何不自由なく暮らす人生より、必要に迫られて一生懸命働く人生の方が幸せである。

何不自由なく暮らす人生。
自分も若い頃はそれを望んでいた。資産家の息子はいいなとか、才能のある人はいいなとか、コネがある人はいいなとか、幸運に恵まれた人はいいなとか、しまいには宝くじが当たった人はいいなとか思っていた。人は不自由なく暮らす生活に憧れるものだ。自分もそうだし皆さんもそうだと思う。だって余るほどの金があれば、働かなくていいのだから、これに勝る贅沢はない。人は働くのは苦痛だからだ。

もう働かなくていい、なんという素敵な響きだ。一日をフルタイムで自分の好きなことができる、なんという贅沢な生活だ、1年の半分は海外に旅行する、なんというゴージャスな生活だ。世界を旅して、世界を冒険して、世界の文化を堪能して、なんというセレブな生き方だ。日本にいれば北は北海道から南は沖縄までの49都道府県を各一週間ずつかけてゆっくり廻る、なんという思い出深い1年だ。先の不安は何ひとつなく朝から晩まで遊んで暮らせる人生、これは誰しも憧れる。

自分も若いときはこういった生活に憧れていた。だが、贅沢な生活をする資質が自分にないと気づいた。何不自由なく暮らす人生より、必要に迫られて一生懸命働く質素な生活が自分には合っている。今まで生きてきて順調ではなかった。日々困難に道をふさがれ、問題が山積みの人生だった。働けど働けど我が人生楽にならない。サラリーマンのほとんどがそういう人生を送っているし、自分もそういう人生を送っている。

だが最近はそれでいいのだ、と思うようになった。
「順調な人生は人間をダメにする。何不自由なく暮らす人生より、必要に迫られて一生懸命働く人生の方が幸せである」と思うようになった。人は必要に迫られて行動する、のんびりしていられない。人は必要に迫られて行動する、安楽な生活が人間をダメにする。人は必要に迫られて働く、働くから健康で幸せになれる。何不自由なく暮らせば、おそらく病気になり、夢もなくなり、生きる希望も失って不幸になるだろう。人間はどの人も必要に迫られて働くようにプログラムされている。必要に迫られて働くか、逆にそれはいい響きだ。そして、幸せの響きだ。必要に迫られて働く、なんてゴージャスな生き方だ。必要に迫られて働く、なんという思いで深い一生だ。必要に迫られて働く、なんという喜びだ。ここに幸せがあるのに、これを見逃して、セレブな生き方に憧れる自分がバカだった。順調な人生は人間をダメにする。何不自由なく暮らす人生より、必要に迫られて一生懸命働く人生の方が幸せである。


時は金なりというが、時は金以上である。
失った時間は戻って来ない。だから時間を大切にしてください。

待ち合わせの時刻に遅刻する人がいる。遅刻した本人はほんの30分、1時間遅れただけでどうってことないと思うかもしれないが、それは遅刻した本人の思い込みで、待たされた方は人生を浪費したことになる。待たされるという価値のない時間を浪費するのは人生の無駄にしか過ぎない。

昔、会社の会議で、いつも会議の時間に遅刻する社員がいた。その社員は遅刻の常習犯で毎回遅刻してくる。やれ車が渋滞したとか、お客さんとの打ち合わせが長引いたとか、途中でお腹を壊してトイレに行ったとか、いろいろ言い訳してくる。毎回遅刻する彼に上司は厳しく言った。「君はたった15分遅刻したと思っているかもしれないが、君のせいでここにいる10人の人生の時間を無駄にした。15分×10人分のお金を払え。払えなければ君は二度と会議に参加するな。ビジネスの世界では、時は金なり、いや金以上だ」とこの上司は言った。傍らで聞いていた私は、その通りだと思った。この社員はどうなったかって?辞めたよ、会議のメンバーから外され、まもなく辞職した。

