ホーム > カテゴリ: 不可能を可能にする奇跡を起こす。
ある人からの質問。
私は過去〜現在まで、DV・モラハラ・親からの暴力・嫌がらせ・パワハラ等の痛みを経験してきました。そして今は難病を抱えています…それでも人を恨まず優しく接して困っている人には手を差し伸べようと思って生きています。

ですが、人を恨まず許して優しく接しても、愛する人や優しく接してきた人からも冷たい態度を取られてしまいます。見返りを求めているわけでは無いのですが、やはり毎回、自分が辛かったり困っていたり寂しい時だけすり寄ってきて満足したら冷たくなる。これが続くと、頭の片隅で…こんな生き方でいいのかと全てを投げ出したくなる時もあります。先生も同じような感情になった事はあるのでしょうか?

質問者さんは優しくいい人だと思います。
だが、いい人は犠牲者になりやすい。

私は過去〜現在まで、DV・モラハラ・親からの暴力・嫌がらせ・パワハラ等の痛みを経験してきました。そして今は難病を抱えています。人を恨まず許して優しく接しても、愛する人や優しく接してきた人からも冷たい態度を取られてしまいます。いい人はこのパターンに追い込まれる。私のお客さんでも何人かいます。

この人に対する私のアドバイスは、「親の犠牲になるな」です。
子供をいたぶる親はもう親ではありません。こんな親とは縁を切って自立することです。
この流れで、長い時間かけて話し合い、説明をしていきます。いい人は、不幸の中にいた時間が長く、葛藤も根深く、そこから抜け出せない習慣が頑固に凝り固まっているので、自立を促す説明は困難極まりないですが、負けずに説得し続けます。

なぜ、「親の犠牲になるな」の説明を続けるか?それが不幸の基本になるからです。親の犠牲になった子は、他人にも利用され不幸になります。このままでは一生不幸の人生を送ることになります。この悪い流れの根本が親にあるのです。ですから、親から自立すること、こういったケースは、これしか解決方法はありません。

ところが、親との確執は根深いものがあり、いい人は、舐められる傾向にあります。親に逆らってまで自分の主張ができない。ちょっとでも口答えをするものなら倍返しをくらう、いや10倍返しかもしれません。つまり気が小さくて弱い。そこに親はつけ込んで、暴言や暴力を振るってくるのです。これを何十年もやられたら、いい人はもはや抵抗することができません。こんな生き方でいいのかと全てを投げ出したくなることになるのです。

ご安心ください。
あなたの人生はこれからです。

前半は親の犠牲にあって大変な人生でしたね。
でも、これからは後半の人生が待っています。
親から自立して、第二の人生、後半の人生を楽しみましょう。
前半に苦労すれば後半は楽になります。
それを信じて負けないでください。

親から自立すれば、強い人間になれます。
自分を許し、相手も許せる人間になれるでしょう。そして嫌なものは、はっきりと「嫌だ」と答える人間になれるでしょう。強い人間になるためにはそれが必要です。嫌なものは、はっきりと「嫌だ」と答える。親や上司の押しつけ、パワハラ、モラハラに対しては、嫌なものははっきりと「嫌だ!」「それはできません」「私はそれをやりたくない」とはっきりと断ればいいのです。自立とはNOといえる強さです。これを覚えちゃえば、もう他人の犠牲になることはありません。後半は、負けない人生を歩んでください。

最後に。
先生も同じような感情になった事はあるのでしょうか?
あります。
私も人がいいので、人に利用され、都合良く扱われたことがたくさんあります。愛する人や優しく接してきた人からも冷たい態度を取られたこともあります。辛かったり困っていたり寂しい時だけすり寄ってきて満足したら冷たくされたこともあります。いい人は都合良く使われ、用がなくなったら去られるからです。

若いころはそれが嫌でたまりませんでした。それこそ、全てを投げ出したくなる時もありました。でも、今は違います。今は強くなったのです。この強さは、人に利用され、都合良く扱われ、これでもかこれでもかと嫌な目に合ったから強くなったのです。つまり嫌な奴によって、心を鍛えられたということです。


