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たまに訪れる男性諸君。私のところに訪れる男性の比率は女性の50分の1から100分の1、つまり2%に満たない。男性の訪問は希少価値が高い。

24歳と25歳の二人の若者が訪れた。
「何を鑑定しますか?」と私が尋ねると、「恋愛を見てほしい」という。
ありきたりの相談だが、彼らは3年間恋愛をしていないという。つまり3年間彼女がいないことになる。

3年間彼女がいない、それは何を意味するかというと、目標を見失った人生、つまり何を目的に生きているのか分からない人生を意味する。目標を見失ったマラソンランナーのように、走っても走ってもゴールに辿り着かない人生を意味する。

ひとりの男性は、高校のときから5年付き合った彼女に「他に好きな人ができた」という理由でふられた。
ひとりの男性は、2年付き合った彼女に、仕事のストレスが重なり、「大切にすることができない」という理由でふった。

ひとりは彼女に裏切られ、ひとりは仕事のストレスで彼女に悲しい思いをさせ、それぞれの恋愛は終わった。終わったときは「もう二度と恋はしない」と誓った。

あれから3年、二度と恋をしないと誓った男たちが、再び恋愛をしたいという。
あんな苦しい思いをしたのに、なぜ恋愛をしたいのか。
それは、
恋愛には夢があるからだ。
夢とは?「人間が持っている基本」つまり、人として生きていくための本能であり、人として生きていくための生甲斐である。その夢を叶える一番の力が恋愛となる。仕事でも夢を叶えることができるが、でもそれだけでは達成感はない。なぜ仕事だけでは達成感がないのかというと、それは人間として中途半端だからだ。男の人生は愛と仕事を達成してこそ本望、仕事だけでは半人前の男である。

彼らもそれを分かっている、いくら仕事に頑張ったとしても、それは味気ないということを。だから、どんなに辛い思いをしても、どんなに悲しい思いをしても、もう二度と恋などしたくないという酷い別れ方をしても、時が経てば、再び恋愛をしたくなる。

恋をしない人生なんて、喉が渇く熱砂の砂漠で一生を終わるか、無人島で暮らすようなもの。孤独でわびしい人生なんて送りたくない。ただ、好きな女と暮らしたい。それが生甲斐であり、それが夢となり、それがないと男は生きていけない。でも、男たちにとっても恋愛は難しい。だから…悩んでいる。うまくいく方法を求めて。




うまくいっていない人生。
なぜだか知らないけど?モヤモヤする。
私の喜び、私の幸せはなんだ?とモヤモヤする。
誰しも…そういうことはある。

モヤモヤするのは充実していない証拠。
充実すれば、モヤモヤは解消される。
充実するには骨の折れることをしなくてはならない。
だが、疲れてしまって、今は骨の折れることをしたくない。
だったら休めばいい。恋も仕事も休めばいい。
休んで、生活できうる最低限のことをすればいい。

生活のために最低限のエネルギーを使う、今はそれだけでいい。
恋だ、仕事だ、夢だ、といっても、生活が何より大切。生きるための活動を無くしたらもはや人間ではない。生きるために、今を生きよう。

なんだか知らないけどモヤモヤする。
それは、あなたのエネルギーが消耗している証拠。
エネルギーを充電しよう。充電するためには、ハードな恋愛、ハードな仕事、ハードな思考は一時期中止して、今はノンビリ休んで充電しよう。

暫く休めば、休みがつまらなくなる。
つまらなくなったときが充電完了。
充電が完了すれば、骨の折れることにチャレンジしたくなる。
チャレンジ精神が蘇ってきたら、恋でも、仕事でも、夢でも、チャレンジすればいい。
そうすれば、モヤモヤは吹き飛ぶ。



人は失敗が多いからモヤモヤするのであって、
この本を読めばモヤモヤが吹き飛ぶ。

「恋愛が失敗する子恋愛が成功する子」

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ときには、今ある幸せを大切にしたらどうだろう。
寝るところがあって、ゴハンが食べれて、仕事があって、それなりの生活ができている、今の暮らしをもっと大切にしたらどうだろう。

