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目標や計画なしに生きている。
ある本に、100人中、98人は目標や計画なしで生きていると書いてあった。ホントかいな。まあ、そんなものかもしれない。私もこの仕事をしていて、100人中、98人は目標や計画なしで生きているのではないかと思うからです。私もその中に入り、あなたもその中に入っているのではないだろうか。いはやは参った・・・(汗)。自分は目標や計画なしに生きているのか?困ったものだ。困ったものだけど、別に支障はない。屋根のある家に住み、美味しいご飯が食べられて、それなりに健康で暮らしている。目標や計画がなくても問題はない。目標や計画などなくても、普通に平和に暮らしている。

この状態で、何の目標や計画がいるのだろうか?
成功とはなんだ?ときどき考えてしまう。


若い頃は、やれ目標だ!計画だ!と粋がった。
バカみたいに無理もした。
アホらしいほど努力もした。
嫌な目にもたくさんあい、挫折もたくさんした。
まあ、その甲斐あって今日の私がいるのかもしれない。

目標や計画なしに成功することはできない・・・か。
確かにそうかもしれない。
だが、目標や計画を持つことは良いことばかりではない
目標や計画を持つことは苦しいことばかりだ。
辛い目にもあい、悲しい目にもあい、忍耐強く我慢することも強いられる。遊びを捨て、欲望を捨て、人間らしい喜びや楽しみを捨て、場合によっては愛を失うこともある。目標や計画に邁進中はしんどいことばかり。それを自ら経験している。

世界の成功者は、これを信念だ、意志だ、情熱だ、熱意だ、モチベーションだ、エモーショナルだ、感動だ、願望を達成するための試練だ、根性だ、胆力だ、パワーだという。おいおいしんどいのを、そういうかっこいい言葉でごまかすわけ?私の意見を正直に述べよう。目標や計画を持つことはしんどく苦しいことばかりだ。これ以上でもこれ以下でもない。これが私の正直な答え。

おいおい今日の沖川はやけっぱちではないか。ご心配ありがとう。でも、やけっぱちではないよ。何か新しいものを作りたいだけ。「無理しないで成功する方法」なにかないかな?と考えている。大成功より、プチ成功。大金持ちより中の上の金持ちでいい。贅沢な暮らしより質素な暮らし。セレブより庶民。それでいて、安全に平和で暮らせる。こんなことを考えている。そうなるために、何かないかなと考えている。

もちろんそうなるためには、世界の成功者の考えや法則、意見も取入れなければいけない。小さな成功でも、信念や熱意は大切だからです。目標や計画も大切だが、そんな大袈裟な目標や計画はいらない。大きな目標があるとすれば、それは潜在意識に任せて、あとは忘れても構わない。普段やることは、今日やることをちゃんとやるだけでいい。そんなこんなで、プチ成功、何かないかなと考えている。そういったものを ボチボチとブログに書いていきます。




人間は心か?体か?
どっちだと思いますか?
人間は心だという人もいれば、体だという人もいるでしょう。
宗教では、「人間は心だ」という教えの方が圧倒的に多い気がする。
また、「心と体が一体となって人間」という教えもあるだろう。
私はどっちか?
私は宗教を否定も肯定もしない。
人間は心でも体でもあり、心と体が一体したのが人間であるという考え方に否定はしない。ただ、もっと次元の違う考え方も持っている。

次元の違う考え方とは?
その考えは、中村天風先生から教わった。
人間は心でも体でもなく、気体(霊魂)だという考え方。
天風先生はいう。「人間は心でも体でもない、人間の正体は気体だ」。
気体とは霊魂のことを指す。
生命の根源は、見えない世界に充満するエネルギーにある。
我とは霊魂という気体である。
霊魂が人間の生命体の本体で、心だ、肉体だというのは、霊魂が現象世界で活動するための単なる道具にしか過ぎない。

