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彼との別れは酷い別れ方だった。
こんなに酷く、こんなに悲惨で、こんなに凄絶な別れ方は今まで経験したことがない。彼は人が変わってしまった・・・悪く冷酷な人間へと変わってしまった。最初はあれだけ私のことを愛してくれたのに、こんなに酷く悪魔のように冷たい人間になるとは予想も出来なかった。この人は私のことを一生大事にすると信じていたのに、私の願いは見事に裏切られた。

人間とは思えない冷たい仕打ちによる、悲惨で凄絶な別れ。
その別れは音信不通から始まる。音信不通は人間がやる仕業ではない。音信不通は悪魔がやる仕業。一番大切な人を人間は音信不通にするわけない。音信不通にするのは悪魔だけだ。

愛とは「神と悪」の紙一重。
つまり神と悪魔が愛の中に同居している。
神と悪魔を正しい見識で判断するのが理性のある人間。
神と悪魔を間違った見識で判断するのが理性のない人間。
仕事が忙しいとか、疲れたとか、彼女のことが重くなったとか、様々なネガティブな理由で、音信不通にする人間はもはや神でなく悪魔である。

続いて悪魔になった彼は、無視を続ける。
既読スルー。
電話にも出ない。
メールも無視。
SNSはブロック。
手紙も見ない。
愛とは紙一重といっても、悪魔加減がますます酷くなった。

この状態に追い込まれた女性はひどく悩む。
これ以上ない苦しみが続く。
人は、無視ほど酷い仕打ちはないからだ。

やっと彼と連絡がついた。
でもそれは、
私の願いとは真逆のものだった。

女性の気持ちを裏切る男性の酷い凄絶な言葉。
「オマエのこと女として見られない」
「はあ?知らね~よ、そんなこと、オマエの気持ちなんかどうでもいい」
「オレが何をしてようが、オレの勝手だ」
「はあ?オレに責任とってほしいのか、誰がオマエの責任なんか取るものか」
「卑怯?ふざけるな!そんなオレを好きになったのはオマエだろ、しるか!」
「オマエのことなんかちっとも愛してない、オレには他に好きな女がいる」
口汚い罵声のオンパレード。これ以上書くのは忍びないからやめておく。

優しかった彼が悪魔になった。
そういったシーンは山ほどある。
神と悪魔の紙一重の愛の現象が。

音信不通にされ、罵声を浴びせられての別れ。
こんなに酷く、こんなに悲惨で、こんなに凄絶な別れ方は今まで経験したことがない。当事者の女性は皆そういう。

通常の女性なら、こんな酷い別れ方をしたら復縁は望まないはず。
だが、女性とは不思議な生き物。
それでも復縁を望む女性がいる。

そこで、正しい見識が必要となる。
復縁「する、しない」は、見識のある物の見方によって正しい判断を下すこと。

では、見識にかかろう。
まず、彼の人間性を分析する。
これはあなたとじっくり話し合いながら分析していこう。
彼の性格、彼の生い立ち、彼の人間関係、彼の仕事の内容や状況、彼の体力、彼の精神的な強弱、たっぷり分析して、彼の人間性を丸裸にしよう。

彼の分析が一段落したら、今度はあなたの分析。
あなたの性格、あなたの生い立ち、あなたの人間関係、あなたの仕事の内容や状況、あなたの精神的な強弱、たっぷり分析して、あなたの人間性を丸裸にしよう。

彼とあなたの人間性が出たら。
二人の相性が一致するか分析する。

一致すれば、復縁を望めばいい。
一致しなければ、復縁はあきらめればいい。

●一致しない理由として、「彼と復縁しても幸せにはなれない」という結論に達したとき。その結論に達すれば、あなたは晴れて、前へ進むことができる。

●一致する理由として、「彼と復縁したら幸せになれる」という結論に達したとき。その結論に達すれば、あなたは晴れて、彼との復縁を望むことができる。

復縁「する、しない」は、見識のある物の見方によって正しい判断を下すこと。
あなたが、見識のある物の見方によって正しい判断を下した結果が復縁だったとすれば、壮絶な別れと同じように壮絶な戦いとなるだろう。それを望むのなら私はいくらでもお手伝いをする。

では、どうやって復縁に望めばいいのか?
次回に続く。




女性は男性と違って、すぐに愛を終わらせることができない。
終わっても、後からモヤモヤが出てくる。
愛を始末できない女性は悩む。
復縁するべきか、しないべきか、と悩む。

別れたということは意味のあること。
無意味なものはこの世に存在しない。
この辛い経験をいい経験に、
また、いい意味に変えるためには、
見識のある正しい判断が必要である。

