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どうも私は日曜日になるとだらけててしまう。
子供の頃から日曜日は休みだった。
いい大人になった今もその習慣が今も続いている、日曜日は仕事をしてはいけないという習わしが。
だから、日曜日は込み入った記事を書く気がしない。戦場の平日と違い日曜日は平和にノンビリしたい。

気を張らず平和にいこう。
いろいろな出来事や、解決していない悩みはいろいろある。
ほとんどがどうでもいい悩みだけど、生きている本人からすれば重くのしかかるものばかり。
せめて週に1度くらいは、平和に暮らしていこう。悩んでばかりでは幸せになれないよ。

幸せとはなにか?
私は気分だと思う。
仕事のない日曜の朝の気分のようなもの。
非日常の気分が一番幸せ。
でも、幸せは長く続かない。
幸せは一瞬で終わり、またいつもの長い戦いが始まる。

長い戦いを乗り切るには長い戦いの中に喜びを見つけなければならない。
戦いの中に喜びを見つける?
私はこう考えた。
苦労を喜びとしよう。
忍耐を喜びとしよう。
悲観を喜びとしよう。
挫折を喜びとしよう。
人間が持っている艱難辛苦、すべてを喜びとしよう。
そう考えれば、長い戦いが喜びにあふれる。
これが生きている証拠だと。

不幸は、
苦労が嫌だ。
忍耐が嫌だ。
悲観が嫌だ。
挫折が嫌だ。
人間が持っている艱難辛苦がぜんぶ嫌だという。

可愛そうな人。
だから、そこには喜びがないのです。
そして幸せにもなれない。

一番後悔する人間は、リスクを負わなかった人。
嫌なことを逃げてばかりで何もしなかった人です。
やろうと思っても、遠巻きに見て何もやらなかった人です。

やってみなはれ。
やってみれば難しいことは何もない。
やらないから難しくなる。
やらないから、かえって自分を混乱に陥れる。
やらない人は選択が多すぎる。
選択とはまたの名を苦痛という。
やっている人は選択が一つなので苦痛がない。
ただ前向きに一つのことをひたむきに努力している。
苦痛の選択から逃れて一つのことに集中している。
だから、そこに喜びがある。

苦労という喜び。忍耐という喜び。悲観という喜び。挫折という喜び。やっている最中がすべての艱難辛苦が喜びとなる。なぜそうなるのか?リスクを負って目的に向かっているからだ。

ああ~。
また込み入った記事を書いてしまった。
せっかくの日曜日なのに。





賢明に努力していると、たまに虚脱感に襲われる。
無気力になって、何もやる気がなくなる。
私の場合は、月に1度くらいの割合でその症状が現れる。

今の私は、その何にもやる気が起きない症状を楽しんでいる。
また虚脱感か?今まで頑張ってきたから、ときどき無気力に襲われるのも仕方がない。
心がメンテナンスが必要だよとシグナルを送っている。
そういうときは、休むことにしている。


今朝記事を書こうと思った。
また重厚なあの記事を。
朝6時に起きて書こうとした。
あれ?いつもと違う。
なにかやる気が起きない。
パソコンのキータッチが進まない。
記事が書けない・・・。

やめたやめた。
今日は記事を書くのやめた。

そういうときは、ボーッとする。
2時間ボーッとしたら、また記事が書きたくなった。
習慣とは恐ろしいものだ。
9時近くになって、なんか記事を書こうとパソコンに向かう。
これが今回の記事、虚脱感と無気力感。
何でこんな記事を書いたか?
沖川の人間らしい部分を披露したかったから。




沖川は(10/30~11/2)までお休を取らせて頂きます。

その間ブログの投稿はできませんのでご了承ください。

予約の受付は10/31、11/1と中止させて頂きます。
予約は11/2より受付けます。詳しいことはブログでご案内します。







ずっと雨が降り続いています。
今年は雨が多かった気がします。

今日は台風の日曜日、注意が必要です。
川越占い館へお越しの方はくれぐれも気をつけてお越しください。
関東地方の台風の直撃は明日(10/23)らしいのですが、本日も大雨が予想されます、足下に気をつけてお越しください。



今年の夏は雨が多い。
関東は来る日も来る日も雨。
昨夜のゲリラ豪雨は凄かった、帰りはびしょびしょ。
今朝も曇っている、また雨が降るのだろう。
恵みの雨は嫌いでないけど、スカッと晴れた日差しが恋しい。

日曜の朝。
日曜日はなんか記事を書く気が起きない。
日曜日=休みという習慣が染みついているから。
日曜ぼけの自分が好きである。
たまに、人生はゆっくりでぼんやりでいい。


せっかちと根気、根気とスピード、両方の性格を取り入れる

「今日やるべきことを明日に回さない」というのを心がけているが、なかなかそうはいかない日もある。自分に時間がないときもあれば、相手とタイミングが合わないときもある。そのときは今日やろうと思ったことができない。今日できなければ明日、明日に回せる気持ちの切り替えも必要。明日に回せる考えと勇気、目的を達成するためには、根気よく続けることが必要となる。

