をしない」と改心するまで厳しい指導の下で徹底的に絞られる。それこそ軍隊より厳しい強制労働を強いられることになる。改心したと認められるまでは10年でも20年でその島から出られない。浮気の無人島には数千万人の男たちであふれ、女っ気のない色気もロマンもないむさ苦しい秘境となってしまうだろう(笑)もはや無人島ではなく浮気の島送り島という名称に変えて。


やめたやめたこんなバカバカしい妄想は(笑)
この妄想は女性たちの話を聞けば聞くほど膨らんで来る。それだけ女性たちは「男の浮気に苦しめられてきた」人類誕生以来何万年も。


何万年も男の浮気に苦しんだ女性たちの気分を晴らす方法は「浮気男は無人島に送れ」という説になる(笑)女のいない無人島に送れば二度と浮気はできない。実際にそうだ!そうするべきだと言う声もたくさん聞く。まあ冗談だけどね。男の浮気は、もう笑いながら話すしかない。鑑定に訪れるお客さんは「あんな奴無人島に送ってしまえばいい!」と笑いながら言っている、冷めた目で。


男の浮気はどうしょうもない。そのことは私も認める。だが待てよ、男が浮気をするということはそれを相手にする女がいるということではないか。アプローチは男からかもしれないが、それに応えるのは女である。応えなければ浮気にならない、応えるから浮気になる。浮気をするバカな男も悪いがそれに応える女も悪い。男の浮気を辞めさせる方法は女が応えなければいい。喧嘩両成敗と同じように浮気両成敗(理非を問わないで双方とも処罰すること)にしたらどうだろう。




うむ・・・難しい。
ある程度のルールはあった方がいいが、強制となると・・・なんぞや?と思ってしまうのが正直な気持ちである。


ある学生が言っていた。
「僕たちはルールがあればそれに従う。自由よりその方がいい。一部は法律を犯す者もいるかもしれないが、大半の人はその法律に従うと思う」ルールができればそれに従う。方向指示器(目標)があればそれに従う?マニアルがないと生きていけない若者の言葉なのか、あるいは自由になり過ぎて無節操な世の中になったのを危惧して言っているのか、男と女の愛に道徳心が無くなったと感じているのか、真意はわからないが、ルールはあった方がいいという。「なるほど」と私は思った。今の若者らしい。


うまく説明できないが、それが現代の若者を象徴している声に聞こえた。そうだよな・・・。今の自由恋愛・・・なにか違う・・・道徳心と責任感がない。


道徳心と責任感を植え付けるために、ルール化した方がいい。それも早いうちに。幼少の時期に教えて植え付けることが必要だろう。「結婚は国民の義務」は小学校から教えるべきだ。しかもわかりやすく丁寧に長い時間をかけて。現代の学校教育は仕事や社会で役に立つ技術ばかり教えて、人としての道徳を教えるのが欠如しているように思える。社会で生きる技術とプラスして愛の技術も平行して教えるべきだ。相手を尊重し、相手を労わり、繁栄ある家庭をどうすれば構築できるか、愛における道徳心と責任感を小さい頃から教えれば、日本はもっと豊かになるだろう。



この法案はどうでしょうか?

憲法の第一条に掲げるなんてね。

いろいろ賛否両論はあるでしょうが、私はこれでいいのではないかなと思っています。なぜこれでいいのか?この仕事を長くやればやるほど不思議とこの考えに辿り着くからです。あなたも11年、3万3千人以上の人たちと平均して1時間ずつ恋愛と結婚について話し合えば、この考えに辿り着くのではないでしょうか?この数はもちろん政治家にもいないし、官僚にもいなし、大学の教授にもいない数です。私独自の経験ですが、類まれな経験だと自負しています。


晩婚化、非婚化が進む現状、少子高齢化が進む現状に歯止めをかける打開策はないか?政治家でも官僚でも気づかない方法が私の頭には無尽蔵にあります。この無尽蔵の知恵は冷やかしで言っているのではありません。3万人以上のお客様が私に知恵を提供してくれたというバックボーンがあるからです。


「結婚は国民の義務とする」あなたはこの法案に賛成ですか?

