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金持はみんな悪いことをしているという、悪い評判を作らないでいただきたい。
みんなしているからというずるい考えは持たないでいただきたい。

政治家や企業の経営者や芸能人が様々な恥やスキャンダル引き起こしているのはまさに豊かさに慣れ、贅沢になり、利権をむさぶって心が腐り切っているからです。利益を得、富を得ることのみに心が奪われてしまうと、不正を行うことや法を犯すことの重大さに気づかなくなってしまいます。それは大変恐ろしいことです。

芸能人の不倫や歌舞伎役者の隠し子問題。緊急事態宣言下における政治家の銀座のクラブでの夜のお遊び。それらのスキャンダルは恥以外なにものでもありません。

本人にも言い訳はあるでしょうが、言い訳そのものがまた恥です。言い訳よりもこんな恥なことは二度とやらない。一生やらないと誓った方が男らしいのではないでしょうか。彼らは、金銭欲、酒欲、色情欲は金輪際断った方がよろしいでしょう。

政治や企業の重鎮に携わる人は国民の見本となるべきです。国民をリードしていく政治家や企業家が率先して金を追い、モラルを見失って法を犯し、天下の利をほしいままにする。その利を振りかざして酒欲、色情欲に走る。こうなったら最悪、最低な人間となります。

人間の欲望とは恐ろしいもので、彼らも若い頃は純粋な志を持っていたはずです。ところが利権にむさぼり地位や名誉に走るようになってから、モラルを見失い法を犯すようになった。悪徳自然に身につく。彼らは歳を取るにつれて悪行が自然に身についたのです。

また反対に徳が自然に身につく人もいます。歳をとるにつれて善行が自然に身につく。そういう人間だっているのです。是非とも善行が自然に身につく人間になって欲しいものです。

悪を断ち切るには、「なにもないことが一番」
お金もない、利権もない、地位や名誉もない、人気もない、酒欲も色情欲もない。ないない尽くしでいくことです。あったとしてもなしでいくこと。欲望を無駄に使わない。過ぎたるは及ばざるが如し。自分はお金もなく地位や名誉もなければ人気もない。ない、ない、ない、なにもない、あったとしてもなしでいくことです。お金や地位や名誉や人気に溺れるから欲望に負けてしまうのです。「なにもない」とすればいいのです。




緊急事態宣言も延長され、日本経済も心配だが、一番心配なのは個人の個人の暮らし向きだと思います。皆さんはどうやって暮らしていますか?

私自身の暮らし向きは、以前より細々と暮らしています。
もともと細々と暮らしていましたが、さらに細々とです。
細々とは、無駄に贅沢をしないという暮らしです。
外食を控え、映画も見ず、コンサートやライブに行かず、カラオケも行かず、旅行も行かず、仕事以外は家でじっとしている生活です。まるでコロナ優等生の生活ですね。私の生活はまさしくこれです。

この生活ではつまらないのでは?
若い人ならそうかもしれませんが、私くらいの年齢になれば、つまらないというより慣れですね。慣れてしまえば、どうってことありません。このままこの生活がずっと続くとは思えません、コロナが終息したら、活動を外に向けた日がくるでしょう。外食したり旅行したりと、その日が来るのを待ち望みながら、今は細々とした生活に慣れることを自分に言い聞かせています。

コロナ禍で楽しいことは?
暇なことかな。
今まで忙しかったから、現在は暇をもてあそんでいます。
常に予約がびっしり埋まっていた頃が懐かしい。
あのときは忙しかった。でも、今は閑古鳥がないているカアカアと(笑)

なかなか人って来ないですね。待ち人来ずの気分です。
「待ち人来なければ暇を楽しもう」開き直ってそう考えるようにしました。
コロナ禍で楽しいことは、私の場合は暇です。そのように考えるようにしました。よし、暇を慣らしてしまえ。「暇はいいね、命の選択だ」と思うようにしました。

