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緊急事態宣言が解除されました。
これで、やっと日常が取り戻せるのではないかと期待しています。

経済はコロナの影響で軒並みダウンしました。
私のところも売上げは落ち込みました。落ち込み幅は3割から4割減です。仕方ないですね。電話鑑定があったから、まだ良かったと胸をなでおろしています。対面鑑定だけなら9割減だったでしょう。電話鑑定御予約のお客様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

正直言って、このまま売上げが落ち込んだら店を閉じることも考えました。対面鑑定が9割減ならお店を開いていてもしょうがない。川越占い館は駅前にあり、家賃も高い。対面が9割減なら高い家賃払ったら採算が取れない。自宅で電話鑑定1本でいくか、とも考えました。

そうなると、リモートでの電話鑑定のみか・・・。うむ味気ない。やはり生の鑑定と電話鑑定は違う。相手の顔色が見れる生鑑定は電話鑑定とは違う。生の臨調感と迫真と信憑性と空気感が違う。意思や信念も違えばやる気も説得力も違う。やはり生とリモートでは迫力が違う。

対面鑑定に来られるお客さんは、その迫力を求めて来ていると思います。対面鑑定という迫力を無くすわけにはいかない。やはり生の対面鑑定の方が、電話鑑定より信憑性が高いことが分かりました。高い信憑性、心に深く入り込む説得力、対面鑑定に勝るものはありません。

この対面鑑定を無くすわけにはいかない。
そう考えて続けることにしました。

緊急事態宣言が解除されたことで、対面鑑定が増えることを願っています。
もちろん感染予防をしっかりしながら、鑑定を行います。
これで、やっと日常が取り戻せるのではないかと期待しています。





今朝の本日の予約はおひとり様。

今日はのんびりかな…と思ったら、夕方には予約が埋まった。
合計6人。嬉しいことです。対面鑑定ひとりで、5人は電話鑑定です。

電話鑑定によるテレワークはそれなりに機能していますね。
ありがたいことです。

夕方からゆっくりブログでも書こうと思ったのですが、それが出来なくなりました。
今、この空いている15分で記事を書いています。ですから、いつもより記事の内容は薄いです。

記事の内容が薄くて浅くなると解っているのに、なぜ書くの?
それは私の習慣ですから。私の使命でもあり、義務でもあり、責任でもあり、とにかくやると私は決めたのですから、やるだけです。

残したいのですね。どんな状況でも書き続けたということを。
それが私の意志。信念、情熱でもありますから。
こんな浅い記事にお付き合い頂き、ありがとうございました。




部屋を綺麗にするのはいい、とても生産的だ。
この時期にこんな時間をもらえたのは感謝するべきかもしれない。
逆境に感謝する。なかなか出来ないが、今日は感謝しよう。

今書いているブログは、とくにテーマはない。
自分の好きなことを書く。

さて何を書くか?
そうさな、つまらぬ雑談で自分や相手の時間を無駄にしないことでも書くかな。

つまらぬバカげた話を聞かされると、教養のある人はたまらなくうんざりする。つまらない雑談を聞くために自分の大切な時間を何時間も無駄にしたくない。その時間に長く居るくらいなら、早くおいとましたくなる。

だが、そうなると社交のよさを味わえなくなる。人と人との関わり合いはつまらない話の中にあるのではないだろうか。つまらない話を聞かされてすぐにイライラする人や精巧な議論でないと我慢できないという考えを持った人はもあまり褒められたものではない。

それと同時にバカげた話に花咲かせている連中もあまり褒められたものではない。男性が集まれば仕事の話、女性が集まれば恋愛の話、中身は愚痴のオンパレード。不平不満の渦にいるだけで疲れてしまう。ああ、この場から早く退散したくなる。でも、人との付き合いは粗末にできない。だから、仕方がないと諦めて教養のない時間をつぶす。

教養のない時間を潰すか?でも、考え方によっては教養のない時間を自分と相手のためになる時間に変えることもできる。どうやって?それは質問してみることだ。私はその手法によってつまらない話を教養のある時間に持っていっている。

私の仕事ははたから見ると、つまらないお話の連続だ。男のくせに女の話を聞いている。男が女の恋話を聞くなんて・・・どうかしていると思われても仕方がない。はたから見るとそう思うだろう。

