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人は光に向かって影を後ろにするべきだ。

こうやって親や社会や学校教育は教える。

光に向かうのが正しい姿だと。

目標があって、計画があって、達成する信念があって、気力も体力も精神力もそれに向かうべきだ、と教える。

影を後ろにして光に向かう。これは正しい姿かもしれないが、これは理想論であって現実社会は理想通りにはいかない。人間には避けて通れない挫折という厚い壁が立ちふさがる。そう簡単にあなたの思い通りにいかないよという壁があなたの光を塞いでしまう。

挫折に苛まされた人間は、光は遠のき影だけが前に立ちふさがる。心はネガティブとなって、考えることはマイナスなことばかりで、苦悩や悩みの世界に入る。

苦悩や悩みの世界で人間はもがき苦しむが、見方を変えれば、それでいいのではないか。これが人間らしくていい。挫折があるから人間は大きくなれると考えたらどうだろう。ついでに苦悩や悩みがあるから人間は成長できると考えたらどうだろう。うがった見方かもしれないが、それでいいと考える方が、最新の生き方だ。この生き方をあなたが主流にすればいい。

別にいいじゃないか。
苦悩や悩みがあったって。
苦悩や悩みがあるから、人は真剣に勉強する。
苦悩や悩みがあるから、人は必死に仕事をする。
苦悩や悩みは、良くなるための起爆剤だ。
だから苦悩や悩みがあったっていい。
その方が生き甲斐になるからいいではないか。

悩みや苦悩は生き甲斐?
そう、生き甲斐なのです。
悩みや苦悩は生き甲斐だと思えば、それでいいのです。

あなたは彼氏によって苦しめられている。
へ~生き甲斐を持っているじゃん。

彼氏の曖昧な態度に悩んでいる。
へ~生き甲斐を持っているじゃん。

彼氏と音信不通だ。
へ~生き甲斐を持っているじゃん。

彼氏に別れを告げられた。
へ~生き甲斐を持っているじゃん。

この彼氏の仕打ちを、この悪魔の成せる業を、どうやってよくしてやるか?ここに知恵を集中させてなんとかする。生き甲斐とはそこに生まれるのです。生き甲斐は苦悩や悩みの不安と真摯に向き合って戦うかうことから生まれる。そう考えればいいのです。

順調じゃ生き甲斐は生まれませんよ。
平和すぎてボケてしまうのが落ちです。

人間はときどき苦悩や悩みがあっていいのです。
それが生き甲斐になるから。


夜寝て朝起きる。これを、「夜死んで朝生きる」とする。昨日の私は死んだ、今日から新たに生きる。今朝目覚めて何を思うか、ああ生き返った、今日からまた新しい一日が始まる。さて目覚めるか、起きてエンジンをスタートさせよう。

寒くなった。つい先日まで半袖だったのに、もう半袖では寒い。これからは冬支度だな。懐かしい夏の太陽が、身軽な格好で散歩できた季節が懐かしい。これからは重装備で外に出なくてはいけない。来年の夏、早く来て。どうやら自分は夏が好きなようだ。

なぜ夏が好きか、半袖に短パン、裸に近い状態で身軽に過ごせるからだ。日中は暑いけど、早朝と夕方は気持ちがいい。どこにでも行きたい気分になる。夕涼みの祭りは最高だ。夕涼みの川の畔は最高だ。夕涼みの花火も最高だ。夕涼みのファミレス、居酒屋、喫茶店、ショッピングモール、公園は最高だ。短パンと半袖で気軽にいけるから最高だ。だから夏が好き。

冬の早朝と夕方は、寒いから遠のく。重装備すればいけるが、やはり夏より活動が鈍る。冬は外より家にこもることが多い。家の中で本でも読むか。アマゾンのプライムビデオ観てユーチューブでも観るか。秋から冬にかけて、なんか活動の鈍る自分がいる。早く夏よ、早く来い!と願いながら。

