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朝起きて、独りぼっちの散歩に出かける。
凛と引き締まる寒い冬空、スカイブルーの広大な青空に吸い込まれながら、雲のひとつひとつに挨拶しながら散歩をする。深呼吸すれば、冷たい空気が体の中に浸透し、ああ今日も生きているな…と感謝できる。小一時間の散歩、散歩によって体内の血流は促進され、こうしてブログが書ける。


今日も淡々と日々の仕事をこなす。
思い煩う日々があっても、明日へ向かって淡々と仕事を果たしていく。そうすることによって不幸は寄りつかなくなる。日々の仕事を果たすということは、不幸を寄せない最大の方法。それを会得できれば人生で恐いものはなくなる。


人間の言葉は多かれ少なかれまやかし。
信じられる言葉は生まれたばかりの赤ちゃんのみ。それ以外の言葉はまやかし。だから、彼が言ったネガティブな言葉も、親が言ったネガティブな言葉も、親友が言ったネガティブな言葉も、上司が言ったネガティブな言葉も、まともに受け入れてはならない。みんなまやかしなのだ。


何を信じるか、信じるのは明日に向かっている自分。不幸を寄せつけないために、今やるべきことを淡々とこなしていく自分のみ。それができれば、不幸は寄りつかなくなる。


人は人の言葉によって傷つき、立ち直れなくなる。人は人の言葉によって救われ、心が晴れる。言葉は晴れる言葉のみを受け入れ、暗くなる言葉は受け入れないこと。


日々の仕事を果たすということは忍耐がいること。多くの人は忍耐に強いられるのが嫌で挫折してしまう。そして不幸を呼び込む体制を自らつくってしまう。忍耐を放棄すれば、そこには幸せが待っているのではないかと錯覚する。だが、それはとんだ勘違い、忍耐を手放したらそこには不幸が待っている。不幸はそうやってあなたに忍び寄って来る。忍耐は強いられるものではない、忍耐はあなたの生活の一部、日々やることがあることはとても幸せなことと思えば、忍耐は強制されない。楽しく忍耐とお友達になればいいだけのこと。君はいい友達を持ったね、それによって不幸が寄りつかなくなったから。そう思えば、忍耐も楽しくなる。





人生を多少でも豊かにしたいのなら、危機意識を常に持った方がいい。「危機は目標となる」ピンチの後はチャンスとなる目標になる。

ノンビリ、平凡に、このままでいいやと暮らすより、目的を持って暮らした方がいい。風任せで怠けて暮らすより、少々きつくても自分なりの目標を持って暮らした方がいい。自分が何をしたいのか?自分の人生をどうしたいのか?今ここで「決めるべき」である。


例えば、「恋愛と結婚」どちらを決めますか?という問いにあなたは何て答えるだろう。
そして「恋愛と結婚」は別物ですか?それとも同じ一連のものですか?という問いにあなたは何て答えるだろう。

たくさんの恋愛相談をこなしてきた私の感想を述べると、やはり「恋愛と結婚」は別物という考えに至ってしまう。悲しいかな「恋愛とは別れるもの」この現実が、歌謡曲の詩の数より私のところは多い。何万人もの別れを見れば、嫌でも現実を直視するようになる。恋愛から結婚までいくのは1割~2割程度、8割から9割は失恋ソングのように、悲しい結末のドラマのように別れている。

統計学とか、人生を賢く生きる者から見れば、8割強も失敗する事柄にあえてチャレンジする人はいないだろう。だが、人々はみなチャレンジしている、8割強も失敗する事柄に、何度失敗してもチャレンジしている。そんなに恋愛とはいいものか?これだけ失敗しても、まだ懲りないのか?と思うくらいチャレンジしている。恋愛の魔力は凄いと認めるしかない。これだけ失敗しても、果敢にチャレンジする動機を人々に与えてくれる、失敗の確率が高いのに、ここまでチャレンジできるのは恋愛以外に他は見当たらない。これが事業ならとっくに辞めている。続けたらほとんどの会社が倒産するからだ。


恋愛の魔力は素晴らしいと認めよう。だがいつまでも恋愛だけにとりつかれてはいけない。いつまでもとりつかれていると、人生の目的を失ってしまう。淡い恋は、ときによってはオアシスであり、ときによっては灼熱の地獄となる。天と地を行ったり来たりする恋愛は人生の喜びと悲しみを同時に与えてくれる。だが、現実的には何の発展もない。発展はやはり結婚によってもたらされる。恋愛は夢物語であり、結婚は現実物語である。人は現実を手に入れてこそ発展できる。現実を手に入れるためには、常に危機意識を持って、それに望まなければならない。淡い恋の世界では食べていけない。結婚する時期を見逃してはいけない。今ここで「それを決めるべき」である。



