下記に空きがあります。
12/11(火)11時~12時、16時~17時30分、19時30分~20時
12/12(水)12時~13時30分、15時~17時30分
12/14(金)11時~12時、15時~17時
12/15(土)19時~20時
12/16(日)12時~14時、15時~17時
12/18(火)11時~12時、15時30分~17時30分、18時~20時
12/19(水)11時~20時
12/21(金)11時30分~20時
12/22(土)11時~13時30分、15時~16時30分
12/23(日)11時~17時
12/25(火)11時~20時
12/26(水)11時~20時
12/27(木)11時~17時
12/28(金)11時~20時
今年は12/28までとさせていただきます。

予約は、営業時間内で受付けます。
【沖川の営業時間】
火・水・金・土(11時~20時)
日曜日 (11時~17時)

予約受付電話番号 090-4023-5430 (携帯なら1クリックで電話がかけられます)

ただし、電話鑑定中は予約の電話に出れないことがあります。その場合は電話鑑定が終り次第こちらから折り返しお電話させて頂きます。

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信頼しているから自立できる。
信頼していない者は自立できない。

信頼していたのに裏切られた。
信頼していたあなたは精神的な自立でき、裏切った相手は精神的な自立ができない。
そのように考えよう。
自立とは信頼し合うもの。それなくして自立はできない。

か弱い女性は、一人で自立などしなくてよい。
人と接しながら人と組ながら自立すればいい。

自立とは、他への従属から離れて独り立ちすること。 他の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事を行うこと。ひとりだち。独立。 親もとを離れて暮らす。などの自立の定義があるが、私が考える女性の自立は「精神的に自立する」ことにあると思う。

女性は依存と従属。
男性のように一匹狼となって一人で逞しく生きるより、女性は女性らしく集団生活に溶け込む方がいい。家の中にいる女性、その方が女性らしくていい。女性の生きる道が「依存と従属」なら素直にそれを認めよう。依存と従属に抵抗を示すのでなく、自立ができていないから私はダメだと思うのでなく、依存と従属は私の住処だと思って、素直に受け入れよう。その方が女性の力は発揮されやすい。独立独歩の女性はごくわずか、大方の女性は依存と従属の中で女性らしい魅力を発揮していけばいい。

依存と従属の中で真価を発揮させるためには、
「精神的に自立する」ことである。
社会の集団の中にしても、親もとにいても、結婚して家庭の中にいても、付き合っている彼氏がいても、気になる人好きな人がいても、友達の輪の中にいても、誰かの助けや支配の中にいても、社会・親・夫・恋人・友人などの多くの人に助けられた依存や従属の中にいても、精神的に自立することである。女性は一人では生きていけない、誰かと組まなければ生きていけない。誰かと組むためには精神的な自立は欠かせない。それがないと相手の犠牲になってしまうからだ。集団や組織、誰かと組むためには、依存と従属は仕方がない。相互依存しないと生活はなりたたないからだ。ここでいう精神的自立とは、依存と従属の中でも、しっかりとした自分を持つことにある。

しっかりとした自分を持とう。
人生は順調にはいけない。
人生とは波瀾万丈。
艱難辛苦は常につきまとう。
波瀾万丈や艱難辛苦を乗り越えるのは、精神的に自立したしっかりとした自分だけである。

誰かと組むのなら、依存して従属していい。
だが、しっかりとした精神的な自立も併せて持つこと。

人生には常に波乱がある。
付き合っていた彼氏に突然振られることもある。
彼氏がよそ見して浮気することもある。
夫にいきなり離婚を突きつけられることもある。
夫の浮気が発覚することもある。
片思いの好きな人に君には恋愛感情がないと振られることもある。信頼していた友人に騙されることもある。親、兄弟・姉妹、身内の犠牲になることもある。
愛しているものに裏切られることは人生には多かれ少なかれある。
人生は何が起こるかわからない。

波瀾万丈に遭遇したとき、
人はパニックになる。
お先真っ黒となり、
この先どうしていいかわからなくなる。

だが、この危機を乗り越えるのは自分しかいない。
自分を助けるのは自分しかいない。
頼れるのは自分だけだ。
そのために精神的自立が必要である。
集団の中にいても、誰かと組んでいても、依存と従属の中にいても、
頼れるのは自分という精神的自立を持とう。

