幸せの基本は三つからなります。
1, 健康。
2, 勉強。
3, 仕事。
「健康・勉強・仕事」が幸せになるための基本ベスト3です。
幸せになるためには、この三つの生産性を上げていけばいいのです。
三つの生産性を上げるのは、そんなに難しいことではありません。ちょっとした心がけで誰にでもできます。

ここでいう生産性とは会社や企業などの(利益を上げろ、もっと稼げ、もっと金儲けしろ)などの会社や組織が潤う生産性とは違います。ここでいう生産性はあなた個人のもの。あなた個人が潤い、あなた個人が幸せになるための生産性です。あなたが幸せにならないとあなたは成功しないからです。だからあなた個人が生産性を上げるべきなのです。生産性とは、一定の資源からどれだけ多くの付加価値を産み出せるか、となります。一定の資源とはあなた個人のことを指し、そこからどれだけ多くの付加価値を生み出せるか、その努力をしなさいということです。

個人が生産性を上げる努力はそんな難しいことではありません。誰にでも簡単に出来ることです。ほんのちょっとした心がけ、ほんのちょっとした自己管理で誰にでも出来ます。誰にでも出来るのに出来ない理由は、大袈裟に物事を考えているからです。そして、速く速くと急かすからです。大袈裟に物事を考えるとは、あまりにも目標が大きすぎるとかえってダメになるという意味です。目標があまりにも大きすぎるとすぐに挫折してしまいます。人間は一度挫折すると、もうその目標に対してやる気がなくなります。やる気が起きなければ人間は不幸になります。つまり不幸の方程式、不幸のドツボにはまることになります。また速く速くと急かすことも不幸を呼び込む失敗の原因です。私には時間がないの速くして!と結果をすぐに出したい。速くブレークしたい。速くヒット商品を作りたい。速く速く、もっと早く早く・・・と急かして焦る心理はすべての失敗を意味しています。ヒット商品、ブレークした芸人は1年後にはこの世から消えています。生産性を上げるコツは、簡単にできることを焦らないで地道にコツコツやることです。

地道にコツコツ?
う~ん・・・なんかダサイ。
と思わないでください。
そう思っているあなたがダサイのです。
だから、不幸なのです。
不幸になりたくなかったら。
今からでも遅くありません。
「健康・勉強・仕事」
この三つの生産性を上げるプランを作り、今から少しずつ実行することです。
プランは簡単に実行できるものでいい。
さあ、あなたなりのプランを作ってください。
あとは、それを毎日実行するだけです。




努力は報われない。
努力は報われる。
人によって努力が報われない人もいますが、努力が報われる人もいます。この差はなんなのでしょうか?

前者と後者の違いは、否定的か肯定的か、非生産的か生産的かによって違います。肯定的で生産的な努力は報われ、否定的で非生産的な努力は報われません。

努力とは何を意味するのか?
何を目指すのか?努力は人によって違います。
勉強する。ダイエットする。筋トレする。資格を取る。仕事のスキルを上げたい。出世したい。もっと収入を上げたい。何かの商売をしたい。自分のお店を出したい。起業したい。恋愛相手を見つけたい。結婚相手を見つけたい。好きな人に告白したい。好きな人から別れを告げられたのでそれを阻止したい。好きな人うまくいくようにしたい。好きな人がダメ男なので教育したい。好きな人がマザコンなので母親から取り戻したい。好きな人が世間知らずの子供なので精神的にサポートしたい。好きな人が病を抱えているので健康管理をしたい。好きな人が仕事人間なので待つ忍耐力を持ちたい。好きな人といずれ結婚したい。好きな人の子供を作りたい。マイホームを持ちたい。料理の腕を上げたい。家事を完璧にこなしたい。穏やかで温かい家庭を作りたい。語学を習いたい。世界一周をしたい。プロスポーツ選手になりたい。映画スターになりたい。アイドルになりたい。
自分が何をやりたいか?何を目指して何を努力するのか?努力は人それぞれ違います。

努力とは何を意味するのか?
努力とは目標がある人の継続です。
人によって目標のない人もいるでしょう。あるいは昔は目標があったけど今はないという人もいると思います。そういう人は人生がうまくいっていて目標がなくても生きていける人か、あるいは怠け者で人生を諦めた人のどちらかです。人生がうまくいっていて目標などなくても健康で豊かで幸せに生きていける人は羨ましいですね。でもそういう人は世の中に1%しかいません。残り99%は何らかの努力をしないと生きていけないということです。残り99%の我々は、何らかの努力が必要になります。人生を諦め努力をしない、それもその人の生き方ですが、健康で豊かで幸せな生活からはほど遠くなります。