人の欲望は果てしない。
もっといい暮らしを、もっとお金が欲しい、もっといい仕事を、もっと素敵な恋人を。このままのありのままの現状は嫌だ、このままだと私は欲求不満で頭がおかしくなる。願いが叶わぬことでネガティブになる。なぜ私は不幸なの、なぜ私は貧乏なの、なぜ私は運が悪いの、幸運に恵まれている人が羨ましい。港区に数千坪の豪邸を構え、何台もの高級車を所有し、お手伝いさんを家族の人数分雇い、ガードマンを雇い、専属の料理人や専属の運転手も雇っている。高級ブランドで身を包み、一年の半分はフアーストクラスで海外旅行に出かける。資産数千億円のゴージャスな生活。あるいは一兆円以上かもしれない。

うむ…。
そんな生活は二週間で飽きる。
貧乏人のひがみではない。
少なくとも私は間違いなく飽きる。

高級料理ばかり食べていたら、健康に悪い。
ただっ広い部屋では眠れない。
車は自分で運転した方が楽しい。
料理も自分で作った方が美味しい。
ガードマンがついてきたら、自由な行動ができない。
お手伝いさんがいたら、早く介護が必要な身体となる。
旅行はエコノミークラスで十分。
贅沢な暮しは、さほど面白くない。たぶん二週間で飽きるだろう。


飽きたら、現状に戻るだけ。
そして、今ある生活に幸せを感じる。
家族がいて、仕事があって、ゴハンが食べれて、寝るところがあって、時々旅行に出かけて、それで十分。



様々な不幸を背負っている人がいる。
親が離婚した。家庭環境が悪かった。男に裏切られ男に騙された。結婚生活がうまくいかず離婚をした。仕事は長続きせず何度も職を変えた。精神的にも金銭的にも追い込まれて鬱になった。私の人生やることすべてがうまくいってない。幸せを探そうと努力しているが、いつも見つけるのは不幸ばかり。もう、私は疲れた、私は頑張れない……。


様々な不幸を背負っている人がいる。不幸になる人は、その人が特別だからではない。不幸は誰もがなる。ちょっと手を抜けば、誰もが不幸になる。

また不幸は、考え方を変えるだけで無くすことができる。考え方をちょっと変えるだけで、不幸を幸せにすることができる。幸か不幸かは、すべて己自身の気持ち次第でどうにでもなる。


自分が不幸だと感じたときは、「努力の始まりだな」と思えばいい。仕事でも、恋愛でも、結婚でも、人生でも、その中で自分が不幸だと感じたら、嘆くより、「これから努力が始まる」と思えばいい。このちょっとした考えを持つことで不幸を軽減し、幸せへ向かうことができる。


不幸は次から次へと起こる。一度不幸のループに巻き込まれたら不幸は次から次へと起こる。その現象は人間の力では止められない、気がつけば不幸から抜け出せない最悪な事態となっている。

こんな最悪な事態でも、「よくもまあ、次から次へと不幸が来るもんだ。わっははは面白い!」と喜ぶこと。不幸は面白い!と豪語することで、不幸退治の第一歩が始まる。わっははは面白いと言いながら、不幸の一個一個を退治していけばいい。

不幸は精神病の一歩手前だとも言われている。私はそうは思っていない。不幸は精神力を強くするために起きる現象だと思っている。負ければ病気となり、勝てば成功者となる。不幸を面白い!と言って、不幸の芽をどんどん潰していけば、どの事柄でも成功できる人間になる。成功に向かって不幸を面白がる。そうすれば不幸を退治する免疫ができる。







異なる性である異性同士が付き合えば、異なるがゆえスムーズにはいかない。

男との恋愛には様々な葛藤と試練がついて回ります。男は女には考えられない非常識な生きものです。女の期待を裏切り、女の気持ちを散々振り回し、女を疲れさす生きものでもあります。そんな男に対して、今までの女心では男には通用しません。

今までの女心では、彼との恋愛に疲れ、ネガティブとなり、将来が不安になるだけです。今までのネガティブな女心から脱皮することです。好きなったという不安定な恋愛感情より、冷静に客観的に男を見ることです。そうすることで、男心を掴むことができます。