精神的自立を持っている人はパニックを抑えることができる。
パニックを抑えれば、好きな人も彼氏も夫も家族も友人も社会もあなたのもとへ帰ってくる。この世界を動かしているのは自分だと思えば、きっとそうなる。頼れるのは自分だけである。


強者が弱者を守る。
彼は扶養する人で私は扶養されるという関係が、強者が弱者を守るという関係かもしれない。
弱い女や子供は強い男が守る。それはごく普通で、当り前のことだった。
今までは・・・・・・そうだった。
今までとは……昔の話。

昔の女性たちは、弱者を引っ張っていくのは強者の義務であり、彼らがそうしてくれなければ私たちは生きていけないと、あの手この手で訴えた。

訴えた先は、男の自尊心とプライドに。
女性の訴えに対して、強者が弱者を守るのが男のプライドであり自尊心でもあった。
男のプライドと自尊心は小さいころから植えつけられた。
弱気を助けるのが男の役目。強くたくましい男に育って、か弱い女・子供を守れるようにしなさいと。
男は小さいころからそのように教育される。
小さいころからの教育が大人になるころには、当たり前のように、それが男の人格形成となった。

そして結婚して家庭を作る。
妻をめとり、子供も生まれて、一家団欒の家庭生活がスタートする。
旦那は扶養する人で妻と子は扶養されるという関係が出来上がる。
家庭を守る妻たちは、弱者を引っ張っていくのは強者の義務であり、旦那がそうしてくれなければ私たちは生きていけないと、あの手この手で訴える。

このあの手この手で訴える女たちに男たちは従った。
従ったのは男のプライドと自尊心がそうなるように仕向けられていたからだ。
つまり小さいころの男は強くたくましくなりなさい、弱いものを助けるようにという教育が、そうさせていた。

ときどき男たちが切れて「オマエらは誰のお陰で飯が食えてんだ!」と怒りをあらわにすることがあるが、それに対して女たちは、「男のくせにそんなことをいうのは卑怯よ。男が働くのは当たり前のことでしょ。どこの家庭でもやっているわそんなこと。それをここでいうなんて、あなたって男らしくないわ、無責任よ!」と倍返しの反論を食らう。

妻の反論に男たちはたじたじとなり、もうこれ以上何も言えなくなる。
あとは言ったことの後悔と反省が残るだけ。
そうだよな…(男としてあんなことは言ってはいけないよな…)。
男のプライドと自尊心が、オレは男のくせになにをやっているんだと悔いあらためる。
こうして男たちは、また弱者を守る立場に回る。

このDNAが現在の男性にあるか。
私はあると思う。
弱者を守るのが強者の役目というDNAが。
どの男にもあると思う。
これが男だ。このプライドと自尊心がなかったら男は生きていけない。
だから、どの男にもこのDNAは存在するはずだ。

問題はこの使い方だ。
昔の女たちは、あの手この手を使ってこのDNAを引き出してきた。
あの手この手とは、とても失礼な言い方だが、生きるためにそうしてきた。
女ってしたたかかもしれない。だが生きるためにはしたたかさも必要。
彼らがそうしてくれなければ私たちは生きていけない。
そのためにあの手この手で、男にそれを言い聞かせる。
これは優れた戦法だし、男のプライドと自尊心をくすぐる。
だからあの手この手で言っていいと思う。

さらに昔の女性はその使い方を向上させた。
反論したら、旦那さんを信じること。
つまり反論した後に黙ること。
そのあとは旦那に任せること。
黙って信じることで仲直りをする。
喧嘩の翌日から普段通りの生活が始まる。
妻は旦那さんのために美味しい料理を作り、子供たちの世話も生き甲斐を持って見る。
その流れに持っていくことで、男のプライドと自尊心は蘇ってくる。
妻たちはそれを知っていた。
言い放ったあとにネガティブにならないことを。
不安も危機も感じなかった。
これが出来たから、家庭運営はうまくいった。

それに対して現代の女性たちはどうだろう。
あの手この手言い放つことはあるだろう。
ときにヒステリックになって言い放つこともあるだろう。
でも、そのあとがいけない。

そのあと旦那のことを信じない。
そのあとにネガティブになりひどく落ち込む。
そして不安と恐怖が襲いかかる。

喧嘩は仕方がないとしても、そのあとの対応がまずいんではないかと思う。
妻がいつまでもネガティブなら、旦那の男としてのプライドと自尊心が蘇らない。
とどのつまりは「別れよう」離婚となる。