自分はこんなに努力しているのになぜ報われない。
もう疲れたよ・・・努力するのに・・・疲れた。
努力なんてばかばかしい。
バカじゃないの報われない努力を一生懸命にやって、アホくさ。
こんなにこんなに努力したのに、自分には何も良いことが起きないじゃないか。
努力したお陰でかえって物事が悪くなった。
えーい努力なんかやめちぇ。努力は報われない、だから努力は放棄だ。


努力が報われる人は知っています。
努力は目標のある人の継続だということを。
継続だから、どんなことがあってもやめることはしません。
継続だから、無理をしません。無理をすれば努力は続かないからです。
継続だから、無理をしない程度に毎日少しずつやります。
継続だから、怠ける心を自己管理していきます。
継続だから、たとえ今はうまくいってなくても希望を捨てたりしません。
継続だから、焦ることも慌てることも騒ぐこともありません。
継続だから、いつそれをやるか、やる時間が決まっていて習慣化になっています。
継続だから、時間をかけます。努力は時間を味方につけた方が勝ちだとわかっているからです。

努力とは時間がかかるものです。
すぐに答えを見つけたい人には向きません。
白黒決着を急ぐ人には向きません。
効率重視のスピードアップの人には向きません。
努力とはコツコツやるもので、ださくてかっこ悪い継続をいくら根気よく続けるかです。
そして、ださくてかっこ悪い継続を肯定しながらいかに生産的にやるかで努力は報われます。報われるためには努力の過程でそれに見合った知恵も身につけなければなりません。たとえばダメ男を改心させるような知恵。今はその知恵がなくても、毎日続ければ神から知恵を授かることができます。これは毎日努力することによって得られる成果です。ださくてかっこ悪い努力をコツコツ続ければ、それを肯定していけば、生産的に努力は結ばれます。





精神の幸福を得るカギは、不快な感情をコントロールすることにあります
不快な感情をコントロールする。
なかなか難しいですね。
日常生活で不快なものはつきものです。
不安やネガティブ。恐れや落胆。
苛立ちや嫉妬。疲れや怠慢。
些細なことから大きなことまで不快なものはつきものです。
その日の午前中は良い気分でも午後から気分が悪くなった、そんな日もあるでしょう。
一日を快適に過ごすことは難しいものです。
嫌な気分のとき、皆さんはどうしていますか?
不快指数から快適指数に上げるにはどうしていますか?
皆さんの考えをお聞かせください。

わずかな違いを提示している私の考えは、
不快のときは、不快のままで、そこから何かヒントを得るようにしています。
苦しみも創造性や精神性を養う力だと思っているからです。
だから不快も歓迎です。
でも、長く不快な気分にいたくありません。
そのときは瞬時に頭を切り替えるようにしています。
不快な考えから別の考えに瞬時に移行する。
なんでもいいのです。
なんでもいいから、生産的な前向きなものに移行すればいいのです。

たとえば、
健康になることに切り替える。
嫌な気分になったら、頭を切り換えて30分ほど散歩に出かけます。散歩に出かければ、気分はスッキリして足腰が強くなります。散歩は体力を鍛えて健康になる、とても前向きで生産的です。散歩する時間がないときは、その場でスクワットと腕立て伏せをします。各20回ずつやれば少々息切れしますが体力がつきます。定期的にジムに通う。私は週に2回ジムに通っています。本当は毎日でもジムに通いたいのですが、時間の都合上、それはできません。週に2回90分ほど汗を流します。ジムのお陰でとても新陳代謝が良くなった気がします。不快から快適に変えるにはまずは体力を鍛えることです。人間健康でないと幸せにはなれませんから。

余談ですが、散歩はどんな滋養剤やサプリメントよりいいし、健康状態が長く持続できます。私は30分の散歩で1000円以上の滋養剤より効果があると思っています。高い滋養剤を買うよりこっちの方が良かったと得した気分になります。

続いての切り替えは、
読書です。読書は良書を読むこと。
私の場合は自己啓発本が主流ですが、本の力によって頭を切り替えています。頭を理性的にする、それも前向きで生産的です。

体を鍛える。
本を読む。
ちょっとした生産性を上げる。
それに費やしている時間はわずかなものです。
一日各30分くらいでしょうか。
誰にでもできるわずかな時間です。
ホントにわずかな時間なので誰にでもできます。
幸せになるには、誰にでもできることを、するかしないかです。
わずかな違いは、誰にでもできることをやることです。

