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ここに思い通りにいかない男性がいる。

20代~30代の若い男性。
人生経験が浅くて若い。結婚するには丁度いい適齢期を迎えているが、社会人としては発展途上にある。7割は適齢期に結婚するが、3割は結婚を考えていないはみ出し者がいて、付き合っている女性になかなか結婚の意思表示をしない。

40代~50代のミドルの男性。
人生経験と社会経験が豊富になる頃。この年齢の男性はバツ1が多く、一度結婚に失敗した男性が多い。離婚した奥さんが子供を引き取っていて養育費もかさむ。またこの年齢で一度も結婚をしたことのない男性は、変わっていて、どこかおかしい、という性格を持っている。

60代以上のシニアの男性。
人生の終盤を迎えた男性。この年齢の男性は「もう恋愛は卒業」という年齢に達している。男として元気がなく、女性を幸せにする気力・体力がない。中には色気に走る爺さんもいるが、恋愛をするパワーは若い人に比べてうんと少ないので物足りなさを感じる。

どの世代にも女性の思い通りにいかない男性がいる。

なぜ、思い通りにいかないのか?
それは、結婚を考えていないから。

思い通りにいかない男性をズバリいうと、「結婚を考えていない男性」といっても過言ではないと思う。恋愛の成就が結婚だとすると、女性の思い通りにいかない男性は結婚する気がない男性のこという。結婚する気のない男性は、付き合っている女性を振り回し冷たく扱う。なぜ、そんな態度を見せるのか?それは責任を取りたくないから。

そこら先は、男性の思考と女性の思考が違ってくる。

女性は、あなたが結婚したくないのなら、わたしはあなたとの結婚はあきらめます。その代わり、あなたとパートナーを組みたいの。結婚はできなくても、あなたとは一生仲のいいパートナーを目指したい、という。

だが、この考えは男性には通用しない。

男性は一生仲のいいパートナーという中途半端な考えは持ち合わせていない。男性の愛の基本は責任。責任の持てない中途半端なパートナー制度は頭から受付けない。

一生続くパートナーは法律で契約した結婚相手に限る。結婚した相手には責任を取れるが、結婚していない恋愛パートナーには責任が感じないので、長く続かない。


男性の愛は責任。
責任の取れない愛は長く続かず、短く終る。男性ってね、目標や目的がないと生きていけないの。問題を解決するために生まれているのだから、結婚しなくてもいいから、このまま一生仲の良いパートナーを目指そうよと言われても、そんな中途半端なことができるわけない。

男性は明確な目的がないと何もできない生き物。なぜ一生仲のいいパートナーができないのか?何度も言いますが、そこには責任がないから。男性の愛は5年で冷める。5年から先は責任という重みがあるから続くのであって、責任のないパートナーは男性の特性上無理がある。

男性の愛は、最初の半年テンションが高く、半年後に落ち着き、この子が結婚相手としてふさわしいかどうか見る。つまり、この子に責任が取れるか、取れないかを見る。同時に、自分が責任を取れる能力があるのか?それなりの経済力があるかどうかを見る。

この子が結婚相手としてふさわしくない場合は責任が取れないと判断し、また自分に結婚する能力や経済力がない場合は責任が取れないと判断する。男の愛は最初にラブロマンスだが、やがて責任という大きな壁がのしかかってくる。

だから、男は一生続く仲の良いパートナーはできない。できるとすれば、それはもはや彼女ではなく単なる友達に過ぎない。友達から彼女に出世したとしても、愛に責任が発生する以上、やがてその愛は終ることになる。

ダラダラと同じような記事を書いてすみません。
何度も何度も同じことを書いたのは、これだけ書けば理解してくれると思ったからです。

最後にもう一度書きます。
男性は責任の取れないパートナー制度はできないということです。



愛することも大事だが、客観的に見ることも大事。

両方合せて恋愛はうまくいくようになっている。うまくいかないのは、片方が欠如しているから。愛することだけに夢中で、相手の中味を見ていない。中味はいいが、どうも好きになれない。感情と理性が一致して始めて恋愛はうまくいくのです。

好きだという気持ちに翻弄されると、相手の思うつぼとなる。思うつぼとは?いい加減に扱われることを意味する。女性ばかりの愛が強すぎて男性はそうでもないという現象が続けば、相手から手を抜かれ、約束も守らず、連絡も激減し、なかなか会おうともしない。

