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昨年の11月に新しい事務所に引っ越して、5カ月が過ぎました。
早いものですね、月日が流れれるのは。
心機一転、引っ越して良かったです。
今は、その地にも慣れ、その地の住人になりました。
駅前はお客さんにとっても便利、「近くて良い」と皆さん喜んでくれています。

これで夏の暑さや冬の寒さ、雨や雪や強い風を心配しなくて済みます。お客さんが気象に関係なく安心して来れるからです。駅前はやはりいいですね。複数人で来ても、近くにお店がいっぱいあるので、お茶でも飲みながら待機ができる。右横10メートル先にマクドナルドがあるので、ハンバーガーバーを食べながら待つこともできます。前のところは近くにお店が何もなかったので、随分と便利になりました。

心機一転がもうひとつ。
今年の3月からスポーツジムに通い始めました。
いつか行こうと思っていたのですが、なかなか行けず、やっと行くことができました。それも心機一転ですね。
座り仕事の運動不足。これでは体力も衰え病気になるぞ!という恐怖観念から、やっとジムに行くことにしました。
週に4日通い、体重は2Kg減、まあまあのペースです。機械の筋トレに30分、ランニングマシンのウォーキングに30分、ストレッチに15分、お風呂に30分、およそ2時間のコース。最初の1カ月は筋肉痛や筋肉疲労による疲れが残ったのですが、今はすっきりとしています。お陰さまで、少々体力ついたかなと思います。これで、この仕事を長く続けることができるぞ!、という気分です。

思い起こせば、この筋肉の疲れは学生時代の高校生以来かな。もう40年以上経ってしまった(笑)
当時はレスリング部にいて、腕立て伏せ100回、腹筋200回、スパーリングに2時間と、大いに体をいじめていた。県大会を目指し、全国大会を目指し、明けても暮れても練習ばかりしていた。筋肉の痛みと疲労感はそれ以来だなと・・・・と懐かしく感じている。でもこの歳になって無理はしない。今の私には県大会も全国大会もオリンピックもない。あるのはこの仕事だけ。皆さんの悩みをお供にするこの仕事しかない(笑) 

座り仕事で頭を使う仕事。運動から遠くかけはれた仕事。
このままだと、血の巡りが悪くなり、首肩がこり、腰痛にもなる。体力も衰え、気力も失ってくる。
このままではいかんと思って、ジムに通うことにしました。ジムに通ったら、まず首肩のこりがほぐれてきた。腰痛も気にしなくなり、気力や体力も蘇った気がする。一番良いのは頭がすっきりしたこと。私の仕事は頭を使う仕事なので、血流が良くなり、脳内細胞が活性化するのは良いことだ。前は仕事が終わった後にガクンと疲れたが、今はガクンという疲れはない。もう一丁という気分で、余裕すらある。仕事が終わったら、ぱっぱと後片付けをして、早足で家路につくこともできる。全体的にはまだ疲労感は残っているが、あと1~2カ月で体ついていくだろう。そうなればジム通いも週4日から週2日くらいに減らし、気力体力を維持するペースを掴むつもりである。



結婚をしたがらない男性が多い昨今。

男性自身もいつか結婚したいという願望があるが、なかなかそのチャンスが回ってこない。気持ちはあるけど、熟していない。なんとなく…そういう気はある、という程度。

女性自身もいつか結婚したいという願望があるが、なかなかそのチャンスが回ってこない。気持ちはあるけど、熟していない。なんとなく…彼任せ、という程度。

そこで、男性と女性の結婚のあり方が違ってくる。

女性は彼にプレッシャーをかけ、男性はプレッシャーに弱い。しかも最悪なことに、タイミングの悪いところでプレッシャーをかけている。彼が忙しいときに、彼が落ち込んでいるときに、彼がイライラしているときに、男がその話(結婚の話)をしたくないときに、その話を持ち出している。タイミングが悪い。タイミングが悪ければ愛の歴史はダメになる。その最悪なルール従って、二人の関係はギクシャクし、結婚が遠のく。「結婚はタイミングである」いかにタイミングを計るか、いかにタイミングを守るか、タイミングがいかに重要だということに恋する当事者は気づいていない。