今の私はどうでもいいのです。

利用されようが、都合良く扱われようが、どうでもいいのです。
それで相手が幸せになるのなら、それでいいのです。
もちろんお相手の無謀な要求には、はっきりとお断りします。
嫌なものは「嫌だ」とはっきりお断りして、そういう人たちとは付き合っています。
それでバランスが取れるようになりました。
だから、どうでもいいのです。
好かれようが嫌われようが、他人がどうのこうのではありません。
自分の人生は自分のものですから。





苦境に立たされたとき、危機に遭遇したとき、人は必死に努力する。
だが、努力しても報われないことがある。
努力した結果、ダメになることもある。
「これだけ一生懸命努力したのに、結果は散々だった」。
「この世に神はいないのか!」と神に向かって怒り心頭になることもあるだろう。

また、努力する人はまだましな方で、中には何もしない人もいる。おそらく努力することががバカバカしいと思っていのだろう。いずれにしても、結果は無残な結果となる。

努力してもダメ、何もしなくてもダメ。
人にはこういう時期がある。
神は意地悪だ、必ず人に試練を与える。
あなたもいま、その試練に苛まされているのかもしれない。
何をやっても裏目に出る最悪の時期に差し掛かっているのかもしれない。


こういうときって落胆するよね。
努力は無駄に終わり、サボればひどい目に遭い、これは落胆するわ。
こんな日々が続くと、夜も安心して眠れない。
心は常に不安で常に恐怖に苛まされ脅えているからだ。

こういうとき、どうするか。
ま、あきらめることだね。
いま、やっていることに。
執着はよくない、だからあきらめよう。
「あきらめよう・・・そうすればうまくいく」
この精神を取り戻そう。

あきらめて良いことはあるの?
ある。
変化という良いことがある。
最初は、この変化は怖いけど。怖さを克服すれば、変化は楽しくなるよ。

変化ってそういうものだよ。最初は恐怖だけど、恐怖を克服すれば楽しくなる。克服する域に達するのは大変だけど、でも達すれば楽しくなる。この楽しみを味わえば、もうあの恐怖だった過去に戻る気がしなくなる。

どうすれば、達することができるの?
怖がらないで、新しいことにチャレンジすることさ。
今までのやり方ではうまくいかないので、今までとは違ったやり方で新しいことにチャレンジすること。恐怖というのは頭の中で恐れている不安なので、実際にやってみると怖くない。ああ、なんだ怖くないじゃん。やってみるとそんなに難しくない。ただ、恐怖に脅えて難しいと思っただけ。人間は行動する時間より、怖がっている時間の方が長い。だから、怖がらないで、新しいことにチャレンジしてごらん。実際にやってみるとそんなに怖くないことが分かるから。

そうすると見えてくるよ、この先の達成感が見えてくる。なんか感じる…この先に変化があることを。新しく生まれ変わろうとする自分がぼんやりだが、見えてくる。それはどんな形何だろう?今はまったく想像がつかないが、なんだか追求してみたくなった。もっともっと追究したくなった、よし頑張るか、新しいことに。気持ちがそうなれば、もうすぐ達成感が見えてくるだろう。

だが、反対に逆効果になることもある。
新しいことにチャレンジしてさらに落胆することがある。
それを私は「前向き失敗症候群」と呼んでいる。
そうなった人には、あるさ、前向きになっても失敗することが。「どんまい、どんまい」と励ましている。

大切なのは、前向き失敗症候群になっても、前向きをやめないこと。
やめたら元も子もない。いやさらに悪くなる。そしていつまで経って過去から抜け出せない自分になってしまう。今はない過去にいくら執着しても、事態はよくならない。何もない過去に執着するほどあなたは愚かではないだろう。だから、失敗しても前向きになることをあきらめてはならない。

あきらめよう・・・そすればうまくいくは、過去をあきらめること。
前向きになることをあきらめてはならない。
変化をあきらめてはならない。

変化を楽しんでいる自分にいつなれるか?
あなたにその日が来るのを期待しています。

努力しても報われないときがある。そのときは、あきらめて変化を楽しもう。



変化は怖い。
未知のものは危険と同一である。

変化は怖くない。
未知のものは夢と希望に溢れている。

あなたは前者と後者、どっち?