時間のルーズな人について、
自助論、S・スマイルの著にこう記載されている。
遅刻する人間は自分の時間だけでなく相手の時間も尊重していないことになる。時間が厳格かルーズかによって、尊敬に値する人間かどうかがわかる。約束を守れない人間は相手の時間を不当に浪費する誠意のない背信行為だ。時間に無頓着な人はビジネスにも無頓着であり、恋愛にも無頓着であり、結婚生活も無頓着で、人生そのものが無頓着だ。時間を無視し、その使い方をまったく考えていない人間は、他人の平和で静かな生活までかき乱す。朝の1時間を無駄に過ごす人は今日一日を無駄に過ごすことになる。時間に遅れる人は成功にも乗り遅れる。よって時間にルーズな人は幸せになれない。

あなたの彼氏はどうですか?
時間を守り、約束を守ってくれますか?
あなたはどうですか?
時間を守り、約束を守っていますか?
もし彼が時間も約束も守らないのなら、この男性は見込みがないと判断していいでしょう。もしあなたがそうなら、あなたも見込みありません。時は金なり、いや金以上です。失ったお金は働けば戻ってきますが、失った時間は戻ってきません。時間を大切にしてください。



最悪のことを予想すれば最悪の結果になり、最良のことを予想すれば最良の結果となる。そう類いの言葉は誰しも聞いたことがあると思う。あるいは自分には関係ないと思うかもしれない。関係ないと思っている人は危機に遭遇していない平凡な暮らしをしているからだろう。日々淡々と過ごし、最悪な事態も最良の事態も起きない平和な暮らし。それが永遠続けば理想だ。

だが、人間はいつまでもぬるま湯の生活にいるわけにはいかない。
人は何かにチャレンジするように出来ている。たとえば、乙女は恋愛に走り、少年はスポーツに走る。少年も恋愛に走ることがあれば、乙女もスポーツに走ることがある。ぬるま湯の平和な暮らしに飽きた人々は恋愛やスポーツなどの何かにチャレンジして自分を高めようとする。何かにチャレンジすることによって、今までと違った前向きな自分を作ろうと努力する。最初の段階、一時期は前向きになれるかもしれないが、世の中はそう甘くない。恋愛は失恋し、スポーツは挫折して失敗する。少年少女、青年乙女の夢は失敗から始まる。そしてまたチャレンジして、また失敗を繰り返す。失敗を繰り返してチャレンジして人は成長するように出来ている。

少年少女や青年や乙女のときはいいが、大人になっての失敗はこたえる。大人になればチャレンジする力は衰えて守りに入る。もう若くない、それなりの経験は積んでいるので、無鉄砲なチャレンジは歳と共にだんだんしなくなる。そんな大人でも、人生の基本にチャレンジしなくてはならない。安定した生活と愛のある暮らし。仕事である程度の成功を納め、恋愛して結婚して子供いる温かい家庭を作りたい。大人の安定した愛のある生活。それを手に入れるために、またチャレンジしなくてはいけない。そしてそれを一生維持しなくてはならない。人間に与えられた責務。それを果たさす、大人のチャレンジが始まる。

そこで社会に出て、仕事をして恋愛する。
社会では成功する人と普通の人と失敗する人に分かれる。
成功する人、普通の人は、それなりに生きていけるので、ここでは述べない。
ここで述べるのは失敗する人だ。

失敗する人は考え方がネガティブ。それによって現実を作っている。何もわざわざネガティブな予想によって現実を作る必要ないのに、失敗する人はそれが習慣となって性格を作っている。その性格がやがて運を悪くする。あなたの運が悪いのはあなたの脳がネガティブな思考で未来を予想しているからだ。誰もが自分で作る現実でしか生きていけないのに、ネガティブだけの考えでは、それが現実となる。人間の脳は、予想することに基づいて現実をつくる。仕事の達成、意欲、意味、感謝、喜びを予想しながらポジティブに前向きになるから仕事は成功するのであって、反対に不平、不満、愚痴、無気力、無関心が中心となり、どうせうまくいかないなどとネガティブな予想では仕事は失敗に終わる。あなたのネガティブな予想が成功するのを拒んでいるからだ。

あなたの思考が何を予想するのか?
最悪な事態を予想するのか?
最良の事態を予想するのか?
失敗を予想するのか?
成功を予想するのか?
思考は予想することに基づいて現実をつくる。
もしあなたがネガティブな思考で満たされているのなら、思考を改めることであなたは成功する側の人間になれる。