夏の終りに、自分はいかに夏が好きかを書いてみた。
過ぎ去りゆく夏を懐かしみ、これからもの悲しい季節が来る。秋の紅葉に心を打たれながらも、枯れ葉とともに冬将軍が来て辺り一面がグレー一色となる。街中はイルミネーションで装飾されが、自然の中はグレー一色だ。その中をとぼとぼと歩いて目的地に向かう。短パンと半袖ではない。分厚いコートに身を包んで。「寒いね・・・」といいながら。

秋冬になると、人が恋しくなる。
寒いから温かい心が欲しくなる。

それで私の仕事も、ほんの少し忙しくなる。

冬は、クリスマス商戦。
私の仕事にそんなのあるわけないが、クリスマスはひとりで過ごすのが嫌だという人が多い。「友達と家族と過ごせばいいじゃん」と言っても、それじゃ嫌だという。クリマスは恋人と過ごしたい。それで「手相をみて」という。なるほど、もの悲しい秋から冬にかけては、温かい人の心を皆さんは求めるのか?

では、温かくしよう、あなたの心を。これで私の心も温かくなる。冬は寒くて苦手だけど、この仕事をやっていれば温かい。そう思いながら、これから訪れる冬を楽しみにしている。

今朝目覚めて何を思うか、ああ新しい一日が始まるのだと思う。
夏は終った。さて、秋冬に向けて心を新たにスタートさせよう。

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最近マイナス思考が好きである。

最近ネガティブが好きである。

おいおい、沖川は気でも狂ったか?

狂ったのではない。

私のお客さんは皆そうだから、好きになったのである。

お客さんを好きになる。これが商売の鉄則ではないか。

だから、マイナス思考やネガティブが好きになる。

「なんか・・・」で始まる、お客さんの第一声が好き。

なんか・・・溜息交じりのなんともいえない声が頭の片隅で共感している。

この共感は父性愛かもしれない。

だから、つい頑張れよと、応援したくなる。

「なんかで・・・」で始まる声に、叱咤激励型の西洋哲学は通用しない。また深遠な教示を促す東洋哲学も通用しない。なんか・・・をそのまま受け入れてやればいいのだ。なんか・・・をそのまま共感してあげればいいのだ。なんかを共感して受け入れる。共に悲しみ、共に悲しみを受け入れ、それから自分の経験をアドバイスする。それでいいのではないかと、最近思うようになった。

人の心は、大半がネガティブでマイナス思考だ。悩みがあるから、こちらの鑑定を受けている。悩みのない人は相談に来ない。悩みがあるから相談に来ている。仏教では悩みのない人に仏は力を貸さないという。仏が力を貸すのは悩みのある人だけ。私は仏ではないが、仏のような気持ちで悩める人と寄り添うことにした。

だから、ネガティブ、マイナス思考を好きになった。

同調して共感して同じ気持ちになることが好きになった。

そこから、前向き思考、プラス思考に転じていく。

影から光の方へ導く。その流れに持っていける自分が嬉しい、やり甲斐がある。

だから、ネガティブが好きでマイナス思考が好きになった。

世の中思い通りにいかないけど。

みんな頑張っているな。

来る日も来る日もネガティブで、マイナス思考で。

ときどき光もさすが、また真っ暗闇になって・・・。

そんな状態でよく頑張っているな。

なんか・・・といいながら、よく頑張っているな。

それに共感して、新たな道を探る。

この仕事をやっている自分は楽しい。

プラス思考の人はどれくらいいるか?ほとんどがマイナス思考ではないか。

それでいい。

人間はマイナス思考でいい。

そこに人間の出発点があるから。


最近、西洋の思想である西洋哲学は、「なんか・・・ピンと来ない。」
最後まであきらめるな!
いけいけ!GOGO!ばかり。
若いときはそれで良かったが、今は違う気がする。
なんか・・・ピンと来ないのだ。