暇のときは、なにしているか?
退屈しています。のんびりです。ゆったりとした時間が流れています。せかせか慌てることがありません。

思い起こせば、ここ15年間なかったかな、ゆったりとした時間がなかった。いつもバタバタと忙しい思いをしていた。まるで時を刻むようにせかせかしていた。自分は時計の秒針か?分刻みのスケジュールで動き回った気がする。セカセカバタバタ分刻みのスケジュールで、次から次へと難題に答えていた。習慣とは恐ろしい。忙しくても慣れてしまえば、これが当たり前の生活となる。


ところが今はどうだ。
今は、暇をもてあそんでいる。
これは今までなかった生活だ。

これって…慣れろってことかな。
暇に慣れろ。あなたに足りなかったのは、暇を掴む心だ。
なんか神様にこう神に言われている気がする。

今まで忙しかった。
疲れただろう。
だから、今はのんびりしなさい。
と、言われているような気がする。

今のうちに休んでおきなさい。
また、忙しくなるから。
と、言われているような気がする。

そうか。

じゃあ、お言葉に甘えてのんびりするか。

慣れてしまえば、それが習慣となって回るから。

あとは、細々と楽しく生きていけばいい。



チコちゃんに叱られるかもしれないけど。
最近ボーッと生きている。
コロナ疲れか、年末疲れか、単なる年齢的なものから来ているのか、よく分からないけど、活力がない。なんかけだるい。

まあ、いいか。
こういう時間を過ごすのも・・・たまにはいいか。
けだるいのは、癒やしを求めているからだろう。
そこで音楽を聴く。
けだるい癒やしで、ユーチューブで探してみる。

あった。
小野リサさんの「あの日に帰りたい」
♪あの頃の私に戻って、あなたに会いたい♪
ちょっとけだるい歌い方、声質に聞き惚れた。
小野リサさんの歌声を聴いて癒やされた。

なんだろうね、この歌は。
一番良かったあの頃に戻りたい、青春時代に戻りたいというより、過ぎてしまった過去を思い出しながら当時を懐かしく思っている、今の私にぴったりだ。

さて、いつまでけだるく生きるか。
慌てることはない。
明朗快活な生き方を信条とする私だ。
また、来年から少しは快活になるだろう。
だから今は、けだるくノンビリ生きよう。

幸福の土台は、快活さを失わずに努力すること。
プラス思考で前向きに明るく積極的に活動しなさい。
それは分かっている。人生は常に快活に努力しなさいだろ。

西洋哲学では、みな同じ事を書いてある。
強い願望と信念を持って、それに従って忍耐強く行動しなさいと。
それは分かっている。分かっているから、いつでもそれができる。
だが、突っ走ってばかりではつまらない。
たまには、けだるさもいい。

人生の大半は、明瞭快活な生き方でいくこと。
それは分かります。
だが、それでは余裕がなくなる。
仕事の虫になって人間性を失ってしまう。

だから、1割はけだるく生きる。
ボーッと生きていることもお勧め。
退屈で暇、何もすることがない。
退屈な時間を贅沢な時間という。
今は贅沢な時間を味わっている。
また活力を得るために。

もちろん、ずっとけだるく生きていくつもりはない。
ずっとけだるく生きたら、人生を台無しにしてしまう。

またずっと快活に生きていくのもしんどい。
ずっと快活に生きていたら、人間らしさを失ってしまう。

快活さとけだるさを上手にミックスして生きればいい。

明朗快活な生き方は、また来年から。

来年新たな気分で頑張ろう。




今年は、皆さんコロナ禍で頑張った。

頑張りすぎて、燃え尽き症候群になった人もいるかもしれない。

車に例えるなら、エンジンがオーバーヒートしている状態か、燃料のガソリンがなくなっている状態。

こういうときは休めばいい。

美味しいものを食べて、たくさん栄養を取って休めばいい。

もうすぐ正月休みだ。

丁度いいではないか。



苦しい時の神頼み。
自分もある。
苦しいときに神頼みをしたことがある。
だが、願いはぜんぜん叶わなかった。
叶うどころか、逆に後退して悪くなった。

私だけでなく、そんな経験は誰にもあるのではないだろうか。神は無常、本当に苦しんでいる人を助けてくれない。神様なんていない。信じた自分がバカだった。

今は自分も大人になったので、苦しい時の神頼みはしない。神は神聖なものと崇めているので、神様なんていない、神様を信じないと愚弄したりもしない。ただ、神は自分の心の中にいる神聖なものとして。