ちょっと前向きで、ちょっと生産性を上げることは誰にでもできます。何でもいいのです。前向きで生産性を上げることは何でもいいのです。嫌なことを考えている暇があれば、部屋の掃除でもしましょう。さあ掃除機でもかけて部屋を綺麗にしてください。この方が前向きで生産性が上がります。
そのちょっとした積み重ねが、後で大きく変わってきます。
変われば、自分が幸せになれます。
私は幸せだと思うこと。
そこからですね、あなたの成功哲学は。



皆さんのコメントが素晴らしかったのでご紹介したいと思います。

結婚して、子どもが居て、仕事があって、友だちも居て、大切な人や自分が元気に幸せで暮らしている。独身で、彼氏が居なくて、好きな人と曖昧な関係が続いていて、家族は元気で、仕事があって、大好きな友だちが居て、周りがみんな元気で幸せに暮らしている。私は後者ですが、トータルで幸せです。結婚や子どもを産み育てる事も、幸せに繋がる事だとは思いますが、私は今のところ、友人や周りの人を羨んだりした事はありません。結婚式では、いつも本人達も周りも幸せそうで嬉しい。人それぞれ。自分の幸せを見つける生き方が出来たら良いと私は思います。トータルで幸せを感じる。この生き方ですね。


少し前までは、私も結婚してる人はみんな幸せなんだと思ってました。でも、現実には結婚して、出産して後悔してる人も沢山います。他人は他人。私は自分で働いて、自分で生きていける。世の中には、誰かに養ってもらわなければ、生きていけない人もいる。望まない結婚生活を、生活の為に我慢して続けてる人を、何人も見てきました。どちらが幸せかは、他人がとやかく言えることではありませんね。隣の芝生は青く見えますが、実際は人それぞれ違います。


よくきく「マウンティング女子」。常に自分が他人より勝っていたり、優位に立っていたい女性のこと。結婚したらしたで旦那さんの職業や収入などがその対象になり、自分と他人の生活を比較して自分が上でいたいという考え方。比べる対象が他人なので、競争相手は常に他人。きっと一番苦しいのは自分自身であろう。「あの人より私の方が何倍も努力してるのに、何で?」(私は報われないの?)「あの人より私の方が綺麗で能力もあるのに、何で?」(あの人は結婚できて私はできないの?)そんなに自分を否定してたら疲れちゃう…。もっと自分が素晴らしい存在であることに気がついてほしい。唯一無二の自分をもっと褒めて認めてあげてほしい。すると他人の努力も、他人の素晴らしいところも素直に「素敵ね」って言えるのにね。他人と比較すればするほど、自分の置かれた状況に不満を持つ。ありのままでいい。今の私で十分幸せだ、と思うことですね。



わずかな違いの見つけ方は、他人と自分を比較しないことです。
皆さんのコメントのように適切な感情を持つことです。
精神の幸福を得るカギは、不快な感情をコントロールすることにあります
不快な感情をコントロールすれば精神は安定します。
精神が安定すれば他人と比較しなくなります。
他人と比較しなければ、自分は今のままでいいと感じるようになります。
自分は今のままでいい、そうありのままでいいのです。
ありのままでいい。そう自分は今のままで十分幸せだと思うことです。
自分は幸せだと思うこと。それがわずかな違いを知るスタートとなります。
わずかな違いを知るスタートは、まずは自分が幸せになることです。



友人は若くして結婚した。
私と同じ年齢なのに、彼女にはすでに二人のお子さんがいて、幸せな結婚生活を送っている。
私の年齢を考えると、中学生や小学生の子供いてもおかしくない年齢。周りにはそういう人がたくさんいるのに、私はこの歳になっても未だに結婚相手に恵まれず子供もいない。私と周りの人との違いはなんなのですか?