こうなると苦しい恋愛ばかりが続く。苦しい恋愛が続けばやめればいいのに、女性は苦しめば苦しむほど、この恋愛を続行する。まるで悲劇のヒロインのように。悲劇のヒロインは潮時がわからず、いつまで経っても、うまくいっていない相手を愛し続ける。


そろそろ潮時です。
愛することも大事だが、客観的に相手のことを見ることも大事。現時点ではどちらが優先されるかというと、客観的に相手の本性を見抜くことが大事です。

冷静になって、相手の本性を探りましょう。彼は人間性が優れていますか?中味は誠実ですか?約束は守りますか?時間は守りますか?礼儀やマナーはありますか?男として社会に貢献していますか?家族を養うだけの経済力はありますか?

あなたに対して協力的ですか?あなたを大切に扱っていますか?あなたをひとりの女性として見ていますか?あなたのことを愛していますか?これらの客観的な事実を冷静になってちゃんと見ることです。

冷静に客観的に事実を見て、中味のない男性だと判明したら。

もう潮時です。

これから先、悲劇のヒロインにならないことです。

彼を解放してあげましょう。

違います。

あなたを解放してあげましょう。

あなたはよく頑張った。

悲劇のヒロインとなってよく頑張った。

これだけ頑張れば、次はヒロインになれる。

悲劇ではなく幸福のヒロインになれる。



世の中は無常だ。

信頼している友人に騙された。
信じていた恋人に裏切られた。
心から尊敬していた人に馬鹿にされた。

生きていれば人生は辛いことだらけ。友人に騙され、恋人に裏切られ、人からバカにされ貶されることもある。「世の中無常だ」といってしまえばそれまでだが、だが、そんなことはしょっちゅう起ることで、その都度世の中無常だといっても仕方ない。

生きていれば何回もそういうことがある。反対に良いこともたくさんある。人生は悪いことと良いことを繰り返しながら回っている。晴天の時もあれば嵐のときもある。暗闇のときもあれば光輝くときもあるのが人生。

人生のわずかに二つ三つの辛さを味わったくらいで、それをもとに社会のすべてのことを判断するのは、決して健全な心とは言わない。

自分の狭い経験だけ判断せず、公平に大きく広く世間を見渡す客観的な心構えを持ってほしい。人生は狭い了見で判断するのではなく、トータルで判断する心構えを持って欲しい。

トータルで判断すれば、

自分を騙した友人も、トータルで判断すれば良い友達だった。

自分を裏切った恋人も、トータルで判断すれば良い恋人だった。

自分をバカにした人も、トータルで判断すれば良い人だった。

となるだろう。

清廉潔白な聖人君子の人間はいない。

聖人君子でない人間は、魔が差して悪いことをする。

友達を欺き、浮気をして、人を罵倒することもある。普段は温厚な人でも、憂鬱になったり、将来を悲観したりして、メンタルがおかしくなることもある。人間は完璧ではないから、悪いことをして相手に迷惑をかけることもある。

友人を騙したり、恋人を裏切って浮気をしたり、大切な後輩や弟子に罵声を浴びせたりするのは、その人が持っている一部の心が悪さをしただけで、全部の心がそうしたわけではない。トータルで物事が見えるようになれば、その判断ができるようになる。

友人もトータルで見れば、そういうことをする人でない。

恋人もトータルで見れば、そういうことをする人でない。

尊敬する人もトータルで見れば、そういうことをする人ではない。

みんな魔が差した一部の悪い心がそうさせているのである。

これからあなたに必要なのは「トータル思考」

トータルで物事を見て、判断するといい。

でも、浮気は許すことができない。
騙した友達は許すことができる。人にバカにされたのも許すことができる。だけど、浮気だけは許すことはできない。いくらトータルで見なさいといわれても、許すものと許されないものがある。浮気だけは絶対に許されない。

そうきたか・・・。
まあ、これが女性の心理だから仕方ないけどね。

しかし、それでも私はあえていう。
「トータルで見なさい」と。

別に私は男性の浮気を擁護するつもりはない。私は女性が浮気をしているのもたくさん知っている。男性の浮気、女性の浮気、悪い浮気を擁護するつもりはさらさらない。人間は男も女も不倫をして浮気をする生き物だということをすべて知っている私だからこそ、あえていう、「トータルで見なさい」と。


まとめ。

「トータルで見なさい」とは、2つ3つの事例でそう言っているのではありません。何万という事例から導き出された答えだということを理解してほしい。

人間とは弱い生き物。
一部の悪い部分で判断するのではなく、トータルで判断しなさいということです。



この辛い状況下で、この恋愛をどうまとめるのか?

