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寂しい・・・つまらない。
何か面白いことないかな?刺激があって、ワクワクさせてくるもの、つまらない気分を吹き飛ばして寂しい心をホットにさせてくれるもの。


恋がしたい・・・でも相手がいない。「いい人よ」いつになったら私の前に現れるの?


付き合っている彼がいるが、私の願いと反対の行動をする彼、そんな彼に熱が冷め始めている自分がいて、彼に疑いを持っている自分もいる。


彼に振り回されて疲れている女性も多い。それでも女性は一同に彼のことが好きだという。うまくいっていない恋愛ほど彼への思いが強い、順調な恋よりもはるかに強い。



相手がいないもの、相手がいるがうまくいっていないもの、それぞれの思いを託して占い館を訪れる。


私はただ優しく受け入れるだけ。あなたの味方になり情を注ぎ、時には正悪を正すため厳しくなることもあるが、最後は経験に基づく冷静な判断で答えを出していく。彼が喋らない分私が喋ろう、彼が話を聞かない分私が話を聞こう。そのときの私は彼と同じ性格になっている。何故なら生年月日で私は彼と同じ性格になれるからだ。そしてあなたの性格もわかり二人の融合性を見つけながら私はあなたの相談に乗っている。あなたに相手がいなければ、相手を探せるヒントもあげよう。モチベーションを上げる方法も伝授しよう。それから先はあなたの努力次第である。



不安は他人から伝染するものと、自分の心の内から湧き出るものがある。その多くの原因は取り越し苦労である。


「まだ来ていない未来に対して今から苦労している。」未来はこうなりたいという夢と願望はあるが、現状達成されていないものに焦りと不安を感じる。頭では分かっている(目標を持ち、計画を立て、実行すれば夢が近づくことも・・・)でもその保証はない。確実な保証があれば行動に移すこともできるが、そんな保証はどこにもない。まして過去に失敗ばかりしている私にはそれを実行する自信もない。


夢は誰でも持っている。空想、妄想、雑念の中にも夢はある。夢があるから人は妄想にふけるのかもしれない。あの人と結ばれたいという淡い恋を夢見ることもあれば、流れ作業でうんざりした仕事に飽き飽きし南国の島でリッチに暮らしたいという夢を抱くこともあるだろう。空想、妄想、雑念が入り混じって迷走しているのかもしれない。迷走していたら叶わぬ夢にがっかりし、残っているのは不安だけとなる。



西洋哲学では、こんな不安に対して、目標を持ち、計画を立て、信念を持って行動しようという成功哲学がある。それに対して東洋哲学では「あきらめようそうすればうまくいく」老子の言葉に代表されるように身の丈に応じた生活が幸せと教えている。西洋哲学はアグレッシブな改革精神、東洋哲学は身の丈に応じた心の平和。金銭を産むのは西洋哲学だが能力と体力が続くかがカギとなる。過労死するか金持ちになるかその限界にチャレンジしないといけないかもしれない。それに対して東洋哲学は金銭の目標はあまり記していない、金持ちも貧乏人も平等と考え、個人のプライドを重んじ、民と仲良く平和に暮らすことに重きを置いている。略奪、暴漢、盗みを禁じ、清楚で平和な心の安定が一番幸せだと説いている。


日本人は東洋哲学的思想の方があっているのかもしれない。アグレッシブな改革精神よりも、平和と平等を重んじ、民と仲良くすることの方があっているのかもしれない。大震災のときも略奪、暴漢、盗みを忌み嫌い、秩序正しく行動した国民性を見れば、東洋哲学的思想だということが納得できる。


若い時は西洋哲学のアグレッシブな改革精神に走り、歳をとれば東洋哲学の心の安定に重きを置く。その生き方でもいいのではないかと思う。自分に置き変えればそんな生き方をしてきたかなと記憶している。