私は神社の凜とした空気が風水上いいので、年に数回神社を訪れる。川越にはいっぱい神社があるから。

神社に行っても、自分都合のお願い事はしない。神は自分都合の願い事は聞き入れてくれないと分かったからだ。願い事をするのは、自分以外のみんなのこと。世界が平和でありますように、お客様が幸せになれますようにと願っている。自分のことは願わないようにしている。

神は盲目ではない。
自分のことを願っても聞き入れてはくれない。「自分のことは自分で何とかしないさいよ」といっているような気がする。そうだね、神は盲目でないから、自分のことは自分でやるしかないか。神頼みした分が愚かだった。神は盲目でないから、さらに試練を与えてくれた。ありがいたい試練を与えてくれた。

逆境は自分で乗り越えるしかない。
逆境の乗り越え方は、希望を捨てないことだ。
どんな逆境でも、希望を捨てないことだ。
希望を持ちながら、誠実に忍耐強く努力していくこと。
「希望をもって誠実に忍耐強く努力していく」これが、神が与えた人間の力、人間の基本だ。これを私たちは持っているのに、努力を放棄して神頼みに走るから、願い事が叶わないのである。

「もう一度基本を取り戻しなさい」と神様がおしゃっている。
誠実に忍耐強く努力しなさいと。

わたしは努力してきました。
苦しいことにも耐えてきました。
誠実に忍耐強く努力しても、願い事は叶いませんでした。
という不幸な人もいる。
誠実に忍耐強く努力しても、願い事は叶わなかったと。

この人に足りなかったのは、希望を捨てたこと。
どんな逆境でも、希望を捨てないこと。
希望を捨てれば、努力は水の泡となり悲観に終る。
希望持っていれば、努力は永遠に続けることができる。
だから、努力中にうまくいかなくても希望は捨てないことだ。

希望というのは、自分はこれだけやりましたと後悔することではない。希望というのはこれだけやりましたけど、結果ダメでしたということより、結果に囚われず続けることに意味がある。希望の意味は、どんな逆境でも希望を捨てないこと。途中で希望を捨てるから、努力したけどダメでしたと後悔するのである。ダメから続けるのもまた希望を復活させることになる。だから、最後まで希望を捨てないでほしい。

幸運の女神はいない。
いないから、あなたが女神になればいい。

神は盲目ではない。
神頼みではなく、あなたが人間としての素質を取り戻せばいい。
希望を持って、誠実に忍耐強く努力していく人間の基本を取り戻せばいい。



メリークリスマス。
今年はコロナ過でおうちクリマスが多いと思いますが、皆さんはどうお過ごしですか?感染拡大が過去最高を更新しながら迎えたクリマス。それぞれ気をつけながら、楽しいクリマスをお過ごしください。

クリスマスの思い出。
ここ20年、クリスマスは毎年仕事をしているので、私の方はとくに思い出はありません。どちらかというと、来年のプランを立てながらお客さんと過ごす日となりました。クリマスを恋人過ごせなかった人に「来年はパートナーと一緒だ」というプランです。

本日、2020年12月25日のクリスマス。
来年のプランを立てる人が何人いるか?楽しみです。本日はまだ1名しか予約が入っていないので、皆様の御予約お待ちしています。私と一緒に来年のプランを立てて見ませんか?年末は今年の総決算、年末に来年(未来)の構想を練ることはとても良いことだと思います。

私のクリスマス。
クリスマスの思い出は若いころにあったかな。
10代後半から20代前半のクリスマス。
恋人はいなかった。
例年、一人ぽっちのクリスマス。
寂しかったけど、いい思い出だった。
東京の安アパートで暮らすクリスマス。
わびしさもあったけど、自由だった。
また、この自由が良かった。粋で洒落ていた。
クリスマスソングを聴きながら、一人ワインを飲む。
ハードボイルドな映画を見て、男臭さを演じる。
「男はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」などと言ってみる。いや~かっこいい。クリスマスは哀愁漂う一人の時間を粋がって過ごした。