両方あると思う。
今日は後者でも明日になれば前者になることが。あるいは、朝は後者だったのに夕方になったら前者になっていたことが。希望と恐怖は朝令暮改のようにコロコロと変わる。

うまくいかなくなったとき、人々の心は朝令暮改のようにゆらゆらと揺らぐ。ここでいえることは、一生安心できる場所はないということだ。

いつまでもあると思うな、あなたのお金。いつまでもあると思うな、あなたの仕事。いつまでもあると思うな、あなたの恋人。いつまでもあると思うな、あなたの健康。いつまでもあると思うな、あなたの幸せ。人生は常に変化する。

ここにあったものが、突然なくなることがある。
将来を約束していた仕事が突然無くなることもある。
将来を約束していた恋人に突然ふられることもある。
世の中に一生安心できる場所はない。常に変化するからだ。

変化は突然くることもあれば、じわじわとくることもある。
ほとんどが、兆候があってじわじわとくることが多い。ほとんどがそうだ。だが、ほとんどの人は変化の兆候を甘く見ていて、何も手を打とうとしない。なにもせず、このまま放っておく。慣れ親しんだ仕事や人間関係は、とても厄介な習慣となり、やがて大きな変化の波に襲われる。すべてを失う破綻だ。

そときいくら動転しても、いくらパニックになっても、あとの祭り。あとから後悔してもあとの祭り。破綻は取り戻すことはできない。それで人は落胆する。

落胆したあと、人はどうなるか。

「こんなことがあっていいわけない」「まさか、自分がこんな目に合うとは夢にも思わなかった」「これは夢だ、これは悪夢だ、夢なら早く覚めて」といいながら、いつまでも同じ場所にいる人。

「あ、そういうことか」と瞬時に判断して次にいける人。

概ね、この二人に分かれる。

前者は普通の人。
後者は達観した人。


できれば、達観した後者になりたいものだ。
前者は変化を恐れる人間。
後者は変化を恐れない人間。
どっちに軍配が上がる?
軍配は後者だ。

いつまでもあると思うな、なになに。
終わったら次にいけばいい。
失ったら次にいけばいい。

大丈夫、無くしたものは次で見つかるから。
前よりも、いいものを。



仕事で不安を抱えたとき。
恋愛で不安を抱えたとき。
不安から抜け出すのに、なにかいい方法ありますか?

うむ、これって思いつく方法はないが、私のやり方は、ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉かな。「努力・忍耐・勤勉」思いつくのはこれしかない。古典的で申し訳ない。

仕事で不安を覚えるのは、仕事がうまくいかなかったとき。利益が上がらず、収入も上がらず、このままではいつ会社を辞めるか、いつ商売を閉じるかという危機に面したとき人は不安になる。コロナの影響で、まさしく今がそれかもしれない。

そんなときは愚痴をいってもしょうがない。自分がやれるべきことをひたすらやるしかない。ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉に努める。これで不況を脱出できるかどうかはわからない。わからないけど、ぐじぐじ悩んでいるより、ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉に努めた方がいい。

それは恋愛にも同じ事が言える。
恋愛で不安を覚えるのは、相手との関係がうまくいかないとき。連絡もつかず、逢うこともままならない、このままではいつ白黒つけるか、いつ振られるか、いつ終りにするかという危機に面したとき人は不安になる。

そんなときは愚痴をいってもしょうがない。自分がやれるべきことをひたすらやるしかない。ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉に努める。これで恋愛の危機を脱出できるかどうかは、わからない。わからないけど、ぐじぐじ悩んでいるより、ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉に努めた方がいい。

保証はない。
保証はないけど、ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉に努めるしかない。危機の脱し方は、古典的だけど、この方法がベストだと私は思っている。

いえることは、ひたすら努力、ひたすら忍耐、ひたすら勤勉って意外と大変よ。悩みとの戦いだから、続けるのに骨が折れる。悩みに打ち克ってやる!悩みに打ち克ってやる!悩みと戦いながら何度も何度も繰り返し続けるしかない。だから、大変。どこまでやれるか、それは本人の頑張り次第。頑張り次第で不安は脱出できるということです。古典的な方法で申し訳ないが、これに勝る方法はないと私は思っています。


どちらでもいい。
あなたが前向きなら。どちらを決めてもいい。

前向きとは、
復縁に向けて頑張るのも前向き、次に向けて頑張るのも前向き。進む方向を決めることで人間は前向きになれる。

前向きになれないのは、どっちも選べず悩んでいること。しばらくは振られたショックで悩んでも仕方がないと思うが、いつまでも悩んでいてはダメ。いつまでここに留まっている。いつまで過去を振り返っている。早くどっちか?決めなさい。時は待ってくれないよ。