人間は心でも体でもなく、気体(霊魂)。
心と体は生命を維持するための単なる道具にしか過ぎない。
この説を聞いたとき、わたしは思わず「え?え?」となってしまった。
そして、すぐにその考えが私の中に入った、とても造詣の深いものとして。

霊魂をさらに掘り下げると、霊魂とは自己のこと。
自己とは自分(私)のこと。
人間は自己が中心である。
自己が中心とは自己中のことではない。
自己とは(私)が中心であるということ。
心と体は私を中心に動いているに過ぎない。
心と体は私が支配するもので、心と体に支配されてはいけない。
心と体は私が道具として使うもので、心と体に使われてはいけない。


具体的にいうと。
腕を怪我したとする。
怪我した腕が痛い痛いと叫ぶ。これが普通の人の現象だが、天風先生の教えは、怪我をしたのは体の一部である腕、一部の腕が痛いのであって、私が痛いわけではない。一部が痛いものを全部が痛いというな。痛い箇所を体の一部ととらえ、「私が痛いわけではい」という考えが治癒力を高め、逆に痛いのを全部だと捉えれば治癒力は遅くなる。

彼にフラれた。
彼にフラれて失恋した。失恋した女性は、この世の終わりかと思うほど先が暗くなる。ご飯も食べられず、夜も眠れない状態が続き、げっそり痩せ、精神状態はおかしくなる。ここでも天風先生の教えは、傷ついたのは心の一部の恋心に過ぎない、私が傷ついたわけではない。失恋した心の傷を全部にするな。全部にするから立ち直れないのであって、一部にすればすぐに立ち直れる。私は傷ついてないとすれば、復縁もできるし、新しい人もすぐに見つかる。人生はバラ色だ。

多くの人は、心と体に使われている。
自分が心と体を道具として使い、支配するべきなのに、心と体に使われている。
だから、悶々とした人生を送っているのだ。
今日から、
痛いのは私ではない。
傷ついたのは私ではない。
辛いのも悲しいのも苦しいのも私ではない。
私の道具である心と体がポンコツになっているだけだ。
だから、私がしっかりする。
ポンコツになった心と体を私が治癒させる。
自己の力で。
私が中心に心と体を支配して治す。

そう考えよう。



人間生きている限り、常に不安と恐怖に苛まされる。
人間の活動は、不安と恐怖を無くすために活動しているのではないかと思うほどだ。
私もそう、不安と恐怖を無くすために活動している。
毎日こうしてブログを書いているのも、仕事をしているのも、ジムに通って体力を作っているのも、思えば不安をなくすために活動している。そんなに大したことはやっていないが、自身に巣つく不安と恐怖を退治するために活動しているといっていいだろう。

サボったらどうなる。
それは大変なことになる。
不安と恐怖がひしひしと押し寄せ、心がにっちもさっちもいかなくなる。
私も時々サボるが、サボったあと、好調だった前の状態に戻すまで数カ月から数年かかることがある。
安心して手を抜いたつけは、なかなか取り戻せないものだ。

サボるときは、「あきらめよう、そうすればうまいく」という思考が働いたとき。老師の言葉だが、自分はまだその域に達していないようだ。もっと達人になればあきらめても不安と恐怖はなくなるだろうが、自分はなくなることはまずない。まだまだですね自分は。でも懲りることなく「あきらめよう、そうすればうまいく」は思考として使っている。それを使うときは疲れたとき。一生懸命頑張って疲れたときに、やることはやった、後は運を天に任そうと思って使っている。で、結果はどうなったか?あきらめた結果となった。悔しいけど、そういう結果だ。そして不安と恐怖がまた再燃する。あきらめたのだからいいのではないかといっても、よくはなかった。あなたの恋愛と同じように、あきらめるのが実は嫌だったのだ。

でも、あのまま続けていたらぶっ壊れていた。
あのまま続けたら、精神が病み、体もボロボロになっていた。
「あきらめよう、そうすればうまくいく」は、心と体を休ませるために使う。
休んだらまたチャレンジできる。そのために使うことにしている。