結婚はタイミング。いくら愛情を注いでもタイミングが合わなければ、結婚はできない。「愛よりタイミング、愛よりタイミング」と常に言い聞かせなければならない、愛よりタイミングと、常に自分に言い聞かせよう。

タイミングの計り方は、チャンスを待ち、チャンスを掴むこと。どの男にも、どの女にも、チャンスはある。チャンスをものにできる人は、普段からイメージトレーニングをしている人のみ。自分の潜在意識に常にタイミングは来ると言い聞かせ、前もってチャンスを掴むイメージトレーニングをしておくこと。それを、チャンスを掴む準備という。チャンスを掴む準備とは、チャンスのときにどんな言葉を発するか、何通りのシナリオを作り、どんな言葉をメッセージとして相手に伝えるか、常にその準備しておくこと。何度も何度も繰り返して自分のシナリオを読み上げ、プロのナレーターのように言葉を準備しておくこと。その準備ができれば、後はタイミングを待つだけ、その準備ができれば、タイミングは必ず来て、チャンスを掴むことができる。

チャンスとはいつ来るのか?
ピンチの後にチャンスは訪れる。
とくに相手に危機を与えたとき、プレッシャーを与えたとき、チャンスは訪れている。
それを多くの人が見逃しているに過ぎない。なぜ見逃すのか、感情的に落ち込んでネガティブになっているからだ。

相手にプレッシャーを与えときは、3日から一週間以内にチャンスが来ると思って、準備した言葉を発すること、そうすればあなたは結婚というタイミングを捕えることができる。

だから、
常にイメージトレーニングをしておくこと。
チャンスはピンチなり。ピンチの後にチャンスが来たら、言う言葉を用意しておくこと。今から相手が納得できるたくさんの言葉を用意してください。そして、その言葉で相手を感動させてください。感動する言葉は、その一瞬しかありません。



10代、20代、30代、40代、50代、60代…生きている限り、人は人を愛する。懲りないくらい人は人を愛するものだ。それがいいことなのか、いけないことなのか、それはわからない、人は懲りないくらい人を愛するものだ。

好きな人がいるのはいいことだ、この世の春を謳歌し、生きる喜びが生まれ、気も心も若返ってリフレッシュされ、生甲斐となる。

だが好きな人のことで苦しむのもまた世の定め、これでは、せっかく好きな人がいるのに生甲斐ではなくこの世の地獄となる。

好きな人を作って生甲斐とするか、好きな人とうまくいかず苦しみの生き地獄とするか、どの流れに持っていくのかは、あなた次第。

私次第?それって違うでしょう。相手がいることだから、私がいくら努力しても相手がそれを受け入れてくれなければ愛は報われない。恋愛は私ひとりの力ではどうにもならない、相手がいることだから。

相手がいるから、自分の一方的な努力は報われない、…か。
うむ…。
ならば努力をやめたら。報われない努力などする必要ないよ。

私はこう思う。
愛は無償でいいのではないか、愛に見返りを求めるから苦しむのではないか、と思う。見返りを(有償)を求めない愛。これが愛本来の形だと思う。愛に依存し期待するから苦しむのではないか、と思うよ。

もちろん人間だから期待も依存もするだろう。それは見返りも求めるだろう。努力した分の成果が出ないと、何のために努力したのか分からなくなるからだ。見返りがなければ無駄な時間を過ごしたことになる、そんなの嫌だと、誰もがそう思うだろう。

だが、人は人を愛するとき、そんなことは考えていない。人を愛しているほとんどの人は愛に見返りなど求めていない。皆さんの話を聞けば聞くほど、皆さんの愛は純粋だ。そして愛は無償だ。一方的かもしれないが、無償の愛で皆さんは努力している。だが、悲しいかな、とても苦しんでいる。うまくいかない相手に悩み、先の見えない暗闇の世界に迷い、にっちもさっちもいかず、とても苦しんでいる。なぜ苦しむのか、それはだんだんと無償の愛でなくなってきているからだ。