文体を「である」調の強気の文体で書いてみる。

腕一本で、のし上がった男。
ハタから見るとできる男。
金と権力と力がある。
女性はそういう男性に憧れる。
普通のサラリーマンに比べて、何かを持っているからだ。

何かを持っている男は、女性の憧れの対象であり、期待値も大きくなる。この男なら自分をこの世界から救ってくれるだろうという期待感を寄せようになる。

だが、人間性ができていない。
金と権力と力はあるが、人徳がない。人徳は美徳というより悪徳。根性も座って何かを持っているように見えるが、中味は、規格外の常識外れ。豪傑に振る舞っているように見えるが、人間性は秩序のない下品さがある。

まだ成熟していない。
ここまで来るのに、努力を惜しまず、根性と忍耐でのし上がってきた。これは普通のサラリーマンが真似できない先見の明と剛力さがある。その点は立派だと思う。大したものだと褒めたい。だが、そこから先が成熟していない。成熟していないまま夜の社交界でデビューするものだから酒と女に溺れる。

まるで、今までの憂さを晴らすように、酒と女に溺れる。苦労してやっとここまでたどり着いた。遊びもなく日夜働いた。自分はどれだけ苦労したか!さあ、これからは男のステータスを満喫するぞ!男のステータスは「異性の人気を得て、同性の尊敬を得ること」彼は今までの憂さを晴らすように、毎晩夜の街の住人となる。


何かを持っている男。
だが、人間性が今一。
女性はそういう男に憧れる。
そして、付き合うことになる。
何かを持っている男の彼女に率先してなる。


しかし、この手の男性の彼女になるには通常の精神力では無理。よほど覚悟を決めた根性がないと、持ちこたえるのは難しい。

彼女になっても、常に女の影が絶えない。彼は憂さ晴らしの男のステージに邁進中で、付き合っている彼女は常に嫉妬との戦いが余儀なくされる。嫉妬に狂ったら負け。嫉妬に狂わない自分をいかに作るか!これがこの手の男性と付き合うコツである。

このコツをどう磨くか?
彼が何かを持っている男なら、彼女も何かを持っている女になること。彼の何かが規格外れの非常識だとすると、彼女も規格外れの非常識を持てばいい。嫉妬は女の常識だとだとすると、嫉妬をしない非常識な女になればいい。

嫉妬を殺す方法がある。
それは自分の感情を殺すこと。規格外の男性と付き合うコツは、自分の感情を殺して付き合うこと。嫉妬で終るために何かを持っている男と付き合っているわけではないはず。

この先を見たいから付き合っているはず。ならば「嫉妬は人間が持ってはいけない感情」を自分に強く言い聞かせ、自分の感情をコントロールすること。

これにて、あなたは自分の感情を殺すことができた。

「嫉妬は人間が持ってはいけない感情」が十二分に理解できた。

何かを持っている男との付き合いは、嫉妬を殺すことで付き合う土台(ベース)ができる。

これから、あなたは普通の女子になってはならない。何かを持っている女性になること。何かを持っている男性と付き合うためには、何かを持っている女性でないとバランスがとれない。


まとめ。

何かを持っている女性は、土台ができて、彼の教育に入る。

彼は豪傑だが、人間性ができていない。精神も未熟で子供じみている。このまま男の間違ったステータス(酒と女に)走れば、身上をつぶす。それを阻止するのがあなたの役目。これが何かを持っているわたしの役目だと、自分自身に言い聞かせればよい。

彼の教育は難しいかもしれない。だが、できないことはない。嫉妬を無くした何かを持っている女性なら必ずできる。その手の男性は何かを持っている女性に惚れるようになっている。惚れた女に多少うるさく言われても、聞く耳を持つようになる。

ローマは一日にして成らず。何年も何十年もかけて教育すれば、彼の人間性はまともになる。「豪傑な男の成功の影に女あり」それを目指せばいい。何かを持っている女は、何かを持っている男が惚れる。惚れた状態を長く維持して教育するのが何かを持っている女性の役目である。



