自己管理という言葉が最近好きになった。
つい最近まではその言葉が嫌いだった。自己管理?バカバカしい、と。なんでこの歳になって自己管理をしなくてはいけないの?もう十分に経験を積んで来た、「いまさら自己管理する必要ない」という固定観念にとらわれていた。

歳をとると脳みそが固くなるみたいだ。
それを頑固というかもしれない。
もっとも私は同じ年齢の中では頭は十分に柔らかい方だと自負している。
自負しているが、やはり固定化してしまった。固定観念に取り囲まれたしまった。
私は頑固だ。
マイペースなほど頑固だ。
これを今日から改めなくてはいけない。

固定観念は否定的な信念と呼ぶ。
固定観念は間違った方向に行ってしまった人生の決断。
固定観念は凝り固まった信念であり非常に危険である。

ある年齢になると、人は癒やしを求める。安定した安楽な生活を求める。
平和な安定した生活。
癒やしのある生活。
だが、そこにはしあわせはない。
最近それに気づいた。

平和ぼけ、砂漠のオアシス、癒やしの世界だけにいて人はしあわせになれない。一時期、ほんの少しだけならこの世界にいてもいいだろう。人間には癒やしの充電期間も必要だからだ。だが、長くいてはいけない。長くいると平和ぼけしてかえって不幸になる。安楽な生活が固定化してしまうと、これが習慣となり、やがて信念となり、固定観念で固まってしまう。固定観念は否定的な信念と呼ぶ、固定観念は間違った方向に行ってしまった人生の決断であり、固定観念は凝り固まった信念である。それは非常に危険なことである。

なるほど、癒やしばかりを求めると固定観念で固まってしまうのか。もう無理はしたくない、努力はしたくない、頑張りたくないという固定観念で固まってしまうのか。さらに裾野を広げれば、仕事はしたくない、家事はしたくない、料理はしたくない、子育てはしたくない、勉強はしたくない、運動はしたくない、ダイエットはしたくない、本を読んで自分を高めることはしたくない、貯金はしたくない、今まで頑張ってきたのだから、もうこれ以上頑張りたくないと脳が指令を出してしまう。
私は人生のオアシスを求める。
これからは癒やしの時間だ。
私はこれが欲しかった。
もう頑張らなくていい自分を手に入れたいと固定観念で固まってしまった。

これを求めたのに、一抹の不安(問題は片付いたが完全には解消されていない不安)を覚える自分がいる。そして気づいた、「これは不幸だ」と。癒やしばかりを求める固定観念は不幸だと気づいた。

やはり自分は問題の中にいて挑戦している方が幸せだと。
気づいた。

だからこの仕事をやっているんだ・・・問題ばかり抱えている人々の相手を。
答えの見つからない相手との戦い。
問題の中にいて挑戦し続けている自分。
疲れるけど、これが幸せ。
と、気づいた。

その幸せを長く保つために、自己管理を徹底してやらなければいけないことにも気づいた。
私はバカだ。
みんなが求める癒やしを棒に振るなんて。
仕方ないね。
癒やしでは幸せになれないから。

私の幸せは、人が不幸だと思ものに幸せを感じのかもしれない。
努力することに幸せを感じ、頑張ることに幸せを感じ、困難なことに幸せを感じ、きついことに幸せを感じ、無理することに幸せを感じ、忍耐強く辛抱していることに幸せを感じるのかもしれない。その幸せを長く維持するために、自己管理を徹底してやらなければいけない。だから最近、自己管理という言葉が好きになった。


関連記事

コメント

何歳になっても、考え方って変わるものですよね。
凝り固まった考えは、自分のことも苦しめます。
先生は毎日毎日、世の中の男性が最も嫌がるような女性からの悩みや不安、マイナスな話を聞き、それに真剣に向き合ってらっしゃいますよね。尊敬しかしないです。
日本の男性で一番女性の気持ちがわかる方なんじゃないかなと思っています。私も先生のおかげで考え方が良い方に変わることができています。感謝しています。ありがとうございます。
話は変わりますが、私の幸せは、愛する人と愛し合うことです。一緒にいて気を使わない楽な方と、お互いを思いやり、ふざけ笑い合い、時には喧嘩、泣いたり怒ったりしながら、なるべく長い時間一緒にいることです。
人間だからどうしても時間が経つと慣れ合いになったり、飽きたりするけど、そんな愛し合える人と出会えて、お付き合いし、結婚出来たら幸せだな…

ありがとうございました!

沖川先生
今日13時から相談に乗っていただいたものです。
あれこれ考えても分からなくて二進も三進もいかない状態だったので、笑えるまで相談に乗っていただけて嬉しかったです。
お互い病的な心の状態なので笑、まずは私が健康になります!
すっかり全てに自信をなくしてたので、結婚できると聞いて安心しました。29に近い28を目標に、まずは好きなことしながら忘れつつ放置して笑、頑張ります。
ありがとうございました。

体験から学びゆくもの。

先生の辛抱強くなる事、柔軟な心であることの大切さをつい最近感じました。
私は、初めて家族に結婚相手を紹介しその後家族に対してのお叱りを相手から受けました。

初めての体験だった故に、当初は身内擁護の考えが浮かびましたが私は相手に言い訳も弁解もせず家族の非を詫びたのです。

こうをそうしてか、相手は怒りの矛先をおさめてくれました。

私は、家族と結婚相手の両者とも大切なだけにとても悲しい気持ちになり誰が正しく悪くもないただ巡り合わせが悪く偶然が重なった事だと感じた故の詫びでした。

納得した故の詫びでしたから、不満や遺恨はありません。
ですが、相手が大切にしている家族や友人や仕事等を悪く言えばどうしても大切なものを擁護したくなる気持ちになる事に気付かされました。

歳を重ね経験を重ね、そういった機微を学び取っていく人もいれば幾つになっても分からず大喧嘩に発展させていく人もおります。

喧嘩は、絆を深める事もあれば愛情を冷めさせる威力もありますよね。

それを双方が、経験から学び歳を重ね柔軟な心で互いを受け止めオーバヒートしない思いやりを熟成していけたならと感じる今日この頃です。

ですが、なかなか自らの正しさの固定概念から抜け出せず大切なものを失う人もいますね。
私は、熟考に経験を重ねていき固定概念の枠に囚われず思いやりを育てていきたいものです。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する