無償の愛と見返りを求める愛と、どこかで逆転現象が起きている。人は苦しめば苦しむほど、愛は無償でなくなる。ネガティブのポントにまんまと引っ掛かり、自分の求愛が通じない相手に無性に腹が立ち、努力した分の見返りを求めるようになる。もう一度言う、「人は苦しめば苦しむほど、愛は無償でなくなる。」無償の愛と見返りを求める愛が逆転すると、愛は強欲となり、自分にも相手にも迷惑をかけ、ストレスが溜まり、やがて自爆の道を辿る。

そうなると愛は終わり。
もう手の施しようがない。

愛は無償でいい。

無償の愛は余裕がないとできない。
人を愛するときは、常に余裕を持つこと。
そして、冷静に客観的に物事を判断できる能力を持つこと。

それができれば、無償で人を愛せる。




正しい習慣の良い形を持てば運は善くなる。
一日を正しい習慣で過ごそう。そうすれば君の何かが変わってくる。変わるのはネガティブな心、もやもやした心、やる気がでない堕落した心、それらがみるみるうちに変わってくる。

正しい一日の習慣。
まず早起きをすること。朝の弱い人は良い一日を作れない。世界の成功者を見てみると、ほとんどが早起きだ。なぜ早起きすると成功するのか?それは、朝から正しい習慣ができているからだ。一日のスタートである朝を充実させることで、その日の全てが決まる。昼ごろのこのこ起きる人は、一日の大半を無駄に過ごすことになる。そうなれば、運は拓いてこない。運を良くするには、朝を大事にすることだ。

男性が理想とする奥さん像。
トントン♪まな板で野菜を切っている音で目覚め、みそ汁の暖かい香りでベットから起き上がり、「あなた、ごはんよ♪」という優しい奥さんの声で朝を迎えたい。そんな朝を迎えれば、きっといい一日が始まる。

トントンというまな板の音も聞こえず、みそ汁の香りもなく、旦那さんが会社に出勤した後に起きるような奥さんでは、旦那さんは良い一日をスタートできない。また部屋が散らかっていて、掃除がされてなく汚れているようでは、旦那さんは家に帰る気がしなくなる。そうなれば寄り道をしたくなる。家は帰って寝るだけとなる。それが原因で浮気をするかもしれない。浮気をしている男の言い分に、奥さんがまったく家事をしない、という理由が多い。浮気相手の女性に、「女房はまったく家事ができなくて」とこぼしている男も結構いる。女性の盲点をついて同情させている、君なら家事ができるだろうと…。


共稼ぎではそれは無理、できない、私だって働いているのだから朝からそんな無理したら疲れる、という意見もあると思うが、いずれにしても朝を大切にできない人は、これから先うまくいかないこともあるよ、と言いたい。

大変だけど、正しい習慣は良い夫婦を作る。反対に正しくない習慣は悪い夫婦を作る。
浮気の原因はいろいろあると思うが、意外と日常の生活から起きていることも多い。朝を充実させれば、男の浮気は減る、そんな気がしてならない。

良い形にすれば、運は善くなる。
朝は忙しいかもしれないが、朝から良い習慣を作る。
これにチャレンジしてみては。




人はなぜ浮気をするのか。
彼女のいる男が浮気をする。奥さんがいる男が不倫をする。
彼氏のいる女が浮気をする。旦那さんがいる女が不倫をする。
人はなぜ浮気をするのか?
ふと、思う。それは満たされていないからだ。


たくさんの浮気や不倫の相談をしてきた。話を聞いた私の対応は、みなさんの友人や知人たちの意見とそう変わらないかもしれない。つまり第三者的な客観的な判断で、一般的常識の範疇で、「浮気はよくない、不倫はよくない」と対応している。そこに多少の経験が加わり、客観的、常識的な判断に磨きがかかり、理論も整然として、幅広い見識で、浮気のなんたるかを不倫のなんたるかを、人より多く理解しているつもりで対応している。だが、中身の詳しいことは私にもわからない。何がわからないか、人の思いや感情である。人の気持ちといっていいかもしれない。人の気持ちは常識では計り知れないところに存在するからだ。