だが、休みすぎることもある。
十分に休んだのに心が復活できない。
サボり癖は習慣となる。
怠惰怠慢の悪習が生活の一部となる。
悪習になれば言い訳をする。
「もう、頑張らなくてもいいんじゃないか。十分に頑張ったのだから、もう引退しなさい。人間引き際が肝心だよ」
と、神の声だか、悪魔の声が聞こえてくる。
なるほど・・・。ではもう少しサボるか。
サボって楽なはずなのに、なんだかちっとも楽ではない。またじわじわと不安と恐怖が襲いかかってくる。
あれ?あきらめて、よくなるはずなのに、全然良くならないじゃないか。
良くするために、また、不安と恐怖を打ち消す活動に入る。

人間の活動は一生を通じて不安と恐怖を打つ消すためにある。生きている限りずっと。
一時期の気休めでは不安と恐怖はなくならない。
一時期休んでリフレッシュしたら、また不安と恐怖を打つ消す活動に専念しなさい。
と、自分は神に言われている気がする。

私の不安と恐怖を打つ消す方法は。
先人の偉人たちと同じ思考を手に入れるようにしている。
手に入れる方法は本を読むこと。
彼らの真似はできないが、彼らの思考は手の入れることができる。
本を読めば手に入れることができる。
中村天風を読めば、中村天風の思考が手に入る。
ナポレオン・ヒルを読めばナポレオン・ヒルの思考が手に入る。
カーネギーを読めばカーネギーの思考が、松下幸之助を読めば松下幸之助の思考が手に入る。
歴史上の偉人たちの本を読めば、歴史上の偉人たちの思考が手に入る。
彼らの真似はできないが、彼らの思考は手入る。
私の不安と恐怖の解消方法は、偉人達と同じ考え、同じ思考を持ったとき解消されている。
その思考をもとに行動すれば、自然と不安と恐怖は消える。

不安と恐怖の中にいる人は、不幸の切符を手にしていることになる。
私はそんな切符は自ら買わない。
だが、さぼったときは知らぬ間に買っていることになる。

だから、この切符は捨てる。
次に手にするのは、成功への切符だ。
偉人達と同じ思考を持って、幸せになるために活動する。



悲しみは、避けて通れない。
悲しみは生きていく上で、どの人にも降りかかってくる火の粉のようなもの。
避けて通れないとなれば、悲しみを受け入れるしかない。
この事実を知れば、不幸に見舞われたとき早く立ち直ることができる。
早く立ち直るためにするには、悲しみを受け入れて成長材料にすればいい。
悲しみを成長材料にすることができれば、あなたは天才となる。

天才になるためには、悲しみを有効利用すること。
悲しみをうまく利用することによって以下の大変有益な役割を果たすことができる。
1,非生産的な悪習とネガティブ思考を破壊することができる。
2,人間を素直で謙虚な気持ちにさせてくいれる。
3,心の活用を邪魔する障害をなくすことができる。

深い悲しみの中には、今まで奥にあった英知が発揮されるシステムがある。
悲しみは、建設的な行動に転換されて生活設計を変えるときに大きな力となる。
神は、人間を知性と尊厳ある生き物にまで高めたとき、人間がその優位性である能力を発揮するために、悲しむことを人間に与えた。悲しむということは、その裏に偉大な力を持っているということになる。天才は悲しみの中から創出される。悲しむことで、潜在的な天才の能力を発揮するようになっているからだ。

悲しみの中から不死鳥のごとく蘇って天才になるためには。
悲しみを自己憐憫(自分ってなんてかわいそうなんだろうと自分自身のことをあわれみ、自分は何かの被害者だと見なし、その悲劇に酔ってしまっている状態のこと) の手段として使うのでなく、自己訓練の有効な手段として使うことである。