人間は習慣によって出来ている。
習慣こそが、その人の人生を創る。
悪い習慣なら悪い人生を送り、良い習慣なら良い人生を送る。
たったそれだけのこと。

良い人生を送りたければ、正しい習慣を持つこと。
自分がこうなりたいという目標に向かった正しい習慣。
朝起きてから寝るまでの一日を、正しい習慣で身を包む。
たったそれだけであなたは良い人生を送れる。

でも、
たったそれだけのことが多くの人間に出来ていない。
頭では分かっているが、出来ていない。
こんな簡単なことが、子供から老人まで年齢関係なく出来ていない。
いつできるの?さあ???永遠にできない人が90%以上いるのは間違いないと思う。
では、90%の人は全員が全員悪い習慣の持ち主かというとそうではない。個人にたとえれば、良い習慣もあれば悪い習慣もある。問題はその比率である。良い習慣が6で、悪い習慣が4の人もいれば、逆に悪い習慣が8で、良い習慣が2の人もいる。良い習慣と悪い習慣の比率で人間は構成されている。成功する人はもちろん良い習慣が悪い習慣を勝っている。比率でいうと良い習慣が8で、悪い習慣が2くらい。習慣にも8対2の法則が当てはまる。普通の人が6対4だとすると、成功する人は8対2。つまり成功する人は普通の人より20%多く努力して良い習慣を作っている。

普通の人の20%多く努力する習慣とは何か。
1日に換算すれば、4時間程度の時間の有効的な使い方の差。
一日にまとめてその4時間を使うのでなく、朝1時間、通勤時間・昼休みに1時間、夜2時間と分けて使っている。たとえば朝は30分のウオーキング、読書に30分。朝の通勤に30分の読書、昼休みに15分の仮眠と仕事関係の勉強に15分。仕事が終わって帰りの電車で30分の読書。家に帰ってからゴロゴロテレビを見たりスマホをいじるのでなく、運動したり、今やっている仕事の勉強をしたり、読書をする時間に充てている。隙間の時間、待ち時間、ただボケッと過ごすのでなく、その時間は身体の筋肉と脳の筋肉を鍛えている。普通の人は家に帰ってテレビを数時間観たり、何時間もスマホに依存したり、とにかく不健康なことに時間を費やしていることが多い。癒やしタイムかもしれないが、癒やしタイムでは幸せにはなれない。20%の努力する側の人間になってこそ、幸せになれることを本人は気づいていない。

普通の人より20%多く努力した人が、思考を現実化させ、同時に引き寄せの法則を働かせているのではないか。彼らは実際にその努力で自分の夢を叶えている。

普通の人より20%多く努力する習慣を作る。
なかなか難しい。
頭では分かっているが、そう簡単には出来ない。
人によって、若くしてその習慣を作った人もいれば、中年、老年になっても出来ない人がいる。
いつやるのか?
今でしょ。
といいたいが、それは個人の力量に任すしかない。

人間は習慣の生き物。
怠惰怠慢も人間は習慣として持っている。
遊び、自由も、人間に与えられた特権。
人生の時間をどう使うか、人間は自分で勝手に決めていい。
そこに束縛はない。
あなたが、人生の時間をどう有効に使うかだ。

思考を現実化させ、引き寄せの法則を働かすには正しい習慣を持つこと。
それを最後に記して、このタイトルは終わる。



思考は現実化する。引き寄せの法則。本を読んでそれを実践してもすぐには効果が出ない。なぜかというと、人間が成長するスピードは実に遅いからだ。だから一刻も早く成果を得ようなどと期待しても無駄なこと。それこそ気の遠くなるような時間が必要となる。思考を現実化するには、願っているものを引き寄せるには、時間をいかにかけるか、いかにして待ち方を覚えるかである。

皆さんは待ち方が下手。というか、現代っ子は待ち方が下手といっていいだろう。現代はスピードの時代。何でもクリックひとつで買える時代だから、遅いのは悪、待つのは悪だから、望みはすぐに叶わないと気が済まないのだろう。

だから、白黒自爆が増えた。
女には時間がないの、タイムリミットがあるの、と焦っている女性がいかに多いことか。その焦りで恋愛するから、思考は現実化しないし、引き寄せの法則も働かないのである。