見識のある正しい判断。
たぶん、それが出来ないからこちらに来ていると思う。
私の鑑定を受け、正しい判断を下すために。

私は見識のある正しい判断を下すのを得意とする。
ダテに15年もその仕事をしているわけではない。
復縁「する、しない」の判断は得意分野とする。

だが、難しい。
性格や能力は個人個人違うからだ。
違う能力、違う性格に合わせて、一人一人対応していくしかない。
そこのところが難しい。

復縁「する、しない」の判断は得意分野とする。
でもそれは、私が決めるのではない。
決めるのはあなた。
私は状況を詳しく聞いて、見識のある分析と、見識のある判断に終始するのみである。

決めるのはあなただが、それを突き放すつもりは毛頭ない。
あなたが見識のある正しい判断を下すために勇気を与える。
さらに、手相を観て、目標を与える、あなたの未来に。
あなたのやる気を促すのが私の仕事、だから話は真剣に聞く。

次回、見識のある正しい判断、事例1を記述します。



ここのところ、彼と2週間前に別れた、1ヶ月前に別れたという相談が多い。そこで、別れた彼と復縁を望むべきか、復縁は望まないで前に進むべきか、自分では判断ができず、私にアドバイスを求めてくる。

別れにはいろいろな別れ方がある。
予兆なしの突然の別れ。
性格の不一致、価値観や気持ちのすれ違いによる別れ。
浮気などの不貞行為による別れ。
転職などで相手の仕事環境が大きく変化したことによる別れ。
疑い・嫉妬・不満・不誠実・不正義・などの不信感で信頼関係が壊れた別れ。
別れにはいろいろなわけ(理由)がある。
どれも納得できない。
別れを納得するなんて、人間にはできない。
人間は愛なしでは生きていけないからだ。

今の別れはラインが多い。
ラインで突然別れを告げている。
とくに昨今の男性はそれが多い。ラインで別れを告げる人が。私のところでも100人中90人が、別れの際、会って話し合いをせず、ラインで別れを告げている。文明の利器は思わぬところで大切なものを簡素化している。本来なら相手とじっくり話し合って別れを告げるべきなのに、勇気がないのか、恐いのか、面倒くさいのか、自分が傷つきたくないのか、ラインで別れを告げている。一番大切なものを一番卑怯なやり方で簡素化している。文明の利器とは恐ろしい、使い方を間違えると悪魔の機器となる。それを平気で昨今の若者は使用している。

ラインで別れを告げる方はまだましかもしれない。少なくとも別れたいことを意思表示しているからだ。一番始末が悪いのは何も言わない人。黙って、音信不通にして連絡を遮断している人。これが一番始末に悪い。先ほど100人中90人がラインで別れを告げると述べたが、そのうち半分は黙って、音信不通にして連絡を遮断している。彼女の必死の努力により、やっと連絡がついて、ラインで「別れよう」である。ラインで意思表示するのはまだいい方、半分はグレーにして無視して、彼女の賢明な努力によって、やっとラインで別れを告げるのである。

巷ではそんな不誠実なことは起きていないと思う。
おそらく、私のところだけ起きているのだろう。
なにせここは、迷える子羊たちが集まる場所だからだ。

さてと・・・。
これからどうするべきか。

理由はどうあれ、別れてしまった。
愛する人がいなくなった。
悲しみに明け暮れ、一時期はあきらめようとした。
だが、あきらめ切れない、モヤモヤが残る。

女性は男性と違って、すぐに愛を終わらせることができない。
終わっても、後からふつふつとモヤモヤが出てくる。
愛を始末できない女性は悩む。
復縁するべきか、しないべきか、と悩む。

続く。


多くの人は自分を強い面から評価しないで弱い面から評価している。昨今の恋愛事情を聞いていると、何でこんなに弱くなった?というお話ばかり。根性のない無責任なお話ばかり。逃げる男の話ばかり聞いていると、私自身もついつい暗くなってしまう。がっかりだ、世も末だ。こんな話ばかり聞いては、私のエネルギーはどんどん吸い取られ、私自身がネガティブになってしまう。これじゃいかん。もう一度パワー(力)をつけなければならない。

そこで考えた。
鑑定請負人の私が力をつけることで、皆さんを幸福へと導けるのではないかと考えた。
昨今のふぬけな恋愛事情を強いものにする。
力の源を鑑定に訪れた人々に与える。
そのために、どんな思考がいいのか?どんな積極精神がいいのか?
いろいろ考えた。
その考えをこらからブログ述べていきたい。