あなたが、いま悲しみの中にいるのなら、それは大きなチャンスを秘めていることになる。
しばらく悲しみにどっぷり浸かってください。
毎日泣いて暮らす日々もいいものです。(人間味があって、切なくて、ペーソスでいい)
悲しみに明け暮れて泣けば、自分の中にある傲慢さが消え、謙虚な気持ちになります。
たっぷり悲しんで、なぜ自分がこんなことになったのか、反省もするでしょう。
反省すれば、非生産的な悪習とネガティブ思考がそうさせたと気づくはずです。
気づけば、悪習とネガティブ思考を破壊することができます。
破壊できれば、心の活用を邪魔する障害をなくすことできます。
悲しみの過程から、ああたが不死鳥のように蘇ったとき、この波動が奇跡を生むチャンスとなるでしょう。きっと愛する彼にも届きます。



愛は波動で繋がっている。
「あなたが不安なら相手も不安になり、あなたがネガティブなら相手もネガティブになる」。だから、不安やネガティブにならないこと。

人間だから、それはできません。
人間は繊細で悩み深き生き物。動物と違って人間には知恵がある。意志もあって、信念もあって、学問もあって、文字も読めて、数字も読めて、創造力もある。こんな人間だから、繊細にいろいろなことを考えて悩むのは仕方がないことではないでしょうか。

だったら、動物になったら。
動物には悩みがない、ただ、本能のままに生きている。この方が悩みもなく豊かな人生を送れるよ。

わたしは動物にはなれません。
動物のように本能で生きるのは野蛮人のすることです。わたしは野蛮人にはなりたくありません。わたしは大学を出て、様々な学位を取り、様々な資格も取り、様々な常識を身につけ、法律を守り、ルールを守り、人間関係を良くし、常に競争に負けないように努力してきました。こんなわたしが野蛮人になることはできません。

だったら、なぜ悩む。大学まで出て、様々な教養を身につけたのになぜ悩む。

さあ、わたしにもわかりません。

では、私が説明しよう。
あなたを含め、現代の社会人は高等教育の弊害にあっているということだ。
先進国ほど離婚率が高く、結婚する率が低い。
先進国ほど自殺率が高い。
先進国ほど病んでいる人が多い。
それらすべては高等教育のせいです。
人間、頭が良くなればなるほど、勉強すればするほど、神経衰弱になるのです。知識が増えれば増えるほど、プレッシャーも増える。知識が増えれば増えるほど、精神面がついていけない。だから、知識が増えれば増えるほど神経衰弱の人が増えるのです。東大生で一番多い悩みは、モテないことと、将来の不安だそうです。学問を積めばもてるわけではありません。学問を積めば不安がなくなるわけではありません。学問を積めば積むほどモテなくなり、不安が増えるということです。その不安の大半はプレッシャーから来ています。学問を積めば積むほどプレッシャーが増える。エリート官僚がプレッシャーに負けて鬱になった。エリート商社マンがプレッシャーに負けて鬱になった。頭のいいとされる学者や研究者がプレッシャーに負けて鬱になった。こういった例は山ほどあります。

なにも私は、高等教育がいけないといっているわけではありません。勉強すること、学問を積むこと、学位を取ること、資格を取ること、理論的になること、論理的になること、理屈や理性を高めることがいけないといっているわけではありません。

ただ、せっかく大学を出ているのに、何やっているんだ!といいたい。
悩むために大学まで行ったのか?といいたい。
悩むために、勉強したのではないだろう。
それなのに、なぜ悩む。
それをいいたい。


さらに詳しく説明すると。
学ぶことはいいことだ。
だが、プレッシャーに負けている。
このプレッシャーによって、知識が増えれば増えるほど将来の不安が増えている。
そんなことがあってはいけないのに、そんなことばかりが起きている。
なぜか、それは精神面を強化していないからだ。
その点、動物や野蛮人は精神面が強い。
彼らは食うために必死なだけで、悩むことはない。
だが、学問を積んだ文化人は悩んでばかりいる。
せっかく学問を積んだのに、なぜ悩む。
悩むことをやめれば、その知識が生かされる、そうは思わないか。
そう思うのなら、悩むことをやめることだ。