思考は現実化し、引き寄せの法則を働かせるには、時間を有効に使うことである。
つまり時間を味方につけることである。
迷ったときは、時間が解決してくれると時間を味方につけることである。
悩んでいるときは、時間が解決してくれると時間を味方につけることである。
いつでもどこでも、停滞したら時間が解決してくれると時間を味方につけることである。
時間が解決してくれると時間を味方につければ、思考は現実化し、引き寄せの法則も働くようになる。

本を読めば、思考はすぐに現実化し、引き寄せの法則もすぐに働くことが書いてある書物もある。自分がそれを強く考えて望んで実践したら、90日で奇跡が起きたとか、2ヶ月で10kgのダイエットに成功したとか、すぐに効果が出るようなことを書いている書物もある。でも、それは全部あてにできない。私は嘘だと確信している。2ヶ月で10kgのダイエットに成功した?まるでどこかのCMだが、このCMもリバンド率がもっとも高いと聞いている。高い金をかけて短期で理想の体重に落としたのに3ヶ月後にはリバンドして前より体重が増えて悪化したと話も実際に聞いたことがある。90日伝説で奇跡が起きることもあるが、これは初期の奇跡でその後間違いなく成功するという保証ではない。短期的な思考の現実化や引き寄せの法則ほど当てにならない。すぐに化けの皮が剥がれてしまうのがおちである。すぐに結果を求める現代人には優れた商法かもしれないが、短期決戦の人がその後長く続かないのは、短期決戦の失敗によるリバンドによって、大きな心の傷を負うからである。それが大きな挫折となって、もうそのことにチャレンジしなくなるからである。

やはり、急がば回れである。
急いで挫折して、落ち込んで立ち直るのに時間かけて。
焦って挫折して、落ち込んで立ち直るのに時間かけて。
怒りにまかせて自爆して、落ち込んで立ち直るのに時間かけて。
そんなことを何回も何回も繰り返すより、急がば回れである。
急がば回れをした方が結果的に早く目的地に着く。
急がば回れをした方が、あなたの思考が早く現実化し、引き寄せの法則も早く働くのである。

焦って失敗した挫折を5年繰り返すより、
じっくり構えて1年で物事を成し遂げた方がいい。
1年間の忍耐期間。その努力をあなたができるかだ。

人間の進歩は実にゆっくりしている。
あなたが好きな人と結婚を望むのなら、
人間の営みの大半は1年で成就できる。
結婚も人間の営みの大半に含まれている。
結婚は、そんなに大それた大きな目標ではない。
結婚は人類の大半が達成しているし、人生の通過点にしか過ぎない。
焦って何年も失敗して挫折ばかり繰り返すから遠のくのである。

ここからは急がば回れだ。
あなたなら、思考を現実化し、引き寄せの法則も1年で働かせることができるだろう。
それを信じて、時間を味方につけるといい。



すごいタイトルですが、私は両方を仕事で体験している。
そう皆さんの鑑定を通して体験している。
この体験は実にリアルだ。

まず思考は現実化する。
ある女性が彼とうまくいかないと思考すると、うまくいかなくなる。
彼が浮気していると思考すると、彼は浮気をしている。
彼と別れると思考すると、別れることになる。
彼が私のことを嫌いだと思考すると、彼は私のことを嫌いになる。
彼は私に興味がないと思考すると、彼からの連絡が途絶え音信不通となる。
ネガティブなことを思考すると、ネガティブが現実になる。

反対にポジティブなことを思考すると、ポジティブが現実になる。
彼とうまくいくと思考すると、うまくいく。
彼は浮気をしないと思考すると、彼は浮気をしない。
彼とは別れないと思考すると、別れない。
彼が私のことを好きだと思考すると、彼は私のことを好きになる。
彼が私に興味があると思考すると、彼からの連絡が頻繁に来るようになる。

続いて引き寄せの法則。
私って男運悪いと考えれば、悪い男ばかりが近づいてくる。
私はいつも変な男に捕まると考えれば、変な男ばかりに好かれる。
私は恋愛経験が少ないと考えれば、いつまで経ってもまともな恋愛ができない。
私は仕事で辛い目に合っていると考えれば、きつい仕事ばかりが回ってくる。
私は失敗ばかりしていると考えれば、失敗ばかりの人生が続く。
男運の悪さ、仕事の失敗、人生の挫折は、みんなあなたが引き寄せたのです。