男のプライドと自尊心は女が信じることで蘇る。
それが出来れば万事うまくいく。





女性は男性に依存している。
男性も女性に依存している。
人は誰かに依存している。
子供のころは親に依存して、大人になれば先輩や上司に依存し、社会や会社に依存する。
自ら責任を果たすことなく、頼りになる人間、もしくは社会に依存する。
依存している人は不平不満が多い。それは自ら責任を取らないので不平不満という形になって現れる。
そんなに不満なら自ら責任を取ればいいものを取ろうとはしない。
ただ不平不満を言っていればいいと考える。

恋愛においても男女は平等に依存している。
今の恋愛は相互依存であり、共依存である。
だから不満が出る。
依存型の恋愛は常に不満ばかり、常にネガティブな考えが中心となる。
それだから苦しみの連続となる。

私の恋愛は相互依存と認めれば楽になる。
「それでいいではないか」と認めれば楽になる。
認めないからいつまで経って不平不満ばかりの苦しみが続く。
相手が頼りにならないと決めれば苦しみはなくなる。
相手が頼りにならなければ、自分で何とかしなければならないからだ。
だから認めよう、相互依存を。
お互い様だと。

認めれば、依存しなくて済むようになる。
相手には相手のやるべきことをやってもらって、自分は自分のやるべきことをやって楽しめばいい。
それができれば信頼関係の相互依存の形ができる。
相互依存とはお互いを理解し協力し合う関係。
これからの愛の形は、「人」という字の支え型ではなく、「H」という字のお互いが自立して握手をしている形。
それが今の恋愛や結婚に求められる。

力のない弱い者同士が手を組めば、1+1も5にも6にもなる。
それがHスタイルの協力し合う関係。つまりマスターマインドの関係。
そこに持っていくべきである。

これからの時代は女性も多少の自立は余儀なくされる。
いつまでもおとぎ話の世界にいてはならない。
そのために自立に向けた、自分の欠点を見直そう。

自分の欠点リストを作ってみる。
たとえばこんな感じに。

私にはそれだけの頭がない。
この人たちの方が、私よりずっと面白いし、知識も豊富だ。
私はこの人たちほど立派ではない。
私は成功したくてもできない。
私はいつもあきらめてしまう。
私が何をしたところで、どうにもならない。
彼らは心を決めているから、私には彼らの気持ちを変えることができない。
私はただ流されて生きているだけで、何も変わらない。
私がどんなに間抜けか知られてしまうだろう。
私は女だから、どうせ耳を傾けてくれない。
これをするには、私は若すぎる。
これをするには、私は歳をとりすぎている。

このリストを逆に変換する。
私にはそれだけの頭もあり能力もある。
私の方がこの人たちの方より、ずっと面白いし、知識も豊富だ。
私の方がこの人たちより立派だ。
私は成功できる。
私は最後まであきらめない。
私が何をかすれば、どうにかなる。
彼らの気持ちは変えることはできないが、私の気持ちは変えることができる。
私はただ流されて生きているわけではない、私にはこうなりたいという目標がある。
私がどんなに優秀かいつかわかってくれるだろう。
私が言えば、みんなが耳を傾けてくれる。
これをするのに歳は関係ない。

このように欠点リストを長所リストに変換すること。
嘘でもいいから変換しよう。
今はその実力がなくても、嘘でもいいから変換してしまうこと。
変換すれば、これがあなたの目標となる。
目標とは欠点の逆から見つけ出すもの。
どんな目標であれ、目標にすれば1年で達成する。
これは世界中の偉人達が、「そうだ」と言っている。
あなたも「そうだ!」と言おう。

欠点を変換できれば、
女性の自立は無理なくこなせる。
そんなに難しいことはない。
ただ相手と相互依存しながら仲良くやればいいだけのことだから、難しいことはない。
これをちょっと考えるだけで、どんな女性も多少の自立はできる。
難しく考えるからできない。
だから、もっと気楽に考えましょう。


幼児期は、
女は結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教えこまれる。

おとなになって、
社会は、女性が社会にもっと進出し、社会で光り輝くべきだと教えこまれて自立を促す。

前者と後者にはギャップがある。

片方でか弱い女性らしさを求め、片方で自立した強い女を求める。
これはすごいギャップだ。
つまり中途半端だ。

男たちの思考にも同じことがいえる。
理想の妻は可愛くか弱い女の子らしい癒やし系女子。
僕のいいなりで、僕に逆らわない、僕を立ててくれる女性が理想の妻となる。
でも経済力は別だという。