ある旦那さんが浮気をした。奥さんを裏切り、とても許せない悪い男だ!と第三者が言ったとしても、その男性の気持ちになれば、人には計り知れない複雑な気持ちがある。その気持ちは自分(当人)にしかわからない。その男性には平凡だが幸せな家庭がある。愛する奥さんと子供が二人いて、仕事も順調で、誠実で人柄もよく夫婦仲もよく子煩悩で家庭は円満。はたから見れば幸せな家庭、なのに夫は浮気をした。なぜ?

その逆もある。いい旦那さんと可愛い子供に恵まれている奥さんがいる。旦那さんは優しく、働き者で夫として申し分もない。子供たちもいい子にすくすく育っている。はたから見れば幸せな家庭、なのに奥さんは浮気をした。なぜ?


人間は感情の生き物。常識では計り知れない人の気持ちがある。
パートナーを裏切った人たちにはもちろん罪悪感がある。恐怖に脅えながら、罪悪感と常に戦っている。人間として埋め込まれた常識と言う知識に抑制されながら、悪いことはしてはいけない、裏切ってはいけない、いけない・いけないと、欲望を抑制して我慢しているところもある。はたから見れば幸せな家庭、だが心の中は、気持ちは、感情は、常に欲望と戦いながら悪魔に身を売ろうとしている。常識による抑制はしばらく続くが、人間が野生を取り戻したとき、その規制したガードは外れる。はたから見れば幸せな家庭だが、当人は満たされていない。毎日・毎日、僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ。何のために生まれてきたの?常識に抑制されて、はたから見れば幸せな家庭という流れ作業のロボットをずっと演じなければならないの?そんなのもう嫌になった、もう懲り懲り。平凡で飽き足らない家庭、来る日も来る日も同じことの繰り返し。そこにはなんの刺激もない、なんのロマンもない。つ・ま・ら・な・い。僕の人生は、私の人生は、これで終わりたくない。

常識の抑制に勝ち、野生の自我が目覚め、(常識に抑制され、はたから見れば幸せな家庭という流れ作業のロボットをずっと演じるのは嫌だと)浮気を正当化して、罪悪感を追い払い、人々は浮気に走る。浮気に走ることは平凡な生活に対する不満。忘れていたロマンと刺激。そして、純粋に本気で人を好きになってみたいという欲望。「本気で、今度こそ命懸けで人を好きになりたい」「これが、僕が、私が、本当に望んでいたことだ」常識によって抑えて抑えていた欲望がついに爆発する瞬間である。

だが、悲しいかな、人間。
人間は常識と言う輪廻に敵わない。
一度は常識を捨てても、常識は輪廻転生のようにまた戻ってくる。常識は一度死んでも、ふたたびあなたの魂となって帰ってくる。そこにまた悪いことをしている、裏切っているという罪悪感が発生し、やがて因果応報によって浮気をした人のロマンは砕け散る。

ふと、思う。
人はなぜ浮気をするのか?
性欲だけの単なる浮気はバカヤローと言いたいが、気持ちや感情の部分は否めない。これは人間だから仕方がないことかもしれない。





別れが多い。
男性たちが責任を取らない殺伐とした世の中で、女性たちはどうやって賢く生きていくか。
女性の自分磨きは別れた時に発揮される。
女性にとって命がけの恋、それが終わった。どんな状況であろうが終わった。終わったということを賢く理解しよう。終わりよければすべてよし、最後は有終の美を飾る、という態度を最後まで貫くことが賢い女性の生き方。

情にもだえて、しつこく食い下がるのはよくない。愛を諦めないという女性特有の気持ちを最後まで粘り強く発揮したとしても、今の時代にそんなやり方は通じないと思う。今の時代の男性は、男ではないからだ。少なくとも30年前の男たちとは違う、今の時代の男性は、「女だ!」と言っても過言ではない。逆に女性が「男だ!」という時代になってきた気がする。中性化して女性化しつつある男性の変異体質、その進化の過程であなたは男性という生き物と付き合っている、「恋はするけど、結婚をしない男たち」と。そういう男が昔の10倍は増えてきた気がする。これは、皆さんとの鑑定を通して、私が如実に感じたことです。それをそのままここに明記します。今の時代は男が少なくなったと。

