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「喝!」自分に喝を入れる。
サボっている自分より、喝を入れている自分が好き。

人間はときどき、休みたい、サボりたい、楽をしたい、と思うときがある。「働くほど成功する」古き言葉に逆らうように。

成功するためには、情熱を持って、たゆまない努力を積み重ねて、常に活動的にアグレッシブに行動しなさい。またポジティブに前向きに目標に向かって行動しなさい。

頭ではわかっている。そうすることが良いことを。だが、人間は機械ではない。24時間前向きに行動できるわけがない。頭ではそうすることが良いとわかっていても、それができない。おそらく99%の人間はそれができていない。もちろん私もその中に含まれている。99%の人間は、ときどきやる気になり、ときどきサボる、これを繰り返しているのではないだろうか。目的を持って情熱的に生きている瞬間もあれば、快楽主義に走ってサボっている瞬間もある。安心すればサボり、不安になれば努力する、それを人間は繰り返していると思う。サボっている時間と努力している時間、どちらの比率が高いかによって、成功する人と失敗する人に分かれるのではないだろうか。

たゆまない努力の積み重ねは疲れる。
「働くほど成功する」と言われているが、働けば働くほど、人は疲れるようになっている。
だから、いつか働かないで済む日が待ち遠しくなる。でも、その日はいつまで経っても来ない、永遠に。もし働かないで済む日を選択したら、貧困にあえぐ下流の人となってしまう。そうはなりたくないので、99%の人はサボっている時間と努力している時間の隙間で生きている。たゆまない努力の積み重ねは疲れる、だから時々休む。だが、長く休むと不安が押し寄せて来る。不安が押し寄せれば人は働く。さぼったり、努力したり、しながら人はなんとなく働いている。

私も人間。
情熱的に働くときもあれば、快楽に走ってサボるときもある。
私は情熱主義でも快楽主義でもない、その両方を持っている。
働けば働くほど疲れる。
その逆にサボればサボるほど疲れる。
最近はどちらが疲れるかというと。
サボっている方が疲れる。
楽をすれば疲れるし。
休めば疲れる。
また、遊んでも疲れる。
つまり、自分に暇を与えれば疲れる。
なぜ、疲れるか?
サボっているときは余計なことを考えるからだ。
人は考えることが多ければ多いほど疲れるようになっている。

だから、余計なことは考えないことにした。
余計なことを考えるより、一点に絞って集中することにした。
その点、仕事はいい。
仕事は、一点に絞って集中することができるからいい。
なぜ一点に絞って集中できるか?それは目的があるからだ。
快楽のときは、目的がない。
快楽のときは、野望しかない。
「野望が過ぎれば成功を逃す」
妄想や雑念からは何も生まれない。
奇跡は、野望を捨て、一点に絞った純粋な目的の中にある。

私はときどきサボるが、ずっとサボると不安が押し寄せてくる。
サボっている自分より、喝を入れている自分が好きである。


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コメント

彼と仲良くしている時も不安で片手間に仕事をしていたから、ミスもあったし体の調子も悪かったけど、
振られてだいぶ経って、最近仕事のことをまずは考えていて、あれをやろうとか意欲が出てきた。
最近仲良くなった人に悩む自分が、調子も崩すマイナスを私に与える人だと思い、さよならしました。
その方がすっきりします!
こんな私は振られた彼がまた戻って来るのを
ポジティブに待ってる?笑
上手く行くことを願っています

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