それができれば、男が起こす様々な恋愛トラブルに冷静に対処することができます。付き合っている彼女は、物分かりがよく、とても冷静でとてもポジティブ女だと認められれば、男はその女に本気になります。男を本気にさせるためは、前向きになりポジティブになることです。

さあ、今日からポジティブになりましょう。
不安材料は捨て、不幸は呼び込まないようにして、振り回している彼のことなどいちいち気にしないことにして、男なんか大したことないとして、思うがままに自分の人生を楽しく生きようではありませんか。




不安や苦しみや悲しみの三重苦を除いた恋をしよう。
恋は穏やかでいいのではないかな。
同じ空気で同じ息使いで、安心して眠れる相手と恋をしよう。

その世界にはヒステリーも存在しない。裏切られることもない。パニックになって焦ることも不安になることもない。ただ、ノンビリとした穏やかな恋をしているだけ。

そこには欲望もない。相手に対する極度な期待も依存もない。相手を慈しみあい、信頼関係だけで結ばれている。

男としてどうだとか、女としてどうだとか、男らしくあれだとか、女らしくあれだとか、そんなプレッシャーはどこにもない。大切な人を敬う心だけで付き合っている。

自分勝手で欲望渦巻く世界から脱皮して、いい人を目指そう。
いい人はいいよ。
いい人はつまらないというけど、そんなことはない。

いい人は能ある鷹は爪を隠すがごとく、自分の欲望を表にださない。つまらないいい人を借りの姿で演じながらも、それに恥じることも媚びることなく、しっかりとした自分の考え(悟り)を持っている。オレがオレが、わたしがわたしが、という自己中心的な自慢話をするわけでもなく、相手の身になって相手の話を聞く。自分だけが正しいという変なプライドは持っていない。控え目で尚且つ勝ちを相手に譲ることは当たり前で、勝ちを譲ったところで自分が後悔したり、相手に見下されることはない。傍若無人な相手には勝ちを譲って、二度と関わらないようにするだけ。いい人はいい人だけを選ぶ。静かで穏やかで、信頼と尊敬に満ちた優しい相手と付き合う。


非日常から離れた旅行のような、気分転換ができて、フレッシュで、爽やかな相手を選ぶ。喧嘩をふっかるような、怒号と罵声が飛ぶような、自律神経がプツリと切れるような、暗いネガティブのトンネルから抜け出せないような、面倒臭く世話が焼けるような、不安とイライラと怒りが募るような相手とは付き合わない。静かで、自分を持っている穏やかな相手と付き合う。何の心配もない穏やかな恋。あなたもしてみたらどうだろうか。





出版社からの報告
池袋にあるくまざわ書店さんで、本をたくさん並べて頂きました!
パネルも一緒に置いています。

くまざわ書店池袋

女性なら誰もが犯す恋の過ち、あなたもやっているかも。

「恋愛が失敗する子恋愛が成功する子」
発売日2015年2月23日
大和書房 単行本 1404円
沖川東横


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恋をしなくなったカナリアは、異性への思いは友人でいい。
異性を愛することはとても素敵なことだが、別に愛さなくても素敵なことだと思う。愛は欲望であり愛はサガであるから、好きになれば相手に迷惑ばかりをかける。迷惑をかけないで、相手に好意を抱く方法は友人止まりにして友情を育むことだ。


恋をしなくなったカナリア。
いいね…この響き。
恋に焦がれる性欲渦巻く早春の勢いより、老木の枯れて乾いている晩秋の緩やかさ。若い頃は人並みに女の子に関心があったが、今は女というより人として見ている。異性というより友人として。女に夢中になるより仕事に夢中になった方が自分らしい。まるで高倉健のような生き方、いいね。

女はめんどくさい。
別にそうは思わない。
というか、あまり関わらないので、そう思わない。
関われば、きっと面倒になるだろう。だから、あまり深く関わらない。
関わるのは仕事だけでいい。

異性の友人は必要か。
どちらでもいい。
同性の友人は必要か。
どちらでもいい。
いないより居た方がいいだろう。

いないと寂しいか。
別に寂しくない。
独りの時間も大切だ。





好きになったら、女の本能が目覚める。
本能は相手に迷惑をかける行為。
普通では考えられない干渉と束縛。
凶器に満ちた疑心暗鬼による嫉妬。
恋愛は愛する人を疑うために存在する、人間不信のドラマへと変貌する。


