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やってしまいましたね。
パソコンが壊れてしまいました。

動画を見ていたら、モニターがいきなりプツンと切れてしましました。そのあと何度か回復させよとしましたが、うまくいきません。素人の私にはお手上げです。

パソコンはまた買い替えればいいのですが、心配なのはデーターが消滅したかも?私のパソコンにはたくさんのデーターが残っていたから心配です。

仕事のデータ、参考資料、思いで深い写真、・・・その他モロモロ。このデータが消滅したら・・・これはまずいと心配しています。

正月休みを返上して半分ほど書き上げた次の電子書籍の新作。また3月決算に向けて作成した資料。これが全部パーになると、1からまたやり直しです。


1からやり直しか?

まあ、しょがないね。
その覚悟を今から作っているところです。

壊れたものは諦めよう。
また1から作ればいいと。

昨夜、壊れてパニックに陥りましたが、今朝になって、またいちから再出発する覚悟もできました。

というわけで、今日の恋愛日記は、私の個人的な内容ですみませんでした。

電子書籍の新作は今月末に発売する予定でしたが、しばらく遅れそうです。

とりあえず、パソコンの修復に全力を尽くします、修復できないことも想定して、1からデータの作りにも励みます。



今年も残り2週間。

早いですね、1年が。

歳を取ると1年が早く感じると言われてますが、ホント早いですね。つい先日お正月迎えたと思ったら、もう正月が目の前に来ている。1年が早!。あっという間。

1年が早く感じるのはコロナ禍のせいかもしれない。旅行も行けず、季節感がぜんぜん感じられなかった。コロナ前は年2回ほど旅行に行っていましたが、コロナのせいで、2年ほど行っていない。

春の桜、夏の海、秋の紅葉、冬の雪景色も見ることない自粛生活。季節感を感じない2年を過ごした。来年は季節を感じる思い出作りをしたいですね。コロナが終息することを願っています。

リモートは季節を感じない。それが判明しました。2年間埼玉から出ない市内の生活。自宅と事務所の往復。休みの日にスポーツジムと近くのスーパーに買い物に行くだけで、ほとんどが自宅待機。これじゃ季節感を感じませんよね。あっという間に1年が過ぎてしまうわけです。

リモート(自宅待機)で何をやるか?
いろいろ検討してみました。

家でボーっとテレビを観ているわけにもいかない。ユーチューブやAmazonのプライムビデオの映画ばかり観ているわけにもいかない。時々は観るが、そればかりに何時間も浪費するわけにはいかない。

それで今年の秋くらいから、電子書籍の本を執筆しようと決めたのです。ずっと前からそうしようと考えていたのですが、いかんせんスロースターターの怠けもの。2年近くかかってやっと重い腰を上げたわけです。

スタートが遅かったのは、自分の仕事人生はやり切った感があるから。ここまで働いたから、仕事はもういいかな・・・という思いがあった。リタイヤという誘惑。あとは好きなことをやって残りの人生を楽しみたいという誘惑。そういった誘惑が、足を引っ張って決断を鈍らていたのです。

では、完全リタイヤしたとき自分はどうなるか?毎日が日曜日だったらどうなるか?うむ・・・きっとつまらないでしょうね。休みの日の自分を見ればよくわかります。ボートしたおっさんで、粗大ごみですから(笑)

仕事をやり切った感でリタイヤしたら最後は粗大ごみ。それが嫌なので、もう一花咲かそうかと考えました。

それから、こうも考えました。

私が持っている経験と知識をこのま枯れさせるのは勿体ない。このまま終わりにするのは勿体ない。

あるお客さんが、「沖川先生は神がかり的な知識を持っている」といってくれました。すごく盛ったお褒めの言葉ですが、私はこの誉め言葉が気に入っています ♪(^-^)/♪


科学で証明されていない人の感情の神がかり的な知識を終了にするのは勿体ない。

この知識を「後世に残した方がいい」そう思うようになりました。

それで、今年の末に重い腰を上げたのです。

もう一花咲かそうと。




私は毎日ブログを書いている。
ペースは変らず、15年以上ほぼ毎日ブログを書いている。



何のためか?