復縁か次に行くか、どちらでもいい。あなたが決めるのなら。それぞれの項目は大変だけど、決めちゃえば、人は前向きに動き出す。

モヤモヤと悩んでいる世界にいるよりは、現実の困難な世界で悩んでいる方がまだましだ。

モヤモヤの世界はあなたの成長を遅らせ人生を後退させるだけだが、現実の困難な世界はあなたの成長を早め人生を前進させる。どちらも悩みと苦労が多いが、利益を生むのは後者の方である。

モヤモヤの世界は楽しいだろう。どんな妄想でも抱けるからだ。自分の都合のいい方にいくらでも妄想ができる。だが現実に戻ったとき、妄想の世界と現実の世界のギャップがあまりにも大きすぎて落胆してしまう。モヤモヤの世界はこれを毎日繰り返している。

ところが現実の世界は楽しくない。現実の厳しさを痛いほど痛感する。復縁を目指していても、彼は逃げるばかりで今は連絡さえ取れない状態。次に行っても、なかなか好きになれる人が現われない。別れた彼と新しい人を比較する度に悲しんでいる自分がいる。別れた彼は6年ぶりに好きになった人。それを上回る人はなかなか現われない。

モヤモヤの世界と現実の世界ではどっちが厳しいか?それは現実の世界だ。だから皆さんはモヤモヤの世界に戻ってしまうのだ。あまりにも現実が厳しすぎて。だが、いつまでもモヤモヤの世界にいるわけにはいかない。そこには何もないからだ。

何かに導くのは、モヤモヤの世界にはない。導きは、厳しい現実世界の戦いの中にある。逃げてモヤモヤの世界に戻るより、辛くても現実世界に踏みとどまり、戦い続けることである。

彼との復縁。
現実は厳しい。復縁の可能性は不可能に近い。
果たしてあなたにできるか?
やってみるしかない。
現実への戦いが今始まる。
復縁の方法論は、私のところにはたくさんある。
これを駆使してもいい。
だが、やるのはあなただ。
あなたが不可能にチャレンジして奇跡を起こすしかない。

次の相手を探す。
現実は厳しい。なかなか好きな人が現われない。
好きな人が現われるまであなたは頑張り続けることができるか?
やってみるしかない。
現実への戦いが今始まる。
新しい人を見つける方法は、私のところにはたくさんある。
これを駆使してもいい。
だが、やるのはあなただ。
あなたが不可能にチャレンジして奇跡を起こすしかない。

大袈裟に書いたが、どちらも大変である。
大変だけど、楽しい。
これが生きている証だ。
チャレンジのできない人生より、チャレンジできる人生の方がいい。
生きている間、人間は努力するものである。
だから、大変だけど楽しい。
復縁でも次に行くのでも、困難と思わず、楽しんでチャレンジしなさい。そうでないと厳しい現実に押し潰されるから。押し潰されないためには、笑顔でこれでもか、これでもかとチャレンジすること。そうすれば現実はあなたに降参するだろう。




え、自分が結婚する?
まさか…自分が結婚するなんて、想像がつかないよ。
自分は今の生活で満足しているし、この生活を変える気はない。
だから、結婚する気がないと彼氏が言ったとする。

それに対して反論するのでなく。
あえて、共感してみたらどうだろう。

そうだよね、想像がつかないよね。「変化は怖いからね。誰だって変化は恐れるわ」といってみる。あえて、共感する作戦は思わぬ良い効果を引き出す。人は自分の言葉を否定されるより肯定される方を喜ぶので、相手のプライドをくすぐるには丁度いい。

共感したあとに自分の考えを言ってみる。

私は、あなたと結婚することが想像できます。きっと楽しいと思うのあなたとの結婚生活は。あなたといると落ち着くし、安心して、リラックスもできる。だから、とても癒やされる結婚生活になると思うわ。

二人の結婚生活はきっと健康的で、喜びと感謝と希望に満ちあふれている。だからとても幸せな気分になると思う。独りでは寂しかったけど、これでやっと孤独から解放されたという充実感を味わえるわ。もう寂しくない、私にはあなたがいるから。