こんな時代に旧態依然のやり方は通用しない。時代を先取りした新しい戦法が必要となる。新しい戦法を身につけるためには、まず「諦める」という技術が必要になる。「諦める」ああ~なんと切ない言葉、なんと悲しい言葉、と暗く受け止めないで、なんと素晴らしい言葉だ!と認識すること。諦めるからこそ未来が開くと考えれば、こんな素晴らしい言葉はない。ピンチをチャンスに変えるには、そういう考え方を持っている人のみが、未来への扉を開けることができるし、チャレンジ権も与えられる。切なく嘆いている人には未来へのチャレンジ権は与えられない。いつまでもネガティブな暗い世界にいるしかない。私の将来はお先真っ暗だ…という考えに終始するしかない。未来のチャレンジ権を得られない女性たちは、いつもそうやって嘆いている。


諦めるとは、「きっかけに過ぎない」
そう、単なるきっかけに過ぎない。
そのきっかけは、実は単なるきっかけではなく、未来へのきっかけ。それを手にするために諦めることが重要だ。

優しくて、ナヨナヨしている男なんか諦めて。
繊細で神経質で生きるのに自信のない男など諦めて。
オレ様で無神経で無頼漢の自分勝手男など諦めて。
別れ際にメソメソ泣く男など諦めて。
働かない、食えない、使えない、ダメ男など諦めて。
男らしくないグレーではっきりしない男など諦めて。
この人は私がいないとダメだという男など諦めて。

諦めて、前へ進もう。

別れは単なるきっかけに過ぎない。

あなたの未来の扉を開くきっかけに過ぎない。

諦めることも大切。
それをあなたのものにしてください。



別れたら引きずらないで、あっさりと別れを受け入れること。
その後は復縁を望んではいけない。
これが究極の自分磨き。
あなたにこれができるだろうか?
これができたら、あなたは恋の達人だ。
全ての恋愛運を自分の手に引き寄せることができる。

別れ際に納得がいかないという女を男は嫌う。
最後に会って話してという女を男は嫌う。
別れを切り出した後から謝罪する女を男は嫌う。

男は、物わかりのいい女が好きだ。別れという、とても悲しいセンセーショナルな場面で、いかに女としてのプライドを保つか、男はそこを見ている。往生際の悪いすがりつく女は嫌いだし、後から謝罪して引き留めようとする女も嫌い、そして納得がいかないとウダウダ責めて復縁に頑張る女も嫌い。「別れは別れだ、そこには何の理由もない」と、あっさりと別れを認める女が好き。すがりつくより、別れを実感して泣いている女の方がまだいい。涙をいっぱいためて、その別れを必死に受け止めようとしている女は可愛い。別れの際に、後ろ髪がひかれる思いがする女は最高だ。これが別れの際に発揮する女のプライド。男は最後に女らしい姿を見たい、それが女と付き合った証拠だ。お願い、最後は感情的にならないでほしい。悲しい場面でも僕を癒してくれ。憎しみ、悲しみ、不平・不満などの愚痴は言わないでほしい。そのまま静かに別れさせてくれ。最後に僕を癒してくれ。黙って引き下がってくれ。僕を解放してくれ。……男が望む別れはこんな形である。

おそらく、男が望んでいる別れの形を女性たちは好まないだろう。あまりにも一方的な男の都合だからだ。だが、ここでは男の都合、女の都合を議論する場面ではない。自分にない都合を自分がどう理解するか、究極の自分磨きの場面だからだ。

女の都合に合わせば、男はこんな自分磨きをすればいい。
忙しいときほど彼女を大事にする、という自分磨きをすればいい。
彼女が悩んでいる時は、そばにいてあげて何時間でも彼女の話の相手をすればいい。
女性に愛の賛歌をくまなく伝えればいい。「僕は君が居てくれるだけで幸せだ」と、歯の浮くようなセリフを毎日繰り返し連呼すればいい。それが男の自分磨き。