金持ちを愛している女性には共通の悩みがある。

それは、お金があるがゆえ、浮気の種がつきないこと。

男性はお金があれば、酒と女に走る。

それは世界共通かもしれない。

もちろんそういうことをしない男性もいる。しかし、その男性も若い頃はそうしていた。お金があれば酒と女に走った。だが、酒と女に溺れたつけは回ってくる。体調を悪くしたり、たくさんの女性を泣かせたり、お金も底をついてなくなる。そういった数々の失敗を経験して、そういうことしない男性が出来上がるのではないだろうか。


最初からそういうことをしないお金持ちもいる。それらは名門の男性。由緒ある名門出身の男性は、小さい頃からそういう教育を受けているので、酒と女に溺れる放蕩の生活はしない。そんなことをすれば一家の恥となるから。

つまり大金持ちほど、酒と女に溺れて、世間に恥をさらすような悪さはしない。悪さをするのは小金持ちの方である。

大企業の社長さんが、酒と女に溺れて身上をつぶしたという話はあまり聞いたことがないが、中小企業の社長さんが酒と女に溺れて身上をつぶしたという話はよくきく。

では、どちらがいいか?というと、甲乙つけがたい。大企業の社長さんは知名度が高く、人物的にも優れていているので尊敬に値する。だが、自由がない。ちょっとでも不正を働けば国民からバッシングされる。その点知名度の低い中小の社長さんは自由が効く。名誉と知名度を選ぶか?自由を選ぶか?どちらも甲乙つけがたい。


今日のテーマは、
小金持ちの男性を愛した女性の悲恋と苦悩。


では、始めよう。
金持ちを愛した女性の共通の悩み。
それは、金持ちがゆえ、浮気の種がつきないという男の悪い遊び。

これ一本で、本10冊分の小説が書けるくらい。

舞台設定は、
夜の酒場。
出会いは酒場が多い。

北は札幌のすすきの。東北は仙台の国分町。関東は、東京の銀座、六本木、横浜のみなとみらい、中華街。関西は京都の四条通り、大阪のキタ、ミナミ。九州は福岡の博多、天神、沖縄の国際通り。その他全国津々浦々の繁華街の夜のお店が舞台設定。私は、そこで働くたくさんの女性たちから鑑定の依頼を受けている。

相談内容を一言でいうと、
お金がるがゆえ、彼に浮気の疑いがつきないこと。

それは全国一緒、
困ったものだが…。
成熟しないで金持ちになると、愛するものに迷惑をかけてしまう。

でも、その相手は夜の店で働く、ホステスさんやキャバ嬢さんという水商売の女性でしょ。彼女らはそれを承知でこの商売をしているのではないですか?

確かにそうである。いろいろな事情があるにせよ、夜の店で働く女性たちはそれを承知で働いている。男性の見る目も養いながら商売と恋愛は分けている子もいる。お店に来る客とお付き合いをしないというルールを課せている子もいる。

しかし、魔が差すのが人間。
お客さんと恋に落ちる女性も少なからずいる。

最初は商売と恋愛を分けていたのに…熱心なアプローチを受けると、そこは女性、女の部分が動いて恋に落ちることもある。求めていたのかもしれない。この夜の世界から救い出してくれる騎士が現れることを。最初は抵抗していた相手でも、いつのまにか、自分を助け出してくれる騎士に見えることがある。それはある意味仕方のないこと、この世界はきつくて大変だから。

ここで証言しよう。
水商売の女性も同じ人間。
恋をすれば一般女性となんら変わらない。

みんな真面目に恋をしている。


女性は恋をすれば真面目になる。
男性は恋をしても不真面目になる人もいるが、女性はそうではない。本気で好きになれば、真面目に命がけで恋をする。

そして、その真面目さが仇となる。
酒場の男の恋は、不真面目になることが多い。

お金の力を借りて、
有無を言わせず、女遊びに翻弄するからだ。

常に浮気の疑いが消えず、
嫉妬渦巻く世界が繰り広げられる。

女性は真面目だが、男性は不真面目。

これが小金持ちの男性との恋愛。

お金があるがゆえ、浮気の種がつきない。

この辛い状況下で、この恋愛をどうまとめるのか?

そこに思案がある。

どんな思案か?