私はあなたとの結婚が想像できます。とても幸せを感じながらね。だから、私は変化を恐れない、あなたさえがいれば。


上記の言葉は、男性に悪い印象を与えません。
それは、言ったものが勝ちだからです。
だから、とにかく言ってみることだ。

この言葉は重いと、勘違いしないでほしい。
女性が、幸せたっぷりに自分の結婚観を素直に述べただけだ。
だから、男性には悪い気がしない。
言ったものが勝ちだからである。


結婚にはメリットもデメリットもあるが、どちらかというとメリットの方が大きい。

独身にもメリットとデメリットがあるが、どちらかというとデメリットの方が大きい。

これは、二つのことを体験した人の話。つまり結婚生活がうまくいっている既婚者の話である。「独身のときより」、「結婚したときの方がメリットは高い」と皆さんは感じている。

結婚生活がうまくいかず離婚を経験した人の中には、「結婚はメリットを感じられなかった」という人もいるだろう。だが、離婚して晴れて独身になっても、独身ではやはりメリットを感じられず、再婚を目指す人が多い。

なぜ再婚を目指す人が多いか?独身ではメリットを感じられないからだ。やはり人間は独りでは生きていけない。前の結婚は失敗だったが、次は自分が理想とする家庭を作りたい。あれだけ結婚生活で嫌な思いをしたのに、懲りずにまた結婚したいというのはなぜか?結婚にはそれだけのメリットがあるからだ。

これは人間が生きていくのに必要な動機である。
人間は失敗することで理想を求める。理想を求めるからメリットも高くなる。あなたが理想を求めることなく生きているとしたら、それは死んだも同然である。理想を求めて生きる動機を失ったら人間をやめた方がいい。

もっとわかりやすく説明しよう。
結婚とは仕事である。仕事で散々嫌な目にあって仕事を辞めたとする。それでこの仕事にはメリットを感じられなかったといって、あなたは次の就職もせず生きていきますか?働かず生きていけますか?どうやってご飯を食べるのですか?生きていくには、またあなたが嫌だという仕事に就かなければいけない。またあのメリットを感じられない仕事に戻らなければならない。これが人間の生きるための動機である。

なぜ再就職するのか、なぜ再婚するのか。
デメリットと思われる世界になぜ人は戻るのか?

それは人間が成長したいからである。
人間の成長はデメリットをメリットに変えることで成長できる。
たくさんの失敗から学んで成功する。
失敗が多かった分、なにくそと踏ん張り、次は成功して見せると頑張る。
この頑張りこそが人間の生きる動機である。
これを一度でも味わえば、もう二度と昔には戻れない。

昔は気楽な独身だった。
昔は気楽な就職前の学生だった。
あの頃の気楽な生活には、何もメリットを感じられない。人間はやはり理想を求めて戦っている姿にメリットを感じる。何も挑戦しない昔にはもう戻りたくない。そこにはメリットは何もないからだ。

結婚生活にはメリットもデメリットもある。
どっちかというと損ばかりのデメリットの方が多い。デメリットを自分の理想とするメリットに変えていく。仕事と同じようにデメリットを自分の理想とするメリットに変えていく。これを覚えたら、「もうあなた、やめられないぜ」。デメリットをメリットに変える楽しみほど、楽しいものはないからである。


結婚にメリットを感じられないといっている彼氏に伝えて欲しい。
「結婚にメリットを感じられない?そうかな、独身の方がメリットを感じない。」
これが、全世界で活躍している男たちの総意の意見であるということを伝えて欲しい。




自由で気ままな生活は、誰しも憧れる。
人間は本来自由だ。生まれたときも独りだし死ぬときも独り。この世に誕生するのも独りだし、この世で活動を停止するのも独りだ。人間とは基本的に孤独で自由な存在。煩わしい他人との人間関係よりも、独りの方が気楽でいい。自由は人間に与えられた特権だ。

なるほど。自由は人間に与えられた特権か、そういえば私も自由が好きだ。自由を今宵なく愛する。自由に勝る幸せはないと思うところもある。だが、もう一方で他人をも愛せる。また自分と血の分けた親や子も愛せる。独りも好きだが、人といる自分も好きだ。独りは孤独で嫌だが、人といると孤独にならない、だから人といる方が好きだ。

なんの束縛もない自由は確かにいい。
ご飯を独りで食べた方が美味しく感じるところもある。自分のペースで好きな物を食べられるからだ。この時間はとても有意義だ。また、誰にも邪魔されず好きな物を食べられるのはとても幸せなことだ。

