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家庭環境は大切。人間の性格は、14歳までの環境によって決まると言われている。14歳までの性格が、そのままその人の一生の性格となる。途中から、その性格は変えることができない。いい性格の持ち主になるか、悪い性格の持ち主になるか、14歳までの家庭環境にかかっている。

親の責任は、14歳まで平穏無事に子供を育てるのが親の努め。無責任な親によって家庭の不和を子供に与えてはならない。身勝手な親のせいで、子供に悪い影響を与えてはならない。子供と大人の心は違う。子供の心は純粋無垢な汚れのない心、身勝手な親は汚れた心。汚れた心を子供になすりつけてはいけない。子供を持つということは責任が発生する。何があっても無事に子供を育てるという責任が発生する。

それなのに、その責任を果たせない大人たちがいる。夫婦仲が悪い、仲が悪いのは身勝手な大人の責任、子供には責任がない。子供が望んでいるのは、お父さんとお母さんが仲良く自分を育ててほしいこと。そして、子供の頃の楽しい想い出をいっぱい作ってほしいこと。誕生日にお父さん、お母さんの「ハッピバースディー○○ちゃん♪」の歌を聞きたい。運動会にお母さんが美味しい弁当を作ってくれて、親参加のパン食い競争に頑張るお父さんの勇姿を見たい。休日には遊園地も行きたい、連休には海・山・川の旅行にも行きたい、子供頃の楽しい楽しい想い出をいっぱい作ってね、お父さんお母さん。


子供は妊娠した瞬間に魂が宿る。お父さんお母さんが「子供が欲しいね」と望んだ妊娠に善い魂が宿る。そして生まれて来るのを待ち望んでいるお父さんお母さんの優しい笑顔で、子供の魂は母の胎内で健やかなに育つ。

子供は親を選べない、親の善悪に魂を委ねるしかない。子供は生まれてから魂が宿るのではない、妊娠した瞬間に魂が宿るのです。この「聖なる魂」の基本を大人たちが知れば、子供を悲しめる身勝手な大人の振舞いはしなくなると思う。

聖なる誕生に、大人の自分勝手な言い分は通用しない。どんな事情があれ、大人の汚れた言い分など通用するわけがない。結婚して子供を持つということは責任を果たすこと。責任を成し遂げた愛情たっぷりなご夫婦の下で、健やかにいい家庭環境で育った人とわたしはお付き合いがしたい。その人は親の良い見本を継承していくからです。



 付き合う男性は誠実な人がいい。いくら家族を養う力があったとしても、自分勝手過ぎる男やいい加減な男は選ばない。自分勝手過ぎる男はオレ様でワンマン。いい加減な男は不誠実で約束を守らない。



ワンマンな男は、常に己が中心。自分さえ良ければいいという性格が目立ち、付き合っている相手が疲れる。顔色を伺いながらご機嫌を取らなければいけないので、かなりの神経を使う。ひとたびご機嫌を悪くすれば、この世とも思えない罵声を浴びせられ、付き合っている相手の全人格が否定される。ワンマンな男には常識が通じない。世間一般の常識とワンマンな男の常識は違う。ワンマンな男は世間が白でも自分は黒だと言い張る。「オレ様がルール」これがワンマンな男の特徴である。いくらお金があったとしても、ワンマンな男とは「わたしはあなたの奴隷になりたくない」と言って、付き合わない方がいいでしょう。

 いい加減な男は、不誠実で約束を守らない。時間にもルーズで、約束した時間にも遅れる。とにかく付き合ってイライラする。約束を守らないし、時間もルーズ、これでは社会人として失格。ワンマンな男より多少の優しさがあるので、約束は安易にすることがあるが、ドタキャンも多い。下手な約束はするな!と言いたいくらいドタキャンが多い。いい加減なので、約束の前日にも連絡を寄こさなければ、当日になっても連絡を寄こさない。こちらが心配して何度も連絡をすると、「ゴメン今日は行けない。急な仕事が入った」あるいは急な用事が入った」または「体調を悪くした」と約束を守ろうとしない弁解ばかりを繰り返す。「約束を果たせないのなら、もっと事前に言ってよ、こちらにだって予定があるのだから」と言っても聞きいれてくれない。とにかくいい加減なのだ。いい加減な男との付き合いは、付き合いながらイライラが日に日に増して来る。だからこれ以上付き合わないこと。