そこはおいおいブログで明かしていきたいと思う。

本日は時間がなくなった。ごめんなさい。

続きは次回書かせていただきます。


わたしは変わっている人が好き。

わたしは変わっているか?というと、自分でもいうのもなんだが、わたしはいたって普通だと思う。完璧とはいいませんが、真面目に働いて、普通に生活しているからです。

一般女子であるわたしが、なぜ変わった人を好きなるのか?というと、自分でもよくわかりませんが、何かに抵抗していると思います。おそらく社会に対して・・・。

社会の道理に従うと、なんか息が詰まってくる。社会で生きていると、虚無感に襲われる。人生の意味や自分の存在意義などについて「まるで無意味なのではないか」と思って、絶望と失望のどん底に落とされてしまう。

その原因はなにか?
おそらく教育のせいだろう。学校では、社会に出て仕事に役立つことしか教えない。社会に必要な人材を育てることに終始して、肝心な人間性の教育がなされていない。その子らが卒業して社会人となる。企業は売上重視の競争社会。生産性のみを追求するので、ここでも人間性の教育がなされていない。

学校や社会の教育は、社会に役立つ人間を育てることにある。目標を持つこと。計画を立てて実行すること。向上心を持って仕事をすること。人生を豊かにするには金持ちになって成功すること。そのためには、仕事で成果を出すことだ!と教える。

自立して経済力を持つこと。この課程の教育は素晴らしいと思う。生きていくために必要なことなので、なにも文句のつけようがない。自分もそうやって勉強してきた。大学を出て社会人となった。その点では普通にやっていると思う。

だが、何かが足りない。
失望感と絶望感が襲いかかる。
来る日も来る日も、生産性重視の競争社会に身を置いていると、自分の存在価値を失ってしまう虚無感に苛まされてしまう。


もう一個の教育が欲しい。
教育というか生き甲斐。
優しさ、温かさ、ぬくもり、穏やか、平和、安心、幸せという生き甲斐が欲しい。競争社会で疲れ切ってしまう人生より、幸せを感じる人生を歩みたい。

生産性重視の競争社会に身を置いていると、落ちこぼれが出る。

その落ちこぼれが、変わった人である。

変わった人は、ダメ人間だったり、社会不適合者だったり、メンヘラだったりする。

彼らは不完全な人間かもしれない。

だが、この不完全さに救われることもある。


変な人だが、
ぬくもりを感じる。優しくて温かい。平和主義者で安心感もある。人を押しのけて出世しようとも思っていない。オレがオレがという自慢話もない。技術力も向上心もない。日陰の存在で自信がない。メンタルが弱くひねくれた性格を持っているが、今までの生意気な教育を受けた人とはひと味違う。

なんか・・・この人に惹かれる。
周りから「やめておけ!」という社会不適合者であろう彼に興味が湧く。

なぜか?というと、
その人が持っている不完全さに救われるからです。

今まで生意気な教育を受けた人たちとはひと味違う。

それは、現代人が忘れかかけている、もうひとつの教育を彼が持っているからです。世間的にはダメ人間かもしれませんが、あなたはそれを認めていないはずです。彼には現代人が忘れかけている、優しさ、温かさ、ぬくもり、穏やか、平和、安心、幸せという感性を持っているからです。

なぜ、
変わった人を好きになるのか?
それは、競争社会に疲れた人が、
競争社会から逸脱した、不完全な人に救われるからです。




ダメ男にはまる女性を、インターネットで拾ってみると。

下記の内容に目がついた。

自信がない。
世話を焼きすぎる。
寂しがりや。


自分に自信がないから、ダメ男の欠点に目をつぶる。母性愛の強い女性は世話を焼きすぎて元々ダメ男でなかった男性をダメ男にしてしまう。寂しがりやの女性は、たとえダメ男でも寂しさを埋めてくれる男性が必要である。(以上、インターネットの記事を引用)