あの当時のみんなは寂しかったのではないだろうか。いまのみんなも寂しいかもしれないけどね。でも、寂しいのは悪いことばかりではない。自由という素敵な時間を手にすることができる。自由を手に入れるには、孤独に強くならなければいけない。そして自分は手に入れた、孤独に打ち克つ心を。

今となっては、それが自分の人間形成を作ったのかもしれない。
寂しさに耐える力。苦しさに耐える力。
これが人様より、ちょっと強くなった。
そのお陰で今日があるのかもしれない。

孤独に強くなれば、余裕が生まれる。そして、余裕があれば寂しがって弱っている人を助けることができる。「男はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」これが実践できる。

人間は何でも経験です。
苦しみも悲しみも辛さも経験です。
潰されるから、経験が生かせないのです。
生かすことです。
どんな苦しみも悲しみも辛さも生かすことです。
生かすことが出来れば、タフで優しい人間になれます。



こんな時期は誰しもある。
目標もなく生き甲斐もなく、堕落してしまった自分。周りの人はクリマスイベントで心を踊らせているが、自分はとくにない。ひとりぽっちのクリマスだ。

寂しいか?というと。
そうでもない。

若いころは寂しかったが、今はひとりぽっちの方が気は楽だ。一人で過ごすクリマスはいいものだ。クリマスソングも聞こえず、聖夜の鐘も聞こえず、ブルーライトでキラキラ光っているイルミネーションを見ることなく、冬空の下でなんとなく生きている。

なんでこんなわびしい記事を書いたか?
人生の大半はわびしいからだよ。
みんなが華やかに生きているわけではない。
多くの時間は孤独の中でいきている。
一日何もすることなく、堕落した生活の中で生きている。

では、仕事はどうか。
仕事が忙しければ、仕事以外何もすることない。
それで一日が終る。後は家に帰って寝るだけ。
ただ、それだけだ。

恋人がいなければ、休みの日は家でゴロゴロしている。
たまに出かけるのはコンビニくらい。
クリスマスケーキは買わず、コンビニ弁当を食べる。
ホットチキンを1個つけて。

なんか今日の記事は暗いね。
今日は寂しがっている人の味方。
孤独も退屈もいいよ、ノンビリできて。
でも、あんまりノンビリすると・・・。
どうかな?という気持ちになってくる。
そのときは、そのとき考えればいい。

そのとき何を考えるかで、あなたの生き甲斐が出てくるから。

生き甲斐か?
自分には何があるのだろう。
考えたけど、何もない。

なければ、ないでいい。
そのまま、一人で孤独を噛みしめながらボーッと生きればいい。
そのうち、ときが回って自分の番がくるさ。

孤独で退屈だという人は、余裕のある人だ。
生き甲斐を求めて走り回っている人ほど余裕がない。
その点、退屈な人はその気になれば何でも出来る。
何でも出来るが、今は何もやる気が起きないだけ。
さて・・・何をやろうかなという時を待っているだけ。
このまま何もやらず一生が終ってしまうかもしれない。
それでもいいよ、不安にならなければ。
これから死ぬまで余裕があるのは良いことだ。

何をやっても面白くない。
何もやる気が起きない。
逆にそれは平和だ。
あなたは平和の中で幸せに暮らしている。
まったりしたこの時間を楽しめばいい。

堕落してしまった自分、目標もなく生き甲斐もない。
人生の大半はこんなものよ。
堕落した自分を責めれば、また堕落してしまうよ。
堕落ではなく孤独を楽しんでいると考えよう。
そのうち堕落にも飽きてくるだろう。
飽きれば、また何か活動を始めるさ。

活動すれば、メンドクサイ目標が、メンドクサイ恋愛があなたを待っている。あなたの思考をかき乱し、あなたを不安に陥れ、来る日も来る日もそんなことばかり考えてしまう余裕のない生き甲斐があなたを待っている。