では、東洋の思想である東洋哲学がいいか?というと、
そうでもない。
論語?陽明学?孔子?孫子?老子?・・・それも、なんか・・・ピンと来ない。


西洋哲学の中心がアメリカ、東洋哲学の中心が中国だとすると、この2大大国は覇権争いに夢中で危ない気がする。

西洋哲学もダメ、東洋哲学もダメだとすると、どこの哲学がいいか?
私は日本人なので、日本哲学がいい。

西洋にも東洋にも属さない、日本哲学。
日本哲学ってあるか?
ある、日本人独自の考え方と魂が。
西洋や東洋にも区別されない、独自の日本哲学がある。
それは私にも皆様にも組み込まれている。
世界一礼儀正しく、世界一清潔な国の魂が、あなたにも私にも組み込まれている。

いけいけ!GOGO!の西洋哲学には疲れた。
それは私自身が歳をとったせいか?それもあると思う。
それより日本国が歳を取った。そんな気がする。
今は高度成長期やバブル期の、いけいけ!GOGO!の時代ではない。
格差が広がり、円熟味の増した時代だ。
私より若者の方が年寄りに見える。

西洋思想の、いけいけ!GOGO!の若者が少なくなった。
どちらかというと、今は高度成長期やバブル期の経営者の犠牲となっている。
365日24時間働けという、ブラック企業の経営者の犠牲となっている。
そしてその下のパワハラ・モラハラ上司の犠牲になっている。

生産性を上げろ、一度食らいついた商談は最後まで手放すな。数字を上げろ、ノルマを達成しろ。このままだと貴様は負け犬になるぞ、負け犬になりたくなかったら命がけで働け。パワハラとモラハラのバカバカしいシナリオだが、このシナリオの根源はみな西洋哲学から来ている。

西洋哲学の思想は、願望の中から目標を作り、計画を立てて実行することにある。願望を達成するには、願望を達成する強い精神力が必要となる。それが「最後まであきらめるな!」という精神である。「あきらめたら、人生終り」というに逃げられない思想を植え付けながら西洋哲学は発展して来た。

逃げられない思想とは、前向きになれ、プラス思考でいけ。願望を信念まで高めろ。成長を余儀なくされている人間はそういった言葉に弱い。ネガティブは敵だ、マイナス思考は敵だと、西洋哲学によって教えられる。

常に前向きであれ、常にプラス思考であれ、常に信念を持てという西洋哲学の努力を重ねて結果、成功した者がいる。わずか1%だ。そしてこの部下が4%だ。1%が経営者となり、4%がこの会社の役員や管理職となっている。そして、残り95%の人間は企業の奴隷となって、彼らのいいなりになっている。もっと数字を上げろ、もっと生産性を上げろと。最後まであきらめるなと。

これが西洋哲学の根源なら、疲れるはずだ。
アメリカという国は自由だ、誰もがアメリカン・ドリームを成し遂げられる。
こういったエサに食らいついて、多くの国民が疲弊した。
95%の人は5%の特権階級によって支配されている。
その結果、世界は格差が広がり、疲弊した。
先々の見えない社会に不安を覚え疲弊した。
だから、みんな年寄りになった。
私が歳を取ったのではない、世界が歳を取ったのだ。
地球そのものが歳を取ったのだ。

いけいけ!GOGO!の西洋哲学や西洋思想は疲れた。
これからは・・・。もっと人間味のある生活がしたい。
穏やかで、優しく楽しい生活がしたい。
西洋哲学でもなく東洋哲学でもなく。
いきり立った西洋哲学より、なんかずるがしこい東洋哲学より、いきり立つことなく、ずるがしこくもない日本人らしい心で、穏やかに暮らしたい。



光とは、
何かの目標であり何かの目的である。仕事とか家事とか勉強とか、今日やるべきことに真摯に向かっている状態が光に向かっている姿である。光に向かえば、影は当然後ろになる。