不安は誰しもあるものです。そこから脱する方法は西洋哲学的な手法を取るのか、東洋哲学的な手法を取るのか、あるいは両方混ぜてやるのか、どれを実行するのか考えるのはあなたです。不安に対して言えることは、まだ来ていない未来にあれこれと取り越し苦労をしないことです。取り越し苦労にかけている時間があれば、今を自分のスタイルにあったやりかたで充実させることです。アグレッシブな前向きな行動をとるのか、身の丈に応じた行動を取るのか、今日一日のやるべきことに充実させてください。



雪の中を・・・ザクザク歩く。
当たりは真っ白・・・雪化粧が朝日にあたって眩しい。


ザクザクと滑らないように歩く。途中で犬を散歩している人に出会い「おはようございます」と申し訳ない程度に小さく声をかけて挨拶する。向こうも声が聞こえない程度に「おはようございます」と挨拶をする。犬も白い息をもらしながらまんまるい顔でこちらを見ている。(うん❤可愛い・・・)飼い主によく似た犬である。(いいな♪君は雪の朝もこうやって散歩に連れてもらって幸せだぞ・・・)と心の中でつぶやく。


いつもと変わらない、何でもない朝。昨夜は雪が降って辺り一面が白いだけ、そして道が滑りやすく硬っている。滑らないように気をつけながら歩く以外はいつもの朝と変わらない。


一時間散歩して家に変えれば、パソコンに電源を入れブログの記事を書く。変わり映えのしない朝、それから事務所である占い館に出かけ、皆さんの鑑定にあたる。毎日が同じような日課である。あきたか?というとそうでもない、商売はあきないという、だから商いである(笑)何を言いたいのかというと変わり映えのしない何でもない生活が実は幸せなんだ!ということである。普通にあった当たり前の生活、それを無くした被災地の皆様に比べれば、どれだけ幸せか、今朝はそれをしみじみ考える朝でした。


好きな人と、恋人と、友達と、家族と、何でもなく単調に続く毎日。何でもない普通の日々がとても大切かもしれない。


無の境地で何かに没頭する。無駄を省き節制を重んじ、目標に向かってコツコツ努力をする。自分で立てた計画に従い、1分の時間も無駄にすることなく夢に向かって進んでいる。夢に向かっている途中は毎日が神との出会いである。その心境に達すれば、すべての雑念が消えさる。苦しさも、悲しさも、不安も心配もない。欲望やエゴは消え去り、何かを成し遂げようとしている充実感に我が身を置くことになる。それが人間の本当の幸せである。


自分は何のために生きているのか、天命を知ったとき、人は本当の幸せを掴むことができる。巷で起きている仕事の失敗や失恋など眼中にない。そんなもの、もうどうでもいい。失敗や失恋でお先真っ暗だと騒ぎたてる必要もない。天命の我が道をひたすら前に向かって進むだけである。


人は夢や目標がないから仕事や恋愛に依存するのではないだろうか。仕事や恋愛にもちゃんとした目標や夢があるはずなのに、それをおろそかにし、ただ相手に依存しているだけである。おんぶにだっこ、ぶら下がりの仕事や恋愛ではいずれ相手に煙たがられ、重荷を感じ、拒絶されるだろう。状況の変化を感じ、状況を改善する人間になることである。状況を変えることのできる人は仕事でも恋愛でも自立している人である。あらゆる状況でも自立する精神を己自身に宿すことである。


自立するためには、夢や目標を持つことである。そして計画を立て、その計画に従い毎日を充実させることである。その充実感がないと自立はできない。そんなのめんどくさい、くだらない、バカバカしい、そんなことをやっても意味がない、それより自由に遊ぶことだ、人生は遊ぶことが楽しいのであって、くだらない努力をするためにあるのではない。お堅いバカの扇動に乗ることはない。あるいは頭では分かっているがそれができない。・・・依存して自由に遊んでいる時は、しばらく甘えの世界にいたいのだろう。それも遠回りの人生、個人の選択である。私も若い時はその選択をしてきた。自由に遊び、責任のない人生を若い時は謳歌してきた。管理職になるのを嫌がり会社を辞めたこともある。転勤が嫌で左遷されたこともある。出世などしたくない気軽な平社員でいいと本気で思ったこともある。その方が楽な人生を送れると思ったからだ。控え目でシャイをモットーとする沖川の若い時代である。でも・・・その甘えの構造は長く続かなかった。