若い時は利己主義、歳を取ると忍耐。

若い時はキラキラ輝く都会が好きで、歳を取ると喧騒から離れた自然を好む。若い時は叶わぬ恋に苦しみ、歳を取ると恋愛で苦しむことはほとんどない。恋愛とは青春の1ページにしか過ぎず、恋ができるだけ幸せな世の中だと思ってしまう。

若い時は利己主義、恋も利己主義、みな自分の欲求を満たされたくて恋をしている。だが、叶わぬ欲求に悩み苦しみ疲弊していく。

歳を取ると利己主義から人のために生きる考え方に変わってくる。独身のときは自分のためだけに生きていたが、結婚して子供が生まれると家族のために生きるようになる。出世して管理職になると部下のため会社のために生きるようになる。国の長になれば国民のために生きるようになるだろう。年齢を重なれば重なるほど、自分のためではなく人のために生きるようになる、それが正しい歳の取り方。中には歳を取っても頑固で、利己主義に生きているものもいるが、あまりいい生き方とはいえない。

人は年齢を重ねれば重ねるほど、慎重になり忍耐が必要となる。


優柔不断な人は多い。男性でも女性でも。
私もどちらかというと優柔不断かもしれない(笑)
「優柔不断は人類共通の敵」と言われているが、人は常に優柔不断を召使として抱えている。だから、肝心なときはいつも優柔不断で決められない。

成功するには常に「心は積極的に」と言われているが、常に心を積極的にするのは骨の折れる仕事、よほど訓練を積まないと心は積極的にならない。どんな訓練かというと、毎日自己啓発の本を一時間以上読み、どんな些細なことであれ決めたことは行動に移すこと。本を読む、行動する。本から得た知識を行動する学問(活学)へと転換する。そして活学から得た知識を自らの体験として蓄積していく。この訓練を日常積んでいけば心は積極的になれる。

例えば、今日上野へ行ってパンダを見たいとする、すぐに上野に行ってパンダを見に行く。今日は映画を見たいとする。すぐに映画館へ行き映画を見る。上野へ行ってつまらなかった、映画を見てつまらなかった、行って損したという後悔は持たないこと。行動したことに価値があると思うようにする。

活学は、仕事でも恋愛でも使える。会議のとき自分の意見があれば、(心を積極的に)と唱えて「はい」と手を上げて自分の意見を述べる。上司によって意見が採用されたら「よろこんで」と言って、自らの責任で、その仕事を引き受ける。「しまった…会議で発言するのではなかった…余計な仕事が増えた…ああ、しんどくなる」と思わないこと。心を積極的にすることは、自分に負荷を与えること。それがまたいいと喜ばなければいけない。そうだな、負荷を与えるのは健康にいいと思えばそれで済む。肉体的にも精神的にも負荷を与えれば人は強くなる。ぬるま湯では人は育たない。自ら積極的になって自分自身に負荷を与えることだ。そうすれば人は強くなる。

恋愛でもそう、彼にメールしたいと思えばメールをすればいい。返事なんか期待しないでメールをすればいい。心が積極的な人は彼から返事など来なくても何も気にしない。好きな彼に好きなときにメールをしただけ。「前向きによくできました」と自分を褒めればいい。彼とゴハン行きたいと思えば「ゴハン行こう」と誘えばいい。彼の返事が「忙しくて無理」と言われても、何も気にしないこと。好きな彼と美味しいゴハンが食べたくて誘っただけ。彼に断られても、誘った自分を「よくやった」と褒めればいい。心が積極的な人は前向きだ。前向きには常にその通りにならない負荷がかかる。それがまた面白い「今度こそ」という闘志が湧いて来る。心を積極的にするということは、常に負荷との戦い。負荷に勝てばすべてが思うようになる。これを味わった人は、常に心が積極的になれる。



一生働き続けるのは嫌、でも歳を取ってから貧乏になりたくない……。何てことを考えたりしませんか?老後の恐怖は誰にもあると思います。今は若くて、老後のことは考えないとしても、将来に対する不安は誰にもあると思います。