なるほどね。
そういう部分もあるでしょう。

自信のない寂しがりやの女性が、世話を焼きすぎてダメ男と付き合っているケースが、私のところでも多々あります。

では?
なぜダメ男を好きになるのでしょう。

自信がないから?母性愛が強いから?寂しがりやだから?それだけではないと思います。


ダメ男を好きになる女性は、
ダメ男そのものが好きなのです。

これはもう、好み(タイプ)といっていいでしょう。


いるわけない。
わざわざ、ダメ男を好きになる女性など。

そう思うかもしれません。
でも、いるのです。
わざわざダメ男を好きになる女性が。


ダメ男を好きになる女性の特徴は、完璧な男性が嫌いなのです。

条件がよくて人間性もよくて非の打ち所のない完璧な男性は、好きになれません。そういう男性は「つまらなくて、面白くない」「一緒にいても息が詰まる」だから、わたしはみんなが推薦する完璧な男性が嫌いなのです。

わたしが好きになる人は欠点のある人。

みんなに「やめとけ!」と反対される男性です。

みんなは反対だが、わたしは好きなのです、この手の男が。

このタイプの男は、
毎日が、ハラハラ・ドキドキして楽しいからです。

時々振り回されてドタバタ劇をやるけど、「こんちくしょう」と時々思うけど、酷いモロハラのいじめにあって散々嫌な思いもするけど、この人といた方が誠実な完璧な男性といるよりずっと楽しい。毎日がハラハラ・ドキドキの波瀾万丈だが、生き甲斐を感じる。



まとめ。

ダメ男を好きになる女性の心情を深く掘り下げるとこうなります。

人は完全だけを求めているのではない。人は、不完全さに救われることもある。その不完全さを「バラエティ」だと思って楽しむくらいの寛容さが必要。ダメを好きになる女性は自らバラエティ番組に出演している。そう思えば、楽しくいなる。

わたしはバラエティを楽しんでいるのだわ。

だから、変な人、不思議な人を好きになるのね。

誠実に堂々と生きている男性より、不甲斐ない男性に惹かれる。

なに怒っているの?なに威張っているの?なにがご不満なの?という男性に興味がわく。

世の中、完全な男性がいいわけではない。

わたしは、不完全な男性によって救われている部分もある。

なぜかというと、わたしもそういう部分があるから。

だからわたしのタイプは、完成された男性より、未完成のダメ男が好き。

ということで、
ダメ男を好きになる人は、
その不完全さに救いを求めているのです。



男は忘れた頃に戻って来る。
このテーマは、
久しぶりの投稿です。

男は忘れた頃に戻って来る、実例を2つ述べます。

1、わたしにはすでに新しい人がいて、モト彼からのお誘いはお断りしました。断ったら、男の闘争本能に火がついたのか、それから何度も何度も復縁を迫られましたが、「何で今頃?今さら遅い!」という気持ちで元カレからの復縁を完全に拒みました。

2,先生のいうとおり、モト彼は忘れた頃に戻って来ました。せっかく忘れたのに、やっと辛かった恋愛から卒業できたのに、やっとこれから前に進もうと思ったのに、振り出しに戻ってしまった。元カレが戻って来たから。

男は忘れた頃に戻って来る。戻って来る時間は、女性の待ち時間よりもうんと長い。女性は3ヶ月が限度だが、男性は1年か2年の時間を経て戻って来る。ただし、すべての女性に戻るわけではない。戻って来る女性は思い出深い女性のみとなる。

1の場合は、待たせすぎ。
彼女は新しい恋人をつくった。
だから1の場合は、終り。

1年も2年も放っておいたら、女性はよそに行ってしまう。そのことを男は知らない。「彼女はまだオレにことが好きだ」「オレ以外の男を彼女は愛さないはずだ」と思うのが、男のうぬぼれである。そのうぬぼれがあるから平気で女性を待たす。

だが、うぬぼれによって愛する彼女をよそに取られた。「女はいつまでも待てない」これが痛く胸にしみただろう。そのあとは切ない未練だけが残る。

2の場合は、振り出しに戻った。
せっかく元カレのことを忘れたのに・・・連絡が来るものだから、なんで?なんで?と不安と期待に心がざわつく。また始まるのか・・・あの壮絶な恋愛が。彼は成長したのかな?いやあの性格は変わらない、と思いながら振り出しに戻る。

振り出しに戻ったら、また恋の悩みが始まる。女を振り回す男との付き合いは大変だ。なぜ?かというと、忘れた頃に戻って来た男の気持ちは、本気なのか?気休めなのか?魔が差したのか?分からないからだ。