女の自分磨きは?
それは、別れた時に発揮される。
別れた後、あなたが今後、どういう態度をとるかだ。
あなたの態度の取り方次第で、彼はあなたを深く愛するようになる。
そういう女になれる自分磨きがある。(詳しいことは占い館で、あなたにこっそり教える)

女は別れた時が本領発揮、あなたがどう変わるか見てみたい。
究極の女磨き、頑張ってください。




今日は雨。
雨の休日を楽しむように散歩に出る。
桜は満開。昨日の風と今日の雨に耐え忍んで、満開の花びらを咲かす。風にも雨にも負けないぞ!と言わんばかりに。


私が住んでいる場所は、ちょっと歩けば自然がある。何でも揃う都会と違って不便ではあるが、ゆったりとした気持ちで住むには丁度いい環境かもしれない。ああ~こんな田舎嫌だ、早く都会に住みたいという気持ちも少々あるが、でも、この自然のある環境も捨てがたい。高層ビルが立ち並ぶ、豪華喧騒な大都会、グルメもファッションも高級品も贅沢品も既製品も安ものも何でもそうろう大都会。人も、商品も競い合っている大都会。無機質なコンクリートジャングルの大都会。花粉が飛んでこない大都会、便利で飽きのこない大都会。

若いころはそこに住んだ。18歳から30歳まで品川と目黒に12年住んでいた時期がある。遊びは毎週渋谷か新宿、時々銀座に出かけ、原宿で竹の子族の元祖を見つける。竹の子族の出始めの踊りを見たが、面白くてユニークだけど、踊りは今一下手、まだ自分の方よほど上手いと思った。当時の自分はダンス青年、夢はコマネチをパートナーに迎えてラテンの世界チャンピオンを目指す、というバカげた目標を持っていた。これは妄想に終わったが(笑)…すると、ビートたけしが「コマネチ」とやっていたので、吹き出してしまった。なぜコマネチか?オリンピックの体操でルーマニアの14歳の少女(コマネチ)が前代未聞の「10点!10点!」をたたき出していたからだ。少女らしいコミュカるな動きと切れのあるシャープな動き、もの凄い運動神経だ!この子と組めば世界チャンピオン間違いなし。なんていう妄想を描いていた。青年の頃の若気の至り、人に言えない恥ずかしい話。コマネチは無理でもパートナーは体操選手にしようと思っていたが、それも無理だった、自分にはチャンピオンを目指す実力がないことがわかったからだ。

若い時は、挑戦と挫折の繰り返し。でも面白かった。憧れの都会(東京)生活。お金が無かったので、神田川のような貧乏生活。ああ~懐かしい…。やはり都会はお金がないと楽しくない、貧乏の東京生活は辛かった、今となってはいい思い出ですが…。

現在は、身の丈に応じた田舎暮らし。
あれ?でも…埼玉は東京圏らしい。あっそうか埼玉は都会か、東京圏か?
田舎と言ったら埼玉の人に失礼だ。
自分もこの地に30年以上住んでいる。すっかり埼玉県人だ。
ならば、自然の多いこの地をこれからも愛そう。


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対象の食い違い、意見の相違はあるけど、全体としてはうまくいっている。男と女の関係はそれでいいのではないかな。「小異を捨てて大同に就く」考え方を女性たちはもっと持つべきだと思う。小異を捨てて大同に就くとは、意見の多少の違いは無視して、大勢の支持する意見に従うこと。また、小さな違いがあったとしても、基本的なことがだいたい一致していればよしとすること。それが全体としてはうまく、ポジティブの考え方だ。

彼の仕事が忙しいのを理由に、連絡が薄くなり、もう何カ月も会えていない状況が続いている。「何カ月も彼女を放置する男なんかやめちゃえ!」という意見もあるが、彼のことが好きである当事者の彼女は、他人にそう言われたからといって彼をやめることができない。彼をあきらめることも忘れることもできない。ただ待たされて苦しいだけ。