1つは、仕事のため。記事を書くことで集客が見込めるから。

2つめは、自分のため。記事を書くことで能力開発の訓練になる。ブログを書くことでボケ防止になる(笑)さらに自分の未来にとってもいい。ブログを書き続けることで未来の構想が湧いてくるから。

3つめは、このブログを見ている読者のため。多くの読者がこのブログを読むのが日課となっているので、楽しみを奪うわけにはいかないから。


さて、ここからが確信の部分。

このブログは皆さんの未来のために書いている私の未来ではない。皆さんの未来。私の未来はすでにやり切った感があるから、あとは皆さんにやり切ってもらうために書いている。


このブログは皆さんの未来のために書いている。将来皆さんが幸せになってもらうために書いている。

自己憐憫の世界にいって不幸になるな。自責の念に囚われて不幸になるな。自分を虐待して不幸になるな。

ネガティブ女子になって不幸になるな。かまってちゃんになって不幸になるな。メンヘラ女子になって不幸になるな。

自信を落として不幸になるな。悲観に明け暮れて不幸になるな。非難・否定されて不幸になるな。

音信不通にされて不幸になるな。嘘をつかれ騙されて不幸になるな。グレーで曖昧にされて不幸になるな。
裏切られて不幸になるな。浮気をされて不幸になるな。嫉妬に狂って不幸になるな。

ダメ男と付き合って不幸になるな。メンタルの弱い男と付き合って不幸になるな。自分勝手男と付き合って不幸になるな。モラハラ男と付き合って不幸になるな。暴力を振るう男と付き合って不幸になるな。人間界のおぞましい悪に立ち向かえ。負けるな。

私のブログは恋愛だけではない。

人生全般で役立つように書いてある。


恋愛を中心に書いてあるが、恋愛の危機を乗り越える処世術は仕事でも大いに役立つ。私のブログは「恋愛を通したビジネス書」といってもいい。そのつもりで記事を毎日配信している。

皆さんの未来のためにブログを書き続けている。このブログで学んだことがいつか役に立って、皆さんが幸せになれることを信じて書き続けている。





ブログは毎日書いている。

1年365日、365の記事を書く。これって大変かというと、やっている本人は大変だとは思っていない。習慣となっているからそんなに苦ではない。

苦ではないが、ペースが追いつかないことがある。普段なら余裕でこなせる作業だが、今はもうひとつ執筆作業も並行してやっているので、あまり余裕がない。

余裕がないときはどうすればいいか。寸暇を惜しんで余った時間にブログを書くしかない。

今まで、ブログは毎朝書いていた。朝の90分のゴールデンタイムをブログを書く時間に充てていた。その時間を今は電子書籍の執筆に充てている。

ブログは勤務時間に書くことにした。コロナ禍で予約が減ったので、予約が埋まっていない時間に書くことにしている。予約が入らなくて暇をしているより、ブログを書いている方がいいと思って、記事の投稿をしている。

まさに「寸暇を惜しむ」とは、こういうことをいのだろう。空いている時間に何をするか?これが私に与えられた命題なので、空いている時間に未来に向って何かをしている。

無理していませんか?疲れませんか?

さあ?
疲れるといえば疲れるし、疲れないといえば疲れない。無理しているといえば無理しているし、無理をしていないといえば無理をしていない。ただ、自分のやるべきことに従って、淡々と黙々と作業をしているだけ。

予約の入らなかった空いている時間にブログを書く。今日みたいに予約がいっぱいになればブログを書いている時間がない。その時はどうするか?家に帰って書く。


晩御飯を食べて寝る前に書く。今日の記事はそうやって書いている。普段ならこの日はリラックスタイム。晩御飯を食べた後は、テレビを見たり、映画を見たり、ユーチューブを見たり、本を読んだりとするリラックスタイム。

予約がいっぱいで営業時間内にブログを書いている暇がなかったら、帰宅して書くしかない。しんどいとか疲れるとか、そんな気持ちで駄々をこねるより、やるべきことをやるしかない。

今日の仕事は明日に回さない。そんな気持ちでやるべきことをこなしている。

自分に暇を作らない。
かといって、ぎゅうぎゅう詰めで仕事をしているわけではない。今日のカリキュラムは今日こなすだけを使命としている。あとは寸暇を惜しんで自分に暇を作らず、与えられたことを淡々とこなすだけ。それに生き甲斐を感じている自分がいる。


これをいつまで続けるのか?

