ホーム > カテゴリ: 人生哲学
もし、答えをすぐさま見つけられる人がいたら、それは天才といっていいでしょう。

しかし、天才も悩みの中ら生まれたのです。

悲観に明け暮れた最悪な状態から生まれ、いくつもの苦痛に苛まれた最悪な人生から生まれたのです。

彼らは悩みに悩みを重ねて答えを見つけました。この答えを見つけ出すのに、相当苦労して相当悩みました。中途半端な悩みではく、それこそ命を削るような悩みから答えを見つけたのです。人間は深く・深く悩めば、あるとき電球のような光を「パッと」見ることができます。これが神から与えられたヒントです。それによって彼らは答えを見つけたのです。

なぜ、そのヒントを見つけたのか?

それは思考が現実化したからです。人間の人生は、その人が考えていることがすべて。その人が日がな一日何を考えているかで人生が決まります。

一日中考えている集大成が、その人の人生を創ります。そして、思考は悩みによって形成されます。なにもなければなにも考えずにボーっと生きていけます。そしてボーっと生きれば、ボーっとした人生を送ることになります。

一日中、イライラすることばかり考えていれば、頑固おやじかヒステリックおばさんになって、不平不満の人生を送ることになります。一日中仕事のことばかりを考えていたら愛のない仕事人間の人生を送ることになります。一日中恋愛のことばかりを考えていたら、生産性の上がらない人生を送ることになります。一日中考えていることがその人の人生を作るからです。

悩みの正体とは?答えが見つかっていないことをいいます。すると、なんの答えを見つけるかです。その問いに私が答えましょう。

それは「完成」です。
恋愛であれば成就。仕事であれば成功。つまり、自分の望みを完成させることです。自分は何を完成させたいのか、それさえ明確にすれば悩みがなくなります。あとはそこへ向かっていけばいいだけのことです。

「そんなことはわかっている」と多くの人が言います。しかし、多くの人がわかっていません。その証拠にぶれています。多くの人が完成を目指して進みながら途中でぶれてしまいます。途中でぶれるからまた悩みが勃発するのです。

人間は完成を目指して努力する生き物です。でも、途中でぶれるのも人間です。ぶれたら悩み、また気を取り直してチャレンジする。これが人間の真の姿です。これは動物にはありません。人間だからこそ成せる業なのです。

そして物事を完成させるには悩みはつきものです。悩んだ分だけいいものを完成させることができます。これが人間に与えられた特権です。だから、悩みは贅沢なのです。

死んだら悩むことはなくなります。悩みは生きている間だけです。そういった点で、悩みは最高の贅沢なのです。それを忘れないでください。



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だから、うまくいっていない恋愛で悩んでばかりいないで仕事をすることです。

まずは、生活を安定させること、この基本がないから、いつまで経ってもウダウダと悩んでしまうのです。

実際仕事をしていない人は悩みが多い。社会の一員となっていない人は悩み癖がついて一日中悩んでいます。暇は人間に悩みの時間ばかりを提供します。なぜ。そこにいるのか?それは最高の教育を忘れてしまったからです。

忘れたのなら思い出してください。最高の教育とは、日々の仕事と日々の生活にあることを、これが生きるための基本です。思い出したら、最高の自分磨きを始めてください。

さあ、始動です。いつまでもウダウダ悩んでないで、仕事をやりましょう。働いて生活を安定させることに着手してください。生きる基本は労働と生活。この基本さえ手に入れば、愛はあとからついてきます。


続いて、悩むことは贅沢なこと。それこそ生きている証拠。

悩むことは贅沢なこと。皆さんは、そんな発想なかったでしょう。どちらかというと悩みを排除する考えの方が強かったのではないでしょうか。

広く世間で言われているのが、悩みの世界にいるのは無駄なこと。生産性も上がらず利益も生まれない。悩む時間があればもっと有意義なことをことに頭を使うこと。向上心を持って前向きなことにチャレンジすること。明るい未来に向かって、希望のある未来に向かってチャレンジすること。この手のお話は、いろいろな自己啓発書にたくさん書かれています。

それらの教えによって、悩みは人生を無駄にする。その世界に長くいたらいけないと学んできました。なのに、人間は悩んでばかりいる。無駄なことだとわかっているのに悩んでばかりいる、なぜ?でしょうか。