か弱い癒やし系の女子。
経済力は自立した強い女性。
自分に対しては優しく甘く。
社会に対しては強く。
この二つを求めている。

でも、この二つの考え方には矛盾がある。
これをまともに受けたら、
男はずるい。
男は卑怯だ。
となる。

か弱い癒やし系の女性を求めるのなら、あんたが責任を持って食べさせていきなさい。
経済力のある自立した女性を求めるのなら、あんたが彼女のいいなりになって尻にしかれなさい。
この両者は成立しないのだ。

ところが今の男性はその両者を求めている。
自分に優しく社会で自立している女性を。
男たちも戸惑っているのだろう、この中途半端な時代に。
男の責任が果たせなくなった時代は、女性に依存する時代に男たちも身を置いている。男女平等法というかさのもとに。

女性が依存なら男性も依存。
この傾向が現代社会では蔓延している。
中途半端な男のプライドで、過去の微々たる男のDNAで、責任取る男らしさを発揮しようとすることもあるが、厳しい現実に直面し、自分の経済力では食べていけないと気づく。希望は女を食べさせたい、でも現実は不可能という葛藤の渦にいる。女は結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教えこまれてきた。その願いを現代の男性たちには叶えられない。叶えられるのは少数の男性しかいない。男も結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだという依存傾向になりつつある。つまり男性が女子化している。女性が依存なら男性も依存という時代になってきた。

女性が依存なら男性も依存。
時代をそのように先読みした方が、今後はうまくいく。
と私は思っている。
おとぎ話は終わった。
男も女もおとぎ話は終わった。

女性が依存なら男性も依存。
共依存の時代。
ここにメスを入れ、中途半端を改善することだ。

まず、今の時代は中途半端な時代だと認識すること。
そこから始めよう。


多くの女性が本心では、自分の力で生計を支える必要がないと感じている。
「これからの時代は女性も自立するべき」そういった社会全体の風潮で娘を大学や大学院に入れる。今の時代は男性だけではあてにできない。結婚しても夫に何かあったら家計を支えるのは妻の役目となる。夫の病気や怪我、あるいは最悪の離婚に備えて、今から準備して置くべき。そのために大学へ行き、さらに専門性を高めるために大学院に行く。そして男性と同じ土壌で社会人としての6スタートを切る。

ところが、大学教育を受ける男女の比率は同じだとしても、社会の進出は同じではない。女性が選ぶ職業は事務系、教育系、美容系、アパレル系、看護や福祉系などの女性らしい仕事に就くことが多い。大学院で修士や博士の学位を取っても、その学位を生かす専門職に就くのは全体の50%とも言われている。多大なお金と多大な時間かけてやっと取れた学位や資格でも、半数は宝の持ち腐れとなっている。また専門職に就いても3年で3割は辞めてしまうという統計もある。

そこで生じるギャップ。
そのギャップを「成功へのギャップ」と私は呼んでいる。
つまり女性は成功したくないのだ。成功することにギャップを感じるのだ。
成功するためには髪を振り乱して泥臭く頑張らなくてはいけない。
朝から晩まで汗水垂らして働き、睡眠時間を削って、健康も度外視して、女を捨てて働かなくてはいけない。女は嫌なのだ、女を捨てることを。基本的に女は美容と健康に良くないことに従事する職業を望まない。美容と健康を維持する仕事に就こうとする。髪を振り乱して泥臭く働く仕事には就こうとしない。

髪を振り乱して泥臭く働く仕事は男性に任せて、女性はその補佐役に回ることが多い。仕事の責任者は男性に据えて、その補佐役に回る。営業なら営業事務。研究職なら助手。会社経営なら秘書などの補佐役に回る。NO1よりせめてNO2に留まることに専念する。責任を取らない2番目にいるのが居心地も良く、そこがベストポジションとなる。そのポジションなら美容と健康にもいい。女性らしくおしゃれをして、街を歩いても綺麗に見られる。綺麗を損なう泥臭い仕事には就きたくもない。泥臭い仕事は綺麗になれないから女性の本能からして避けることが多い。