逆に良いことばかりを考えれば、良いことが引き寄せられます。
私って男運良いと考えれば、良い男ばかりが近づいてきます。
私はいつも誠実な男に好かれると考えれば、誠実な男ばかりに好かれます。
私って恋愛経験が抱負だと考えれば、男性があなたの周りに集まります。
私はいつもいい仕事をしていると考えれば、いい仕事ばかりが回ってきます。
私はいつも成功していると考えれば、成功する人生となります。
男運の良さ、仕事の成功、幸せな人生、みんなあなたが引き寄せたのです。
思考は現実化する。
引き寄せの法則。
ということは、良いことばかりを考えれば、良いことが現実に起き、良いことが引き寄せられるのか?もしそうなら、脳天気に良いことばかり考えればいいのか、とても簡単じゃないか。
だが、現実はそうはならない。
脳天気に良いことばかり考えても、ロマンチックな良いことばかり妄想しても、こうなったらいいなと空想の世界を彷徨っても、魔法の杖は働かない。思考は現実化する、引き寄せの法則は嘘ばかりの法則だと落胆することになる。

私の考えでは、それらの法則は思考の基本に過ぎないということです。
思考の基本、つまり最初に何を考えるか?良いことを考えるか?悪いことを考えるのか?これからあなたが何に努力して何に行動するかの考え方の基本である、思考の第一歩にしか過ぎないということです。ただ漠然と良いことを妄想しても空想しても良いことは起きません。それに見合った努力と行動がないと願いは叶わないのです。

基本の第一歩の思考。最初に良いことを考えるか、悪いことを考えるかです。もちろんあなたは良いことを考えることを基本にすると思います。でも、それだけではあなたの願いは叶いません。自分の願いを叶えるためには、思考の基本ができたら、そこからいかに忍耐強く努力して、いかに最後まで諦めないで行動するかです。良いことを考える思考が1%、それを達成する努力が99%。それがないと思考は現実化しないし、引き寄せの法則も働かないのです。1%の思考ではダメ。99%の努力が必要ということです。




休みの日の沖川は何をしているの?
おそらく皆さんには興味がないと思います(笑)
興味がないかもしれないが、記事のタイトルを書いてしまったので、勝手に進めていきます。興味のない方はこの記事をスルーしてください。

普段は皆さんの幸せばかりを追求しているので、休みの日くらいは自分の幸せを追求したいと思います。

休みの日にこれっといったワクワクするものはありません。
ワクワクすることが幸せでないので、別にワクワクする必要もありません。
私の休みの日のルーチンワークは決まっています。
午前中は、ブログを書いたり、本を読んだり、日用品の買い物に出かけたりしています。ブログを書く時間、買い物に行く時間、本を読む時間がだいたい決まっています。30分もずれません。

午前中のルーチンワークが終わると、午後(12時頃)ジムに行きます。週2回のジム。90分汗を流し、お風呂に30分、休憩室で仮眠20分の2時間30分コースです。

ジム帰りに図書館へ寄ります。ここで30分ほど滞在して本を4冊借ります。本を読むペースは週に1冊程度。年間30~50冊です。これが1年の平均。怠けているときは年間10冊も読みません。その代わりやる気があるときは年間100冊ほど本を読みます。年間100冊本を読むのは10年に1回くらいでしょうか。