わたしはダメ男に興味を示さない。男性を見るときは、自分なりの理想と条件を持って見ている。理想とする条件はわたしが何年もかけて作り上げたもの。過去の失敗や反省、自らの苦い体験から条件を作り上げた。

私の男選びの条件はこうなる。
1、男の役目をちゃんと果たせる人
2、誠実な人
3、育った家庭環境がいい人
4、付き合っている男友達がいいこと
以上。

1、男の役目をちゃんと果たせる人
結婚すれば男は一家の大黒柱となる。家族を養う力(経済力・体力・精神力)がなければならない。金がなくて、不健康で、精神的に弱い男となど付き合いたくない。

愛があればお金はいらないという変な妄想に騙されて、自分の人生をダメにしたくない。その人生はとても哀れ、そしてとても惨め。

お金がないことで毎日が不安となり、明るい未来が想像できない。また精神的にもろくて不健康な男の世話をすれば、自分自身が疲弊してしまう。これはもはや情だけで耐えられる環境でなない。情で苦しみ、情で自分の人生を犠牲にするしかない。私は嫌だ、こんな人生なんて。

最低でも日本男子の平均年収くらい確保してほしい。男は旬な時期をちゃんとやり遂げた男を選ぶこと。中学・高校・大学を留年なく卒業して、社会人になっても転職をすることなく社会にちゃんと貢献して、その仕事に遣り甲斐を持っている人。

頭が固いと言われても構わない、男には時期がある。その時期ごとの役目をちゃんと果たしている人が一家の大黒柱となる。

そんな男、日本にいるの?
日本人の大半はそういう男たちの方が多いと信じている。

わたしも若い頃は男の役目を果たせない男と付き合ったが、無駄な時間だったと反省している。あの頃のわたしは愛に狂った乙女だった。でも現実は乙女のようにはいかなかった。乙女心にも、どこかで元カレに男の役目を果たしてくれることを期待していたからだ。元カレは見事にその期待を裏切った、乙女が期待する男らしい部分を元カレは果たすことが出来なかった。そして逃げた。オマエは重い女だと罵声を浴びせながら逃げた。元カレを成長させたくて、一生懸命尽くしたわたしの情は、分身哀れみたいな形で終わった。そして、元カレにはやはり無理だったということを痛感した。

素質のない男に、「男らしい部分」を期待した私が浅はかだった。やはり男は旬の時期をちゃんとやり遂げた男の方がいい。苦節や挫折を反面教師的に己のパワーに変えて立身出世する男もいるが、そんな男は万人に一人。それこそドラマの世界。乙女はそんな男に恋するが、現実はそう甘くない。私はドラマのヒロインではない、私は現実を見る。私はまだ日本にたくさん残っているであろう、男の役目を果たす男を見つける。それはそんなに難しいことではない。日本男子は世界に誇れる優秀な人たちが多いからだ。


次回は、2の誠実な人







今朝は、朝から次回出す予定の本の編集作業に追われ、記事を書く時間がなくなってしまいました。

いつもなら、2時間ばかりブログを書く時間に充てているのですが、今日は15分しかありません。
15分では何も書けません。つらづらと日記を書くだけです(笑)

基本的にブログは休みの日以外毎日書くようにしています。
10年の習慣、どんなことがあってもブログは書く。
これを続けているので、忙しいからといって、ブログを書かないわけにはいかない。
信念だが、執念だが、執着だが、分かりませんが、これが沖川のスタイルです。

書かないと一日が始まらない。仕事の日は朝のブログからスタート、記事を書き終えてから事務所に出社する。その流れがあるからこそ、皆さんの相談に応じることができる。自分流の習慣を大切にしたい。

その思いがあるからこそ、今日もブログを書く。でも今日は恋愛日記ではなく単なる日記。
沖川の独りごとに付き合っていただき、ありがとうございました。



 ダメ男を選ぶ女性にはある特徴がある。
それは母性愛の強い女性。

母性愛の強い女性は、ダメな人を放って置けない。「この人は私がいないとダメになる」という女性特有の母性。その母性が、ついついダメ男の面倒を見てしまう。女の助けを必要としない完璧な男より、女の助けを必要とする不完全な男の方が好き。