1は終り。
元カレのことはどうでもよくなる。オンナは新しい人ができれば、その人だけに夢中になる。だから、元カレはもうお呼びでない。さようなら。

2は振り出しに戻る。
また始まるのか?あの恋愛が。困ったな・・・せっかく忘れたのに・・・と思いながら、続ける意志を持つのがオンナ。また波瀾万丈の世界へ戻って来たね。どうなるのかな?またあの悩み深い世界に戻るのかな?まあ、これがオンナの生き甲斐だから仕方がない。


まとめ。
忘れた頃に戻ってくる男の心理は、
男の未練によるもの。

そして、それを迎え撃つ女の心理は、
女の生き甲斐によるもの。

男の未練と女の生き甲斐がそうさせている。


追記。
さて、
2のドラマはまだ続きそうだね。
「男は忘れた頃に戻って来る」
「振り出しに戻った」

2の物語に、火がついた。
また、続きを書こう。
今度は失敗しないような、心構えを持って。



彼と別れたとき、自分はどうなるのだろうか?
こんなことは想像したくないと、
誰もが思うかもしれないが、現実は彼とうまくいっていない。

彼とうまくいっていない現実が不安でたまらない。

毎日が憂鬱で、心配の種ばかり探している。

彼を失ったら自分はどうなるの?
考えるだけで、頭は混乱してしまう。

恋する乙女は、いつもそうやって心配している。
極度の心配性、これが乙女なのかもしれない。

乙女に年齢はない。
10代の乙女、30代の乙女、40代の乙女がいれば、50代、60代の乙女もいる。

オンナは灰なるまでオンナ。
オンナは恋すれば、いつだって乙女になる。

オンナが乙女になれば、いつだって心配ばかりしている。

他のどんなものよりも心配している。

仕事は平気なくせに、
他人との関係も平気なくせに、こと恋愛だけ、心配ばかりしている。

最悪なことに、
この心配は見事に的中する。
彼とぶつかり、関係が悪化してしまった。

恋人と同士の関係は、薄いガラスの板で踊っているようなもの。

ちょっとしたことで亀裂が入る。

ちょっと感情的になっただけで、ガラスの板はピキピキと音を立てて、4

崩れる。

このピキピキときしむ音が、恐怖の心配の種となる。

なんとか体制を整えようとするが、乙女は修復が下手なので、さらに地雷を踏んでしまう。

そして、ドカーン!と一気に壊れる。
二人の関係は跡形もなく消えてしまった。

だが、裁判は終っていない。
彼の審判はまだ下っていない。
彼は、まだ別れを切りだしてこない。

この時間が恐怖の時間。
心配で不安で、生きた心地のしない恐怖の時間となる。

彼の返事待ちが恐怖の時間となる。


こういったケースの場合は、
最悪の事態に備えて、心の準備をしておくこと。


やってしまったものは仕方がない。
今さらジタバタしてもしょうがない。

オトコとオンナはぶつかるものだ。
人種も違えば、価値観も違う。
だから、ぶつかるのは仕方がないこと。

もし、そんなことで別れるのなら、
仕方がないじゃないか。

別れたら、元に戻っただけ。
彼と知り合う前の自分に戻っただけ。

あのとき、自分は独りだった。
あのとき、自分には恋人がいなかった。

だから、また一からやり直せばいい。

最悪な事態に備えるとは、
失う覚悟を持つこと。


失う覚悟とは、
自立力だ。

自立力は、最悪なときに学ぶようにできている。
あなたは、たった今、それを学ぼうとしている。

不安なときこそ、心配なときこそ、
救ってくれるのは、あなたの自立力だ。

あなたならきっと、自立ができるだろう。
なぜなら、あなたは強制的にその訓練を受けているからだ。

彼という存在によって。

さて、最悪な事態を考えよう。
彼を失ったとき、あなたはすでに失う覚悟ができている。

こんなことで終るような相手では、将来の相手ではない。

だから、終るのなら終ってもいい。
わたしは、また一からやり直すだけだ。

あなたと出会う前の時間に戻って、
あなたを他人として扱うだけ。

わたしは、今まで心配性の人間だった。
このわたしが、失ってもいいという覚悟が持てた。

これによってわたしには、
最悪な事態に備えて「心配の免疫」をつくることができた。



ここに反対される恋愛がある。

既婚者を好きになった不倫。