状況を変えなければいけない試練が次から次へと起きる。神に脅され、神に試されるように試練が年齢の計時変化と共に起きる。よくもまあ、次から次へと不幸な試練が起きるものだ。あまりひどいので神を恨んだこともある。辛くて悔しくて、その試練に挑んでいたら、いつのまにか免疫ができてしまった。その免疫が自分の自立力を高めた。私自身も初めから自立力があったわけではない。試練に脅されながら自然に鍛えられていった結果である。そしてピンと閃いた「試練よありがとう」と変かもしれないが、試練を感謝する気分になった。そしてその気分はこんな風に考えるようになった。「よくもまあ次から次へと試練が襲いかかってくるものだ!面白いではないか!」という気分に変化したのである。だから私にとって皆さんの試練は面白いのである。


試練は恐れるものではない。試練はチャレンジするためにある。チャレンジの最中が、これまた面白いのである。その面白い計画をあなたも立てることである。結果を気にせず、試練に立ち向かう面白い計画を立てることである。そして真摯にコツコツ節制を重んじながら計画を実行することである。その瞬間を充実しているという。この充実感の最中は、実はどんな遊びより楽しいのである。堕落した遊びは楽しくない、何故かというと遊びの後には不幸が待っているからだ。「怠け者は不幸になる」という格言が示す通りである。




「やってしまったものはどうしょうもない」過ぎてしまった過去をクヨクヨ悔やんでもどうしょうもない。いまさら過去には戻れない。


さあ!これからの人生の計画を立てよう。


自爆、失敗は人生の挫折である。人は挫折があるから成長できる。成功を収めた多くの人は挫折からスタートしている。「あの失敗があったからこそ今日の自分がいる」そういう自分になろう。あの失敗を笑い飛ばせる人間になろう。ここまで落ちればもういいだろう。十分に奈落の底をみた!後は這い上がるだけである。


挫折は人を素直にさせてくれる。挫折をしたことのない人間は傲慢でワガママの人が多い。自己中心的で世の中は自分を中心に廻っていると勘違いしている。その勘違いを修正するのが挫折である。「挫折よ、こんにちは」よくぞ私のところへ来てくださった。よくもまあ!こんな辛い苛酷な状況を味わせてくれた、感謝しているぞ挫折よ。これで自分は大きく成長できる、ありがとう挫折よ。・・・これから前に向かって一歩踏み出す人間は挫折を感謝して面白がる。こんな素敵な教訓はないと面白がる♪♪そして挫折を真摯に素直に受け止め、今日から挫折をバネに這い上がる計画を立てていく。


挫折を素直に受け止める人間は冷静で客観的になれる。状況は苦しいが、頭は冷静になることである。今さらジタバタしても遅い、今は冷静にコツコツ将来の計画を立てるしかない。節制を重んじ、今の自分に何ができるか、それを真剣に考えることである。状況が好転するには、まず自分自身の運を上げることである。運は真面目に努めを果たすことから拓けてくる。運を上げる最大の努めは生活を見直すことである。仕事、勉強、体力作り、家事などの生活面、挫折によってモチベーションが下がっているこれらの分野をまずは真面目に一歩一歩真剣に取り組むことである。人が生きていくための基盤「生活に努めを果たす」それをおろそかにしてはいけない。それらの分野をおろそかにすれば挫折から立ち直ることはできない。


前にむかって人間らしく生きている。仕事と生活に充実感がある。その充実感があってこそ新たな目標も生まれる。その新たな目標は今までしたことがなかった新規改革である。運が良くなる人はその新規改革を自分の目標にしたとき運は拓けてくる。


