ホーム > 日記 > 好きなものには拘る
自分が好きなものはかっこいいわけではない。
なのに…拘る。
なぜ好きか?と言われると理由などない。
理由もなく説明もつかないけど、好きである。
つまり好きという表現しか見つからない。
好きと言っておけば何でも済まされる、こんな風に人は好きなものに拘る。

自分の仕事が好きだが、なぜ好きか?と質問されると困る。好きな理由を述べるとキリがない。それこそ宇宙を解明するほどの理由が必要となる。好きだという理由を単語に
並べてもキリがない。座右の銘みたいに、一言で表現できない。好きな理由は言葉で言い表せないほど無尽蔵にあるからだ。

マスコミ関係や出版社から、
先生が占いをやっている理由は何ですか?
先生の占いにはどんな特徴がありますか?
座右の銘は何ですか?
と、質問されるが、この質問に対して私の答えはない。
答えを出せと言われば、適当につくろった答えしか出せない。
占いをやっている理由は?特徴は何?と言われても、「これだ!」という理由などない。ただ好きだからやっている。それしかない。理由を説明しろと言われれば、何年も単語とにらみ合いながら文章化するしかない。こんなのめんどくさい。一言で好きだと言えばそれで済むだけのこと。

占いをやっている理由は?経済危機によって追い込まれたから。
特徴は?世界にひとつしかない沖川独自の世界を確立すること。
この仕事好きですか?最初は好きでなかったけど、10年以上やったら固まって好きになった。

この仕事は普通でない。占い業に従事している人は変わり物が多い。奇人変人の集まりかもしれない(笑)失礼…・その中に私は普通の光を灯そうとしている。私のサラリーマン時代は普通だった。その中に戦いがあった。喜びも悲しみも、成功も挫折も、エジソンと同じくらい味わった。それを味わってから占いの世界に身を投じた。だからいい。なまじか占い一本で行くより回り道をしたから、知識に付加価値がついた。この普通のサラリーマンが占いの世界にデビューする。そうするとどうなったか、5%の人間になった。5%の人間とは一般常識の人間とは違う。一般大衆とは違う。人々に影響を与える人間。その位置にいて私は喜んでいる。こいつは面白いと喜んでいる。私は一般大衆とは違うと喜んでいる。苦労が多かったが、今は喜びも方がいっぱい。だからこの仕事が好きである。


占い業に従事している人は変わり物が多い。
私も変わり物だが。
でも私の経歴は普通である。
なぜこの仕事をしているか?この世界に普通の考えを導入したくてしている。
この仕事はかっこいいか?かっこ悪い。「占いなんて?ばかばかしい」と言われるほどかっこ悪い。科学や一般常識から見れば、非常識な世界。その非常識な世界に沖川独自の常識を注入しようとしている。当たり前の普通の知恵を導入して沖川の独自の世界を創ろうとしている。だから面白い。

おそらく私がこの仕事が好きなように、あなたも彼のことが好きなのだろう。好きなものに理由などない。ただ好きなものに拘るだけ。


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コメント

先日の鑑定の時に、先生に「5%の人間になりなさい。」と言われ、分かってはいるものの受け入れられず苦しい思いをしました。今までとは違う自分、違うやり方。考えると頭が痛くて気持ち悪い。だけれどやってみようと決心して、前に進んでいます。ちょっと計画が楽しみになってきたかな。「5%の人間になる!結婚する!」と強く思って頑張りたいと思います。

仕事が好きと言える先生が好き♪(笑)

周りに流され、楽な方に染まり、
目立たないように目立たないように…仕事してましたが、
やっぱり辛い!
精一杯仕事したい!