アメリカの調査で、高校を卒業したアメリカ人の半分は学校を卒業してから本を1冊も一生読まないそうです。高校を卒業したアメリカ人の半分は一生本を読まない、信じられますか?では大学を卒業した人は?残念ながらその調査結果は見つかりませんでした。もっとも私も40歳くらいまでそうだったのかもしれません。新聞や週刊誌やマンガ本は読んだけど、ちゃんとした本は読まなかった。年間1冊も読んでいないと思う。ほとんどがテレビ付け。毎日4~5時間テレビを観ていたと思う。それで何とか生きていけたし、不便を感じなかった。だが、男も40になれば危機が訪れる。仕事盛りの不惑の歳の危機は若い頃と違う。安楽な生活ではとても危機を乗り越えられない。そこで助けを求めるように本にすがりつく。すがりつけば「求めよ、さらば与えられん」という境地に達し、運命を左右する本と出会うことになる。私の運命を左右した本は中村天風の「運命を拓く」だった。その本との出会いから、私は「心を積極的に」という言葉を覚え、人生が様変わりした。人間危機がないとダメですね。危機がないと、私も一生本を読まない人間になっていたでしょう。半分のアメリカ人のようにね。ぶくぶく太って健康を悪くし、怠惰怠慢の生活を送っていたのかもしれません。

幸せとは不思議だね。
安楽な生活が幸せそうに見えるけど。
それは幸せではない。

困難は不幸に見えるけど、
困難に立ち向かっているときが幸せなんだ。
不思議だね。

ノンビリしているときが幸せだと思うけど、
あまりノンビリしていると、後ろから不幸がひたひたと迫ってくる。
おいおいうかつにノンビリできないじゃないか。

だからといってせっかちになってはいけない。
焦ってもいけない。パニックになっていけない。慌ててもいけない。
白黒つけて自爆してもいけない。苦しみ逃れの結果を急いでもいけない。
苦しみを享受し、受け入れ、時間かけてコントロールしなくてはいけない。
困難に立ち向かっているとき、
困難をなんとかしようとしているとき、
そのときの時間が幸せなんだ。
そうなると幸せは不幸の隣にいるんだね。
人が見て不幸。
不幸に見える本人は不幸から逃げずに努力している。
これが幸せか。
なるほど。

ならば、不幸になる前に手を打つべきか。
安楽な生活に幸せはない。
テレビは見ず、スマホは見ず、映画は見ず、ゲームはせず、マンガ本は読まず、有益でない友達とは飲みに行かず、生産性を生まない無駄な時間はすべて無くす。こうすれば不幸は近づかない。だけど、自分はこんな禁欲な生活は嫌だ。安楽な生活もちょっとは欲しい。だからちょっとだけにする。前のように1日4~5時間テレビを見ない。見るのは1時間とする。映画は週に1本にする。前は週に3本以上見ていた。少しずつ安楽を減らし、体力造りと本を読む時間を増やす。自分の幸せの目標はできた。これを休みの日にまとめる。



病的な恋愛関係に収まる女性がいる。
女性とは、
どんなに酷い目にあっても、
どんなに虐待されても、
愛を失いたくないのか?
一般では理解できない、とても不可思議な生き物である。
それが女性の愛なのか?
それが女心といわれても、とても理解できない。
このままでは不幸だと分かっているのに・・・
それを続ける意味が分からない。

男と女の病的な関係をたくさん観てきた。
男性からの酷い扱いに耐えている女性。
痛ましいほどたくさん観てきた。

病的な関係を具体的にここで列挙してもいいが、あまりにも残酷で愚劣極まりないものが多いので、ここではかいつまんで説明する。軽度のものは音信不通などの不誠実な虐待からから始まり、重度になれば、男性の酷い暴力で瀕死の重傷を負い入院する女性もいる。警察沙汰になって、瀕死の重傷で病院に入院しても、怪我を負わせた男性と寄りを戻す女性もいる。そこまでして愛を貫くのか?こんな酷い目にあっても愛を失いたくないのか。なぜ?そこまでして・・・とても・・・理解できない。摩訶不思議な女心。この内面はどうなっている?ここには法や秩序は存在しないのか、常識のある裁きは通用しないのか、自分の心も体も犠牲にして、そこまでして相手を守るのか?そこまでして相手のことが好きなのか?これはもはや病気だ。狂っている。

愚劣な愛は人を狂わす。
愛は二通りある。
天使の愛と悪魔の愛。
天使に支えられて豊かになる愛もあれば、
悪魔に支配されて苦しみを味わう愛もある。
どちらも愛。
だが、この愛は違う。
天使の愛が本物で悪魔の愛は偽物。
愚劣の愛で苦しんでいる女性は悪魔の愛を本物だと勘違いしている。
私が努力すれば、悪魔が天使になると勘違いしている。
そして尽くして奮闘努力する。どんないたぶられても、泣きながら尽くす。
悪魔の教育者になった女性。この物語は波瀾万丈となる。
悪魔も囁く、オレは、内面はいい男と囁く。
だからオマエに甘えているのではないかと同情を誘う。
悪魔の弱い部分を見せつけられた女性は母性で守ろうとする。
そこから非常識で愚劣極まりない物語が始まる。