せっかちな人は明日に回せない。今、答えが欲しいとなる。私もそう、問題が発生したらせっかちに今日中に答えが欲しいとなる。明日に答えはいらない、今日、たった今、答えが欲しい。それで失敗することもあるが、私の経験では、概ねそれでうまくいっている。問題が発生したら今日中に解決する。なるべく短期間で解決する、長く問題を引きずらない。そのやり方の方が私に合っている。せっかちというよりスピードのある解決策、人間にはそれも必要である。だって次から次へと未来の計画、やるべきことがたくさあるのに、ひとつの問題で長くそこに停滞するわけにはいかない。


いろんなことに根気よく長くやってきたが、日常は今答えが欲しいというせっかちで動いていることが多い。根気とせっかちは相反するが、私は両方取り入れている。今日はせっかちの日もあれば、明日はノンビリする日もある。せっかちとノンビリ、どちらで過ごしても対局はぶれない。対局は「我が人生、まあまあだった」とするのが人生の目標だから。



ある本で、99歳のユダヤの大富豪が言った言葉「お金は興味より懸念」懸念の意味は、「気にかかって不安に思うこと」「 安全性に懸念を抱く」「先行きを懸念する」ということらしい。そして、お金は「人生の保険」とも言っている。なるほど、だからこの人は99歳になった今でも現役で働いているのか。お金を稼ぐことは保険だから、保険という安心を手に入れるために働く。たとえ、一生遊んで暮らせる貯金があっても、銀行口座が目減りするような暮らしはしたくない。

お金は興味より懸念。
そしてお金は人生の保険。
考えさせられる内容だ。

もし、一生遊んで暮らせるお金があったら、仕事はさっさと引退して遊んで暮らしたい、と思うのが一般的な人の考えだと思う。社会に出て40年以上働いて定年退職を迎えたら、「ご苦労様、仕事はもういいよ」となりたい。自分もそう思うし、ほとんどの人がそう思っているのではないだろうか。毎日が日曜日、毎日が自由で好きなことをやって暮らすことができれば、人生は最高だ。お金と健康さえあれば、後半の人生は豊かな暮らしになる。そんな暮らしをしたくて、みな一生懸命働いているのではないだろうか。

ところがその老人は言う。
この考えはとても愚かだと。
収入がなくなれば、人はお金に興味を持ちお金に支配されるようになる。お金に支配されるようになれば、毎月減る銀行口座に不安を覚え、詐欺まがいの不動産投資や株式投資にひっかかり、大損害を被るか、全財産を失う危険性がある。こうして財産を失った人は世の中にたくさんいる。お金に興味を持ってはいけない、お金は人生の保険だ。保険はいざというときに使うもので、生活のために使うものではない。日常の生活は働いて得る収入でまかなうべきだ。だから私は99歳になった今でも働いている。

お金は興味より懸念か。
そしてお金は人生の保険。
うむ…。
困ったものだ。
この本を読んで。
そろそろ引退を考えていたのに、困ったものだ。
老後はのんびり暮らそうと思っていたのに。
もっとも愚かなことは、銀行口座が目減りする暮らし。
うむ、考えさせられる。
考えさせられるが、いい本だ。
さすが、99歳の人生の大先輩だ。

この本を読んで、銀行口座が減る暮らしは避けたいと思うようになった。
そのために体が元気なうちは働こうと思う。


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バラの季節。
癒しの写真を皆さんにプレゼント。
緊張を緩和し、ストレスを解消し、心と体をリラックスさせ、肯定的な感情になるよう気持ちをリフレッシュさせてください。

大丈夫なんとかなる。
なんとかなるためには、
問題思考より、解決思考に頭を切り替えること。

過去の問題は誰しもある。
だが、過去は取り戻すことはできない。
取り戻せない過去になぜいつまでもいる?
あのときあーすればよかった。あのときこんな態度を取らなければよかった。あんなメールやラインをしなければよかった・・・と、いつまでも過去の汚名返上の世界にいる?
これを「問題思考」という。

なんとかするには、
問題思考より、解決思考に頭を切り替えること。

解決思考に頭を切り替えるのは正直大変です。
とてもパワーのいる作業だからです。
今まで使ったことのない頭の筋肉を使わなければいけません。
斬新な発想と、どんなことにも動じない精神力も鍛えなければいけません。
解決策は、そんじょそこらの知識では生まれてきません。
それこそ神がかった知識と発想が必要になります。
神がかった知識と発想に持っていくためには、ネガティブは邪魔になります。
聞き分けのない愛や、聞き分けのない好きという気持ちも邪魔になります。
それらの愛情はとてもネガティブでわがままだからです。