だが、私はつまらない話をつまらない話とは思っていない。はたから見ればつまらない話だが、つまらない話をためになる教養のある話にもっていっている。どうやってそんなことができるのか?それは質問だ。どんな質問か?それはここでは言えない。話の流れで質問するようにしているので詳しくは述べることができない。個人における相談の中で私の質問は直感的に出るものだから文章で表わすことはできない。

だから、どの話もつまらないとは思わない。
すべてが中身のある話に持っていける、私の質問によって。
ひとりひとりに人生があり、会話を通じて学ぶことは誰もが平等である。
だから私は、学ぶ方向に話を持っていっている。

お客さんの話を聞いているとき、私の頭はこの悩みをどの方向に持っていこうか?あれこれ考えている。考える方向は鑑定を受けているお客さんが良くなる方向のみを考えている。そこで良くなる方向へお客さんを誘導する。質問によって。

それで話が変わる。はたからみればつまらない話が、中身のある教養のある話に変わる。
そうなると、お客さんも私も有益な時間を共有することができる。なんのために私を指名して鑑定をするのか、その意味が果たされる。話が終わった後に、お客さんのすっきりした顔を見るためにこの仕事を続けているといってもいいだろう。









私の散歩は朝の6時、だいたいこの時間で散歩している。

散歩する場所は緑多い自然な場所。もちろん人がほとんどいない。人がいるとすれば、100メートルの間隔が開いている。人とすれ違ってもほんの数秒、言葉を交わす挨拶はしない、すれ違ったらお辞儀をするくらい。朝の散歩は気持ちがいい。気分がリフレッシュされる。

30分~1時間ほど散歩したら、ブログを書きこむ。私の今日のブログは昨日に書いたもの、これを予約投稿している。この記事も数時間前に書いたもの。常に前倒して書いている。

さて、この散歩だが。健康にいいからといって毎日できるものではない。昔は朝散歩する習慣があったが、今はない。スポーツジムに行くようになってから朝の散歩はやめた。ところがコロナの影響でスポーツジムは自粛による閉鎖。うむ、困ったものだ。しかたがない、また昔みたいに朝の散歩をやるか。

という具合で、朝の散歩を始めた。
ところが、朝がなかなか起きれない。
5時半に起きようと思っても、7時を回ってしまう。洗面したりなんだかんだしたら、7時30分になる。そこから90分はブログを書く時間と決めているので、とても散歩をする時間がない。あ~あまたやってしまった。よし明日から早く起きようと誓いを立てる。ここにきてようやく散歩の習慣ができるようになった。

朝の散歩が出来るようになったか?というと、違う。出来る日もあれば出来ない日もある。出来なかった日をどこでカバーするか、それは夜だ。仕事が終わって夕飯を食べたあとに散歩に出ることにした。これで運動不足が解消できる。夜も人通りが少なくてまたいい。遠くで一人二人とジョギングをしている人を見かけるくらいだ。

家にこもってネガティブな情報ばかりみてもしょうがない。
テレビやインターネットの情報は最小限にして、自分の時間をどうのように使うか、それは自分が決めている。まあいいでしょう散歩は血の循環がよくなり頭もリフレッシュできるから。

朝起きるの億劫、夜の散歩も億劫。できればテレビかネットを見てのんびりしたい。そういう日が多いと憂鬱になる。何やっているんだ自分は、なんてつまらない日々を送っているんだとなる。そのときは散歩に出かけ、散歩が終わったらテレビやネットは見ず、本を読んだ方がいい。パソコンの電源を入れるときは仕事のときだけにしている。



先生はどんな本を読んでいるの?
という質問がときどききます。

さた、私はどんな本を読んでいるのでしょうか?
今までに数千冊は読んでいると思います。
数え上げたらキリがありません。

買ったのは500冊くらいあとは図書館などで借りて読んでいます。
買った500冊のうち、9割は古本屋に売って処分しました。
今現在家にあるのは、残した50冊ほどです。

コロナの影響で今は外出禁止となれば本を読むしかありません。
本屋も行けないし、図書館もいけない。
ならば、自宅にある本を再読するだけです。

そうやって、昔読んだ本を再度読み返して見ると、これでいいんんだということが解りました。新たな知識と気づきを得たのです。本はたくさん読めばいいというものではありません。1冊を熟読することに意味があると解ったのです。今までは週に2冊読んで年間100冊読むことを目標にしたことがありましたが、これだと何も残らないことが解りました。速読は何も残らないと気づいたのです。