自立とは泥臭いもの。
成功とは泥臭いもの。
自立と成功は女らしさを奪う。
だから、自立も成功もしたくない。

成功へのギャップはまだまだ続く。
女性らしさを損なう自立と成功はしたくない。
だが、社会全体の風潮には恐怖を抱く。
今の男性はあてにできない。女性も自立するべき。女性が社会にもっと進出して、社会で光り輝くべき。こういった風潮に恐怖を抱く。

「男は外で働き、女は家庭を守る」という昔の形態が壊れた今、女性たちは恐怖に脅えている。本来の女性は、女は他人の付属物で、結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教えこまれてきた。それが今は自立しろ、成功しろという。このギャップについていけないままおとなになった。そこに弊害とギャップがある。



年収2000万円が400万円に下がった。
30万円の家賃と子供の私立の学費が払えない。
現状を聞いた私は、まず彼女のパニックを抑えることにした。

パニック症候群。
これが彼女の現状である。

彼とのデートを優先して仕事を減らした。
それによって売り上げがどんどん落ち、会社が倒産寸前になった。
途中でデートを優先するのを辞めればよかったものの、人が求める欲求不満はそう簡単に辞められるものではない。火がついた欲求不満、命の炎を灯す欲求不満は神以外辞めることができない。神は欲求不満を持たないからだ。だが、人間は違う。人間は欲求不満を中心に持っている感情の生き物。彼女は己の感情に従った。それは女の喜びだ。女は好きな人が現れると感情の赴くままに全面的にそれに従う。力のある女性ほど全面的に従う。それを仕事に生かせば成功を納めるが、恋愛に生かすと仕事がダメになる。彼女は力のある女性、恋愛に全力投球したお陰で仕事がダメになった。

その反動が来た。
彼とのデートを優先して仕事を減らしたことで仕事がダメになったという反動が。それによって彼女は酷く落ち込み、パニックとなった。

私の仕事は彼女のパニックを抑えること。
女性のパニックの抑え方は、まずは話を聞いてあげること。
我慢強く、根気よく、最初から最後まで丁寧に話を聞いてあげること。
途中から口を挟むのは、より話を深くより進化させるための言葉のみを使うこと。
彼女の一連の話は1時間半に及んだ。女性は余すことなくこと細かく喋る性格を持っているので、忍耐強く私はそれに付き合った。ことが重大なのでいつもより話をもらすまいと聞いた。

一連の話を聞いて、彼女はひどく脅えているように見えた。
そこにいるのは強い女経営者ではない。
ひどく脅えた弱い女がいるだけである。
今後の不安と恐怖に脅えている女。
どうしょう・・・対策を立てられない女。
そして恋を辞めようとしない女。
頭がごちゃごちゃになりパニック寸前である。
パニック症候群になる前に私は次の手法を取った。

私が話を長く聞いたせいか、彼女は少し落ち着きを取り戻した。
ここからである私の真価を発揮するのは。

一般や第三者の意見なら、
彼女がやったことは非難されるだろう。
「男に夢中になってバカじゃないの」と彼女を責めるのが中心になると思う。親であろうが、友人であろうが、大学教授であろうが、弁護士であろうが、裁判官であろうが、政治家であろうが、経営者であろうが、一般大衆からエリート層まで、社会の常識では彼女がやったことは、なんて非常識でなんて愚かなことだと非難されるだろう。

私もそういう部分もあるが、私が非難するのは話をより深く聞き出すために使っている手法で、上の人たちとの考え方とは違う。彼らは非難して潰すが、私は再起の手法を取る。

再起の手法として。
まあ、いいじゃないか。
女になって良かったね。
という。

このくらいやらないと女がすたるよ。
という。

女の部分をとことんやったね、おめでとう。
という。

これだけとことんやれば、しばらく恋愛はいいね。
という。

大丈夫、相手は待っているから。
という。

男は一度好きになったら死ぬまで持ち続けるものだよ、君が再起すれば。
という。

そう、再起すれば男は待っているものだ。彼女の再起を待っているといっていいだろう。どんなにあくどい悪い男も、どんな誠実でいい男も、女の再起を待っている。

彼女はやり手の女性経営者。
再起できるだけの力はある。
それが彼女の潜在能力。

私は彼女の潜在能力を引き出すのに専念した。
年収200万円の人は200万円、500万円の人は500万円、1000万円の人は1000万円の潜在能力がある。
人の対価は今持っている能力によって支払われる。
彼女はすでに年収2000万円の能力を持っている。
この能力は色あせたりしない。
恋愛ごときで色あせるわけがない。
きっかけさえあれば、いつでも年収2000万円は取り戻せる。
そのやり方を彼女自身すでに知っているはずだ。
それを私は引き出す。