その違いは、わずかな違いです。
わずかな違いなので、あなたがその気になればいつでも夢は叶います。わずかな違いをいかに理解し、いかに簡略化して、いかに大切にするかで、今後の人生は決まると言ってもいいでしょう。わずかな違いを大袈裟に考えてはいけません。わずかな違いはわずかな違いなのですから。

友人は結婚してすでに中学生と小学生の子供がいる。
自分は未だに結婚もできず子供もいない。
このわずかな違いは、女性だけでなく男性にもたくさんいます。

もしあなたが、他人と比較しない性格なら、この問題はとくに問題ありません。他人は他人、自分は自分だからです。友人は若くして結婚して二人のお子さんがいる、それはそれで良かったねと思えばいいのです。そして自分は未だに独身、独身が嫌ではなく、独身を選択している自分は誇らしいと思うことです。結婚はできなくても自由な独身生活をエンジョイしている、それはそれで良かったねと思えばいいのです。人間はないものねだりする生き物です。ないものを欲しがり、ないものを羨ましがる生き物です。他人は他人、自分は自分というポリシーさえ持てば、どの位置にいようと、それはそれで良かったねと思えばいいのです。

だが、他人と比較する性格なら。
このわずかな違いに気づくことです。
友人とあなたに大きな違いはありません。
能力も知識も体格も差はないし、美貌にも差はないはずです。
どちらかというとあなたの方が綺麗で能力や知識でも勝っているのかもしれません。そうするとあなたはこう考えるでしょう。私より劣っている友人が結婚して私は結婚できないのはおかしい。神様はなんて不公平なの・・・不公平な神の扱いに憤りを感じているかもしれません。憤りを感じた考えは、嫉妬あり恨みあり憎悪ありの問題だらけの精神状態の闇の世界となります。闇の世界、つまりネガティブの世界。このネガティブの世界から脱出すること。これがわずかな違いを知る第一歩となります。



人は希望がないと生きていけない。
希望とはなにか?
希望とはどうやって作るのか?

希望とは生きる糧である。
希望の作り方は日常にある。

希望が生きる糧だということはわかった。
だが、希望の作り方が日常にあるってどういうこと?

日常生活がつまらないと思えば希望はなくなる。
日常生活が面白いと思えば希望は出てくる。
いかに日常生活を楽しむか、そこにコツがある。

日常生活???
日常生活は単調でつまらない。
日常生活は日々同じ事の繰り返しで夢もロマンもない。
朝仕事に出かけ、夜に帰宅し、晩ご飯食べて寝るだけ。
たまの休みに恋人とデートし、友達と遊びに行くだけ。
毎日単調な生活、一週間単調な生活。
恋人がいればいいが、友達が多ければいいが、
恋人も友達も少ない私は毎日単調で刺激のない生活を送っている。
こんな生活をしている私に希望など持てない。
ああ、もっと刺激的なロマンが欲しい。もっと夢あふれる楽しい生活がほしい。
単調な生活をがらりと模様替えする、白黒はっきりした明確な答えがほしい。

希望は、
今すぐ欲しい人には手に入らない。
白黒決着を急ぐ人には手に入らない。
つまり、答えを今すぐ求める人には手に入らない。
希望とは今でなく、うんと時間がかかった先にある。

希望とは答えを優先しない答えを求めない計算しない先にある。
つまり、つまらない時間をどれだけ目的を持って根気よく過ごすかによって希望の芽は出てくる。
その芽は、そんなにかっこいいものではない。
はたから見れば、なんでそんなつまらないものに興味持っているの?なんでそんなつまらないものに一生懸命やっているの?と揶揄されるくらいで丁度いい。周りからやめなよと反対されるものでいい。

希望とは自分独自のもの。
人の評判など気にしなくてもいい。
目立たなく、ださくてかっこ悪い静かなもの、これが希望の正体である。

つまらない日常生活に、目立たなく、ださくてかっこ悪い静かな希望を取入れよう。希望を取入れるにはちょっとした自己管理が必要となる。その自己管理とは自制心だ。希望の芽が出るのはうんと時間がかかる。それこそ何年もかかる。すぐに答えを求める人は3ヶ月で潰れてしまうだろう。潰れれば、もうこの先希望は持てなくなる。それじゃ無味乾燥な人生を送ってしまう。希望の芽が出るまでの何年間かの根気に備えて、ちょっとした自己管理である自制心を身につけることである。

自制心を持った自己管理で、目立たなく、ださくてかっこ悪い静かな希望を追い求める。静かな闘志でコツコツと希望の芽が出るまで継続する。やがてこれが習慣となり、生きる希望となる。能力や才能などなくてもいい。そんなものなくても、辛抱強く続ければ、どんな天才より上にいく。希望の継続は天才を上回るもの。だから、希望を日常生活に取入れよう。

つまらない日常に、目立たなく、ださくてかっこ悪い静かな希望を取入れる。この生き方が素敵な生き方となります。



証拠とは?
「あなたが一生懸命尽くして努力した結果、この人とは結ばれないと解ったとき」これが証拠となる。証拠とは警察が犯人に仕立てる物証的な証拠でなく、あなたの心の判断、あなたの気持ちの判断でいい。あなたの心や気持ちの証拠は警察の物証より、その何十倍も価値がある。これだけ証拠が揃えば別れる決断をした方がいい。