さあ、自分にも分かりません。

いつまで続くかは天のみ知る。

それでいいのではないかな。


もうひとつの執筆(電子書籍)はどうなっているか?というと。

ここも淡々と編集作業をこなしています。

編集のプロではないので、毎日頭を使っています。

時々、これをどやってまとめるか?頭を悩ませていますが、なんとかまとめきっています。

あと2週間くらいで、編集作業も終わるでしょう。

いい本が出来るのを、自分でも楽しみにしています。


恋愛日記をまとめて本にする。

執筆活動は順調です。現在3分の2くらい書き上げました。ページ数にして155ページ、文字数にして85000文字です。ページ数200~220ページ、文字数10万文字が1冊の本の執筆量の目安となります。そこを目指して頑張っています。

11月いっぱいに書き上げ、1か月編集すれば、12月末には本が完成するでしょう。うまくいけば年内に電子書籍として出版できると思います。クリスマスプレゼントとして皆様に届けたいですね。

寸暇を惜しむ。
今は、まさしくこの気持ちで執筆にあたっています。空いている時間を無駄にしないで執筆作業に専念する。寸暇を惜しむ、やればできるものですね。

過去の恋愛日記をまとめる。
まともにまとめてみたら、凄い数になります。
5000記事以上あるので、本1冊が200ページだとすると5000÷200=本25冊分あるということです。恐ろしや15年のブログ歴ですね。25冊分をセレクトして10冊~15冊にまとめ、電子書籍化にしようかなという構想を練っています。

年に3冊出版すれば5年かかるかな。ひょっとして10年かかるかもしれません。あるいは3年でやってしまうかもしれません。また、売上が伸びず、やっても無駄だと分かったら途中でやめるかもしれません。

先のことは分かりません。
分からないけど、チャレンジすることの方が大切だと思っています。先に進んで問題があったらそのときに考えます。まあ、とにかくやってみること。これですね。

やってみると、大変です。
記事の大半は書き直しです。「男は忘れた頃に帰ってくる」というカテゴリを編集しているのですが、5割~7割は書き直しています。出来上がる本はブログの内容とは異なって、さらに進化したものになるでしょう。

毎日のブログを書いて、占いの仕事をやって、本の執筆をする。

疲れませんか?
はい、疲れます。

でも、大丈夫です。
疲れたら、無理しませんから。

執筆は頭の体操にすごくいい。
この文章をどうまとめるか?書いたらこうなったか、これじゃダメだ書き直し。書き直したらまたへんな文章になってしまった。ダメだ・・・ダメだ・・・と頭をかきむしり、書いた原稿をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に捨てる。売れない作家が昔やっていたようなことをやっています(笑)今はゴミ箱に原稿用紙を捨てるのではなく、パソコンで消去しているだけですが、気持ちはぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨ている気持ちと同じです。

頭をかきむしってアイデアを絞りだす。これが頭の体操にすごくいいのです。普段はボーっと生きているので、そこまで頭を使うことは滅多にありませんが、本を書くときはもの凄く頭を使います。執筆は自分を佳境に追い込む。これが頭の体操にいいのです。