それは・・・「悩むことが贅沢だから」です。悩みは人間に与えられた特権です。だから人間は悩みを抱えるのです。

考えてみれば、悩みがなかったら人間でなくなります。人間は生きている間、なんだかんだと問題を抱えて悩む。悩みがあることが生きている証拠でもあるのです。

悩みは悪いことばかりではありません。悩みは人を成長させるためにあるのです。私自身も悩みによって成長できたし、多くの人が悩みによって成長できています。悩みは生産性を生まないのではなく、悩みを克服することで生産性が生れるのです。

悩みがなくボーっと生きている人間より、どうすればこの問題を解決できるかと一生懸命悩んでいる人間に神はヒントを与えます。悩みとは、思考を現実化させる状態のことをいいます。それが人間だけに与えられた贅沢な思考なのです。

悩みは思考を現実化させます。しかし、妄想の世界だけでは現実化できません。なぜかというと、妄想の世界だけでは答えが見つからないからです。悩みの正体とは、「答えが見つかっていない」状態のことをいいます。

答えが見つかっていないから人は悩むといっていでしょう。具体的な解決策が見つかれば人は悩むことはありません。だが、この解決策はなかなか見つからない。人間というのは、自分がこうしたいという答えがなかなか見つからないようにできているのです。



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今日は「最高の教育」について語っていきます。

皆さんは最高の教育とは何だと思いますか?親の躾、学校教育、本から学ぶことだと思っていませんか?それらも教育の一環ですが、最高の教育とはいいません。

最高の教育は日々の仕事にあります。そして、最高の教育は日々の生活にあります。仕事と生活を維持することが最高の教育となります。

学校の教育など、教育のほんの初歩を教えてくれるにすぎません。人間は、読書ではなく労働によって自己を完成させることができます。

人間を向上させるのは学問ではなく行動。文学でなく生活であり、伝記ではなく働く意欲によって向上することができます。

もちろん学校教育や読書を否定しているわけではありません。すぐれた教育や本には学ぶことが多く、生きていく指針も与えてくれます。悩んでいる時、心を奮い立たせる糧としても役に立ちます。教育や読書は我々が目標を成し遂げるには何が必要かをはっきり示してくれるからです。

学校教育と読書はすぐれた学問を教えてはくれるが、それでもやはり、日々の労働と日々の生活には勝てません。人間の人生は労働と生活がすべてであり、学校教育と読書はそれを補う程度にしかすぎません。生きる基本は労働と生活。これに勝る学問はありません。

会社や職場で、お店や工場で、農家や林業で、商売などの自営業で、人が集まるところならどこでも、毎日の教育は実践されています。働きながらの生活が社会の一員になるための最高の教育なのです。

実際の仕事を学びながら人間性を磨き、克己心を養うことができれば、人は正しい規律を身につけ、自ら義務や仕事をこなしていけるようになります。

最高の教育は日々の労働と日々の生活から生まれます。人生で大切なのは生活。生活を維持安定させるための労働こそが人生でいちばん大切なことです。

人間の向上心や克己心は学校教育や読書から学ぶことはできません。学校教育や読書は自分がどの方向に行くべきか、何も教えてくれません。教えてくれるのは日々の労働と日々の生活が教えてくれます。日々の労働と日々の生活こそが、最高の自分磨きとなるのです。

最高の自分磨きとは働くこと。働いて得た金銭で生活を安定させること。これに勝る学問もなければ、これに勝る自分磨きもありません。


教育は普段の生活にあります。

朝起きて会社に出社する、それも教育です。

毎日会社に行くのが嫌だといいながら、生活のために会社に行く、これも教育です。

会社で様々な人間関係のトラブルに巻き揉まれる、これも教育です。

仕事が思う通りにはかどらない、売上が伸びない、仕事がうまくいかない、これも教育です。

家事がめんどくさい、朝、昼、夕飯の支度、汚れた洗濯物、散らかった部屋の掃除、子供の送り迎え、ああしんどい、これも教育

少ない給料でやりくりする、これも教育。

学校の教育では味わない教育が日々の生活の中にある。

人間生きている間は生涯勉強。

それを辛いと思うか、それが楽しいかと思うかで、大きな差が出る。

楽しいと思った方が勝ち。

楽しく最高の教育を受けよう。



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目標に年齢は関係ありません。

これは私の経験ですが、私も若い頃は目標などありませんでした。20代、30代、40代は夢が破れた経験ばかりで、夢を掴む年代になったのは50歳になってからです。人生の後半で「やっと自分にあった仕事を見つけた」といっていいでしょう。