彼のことがどんなに好きでも彼が変わらなければ意味がない。私がどれだけ彼のことを思いやっても彼の私への思いやりがなければ意味がない。私がどれだけ彼のことを大切にしても彼が私を大切にしない限り意味がない。私がどれだけ彼のことを愛していても彼が私を愛さない限り意味がない。

彼は嘘つきで自分勝手で暴君。
私を裏切り、私をののしり、私に罵声を浴びせ、悪いのは全部私のせいだという。私は知っている、悪いのは全部彼だということを。友達に聞いても、親に聞いても、世間に聞いても、裁判官に聞いても、悪いのは彼だという判決を下しているのに、彼は「オレは悪くない、悪いのはオマエだ」と全部私のせいにする。女を奴隷にする暴君と、もうこれ以上付き合っていられない!女を舐めるのもいいかげんにしろ!

今まで私は暴君に従ってきた。
何年も何年も従ってきた。
だが・・・もう限界。

この限界が証拠となる。
人は限界に達したとき、決断が出る。
この決断は苦渋の選択かもしれない。
だが、それでいいのである。
人生の苦渋の選択は誰にもある。
私にもあるし、皆にもある。
その選択によって人生は決まる。
それから先は落胆より、希望に変えよう。
希望に変えなければ、今まで努力したことが無駄になる。
さあ!希望に変えよう。
私も手伝う。


「継続は力なり」私はこの言葉が好きである。
好きだけど、継続することは難しい。
何年も何十年も続けることは普通の人には難しいと思う。
よほど好きでないと続けることは困難だろう。

成功するのは難しいことではない。
ただただ続ければいいのだ。
何を?
失敗から学んだ教訓を。
挫折から這い上がった努力を。
ただただ続ければいいのだ。

人は失敗する。失敗なしで成功する人はいない。
人は大きな失敗をしたとき、もう自分はこのままでは生きていけないと落胆する。
大きな失敗とは、人生を左右する失敗。
将来を約束した人との別れ、結婚を考えた人との別れなどの大失恋。
飯の種である仕事の失敗や、社運をかけたプロジェクトの大失敗。
恋愛の失敗、仕事の失敗、人生を左右する大きな失敗は誰しもあると思う。
失敗したら、人は酷く傷つき落ち込む。
このままでは生きていけない・・・将来がもの凄く不安になる。
人によっては、失敗の落胆から抜け出さないまま、何年も挫折の中をさまようことになる。
かくいう私も挫折から立ち直るのに何年もかかった。

このままでは生きていけない。
だから人は、何かに向かって努力する。
その何かとは?それは誰にでもある何か。
このままでは生きていけないという落胆の幅に応じて人は何かの努力をする。
私の場合は、たまたまこの仕事だった。
皆さんは皆さんで何かあるはずだ。
挫折から這い上がるのに何年かかるか解らないが、挫折で酷く落ち込めば落ち込んだ分、人は本気になる。そこからピンチはチャンスという言葉が生まれる。ピンチからチャンスに変わるまで何年もかかるかもしれない。そのために何かに向かっている努力が必要となる。

人は挫折を覚えれば継続する力が出てくる。
あの時の失敗した嫌な気分を忘れるために人は何かに集中する。そして、あのときの暗い時代に戻らないために努力を継続する。あのときの惨めな自分に戻りたくないので人は自分のやり方で自分の方法で努力を継続する。そこから継続は力なりという言葉が生まれる。

努力という言葉を皆さん嫌がるが、
継続という言葉ならさほど抵抗なく受け入れることができるだろう。
好きなことを継続しなさい。
時々嫌いになっても継続しなさい。
気分がすぐれず、やる気がなくなったとしても継続しなさい。
とにかく諦めるな、やめるなと自分に言い聞かせ、継続しなさい。
この道何十年のベテラン職人のように継続しなさい。
そうすれば継続は力となる。




既婚者の6割に不倫願望があると言われている。
そのせいか?
不倫の相談は毎日ある。

真面目な奥さん、なのになぜ不倫しているの?
最近は真面目な奥さんが不倫をしている。
昔では絶対にありえなかったことが、最近では日常茶飯事のように起きている。
世の中変わってしまった・・・・・・。
それだけ今の世の中が生きづらいのかもしれない。
それだけ今の世の中が欲求不満なのかもしれない。