頭を酷使したら疲れるので、30分睡眠をとります。30分寝たら60分執筆して、また30分睡眠をとる。休みの日の午前と午後はこれを繰り返しています。

若い時のような気力・体力はもうありません。ですからボチボチやるしかありません。

ボチボチと恋愛日記をまとめる。
いい目標ができました。
あとは、時間の許す限りゆっくりとやるだけです。



書き始めて3週間。

3/1程度進みました。

ページ数70ページ、文字数にして約33,000文字です。

1冊の本ができるまで、200~250ページ。文字数にすると、10万~12万文字です。

やっと3/1終りました。

このペースでいけば、11月末には1冊分書き上げることができるでしょう。

それから1ヶ月、再度見直しの編集です。

200ページ、10万超の文字を一個一個見直します。

これがまた大変。

私はプロの編集者ではないので編集には自信がありません。

時間もかかり、出来映えも今一かもしれません。

でもいいのです。自分の作品ですからボチオボチやります。

過去の恋愛日記を編集して書き直す作業をしているんですが、そこであることに気づきました。

何やっているんだ・・・オレ・・・ではなくて。

「感極まって感動している自分がいる」ということです。

いやー涙もろくなりましたね。

もちろん泣いてませんけど。

心で泣いているかな。

心の中で感極まって感動している。

よしよしいい子だ。

この子を世に出すぞ。もうすぐだ。

なんか・・・親みたいになってしまった(笑)

今まで忙しい過ぎて時間がなかったな。

このブログをまとめる時間がやっとできた。

次の人生はこれかな。

執筆家という人生。

これもありかな。

なんて思う今日この頃です。



毎朝6時に起きる。30分ほど散歩してからパソコンに向う。

朝の散歩は気持ちがいい。季節の移り変わりが肌で感じる。10月に入って少し寒くなった。空気がひんやりしている。でも、気持ちがいい。

なぜ、朝散歩をするか?それは血の巡りを良くするため。朝の起きたてのはボーっとして血液もドロドロ。コップ一杯の水を飲んで散歩に出かける。

散歩の途中に公園がある。そこに子供たちが遊ぶジャングルジムのような遊具がある。それを使って朝の筋トレ。「よいしょ、よいしょ」とスクワットやら腕立てうせやら、ぶらさがり健康みたいな運動をする。

すると、血液の循環が良くなる。

朝の散歩が終わって執筆活動に着手する。これから2時間は朝のゴールデンタイム。この時間の執筆がいちばん能力を発揮することができる。

今、やっているのは過去の恋愛日記のまとめ。

過去に書いた自分の記事なので、編集は簡単にできると思っていた。ところがぜんぜん違った。編集はそう簡単にはいかない。予想をはるかに裏切ってくれた。

例えば、「男は忘れた頃戻ってくる」というカテゴリを編集しているが、半分以上は書き直している。10年前の記事の感覚と今の記事の感覚は違う。感覚が違うのは書き直し。

また、文章の流れもおかしいものがいっぱいある、おかしい文章は全部書き直し。なんだなんだ過去の記事で使えるものが半分もないではないかと、少々がっかりしている。

でもよく読んでみると、使える記事もたくさんある。過去の記事は造詣の深いものもあるし、懐かしい思い出もたくさんある。よし、ここは残して、ここは削除して、この部分を書き直して、という編集作業にとりかかる。

まあ、編集とはそういうもの。
そのことは、最初から予想はしていた。


本編を書くより編集の方が骨の折れる作業だということを改めて知らされた。

毎日記事を書いている本人は、その日の気分で書きっぱなし。校正・校閲もできていいない。

校正・校閲とは、『徹底的に客観的に文章を読み、間違いを見つけること』。どう考えても「執筆者本人がその文章に対して徹底的に客観的になり間違いを探す」のは、明らかに限界がある。できれば自分以外の人(プロの編集者)に校正・校閲をしてもらう方がいいのですが、今回の作品は自分で全部やるしかない。

そう、自分で全部やるしかないのです。

もちろん私はプロの編集者ではありません。プロの編集者ではありませんが、自分の作品は自分で編集をするしかない。

その覚悟を持つと。
なんだか毎日が楽しくなってきた。
これを「充実」というのかもしれない。

朝のゴールデンタイムに過去の恋愛日記を編集する。自分で書いた記事だが、おぞましいほどたくさんある。「よくここまで書いたね」と褒める自分もいるが、面倒な作業に取りかかってしまったという自分もいる。

でも、いつかやろうと思っていたこと。いつか、恋愛日記をまとめようと思っていた。自分のブログ「恋愛日記」には自信がある。このブログは後生まで残したい大事なブログ。人生の最後の仕事として、まとめるのは生き甲斐でもある。

編集してまとめれば、きっと素晴らしい本ができると確信している。今はそれを夢見て、コツコツと努力するしかない。いい作品になるのを目指して。




今日は私の選択を述べさせていただきます。「沖川の選択などどうでもいい」という人はこの記事を飛ばしてください。お付き合い頂ける方は、へぇー沖川ってこんなことを考えているんだと、リラックスして軽い気持ちでお読みください。

私の選択。
コロナ過で何をやるか?