そのとき思ったのが「目標に年齢は関係ない」ということです。逆に考えれば、今の仕事は若い人には無理、この年齢になってやっと出来る仕事かもしれません。幾多の失敗や挫折は人生の遠まわりではなく、自分が何をやりたいのかを見つけるための試練だと思います。

「今後どうしていいかわからない。」という言葉をよく聞きます。年齢に関係なく、将来に不安を抱え、生きる目的を失い、今後どうしていいかわからなくなったという人はたくさんいます。でも、安心してください。目標は今からでも作ることができます。今後どうしていいかわからないというあなた、「逆にこれはチャンスだ」と思ってください。

今後どうしていいかわからないということは、頭の中は新(さら)の状態、考え方次第で、自分の夢を描けるということです。夢を描くためには、まずは頭の中を整理することから始めて下さい。

整理の方法は、頭の中の不安とネガティブだらけの考えを考えないようにすることです。頭の中のキャンバスに目標を描きたいのなら、頭の中は真っ白でなくてはいけません。現在の頭の中がお先真っ暗の黒の状態か、もしくは先の見えないグレーの状態なら、一度考えることをやめることです。そうすることで頭の中はまだ一度も使っていない新(さら)の状態になります。

考えることをやめても、不安とネガティブな考えは後から次々と湧き出て来ます。そのときは不安とネガティブを味方につけてください。不安だからこそチャレンジする、ネガティブだからこそポジティブにすると味方につけてください。目標を達成する人は常に不安とネガティブとの戦いです。もうあんな不幸な時代に戻りたくないという意気込みが、目標を達成する原動力となります。

目標とは、そのものが新しいことを意味します。昔から夢描いていたものであっても、一から新しく作るのが目標です。今からでも遅くありません。もうあんな時代に戻るのは嫌だと、不安とネガティブな考えを味方につけて、自分にふさわしい目標を今からでも作ってください。



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楽をすれば苦しくなり、努力をすれば楽になる。

私は恋愛を心理学ではなく哲学ととらえています。なぜ、恋愛を哲学としたか、それは20年間の鑑定経験から来ています。お陰様でたくさんの方々から男女の心理を勉強させて頂きました。

この世には男性と女性しかいません。男女が織りなす悩みや葛藤は、どのジャンルでも起きています。仕事でも勉強でも人間関係でも、人間が活動しているどの分野でも起きています。そして、そこで起きている悩みや葛藤は、すべてが心の問題です。


努力と頑張りを味方にしましょう。
楽をすれば苦しくなり、努力をすれば楽になる。


努力して楽になるとサボってまた苦しくなる。苦しくなればまた努力していく。人間はこれの繰り返しだと思います。余裕のある人はほとんどいません。みんな限界ぎりぎりで頑張っている。限界ギリギリの人生を多くの人が歩んでいるのではないでしょうか。

ならば、ずっと努力して楽になる貯金をしていけばと思うのだが、なかなかそうはいきません。努力を継続するのはとてもしんどいことなので、しんどさに耐えられなくて努力をやめてしまいます。

人間はギリギリで生きている。不思議とどの人もギリギリで生活している。働かなければ食べていけない状況に多くの国民が追い込まれています。

努力をすれば楽になる。
だが、努力を続けるのはしんどい。

いったい自分はどこまで努力すればいいの、どこまで頑張らなければいけないの、死ぬまで永遠に努力して頑張らなければいけないのか!「もう勘弁してよ」といいたくなります。

一生続く努力を誰も褒めやしません。一生続くと思うと、もう苦しくてたまらない。早く楽になりたい。宝くじでも当たらないかな、株でひと儲けできないかなと安易に考えるのが人間の悪い癖です。

多くの人がギリギリの生活をしている。サボれば苦しくなり努力をすれば少しは楽になる生活をしている。楽になるよう努力を続けることができればいいのだが、苦しみに耐えきれない人間のサガが邪魔して、いつまで経っても余裕のある生活ができない。

それで人間は努力という言葉を忌み嫌い、頑張ろうという言葉を忌み嫌うようになる。この二つの言葉は、精神的に人間の心を追い込むからです。

努力して頑張って良くなればいいが、中には良くならない人もいる。そうなると人間は頑張る気力が失せて来る。「頑張れ、努力しなさい」という言葉は、やがて禁句となり、忌み嫌う言葉となってしまった。

結果がでないと当然そうなるね。努力しても無駄、頑張っても無駄となると、この二つの言葉は人間に嫌われても仕方ない。

結果が出ないのはオマエの努力が足りないからだ。結果が出ないのはオマエの頑張りが足りないからだ。パワハラ上司にいじめられているような気分になってしまうからです。

「努力」や「頑張れ」がそこまで嫌われてしまったか、可哀そうだね、努力君や頑張り君が。人々に嫌われて報われない「努力君」と「頑張り君」が寂しがっています。誰か友達になってください。