今日も不倫の相談。
昔の私なら「不倫はやめなさい」と、不倫を正し不倫をやめさせる方向に話を持っていったが、あまりにも不倫の相談が多いので、最近は他の恋愛相談と同じように話をじっくり聞いて、悩みに答えるようにしている。誰かに聞いて欲しい。誰かに話して、気持ちを整理して、心を修正する必要がどの人にもあろうから。私の手法は今の出来事で物事を判断するのでなく、人生をトータルで見る手法を使っているので、どんな相談にも人生観で応じるようにしている。

一度しかない人生。
自分がやりたいように。
好きなように。
生きなさい。
すべてが自分の責任だ。

その責任が取れなくなったから、こちらに相談に来ているのだろう。
不安は自分で解決できないこともあるから、誰かのアドバイスで救われることもある。
私のアドバイスが良いかどうかは解らない。
だが、少しは悩みを軽減できるだろう。
人間は悩みが少しでも軽減できれば、あとは自分の力でなんとかなる。
人間はそれだけ強い。
それが人間の魂だ。




ある男性が言っていた。
彼女のことが許せないという。

1,彼女が仕事の邪魔をしたのを許せない。
こっちは必死に会社のため、社会のため、お客さんのため、会社の上司や部下や同僚のため、社会貢献のため、しいては彼女を将来幸せにするために、休みを返上して睡眠時間を削って必死に働いているのに、彼女は高々恋愛のため、(高々とは、この場合の男性の考えは、またどうせ、所詮つまらないもの、価値のないものを意味するもの)ために、オレの仕事を邪魔した。

連絡病「連絡頂戴・頂戴・頂戴、ねえ、お願いだから連絡頂戴」
会いたい病「あなたに会いたい、会いたい、会いたい、ねえ、いつ会えるの?」
彼女の連絡病と会いたい病に悩まされて、オレは仕事が出来なくなった。男の命である仕事を邪魔されて、オレは精神的に参ってしまった。仕事の邪魔をした彼女をオレは許せない。


2,彼女が浮気したのを許せない。
自分が忙しいときに彼女は他の男と遊んでいた。こっちは彼女との将来のために必死に頑張ってきたのに、彼女は他の男と浮気をしていた。こともあろうことに、浮気した彼女が自分と寄りを戻したいという。どういう神経をしているんだ、この女は!、裏切った彼女と寄りなど戻さるわけないだろう。

その男性に対する私の答えは、
「許しなさい」である。
人間とは弱い生き物、だから許しなさい。
これが私の答えとなる。

人間とは過ちを犯す生き物。
許せないといって、相手を責めたたえても、自分に良いことは何も起きません。恨んでいる間は、一生恨んでいる相手に支配されます。愛憎劇をこのまま許せないと繰り返しては、自分に何も良いことは起こりません。ただただ悪魔に支配されるだけです。許すことで、悪魔から解放され、相手を慈しむことができるのです。人間とは過ちを犯して相手に同情されて許されるために存在しているのではないでしょうか?とくに男と女では、その傾向が強い。愛の裏返しで、相手を裏切る。相手に解って欲しくてわざと相手が嫌がることをする。嘘をついて相手を騙す。いけないと解っていながら、反対のことをするのが人間なのです。彼女が浮気したのは、あなたを愛したがゆえの愛の裏返し、と解れば許すこともできるでしょう。

こうなったのもあなたのせい。
あなたは彼女に罪ばかりをかぶせるが、あなたも罪を犯している。
「放置は最大の犯罪」という犯罪をあなたが認めていないだけ。

あなたが放置したから、彼女は連絡病、会いたい病となった。さらにあなたがそれを無視するものだから、彼女は将来を案じて不安になり、次の手を打って浮気をしただけ。そして後悔した。後悔してあなたとの愛に目覚めた。他を見て、自分にはこの人としかいないと目覚めた。なんと都合のいい女心かもしれないが、これが本物の愛の場合もある。本物の愛は裏切った後に真実が見えることもある。狂って狼狽している彼女の姿、その彼女の行為を許してあげなさい。

でも、彼は許せないという。
それが出来たら苦労しないという。

私は彼の20年先を言うだけいった。
・・・・・・。
あとは、彼が成長して私が言った言葉を理解するしかない。

それで、その男性は鑑定を終わって出て行った。
年齢の差から来る理解力の欠如。
なんともいえない後味の悪さが残った。
だが私は言うだけはいった。
彼の将来のために。