独りで旅行に行くのもいい。誰に邪魔されず束縛のないひとり旅。最高の気分だ。時間は限りなく自分任せ、人に気を遣うこともない。自分のペースで好きなところへ行ける。これはまさしく幸せな時間、ぷらぷらとどこへも行ける。

ひとりご飯、ひとり旅、たっぷり満喫するのもいい。

でも私は欲深いので、ひとりご飯もいいけど、好きな人とのご飯もまた楽しい。
好きな人と一緒に食べるご飯はひとりで食べるよりはるかに美味しい。また独りのときより有意義な時間を過ごせる。食べたあとの満足感が独りのときより充実している。楽しくて美味しかったから、また、行こうねという気分になる。

ひとり旅もいいけど、好きな人との旅はもっと楽しい。絶景の風景も、一人よりは二人の方が感動する。ペースは違うけど、それを補うくらいひとり旅よりも断然楽しい。街の景色、海・山の景色、広く澄み切った空の景色、夕闇の景色、情緒豊かな旅の景色が独りよりも色鮮やかに見える。また、行こうねという気分になる。

独りもいいけど、二人はもっといい。さらに、二人よりも子供を含めた家族がいる方がもっとよい。独りよりも何倍も人生を楽しめる。独身より結婚の方が苦痛は確かに多いかもしれないが、苦痛をはるかにしのいで、それを補う豊かさが結婚にある。これを経験したら、もう独身はバカバカしくて、やっていられない。これを経験したら、独身には夢がないと言い切れる。

結婚に夢がない?これは単なる独身者の独りよがりだ。
独身の方が夢はないと言い換えるべきだ。


自由は確かに楽しい。生活も、遊びも、ご飯も、趣味も旅行も楽しいだろう。だが、独りは独りで、1しかない。1だけの楽しみでは人間は不十分で成長しない。1+1を5にも6にもできるから楽しさが倍増するのである。結婚とは1+1が5にも6にもなるシステムである。

もちろん苦痛も5にも6にもなる。
だが、この苦痛は人間の強さを5倍にも6倍にも強くするシステム。独りでは1の強さだったものが、結婚することによって、5倍も6倍も強くなれば、どんな困難も乗り越えられる強さが手に入る。

だから、独身は成功しないのである。
既婚者が成功する理由は、既婚者の方が、独身より5倍も6倍も強いからである。

結婚に夢がない。

そうかな、独身の方が夢がない。それをこのブログが証明している。




おそらく、棺桶に入るまで自由と独身を楽しみたいのだろう。
彼らにとって結婚とは未知のもの。多くの人は未知のことを危険と同一している。危険を冒してまで人生のはっきりしない部分に分け入れるのは、向こう見ずな人間だと思っている。だから、今まで通り自由での代わり映えのない生活を維持したいのだろう。その方が危険もなく安全だと思っているからだ。

つまり、結婚をしたがらない人は最新の進んだ考えを持った人ではない。危険を冒さない臆病で後退した人のことをいう。未知のものにチャレンジできない弱き人間となっているので、成長は望めない。自由といいながら、自ら後退する人生を送っているのである。

結婚したがらない人を周りから見れば、変わり者にしか見えない。
変わり者であっても、世間は自由を尊重する.。でも、なにか違う印象を与える。何だろう?この印象の違いは、一般の人と比べて何が違うのだろう?それは、負け組の臭いである。


独身の人は、負け組の臭い。人と違う負い目を背負って生きている感がどうしても否めない。負け組の負い目を背負って生きている姿に独身女性は、それに凄く敏感に反応する。だから、お節介な友人や親戚から「結婚いつなの?」と言われると、非情に傷つく。

もう嫌だ!「結婚はいつなの」と言われるのは、早く結婚してそういうことを言われないようにしたい。あるいはそういうことを言われない自由で干渉されない世界へいきたい。もう嫌だ、「結婚はいつなの」と聞かれるのは。女性は平等を重視するので、自分が欠陥品だと思われたくない。だから、その言葉にひどく傷つく。

その点男性はどうだ。
男性も傷ついている。「結婚はいつなの」と聞かれて。ただ、男性はポーカーフェイスでごまかしている。「僕は自由を尊重しているから」とごまかしている。周りも女性ほど男性をいじめない。女性は子供を産むタイムリミットがあるので、周りは急かすが、男性の場合は急かさない。だが、男性も傷ついている「結婚はいつなの」と聞かれて。まるで自分が欠陥品扱いされているからだ。