本は速読でいい、斜め読みでいい、ポイントだけ抑えればいいという人もいるでしょう。私もそれを試してみました。だが、結果何も残らなかった。私には速読は無理だと解りました。何も残らないし、かえって時間を無駄にして頭が悪くなっただけです。

それで熟読することにしました。
我が家にある残された本を。

その中で今読んでいる本をピックアップします。
海外。
1,「思いのパワー」がすべてを決めている。ジェームズ・アレン(著)
2,自助論 S・スマイル(著)
3,成功哲学 ナポレオン・ヒル(著)
4,私たちは成功者に何を学ぶべきか ナポレオン・ヒル(著)
5,こうすれば人は動く デール・カーネギー(著)
6,自分の価値を高める力 ウエイン・W・ダイナー(著)
7、小さな自分で一生を終るな ウエイン・W・ダイナー(著)

日本。
8,運命を拓く 中村天風
9,「勝ちぐせ」のセオリー 中村天風
10,自分に奇跡を起こせ 中村天風
11,心を磨く 中村天風
12,男の選択 渋沢栄一
この12冊です。
(日本は中村天風に偏っていますね。私の心の師ですから)

時間はあります。
この12冊を今は熟読しています。
じっくりと読んで、また新たな知恵と気づきを得たいと思っています。



限られた人生の時間は短い。

いま私には時間がたっぷりある。

この時間をいかに有効に使うか?
いま模索中。

コロナウイルスの影響で客足が減ったというお話をよく聞くが、それは私のところも同じ。今月の売り上げは去年の半分くらいと予想している。売上は半分になっても「あきらめよう…そうすればうまくいく」という精神が出来ているので、悲観的ではなく、どちらかというと「時間が出来た、これはチャンス」と楽観的にとらえている。

これからの私の人生はおまけみたいなもの。今まで頑張ってきたから、いつリタイアしてもいい。後はゆるりと老後を暮らしてもいいという考えもある。リタイアを夢見ながら、今まで頑張ってきたのかもしれない。

そういう記事を書くと、「先生は私たちにとってまだまだ必要です、辞めないでください、迷える子羊を救ってくだい」などとコメントが入る。「はいはい、分かりました」と笑いながら、皆さんのためにまだまだ頑張りますと応える。

そうか…引退はまだ先か?
こうなったら精根尽きるまでやるかな。
いや精根尽きるまではやれないな…ほどほどにしよう。
まあ、ほどほどになったらまた改めて考えよう。

この仕事を通して学んだこと。
それは、ネガティブをポジティブに変えること。大勢の悩みを聞いて先生も大変でしょ。ネガティブ被曝によく耐えらますねと言われるが、私が学んだのはネガティブをポジティブに変えること。それをお客さんから学んだ。ネガティブをポジティブに変えることは今は当たり前で免疫となっている。だから、ネガティブよドンドンいらっしゃいと待ち構えている。私なら大丈夫、いい答えを見つけてあげるよと待ち構えている。

そして今、また学ぼうとしている。
この時間をどう有効に使うかを学ぼうとしている。

まず本が読める時間ができた。
本をたくさん読むわけではない。
じっくりと読める時間ができた。
これが何より嬉しい。

私は、ランダムにいろいろな本を読んでも意味がないと思っている。名著といわれる本。これが名著だと自分が決めた本を読のが自分にはふさわしい。じっくりと丁寧に何度も何度も重複しながら読む、これが私のやり方。私はもの覚えが悪いので、じっくり読むのが性に合っている。

1冊の本を読破する。10回ほど読んで読破する。
作者が何を言わんとしているのか?その真意は何か?自分ならどう考えるか?作者と対話しながら本を読むことを究極の幸せにする。この時間が出来たことはとても嬉しい。そしてとても幸せだ。

今書いたのは、自分がこれを実行するために書いた。
空いている時間をどう有効に使うか?
幸せになるために本を読むことにした。


自分の感情をコントロールすることは難しく、それなりに努力も必要だが、それができる人こそ、本物の英雄である。(自分を鍛える)ジョン・トッド著の文章を引用。

今世界は忍耐という次の時代に差し掛かっている。
今までは順調だった。だが、これからは順調でなくなる。これからの時代は忍耐が必要となる。

順調だったあの頃を取り戻したい。
多くの人がこれを切望していると思う。順調だった頃は、仕事は常に忙しくやることがたくさんあった。忙しくて疲れるけど、その代わりお金の心配をする必要がなかった。お金の心配がないから辛い仕事にも耐えることができた。