影とは、
ネガティブでありマイナス思考である。うまくいっていない恋愛を思い返すとか、憎しみ恨みのある相手を思い出すとか、嫌な上司、嫌な親・親戚、嫌な友達のことを思い出すとか、とにかくネガティブでマイナス思考の悪い部分に向っている状態が影に向っている姿である。

光に向えば智恵を授かるが、影に向えば苦悩や迷いの世界に入る。あなたは今日も影に向っているのか?それとも光に向っているのか?常に自分で判断することである。


あなたはきっと知らなかったのだろう。影に向えば苦悩や迷いの世界に入ることを。知らずにそれを当たり前のようにやっていた。だから、あなたはいつまで経っても、苦悩や迷いの世界から抜け出せないのだ。

でも、大丈夫。
今日から「それを知った。」
だから、今日からあなたは光に向っていける。

光に向かうためには、とにかく仕事でもしようか。影のことは考えず、まずは仕事をしよう。今日やるべきことを頑張れば、おのずと目標は近づいてくる。あなたが目的としている姿・形にはほど遠いかもしれない。いい仕事をしていい収入を上げる。経済的に困らない貯金をして、経済的に困らない生活を確立させるには、まだまだ遠いかもしれない。でも、光に向かう姿を常に持ち続ければ、光はあなたをずっと照らし続けている、希望の光となって。やがて目的が達成されるだろう。

仕事でも、勉強でも、家事や趣味や習い事やスポーツでも、光に向かうことはできる。今よりよくしてやろうと努力している姿。今日一日のやるべきことをやっている姿は、光に向っている姿だ。この姿さえあれば、人間は智恵が授かり、人生は豊かなものとなる。

ところが光の方に向わないで、光と反対の影に向かう人がいる。

今悩んでいるあなただ。

影を前にしてどうする?

光はいつになっても射してこないぞ。

回れ右しなさい。そうすれば光を前にすることができる。

あなたが目指す道は光の道。

影の道ではない。

影を後ろにおいて、前に進んでいくべきです。


失恋したら・・・振られたら・・・そう考えればいい。

「愛には実体がない」そして、「愛は移り変わる」ものだと考えればいい。

別れた元彼?

いなかったのだ。

実体がないから。

いたのは過去の思い出の中にいた、つい先日まで。

でも、いま現在はいない。

いま現在は実体がない、だからいない。

愛は移り変わる。

あれだけぎょうさん好きだといっておきながら、

何も言わず、あっという間に消えてしまった。

彼の愛はわずか2週間で消えてしまった。

付き合いは長かったが、

喧嘩して、プライドを傷つけて、ギクシャクして2週間で別れてしまった。

5年付き合おうと、トラブルが発生すれば、愛は2週間で終る。

愛は移り変わりやすい、愛とはこんなもんよ。

愛は不滅ではない、愛は移り変わる、いとも簡単に。

だから、「愛には実体がない」そして、「愛は移り変わる」ものだと考えればいい。

さて、これからどうするか?

1,移り変わった愛に、実体のない愛に、復縁を目指すか?

2,この愛は終ったと判断して次にいくか?

3,元彼をキープしながら新しい人を見るマルチ作戦でいくか?

1,2,3,どっちの作戦で行くか?決めるのはあなただ。

三つの方法のどちらかを選ぶにしても、あなたの気持ちが安定していないとうまくいかない。

移り変わった愛に執着して実体のない愛に執着すると、うまくいかない。過去を成仏させて、過去を消すことでうまくいく。これが恋の葬式だ。彼との思い出の品はもうここにはない。彼の愛は移り変わった。彼の愛には実体がなかった。辛いけど、これを言い聞かせて過去を始末することだ。ときどき思い出すかもしれないが、その都度追い出そう、私の頭の中に入らないで、と。