鑑定に訪れた方には、個人個人の状況に応じて、個人個人の性格に応じて、今現在最良と思われるパワーを与えたい。それを日々、精進とする。中身、物事の考えは、個人個人状況が違う。ブログとは違った真剣勝負の場として、最良の方法を伝授したいと考えている。私はすべてあなたの味方だ。あなたが幸福になることを願い、導く。

さて、ブログに戻ろう。
多くの人は自分を強い面から評価しないで弱い面から評価している。
忘れているね、人間は強いというものを。
我々には強い生命力が与えられている。
病や不幸に打ち克つ潜在力が与えられている。
これを我々は忘れている。

病や不幸に打ち克つには、
進化、向上心に目覚めることだ。
人は進化・向上心に貢献しているとき、大いなる力がどんどん沸き上がってくるようになっている。進化・向上心に目覚めるには目標を持つことだ。どんな小さな目標でもいい、目標を持つことだ。人は夢に向かっているときが一番力を発揮する。夢に向かっている最中は苦しいが、その代わり不安がなくなる。この不安が病気の巣であり、不幸の巣である。不安がなくなれば、人は強くなる。また夢に向かっている努力が精神力を鍛え、体力も鍛えることになる。夢に向かっている自分の身体は不安がなくなる分だけ健康になったと思えるようになる。その領域に達すれば、人はますます強くなる。



多くの人間は自分を低く見積もっている。将来の不安から自分を低く見積もるのは仕方ないと思うが、不安だからこそ自分を高く見積もろう。高く見積もれば、不可能なことにチャレンジする精神が生まれ、反対に低く見積もれば、取り越し苦労の世界に埋没してしまう。

弱気な人はいつも取り越し苦労の世界にいる。
まだ来ぬ未来を悪い方へ低い方へと見積もっている。収入面においても、恋愛面においても、生活面においても、悪い方へ低い方へと見積もっている。自分を低く見積もる取り越し苦労の世界にいたら、いつまで経っても浮かばれない。人の一生は良いことばかりではない。良いときもあれば悪いときもある。右肩上がりで好調をキープするときもあるが、栄枯衰退のごとく右肩下がりで不調になるときもある。人の一生は艱難辛苦、山あり谷ありである。好景気が不景気になったとき、人の心は取り越し苦労の病に取り憑かれる。一度その病にかかったら、人間は自分の人生を低く低く見積もる。最低限の生活を維持しながら、惨めな生き方を選択するようになる。

具体例でいえば、
何らかの理由があって、会社を辞めたとき。
今まで月30万円の給料を貰っていた。
次の仕事ではそんなに給料は貰えないと判断する。
せいぜい6割の18万円、いや半分の15万円かな?と自分を低く評価する。
そうなれば今までの生活ができない。節約して無駄な金は使わないようにして、最低限の生活が余儀なくされることを考えなくてはいかない。転機・不況・挫折等によって、人は自分を低く見積もる傾向がある。

恋愛においても同じ。
好きな人と先月別れた。
今までの幸せが嘘のようになくなり、悲しみの連続で、不幸になった。
もう私は人を愛せない。
今後二度と好きになる人が現れない。
私は一生結婚できないかもしれない。
失恋した女性は低い方へ低い方へ自分を見積もる。

これらの全てが将来の不安。
取り越し苦労から来ている。

そこでだ。
こんな状態、誰しも嫌だと思う。
嫌だったら、
取り越し苦労を厳禁にしなさい。
未来の苦労を考えることを禁止にするのです。

そして、
自分を高く見積ることです。

私は前の会社より給料を倍にする。
私は前の彼氏より素敵な人を見つける。
自分の見積もりを、高く高く評価することです。
今それが達成されなくても、
志が人間を作るのは間違いありません。

低く見積もれば低い人間になり、高く見積もれば高い人間になる。
人の運命は自分の考えた通りになる。
それを信じて、自分の見積もりを高く設定してください。



積極的になろうと思っても、人の心にはムラがある。
今日は前向きでも、明日は後ろ向きになり、今日の午前は調子よくても、午後になれば調子が悪くなる。人の精神状態は日々刻々と変化する。未来への希望と押し寄せる不安が交互に来て、人の心は常に変化してムラが起きる。

ムラのある日は、こう心がけよう。
積極精神は日常の哲学、「日常道」だと強く念じること。
分刻みでも、時間刻みでも、一日刻みでも、積極精神は日常の道。ムラが起きた場合は、道から外れず、すぐに積極的な精神に軌道修正すること、そうすればムラがなくなる。

