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「なぜ結婚したいの?」と質問すると、「ひとりだと老後が寂しいから」と多くの女性が答える。「ひとりだと老後が寂しいから」この言葉、私は何千回と聞いている、ひ・と・り・だと、老後・が・寂しい・から。


結婚は寂しいからする、それが正解かもしれない。かくいう私も寂しいから結婚した。ひとりの方が自由で気楽でいいかもしれないが、寂しさには勝てない、だから結婚した。

逆に寂しくなければ、あるいは孤独に強ければ、結婚はしなくてもいい。周りからどうのこうの言われても、頑固に無視をすればいい。自分はシングルライフの方が好きだと主張すればいい。変わり者だと言われても、生き方は自分で決めるもので、他人が決めるものではないからだ。


「ひとりだと老後が寂しいから」
そうかな?
考え方によっては、ひとりの方が老後は楽しいかもしれないよ。喧嘩が絶えないパートナー、心配ばかりかけるパートナー、浮気ばかりを繰り返すパートナー、働かないパートナー、酒乱でギャンブル狂で借金だらけのパートナー、なんでこんな男と私はいるのと思わせるパートナー、不安と心配と悲しみと、落胆と精神的苦労の多いパートナーと居るより、ひとりの方がよほどいい。皆さんのお話を聞いていると、女に苦労ばかりかける男をなぜ好きになるの?それならひとりの方がいいではないか、と言いたくなる。

これからはおひとり様の時代。
そういう時代になった。
と私は感じている。

ならば、楽しく生きられるおひとり様を目指そうではないか。
楽しく生きるには、まずは経済力、男に頼らなくても生きていける経済力が必要。これからの愛はお金だと思って、一生懸命働いてお金を貯めること。おひとり様を快適に過ごすには、ある程度の経済力がないとできない。だからきばれ、自立できる女性になれば、おひとり様も悪くない。むしろ男と居るより楽しいかもしれない。余計な心配がなくなるからだ。孤独で寂しい?そんなことはない。自立ができた女性は、多くの友達ができ、またいろいろなものにチャレンジができ、おかしく楽しく過ごせる。



クリスマスケーキは、24日のクリスマス・イヴ、25日のクリスマスが定価の正当な値段で高く売れた。26日には値段が2割下がり、27日には半額になり、28日には「ただで、持ってけドロボー」と言われた。

女性の結婚適齢期をクリマスケーキに例える風習は自分が若い頃によく耳にした。確かに自分が若い頃の女性の結婚適齢期は24~25歳がピークだった。18歳くらいから色づき初め、24、5歳で大輪の花が咲き、イヴにプロポーズされてクリスマスに結婚式を挙げる。そして正月におめでたの報告を兼ねて両家に挨拶する。女性の24歳は変化の歳で、少女からギャル、ギャルから大人の女性へと変貌を遂げ、24歳で結婚し25歳で母となる。生理学的に理想とする絵にかいたシナリオ。女性の価値はクリマスケーキか?なるほど、と思ったものだ。

今はどうだろう。
「女性の価値はクリスマスケーキ」といま言ったら、もの凄いバッシングを受けるだろう。セクハラ・パワハラと言われるかもしれない。それは昔の話で今は違うというしかない。

で、今は?
「大晦日」と、言っておこう。
大晦日、つまり31歳だ。
女性の結婚適齢期を何かのイベントに例えるのはとても失礼だと思うが、話の流れからして仕方がない、勘弁してください。結婚適齢期が晩婚化しているのは事実、それだけ平均寿命が延びた、と言っておこう。

今は多種多様、結婚する人もいれば結婚しない人もいる。今までの習慣や決まり切った慣習による、惰制的な結婚などしたくない。結婚は本気で好きになった人と結婚したい。好きな人が現れなければ一生結婚はしなくていい。好きなレベルが昔と比べて大きく変わってきた。つまり好きなレベルがどんどんと上がってきている。昔はこのくらいで手を打ったものが、今は手を打とうとしない。つまり惰性で結婚するのを避けているからだ。世間体や常識に捉われて惰性で結婚しない、結婚は自分が本気で好きになった人とする。それが今の時代の生き方、それはそれでいいと思う。それにもうひとつ付け加えれば、惰制で結婚するより、もっと大切な自分の夢がある。依存と従属だった女性に、自立する夢が芽生えてきた。そんな気がする。