そこで、「努力君」と「頑張り君」と友達になりましょう。

友達になるためには、あまり期待しないことです。成果を上げようと期待しないで、ただ仲良くなればいい。仲良くすれば辛いと思わないし、苦しいとも思わない。いつでも隣にいる仲間。仲間なら一緒に向上心を持って成長していけばいい。

仲間外れにされた努力君と頑張り君をあなたの仲間に入れよう。来る日も来る日も遊んであげよう。こいつよく頑張ったな。こいつよくここまで努力したなと褒めてあげよう。

そうすることで、皆に嫌われた「努力君」と「頑張り君」があなたの味方になります。今までは嫌々努力して頑張っていたから味方にならなかった。今は味方だ。あなたの最高のパートナーだ。「努力君」と「頑張り君」を味方にすれば、人生恐いものなしとなる。それによって、あなたはギリギリの生活から脱出することができます。



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前回欲望には2種類あると記事にしました。

1,苦しむための欲望

2,楽しむための欲望

この2つが人間にあるということです。

苦しむための欲望とは何か?そして楽しむための欲望とはなにか?私なりに考えてみました。

私の答えは、良心に反していることが苦しむための欲望で、良心に正しているのが楽しむための欲望となります。

何事も清く正しく行動しなさいということです。

正しい行動は決して楽ではありませんが、それをやりこなすことで、楽しい欲望に変わります。

反対にせこくてずるい行動は、最初はうまくいくかもしれませんが、あとで苦しい欲望に変わります。

欲望は誰しもあります。夢や目標も欲望でしょう。出世して成功するのも欲望でしょう。好きな人と結ばれることも欲望でしょう。いい大学に入りたい、いい会社に就職したいも欲望でしょう。金持ちになって豊かな生活がしたいも欲望でしょう。車を買うのも家を買うのも欲望でしょう。それらの欲望が悪いわけではありません。またそれらを欲望を達成するには大変な努力が必要なことも分かっています。

でも、それらの欲望の中にも、苦しむための欲望と楽しむための欲望があります。

苦しい欲望になるのは、ずるくてせこい欲望を持つからです。出世のためなら人を追い落とす、金持ちになるために悪行に手を染める、相手に彼女がいるのに奪い取る、奥さんがいるのに奪い取る、人を騙して人を不幸にして自分の欲望を達成することが、苦しむ欲望の典型例です。そんな欲望はいりません。それらはみんなずるくてせこい考えからきているからです。

楽しむための欲望にするには、ずるくてせこい考えは持たないことです。世の中正しく生きてもうまくいかないことが多いかもしれません。それでも、せこい考えやずるい考えを待たず、自分ができる精いっぱいのことを正しくやればいいのです。精いっぱい正しくやる心がけを持っていれば、悩みや問題は、いずれ解決できるようになります。一つの目標を達成するためにいくつも困難があります。そしてこの困難は正しい考えを持っている人でないと解決できません。ずるくて卑怯な考えでは困難を解決することができないということです。

今日からせこい考えやずるい考えを持つのをやめましょう。

いいじゃないか、自分が損をしても。

それより、正しい方を選択することです。


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京セラ創業者である 稲盛和夫さんが信奉した西郷隆盛の「敬天愛人」

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その意味は、
「人間の人間たる所以、人心の最も大事な要素・作用は愛と敬にある」愛と敬は人間だけが徳目としている。

愛は普遍的なもので、人間ほど発達していないが動物にもある。動物の親子の親子の愛の姿は私たちも折にふれて見ることができる。親が子供を育て、守って行こうとする愛の姿はとても感動的である。

人間の中にも、自分の子供を捨てる人でなしがいる。そんなものと比べれば、動物の愛情の方が優れているのかもしれない。

だが、敬となると動物には無理である。
天がこの世に人間を送り出したのも、敬の心を備えた人間に崇高な使命を果たせようとする意図に他ならない。

人間が理想に向かって少しでも進歩向上しようと思えば、必ず敬の心が湧く。湧けば湧くほど進歩向上に発達することができる。

先日お亡くなりになられた。
稲盛和夫さん。
私が尊敬する偉人でもありました。

西郷隆盛が説いた「敬天愛人」それを座右の銘として、経営にあたっていたのですね。だから、いくつになっても情熱的に仕事をこなしてきた。この情熱の基は「敬天愛人」にあった。人を敬い人を愛する心は人間だけが持っている素晴らしい心ですね。