挫折は、「このままでは生きていけないよ」という神からの試練である。恋愛においてもそう、彼から「このままの君とは付き合えないよ」という試練である。その試練は挫折を知らない人にはわからない。また挫折を味わったばかりの当事者も何で???とすぐにはわからないだろう。ここに「自分を知る」大きな機会を与えられることになる。人生はそこからである。自分を変えようという壮大な目標がスタートするのはこれからである。自分を変えようとする新規改革、それによって運が拓き、あなたの運は時と共に善くなってくるのである。「運を拓く時計」あなたは今からそれを手にするべきである。いつまでも過去の挫折にクヨクヨしているべきではない。過ぎてしまった過去はいまさらどうしょうもないのです。「そこにいつまでもいないことです」さあ!新たな人生の目標に向かって自分を改革していきましょう。



男女の関係においての白黒は、どちらかをはっきりさせるためのものである。
白であればこれからも仲良く付き合っていく関係となり、黒であれば今までの愛を清算して別れる関係となる。白(付き合うのか)黒(別れるのか)どちらかを選択する二者択一が「白黒」である。


人生は選択である。恋愛もどちらかを選択する場面が訪れる。そのとき、「いかに自分の覚悟ができているか」究極はそれである。白黒より、どちらの答えが出てもそれを受け入れる覚悟ができているか、人生は良い結果をもたらすものばかりではない、どちらかというと悪い結果の方が多い。その最悪の悪い結果でも真摯にそれを受け入れる覚悟ができているかである。はっきり言って「失う覚悟を持って白黒決戦は臨まないといけないよ」と言いたい。


別れ際において男性はグレーと言うが、女性も白黒と言っておきながら実はグレーなのである。何故グレーかというと、その白黒は覚悟を持った白黒ではないからだ。女性のいう白黒は冷静さを失い、極度の不安と恐怖から精神のコントロールが効かなくなり、感情が怒りに転嫁して白黒決着を急ぐのである。そうしないと自分の精神が「やばい」からだ。とてもこのままでは耐えられない、なんとか手を打たないと私はボロボロになる。恐怖と不安の満身創痍の心で白黒を急ぐ。


だが、その白黒は二者択一の白黒ではない。どちらかというと「白」しか考えていない。本人は苦しいから早く「白」という結果を出してくれと懇願しているだけである。「私を好きだとはっきりさせたい」それが女性たちの白黒である。ところが男性という生き物は女性たちの反対の生き物で、女性が苦しんで白黒を臨んだら「黒」という。言い訳がましく「黒」という。ほとんどの男性が、女性が苦しんで白黒を臨んだら「黒」という。これは掟と言っていいほど世界のルールである。私はこれを「自爆」と呼んでいる。


多いのは、白黒の結果、「黒」となってしまったのに未だに彼が好きなので復縁をしたいという女性たちである。うむ・・・この女性は白黒の意味がわかっていない。白黒と言っておきながら、白黒を曖昧でグレーにしている。自爆して一巻の終わりになってしまったのに復縁を希望する。これはさすがに無理ではないの?と考えるのが普通である。私のところでは自爆して手遅れになって駆け込む女性たちも多いのである。私は神様でも仏様でもないので無理なのは無理なのである。まぁ、そう無下にすることもできず、話だけは聞くようにしている。話の内容によっては絶望的な状況を打開する起死回生の方法もあるからだ。その起死回生は男の曖昧でグレーな部分とエゴの部分をうまくつく作戦を講じれば、なんとかなるかもしれない。その作戦とは、男が受け入れやすい愛をどう伝えるかだ。このへんに関しては危機に面した女性より私の方が一枚上手である。



はっきり言って、白黒が自爆になってしまったら遅い。そんな苦労をする前に、白黒の意味をちゃんと理解しよう。


本当の白黒は覚悟ができてから。失う覚悟を持って臨むべきである。失ってもいいと覚悟があれば、白黒は迫真の演技となる。相手に遠慮することも相手の顔色を見る必要もない。堂々と最後の勝負、最後のクロージングができる。「覚悟を持った白黒」あなたにそれができるかである。




女性には抵抗のある言葉だと思うが、男性からすればこれは必見!なるほどという言葉である。「そっか恋は仕事なんだ」道理で。


仕事モードのときの男性は恋愛には興味がない。男脳はいっぺんに二つのことができない。仕事モードのときは24時間が仕事と自分の生活のためだけにある。そこに恋愛が入り込む余地がない。ある意味男性は恋愛を第二の仕事だと思っている。恋は仕事と同じ・・・だから疲れるのかもしれない。