賛成の方のご意見をください。
どういうところが賛成なのか?この法案の諸条件や付帯事項はどうすればいいか?追記、追加したい項目があればどんどんコメントください。



反対の方のご意見をください。
なぜ反対なのか?心身に障害のある人、あるいは結婚に対する意志と価値観の違い等の理由で結婚できない人からすれば不平等な法律となる。恋愛や結婚を法律で縛ると自由がなくなる。もっと極端に言うと、たくさんの女とたくさんの男と遊びたい、SEXも思う存分楽しみたい、法で縛られるとそれができない。一人の異性に縛られたら人生は終わりだ。不倫は文化だ。浮気は男の甲斐性だ。などなど不正、悪性極まりないご意見も今回は受付けたいと思います。ただし限度越えの歯目を外したコメントは削除させていただきます。



皆様のコメントお待ちしています。



もし、恋愛の法律をつくるとしたらどんな法律がいいか?
皆さんで考えてみてください。
恋愛の法律をつくるとしたらどんな法律がいいか?皆さんのコメントをお待ちしています。


このブログの読者は女性の方が圧倒的に多く、女性の主観的な考えに終始するかもしれません。それでも私はいいと思っています。何故なら「愛は女性の命」愛に関しては男性の数百倍能力が高く、造詣も深いからです。愛の分野において深い知識 や技量を持ち、非常に精通している女性なら男性も納得する法律ができるのではないでしょうか。場合によっては男性の悪事を暴き、男性のプライドを傷つけ、男性側から見たら怒り心頭のコメントが多数寄せられるかもしれません。それでも私はいいと思っています。何故なら対極に位置する女性の考えや求めがわかるからです。


ここに記載する恋愛の法律は、公式のものではありません。このブログの管理者による主観的な非公式のものです。非公式だがふざけてもいません。いたって真面目に日本の将来を案じて警笛を鳴らすものです。将来日本国で恋愛の法律を検討する場合、このブログのコメントが参考意見として採用されるのを期待しています。


日本は今、晩婚化、非婚化が進み、少子高齢化の道を歩んでいます。このままだと日本は栄枯盛衰(えいこせいすい)繁栄がいつまでも続くことはなく、いずれは衰えるはかない道を歩む懸念があります。私がこの仕事をやろうと決心したのも、その懸念があったからです。心の隅にその懸念がいつもありました。このままでは日本は栄枯盛衰の道を辿る。「このままではいかん」自分に何かできないか・・・という考えの下で仕事に励んで来ました。私の大義名分は置いといて、本当は生活のためにこの仕事をしています(笑)これが本音です(笑)片田舎の弱小占い師ではありますが、少しでも日本のために役立つことはないか?それはいつも考えています。


さてさて私の講釈は置いといて、

さあさあ♪法律をつくりましょう。

遊び感覚で(しかも真剣に)



まず手始めに、

私の感覚で第一条をつくるとしたら、

「結婚は国民の義務とする」という法律を第一条にします。
結婚は国民の義務とする。心身健康的な国民は結婚を義務とする。中身についての講釈は次回述べます。


続いて、
男女間のマナーに関する法律。
男女間のマナー、どんなのがあるのか皆さんで推理してみてください。
例えば、音信不通、浮気、不倫、裏切り、約束を守らないなどの人としてのマナーや礼儀違反、それを阻止するための罰則や罰金。恋愛の法律をつくるとしたらどんなものがいいのか、皆さんで考えてみてください。皆さんのコメントお待ちしています。


恋愛の法律?

うむ・・・。今朝思いついて記事を書いてみた。

まだまだ私の法整備はできていない(笑)今はまだ思いつきの段階。11年もこの仕事をしていて私の頭には無尽蔵にあるがまだ整理ができていない。整理はこれから、その前に皆さんの考え、コメントをお待ちしています。



人は他人のことには関心がない、関心があるのは自分のことだけ。
人は自分勝手である。

そう考えると・・・うなずける。
皆さんの恋愛が。

男は男で自分のことばかり、女は女で自分のことばかり。
もう少し優しくしたら?・・・と思ってしまう。


自分勝手の人は待つことができない。待つより焦る感情の方が先に出てしまう。信号が黄色から赤になろうとしているのに歩行者は無理して渡ろうとするし、車はアクセルを踏みこんで、待つことの無駄な時間を回避しようとする。待つことは損することだと思わんばかりに。自分さえ良ければいいという考えが人間にはある。それぞれの時間、それぞれの生活、それぞれの性格、それぞれの人生があるから仕方が無いのかもしれない。でも待つことのできない人は事故に合う危険性がうんと高くなる。その事故によって取り返しのつかない人生を歩むこともある。交差点でのたかだか1分の時間、男と女の付き合いでのたかだか数カ月の時間、待てないで事故を起こす人たちが後を絶たない。