仕事の辛さはというものは、慣れるとあまり疲れなくなる。来る日も来る日も同じ仕事が続くが、人間の身体は習慣によって適応できるようにできている。それによって給料が支払われ安心して暮らせる生活ができるので、人は仕事に慣らされる。

ところが今は、この安心が脅えかされつつある。
コロナウイルスの影響によって、世界が危機に瀕している。

順調だったあの頃を取り戻すどころか、どうやってこの危機を乗り越えるか、今後どうやって生活していくか、そのことで頭がいっぱいの人もいると思う。一人ひとりがそれぞれの不安を抱えながら生きている。早くコロナウイルスが終息することを願うばかりである。

私にできることはあまりないかもしれないが、せめてこのブログを読んでいる皆さんの心のケアが少しでもできたらいいなと思っている。

この状況で、考えていることは私も皆さんも同じではないでしょうか。
ここは耐えるしかない。忍耐だ。しかし、この忍耐が難しいと思っているのは私だけではない。皆さんもそう感じているのではないでしょうか。

この時間をどうすればいいか?頭では分かっている。
将来に向けた準備やその他モロモロの自分磨きをすればいいと分かっている。だが、これが出来ない。出来たとしても長く続かない。

頭では分かっている、こんな状況だからこれはやるべきだと。
だが、頭では分かっているが…感情がついていけない。

私も同じことを繰り返している。頭では今は何をするべきか分かっているが、先立つ変な不安が自分のやるべきことを邪魔する。

頭の構造は日によって違う。
ポジティブの日もあれば、ネガティブの日もある。
また時間によって、ポジティブとネガティブが交差している。

ネガティブの時間が多かった日は憂鬱になる。何やっているんだ私は、自制心のない自分にがっかりして落胆したりする。これを日々繰り返しながら、忍耐をとはどういうものかを模索している。

忍耐とは何か?
忍耐という言葉は頭では分かっている。だが、それを自分のものに出来たか?というと出来ていない。忍耐という言葉に振り回されて何も出来ていない。これが私を含めた多くの人の現状だと思う。

それではダメなのか?
それでダメなわけではない。逆にそれでいいと最近は考えている。今は順調だった世界と違う。何を耐えるか、何を学ぶか、どんな仕事のやり方をするか、どんな風に仕事を改善するか、これから生きていくためにどんな知恵を持つか、どうやって生活していくか、みんな試されているのである。

試されている以上、ひとりひとりが自分にあった方法を見つけるしかない。

今は忍耐を学ぶ機会かもしれない。またこの忍耐という奴が厄介なもので、なかなか人々に浸透しない。忍耐力をつけるためには、自分の感情をコントロールしなければいけない。自分の感情をコントロールすることは、それなりに努力も必要だが、それができる人こそ、本物の英雄である。英雄まではいかなくとも、なんとかこの危機は乗り越えたい。これが皆さんの考えだと思う。


日曜日の街中は閑散としていた。
ゴーストタウンかと思われるほど静かな街。
こんな川越は見たことない。
一通りはいつもの2割程度だと思う。

スタバはお休み、ルミネもお休み、成城石井とマクドナルドはやっていたが、街は全体として静かであった。まだ平日の方が一通りは多い気がする。皆さん緊急事態宣言に従っているのだろう。

私の方も対面鑑定は誰ひとり来ない。
すべて電話鑑定。
これでいいと思う。
電話の方が感染リスクがないので。

予約した飛沫防止用のパーテーションは予定より遅れそうです。飛沫関連製品の申し込みが殺到していて遅れがちとのこと。予定よりは遅れるが、4/20には設置できそうです。設置出来れば、安心して対面鑑定が行えると期待しています。透明なのでお客さんの様子が見えるので、違和感なく鑑定ができると思います。

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対策として。
人が触れるドアノブは一日数回消毒し、窓を開け換気を良くし、空気清浄機を作動させ、サーキュレーターを動かし、部屋全体の空気の流れを良くして密閉としない。、飛沫防止パーテーションで飛沫の拡散を防ぎ、手相を見る前は手洗いを行う。もちろんマスク着用の上で対面鑑定を行う。このような対策をします。