その後の話し合いは、彼女のネガティブを外し、彼女の潜在意識の能力を引き出すことだけに集中して話し合った。
その結果、彼女にやる気が見え始めた。
私には、人を喜ばせる力があること、
顧客に夢と希望を与える才能があること、
オレ様で横柄で気難しい社長さん相手に納得してもらえる説得術と営業力があること、
私の講演にたくさんの人々が参加してくれること、
私は人を喜ばせ人を集める力があること、
私には、たくさんのアイデアやプランがあること、
彼女はみるみる蘇り生気を取り戻していった。

もともと潜在能力の高い人。
ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
安心して、鑑定を終わることにした。
最後に、経済状態が元に戻ったら、彼とうまくいく方法を教えると約束して終わった。


職業的に成功した女性は、外見的には自信のかたまりのように見えますが、実は自己不信の根を心に隠し持っている。

それがあらわに出るのは恋をしたとき。

恋をすれば女性は女になる。
女になった女性は恋を優先する。
その結果、
仕事がうまくいかなくなり、やがて今までの成功が崩壊する。

男性も恋愛によって仕事がうまくいかなくなり、成功が崩壊する危機を迎えることがあるが、男性はそのままその流れを見過ごすことはしない。男性の脳には性衝動の変換、恋愛衝動の変換機能があり、仕事がピンチになったら恋愛を止めるスイッチがある。このスイッチのお陰で崩壊する危機を乗り越えることができる。だが、そのスイッチは恋する女性にとっては悪魔的な存在。このスイッチが入ると男性は恋愛を止めてしまうからだ。彼の仕事が忙しくなり、私を構ってくれなくなった、音信不通となった、という原因がこの恋愛を止めるスイッチにあるからだ。このスイッチのお陰で多くの女性たちが苦しんでいるのを私は目の当たりにして見てきた。

男性は仕事の危機を迎えれば恋愛のスイッチを止めるが、女性はスイッチを止めない。逆にスイッチが過熱していく。女性には恋のスイッチにON・OFFがないようだ。

ある女性の例を紹介しよう。
職業、年齢を伏せた、ノンフェクションの内容。

その女性はバツ1のシングルマザー。
夫と離婚して苦労した末に起業した。
去年までは年収2000万円の経営者。
美容系の会社を興し、スタッフも10名ほどいるやり手の女性経営者。
離婚した当時は子供をどうやって育てていこうか?という不安があったが、持ち前の根性と努力で事業を成功させた。
離婚から10年。今は仕事も生活も安定している。都内に賃貸30万円の高層マンションに住み、子供は私立に行かせている。女性の中で1000人に一人いるかないかの成功を彼女は収めた。これも去年までの話。

今年になって彼女はある男性と恋をした。
彼もやり手の企業家。年収は彼女の倍ある。

こう考えると、二人は条件がいい。
経済力も価値観も能力も人間性も性格も器の取れたお似合いのカップルだ。

彼女は彼のことを尊敬して、彼も彼女のことを尊敬している。
二人は当然のごとく恋に落ちた。

最初は順調だった。
だが、半年を経過したあたりで様子がおかしくなった。
この一連の流れは男と女ではよくあること。
能力が高く経済力がある人でも所詮人間。人間の欠点を見せ始める。
この二人でも、私がいつもブログで書いているうまくいかない流れのパターンとなった。

彼は経営者、当然忙しい。
彼女も経営者、当然忙しい。

男性は忙しくなれば仕事に戻るが、女性は忙しくなっても仕事に戻らない。
この差が出てしまった。

女性は仕事が忙しくなっても仕事に戻らない理由ををあえて説明する必要もないだろう。
恋する女性なら誰もが起こす現象なので、あえて説明しなくても解ってもらえると思うから。
二人の関係は、その後どうなったかも?予想がつくだろう。

女性は恋をすれば女になる。
女性経営者も同じ女である。
恋をしても女にならない、鉄の女と呼ばれる女性経営者はそうそういるものではない。
彼女は女になった。そして基本に戻った。女としての基本に。