完璧な男には生甲斐を感じない。私がいなくてもこの人は一人で生きていける。仕事の能力が高く、社交性も高く、一般常識も兼ね備えており、性格も真面目。こんなパーフエクトな男に私が入る隙がない。私なんか必要としていない。そして私も完璧な男には魅力を感じない。真面目過ぎて、つまらない。また完璧な男は冷たい。もの事を冷静に客観的に見ているので、私を見下すことがある。自信のない私は、見下すような男と付き合っていると息が詰まる。バカもできないし、弱さをさらけ出すこともできない。なんか情のない冷たさを感じる。

その点ダメ男はいい。バカだけど情がある。私に休む暇を与えない、常に面倒ばかりを起こし、そのたびに私は振り回される。でもこの人が私を必要としている以上、私は頑張るしかない。

 ダメ男に振り回されてズタズタになる女性。ダメ男が好きになってはダメだと頭で分かっているが、辞められない、ダメ男ほど好きになったら辞められない。「必要とされる愛を女は手放すことができない」。必要とされなくなったら、愛は終わる。愛を失いたくない、だからダメ男を手放すことができない。女性にとって愛が終わることは、この世で一番恐ろしいこと。頭では、ダメ男とは別れた方がいいと分かっている、でも本能では別れたくない、愛を失いたくないからだ。ズタズタになってボロボロにされても、失うよりダメ男のことを好きでいたい。それがダメ男を好きになった女性の特徴。だが、その恋の行く末はほとんどがうまくいっていない。



今朝飛び込んできたニュースが、全米オープン、錦織圭が世界ナンバーワンのジョコビッチを倒して決勝へ。凄い快挙です。興奮しました。感動しました。錦織圭選手おめでとうございます。


錦織圭、24歳、1989年生まれの二黒土星。
二黒土星は粘り強くコツコツ努力するタイプ。私も同じ二黒土星なので、彼の性質がなんとなく分かる。「これだ」というものにハマったら一心不乱となり、他のことに心を奪われないまま一つのことに心を集中して、情熱を持って物事をやり遂げようとする力がある。そして持続性は半端ではない。他の人が呆れかえるほど、バカではないかというほど、凡人では考えられない奇跡の持続性を持っている。その持続性の力がやがて奇跡を起こす原動力となる。これが二黒土星の特徴。


二黒土星が強くなるときは、メンタル面が強くなったとき。根本的にメンタルは強いが、成長過程のときはメンタルが弱い。粘り強い心の裏には常に不安がある。不安があるから練習を続けることで不安を払拭しようとする。コツコツ努力しても伸びない時期があり、そのときは根が暗い。人前では明るい笑顔を見せるが、その笑顔は不安を払拭しようとしてつくったもの。とてもシャイである。実力が中途半端なときは、つくり笑顔、とャイでごまかそうとする。人前ではつくり笑顔を浮かべ、家に帰れば実力のない自分と戦っている。そのときの彼は暗い。暗いというより静観している。自助努力タイプで、常に明日の試合をイメージトレーニングしている。日本人特有の繊細さを持っているが、アメリカナイズ的な合理的な楽観主義にも強い興味を持っている。東洋の精神と西洋の成功哲学をミックスしたニューメンタルを創るのが彼の特徴で、そのニューメンタルが開花したとき、もの凄い力を発揮する。


日本人は勝負強さがなく、メンタル的に弱いところがある。それは遠慮するという罪悪感があるからだ。自分がトップになったらいけない、生意気になったらいけない、自分は二番手以下でいいという遠慮。負けている自分がふさわしい、勝ってはいけないという罪悪感。遠慮する日本人気質。日本人は基本的に人のいいところがあるので、常に前に出てはいけないという遠慮する罪悪感がある。


二黒土星の強さは、その罪悪感を払拭したときに強くなる。相手に遠慮をすることがなくなれば余裕が生まれる。その余裕が相手を圧倒するパワーとなる。世界ナンバーワンのジョコビッチと対戦していた錦織には常に余裕があった。逆に王者は錦織でないかと思えるくらい。横綱相撲で相手を圧倒した。


ニューヒーロー、ニューメンタルの誕生だ。





社内恋愛が自分にぴったりと思うなら、社内に目を向ける。社内にいい人がいないという人をよそに、社内でいい人がいないかどうか前向きに探す。いい人はいないという否定によって、ひょっとしたら見逃しているのかもしれない。社内恋愛の利点は、相手がどういう人か分かっていることにある。毎日接しているので、性格や仕事の能力がよく分かる。どこの馬の骨かまったく分からない合コンやパーティーで知り合うよりいい。