実体のない愛、移り変わった愛を許そう。今は実体がないけど過去にはあった。遠い昔には確かにあった。あの懐かしいシーンは映画のシーンと同じく、あなたの大切な思い出となった。愛は終ったら、大切な思い出にしてしまうこと。これで相手を許すことができる。

愛とは移り変わるもの、そして愛には実体がない。

その奥深さが分かっていれば、あなたは逆に豊かな愛を手に入れることができる。

そのように思う。



あらゆるものは移り変わること、あらゆるものには実体がないこと。

充実した人生を送れる人は、過去にすがりつくことではなく、いつも空っぽになることができる人です。過ぎた過去は忘れ、今を生きる。今を生きるためには、心の中はいつも空っぽにして充実した人生を送ろう。

あらゆるものは変わる。

仕事も変わる。
いつまでもあると思うなこの仕事。仕事は栄えて衰えるもの(栄枯盛衰)いつまでも栄えるわかえではない。やがて枯葉が落ちるように枯れて衰退する。

恋愛も変わる。
いつまでもあると思うなこの愛。あれだけ熱烈だった愛情も時間の経過とともに愛情は冷めてくる。

親と財産。
いつまでもあると思うな親と財産。小さい頃は何不住なく暮らしても、親は年とともにいなくなり、親が築いた財産も消える。

あらゆるものは変わる。変わってから慌てないように。慌てないためには、あっゆるものは変わるのだと覚悟を決めて、今日一日を一生懸命生きればいい。いつまでも過去の栄光にすがらないこと。過去にすがれば、あらゆるものが変わることに気づかなくなる。


あらゆるものには実体がない。

順調だった過去の仕事も実体はない。そのときはそれに無我夢中で忙しかっただけ。今となってはこの仕事はない。あるのはあなたという存在だけだ。

順調だった過去の恋愛も実体はない。そのときはただ無我夢中で愛しただけ。今となってはこの愛はない。あるのはあなたという存在だけだ。


最近はこの言葉が好きだ。
「今を生きるためには、心の中はいつも空っぽにして生きよう」
無の境地。人生は無の境地でいい。
「あらゆるものは移り変わる、あらゆるものには実体がない」という無の境地でいい。



今の時代は、真面目な人が浮気や不倫をしている。

多くの人は、真面目な人がそういうことをするわけないという。

だが、真面目な人も人間。人間は欲望には勝てない。

欲望に負けた人たちの心は悪魔に支配されている。

通常生活の90%は天使の生活をしているが、残り10%は悪魔の生活をしている。

欲望に負けた悪魔の生活をしている。


今の時代は、真面目な人が浮気や不倫をしている。

そして真面目な人ほど悩んでいる。

不真面目で悪い人間なら浮気や不倫に罪悪感を覚えないが、真面目な人は罪悪感を覚える。真面目だから尚更強く罪悪感を覚える。「自分は人の道から外れた行為をしている、社会通念上許せない行為だ、こんなことをしている自分が怖い、いつか因果応報の罰があたるのでは」と恐れながら強い罪悪感を持って、恐れながら悩んでいる。

罪悪感を持って恐れ悩んでいるが、恋する女心は強い。

女性がひとたび恋に落ちると、恋愛が中心となり罪悪感を蹴散らす。心の片隅には罪悪感があるが、中心は彼を好きだという気持ちが頭全体を支配する。この好きだという気持ちが罪悪感を蹴散らし、全身全霊が恋の炎とかし、恋愛が中心となる。

恋愛が中心となった女性は悪魔の化身となる。
悪魔の化身となれば罪悪感を持たなくなる。恐れるのは天罰を食らうより、彼に冷たくされ、嫌われること。彼に嫌われたら生きていけない。彼に冷たくされたら日常生活がままならない、彼に無視されたらなんでなんでとずっと悩まなければならない。いけない恋愛は通常恋愛よりはるかに心配と不安の種がつきない。まさに悪魔の化身。これがこの恋愛のシナリオである。