最近スポーツジムへ行くようになりました。
自宅から車で10分くらいのところにジムはあります、あの有名なコナミです。年寄りの冷や水かもしれませんが、いや年寄りだからこそ体力作りだと、自分に言い聞かせてジムに通っています。お陰さまで筋肉痛になりました(笑)ハマり性の私はなんでも徹底的にやる、だから筋肉痛になる、しかたないか。雑誌やインターネットで調べると、歳を取ったらあまり無理はしないこと、筋トレは1回やったら三日ほど休むこと、と書いてありましたが、私はそれらを無視して、週に4日ほど通っています。もちろん無理はしません、自分のペースで筋トレをやっていますし、どちらかというと体をほぐすため、気分をリフレッシュするためにジムに通っています。運動の後のお風呂がまたいい、お風呂は天然温泉で、5種類の浴槽があり、サウナは3種類もある。「ここまで豊富なお風呂があるスポーツジムは他に見当たりませんよ」見学のときに案内してくれた係の人が言っていた。なるほど、いいお風呂だ、これで温泉に行く必要がない、ここで十分だ。


ジムで鍛えるというより、お風呂に入るのを目的に通っているのかもしれません(笑)肩・胸・太もも・腹筋の筋トレに合計30分、ランニングマシンでウオーキングに30分、最後に「ああ~極楽だ」という気分でお風呂につかる。これでストレスが発散できる、いい所を見つけた、そんな気分です。

椅子に座りっぱなしの仕事。運動不足で肩コリが激しく足腰もだいぶ弱ってきた。このままではいかんと思ってジムへ通うことにしました。私の仕事は精神的には強く逞しくなるが、肉体的には衰えて弱くなる。心と体を鍛える必要あり、そうでないと長く仕事ができない。そのつもりで体力作りをすることにしました。

筋肉痛。
なんか懐かしい。学生の頃を思い出す。
今は筋肉痛でもやっているうちに慣れてくる。
そうなれば体力は自然についてくる。



男性に通じない女性の欠点。
「さようならを言った後に後から謝罪すること」これは男性に通じない。これは自爆として処理される。自爆したら二人の関係は終わり、後から修正はできない、そのことを胆に銘じてほしい。

男という生き物は、女性の気持ちをないがしろにして自爆に追い込むクセがある。仕事が忙しい忙しいと言って、彼女を放置するクセがそれである。バカみたいに仕事が忙しい忙しいという男は、まだ男として成長できていない半人前の男、そんな男にあなたは自爆する必要はない。自爆より危機を乗り越える方法を模索した方がいい。

あなたが彼のことがまだ好きなら自爆より危機を乗り越えること、そこに焦点をあててみよう。仕事が忙しいという男がよく使う手口は、彼女を放置して、連絡も寄こさず、会うこともしない行動に出る。私は男なので、男の気持ちはわかる。男はやはり恋愛より仕事だからだ。単純に恋愛より仕事の方が大切。仕事が忙しくなれば彼女のことを構っている暇がない、彼女のことを構うほど仕事は生易しいものではないからだ。彼女に構って、もし仕事がダメになったら、一生取り返しのつかない後悔が残る、そうなったらオレの人生は終わりだ、そんなことは絶対にしたくない。だから彼女ゴメン、今は君のことを構っている暇がない。