大丈夫。
なーになるようになるさ、精神でいこう。
知識はあるのだから、放って置いても良くなる。
悩みさえなければ・・・。
悩みがなくなれば、プレッシャーもなくなるから、逆にうまくいくようにできている。


男と女は波動で繋がっている。
動物や野蛮人には不安がないので、男と女、メスとオスは、放って置いても良くなる。自然体で結ばれる。

ところが学問を積んだ文化人は、
あなたが不安なら相手も不安になり、あなたがネガティブなら相手もネガティブになる。こんな、うまくいかない現象ばかり起こしている。

せっかく学問を積んだのだから、もう悩むのをやめよう。
本当に頭のいい人を知っているかい。
それは悩まない人間だ。
動物や野蛮人じゃないよ。
動物や野蛮人は知識がないから、それはそれで生きていくのに困ることになる。
あなたは動物や野蛮人ではなく、学問を積んだ文化人だ。
そして、学問を積んだ、悩まない人間を目指すことだ。
悩まないことに学問を積む。
私が言いたいのは、あなたにはそれが必要だということを言いたい。




あなたは信じた。
不安をなくすには目標を持つこと。不安だからこそ目標が見つかりやすいと。不安でもがき苦しみながらも、それを信じた。

信じたら、目標が見つかった。
やはり彼が好きだから、彼を目標にすると。
あなたらしいですね。
いいじゃん、それで。

今まで彼のことで悩んでいたわたしがバカでした。
彼のことで苦しんで、彼に辛くあたった私がバカでした。
なるほど。

それで?
それで、わたしはもう一度彼と頑張ります。
彼にとっていい女になるように努力します。
いいね。

不安の中にいることは、それと同等の種子か、それ以上の種子が含まれている。
それをわたしは信じることにしました。

不安を制すれば、以前のように彼と仲良くなって、さらに以前より増して彼と仲良くなれる。そうなれば、彼と間違いなく幸せになれる。

ということは、彼と結婚するということだね。
えへ、そうです(照れ)
いいんじゃない、それで。

具体的にどうする?
具体的にどうしていいかわかりません。
じゃあ、私が教えよう。
はい、よろしくお願いします。

再現するのだ。
え?再現する。
そう、初心に戻って再現するのだ。
初心に戻って再現する?そんなことができるのかしら。
できる。
あなたと彼は波動で繋がっているからできる。

再現とは、もう一度一からやり直すことをいう。
初心に戻って、一からやり直し、繰り返し行うこと。
自分を良くするために、一からやり直し、繰り返し行うこと。


たとえば、私のブログ。
ここには恋愛の成功するプログラムが大量にある。
これを最初から読み返すといい。
一度全部読んだかもしれないが、何回も読み返すこと。
そすれば、成功プログラムが、あなたの血となり骨となる。
初心に戻って繰り返し行うことを再現という。

ためになる本なら何度も何度も再読し、自分のものにすること。人の記憶力は日々低下する、せっかくいい本に出会っても、自分のものになる前に消滅してしまう。消滅したら何の役にも立たない。それを防ぐには再読が必要。初心に戻って何度も何度も読み返すこと。自分のものになるまで。

私のブログを読む。
ためになる本を読む。
これはほんの一例に過ぎない。
再現とはそれだけではない。
再現とはあなた自身の全部だ。
あなたを一から作り直す。
これに全力を尽くしなさい。


あなたは彼が好きだといった。
ならばなぜ?彼のことで悩んでいる。
なぜ彼のことで苦しんでいる。
この悩みと苦しみを捨てること。
初心に戻って、彼を愛して信頼すること。
これを再現しなさい。