愚劣極まりない物語の始まりは甘やかすことから始まる。
こちらがいうことを聞かないと相手がむくれ、結局あなたが折れたとする。あなたがむくれる行動に対して見返りを与えたことからこの物語は始まる。
そうなるとこの女は何でもオレのいうことを聞く、何でもオレの指図に従うと勘違いしてしまう。
この恋愛はオレのペースで適当でいい。
怠けてもだらけてもお粗末でもなんとかやっていける。
逢いたくなければ逢わないし、連絡も面倒だから取らない。
彼女が何か言ってくればむくれればいい。
むくれば結局彼女が折れてくれるから。

このペースを男性に与えると、男性は悪魔に変貌する。
真面目な男が悪魔になった。
会社では評判がいい。外面はいいのに彼女に対しては悪魔な男がいる。
これは最初の段階で女性が彼を甘えかしたから。
途中で修正すればいいものを、修正できないから最後は危険な目に合う病的な関係となる。

病的な関係を断ち切るには、
「誰かと病的な関係でいるより、一人で健全にやってくという人生の決断を下さなければいけない」
つまり、幸せになるには、失う覚悟を持たなければいけない。
その決断が、一人でできなければ、私がバックアップします。
あなたが私のことを信頼していただければ。



できれば毎日幸せ気分を見つけた方がいい。朝から晩まで一日のうちに何回も。仕事中でも家の中でリラックスしているときでも、忙しいときでもノンビリしているときでも、幸せ気分は本人の心がけ次第で出来る。

日常の単調な生活に幸せを見つける。難しいと思うが、本人のやる気次第でいかようにも変化させることができる。たとえば、こうしてブログを書いているとき、私は幸せを感じている。でも、記事を書く前はなかなかやる気が起きない。朝は眠いし、かったるい。もうすこし寝ていようという睡魔にも襲われることもある。このままベットの中にいるか、起きて一連の行動をとるか、朝からどっちにする?という選択が始まる。ベットにいる方がそれは楽だから、今日一日くらいいいだろうと、安易な誘惑に負けてしまうこともある。だが、その日に限って気分が悪い。つまり不幸を感じる。習慣とは恐ろしいものだ、たった一日一連の行動をとらなかっただけで、自分ではないみたいに感じる。なんか頭もすっきりしない、憂鬱だ。一日が終わった気がしない。しんどくてもかったるくても、ブログを書けば良かったと反省する。ブログを書かない日は休みの日か旅行に行ったときくらい、基本的には毎日書いている。これが自分の習慣であり、習慣を継続することで幸せ気分になれる。

今日は何を書こうか?
テーマはいっぱいある。テーマはお客様が運んでくれる。それを私は思いのまま記事にしている。読んだ本からもテーマを見つけ、自分の日常からもテーマを見つけている。何を書こうかのテーマはランダムにある。たぶん永遠にあるだろう。

さて、ブログを書きながら幸せ気分でいる話を続けよう。書く前はしんどい。でも書き出していけばすぐに悦に入る。記事にどうやって命を吹き込むか、思案しているところに幸せを感じる。目も肩も首も疲れることがあるが、そのときは一度パソコンから離れてストレッチをする。目のマッサージ、首肩のストレッチ、ついでにスクワットをやって足腰を鍛える。ほんの3分。インスタントラーメンを温める時間程度の運動。これでまた記事に戻れる。ストレッチをやっているとき首肩のグキグキとしなりをあげる音がまた気持ちいい、幸せを感じる。自分はしんどいことをすることで幸せを感じるのかもしれない。ひよっとすると自分はマゾかな(笑)冗談はさておいて、どうやって日常の単調な仕事や生活で幸せを見つけるか。これが今の私のテーマであり。目標でもある。