積極精神を保つためには、否定語を避けること。
「私は信念が強くなりたい」。
そう~なりたいは否定語。
それより、「私は信念が強い」と断定した方がいい。
未来において信念が強くなろうとしても、その未来は来ない。
そうでなく、「今、信念を持っている」と断定すること。

神社へお参りに行っても、
「今年こそ結婚できますように」ではなく、
「今年こそ結婚する」と断定した方がいい。
神頼み、人頼みの言葉は、神と他人任せの否定語。自分というものがない。
積極的人間になりたければ、自分の責任の命において断定する、こうすることで信念は強くなり、自分というものができる。

断定語ばかりでは生意気ではないか、謙虚さが足りないのではないか、という心配はご無用。その言葉は他人に発するものではない。その言葉は自分自身に発するもの。自分の信念を強くするため、自分に命令を下す言葉である。積極的人間になりたければ、自分に遠慮はいらないし、自分を甘えかす必要もない。自分を鼓舞し、自分に勇気を与えるため、自分に発する言葉が断定語である。

積極精神は日常道。
これを肝に銘じれば、ムラは起きない。またムラが起きても、すぐに軌道修正ができる。




至高体験をした人の心の中を覗きたいと思います。
何かいい文献はないかと、いろいろ模索した結果、ありました。私が尊敬して敬愛する中村天風先生の本です。中村天風「自分に奇跡を起こせ」池田光著書に詳しく書いてありました。以下引用させていただきます。

至高体験(ピーク・エクスペリエンス)
1, 宇宙全体が統一された全体として知覚される。
2, 恐るべき精神集中が見られる。
3, 人間の意図を「自然」に投影することをやめる。
4, 人生は大いなる価値あり、生きるのに値すると判断する。
5, 宇宙には目的があるということがはっきりとしてくる。
6, 普遍性と永遠性を経験する。
7, その人の真の自我へと進み、よりいっそう真の仲間となる。
8, 自分が責任感に満ち、活動的であり、より多くの「自由意志」を備えていると感じる。
至高体験は魂を揺さぶる体験である。
以上、中村天風「自分に奇跡を起こせ」より、引用。

ここ数日の私のブログは、
3の、人間の意図を「自然」に投影することをやめる。
これを中心に書いていた気がします。

投影とは、自己のとある衝動で他人を否定すること。恋愛であれば、相手に放置され、相手に愛されていない気持ちを認めたくないときに、自分自身を守るため、他の人にその悪い面を押しつけてしまう心の動きのことをいう。この状態の投影はネガティブな妄想からきている。恋する女性はネガティブになりやすい。そして悪いこと悪いことを想像する。悪い方に好きな相手を投影する、この状態では好きな相手とは結ばれません。心を積極的に、至高体験を体験することです。そうすれば、彼が何をやっていようが、意に介さなくなります。至高体験のエネルギーが大きくなれば、さらに発展して、彼がやっている行動は、「すべて私たちの将来のため」と感じられるようになるでしょう。

ネガティブからポジティブに変わる瞬間。
不運から幸運に変わる瞬間。
過去から未来に変わる瞬間。
あなたも、その至高体験をしてください。
器が大きくなりますよ。



マズローの欲求5段階説
1, 生理的欲求
2, 安全欲求
3, 社会的欲求
4, 承認の欲求
5, 自己実現の欲求
マズローの欲求5段階説は有名ですが、マズローを知っている方であっても、至高体験について理解している人は少数に過ぎません。しかし、至高体験こそ、マズローによる最大の発見だと私は捉えています。欲求階層説と自己実現に比べればほとんど知られていないものの、至高体験とはマズローの考えの根幹となる重要な概念です。簡単に言ってしまえば、「心の底から生きていて良かった!」と感じる瞬間のことです。この至高体験があるからこそ、人生を生きる意味があります。一般的な人々でも、生活を送っていく中で、実際には至高体験しているのです。ただし、至高体験している事実には、必ずしも自分では気づいていません。マズロー自身も至高体験を簡単に感じられる方法を研究していましたが、その最中に亡くなってしまいました。したがって、マズロー研究会では、一般的な人々にも至高体験を頻繁に感じられる方法の開発を研究課題の一つにしています。
以下マズローの至高体験 Kindle版 渡辺博文 (著) の引用より。

私はこの本を読んだことがありませんが、至高体験を私なりにまとめるとこうなります。

至高体験とは、魂を揺さぶる体験のことをいう。
どんな体験かというと、
積極的になる訓練を真剣に取り組んできた人間が、あるとき目覚める体験のことをいう。それはひとつの悟りみたいなもの。大きな挫折、大きな失敗、大きな悲しみと苦痛、このままでは生きていけないという艱難辛苦を味わった人間が、このままではダメだ!これを打破するには積極的に生きるしかないと決めて、真剣に積極的になる訓練を積んだ結果、あるとき悟りを得るように目覚める体験が至高体験である。その体験は、ネガティブからポジティブに変わる瞬間である。不運から幸運に変わる瞬間である。過去を許し未来を受け入れる瞬間である。この体験を得た者は、「心の底から生きていて良かった!」と感じる瞬間である。


