ホーム > 月別アーカイブ: 2013年12月
今年最後の今日という一日、大晦日。

皆さんはどうお過ごしですか?

私の大晦日は、毎年同じようにノンビリ過ごしています。


ノンビリ過ごせるのもこの時期だけ、「だからゆっくり過ごす」と自分に言い聞かせています(笑)


今夜は紅白でも見ようかな。最近歌は聞いていないので、一年分まとめて聞いちゃおう。
なんて思っています。


元日は初詣でも行きますか(これも毎年恒例)「世界平和と皆さんの幸せ」をお祈りする。これが私の初詣です。自分の願いは祈りしません。神は小さな個人の願いは聞き入れてくれないみたいなので、私はいつも世界平和と皆さんの幸福だけ願っています。


今年の暮の大掃除は適当に済ませました。仕事をするより身体を休ませる。一年の疲れをとる。これが暮れの大事な行事。だから「ボケっ」とノンビリしています(笑)毎年皆さんのマイナス波動をたっぷり受け取っていますので、どこかでリフレッシュしないと身が持ちません(笑)


三日ほどノンビリ休んだら、リハビリをかねてエンジン始動です。元日から構想を練り、「ひたむきに努力する」これを実行したいと思います。


私の来年のテーマは、
「ひたむきに努力する」
です。


宇宙や神、高次の力が自分のひたむきな努力に共鳴し、究極のビジョンへと導いてくれると信じながら、ひたむきに努力する。



これが私の来年の目標です。
皆さんの目標は何ですか?
できればお聞かせください。




ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
今年も今日で御用納めとなりました。

今年一年間、誠にありがとうございました。

皆様、良い年をお迎えください。



仕事始めは、
来年1/5より営業を開始します。
また来年お会いしましょう。






ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
クリスマス終わり、残りわずかな今年を振り返る。

今年もいろいろあった?
う~ん・・・いろいろあったというより、何もなかった気がする(アハ)いつものように暮らしていつものように仕事をする、まるクラゲのように潮の流れに身を任せ、お腹が空いたらその辺のえさを食べ、プカリピカリと海に浮かび、可もない不可もない生活。それを幸せというかもしれないが、単調な生活でつまらないともいう。自分はまだ青い鳥を探しに行きたいのかもしれない。


今年を振り返るのはよそう。今年は今年、過去を振り返るのは、己を停滞させるだけ、クラゲのように潮に身を任せ、風に身を任せの生き方はよくない。進路は自分で切り開いて行くもの。頼らず依存せず、自分を信じて我が道を行く。


さて、
来年は自分が楽しいと思うことをしよう。
なんだろう?楽しいことって。

遊ぶことかな?旅行に行ったり、欲しいものを買ったり、外で友達と飲んだり、制約のない自由を楽しむ。遊び、趣味、スポーツに講じる「毎日が日曜日♪」いいかもしれない。いいかもしれないが自分には合わないな、毎日が日曜日で毎日が遊ぶ生活は逆につまらない。遊ぶことが疲れてしまう人生となるだろう。遊びは楽しいが、時々でいい。遊びには壮大な目標が無い。一生懸命努力しようという気分にもなれない。何かを成し遂げたという感動も少ない。遊びは単なるリフレッシュに過ぎない。リフレッシュだけでは私は満足できない。なんて欲張り、遊ぶことがつまらないとは前代未聞、仕事人間かオマエは!いえいえ、仕事を遊ぶより楽しいという新種の人間に「なろっかな」と思っている人間です。ワクワクするような仕事の行程をつくり、それを楽しみ、それを遊ぶ。仕事を好きなようにアレンジして、検証して咀嚼して、自分なりの形をつくる。自営だからできること、サラリーマンにはできないことを自由にアレンジする。これは楽しみ。こんな面白いものは他にない、遊びより断然楽しい♪かも(笑)


来年は好きなことをやる。
思い切ってやる。
自分の好きなことが皆さんの役に立つと信じて目標に情熱を傾ける。
これは、ちょっと楽しみだ。




ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
あなたの思考は、
何ですか?



来年はそれをテーマに過ごしたらどうですか?思考が人生を変えるのです。
あなたの思考は、何ですか?



感情は日常の生活をコントロールし、思考はあなたの人生を変える。感情に埋没するのではなく、未来はこうなりたいという夢を持とう。



夢、
大好きなこと。
それを来年はやっていきましょう。



私も来年は大好きなことを探したいと思います。
ワクワクするような好きなこと。
それを見つけます。そしてそれを行動に移します。



なんだろうね。
自分が大好きなことは?





ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
今日は「クリスマス・イヴ」皆さんの予定は?
それぞれのクリスマス、それぞれ楽しんでください。
皆さんがワクワクするような想い出をつくれることを願っています。


私もワクワクするような想い出をつくります(笑)
私がワクワクするのは?今のところ仕事です(エヘン)
クリスマス、仕事で(苦シマス)なんて。バカ。


「ワッハハ」笑い過ぎてお腹が苦しい。仕事は苦シマスではない。仕事はワクワクするもの。「こんな素晴らしいクリスマスは他にない」と私は本気で思っている。私の仕事は無限に広がる想像物の世界、そこに問題解決のアイデアが無限にある。一生かかっても解けない人の心理にいつもチャレンジしている。悩ましい問題に今日もチャレンジしている。だから毎日ワクワクしている。こんな楽しいクリスマスはない。


「あ~あ、沖川は仕事人間だ」というより、仕事を楽しんでいる人間です。自分の仕事は楽しい♪「仕事が大好き」こんなワクワクする仕事は他にない。


メリークリスマス。
皆さんもクリスマスを楽しんでください。




ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
あなたが恋愛でうまくいきたいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが仕事で成果をあげたいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが健康になりたいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが人生で成功したいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが運を上げたいのなら、ちょっときついことをしよう。


「きついことは心にも身体に良い」と自分に言い聞かせ、ちょっときついことをしよう。


たとえば、あなたがダイエットをしたいとする、食事制限や運動はきついはずだ。でもそのきつさがダイエットに繋がる。疲労困憊のきつさは良くないが、「ちょっときついほうが身体に良い」と自分に言い聞かせてダイエットに専念すればダイエットはできる。


あなたが何かの試験に合格したいとする。普段勉強なんかしていないので、勉強することはきついと感じるだろう。でもそのきつさが試験に受かる秘訣だと思えば、試験に受かる。

あなたが恋愛でうまくいきたいのなら、
待ち方をうまく覚えることだ。待っているのはきつい、そのきつさは何もすることがないからきている。何もすることなく彼のことを一日考えているからきついのである。どうせきついのなら自分磨きに専念することだ。待つ(きつさ)、自分磨きの(きつさ)、同じきつさなら自分磨きを選べば良い。


あなたが仕事で成功したいのなら、
目の前にある仕事をテキパキとこなそう。テキパキこなすことはきついかもしれないが、「きついのが良い」と自分に言い聞かせ、仕事をテキパキとこなすことだ。


最後に、
あなたが人生で成功したいのなら、本を読む(きつさ)を味わおう。
あなたが人生で成功したいのなら、自己啓発書や哲学書、経営学や経済学などのビジネス書を数千冊読めばいい。読んだ内容を日常生活に取り入れて実践すれば、成功の道が見えてくる。本は読んだだけではダメ、実践して活学まで育てて、初めて本の内容を理解したことになる。本で学んだこと、いつ実践するの?「今でしょ」で、あなたの成功が見えてくる。本を読むのはかったるい、5分も読めば眠くなる。でも、「きついほうが良い」と自分に言い聞かせて本を読もう。それを繰り返せば、迷いのない不動の精神が手に入る。その精神を手に入れれば、成功はおのずと向こうからやってくる。


私の偏見で単価計算をするとこうなる。変な単価計算だと思われてもいい、私が感じたことを書く。
100万円手に入れたければ、本を100冊読めばいい。
1000万円手に入れたければ、本を1000冊読めばいい。
1億円手に入れたければ、本を1万冊読めばいい。
10億円手に入れたければ、本を10万冊読めばいい。


ばかばかしい計算だが、この計算はまんざら嘘でもないと思う。一代で成功した多くの経営者や資産家はこのくらいの計算で本を読んでいるのではないだろうか?そう思うくらい彼らは勉強熱心である。彼らはお金を手にしたくて本を読んだわけではない、本を読むのが大好きなだけだ。そして本から学んだことを実践するのが大好きなだけだ。本そのものはお金を生まない。あなたがやろうとすることに、「本は精神的な大きな支え」となるだけ。そして問題解決のヒントとアイデアを提供するだけ。それをあなたは活学(行動する学問)で実践していけばいい。それができれば、自然とお金は手に入るようになる。