人間には活動期と休止期がある。今は命の洗濯の休止期。またメンドクサイ活動期があなたの生き甲斐となって訪れるだろう。だから、今のうちに休んでおきなさい。



時代とは社会に任せるものではない。
政治や経済などの社会情勢に任せなくいとも、自分で時代を作ればいい。
一度しかない自分の人生。自分で時代を作ればいい。

そこまで粋がらなくとも、自然と時代は作れる。ただ、その流れに乗っていけばいいだけのことだ。時代の流れに乗るのを悪い意味でいっているのではない。怠惰な流れではなく、やるべき努力をしながら時代の流れに乗ればいい。自分は真面目にやっている、それでいいではないか。そうすれば、自分の時代は自分で作れる。

若いときは苦しかった。青春とはいつの時代も苦しいものだ。青年期になっても中年期になってもこの苦しみは続いたが、今思い起こせばそれで良かったと思っている。真面目に生きていれば、必ず自分で時代を作れるからだ。

自分は、その時代の主人公だった。
楽しいこともあれば、辛いこともあった。しんどくて辞めたいときもあれば、妙にハマって一生懸命になったときもあった。楽しかった、苦しかった、生き甲斐を感じた、やる気がなくなった、幸せだった、不幸だった、喜んだ、悲しかった。最後に残ったのは、みんないい思い出だ。いろいろあったけど・・・自分はその時代を生きていた。

いま、あなたが苦しんでいるのなら。
時代は変わるから、もう少し踏ん張ってみては。
なに?もう踏ん張れない。
ならば、辞めて次の時代に進んだら。
時代とは、苦しみが終って進むものだよ。
君の苦しみはここで終了。
それでいいじゃん。
ご苦労様。

しばらくは失った悲しみが続くけど、でも大丈夫、時代は変わるから。
また、あなたは新しい時代の主人公になれる。
今度はどんなドラマが待っているか、楽しみだね。
いいドラマを作るためには、ときを味方につけることだね。
そうすれば、自分にぴったりあった時代を作ることができるよ。

時代が終ることを恐れてはいけない。
逆にワクワクするくらいで丁度いい。
楽しみだね、次の時代が。


幸せとは何か?
幸せは過去にも未来にもない、幸せは今ここにあるのです。

あなたの心はやすらいでいますか?
やすらいでいれば、あなた幸せです。
やすらいでなければ、あなたは不幸です。

幸せになるためには、心をやすらぐ時をどれだけ得るかです。
ですから、心をやすらぐ時を作るようにしましょう。

幸せは過去にも未来にもないのです。
幸せは、心をやすらいでいるこの瞬間にあるのです。

なに・・・彼とうまくいっていない?
それは穏やかではないですね。

なに…彼とは音信不通?
非常識な人間ですね。

なに…彼と喧嘩した。
自分勝手でワガママな人間ですね。

なに…彼と別れた?
この世の終わりみたいな最悪の事態ですね。

こんなことばかりしていたら、心はやすらぐことはできませんね。

どうしますか?

そんな時でも、心はやすらぐことです。

幸せは過去にはありません、幸せは今にあるのです。

別れた彼は過去の物語になりました。

昨日別れても、昨日は過去です。1時間前に別れても1時間前は過去です。あなたはやるだけのことをやって、相手が言うことを聞かずに別れました。もう、過去の話です。過去に拘って生きるよりも、今この瞬間をどう生きるかです。どんな最悪な状況でも、人間は志次第で心を穏やかにすることできます。さあ、終わってしまった彼はおさらばして、心やすらぐ時を今から作っていきましょう。

言ったでしょ。
人間、志さえあえれば心やすらぐ時が作ることができるって。

志とは何か?
志は、幸せになる法則です。

不幸な人は心がやすらいでないから不幸になるのです。

だから、失恋したあとは注意が必要です。

悲観して落胆して、悲しんで苦しんで、憎んで愛して、すぐに心が乱れてしまうからです。心がやすらいでないと人は幸せになれません。ですから、どんなに悲しい状況でも、強引に心をやすらぐ状況に持っていくことです。どんな最悪な状況でも、すぐさま頭を切り替えて、心をやすらぐ状況に持っていくことです。これが志です。あなたはこの志をマスターすることです。