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恋愛で困っている人。

仕事で困っている人。

人生で困っている人。

電話鑑定において、相変わらず悩み多き人が多い。

人は常に不安や心配事に脅えて恐怖と不安の中にいる。もちろんそうでない日もあるが、そんな楽しい日々は長く続かず、心はすぐに消極的になりネガティブな日常を繰り返すことになる。

そこで私の鑑定を受ける。

喜んであなたの悩みを聞きましょう。

私と話して心が晴れるのなら仕事冥利に尽きる。

どれどれどんな悩み?え、なに?

彼との恋愛がうまくいっていない。

仕事がうまくいっていない。

人間関係がうまくいっていない。

なるほど・・・いっぱいあるね、うまくいっていない事柄は。

全部OKです。

私がまとめて整理しましょう。

うまくいっていないのは、心がくたびれて病んでいるだけのこと。

私の鑑定の基本姿勢は、この心をなんとかすること。

心がネガティブならポジティブに変えればいい。

皆さんはネガティブの通り魔に冒されているに過ぎない。

こんなものをいつまでも相手にしていないで、追っ払ってしまえ!

そうすれば心は晴れるようになるから。

自分が心配したり恐れているときは、これは本当の自分の姿ではない。

また悪魔が来ていたずらをしているな。

それに気づいたら気持ちを打ち切ればいい。

悪魔はそのまま消滅する。

心配事や恐れなんて、あなたが打ち切れば消滅するようになっているんだよ。

だから、これ以上悪いことを考えないと打ち切ればいい。

でも、打ちきれません。

そういう人もいるね。

そういう人は希望を持つこと。

希望があれば悪魔の考えは打ち切ることができる。

その希望はどこから湧いてくるの?

私があなたに希望を与える。

私はあなたの潜在意識の力を見抜くことができる。

希望はそこにある。

この希望さえあれば、悪魔は退治できる。

いつまでも悩んでいるあなたは、本当のあなたではないよ。

「光の前に闇はない」

だから、光り輝く希望に向かいなさい。


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恋愛の話ばかりでなく、たまには別の話、人生哲学でも語りましょう。

「自分は何のためにこの世に生まれたのか?」

と自身に問いかけたとき、果たしてオレは私は何のためにこの世に生まれたのか?ちゃんとした答えを持っている人はそうそういないと思います。

この記事を書いている私もそうです。自分はなんのためにこの世に生まれたのか?その意味が未だに理解していません。人生の前半はどちらかというといい加減に生きたかもしれません。人生の後半になって少しや目的を持って生きるようになりましたが、これといった大それたことをやったわけではないので、まあ平凡かな、ボチボチかなという程度で今日まで来ました。

私だけでなく多くの人が生きた証として残るのは、出生証明書と名前の刻まれた墓石くらいかもしれません。平凡な人生を送り、ひっそりと息を引き取るまでに、人生で2億円分の商品とサービスを消費したという事実です。

中には成功した人もいるでしょう。

若いけど、頭いいなコイツという人もいますから。

成功をテーマにした本は多数あるし、成功者になるセミナーもたくさん開かれています。その中で実際に成功して大富豪になった人もいます。自らの知恵と努力で、人より優れた能力を発揮し、他では真似のできない商品や事業を展開し、商品が売れ、アイデアが売れ、成功した金持ちもいます。

凄いねこの人たち。勝ち組だね。
羨ましいところもありますが、人間として欠点もあるから…どうかな?というのが正直な感想です。

金持ちになった代償として、友人を失ったり家庭崩壊の憂き目にあっている金持ちもいます。またその一方で富とは無縁の人生を送りながら、つつましく家庭を守っている人もいます。天は二物を与えない。天は一人の人間にいくつもの才能を与えることはない。 また、ひとつの才能に秀でている者は、往々にして他に欠点があるということです。

どちらがいいのだろう。私は後者の方かな。つつましく生きる方に一票あげますかね。前者も少しワクワクしますが、自分には無理だと思います。

でも、つつましく貧乏は嫌かな。

最低限の文化的生活はしたいから。

友人を失い家族を失い、そんな代償は払いたくないですが、それらを維持しつつ、中の上を目指す。それならできそうですね。しかしね、それも大変よ。才能がないのだから努力をするしかない。この努力ってのが厄介で継続することが難しい。才能があって能力があって勢いよくポンポンやってしまうような人が成功者になる秘訣だろうが、そうすると人間としての欠点が浮き彫りとなってしまう。そうはなりたくない。人間性は失わず、中の上を目指すのは意外と大変かもしれない。