そのために皆さんはパートナーを探していると思います。
将来が不安だからパートナーを探す。
老後が不安だからパートナーを探す。
歳を取って、貧乏になりたくないからパートナーを探す。
親をいつまでもあてにできないからパートナーを探す。
一生働き続けて一人で生きていくのは困難だからパートナーを探す。


「将来が不安だから、将来に恐怖を感じるからパートナーを探す。」私はこれで正解だと思っています。不安と恐怖が人を本気にする。危機意識は物事を達成するための最大の原動力。不安だから真剣になる、恐怖だから命懸けでそれを乗り越えようとする。「強い危機意識を持っている人の方が望んでいるパートナーを探し当てている」ということになります。


なぜ結婚したのですか?
この質問を私自身にぶつけると、答えは二つです。
1、寂しいから。
2、貧乏になりたくないから。
この二つです。
寂しいから、貧乏になりたくないから結婚したのです。そして、1と2は連動しています。人は孤独に耐えられません、だから貧乏になるのです。人は孤独が解消されると不安がなくなり、余計なことを考えず一生懸命働くことができます、だから豊かになるのです。

私には、「独身は成功しない」という法則が基本としてあります。独身で一時期成功を納めたとしても、蝕む孤独で老後貧乏になっている人をたくさん見ているからです。若い時は羽振りが良くても老後は見る影もない。そんな人をたくさん見ています。「独身は成功しない」これはあくまでも私の法則で皆さんに適合しているとは思いません。この法則は、私自身の経験による法則だからです。

さらに私の経験を述べると、成功している人は「危機意識」を持っている人です。依存や甘えの感情は持たず、強い危機意識を持って、不安と恐怖を乗り越える戦いに挑む、これが成功するカギです。



うまくいっていない事柄は多い。
うまくいっていない事柄にぶつかると人は悩む。悩むことは決して悪いことではない。悩みの中から人は理想を見つけるもの、だから悩んでもいい、問題はどうやって理想を見つけるか、そこにその人の未来が託されている。

彼との付き合いに問題がある。彼のことが好きだが、彼は理想と程遠い。このまま彼と付き合っていて、私は幸せになれるのか?とても不安である。

不安の種は彼の資質にある。彼の資質は一般的にみて大分劣っている。稼ぎも悪く精神的にもモロイ。女に対する興味は人一倍高く浮気が多い。社会に縛られるのが嫌で無理して働こうとしない。自由を愛し、女を愛し、遊びを愛し、束縛を嫌い、気ままに生きていくことだけを考えている。人に依存しながら社会に依存しながら、誰かが助けてくれるだろう、親が助けてくれるだろう、女が助けてくれるだろう、しまいには国が助けてくれるだろうと、常に誰かに依存しながら生きている。

彼の収入は月10万円がいいところ、足りない分は友達にたかり、彼女にたかり、親にたかり、たかれる人がいなくなったら毎日カップラーメン生活でもいとわない。それだけ自由を大切にする。自由を奪われる豊かな生活などに興味がない。何が何でも自由こそ我が命、そんな生活を繰り返している。

逆にここまで自由を求めるのは立派だと思う。社会の縛りを拒絶して自由に生きる、とても素晴らしい。だが、女を道連れにしないでほしい。一人で自由に生きていくのは勝手だが、そういう人に限ってとても寂しがり屋で、すぐに女を求める。社会の縛りに拒絶しながらも女だけは別のようだ。甘える存在がないと、寂しくて生きていけない。

女性とは不思議なもので、そういう男を好きになる。完成された男より未完成の男の方が好き。未完成の男に、やり甲斐を感じときめく☆「この人は私がいないとダメになる」とトキメク。女性とは神の創造物かもしれない。未完成な男を自分の力で育てたい。育てることに生甲斐を感じる。まさしく母なる思いの創造物。

だが、この手の男との付き合いはうまくいかない。常に創造物の壁に阻まれる。未完成な創造物を育てるのは、もの凄い強さが必要なのに、こういう類を好きになる女性はいたって弱い。お互い依存心が強く傷を舐め合っているだけ。そして依存心の強いもの同志は、常に相手に不満がある。不満も持ちながらも失う怖さに脅え、また依存している。



あなたが、創造物の神を目指すのなら、もっと強くならないとダメ。精神的にも肉体的にも強くなり、自分は何でも成功できるという高い次元の能力がないと創造物の神にはなれない。強い意志と強い信念と、何事にも負けない根性があなたにあるかどうかだ。