男心をわかっている私の視点からアドバイスすれば、こういうときの男は役に立たない。そう恋愛では役に立たないのだ。だから放置しよう。彼の仕事が落ち着くまで放置しよう、それが危機を乗り越える最善策である。彼女を放置して、連絡も寄こさず、会うこともしない行動に出た彼に、いちいちイラつかないこと、イラつけば、ヒステリックな感情的な勝負に出ることになる、「さようなら」と言って彼の気持ちを試す勝負に出てしまう。それは彼の気持ちを試す、女性の最終的な手段かもしれないが、残念ながらその勝負は男性には通じない。女性からの「さようなら」は、悲しいが、やっと肩の荷が降りた気分にとなり、これで仕事だけに専念できると、ホットされるだけである。女性が「さようなら」を言っても、男は黙っている。沈黙して彼女の別れを受け入れている。そんな男に、不安を感じた女性は翌日謝罪する。それでは火に油を注ぐようなもの、炎上して、さらに男の心は傷つき、二度と彼女とやり直す気持ちになれない。自ら別れを切り出しといて後から謝罪することは何事だ、オレはこんな価値の低い女と付き合ったのか、と思われるだけである。だから、自分からお別れを言ったら、後から謝罪しないこと、これを胆に銘じよう。白黒つけるのなら、白黒つけること。別れるのなら別れること。後から撤回による謝罪は男には通用しない。



女性の好きという気持ちと男性の好きという気持ちは違う気がする。
どこがどう違うの?
簡単に言うと、女性の好きは一人だけ、それに比べて男性は何人も好きになれる。

男性が同時にA子とB子を好きになることはよくあること、曖昧でふしだらな男性に対して女性は、「A子とB子どっちが好きなの?ねぇどっちなの!はっきりさせて!」と迫る。男性はたじたじとなり「どちらも同じだけ好きだ」と答える。男性の話はそこで終わりだが、女性の話はいつまで経っても終わらない。

一人の異性を愛する女性と複数の異性を愛する男性。さてどちらが正解なのか?わからない。好きになる気持ちは自由、誰に止められないしそれをやめさせる法律もない。

もちろん男性の中にも一人の女性のみを愛する男性もいる。誠実で純粋な心を持っている男性は一人の女性だけを愛している。多くの女性を愛することは、それだけ時間と金と労力が必要になる、真面目な男性は不器用で、そんなにお金も時間もない。ただ一人の女性を愛するだけで十分、そんな暇と金があったら仕事だけに専念したい。傍らで、もてる男や女たらしの不誠実な男を口では「バカでないの」と敵対してさげすみ、心の中では(英雄色を好む)と羨ましがっている。ただ頭に来るのは、英雄でもないのに、女ばかり追いかけている奴らだ。そいつらを許せないと思いながら、自分はそんなバカなことはできないと思っている。男脳の本能的には複数の女性を愛したいが、基本は一人の女性だけを愛している。誠実な男性は基本に忠実、つまり一夫一婦制の法律に忠実である。

どうやら私のところへは基本に忠実でない男性を好きになった女性たちが訪れているようだ。全員ではないが、わりかし多い。「しょうがねぇな男は」という相談が多い。

そこで、
女性の好きってなに?と疑問が湧いてくる。
彼は不誠実なのに、なぜ好きなの?という疑問。
女性の好きは理屈では計れない。この好きは、まるで道のないジャングル。どこに向かっているのか想像もできない世界。人間が作った法律やルールは通じない世界。

女性の好きってなに???誰か教えて。



人は変えることができないが、自分は変えることができる。

愛情深い人は、相手のために人生を駄目にすることもある。相手は変わらないのに、相手に期待して相手に依存して相手に執着して駄目になるのです。

本来なら楽しいはずの人生なのに、豊かさを失い、嫌なことばかり、悪いことばかりを想像してしまう人生に陥っていませんか?この先が見えない暗い人生、心配ばかりのネガティブな人生、愛をこんな形で浪費してはいけない。