コロナの影響によって売上が落ちました。コロナ以前と比べると、売上は30%ほどダウンです。この落ち込みは、コロナのせいと私の実力不足のせいだと思います。

でも、他と比べるとまだましな方です。飲食業やホテル・旅館やその他のサービス業、イベント業などの集客を目的とする業種に比べれば、まだいい方です。

変な言い方ですが、「この減りかたは私には丁度いいかな」とさえ思っています。他の業種の皆さんには申し訳ありませんが、これはあくまでも私個人の感想だと思ってください。

さて、売上が減ったというこは「時間が出来た」ということになります。この余った時間をどう有効に使うかですね。

余った時間を命の洗濯に使ってもいい。将来のことを心配してもいい。あるいは余った時間を将来の準備のために使ってもいい。どちらを選択するかは個人の自由となります。

私は命の洗濯に充てました。コロナ禍でジタバタしてもしょうがない。今まで頑張ったぶん丁度いい機会だ、しばらくのんびりしよう。

このままのんびりして仕事を失くしたらどうする?「そのときは店を閉じればいい」と気楽に考えていました。


あれから1年が過ぎ。今年の夏くらいからかな、命の洗濯にも飽きてきました(笑)

ブログは毎日書いているのですが、なにかもの足りない。余った時間になにかやろうかな…という構想が少しずつ芽生えてきました。

さて、なにをやるか?
「執筆でもするか」これが1年かけて出てきた答えです。

何を執筆する?
ズバリ言うと、「恋愛日記のまとめ」です。

過去18年間の「恋愛日記」をまとめる。編集して書き直してまとめて書籍にする。(電子書籍)として。

これって面白いんじゃない?

考えたら膨大な作業。過去の記事数は6000記事以上。本100冊分くらいある。18年の年月は恐ろしい。ちりも積もれば山となる。でも、まいいか、時間はたっぷりあるから。

100冊分を10冊~20冊くらいにまとめて編集する。なるほど…面白いね。


いやーちょっと待て!本の編集は本編を書くより大変だということを思い出した。過去に13冊の本を出したが、出版社との打ち合わせ、校正や装丁や、ゲラの編集などなどいろいろと大変だということを思い出した。

あれをまたやるのか?
時間はたっぷりあるでしょ。
そうか、時間はたっぷりある・・・か。

どんな山積みの記事でも、本100冊分のブログでも、自分が書いた記事だ。1個1個丁寧にまとめていけばいい。編集して素敵な本を世に出すか。

なんていう構想が少しずつまとまってきました。


さて、では執筆の時間をどのように作るか?

いちばん頭が働く時間にしよう。

それは朝かな。

起きて2時間くらいは、いちばん頭が冴えている。この時間を執筆に充てよう。

今までこの時間はブログを書くことに充てていた。朝起きて散歩してブログを書く。これからは本を書くことにする。

では、ブログは?
営業時間に書く。
空いている時間に書く。

これで選択ができた。
昨日からこれをやってみたが、なんとかいけそうだ。

コロナ禍で何をするか?
今日書いた記事が私の選択となります。

まあ、ぼちぼちやります。


ここ数日雨ばかり。。。。

今日の雨は凄かった。
駅について、いきなり雷雨。
雨宿りしようかと思ったけど・・・傘を差して家路へ。

豪雨の中を歩くのは様にならない。びしょびしょ。服にも雨が染みこみ冷たい。

ひや・・・散々な目にあった。
10分の道のりが遠く感じた。

雨にも負けず風にも負けずとはまさにこのことを言うのだろう。ゲリラ豪雨の中、そんなことを感じた。

豪雨のときは、雨宿り。
駅のコーヒーショップで。
そうすれば良かった。
30分後には雨も小降りになったから。

まあ、いいか。
自分で選んだ結論だから。

目が醒めた。
カミナリでもうたれたように目が醒めた。実際カミナリが凄かったけど。お陰で今日の出来事としてブログに書いている。帰宅してすぐにブログを書くのは今までなかった。また新たなページが加わった。今までやったことがなかったことをやる。これもひとつの挑戦だと思う。 おやすみなさい。