もし、能力の高い人が未完成な男を相手にするのなら、母性愛では相手にしない。母性愛は相手を甘えさせてしまうだけ。ではどんな方法がベストかというと、スパルタしかない。心を鬼にして、鬼軍曹のように、鬼嫁のように、スパルタで臨むのがベスト。それしか相手を改心させる方法はない。もちろんスパルタにも愛がある。相手のことを思って厳しく接するところに愛がある。後は相手がそれを受け入れるかどうか、相手が逃げれば、それでも構わない。それだけの男と判断するだけ。こっちだってスパルタを実行するのは相当なパワーがいる。逃げれば余計なエネルギーを使わなくて良かったと思うだけ。後はこのエネルギーを他に回すだけ。


うまくいっていないなら、集中して理想を見出すこと。
あなたは何も無理してスパルタ方式を採用することはない。
自分の身の丈に応じた相手を選べばそれで済むこと。
彼が理想の相手か、そこに考えを集中しよう。
愛の先には集中した考えが答えを導き出す。



女性の特徴は小さなことで悩むこと。繊細で細かいことに気がつくのはいいことですが、でも……あまりにも小さなことに悩み過ぎると、逆に本来の目的である一番大事な根幹を揺るがしてしまう。根幹とはあなたの最終目標である彼との結婚である。結婚が恋愛の最終目標だとすると、残念ながらあなたは最終目標に届かない。その前に、小さな悩みで関係をぶっ壊してしまうからだ。

男性と付き合えば、小さな悩みはつきもの。
男の怪しい行動によって、女性たちを悩ます事柄は世間では山ほどある。仕事の忙しさを理由に浮気をする男も後を絶たない。「信じていたのに騙された」「信じていたのに裏切られた」なんてことは、日常茶飯事に起きている。

最終目標に届く前に、男の裏切りによって、女性たちの信頼を失い、破局を迎えている。この問題をどう捉えるかだ。


毎日、男の嘘と悪さを聞かされている私の感想を言わせてもらうと、なんかもう飽きたかな…?毎日毎日同じような、くだらない男の悪事を聞かされて、嫌になった。男って懲りないな、女って懲りないな、これが私の正直な感想です。

なんかこう、もっと革新的なものにチャレンジしてほしい。
くだらない愛の茶番劇に心を惑わされるより、もっと大きな心で生きてほしい。
そんな気がする。

大きな心で見れば、
悪事を働く男が嫌いであれば、有無を言わさず別れればいいこと。
悪事を働く男が好きであれば、悪事を許して付き合えばいいこと。
小さなことで悩むより、目的に沿った考え方で決断を示してほしい。悩んだからといって、何も問題は解決しない。悩むより、自分の目的に沿って決断をすること。それに目覚めてほしい。

私の問題解決方法は、正直私は愛の茶番劇の免疫ができている。そしてこの免疫は、「くだらない」と判定している。こんなくだらないことで人生を左右されてはいけない。「人生は相手に悩まされるより、自分で決断すること」それが私の答え。




「結婚は、女性の仕事だ!」この考えは、女性蔑視でも女性を差別しているわけではありません。純粋に結婚は女性の仕事だと思っている。

婚活をしている皆さんのお話を聞くと「結婚相手がいない、いい人に巡り合えない」というお話ばかり。世の中厳しい、「本気で結婚しよう」と、本人がその気になっても、今度は相手がなかなか見つからない。

相手がみつからない理由は様々ありますが、一番大きな要因は志しが足りていないせい。志しがないから、あるいは志しが間違っているから、いい人が見つからない。たとえ、見つかったとしてもすぐに振られてしまう。それが続くと、堂々巡りのうまくいかない婚活が続き、しまいには婚活鬱になってしまう。

「結婚は」女の仕事と捉えて志しを持てば全てが変わる。純粋に「これこそ、私の仕事だ!」と思えば全てが変わる。結婚は女の仕事?・・・。それに恥じることも、世間体を気にすることもない。あさましい、なんとワガママな女だと思う必要もない。純粋に結婚は女の仕事、生涯を通じた、りっぱな仕事だと思えばいい。


結婚は仕事だと思えば、
仕事は毎日働くのが当たり前。趣味や遊びだと思っているからたまにしか働かない。結婚は仕事だ、遊びではないと思えば、毎日活動するようになる。「毎日活動する、これが結婚するための志し」。仕事と同じように、毎日活動すれば、あなたの理想とする結婚相手は必ず見つかる。もちろん見つけるには継続が必要「継続は力なり」それが仕事の基本。志しがあっても続けなければ何の意味もない、続けることに意味がある。