5%になって周りから嫌われるのが怖かったのですが、
自分らしく頑張る方が、良い仕事が出来る気がしてます♪

ところで、
先生の鑑定は、カウンセリング?占い?
型にはまらない沖川占い?
昔から疑問だったのです。

どんな感じで 乙女の疑問を解決しているのでしょうか♪

No title

いいね〜♫いいね〜♫
イヨッ、沖川節、カッチョいいっ(^◇^)

恋愛においては、上手くいかないのに拘るのは時間のムダだと思います。
将来を視野にいれての恋愛で苦しむのはナンセンス!
出産できる時間は限りがあるし年齢がいけばいくほどいい相手を見つけるのも困難になる。
拘るのも期限を決めて…うまくいかない場合は次へ進む!
自分の将来の為に賢く生きるべきだと思います。

No title

沖川先生のブログからは占いというよりも、
道徳の授業のような感覚を受けています。

大人になると規則が緩くなって、自分にも甘くなるから
良い人生教訓を勉強させて頂いております。

好きという気持ちがあると無心に頑張れる。
その働きが他人のためになることであれば、
自分の好きに自信を持ってほしい。

愛も、「相手を良い方向に活かすことができる」
好きという想いであることを望みます。

好きと執着の違いがわかりません
上手くいっていない恋愛だけでなく、仕事でも、例えばですけど役者であったり芸術であったり、好きでも長年芽が出ないと執着してる的に言われたりもしますよね
どこからどこまでが好きで、どこからが執着なんだろうなぁ

結婚や出産をしたいから恋愛するんですか?
それらは恋愛の後についてくるものじゃなくて?
結婚や出産に至らなければ時間の無駄?
それは本来の恋愛ではないと私個人は思います。
開き直りと思われても構いませんが、大学生が卒業までに良い就職先を探すように、人生のパートナーを探すのは違う気がします……

結婚や出産を視野に入れてないのならどんな恋愛をされても自由だと思います。愛する人と結婚したいと思うのは当たり前のこと。愛する人の子供を授かり一緒に育てて家族を作っていき、死ぬまで一緒にいたいと思うのは当たり前のことと思います。

「結婚や出産をしたいから、恋愛をするのですか?」から文章が始まっている方に共感しましたので、コメントします。
私も、そう思います。
私は誰かを好きになったら、自分が幸せだから好きになっている気がします。
好きな人達の笑った顔が好きで、そんな顔を見ると私は幸せで、心があたたかくなります。
友だちでも会社の人でも家族でもどんな関係の人でも。
人を好きになるって幸せじゃないですか?
そこから、恋愛に発展するんじゃないかなって私は思います。
なんか、おめでたい人みたいですけどね…。
でも、誰かを、何かを好きになるって、理由なんて、細かくあげたらきりがなくて、それでも自分の気分が良いから続けるし、想うんだと思います。
好きなもの、好きな人ってあるだけで幸せです。

No title

先生が 仕事が好き。って言えるの いいですね。私も 仕事 好きなんだな。と 思います。好き を 仕事にすると 一生懸命になる。そうすると そこに力が入るから 帰ると 疲れて何もしたくなくなる。仕事と恋愛。とか 仕事と結婚。とか うまく両立するのが 私は下手だな。と思う。この先 結婚を考えた時 家庭を優先するなら仕事はセーブしないと 難しいかな。と思ってみたり。自分の性格と相談しないと うまくいかない気がします。お互いに理解しあえて うまくいく相手を見つけたいところです。幸せの形は色々あるだろうけど 安心できる相手を見つけたいです。

6つ目のコメントをさせて頂いた者ですが、承認して頂けないのは、何か差し障りがありましたのでしょうか…?