普段は素直で良い子なのに、ひとたび恋をすると鬼へ化身する。女らしく上品で優しかった女性が、「今どこにいるの?何しているの?今度いつ会えるの?」とひっきりなしに連絡して来る。朝の「おはよう」の生存確認から、夜の「おやすみなさい」の一日の愛の確認、24時間の監視体制を敷く。まるでICUに入院している患者みたいに、携帯という生命維持装置に繋がれ監視されている。モニターがピコピコと波形を打っている。ピコーン・ピコーン、あなたはどこにいるの?ピコーン……ピコーン……怖い。


彼が監視されている携帯から外れ、嘘をついて遊ぶと、今度はSNSサイトで彼を追いかける。彼は残業だと嘘をついて合コン出かけた。そんな嘘はすぐにばれる。彼と合コンに参加した友達がSNSサイトで合コンの様子をアップする。彼は「イエ~ィ❤」とピースサインを送って、可愛い女の子とのツーショットの写真に納まっている。顔写真は無くても、彼の後姿、彼の手、彼の髪の毛、彼の持ち物(バックや腕時計、キーホルダー、私がプレゼントしたもの)が写っている。警察の鑑識課のように、わずかな証拠から犯人を割り出す。そして彼は間違いなく、私に嘘をついて合コンに行っていることが判明する。


女の本能は疲れる。
ここまで執拗に彼を監視しなくてはならないのか…と疲れる。
あなたはいつから刑事になったの?いつから興信所の探偵になったの?いつからICUの看護師になったの?いつから裁判員制度の裁判員になったの?そもそも、あなたの彼は犯人か?重病患者か?裁判の判決を待っている犯罪者か?どっちだ。どっちでもない、彼はそこらへんにいる普通の男となんら変わらない。平凡な男である。


平凡な男でも、女と恋をすると、監視下に置かれる。怖い女の本能は。恋をすれば、相手を支配しようとする。愛の支配、これが女の本能である。でも、その本能は疲れる、本人も相手も疲れる。疲れたら…理性を取り戻そう。男と付き合うときは、本能より理性で付き合うこと。理性で判断すれば、完璧な男はいない。男は隠れてコソコソ遊ぶものだ。男は小さな嘘をつくものだ。理性が働いていれば、刑事のような犯人探しをする必要はない。適当に遊ばしておけば、男は帰って来る。



毎日あった連絡が、今はない…。
音信不通の相談は、私のところでは毎日ある。音信不通は、恋愛における悩み相談のNO1だと言っていいだろう。まあ仕方ないか、これがご時世、音信不通は文明国の流行り、ブームだと言っていいかもしれない。携帯が無かった時代が懐かしい。いっそのこと、恋人が出来たら携帯番号やアドレスは交換しないというルールを作ったらどうだろう。携帯によるコミュニュケーションはとらない。約束のみで付き合う。約束は会ったときにする、次はいつ会いますか?と約束する、それでまで連絡はとらない。その方が男性は心おきなく仕事に専念でき、女性も心おきなく他のことに専念できる。恋人のことを日常考えていては困る。普段の生活を一生懸命頑張ったご褒美で恋人に会うのがいい。これによってお互いの愛が深まる。普段から連絡ばかり取っていると愛は深まらない。愛は「物足りない」くらいが丁度いい。


もし次の約束を事情があって出来ないときは、勤め先や家に電話する。電報や手紙でもいい。とにかく便利な携帯は使わないことだ。約束を守れないことを伝えるのを大変にすることで、約束は守れる。体調が悪くて高熱があっても、地を這ってでも約束の場所に行く。「ごめん、今日は体調が悪くてデートができない」ことを伝えるために。そんな努力が、約束はどんなことがあっても守るという習慣ができる。39度の熱があるのに、彼はわざわざそれを伝えるために私に会いに来てくれたと感動する…。便利な携帯があると、約束そのものが軽くなる。いつでも何時でも連絡が取れる携帯は、便利だけど、愛を育てる力が無い。せいぜい愛を放棄する力しかない。携帯はビジネスのみで使うものであって、恋人間で使うものでない。そんな気がする。