「結婚は、女性の仕事だ!」この考えに同意できない女性たちもたくさんいると思う。結婚は仕事でなくロマン。好きな人と結ばれるためのロマンの集大成が結婚。確かにそうだ。だが、仕事にもロマンがある、ひたむきに頑張って仕事をしている活動の方が恋愛のロマンより上。なぜなら夢に向かって日常頑張っているからだ。たまに動くのでなく、毎日動いている活動に勝るロマンはない。甘いロマンスに浸ることなく、活動を入れてこそ、ロマンスは華開く。






好きな人と一緒になりたい。それは幸せなこと。
好きな人と一緒になれない事情がある。それなら、いい想い出に変えること。
好きな人と一緒になれなくても、「ああ好きな人がいたんだ…」という想い出に変えることで人は豊かになる、それでいいのではないかな。

自分には好きな人がいる。でも相手にはパートナーがいる。
自分には好きな人がいる。でも私にはパートナーがいる。

こういう場合の好きな人は、一瞬だけ好きになった気持ちを楽しみ、後は表に出さないこと。自分がすべきことは、好きな人がパートナーと幸せになることだけを願い、それを祝福すること。たとえ、好きな人が「パートナーとうまくいっていない」と言っても耳を貸さないこと。「パートナーとうまくいっていない」その言葉に耳を貸せば、あなたは地獄の淵に落ちることになる。その言葉はあなたにとってチャンスではなく、地獄への招待状に過ぎなない。自分は今いるパートナーを大切にして、家族を大切にすること、それが一番の幸せ。


本当に好きな人とは結ばれないもの。あの、「ロミオとジュリエット」のように。
命懸けの恋とは結ばれないもの。

人は命がけの何かをやりたい!…という願望がある。
「男なら命懸けの仕事」「女なら命懸けの恋」
命懸けの勝負をしたいのなら、まず人に頼らないこと。人に頼らない強靭な精神力がないと命懸けの勝負には勝てない。そしてさらに、やろうとしていることが正しい方向でなければ勝負に勝てない。これが命懸けの勝負。

命懸けの勝負を人に相談した時点でその勝負は負け。そして方向性が間違っていた時点でその勝負は負け。正しい方向で人に頼らない強靭な精神力がないと命懸けの勝負には勝てない。

万人に一人しか勝てない命懸けの勝負。
何もそこまで無理して命懸けの勝負に挑む必要はない。もっと楽な方法がある。
それは、己の欲望を捨てること。
欲望を捨てれば、今ある幸せを大切にすることができる。それなら誰にでも勝ち組になれる。



川越占い館の、2015年のスタートは今日からです。長らくお待たせしました。こうしてブログに記事を投稿するのも、何か久しぶりの感じがします。いつもの生活が今日から始まるのだな…と思うと感慨深いものがあります。朝ブログを投稿して、13時~21時まで皆さんの相談のお相手をする、またいつもの生活が始まります。

10年以上続いた今の生活、飽きたりしないの?と言われると、飽きるどころか感無量、はかり知れないほど、深く心に沁み、しみじみとこの仕事をやっていて良かったなと思う今日この頃です。


これじゃ、当分引退は無理ですな(笑)
若い頃は早くリタイヤして残りの人生を楽しむぞ!と思ったのですが、ここにきて軌道修正することにしました。毎日が日曜日では逆に飽きてしまう。一日ボーと暮らしてもつまらない。身体が元気なうちは働くことに決めました。もちろん、毎日が日曜日も捨てがたい、自由に好きなことがやれる休日も必要。今年は仕事と休みを織り交ぜ、楽しく愉快に過ごすことを目標にしました。


私の人生の最終目標は「毎日が日曜日です(笑)」
飽きることのない日曜日、ボーとしていない日曜日、何かに夢中になっている日曜日、夢も希望もある日曜日、毎日が楽しい日曜日、これを人生の最終目標にしたい。


恋愛日記はいつまで続くのでしょう。さあ?私にもわかりません。ただ、この日記は生活の一部となっているので、この生活が続く限り当面は続くでしょう。書き続ける原動力は?書きたいことが山ほどあるからです。「書きたいから書く」これが習慣となっているので、まだまだ書き続けるでしょう。


恋愛日記は今年も続きます。
今年もよろしくお願いします。