相手と付き合って先が見えないのなら、自分が変わればいい。相手に期待して依存しないで、まずは自分を変えればいい。

自分を変えられる人は、自分はおろか相手も豊かにできます。なぜ相手も豊かにできるのか?共依存の愛は相手が変わることで本人も相手に即発されて変わっていくからです。恋愛において、付き合っている彼がダメ男の場合、女性が彼に依存して期待するのをやめ、自分を良くすることだけを心がけて前向きに生きていけば、ダメ男である彼も変わっていきます。愛は波動で繋がっています。悩みばかりのネガティブな愛なら相手もネガティブになります。片方がネガティブでも片方がポジティブなら、ポジティブの波動に
触発されてネガティブな相手もだんだんとポジティブなっていきます。相手が変わらないのなら自分が変わること、自分が見本となって相手を変えることです。

これは恋愛だけではありません、仕事にも結婚にも、そして親子関係に役に立ちます。

相手が変わらなければ自分が変わること。
見本となることです。



躊躇している自分がいる。
もの凄く慎重で奥手な自分がいる。
いつまで経ってもやる気の出ない自分がいる。

いろいろな趣味を持ち、いろいろなものに興味を持ち、いろいろなものにチャレンジしたいのにできない。なぜできないか?それは…やって失敗することが多いからだ。ああ~やるんじゃなかった、やって損した、やって時間を無駄にした、やって疲れた、という後悔の方が多い。こんなことなら最初からやらなければよかった…と。いけないね、人は歳をとり経験を積むとチャレンジする意欲がなくなる、経験とは恐ろしいもので新しいものにチャレンジする意欲がなくなる、それは過去の失敗が蘇るからだ。


自分もそうかな、最近無駄な動きはしなくなった。歳を取って合理的に楽をする方法を身につけた。ランチもほぼ決まったところで食べ、美味しい所を探す開拓精神を忘れてしまった。休みの日は家でゴロゴロするか、たまに近くの公園に散歩に出かるだけ。若い頃のように飛びまわらない、すべて経験済みなので、あえてする必要もないという変な余裕を身につけてしまった。

すべて経験済み、大概のことはどんなものか想像がつくので、あえてやる必要がない。経験とは恐ろしいもので、チャレンジする意欲を低下させる。その経験は悩み多き人の役には立つが、自分自身にはあまり役に立たない。自分は常にチャレンジしてここまできた。そのチャレンジを忘れたら自分ではない。

そこで思いだす。
あの無駄な努力が良かったと。
恥をかいた、あの時代が良かったと。
失敗して落ち込んで、なにくそと踏ん張った自分が好きだったと。
バカなことにたくさんエネルギーを費やした自分が好きだったと。

そして、チャレンジ精神を思いだす。
恐ろしいからこそチャレンジする。
辛いから、悲しいから、苦しいからこそチャレンジする。
このままでは嫌だからチャレンジする。
チャレンジ精神を忘れたら人間お終いだ。
いつまでもチャレンジャーでありたい。




そんな気がする、真面目な人ほど結婚は遠のいている。

なぜ?
時代がそうさせているのかもしれない。

今の時代は真面目な人ほど遅い気がする。目まぐるしく変わる時代のスピードについていけないのか、真面目であるがゆえ思慮深く頑固になってしまっているのか、あるいは真面目であるがゆえ肝心なときに躊躇してしまうのか、または真面目であるがゆえ神経質になって悩んでしまうのか、遅い理由はよくわからない。


その点、不良少女やヤンキー娘は早い気がする。10代後半、20代前半にはほとんどが結婚している。遊びなれた子は、結婚は早いが離婚も多い。

真面目がいいか不真面目がいいか?
それはどちらとも言えない。
それぞれが自分の人生だ、一度しかない人生、自己責任で大いに楽しめばよい。

今の時代は、生き方に選択の自由がある。
結婚するのもよし、結婚しないのもよし、恋愛や結婚だけが全てではない、仕事ばかりが全てではない、自分の欲求が満たされ、自分の責任で満足して生きられればそれでよいのではないか。

ただ隣の芝生はいいな(隣の芝生は青い)と見ないこと。自分が今いる位置を他人と比較しないこと。それさえ心がければ、今の自分が十分に満足できる。今のままで幸せだと感じれば欲求不満は解消され、自分の欲求は満たされる。今のままでいいのだと。