すべての準備が整うまでしばらくお待ちください。



「ぶれてはだめ」とよく言われるが、でもそれは無理なこと。私も含め、多くの人はぶれながら生活している。確固たる信念で目標に向かっているのはわずかな人間にしか過ぎない。

1%の人間に「ぶれてはだめ」と言われても、99%の人はそれに従えないし、その意味さえ解らない。何をするべきか?解っている人でも、ぶれずに目標にまっしぐらの人はそうそういないだろう。


だから、ぶれても大丈夫。
多くの人間がぶれているから心強い。
私もそうだし、皆もそうだ。

このままぶれていても大丈夫?
大丈夫、人間はぶれていても軌道修正できる。

どんな軌道修正?
それは生きるという軌道修正。
ぶれていても生きているじゃないか。
人間は本来強い。
ぶれてへこたれて、また軌道修正する。
何度も何度もこれを繰り返す。
繰り返すうちに、ぶれもおさまる。
繰り返すうちに強くなる。

あなたは天才でもない。
私も天才ではない。

ぶれずに目標にまっしぐらに進むことはできない。ぶれながらも軌道修正をして、やっとほんの少し目標に進むことができる。いいのよ、ぶれても。ぶれがあるから形のあるものが見えてくる。何が見えるか?それは一途の希望の光だ。

希望の光が何なのか?それは人によって違う。私には私の光があり、あなたにはあなたの光がある。この光が、ぶれまくった人がたどり着く道だ。道が見えればそれでいいのだよ。


川越占い館の事務所は川越駅前にある。
駅から徒歩Ⅰ分。3階の窓から駅に向かう人や駅から出てくる人の流れがよく見える。コロナウイルスによる緊急事態宣言の直前か、人通りはいつもよりうんと少ない。皆さん緊急事態宣言に向けて自粛しているのだろう。

今日は1名様の対面鑑定があったので出勤している。マスクをして手洗いをして鑑定は終わった。あとは、のんびりと待機している。待機の間は本を読んだり、ブログを書いたり、次の構想を練ったりしながら待機している。

待ち方を覚える。
どんな待ち方がいいか?いま自分自身で実践をしているところである。次の構想に向けて今は勉強するのがいいだろうと思って、構想を練る時間を多くしている。不安のことを考えるより、未来の構想を練る方が断然楽しいからだ。

では、構想に向けた計画は、準備などしているの?まだこれだという構想は決まっていない。目標も計画もない。ただ自粛ムードでネガティブになるより、未来の希望に向けた準備などで時間を有効に使いたいだけ。

顰蹙を買うかも知れないが、コロナの影響で時間が出来た。この時間は自分が望んで作ったものではない。コロナの悪影響によって強制的に作りだされたもの。せっかく時間が出来たのだから、どうやって有効に使おうか、それを思案している。

お陰さまで、構想に向けて考える時間が増えた。本を読む時間も増えたし、体を鍛える時間も増えた。精神面を鍛える時間も増えたし、休養をとって体を休める時間も増えた。有効な時間が増えたと、今はそのように考えている。

忙し過ぎると心も体も頭も錆びる。今までそうだった、だからリフレッシュさせる。
錆びた心と錆びた体と錆びた頭に休養を与えてリフレッシュさせるのは良いことだ。今日は2時間ばかり本を読んだ。この感触は久しぶりだ。錆びた頭から錆が取れ、なんか頭が新鮮になった気がする。怠けてバカになっていた頭が本を読んだことで、利口になった気がする。いくつになっても頭を訓練することは良いことだ。年老いて頑固者になるより、柔軟で視野が広がっていい。

いや~久しぶりだな・・・この感触。
さらにさらに勉強しよう。
そう思うと、なんだか楽しくなってきた。
空いている時間を有効に使うことが面白くなってきた。

久しぶりの感触?
思えば、いつもこの感触は危機のときに訪れている。

18年前にリストラされ、人生の危機に直面したとき。あの頃の最悪な状況と一緒だ。
あのとき必死に勉強したんんだよな…自分の人生を変えたくて。それと同じだ。同じだと分かれば、やり方は分かっている。やり方は起きていることをネガティブに考えるのではなく、将来はよくなると考えて必死に勉強することだ。耐えて勉強すること、そうすれば危機はチャンスに変わる。

私は自らの経験でこの危機の乗り越え方を知っている。
経験はこういうときに役に立つ。
危機を恐れることはない。

これを皆さんに伝えよう。
明るい希望の光は必ず来る。
だから危機を乗り越えよう。