前向きに探したが、やはり社内にはいなかった。となれば、次は外に目を向ける。これっといった趣味もなく、スポーツも苦手だった私が、積極的に趣味やスポーツにトライするようになった。心が積極的になれば何でも出来る。今は趣味が楽しい、スポーツが楽しい。好きこそものの上手なかれ、好きなことをやっているうちに運命の人に出会えることを確信し始めた。


趣味やスポーツを前向きにやっているうちに、合コンやお見合いパーティーや結婚相談所も参加したくなった。ひとつ外に飛び出せば、いろんなものにチャレンジしたくなる気持ちがどんどんと芽生えて来る。どこの馬の骨かわからない相手と知り合うことも視野が広まって良い、ということが分かってきた。人に会うことはすべてが勉強。確かに最初は「いい人がいない」「好きになれる人がいない」という現象が起きた。でも、人に会うことが勉強なので、人を表面だけで判断しないようにして続けた。そうしたら、いた。自分とピタリ合う人がいた。面白い。人に会うのはやはり勉強だ。


経験をたくさん積んできた私は、ネットの出会いも興味を持つようになった。ネットを使えば、短時間で多くの人と出会える。合コンやパーティーは一日がかりで数人から数十人しか見ることができないが、ネットなら一時間で100人見ることができる。すごく効率がいい。これを活用しない手はない。ネットの出会いは危険、確かにそうかもしれないが、今の自分なら大丈夫、しっかりしているから。


恋愛が成功する子は、何でもチャレンジする。そしてその中から自分にぴったり合った方法を探す。自分がしっかりしているので、何にチャレンジしても怖くない。高々男と会うくらいなんともない。愛する能力より見極める能力を最優先に考えているので、男なんかちっとも怖くない。それよりこの可愛い愛玩動物(ペット)をどう手玉に取るか、今から楽しみである。前向きで妖艶で神秘的な女を演出して男の目をぐるぐる回してやるわ(ウフフ❤)




いい人がいない要因は、情報過多による迷いから生じている。
その要因をいくつか述べるとこうなる。

1、目が肥えてしまった。
男女が出会う方法は昔と比べて大分進歩して来た。昔は小さなショップで相手を見つけたものだが、今は大型のショッピングセンターで相手を見つけなければいけない。10坪の小売店で見つけたものを一万坪の大型店で見つけなければならない。恋愛も田舎方式から都会方式に変わってきた。地元の小さな田舎で出会った男女が、今は隣町から隣の県に移り、やがて何県も離れ、しまいには日本から離れ海外へと伸びている。世界規模で男と女が出会う都心型の出会いとなっている。市場が豊かになり魅力的ではあるが、逆に自分にぴったり合ういい人がいないという現象が起きている。それだけ目が肥えてしまったのだ。自分だけではない相手も目が肥えてしまった。自分がいいなと思った人は自分に関心を示さず、自分が苦手とする変な人ばかりが自分に関心を示す。目が肥えてしまった男女は、堂々巡りの片想いばかりを繰り返している。タイプに思いが通じないことで疲れ、タイプでない人を断ることに疲れ、やがて鬱となる。


2、情報過多による弊害
続いていい人になかなか出会えないという人は、情報量が多過ぎて、身動きが取れなくなっている。情報は多ければいいというものではない、情報が多過ぎると逆に混乱を招く。情報の中には良い情報もあれば、悪い情報もある。騙された、被害にあった、という悪い情報も多く、情報量が増えれば増えるほど、危険領域の警戒レベルは上がってくる。警戒レベルが上がってくれば、人は人を信用しなくなる。いい人とは心から信頼できる人のこと。だが、今の時代はなかなか信頼できる人に出会えない。たとえ信頼できる人だとしても、警戒レベルが高く、己の不信が相手に嫌悪感を与えている。


3、ネガティブ
1と2の現象で、人はネガティブとなり否定論者となってしまう。社内にいい人がいない。これっといった趣味もない。スポーツは苦手だからやらない。ネットの出会い系は危険。どこの馬の骨かわからない相手に知り合う合コンなど行きたくない。お見合いパーティーや結婚相談所も参加したくない。そして口癖は、「いい人がいない」「好きになれる人がいない」というのが口癖となり、ネガティブな否定論になっている。そしてさらに友達が次から次へと結婚していく中で、自分だけが置いてきぼりにされて人生に不安も感じている。そうなると否定論者は現実より夢を見るようになる。白馬の騎士がいつか迎えに来てくれる夢を来る日も来る日も妄想する。出会いは運命的でないとダメだと信じながら。だがいつまで待ってもそのロマンは訪れず、歳だけ取ってしまう。こんなにネガティブでは、時代に置いてきぼりにされるだけです。