通常の仕事(1)が生活のためと自身の向上と自己実現のためにあるとすれば、(2)の仕事である恋愛は将来の幸せのための結婚する仕事である。

1が生活するための仕事、2が幸せになるための仕事。
1はお金になるが2はお金にならない。

なるほど、なるほど。

ではお金にならない恋を何故?する。

仕事だけじゃ人生はつまらないからだ。それだけじゃなんのために生きているのかわからない。「女性を愛することができない人生なんてつまらない」となる。オレは仕事人間、仕事バカ人間にはならない。仕事も恋愛も両方こなせる人間になりたいからだ。


それはごもっとも、で、両方忙しくなったらどうする?「それは1を大事にするよ、2は放っとく。さすがにオレはスーパーマンではないから両方いっぺんにできないね。彼女もそれはわかっている。だから2は放っておいてもいいんだ」


そうかな・・・。

男は男の脳で物事を解決する。女は女脳で物事を解決しようとする。この男脳と女脳は性格が合わない、考え方も価値観も違う。考え方、価値観も違うということが何万年かかっても双方の脳は未だに理解できていない。


1が忙しくなったら2を放って置く。それが男のクセである。そのクセはどうやら世界中の男が共有しているようだ。アメリカでもヨーロッパでもアジアでも、世界の国々に男と言う生き物がいる限り1が忙しくなったら2を放って置くというクセが蔓延している。


しかし、その男のクセは女性にとって最も恐怖なクセである。それを男性たちは理解していない。ごく当たり前だと思って、そのクセを実行している。


だって2番目の仕事だもの、1の仕事が忙しくなれば当然2の仕事をやる暇がない、だから2は後回しにする。暇ができれば当然2番目の仕事にも目を向けるよ。


1が忙しいと言って2を放っておき、1、2以外の友人と遊ぶのはどういうこと?友人と遊ぶ暇があれば2を大事にしたら?友人は仕事ではないからね、ストレス解消の娯楽みたいなもの。1も2も仕事、忙しくなったら優先順位の1を大事にし、1のストレス解消のために娯楽がないとやってられないよ。2の仕事はそれが全部終わってから。


恋は娯楽ではないの?「恋は2番目の仕事です」




男と付き合うのなら「放って置くこと」を覚えること。

しかし女性はその放って置くことがでない。

だが、それを覚えないと昨今の男性とはうまくいかない。

放って置くことをマスターできない女性とは、いずれ危機が訪れ別れることになる。


男女の別れには、「放って置くことができれば回避できた」という事例があまりにも多い。もし、あのとき女性が男性を放って置くことができたら二人は今も仲良く付き合っていただろうというカップルが私のところでも何千とある。ああもったいない、たったこれだけのこと「男を放って置く」ということが何故マスターできなかったのか、とても残念である。


今になって冷静に客観的にみれば、彼を放って置くことができただろう。だが当時はそれができなかった・・・多くの女性が、失ってみて初めて気づく回想録である。当時はその冷静さを失いパニクッテいた。後の祭りだが、今からでも遅くない、失敗した経験を踏まえて自分を成長させることである。



「男なら白黒はっきり決めるのが優しさじゃないでしょうか?」白黒つけるのが男らしいかというと、「最近はそうでもないよ」というのが私の見解です。


これだけ多くの女性が「男のグレーに関して」たくさんのコメントを寄せています。ということは男の曖昧な部分を皆さんはたくさん経験しているということになります。男らしくはっきり白黒をつける男性が少ない、あるいは少なくなったというのが現在の男性たちなのです。男らしさが希有になった、また女性たちが男らしさを求め過ぎているのか、あるいは男について誤解しているのか、よくわかりませんが、昨今の男性はあなた方が理想としている「依存して頼れる男性像」は崩壊しつつあるのです。