これを続けて何を覚えたか?
粘り強さである。
粘り強さは、あきらめない心と結びつき、継続は力なりという言葉の意味が理解できるようになる。
幸せ気分を味わうのは粘り強さ。
努力には忍耐が強いられる。その努力は粘り強さでカバーできる。たとえ学問や体力がなくてもカバーできる。粘り強さが人生最大の強み。この世は教育を受けた落伍者ばかり。いい大学を出ても落伍者はいっぱいいる。なぜ彼らは落伍者になるのか?粘り強さがないからだ。そして、精神的に弱いからだ。諦めないで忍耐強く粘ろうとしないで、すぐに欲しいものを手に入れようとするからだ。クリックひとつで欲しいものが手に入る時代は、クリックひとつで大事なものも失う時代。クリックひとつで恋人に出会い、クリックひとつで別れを告げ、クリックひとつで愛し合い、クリックひとつで愛を放棄する。幸せは困難を避けた先にあるのに、それをしようとしない。めんどくせー、重いんだ、うざいんだと、クリックひとつで大切なものを音信不通にしてブロックしてしまう。教育を受けた落伍者は変に理屈っぽいから始末に負えない。諦めること、逃げること、自分を守ることばかりにその頭を使ってはダメ。それはプライドではない。それはクズだ。せっかく高い教育を受けているのにクズではしょうがない。もっと粘り強くなろう。諦めないで、根気よく、忍耐強く努力しよう。幸せ気分は日々の努力の中にある。努力を努力と思わないで、それを楽しめば幸せ気分で一日いられる。彼氏や彼女に対してもそう、もっと粘り強くいこう。そうすれば幸せでいられる。



最近呼んだ本でこういうことが書いてありました。
人生は管理するもので癒やすものではない。
現実なんてありえない、あるのは認識だけだ。
「史上最強の人生戦略マニアル」フリップ・マグロー著を引用。

この本を読んで、自己管理って大切だなと思うようになりました。
人生は癒やしではない。
人生は管理だ。
いいですね。
現実なんてありえない、
あるのは認識だけだ。
さらにいいですね。
自分の今の精神構造では、この本はぴったりです。

人生とは自己責任。
責任は全部自分にある。
どんな仕事に就こうと、どんな環境に住もうと、どんな人と恋愛しようと、どんな人と結婚しようと、責任は全部自分にある。どんな仕事を選ぶのか、どんな人を選ぶのか、どんな夢を選ぶのか、どんな人生を選ぶのか、責任は自分にある。人のせいにしてはいけない、責任は全部自分にある。

困難は自分の責任で解決しなくてはいかない。痛みも、不安も、恐怖も、怠惰怠慢も、虚脱体質も引きこもりもお宅も、やる気のなさも、臆病も、苦しみも悲しみも、嫉妬も、恨みも、怒りも、疑いや不信も、否定や非難も、弱い人間が陥りやすい、全てのネガティブは全部自分の責任だ。そして、このネガティブは自分のものだ。他の誰かのものではない、全部自分ものだ。責任をとるためには、それらをまず受け入れることから始めなければならない。今考えている悪い思考は全部自分のものと受け入れること。受け入れれば責任が取れるようになる。受け入れないから人のせいにして逃げて後から後悔して不幸になるのである。

問題解決は、現実をみて事実を見ること。
さらに飛躍すれば、間違った認識で現実を見ていれば問題解決にはならない。
認識とは個人が持っている主観。
人のせいばかりにしている人は間違った認識で現実を見ている。
それに対して、自分に責任を取る人は正しい認識で現実を見ている。

人のせいにする人は卑屈に現実を認識して、自分で責任をとる人は正しい見方で現実を認識する。この認識の違いが、現実なんてありえない、あるのは認識だけだとういう教えになる。

そうか・・・。
今まで、
現実を見なさい。
もっと冷静になって客観的に物事をみなさい。
とアドバイスしてきたが、
「現実なんてありえない、あるのは認識だけだ」という知識を頂くと、相手の認識力にもっと注意を払わないといけないねと思うようになりました。

同じ現実でも認識力に個人差がある。
相手の認識力を高めないといけないね。
そして自分の認識力を高めないといけない。
まだまだ勉強だ。