ダメンズとの恋愛。
別れた人との復縁。
こういった恋愛は、人々に反対される。

ダメだと・・・本人も頭では分かっている。

だが、やめられない。
やめたら生き甲斐を失ってしまうからだ。

「生き甲斐なら他にあるでしょう」と人々はいう。

それも本人は分かっている。
他に生き甲斐があることくらい。
だが、幾ら探しても人を愛する気持ちに勝る生き甲斐はない。

仕事に活路を見出してもダメ。
スポーツに汗を流してもダメ。
趣味に没頭してもダメ。
人を愛する気持ちに勝る生き甲斐はない。

人を愛する気持ちは、人間が生きていくための基本。

この基本があるから、仕事に活路が見出される。

この基本があるから、スポーツで気持ちのいい汗が流せる。

この基本があるから、より趣味が楽しくなる。

この基本があるから、友達との楽しい時間が過ごせる。

家に帰れば、愛する人がいて、そこに生き甲斐があるからそういうことができる。

生き甲斐が、何かをやるための基本となっている。

でも・・・今はその生き甲斐がない。
愛は失ってしまった。
ということは生きる基本を失ったことになる。

終って良かったね、と頭では分かっている。

でも、感情がついていけない。
頭では理解できても感情がついていけない。

こうなる気持ちを誰も責めることはできない。

人間は弱い。そして、人間は間違いを犯す。

たとえ間違っている恋愛でも、そこに生き甲斐を見いだす。

人は愛がないと、生きていけないからだ。

人を愛する気持ちは、どんな恋愛でも、生き甲斐となる。

不倫の愛も、ダメンズとの愛も、不貞の愛も、不可能な愛も、どんな愛でも、その人にとっては生き甲斐だ。ほとんどの人はそのことを知らないが、私はそのことをよく知っている。愛はどの形でも生き甲斐だと・・・知っている。

それによって、他では相手にされない相談が、私のところに舞い込んでくる。

私は大歓迎だ。複雑極まりない相談にいまさら驚くことはない。複雑な相談はさすがの私でも少々頭を悩ませるが、それも刺激だ。活路を見いだす刺激だと思って、鑑定に当たっている。

不倫の相談。
不倫は幸せが10%で苦しみが90%の世界。不倫を一度経験した人は、二度と不倫はしたくないという辛さを味わう。ここまで辛くて悲しい物語は他にないからだ。付き合っている間は生きた心地がしない。強い罪悪感とルール違反と法律違反と反社会的活動が不倫という愛のシナリオ。

まともな精神構造でこの不貞の愛を続けられる人はいない。そこで悩む、苦しむ。苦しみは当然だが、ここでやめる人も滅多にいない。なぜなら、それでも愛は生き甲斐だからだ。


そこで、私のところに鑑定を兼ねて相談に訪れる。

私のところに来るってことは、そろそろ潮時を迎えているのかもしれない。

終りの苦しみを携えて、私のところに相談に来ているのだろう。

そういう人には、共感しながらも未来に希望を与えるようにしている。

また、中には「続けてもいいですか?」という人もいる。

それに対して、私は反対しない。
一般の人なら反対するかもしれないが、私は反対しない。

なぜなら、愛は生き甲斐だからだ。

どんな愛でも生き甲斐だからだ。

私に人の生き甲斐を止める権利はない。

話の内容によっては「やめたほうがいいですよ」という忠告はするが、強行に反対などしない。その人が続けるということは、その人の人生の裁量によるもの、あと少しだけ続けたいという微かな希望を打ち砕くことはできない。

どんな愛も生き甲斐だ。
不倫でも、壊れた愛でも、復縁でも、生き甲斐だ。

いい恋愛だけが生き甲斐ではない。

人々が悪いと称する恋愛にも生き甲斐がある。

そして、愛には善も悪もない。

生き甲斐を善悪で区別するモノではない。
その人の気持ちで善悪を区別しながら、生き甲斐に変えるしかない。

人は不幸を望むわけではない。

相手の不幸を望んでいる愛はこの世に存在しない。

不倫相手が相手の家庭を壊してまで、この愛を自分のモノにしようとしているわけではない。不貞の愛だが、純粋にその人のことを愛しているに過ぎない。下手な純愛より、不倫の愛の方が純粋の場合もある。

純粋な気持ちが見えたとき。

「続けてもいいよ」と私は答えるようにしている。

愛は生き甲斐だから。