小さい頃好きな人と結婚して子供ができて幸せにくらしていくって当然叶うこと思ってました。でもそれが難しくって。30代後半でやっと大好きな人と結婚でき出産も出来ました。人生プランで結婚しなくてもいいと思っているならそういう人とお付き合いを続けていってもいいと思います。出産は授かりものですが少しでも望みがあるうちに結婚しないと相手にもそのご家族にも申し訳なく思いますね。

当たり前…ですか。
様々な事情から、望みたくても望めない人間もいます。
そういった者は、当たり前ではない異常者になってしまいますか?
結婚や出産は一人の問題ではないからこそ、様々な条件があります。
幸せを願えばこそ、結婚や出産をしない選択肢もあるのではないでしょうか?
お互いがいれば良いと思うしかない、そう思えることで満ち足りる関係もあるので、当たり前なんていう強い言葉で否定されると、生きていることが悲しくなります。

当たり前って…(^_^;)

じゃあ好きってだけで満足しちゃってるワタシ、、ってなんなんだろ?笑

子どもといるよりカレと2人でいたい!
そういうカップル、夫婦もあると思いマス( ^ ^ )
周りにもいますけど幸せそうです!

結婚結婚ってなってると、恋愛から離れちゃうよって意味で、
好きな人と結婚したいってキモチを否定するつもりで言ったんでは、ないと思うけどなぁ…。

結婚や出産をしたいから、恋愛するんですか?
きっと、そういう人もいます。
少し言い換えれば、
若い頃みたいな、好きという感情だけで動くのではなく、
結婚や出産も考えられる誠実な人を探したいという
少し大人向けの考えかなと思いました。

それらは恋愛の後についてくるものじゃなくて?
私も、貴女と同じこのタイプです。
ただ、結婚適齢期を過ぎてからの新しい恋愛は、
将来 結婚や出産を考えられる人なのか?
含めた相手探しをするかも知れません。

条件だけでお相手を探す方も
いらっしゃるかも知れませんが、
本人通しが幸せなら、それもありかと思います♪

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ナイスです!

久々に恋愛日記が恋しくなり、戻って参りました。

本題から相当ずれてしまうかも知れませんが…

先週あるイベントで、昔親しくしていた男性に会いました。
少なからず好意を持っていた時期もありました。
でもいわゆる遊び人気質で、あまり好ましい思い出はなく、むしろ傷付いた記憶しか残っていなかったのですが、
私を見るなりかなりのハイテンションで名前を連呼して、嬉しそうに近づいてきました。
周囲がどういった関係なのか疑うほどに喜んでいる様子に、こちらも要らぬ人の善さが働き、話に付き合いました。

おそらく私に思わぬ場所で会えた驚きが、そうさせたのだと思いました。
私もしばらくは新鮮な気持ちになり、この人はおそらく、以前より今の私が自由に幸せそうに振る舞っている様子が素直に嬉しかったのだろうと推測しました。

近々また会えるといいね、と言われ、そうだね、と軽くいなしてその場を後にしましたが、複雑な想いが残り、一人考えてきました。
こういうことがあると、必ず探しに来てしまう人なので…

でも、私には、6年間想い続けている人がいます。
昨年3年半振りにメールが来て、希望も捨てられずに、変わらず大好きで大切な人なのです。
あちらがどう想おうと…

私の想い人も、かつて私を傷付けた人も、程度の差こそあれどちらも仕事への情熱は相当なものだし、働き者で、出世もしています。
それがどうしたという話ですが…

でも、私が長いこと想い続けている彼のおかげで、今の幸せがあるという部分は変えようのない事実だし、私のいちばん辛い時期を離れた場所から支えてくれた彼は、一生の宝物です(*^o^*)

ずっと二人を比較し、いろいろ考えてきましたが、なんだかんだ言って、理屈抜きに彼が大好きなのだと今日改めて実感できたので、コメントさせていただきました(^-^)

揺らいでしまった自分は弱いと反省もしています。
好きなものは好き!
これほど強いパワーはないのかも知れません。

年賀メールをするもなしのつぶて…
でも、また新しいプロジェクトに着手して、更に私好みの素敵な男性になる正念場なのだと言い聞かせ、あてのない連絡を笑顔で待つ自分がいるのです。

取り留めのない話で申し訳ありません。

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