女の基本は好きな人を優先する。
好きな人に尽くしたい。
好きな人を愛したい。
好きな人に愛されたい。

女を取り戻した女性は、
成功を望まなくなる。
仕事漬けの毎日。不安とプレッシャーが常に襲いかかる戦いを望むわけがない。
女は弱い生き物。
強い男が現れれば、それにすがる。
彼女は恋したことによって成功を望まなくなった。

成功を望まなくなった彼女は恋愛を優先させる。
彼とデートするために、仕事をキャンセルする。
重要なお客さんとの打ち合わせもキャンセルし、仕事を後へ後へと後退させる。
彼との時間を確保するために、彼女はほとんどの仕事をキャンセルするようになった。

そして、年収2000万円だった彼女の年収が今年は400万円までに下がった。
売上げが落ちお金が入って来ないのだ。
年収400万円なら普通の女性ならまあまあだろう。
だが、彼女は家賃30万円払って子供を私学に入れている。
その生活は、年収2000万円という母体がそうさせていた。
家賃を払えば、お金はほとんど残らなくなった。
生活は目に見えて悪化していった。

なぜ、そこまで?と思うかもしれないが、女性とはそういうところがあるというしかない。
恋をすると後先が見えなくなるのが女性。
恋に命を燃やす女性。
成功を収めた経営者でも、ひとたび女になれば、奈落の底に落ちることもある。

彼女はこんな苦しい状態の中で私の鑑定を受けることになった。

続く。


以下、シンデレラコンプレックスを引用。

プロローグ おとぎ話がこわれた日。

多くの女性が、口先さけで自立について調子のいいことを言っても、内心はそれを受け入れていない。

女の子はこう教え込まれて育つ。
女は他人の付属物で、結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教え込まれる。

だが、おとなの現実世界では、
女たちよ、少女時代の夢ははかなく取るに足りないものだ。
求めるべきは経済力、権力、そして自由だ。人生で何をなすべきか、いかに考えるか、何に価値を見出すかを選ぶ能力を重視しなさい。安泰よりも自由が尊いと教え込まれる。

自由とは大変なものだと気づく。
女たちはおとなになり、自分より強い存在を風よけにして隠れているわけにはいかなくなった。わたしたちは良い妻、良い娘、良い学生であるだけではすまされなくなったのです。それは恐ろしいことです。今まで信じていたものが、すべて崩れ落ちてしまうのですから。

なぜ前進する機会を前にわたしたちは後退するのか、それは女たちが、恐ろしいものに直面し、それを乗り越えていくのに慣れていないからです。恐いものから逃げるように仕向けられ、子供の時代から、楽で危なくないことだけをするように教えこまれてきたからです。自由であるための訓練を受けずに、その逆の依存だけを仕込まれてきたのです。

依存は、すでに幼児期からはじまります。至れり尽くせりでしっかり守られ、パパやママの助けが欲しければ、いつでもそれをかなえてもらった幼児期。人に頼ることを不健全なまでに奨励されて育った甘い幼児期。女の子らしくしなさい。女の子が危険なことをしてはいけない。しおらしくおとなしくしなさい。つまり女性は、ある日、ある方法で、誰かに救い出してもらう存在と教え込まれるのです。しばらくの間がんばって努力すれば、子供のころのおとぎ話が実現し、ある日、誰かが、現実の苦しみからあなたを救い出すためにやってくるというわけです。