本を読むのはきつい、だがそのきつさが丁度良いという人間になろう。


ちょっときついことをしよう
あなたが恋愛でうまくいきたいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが仕事で成果をあげたいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが健康になりたいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが人生で成功したいのなら、ちょっときついことをしよう。
あなたが運を上げたいのなら、ちょっときついことをしよう。





ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
私のブログはそれを目指している。
さらに私の鑑定はそれを目指している。


恋愛における問題解決のアイデア。
ブログでは総体的に表し、個人鑑定ではより緻密な個人の問題を解決に向かうようアイデアを提供している。


アイデアにこれといった法則はない、それこそ千差万別。その千差万別の問題を解決するアイデアを出すには、それこそ年季がいる。


アイデアではなくアドバイスでは?
いやアイデアでいい。問題解決のアイデアを模索するのが私の仕事。そのアイデアを絞り出すのに毎日苦労している(笑)どうすれば問題が解決するのか?相手の身になって考えれば考えるほど私の頭には問題解決のアイデアが貯蓄されていく。きつくて疲れるときもあるが、それでもアイデアは貯蓄されていく。私の仕事は潜在意識の活用を自然に行っている。


年季の入ったアイデア。
あなたの問題を解決する方法がきっと見つかる。
それを目指している。




ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
昨日の休日は、図書館で半日過ごした。最近の休日は図書館通いが多い、暇をもて遊んでいる沖川(笑)もっとアグレッシュブに、もっと刺激的に、もっと楽しいものにチャレンジしたら?・・・という気持ちもあるが、よく考えたらそんな歳ではない。もういい大人、青年期のように暴走することはできない。暴走老人になってバイクをかっ飛ばすか(パッパラパーイエイ!)ということはしない。(やろうと思えばできるが・・・内緒)おとなしくしているのが今の自分にふさわしい。年相応の生き方もいいものだ。


寒い冬、ひとしきり降る雨の中、傘をさして図書館に行く。図書館で目についた本を片っ端から読む。パラパラと20冊ばかり棒読みして「これだ」という本を熟読する。その中に「ニーチェの言葉」があった。


ニーチェの言葉を引用する。

愛は激しいほどよいというわけではないし、純粋だというわけではない。たとえば、ある特定の人に向けた熱烈なる愛というものは利己的な強い思い込みで膨れあがっている。

その思い込みとは、どうしてもその相手でなければ自分のこの熱情に応えられない。絶対にその人でなければ自分のこの愛の困窮を救うことができないという凝り固まった信念、深い狂言である。

だから、相手が振り向いてくれなければ強い苦悩が生まれる。もしも相手が振り向いてくれたとしても、幻滅と終わりのない欲求不満が待っている。

なぜならば、相手が現実に与えてくれる愛よりも、自分の激情が期待している狂言的な要求のほうが非現実的なほどに強いからだ。(以上ニーチェの言葉を引用)


「ニーチェの言葉」この文章を読んで「なるほど」と思った。私が日常感じていることをぴたりと言い当てているからだ。


「愛しすぎることの危険」これを私は毎日経験している。あなたももう一度「ニーチェの言葉」を読んでみてください。思い当たる節があると思いますよ。


私は「ニーチェの言葉」を読んでパスカルの言葉を思い出した、そしてその言葉と重なった。

私たちがどんな状態にいても、自然は私たちを不幸にするものである。私たちの願望が、もっと幸福な状態というものを私たちの心に描きだして見せるからだ。私たちが今いる状態に、私たちがいない状態の快楽を結び付ける。そして私たちは、その快楽に到達したとしても、その新しい状態にふさわしい別の願望を持つに至るからだ。(以上パスカルの言葉を引用)


欲深い人間。
幼児語でいえば、
「もっともっと」
私に愛をください。


うむ・・・
大人になろう。





ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
「愛は責任」どれだけの人が愛に責任を持てるのだろうか?「責任だなんて」ほとんどの人が愛に責任を持っていないのかもしれない。愛は好きだと言う気持ちの延長戦、愛は好きだと言う気持ちの集大成、すなわち愛とは自由。人を好きになるのは自由、「自由なものに責任を取る必要はない」と思っているのかもしれない。


人は自分を中心に生きている。自分さえ良ければいいと思って生きている。自分の喜びを満足したくて生きている。自分に苦しみや悲しみを与えるのはとても許せないと思って生きている。自分が嬉しいか自分が苦しいかで愛の物差しが決まる。