浮気や不倫をいけない恋愛と呼ぶことにする。
いけない恋愛は、悪魔の恋愛である。
もはや人間の心を持たない、悪魔の恋愛である。

当事者はこの悪魔の恋愛の罪悪感を打ち消そう打ち消そうとして一生懸命努力するが、でもやはり心のどこかに残っている、いけない恋愛には、常に罪悪感が心のどこかに残っている。

そして、いけない恋愛が続いたあと。
先に心が折れるのは男性の方である。
自ら誘っておいて、先に心が折れるのが男性。
こと恋愛においては、男性の方がずるくて卑怯である。

このずるくて卑怯な男性は、どういうわけか社会性が高い。
仕事を守り、家庭を守り、社会の一員となる社会性が高い。
この社会性が、やがていけない恋にメスを入れるようになる。

不倫をしている多くの男性は家族の元に帰る、好きなのは不倫相手の女性だけど、社会性が強い男性は奥さんに愛がなくとも家族の元に帰る。罪悪感に押し潰されて家族の元に帰る。なぜそういうことができるのか?男性は愛よりも社会性を重んじるからだ。

それに対して女性は帰らない。理由はもう夫のことを愛していないからだ。愛が中心となった女性は社会性をあまり重んじない。好きになれば罪悪感も消える。好きな人と一緒になることだけを夢に見る。

恋する男脳と女脳は違う。
男は社会に戻り、女は好きな男に戻る。
この違いが、いけない恋愛の結末となる。
つまり相反しないものは、結ばれないということだ。

いけない恋愛は、いつか悲しい結末を迎える。
この悲しみがあるから、通常の恋愛より深く愛するのかもしれない。欲望と戦っている恋愛は凄まじい。罪悪感と戦っている恋愛は凄まじい。すべての苦しみと悲しみが濃厚に凝縮されている。悪魔の恋愛ほど記憶に残るものはない。悲しい歴史の記憶が深く心に刻まれる。

人間は欲望と戦って生きている。
欲望は悪魔の心。
これを野放しにするわけにはいかない。

だから、いけない恋愛が終るときは正義感を発すること。

欲望に負けないで正義感を発すること。

欲望に負ければ人生は破綻する。

破綻した芸能人はたくさんいる。

彼らがいい見本だ。

彼らの真似をすることはない。

もし、あなたが今現在いけない恋愛をしているのなら、早く終らせることだ。

正義感を発して。

もう、誰も止められない。

止めるのはあなたしかいない。

あなたの正義の心で止めるしかない。



わたし流を貫く女性たち。
頼れる男性がいなくなった現代、女性たちは自我に目覚めた。

自我とは自分の人生を楽しむこと。
自分(わたし)流で。一度しかない人生を楽しむこと。人生は一生ではない。一度しかない人生を二度、三度と楽しむようになった。

第一の人生は、結婚して子供を育てる人生。

第二の人生は、不倫して乙女になって、離婚して20年乗った船を乗り換える人生。

第三の人生は、老後のパートナーと歩む人生。

このように、三つの大きな変化が起きつつある。

もちろん大半は、一つの船に一生乗り続けるとは思う。でも、3割の人は船を乗り換えている。今後乗り換える人はますます多くなっていくだろう。中には乗り換えないでお一人様の人生を楽しむ人もいる。でも、ひとりは寂しい。やはりパートナーは必要だとして、乙女の物語があっちこっちで勃発している。

今の時代は繊細で真面目な女子が浮気をして、不倫をしている。
だが、その流儀が分からない。わたし流に目覚めた女性たちでも、自分のやり方が分からず、こちらに鑑定を依頼してくる。私はそれを相手にしている。複雑な問題に、なんとかその女性の主義が通せないかどうか、ありとあらゆる方法を探って相談に乗っている。