そんな時代に昔の流儀は通じません。時代を先取りした次の方法を打たないと取り残されることになります。そのために、「男だからこうあるべきだという」極度の期待と理想を描かないことです。


そこでがっかりしないでください。「いいじゃないですか!」この時代の流儀をマスターして自分なりの幸せを確保する。それがこのブログ、恋愛日記の努めです。時代の流れに沿って時代を先取りする。この考えで、私とお付き合いください。


別れ際の男のグレー。
ものは考えようで、男のグレーをうまく利用すべきだと私は思います。男の別れ際の曖昧が嫌、グレーが嫌と短絡的に考えるのではなく、なぜ男は恋愛において曖昧が多いのか?そこをよく考えて、男性心理をよく理解して、それをさらに発展させて、ポジティブにその心理を逆に利用すればいいと思います。


男のグレーとは、「取って置く心理なのです」終わりにしないで、取って置きたい。単純にこれなのです。彼はあなたを取って置きたいのです。取っておけば、いつかお互いが成長したとき、またやり直すことができるからです。白黒つけたらやり直すことができません。


男のグレー心理をもっと追究していくと、「機会を与える」につながります。チャレンジする機会を与える、リベンジする機会を与える、成長する機会も与える、勝負に負けても再度チャレンジする機会を与える、恋人として復縁する機会を与えると考えればいいのです。男がはっきり白黒つけたら、もう機会を与えることはしません。だから復縁もできません。グレーで曖昧だから復縁が可能となるのです。はっきりしない彼の態度は「機会を与えている」とポジティブに考えればいいのです。


曖昧にしている男は「なんてオレは優しい男なんだ、彼女にチャンスを与えている」と自負しています。本気でオレは優しい男だと思いこみ、相手に成長する機会を与えているという余裕をもくらんでいます。本人は余裕ぶっているが、その深層心理は社会の厳しさに耐えかねた自信のなさからもきています。相手に試練を与え、そこから相手がどう成長して這い上がるのか、それを見てみたいという心理が男にはあるからです。何故なら男はいつの世も社会でそういう憂き目に合い、常に競争と戦っているからです。


仕事社会での男は白黒決着型です。ダメなものはダメと白黒つけられます。役に立たない使い物にならない社員は必要ないとクビも切られます。非情で厳しい上司や経営者の下で男は絞り雑巾のように扱われることは世の常なのです。部下の立場にある男の目から見れば上司にもっと優しく人間味豊かな温情を求めるのですが、世の中は厳しいぞという試練が先に与えられます。上司から見れば利益と生産性を上げるのが自分に課せられた役目、会社は友達をつくるところではないと自覚し、利益と生産性を上げるため部下に厳しく指導するのです。中には人間性ができていなくて部下に八つ当たり、失敗の責任を部下に押し付けるひどい上司もたくさんいます。それでも男たちは、その苦渋を飲みながらも仕事をしなくてはいけません。仕事を無くしたら命の灯が消えるからです。


非情な上司の下で、厳しい縦社会でうんざりした男たちは恋愛をすることになります。恋愛は男たちの縦社会からの逃避の場。甘くて優しい癒しを求めている場でもあります。そして恋愛だけは仕事から切り離して、自分は優しい上司(男)になろうと決心します。白黒つけたら相手が可哀そう、相手にチャレンジする機会を与えよう。そんな優しい男(上司)を目指そうとします。(会社ではできないから恋愛ではそうしよう)仕事での反面教師が恋愛では出ているのです。



男は仕事では白黒決着型、恋愛においては曖昧でグレー。社会でのギャップ、仕事でのギャップが恋愛においては出るのです。女を愛するとき、女と別れる時、男は仕事とは反対のグレーの部分が出ます。彼女に白黒つけたら可哀そう。オレは優しい男なんだぞと演じたいのです。別れようとする彼女の成長を見守っているぞ、そして再びチャレンジしてくるのをオレは待っている。理想と思える上司を自ら演じているのかもしれません。


あなたは、その優しい上司の期待に応えるようにすればいいのです。
簡単です。女性の考え方の逆の行動をしていけばいいのです。



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