女はチャライ男が好きである。
女はもてる男が好きである。
女は遊び人の男が好きである。

「女はチャライ男が好きである」言葉の使い方が適切でないために誤解を招き やすい言い方になるかもしれませんが、とにかく女はチャライ男が好き。私のところにはチャライ男を好きになった女性が何万と押しかけている、そしてチャライ男に振り回されて苦しんでいる。「この!女たらしの遊び人!」と叫びながらも、チャライ男が好きになっている。

なぜ好きか?チャライ男は楽しいからである。
最初は警戒するが、チャライ男は女を喜ばす天才、女の盲点、女のツボをよく知っている。女が心の底から求めているチヤホヤを上手に引き出す。少女マンガのような甘い言葉を連発して、いつのまのかバラ色の世界へと誘われる。あまりにも上手に褒めるので、警戒心は薄くなり、チャライ男のチヤホヤにウキウキし、話が面白い、楽しいとなる。そして、チャライ男の少年のような純朴な目に騙される。「この人、チャラそうに見えるけど、実は良い人かもしれない」と恋のスイッチが入る。

なぜこんな男と付き合ったの?信じられない、という内容は多い。冷静に見れば付き合ってはいけない相手だということは誰しもわかる。だが、冷静ではないのが恋心、人を好きになるスイッチは冷静でないところでONとなる。

もてない男より、もてる男の方が好き。
つまらない男より楽しい男の方が好き。
無口で何も語らない男よりお喋りな男の方が好き。

誠実な男はつまらない、誠実な男には安心感を覚えるが、つまらない閉塞感と束縛感も同時に覚える、誠実な男には刺激がない。その点チャライ男は危険だが、刺激だらけ。波乱万丈に立ち向かうチャンスを与えてくれる。いつになったら私は幸せになれるのという先の見えない恐怖心も与えてくれる。これでもかこれでもかと嫌になるような期待と裏切り、そしてこの男を何とか立ち直らせよう、なんとか教育しようとやっきになり、いつまでも果てしない苦労が永遠と続く。女は苦労する男を好きになるようだ。

チャライ男を好きになるのはいい。
でも最後は、冷静な客観的な判断を下すこと。


女性から見れば逃げている男性は終わった男性。終わったと思ったのに、なぜ連絡してくるの?このまま連絡して来なければ私は忘れることができたのに、間が抜けたように忘れた頃に変なタイミングで連絡して来る男性。何なのそれ?こんなことされると私は変に期待してしまうではないか。男は何を考えているの?まだ私のことが好きなの?


それはまだあなたのことが頭の隅に微かに残っているから。好きでない女のことは頭の隅に残らない、好きな女だけ頭の隅に残る。その好きは何なの?というと、責任をとれない好きと言っておこう。男の好きには「責任を取る好き」と「責任を取らない好き」がある。責任を取る好きなら男は放置しない。責任を取らなくていい好きだから放置する。男の好きはパーセンテージ。責任を取る好きは100%で、責任を取らない好きは10%。10%だから忘れた頃に時々こうして様子を確認する意味で連絡してくる。この10%の好きを未練ともいう。白黒はっきりしない男の脳は未練が残りやすい。ちょっとでも好きならキープして置こう。キープすれば、また本気で好きになるかもしれない、自分が成長したときのために取って置く。この好きは男の無責任な好きであり、男のコレクションでもある。


無責任な男のコレクションの好き。
その好きに女性たちは翻弄されている。
責任の取れない好きにいつまでも翻弄されていないで、この好きはありえないと判断し、前へ進むべきである。この好きに途中下車するから苦しむのであって、途中で降りないで、前へどんどん進むべきである。男性の無責任な好きに翻弄されない女こそ、本物の男と出会うことができる。責任を取れる男とね。前へ進むことで、本気であなたのことを愛してくれる男性と出会える。