成功だけの人生もなければ失敗だけの人生もない。
成功した人は、転んでは立ち上がり、失敗と成功を差し引けば、成功がひとつ多かったので勝ち越したといっていいでしょい。
この言葉は確か松下幸之助の言葉だったと思う。人生は失敗と成功を積み重ねてひとつだけ成功が上回ればいい。多くの成功を願うより、失敗を一つ上回る成功を築くこと。

成功が失敗を一つ上回るだけでいい。
なるほどね。
あの経営の神様と言われた松下幸之助も、こうして経営をしていたのかと思うと勇気が出ますね。この言葉を聞けば、誰しも失敗を恐れずにチャレンジしようという気持ちになります。一つだけ勝ち越せばいいのですから。あなたの人生も一つだけ勝ち越すことができるように頑張ってください。

先月彼氏と別れた。
別れとは失敗です。失恋という失敗です。
先月別れたのなら、来年新しい人を見つけて勝ち越せばいいのです。成功が失敗を一つ上回るためにはチャレンジしなくてはなりません。このまま負け組で終わることなく、来年は勝ち組になることです。今年もわずかとなりました。今年は負けても来年は勝てば大丈夫です。来年に期待しましょう。

松下幸之助は良いことを教えてくれました。
成功が失敗を一つ上回るだけでいいと。
あなたも、成功が失敗を一つ上回る人生を歩んでください。


歳をとっても老害そのものの人がいる。
石川県の77歳の市議が金属バットを持って市役所に現れ、現行犯逮捕された。77歳にもなって、こんな非常識なことをするのか。

雲南市の65歳の市長が、入院していた病院で看護師に暴行を加えけがをさせたとして、16日夜、傷害の疑いで逮捕された。65歳にもなって、こんな非常識なことをするのか。

これは氷山の一角で、成長より後退している年寄りはたくさんいます。政治家でも官僚でも学者でも医者でも弁護士でも公務員でも大企業の社員でも、いい職業について偉いと思われるエリートの中でも、歳を取って成長するどころか逆に後退している年寄りはたくさんいます。もちろん中流以下の人にも成長より後退している年寄りはたくさんいます。

彼らは下手に人生経験が豊富にあるのでとても厄介です。年取って成長しているどころか、逆に後退していっている。まさしく老害です。

ごくまれに、私のことを老害とコメントする人がいます。もちろんコメントは削除していますが、そうか老害か?私のことをそう見ているのか?これはいけないね、(今後気をつけよう)という反省材料にしています。

反省から、私は老害にならないと決めました。
私は歳を取っても成長したいからです。
肉体は衰えていくが、精神は成長させたい。

そのために頑固にならないこと。
頑固は老害のもとです。
いつまでも頭を柔らかく心は柔軟でいたいと思っています。

心を柔軟にするために、自分が間違っていたら謝るようにしています。老害年寄りは謝りませんから。自分の信念は曲げませんが、それ以外のことは人に譲るようにしています。お客さんに「先生それは違うよ」と言われたら、そうかゴメンゴメンといって相手の意見に従うようにします。それから真実を見極める作業に入ります。答えは私よりも、相談者であるお客さんの心の中にありますから。素直に真実を聞き出す作業が重要なのです。頑固な老害年寄りでは相手の素直な心は引き出すことができません。

老害年寄りは、素直に謝ることができません。
保守的で頑固なのです。自分の身を守ることしか考えていません。だから、毒政治家、毒企業家、毒親になったりするのです。

彼らは年取ってから成長するより、後退していっています。
悪いように後退していっています。みっともない彼を見て、私は真似しないと決めました。私は老害にならないと決めたのです。目指すのは、歳を取れば取るほど成長したい自分でありたい。それを目標にしています。