一冊目の本の執筆を書き上げ、ほっとしています。執筆分は出版社に回しました。これから出版社において編集作業に入ります。私の仕事はこれで終わりではなく、編集による修正や加筆等の作業がまだ残っています。すべてが終わったわけではないのですが、200ページ強の本文を書き上げるという執筆作業はやっと終わりました。大枠の仕事が終わり、ほっとしています。


発売日は11月中旬を予定しています。本のタイトルと発売日が明確になりましたら、また改めて皆様にご案内します。そときはよろしくお願い申し上げます。


さて、一冊の本を書き上げ、これから二冊目の執筆を手掛けていきます。今年は忙しい。暇な時もあるのだから、もっとバランスよく忙しくなればいいものを、忙しさはバランスよく回って来ない、不思議と忙しいときに限って集中する。これも運命か。

まぁ、こんな年があってもいいかな、働けるうちが旬だから。来年の春ノンビリするのを楽しみに頑張ります。 



浮気をする人の現象は、それがどんな出来事であれ、あなたがそうした出来事に対する準備ができているから起きるのです。

不満やストレス、挫折や不信、虚しい孤独感、極度な欲求不満などで、心がネガティブな状態のとき、浮気をする準備ができてしまう。普段は真面目な人でも、ちょっとしたきっかけで浮気をしてしまう人はその準備が出来ているからです。その準備は油断ともいう。


浮気は「落ちた…」という現象。

今まで、正義や常識で支えていた心が…ふとしたきっかけで落ちた。いけないと分かっていながら落ちた。こうなったら落ちるところまでとことん落ちるしかない、その先に淡い期待があることを信じながら……落ちるしかない。

浮気は「救いを求める」という現象。
ネガティブで苦しい状態にいた私を救ってくれたのがこの世界(浮気)。この世界によって私は生きる希望が持てた。この世界は世間一般で言われている「いけない恋(浮気)」ではない。この世界は私の純愛であり生甲斐でもある。


なのに…なぜ辛いの、なぜ?こんなに苦しいの。
救いを求めて、ネガティブから脱出したくて、その世界に逃げたのに、なぜこんなに辛いの?ネガティブな世界から抜け出したくて一時期のロマン(浮気)に走ったが、そのロマンはまた辛いネガティブな世界をつくってしまう。やはり人間は正義に反することはできないのか?正義に反する悩みがいつまでも続く。正義に反していることも分かっている、辞めた方がいいことも分かっている、だが、今となってはもう手遅れ、情が深く入り、辞めようにも辞められない。でも苦しい、この苦しみを何とかしたい。


浮気から解放されるために
問題を解決するには、その問題に悩んでいる本人以外解決はできません。他人に頼ることなく、あなた自身でその問題を解決してください。それがあなたの人生の責任です。

人を愛すること、人に思いやりを持つことは、とても素晴らしいことですが、人に感情移入する必要はありません。感情移入をするから浮気から解放されないのです。浮気から解放されたければ、客観性を持つことです。客観性を学べば、ネガティブな出来事に出合っても感情移入することはありません。物事を高い見地から見て、堂々と正しい判断ができるからです。人を愛すること、人に思いやりを持つことは、とても素晴らしいことです。だが人に迷惑をかけ、自分の人生に迷惑をかける浮気は許されないことです。感情移入しないで、客観的に物事を判断することです。


私は思う。
恋愛だけが人生ではない。
恋愛は人生のほんの一部に過ぎない。
それに全人生を賭ける必要もない。
一部なら一部の時間だけ楽しめばいい。

残りの時間は、もっと有意義なものに使おう。
くだらない浮気で苦しんでいるあなたを、待っている人がいる。待っている人はあなた自身。あなたという全人格を備えたあなた自身。一部のくだらない浮気で苦しんでいるあなたを全人格のあなたが待っている。さあ、早くここから脱出しなさいと言っている。「あなたにはまだまだやるべき有意義な人生があるのよ、それをやりなさい」と言って待っている。