男の子たちは自分を救うのは自分以外にはないと学ぶのに。
以上、シンデレラコンプレックスのプロローグを引用。


シンデレラコンプレックスの文体を引用してみて。
普段私が感じていることが描写されています。
実際の鑑定でも、それが如実に表れているからです。

おとぎ話がこわれた日か。(うまいこといいますね)
おとなになって、厳しい現実に直面した女性たちが最初に味わう試練かもしれませんね。

乙女の崩壊。おとぎ話がこわれた日。それにあえぐ女性たち。
私の耳元ではあえぐ女性たちの嘆きばかり。

もう・・・仕事なんかしたくない。
嫌だ・・・こんな生活は。
一人では・・・寂しい。
早く・・・いい人現れないかな。
から始まり。

いい職についても。
いつまでもこの仕事を続けていられない。私は出世や成功など望んでいない。

素敵な男性に出会っても。
早く告白してよ、なにモタモタしているの。

相手がはっきりしないと。
ことを急いで自爆する。

彼氏の仕事が忙しいと。
なぜ私を放置するの、いつまで待たせるの、もう我慢の限界、許せないとキレる。

幸せな結婚をしても。
束縛とマンネリ化でこんなはずではなかったと後悔する。


女性はいつの時代も乙女。
乙女のように、可愛い女の子だと思って、至れり尽くせり大事に扱って欲しい。
女の子は、おとぎ話が永遠に続くと信じている。

だが、現実社会はそれを裏切るものばかり。
おとぎ話は崩壊する。


おとぎ話がこわれた日。
それにあえぐ女性たち。

こういった鑑定を、
私は毎日行っている。

この流れを一般論で言えば、
「甘い」となるだろう。

こんな甘い考えが現実社会で通じるわけない。
これが一般的論の解釈だと思う。

だが、私は違う。
私も最初は一般論だった。
その甘い考えを修正しようともした。

だが、なぜ?
女性たちは、私に嘆きを訴えるのか?
それは、
理解してくれる人がこの世にいないからだ。
とくに男性は役に立たない。
彼らは反対のことばかりをいって、女性を傷つけるしか能がない。

他に理解してくれる人がいない。
ならば私が理解しよう。
理解して、いい流れになるように修正しよう。
女性は理解してあげれば、自ら修正する能力がある。
この能力は男性より優れている。
これを発見した私は一般論から外れることになった。

一般論から外れよう。
乙女いいじゃないか。
可愛いからいいじゃないか。
女の子らしくていい。

乙女で可愛い女の子とくくれば、男が求めている理想の女性像となる。男性が求める理想の女性像になれば、男は女を守る。
それでいいではないか。

女性は、おとぎ話を続ける乙女でよい。
あとはネガティブを始末するだけ。
そう考えることにした。



前回のシリーズの31が抜けていました。
失礼しました。
遅ればせながら31を投稿したいと思います。

男性の浮気は人類が誕生して以来なくなりません(笑)有史以前でも有史以来でもなくなりません。歴史が繰り返すように男の浮気も繰り返されてきました。それは誰もが認める事実です。

さて、なぜ男は浮気や二股をするのか?
いろいろな諸説があると思いますが、私の考えは次になります。

なぜ男は浮気や二股をするのか?
「それは男女の生殖機能の差があるからです」。

まず男女の生殖器の違い。簡単に説明すると精子と卵子の差です。
男性は1日で1億の精子が製造され、女性は生涯で200個の卵子が製造されると言われています。大昔に読んだ何かの資料なので、私も詳しいことはわかりません。詳しいことは専門書をお読みください。ここで言いたいのは、男性が一日1億の精子に対して女性は生涯で200の卵子ということです。男女の生殖機能にはとてつもない大きな数字の差があるということです。

この数字の差で判断すると、
男性は種(精子)をばらまき。
女性は好きな人の種だけを受け取る。
となります。
つまり男性はあっちこっちに種(1日1億個の精子の種)をばらまくことができるが、女性は(生涯200個の卵子なので)誰でもいいというわけにはいかない。好きな人のみを受け入れる。反対に男性は好きでなくともそういうことができる。好みはあるが、基本的には誰でもよい、生理的によほど受付けない相手であれば。男性の中にもそういうことをするのは好きな人のみという男性もいるが、大方の男性は生理的にOKであれば誰でもよい。

男の浮気は種をばらまくことから。
そこから来ているとすれば、あとは理性でそれをカバーするしかない。
男性の精機能はしょうがないとしても、理性でコントロールはできる。
コントロールできないから浮気に発展する。
さらにコントロール不能な人は病的なまでに浮気に発展する。
病的な女狂いは手がつけられない。この病気は一生治らないだろう。
理性のコントロール機能のたがが外れた男は治すことができない。
これは病気と診断した方がいい。
病的な浮気男は、生涯浮気を繰り返すとも言われているから。


男性の二股について。
女性は好きな人一人のみを愛し、男性は複数の女性を愛する。
男性の二股はそこから来ている。
これも男女の生殖機能の差からきている。
実際に複数の女性を愛する男性を私は何千人と観ていますから。
あなた方も見ているでしょう。例えば芸能人とか。
恋多き女よりも恋多き男の方が多いのです。
また恋多き女は時期をずらして基本一人の男性ですが、恋多き男は同時期に複数の女性を相手にします。この違いがあります。

一人の男性を愛する女性と複数の女性を愛する男性。
この差が、男性の浮気、二股、を誘発していると思います。