具体的にどんな体験か?というと、
私の体験を述べたいと思います。

大きな挫折の後、私は心を積極的にする訓練を毎日毎日繰り返していました。半年ほど経って、私はあるとき目覚めたのです。

目覚めた瞬間を具体的に説明すると、
日常の風景が変わりました。

普段見慣れていた、日常の風景が信じられないほど鮮やかに輝いているのが見えました。草木は青々と輝き、降り注ぐ太陽は大地にエネルギーを与えている。どこの田舎にもあるような寂れた町並みが美しい構造物に見え、駅に向かう通勤通学の人々が活動的に見えた。なにもかもキラキラと躍動している。この世のすべては一つとして無意なものはないと感じるようになった。

これが私の至高体験。
日常の風景が変わった。
何もかもキラキラと躍動している。
この世のすべては一つとして無意なものはない。


ネガティブからポジティブに変わる瞬間。
不運から幸運に変わる瞬間。
過去から未来に変わる瞬間。


至高体験、あなたも体験してみませんか。
誰でも体験できます。心が積極的になれば。



恋人も他人。
夫婦も他人。
友達も他人。

恋人としての愛情、夫婦としての愛情、友人としての友情、それぞれの感情はあるが、自分以外の人は他人である。他人とうまくいくには、相手を信頼する気持ちと相手を尊敬する気持ちが必要となる。反対に相手を疑い、相手を軽蔑すれば、関係は悪化し、やがて決別することになる。

この簡単な基本が出来ていない。
とくに恋愛関係にある二人には出来ていない。
相手を疑い、相手を軽蔑して、長所より欠点を見ている。
これでよく付き合えたね、といわんばかりに。

長所より欠点を見ている恋愛はやがて消滅する。
つまり、別れる。

ふさわしくない人とはそのまま別れればいい。
一時期は悲しいが、やがて次の人が現れる。

でも、ふさわしい人との別れはもったいない。
基本に戻って別れを阻止しよう。
彼を信頼し彼を尊敬して。
多少の欠点はあっても、
多少の疑いがあっても、
信頼と尊敬がそれを上回ればいい。

人は人。
自分は自分。
人とうまくいくためには、基本を取り戻すこと。
信頼と尊敬。
たったこれだけで、人とはうまくいく。




何も知らない方が幸せになれる。
反対に知りすぎたら不幸になる。
その意味は、好きな人のことをあまり気にかけ過ぎると、愛がおかしな方向にいって破局してしまうよ、という意味です。
愛は信頼関係です。信頼関係が構築するまで、良い関係を継続しなくてはいけません。
とくに若いときの恋愛は、まだまだ信頼関係が構築されていません。相手に対して自信がなかったり、不安だったり、気持ちを確かめたくて疑ってばかりです。若いね、というのが君たちの恋愛です。若いからミスを犯す。いいかげんなことをする。イライラさせる。特に若い男性は、若さのあまり、思いやりも信用もできないような不誠実な行動を取ります。彼女と接触していない時の彼(男性)は、男の基本である自由を求めて好き勝手な行動をするものです。男の自由は好き勝手な行動、若い時はそれを改める自制心が働きません。つまり女性のあなた方より子供なのです。女性の多くは、好きな人ができると誠実になります。男性みたいに不誠実な行動をあまり取りません。誠実にその男性のみを愛していきます。その点、女性の方が大人です。
大人であるあなたが子供じみた行動にいちいち傷つくことはありません。恋愛の初期(半年ほど)恋愛の中期(2年ほど)は、手のひらで泳がすくらいの余裕を作る方がいいでしょう。

男性の子供じみた行動に、一緒になっておかしくなってはいけません。自由を求めて自制心が働かない男性の行動に目くじらを立てたらあなた自身がまいってしまいます。

恋愛とは信頼関係です。
信頼関係は時の長さで作られます。
最初は自制心の効かない悪ガキ(失礼)だった。嘘つきで悪いことばかりしていた。だが、1年、2年と経過して、やっと彼のことを信用できるようになった。時代とともに成長した。これが恋愛の醍醐味ではないでしょうか。今現在の彼の子供の行動に目くじらを立てるより、いい意味での時の長さを作ること。これが必要だと思います。