恋愛の失敗は交通事に例えることが山ほどある。信号が黄色から赤に変わる、あのときなぜ待てなかったのか?後から後悔しても、もう取り返しがつかない。気ばかり焦って自爆してしまった。そんな例は山ほどある。男性も自分のことしか考えていない自分勝手だが、女性も自分のことしか考えていない自分勝手である。


恋愛には決まりが無い。恋愛は自由である。こうしなければいけないなどという法律はない。交通ルールより始末におけないのが恋愛である。法的なルールのない恋愛、あるのは性犯罪を罰するルールのみで、男と女の感情的な行き違いを罰する法律などない。相手がデートの約束をドタキャンしたとか、連絡がなくなり音信不通になったとか、急に気持ちが冷めたとか、付き合った男女の仲が悪くなったとか、これって人としてどうなの?という不協和音が生じても、それらをいちいち罰する法律などない。それぞれの裁量(その人の考えによって判断し、処理する こと)になっている。


逆に言えば恋愛は、交通ルールより、ビジネスよりランクは下となる。人が生きて行く上で一番大事なものにルールがない。交通ルールを無視した運転をすれば甚大な事故に繋がり、ビジネスで約束を破り音信不通にすれば即刻クビとなるのに、恋愛は人としてのルールを無視しても法律的には何もとがめられない。


恋愛は自由。どうやら人間は一番大事なものを自由にしている。また愛を法律で縛るのは難しいからそうしているのかもしれない。「自由だから自分勝手」そう言い切ってもいい。後はその人の考えによって判断し、処理するしかない。


私の追記。
愛を法律で縛るのは難しい?私はそうは思わない。愛を法律化するのはできると思う。交通ルールのように、ビジネスマナーのように、ある程度のルールは必要だと思う。恋愛はあまりにも自由裁量に任せ過ぎていた。そろそろ恋愛にも法律を取り入れた方がいい。それが私の感想である。





永久就職の時代は終わった、結婚も仕事も。と厳しいことを書いたが、案ずることはない。時代がそうなら、それに対応できる心を持てばいい。


なあ~にどうってことはない。自分が正しく真面目に生きていけば、結婚も仕事も卒なくこなせる。不真面目な精神にいちいち心を動揺させないことだ。真面目にやればうまくいくものを不真面目な心がいつも邪魔をしている。その不真面目な心とはネガティブな悪い心だ。物事を悪いようにとらえる不真面目な心は退治することである。


慎重で不安なのはいい。その慎重と不安は考える力を与えてくれる。不安を打開するためにやることをやろうと教えてくれる。不安は一個一個つぶすためにあるのに、不真面目な心で不安を増殖させてどうするの?不安は物事を考えるいい機会なのにその考え方が間違った方向に進んでいるのである。


たとえどんなに悪い事態でも、良くなる方向に真剣に考えよう。場合によっては愛する者を捨てる覚悟が必要かもしれない。愛する者が正しいとは限らないからだ。真面目に考えるということは正しいか正しくないかを真剣に考え、正しくなければ勇気を持って終わりにする考えである。終わりにする勇気、失う覚悟がこの時代をたくましく生きるコツである。勇気ある決断が結婚も仕事も卒なくこなせる能力となる。この能力こそ大人の能力、青春時代の乙女の能力もいいが、物事をわかっている大人の能力にそろそろ転換しよう。淡い恋は素敵だが、相手が不誠実ではその純粋な淡い恋も汚してしまう。淡い恋を守るためにも誠実な心で接することができる相手に転換することである。


愛する者を失うことはこの世とも言えない苦しみだが、あなたはまだ見えていない。これから訪れる未来の光を。


正しい決断をしたのを悔やんでいるようではまだ見えてこない。全てを白紙に戻して未来の光は見えて来るのである。


その日は訪れる。
あなたが真面目に生きれば。


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