そのときはこう考えよう。(全体としてはうまくいっている)と。彼との付き合い始め、彼との今までのいきさつを思い出してごらん。ほら全体としてうまくいっているでしょう。彼はたまたま仕事で忙しいだけ。仕事が暇になれば、また私に会いに来てくれる。物事はネガティブに考えるよりポジティブに考えること、そうすればうまくいく。

ポジティブ?ホントかな?女はポジティブな考えと同時にネガティブな考えも持ち合わせている。ポジティブ?そんな安易な考え方でいいの?男を信じてバカを見た女は世の中にたくさんいるのよ!男なんて信用できない。そんな馬鹿げたポジティブな考えより男は疑って見た方が間違いない、後から騙されて後悔しないために、ここは彼を疑って見た方がいい、というネガティブな考えも同時進行する。女は小異を捨てることができない。大同ばかり見ていたら、損をするのは女だと、言わんばかりに。

うむ、特徴がでているね。繊細な女心が、小さな愛の霞かかった雲行きに微妙に反応する女心が繊細に出ている。男の大雑把な考えに合わす必要もないが、でも損して失敗する人の共通点はネガティブだ。「失敗者はネガティブ」これは男女関係なく、人類共通の失敗する人の共通点である。ネガティブな考えが中心では何事もうまくいかない。ネガティブをできるだけ減らしてポジティブの範囲を広げないとうまくいかないよ、といいたい。

だから、(全体としてはうまくいっている)と考えよう。
霞かかった愛に陰りが見えたとしても、全体としてはうまくいっている。彼はそんな悪い男ではない。私が選んだ男だ!悪いわけがない。もし私が選んだ男が私を無視して放置する極悪非道の男なら、私の男の選びかが悪かっただけのこと。そのときは仕方ない、縁がなかったとあきらめ「損切りをすればいい」その腹さえくくれば、全体としてうまくいっている、「小異を捨てて大同に就く」ポジティブな考えが持てるようになる。



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こうして桜を見ているとストイックかな?と思う。なんで桜を見てそう思ったのか?なんとなく…そう思った。綺麗だけど、同時に物悲しさも感じる。桜の下でうたたねをしても、同時に桜の命の短さ、鮮やかに咲いてパッと散る、ひとときの一瞬の、すじを通した決断をしなければならない運命を感じる。パッと咲いてパッと散る桜はストイックだ。桜は植物だ人間ではない、ストイックは人間に当てはめるもので桜には当てはまらない。じゃなにか?自分か?ストイックは私か?


ストイックをインターネットで調べてみると、
ストイック「自分の欲望を抑え情念に動かされることなく幸福を得ようとするさま」などの意味。または、「自分に厳しく欲望に流されない人」や、「禁欲的」という意味。「厳しく身を持するさま」つまり、自分自身に厳しくあること。


いやいやまてまて違う。自分はネットに書いてあるようなストイックな人間ではない。確かに自分を厳しく律することもあるが、目標や夢のためなら遊びも愛も余暇も捨てることもできるが、自分に厳しく、欲望に流されない禁欲的ではない。どちらかという欲は深い方だと思う。目標や夢のために、一切の遊びを捨て、人を愛することを捨て、欲望に流されないように自分を厳しく律することもあるが、でもそれは全然楽しくない。どちらかというと苦しい。苦しくて途中で嫌になって投げ出しそうだ。嫌になって投げ出そうと思った時、当時の挫折を思い出す、ここで投げ出したら、あの恐怖(挫折)に戻るぞと自分を脅かす。だから苦しくても楽しくなくても続けるしかない。本当は楽をしたいけど恐怖に脅えてしかたなく頑張るしかない。それが私のストックの解釈。だから、かすかな余暇を見つける。忙しいときのひとときの癒し。桜の花の寿命のように余暇は短い。けど、それがまた乙、来年また見事な花を咲かせる。自分もこうでありたいと密かに思いながら、ひとときの余暇を過ごす。