人が思い出す過去は嫌な想い出ばかり。

いい想い出はあまり思い出さない。

私もそうだが、皆さんもそうだと思う。思い出す過去は、辛くて悲しい物語ばかり。仕事の失敗や失恋。人に裏切られたり裏切ったり、嘘をついたり嘘をつかれたり、自分の過去は褒められたものではない。穴があったら入りたいほどの恥ずかしい思い出がたくさんある。

どうして過去には嫌な想い出がたくさんあるのだろう。いい想い出もたくさんあるが、脳裏に浮かんでくるのは、どうしても嫌な想い出ばかりが出てくる。

今まではそれが嫌だった。過去の嫌なことを思い出すのは。でも、いまはそれもいい想い出と思うようにしている。

恥ずかしい失恋。
前の晩は眠れず、勇気を振り絞って、好きな人に告白したが、NOと言われた。頭が真っ白で一瞬にして終った。それは相手も気持ち悪かったであろう。告白するまで何日も緊張が続いて体調も悪くしていたから。

前の晩一睡もしないで告白したものだから、目は血走り、顔は狂気じみた怖い顔となり、話し方もオドオドして、何を言っているのかわからない口調で告白するものだから、相手に引かれてしまった。何年も温めていた自分の気持ちが一瞬にして終った。

あああ、恥ずかしい・・・惨めだ・・・終りだ・・・という思いで夜の繁華街をうろつく。メソメソ泣いている自分の姿を通行人は避ける。人気のいない路地で「バカヤロー」と大声で叫ぶが、しっかり誰かに聞かれた。後ろからバカにされているクスクス笑い声。恥ずかしくてその場から逃げるが、逃げても逃げても、バカにされているクスクス笑い声が耳元から離れない。

仕事の失敗。
仕事もぎょうさん失敗した。上司に怒られ、同僚からは使えない奴だと冷たい視線に送られ、「ああ、こんな仕事いつまでもやっていられない!辞めてやる!!」と何度、思ったことか。

人間関係の失敗。
人間関係も嫌な思いをたくさんした。気にくわない上司、気にくわない同僚、気にくわない部下、気にくわない経営者。相手も自分のことが気にくわなかったのだろう。散々いじめられ、足を引っ張られ、嫌がらせを受けた。

いい想い出もあるが、そんなの、思い出せない。悪い想い出のあとに強引にいい想い出を思い出すようにはしている。(ふと)したときは、嫌な想い出ばかりを思い出す。そこで嫌な想い出が出てきたときは、いい想い出もあったと探してみることにしている。

そうか、嫌な想い出ばかりが脳裏に浮かぶか?

苦労してきたからな。

そう考えれば、これは歴史か。
自分の歴史か。

自分の過去には嫌な想い出しか残っていない?それも自分の歴史だ。ならばそれを受け入れよう。あの嫌な想い出があったからこそ今日の自分がいる。それで良かったじゃないか。平坦な道より茨の道の方が人間は成長できるから。

過去の数々の嫌な想い出。悔し涙を飲んだ想い出。恥ずかしいほどみっともないことをした想い出。人を悲しませた想い出。人にバカにされた想い出。書けば書くほど自分がネガティブになってしまうほど、過去には嫌な想い出がたくさんある。

そして、過去の嫌な想い出に縛られるのはもうやめようと思った。

「あれがあったから、自分は成長できているのだ」と今は思うようにしている。

冷静に考えると嫌な想い出もあるが、その100倍はいい想い出があった。

お陰様で、今の自分は気楽に生きている。

今にしては、なにもかもいい想い出だった。