解決思考はとてもパワーのいる作業です。
問題思考のネガティブ思考では、問題は解決できません。

なのに、皆さんはネガティブな問題思考の中にいます。
過去のトラブルや過去の辛かったこと、なぜ?こうなったのか…その分析だけに99%の時間を費やしています。いかに自分が苦しんだのか、いかに自分が悲しんだのか、同情をひくように結論のでない問題にだらだらと時間を使っています。女って結論を先に言わず、だらだらと過去の話ばかりする。話を聞いてほしくて過去の話をする、自分というものを理解してほしくて過去の話をする、どれだけ大変なことがあったのか?その詳細を教えたくて過去の話をする、過去の話をしてすっきりするかもしれませんが、それでは何も解決しません。ただ、過去の問題思考にいるだけで、不幸の連鎖がまだまだ続くだけです。

これからは問題思考の中にいてはなりません。
これからは、解決思考にいることです。

今日から、たった今から、問題思考から解決思考に頭を切り替えてください。
99%の解決思考に思考を変えてください。
今日から、たった今から、解決思考で物事を考える。この道を歩むことで、あなたの望みは数ヵ月後に達成します。

達成するヒントは、解決思考に向かっているときは、一切のネガティブな思考は入れないことです。

解決思考はとてもパワーのいる作業です。
そのパワーを養うための第一歩ととして、上の写真でも見ながら、心を癒してください。
心を癒し、感情を肯定することです。



只今休暇中。
自分ご褒美の一週間。
自分ご褒美は、外に出かけるより、内なる生活の質素な暮らしに重きを置いている。

自宅の窓を開け、5月の爽やかな風を取り入れる。5月のゆるやかにひんやりと入ってくる風はホントに気持ちがいい。これこそ究極の幸せ。生きている喜びを感じる。

どの王様より、どのスーパーリッチより、ここにいる私の方が幸せだ。

豪華な海外旅行、豪華な国内旅行、豪華なホテル、豪華な絶景の景色より、住みなれた我が家の景色の方がいい。都会でもなく、騒がしい繁華街でもない郊外の景色。ちょっと不便だが、私はこの場所が好きだ。

夜はぐっすり眠れ、疲れた体を癒すにはここが一番。
ここで内なる存在を確認し、自分の次のステージを確認する。

外に出かけるのもいいが、たまには自宅でのんびり暮らすのもいい。
内なる存在を確認し英気を養う。
それが次なる飛躍へと繋がる。

次なる飛躍は豪勢でなくていい。
自分なりのペースで、じっくりと幸せを噛みしめればいい。



沖川は明日から一週間の休みを取らせて頂きます。一週間リフレッシュして英気を養う命の洗濯も人生には必要だからです。できれば、欧米並みに1か月以上のバカンス休暇を取りたい。なるほど…うん、これはいい。いずれ、長期休暇も視野にいれた人生計画を立てようかなと考えています。「私はすでに一生分の仕事は働いた」と自負しているからです。日本人の年間労働時間を平均1800時間だとすれば、40年勤めて72000時間となります。私は年平均4500時間働いてきたので、45年で202500時間となります。日本人の生涯平均労働時間の2,8倍、つまり人生3回分働いたことになります。これは自慢でも何でもありません。自分はどのくらい働いてきたのだろう???ちょっと興味がありまして…軽く計算してみただけです。計算すると、え!こんなに働いてきたの?自分でびっくりしているくらいです。もちろん私以上に働いている人は世の中にたくさんいます。比較にはならないと思います。

私がいいたいのは、数字とは面白いということです。計算すればするほど人生が拓ける。そうか、自分は人の2,8倍働いてきたのか?なかなかいい根性しているなこいつは、と自分を褒める材料になる。人の2,8倍働いて、これだけ働いてきたから、もういいかなという気分にならない。計算すればするほど、逆にまだまだ働くぞという気分になる。なぜそこまで働くか?それは健康にいいからだ。仕事は生きるための動力、だから心と体の健康に良い。働いているときは、心も体も活性化する。仕事を辞めて、暇になれば、逆に不健康になる。なぜ不健康になるのか?それは生きる動力(気力)を失ってしまうからだ。少なくても私はそう思っている。健康にいいことをしなくなったら人間は不健康になると。仕事中はときどきストレスに遭遇するが、ストレスも良薬、毒は毒をもって制すれば強くなる。嫌な奴や天敵は、どの仕事にもある、これを苦と感じるか、これを強くなるための試練と感じるか、はたまた私みたいに面白いと感じるか、感じ方によって人生は変わってくる。できれば、早く面白いと感じる人間になってほしい。それもこれも生きるための動力だと思えば、人間関係は毒でも面白くなる。そのために数字の計算すること。数字は面白い。よくここまで自分はやったと思うこともあれば、まだまだ足りないと思うこともある。計算して人生を拓く。数字を味方にすれば豊かになる。自分の人生はすべて計算通りにいっているねと面白くなる。サプライズやハプニングも面白いが、数字というロマンには勝てない。数字こそ夢を拓くロマンである。

というわけで、沖川は明日から一週間お休みを取らせて頂きます。
その間のブログは?
気が向いたら投稿します(エヘ)
投稿のない日は過去のブログでお楽しみください。