自分さえ良ければいい。自分が嬉しい時は恋人を大事にし、自分が辛い時は重荷である恋人を捨てる。自分さえ良ければ人のことはどうでもいい。そんな恋愛が闊歩(かっぽ)いばって思うままに行動しているように思えてならない。そういった意味では自由社会の民主主義は恋愛の弊害かもしれない。人を好きになるのは自由、そこには何の責任もない、人を好きになるのは責任のない自由、それによって被害者がどんどん増えている。


愛は喜びばかりではない、どちらかというと愛は苦しみの方が多い。愛は辛抱強く、妬まず、思い上がらず、苛立たず、威張らず、忍耐強く相手を愛さなくてはいけない。喜びより苦しみの方が多い。人に愛され人を愛するのは、すべてが訓練である。訓練か?なるほど、そう考えれば愛は良い勉強かもしれない。自分に足りないものを学ぶ訓練の場所、それが愛。


訓練を終えた人はきっとこう思うだろう。
「自分の欲望なんかどうでもいい」
と。
「愛は自由でいい、自由を尊重する」
と。
「愛は自分の欲望でどうなるものではない」
と。
「だから、愛は失ってもいい」
と。
そう感じるだろう。


訓練を終えた人は、自分の欲望を捨てることができる。欲望があるうちはまだまだ幼い。その幼さが残っているうちは愛の大成(成就)はできない。自分の苦しみばかりに目がいき、自分が幼いということに気づいていないからだ。


苦しんでいる人は幼い。
子供だ。
乙女だ。
子供と乙女は、ワガママという欲望の塊。その欲望を捨てない限り、真の愛には巡り合えない。



欲望を捨てた者は、「去る者は追わない」欲望を捨てた者は、「相手に新しい人ができても嫉妬しない」それで相手が幸せならそれを祝福する。欲望を捨てた者は相手の幸せのために自己犠牲ができる。相手が幸せになるのなら自分は深い悲しみを受け入れる覚悟がある。とても辛くとても悲しいが、それが一度は愛した人への感謝の気持ちだと自覚している。「愛には終わりがある」卒業式を迎える愛に、笑って卒業させてあげよう。喜びの涙を流しながら愛を卒業させてあげよう。


愛は欲望を捨てた時、うまく回るようにできている。こんな単純なことを人々はまだ知らないだけ。私は長年この仕事をしているので、皆様より早く愛の訓練を終えた。今はそれを教える先生である(エヘ)


その私が言う。
愛する人がいたら欲望を捨てることだ。
悲しいけど愛は自由。
自由に勝つには欲望を捨てるしかない。
欲望を捨てることで、この愛が正しいどうかかわかるようになる。
正しければ結ばれ、正しくなければ終わる(卒業する)だけである。





ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。
恋愛がうまくいっていないときは、率先して何かをやること。
それは恋愛だけではない、仕事や人生でうまくいっていないときも同じ。またはお金でうまくいっていないときも同じ。今うまくいっていない、自分に課せられた問題は時間がかかる、そう思えたときは何かに率先して活動力を強めることだ。


「お金は後からついてくるもの」それと同じで愛も後からついてくるもの。あなたが率先して何かをやれば、お金も愛も後からついてくるものである。


さあさあ、今日から率先して何かをやろう。恋のことなんか忘れて、恋以外の何かをやろう。恋は後からついてくる。


うまくいっていないときは、うまくいっていない事柄の反対のことをすればいい。恋愛の反対が仕事なら仕事に没頭すれば良い。仕事の反対が恋愛なら恋愛に没頭すれば良い。反対はあなた自身が見つければ良い。


今まで彼ばかりに夢中になり、しつこくして嫌われた。不誠実な彼に怒りを覚えて自爆し、二人の関係は割れたガラスコップになってしまった。(うまくいっていない)そのことに夢中になるより、「これは問題解決に時間がかかる」と判断し、恋愛以外の何かに早速取り組むことだ。率先して取り込むことだ。


今まで仕事ばかりに夢中になり、大切なものを忘れていた。愛を忘れ彼女を失ってしまった。愛を忘れ家族を失ってしまった。愛を忘れ仕事も失ってしまった。仕事ばかりが人生ではない。仕事は愛する者を守るためにある。歌を忘れたカナリア、愛を忘れたカナリアになってはいけない。早速仕事以外の何かに取り込むことだ。率先して取り込むことだ。





ブログランキングへ参加しています。よろしければ以下をクリックして応援よろしくお願いします。