人生はひとつの人生と限ったわけではない。

相手の裏切り、自分の裏切り、未完成で粗末なのが人間というもの。

結婚して離婚して、また結婚して離婚を繰り返す、失敗だらけの人もいる。

恋愛して失恋して、また恋愛して失恋を繰り返す、失敗だらけの人もいる。

人生は七転び八起きだ。

七転八倒の艱難辛苦が人生なら、自分の生き方を見つけなければいけない。これが「オレ流」 「わたし流」 という主義主張だ。あなたが自分はこうして生きたいという主義主張の自分流(わたし流)を持っていれば、私はそれを応援する。

たとえ浮気であっても、不倫であっても、応援する。あなたの主義が正しければ、応援する。あなたが決めたことだ。この世の中は自分が決めたものが正しい。これが主義主張の自分流であるから、周りがどうのこうのではない。自分が決めればよろしい。


むかしは、わけありの女性が不倫をして、浮気をした。
今の時代は、とてもそういうことをしないと思える、繊細で真面目な女子が浮気をして、不倫をしている。こんな時代になった。原因は何か?社会のせいか、政治のせいか、男たちが頼りなくなったせいか、そんなことはどうでもいい。女性たちが自己に目覚めたのだ。男性社会のいいなりになるのではなく、自分の生き方は自分で決めると主張し始めた。自我に目覚め、わたし流を貫くようになった。





前回傲慢なオレ流を披露してみた。むかしの男気質みたいなものを書いてみた。少なからず、そういった男たちが昔はいたからだ。ハタから見れば、傲慢で自分勝手でワガママにうつるかもしれないが、オレ流の人は、自分勝手なワガママではない。自己実現に向けて、自分の主義を全うしただけ。「これがオレ流」だ!という自負のもとに。

現代はそういう男たちがいるか?というと。
少ない。あるいは皆無といっていいだろう。

これは私だけでなく、誰もが認める事実だと思う。女性たちに聞けば、その事実があらわに出ている。「現代は頼れる男性がいない」みなさん口をそろえて同じことを言っている。

頼れる男性がいない、ではどういう男性がいるの?と聞くと。

「めんどくさい男ばかり」という。

WWW。。。。わらわら笑ってしまった。

そうか、めんどくさい男ばかりか。

どういうところがめんどうなの?と聞くと。

責任を取らないくせに、プライドばかりが高い。

さらに、
子供じみた無責任な行動を取る。反抗期の息子を相手にしているみたい、わたしは彼の母親ではないのに。

それから、
最初は甘い言葉で、後からモラハラ言葉。最初はテンション高いが、後から期待を裏切る冷たい仕打ちばかりをしてくる。グレーで曖昧ではっきりしない、とても面倒臭い性格だわ。

それから、それから、
約束を守らない、やれ仕事が忙しいとか、やれ体調が悪いとか、そればかりでウンザリ。女を舐めるな。男なら約束を果たせ。

それから、それから、それから
言葉が信用できない、男子の言葉は100言だらけだ。今朝言ったことが夕方には心変わりしている、朝令暮改タイプの男が多い。礼儀作法がなっていない。無視、沈黙、未読、応答なしの音信通を、これが仕事ならクビになることを大切な彼女に平気でやっている。

最後に、
肝心なときに逃げる。卑怯にも逃げる、この裏切り者。

ああ~!!! オトコはめんどうくせ~

これが女性たちの本音。

ならば。

わたし流を貫くしかない。

今の男性は頼りにならない。

だから、わたしがリードする。

わたしが強くなって。

わたしがオトコになって。

わたしがリードする。わたし流で。

時代は変わってきた。

女性たちが自己に目覚め、個性豊かになってきた。

繊細な女子も、か弱い女子も、真面目な女子も、控えめな女子も、頼れない男性が多いせいか、個性的になってきた。繊細で真面目な女子が「オトコはめんどくさい」などと、昔は絶対言わなかったが、今は平気で「オトコはめんどくさい」といっている。時代は変わってきた。繊細な女子でも、「わたし流」を貫く時代となった。