もちろん、結婚する、しないは個人の自由である。
意地悪な周りの意見に負い目を感じる必要もない。意地悪な人もあなたのためを思って余計なお節介をしたいのだろう。悪気があるわけではないので、許してやってほしい。

それより、結婚とは未知へのチャレンジだ。
そう思った方がワクワクする。


いくらなんでも棺桶に入るまで自由と独身を楽しんでもつまらない。
いくら自由とはいえ、変化のない生活は退屈に過ぎない。いつまでも空しさに耐えても、何も良いことは起らない。孤独は人の成長を蝕むからだ。

結婚とは変化である。
変化には不測の事態がつきものだ。自分が慣れ親しんだもので我慢する方が、わざわざそれを変える努力を払うよりいいと考えるのが独身の悪い癖である。こんなことをやっているからいつまでも負け組の負い目を感じるのである。負け組の負い目を無くすには、自ら変化することである。変化には不測の事態がつきもの。それを楽しむのが結婚である。

さあ、変化しよう。
不測の事態へ挑戦だ。なかなか思うようにいかないかもしれないが、棺桶に入るまで自由と独身を楽しみむより、自由を奪われた結婚の方が何倍も楽しい。なぜならそこには自由の何倍もの刺激があるからだ。その刺激を覚えれば、退屈な独身ほどつまらないものはない。「自由に執着していた自分は人生を損していた」と気づくことになるだろう。

結婚とは変化である。変化には不測の事態がつきもの。それを制した人間が成功と幸せを手に入れている。独身の成功者がうんと少ないのは、自由という棺桶を背負っているからである。早く自由の安全パイから抜け出し、未知の世界へチャレンジするべきだ。




結婚に夢がない。
結婚にメリットを感じられない。
自分が結婚していることが想像つかない。
結婚は人生の墓場だ。だから僕は結婚をしない、結婚は僕にとってなんの意味もないから。


結婚を否定する言葉を、付き合っている彼氏に言われた女性も多いのではないだろうか。今の時代は、とくに多い気がする。頭にくるくらい。

ならばなぜ女性と付き合う。
「結婚する気もないのに、なぜ!」と吠えたところで、自由恋愛の昨今ではその遠吠えは通用しない。

女性も最初は結婚を意識しないで恋愛をしているからだ。結婚とはお互いの愛が深まって考えるもので、最初から結婚を前提に付き合う男女は少ない。だから、「結婚する気もないのに、なぜ女性と付き合うの」と男性を責めることはできない。お互い様だからだ。

恋愛においては、女性の方が結婚願望は高くなる傾向にある。女性は好きになれば、その人と結婚したいと考えるようになる。「好きになれば結婚を考える」過程は、男性よりも圧倒的に女性の方が高い。

それに対して男性は、女性ほど結婚願望は高くならない。彼女のことは好きだけど、結婚までは…まだ…考えられない。どっちかというと結婚に対してプレッシャーを感じてしまう。

結婚に対して、女性は願望で男性はプレッシャー。
付き合い始めは彼女のことが好きだったけど、3か月~半年と経過して、プレッシャーを感じるようになる。彼女の気持ちがズシンと重くなって、プレッシャーを感じる。このプレッシャーが結婚を否定する言葉となるのではないだろうか。

そうか、プレッシャーか。
これを女性たちが理解すれば、彼との付き合いはもっとスムーズに行くのではないだろうか。


結婚に夢がない。
結婚にメリットを感じられない。
自分が結婚していることが想像つかない。
それらの男性の結婚を否定する言葉は、全部プレッシャーから来ていると判断してよいと思う。

プレッシャーさえ外せば、
結婚には夢があるし、メリットもある。孤独から解放された生活は、どれだけ幸せか想像もつく。愛のある生活は、生き甲斐も生まれ、人生の目標も見えてくる。これほど夢があって、メリットのあるものは結婚以外に想像がつかない。この言葉を彼氏に伝えたらどうだろう。そうすれば、彼のプレッシャーを少しは軽減できるだろう。


いかにして、男性のプレッシャーを外すか?
これも女性の役どころである。
プレッシャーの外し方を研究しよう。