大富豪になる必要ない。
けど、貧乏は嫌。
自分は平凡でいい。できれば中の上くらいがいい。

そう考えている人が多いのではないでしょうか。

妄想では大富豪になって贅沢三昧の暮らしを夢見るかもしれませんが、しかし現実的ではない。現実は自分にあった質素な暮らし。その中で少し上を目指す。これが1億人の民が考える現実ではないでしょうか。

そしてその生活をキープするのは難しい。多くの人が日常でそれを味わっていると思います。

それでいいではないかな。

これから目指すのは、
「偉大なる普通」でいいではないかな。

偉大なる普通か。

いま、ちょっと閃いた言葉なのですが、いいですね。

「偉大なる普通」この言葉いいですね。

皆さん、偉大なる普通を目指しましょう。



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人間は消息で生きている。

消息を辞書で調べると、物事のその時々のありさま。動静、状況、事情という意味だが、ここでいう消息とは、人が生きたり(息)、死んだり(消)すること、世の中のあらゆるものが、生まれてきたり死んだりすることを消息という。

人間も動物も植物もいつか死ぬ運命にある。それに逆らって生きることはできない。人の人生もすべてがこの波の中で生きている。これが自然の法則である。

つまり世の中には自然の法則があり、それに沿っていけば順調に目的地に到達することができる。ところが、それに逆らっていると、すべてがちぐはぐとなり前進することができない。

歴史上、英雄と言われた人たちが、どういうわけか意外にももろく挫折したり、運命のいたずらとしかいえないような悲運の最期を遂げたのも、このような消息、すなわち自然の法則に逆らったからだと考えれば納得できる。

英雄のすべてが正しいわけではない。正しい行いもあれば悪い行いもある。目的のために人を騙すこともあれば、出世のために卑怯な手段を講ずることもある。プライドでもって相手を打ち負かすこともある。称賛に値する英雄でも妬みや嫉み嫉妬の対象となることもある。うまくいっている時は伝説のようにはやし立てられるが、一度伝説が崩壊すると犯罪者扱いとなり極刑となる。

なぜ、そうなったのか?
それは、自然の法則に逆らって生きたからだ。もちろん最初は尊く清く正しく生きていたが、目的が達成し、さらに野心が高まり、もっともっと欲しいという欲望が出てきて、征服欲が強すぎて自分をコントロールすることが不全となり、最後は悲運な最後を遂げたのである。

中には、尊く清く正しく生きたという英雄もいる。尊く清く正しく生きているのに不運な目に遭ったという悲劇のヒーローもいる。だが、よくよく考えてみると、生涯を通して尊く清く正しく生きたどうかは疑問が残る。

途中から間違った精神、間違った思考で生きたのではないだろうか。はた目にはあんなに良い人がなぜこんな不幸な目に遭うのという同情心を抱かせるような悲しみの伝説となるが、やはり不運な最後を遂げる人は、本人も知らぬところで自然の法則に逆らって生きたのではないかと思う。

そういった現象は英雄だけでなく一般の人にも起きている。自分は何も悪いことをしていないのに、なんでこんな不幸な目に遭うの?という話をときどき聞くからである。

悪いことをしていないのになぜ不幸になるのか?それは本人が自分は悪いことをしていないといっているだけで、本人が知らないところで悪いことをしているのである。そんなバカな?と思うかもしれないが、実際にはそんなバカなことが起きているのである。

なにが起きているかというと、自然界の法則に逆らったからである。自然の法則とは、人が生れて死ぬまでの生き方が正しいかどうかでその人の運命が決まる。生き方が正しくなければ、自分は悪いことをしていないといっても不幸になる。

正しい生き方とは?
それは、積極的に生きること。

生れて死ぬまでの間、人間は積極的に生きなければいけないのに消極的に生きてしまった。「消極的に生きることは悪いこと」それを知らずに、自分は何も悪いことをしていないと言い聞かせて生きてきた。ネガティブで悲観的に悪いことばかり考えて、悪いことをせず生きてきた。なんで自分はこんな不幸な目に遭うのという人は、そのことに気づいていないのである。

自分は悪いことは何もしていないが、消極的に生きているとなれば、それは悪いことなのである。

まとめ。
人間は自然の法則「消息」に従って生きるべきである。


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