再現できれば、波動で彼と繋がる。
そうなれば、彼は以前より増してあなたのことを愛するだろう。



不安をなくすには目標を持つこと。不安だからこそ目標が見つかりやすい。
不安は目標を見失ったときに起きている。男性でも女性でもそれは同じである。男性は仕事の目標を見失って不安になり、女性は恋愛の目標を見失って不安になることが多い。人が不安になるときは、自分が大切にしているもの、つまり「これが命だ」という目標を見失ったときに人は不安になる。男性は仕事。女性は恋愛。男女の不安の原因を、すごく大雑把に分けたが、鑑定の場では、この大雑把な二つの現象が起きているのは間違いない。男性は仕事で悩み不安となり、女性は恋愛で悩み不安となっている。どちらも、うまくいかなくなり、目標を見失って不安になっている。

もちろん反対もある。男性が恋愛で悩み不安となり、女性が仕事で悩み不安となる。これもある。だが原因のトップは、男性は仕事での不安、女性は恋愛での不安が圧倒的に多く、トップを占めている。

「不安をなくすには目標を持つこと。」
簡単なことだが、それができない。
「不安をなくすには目標を持つこと。」
言われてみれば、確かにそうだが、なかなかそれができない。
いつかできるようになるが、時間がかかり過ぎる。
時間がかかり過ぎるということは、かかった分だけ不安の中にいることになる。
何ヶ月も・・・下手すると何年も、不安の中にいることになる。
こんなことはいつまでも続けたくないが、いつまでも続けるのが人間である。
そして、かかった分だけ時間をロスし、人生そのものを無駄にしている。

「不安をなくすには目標を持つこと。」
これで、この記事の真意が解ったと思う。
「不安をなくすには目標を持つこと。」
この意味が理解できたと思う。


では、どうやったら目標を持つことができるのか?
それを見つけるために、あなたは不安の中にいる。
それにあなた自身が気づいていないだけ。
気づいていないから時間ばかりがロスしている。
あなたは目標を見つけるために不安の中にいる、まずはそれを認識すること。
認識していないから、不安で苦しみながら不安を避けている。

目標を見つけると認識すれば、不安を逃げずに受け入れ、不安の苦しみと戦いながらも答えを見つけることができる。逃げずに闘えば答えは見つかる。目標とは苦闘を制したところから生まれるもの成り。偉人たちが見つけた方法をあなたも真似をすればいい。そうか、今日からわたしは世界を制した偉人たちと同じ思考が持てるのか、そう考えれば不安そのものが楽しくなり、目標を見つけることができる。偉人たちと同じように。

不安の中にいることは、それと同等の種子か、それ以上の種子が含まれている。それと同等の種子か、それ以上の種子とは、不安を制して目標を持ったときに起こる現象である。つまり不安を制して目標を持てば、以前の幸せか、それ以上の幸せを手に入れることができる。お金に換算すると、以前と同じお金か、それ以上のお金を手にすることができる。つまり不安とはチャンスなのだ。あなたは不安で苦しんでいるが、そこにチャンスが含まれているということに気づくべきである。不安をなくすには目標を持つこと。不安だからこそ目標が見つかりやすい。




日常的に起こる小さな不安は誰にでもあります。不安のない人なんていないでしょう。もし不安のない人がいるとすれば、この世を去った人か、神か仏しかいないでしょう。生きている限り不安はつきものです。生きている限り不安はつきもの。だからといって不安をそのまま放置するわけにはいきません。放置すれば不安に押し潰されて人生そのものを台無しにしてしまうからです。

不安を放置して、人生の危機に面している人を私はたくさん知っています。不安をなくすために、私はありとあらゆる言葉を述べて、ありとあらゆる提案を述べて、この人の不安を無くすように努力しているのですが、なかなか聞き入れてくれません。凝り固まっているのですね、自分の不安に。こういう人にいくら素晴らしい目標を提示しても、いくら大丈夫だから心配しなくていいよと励ましても、気休めにしか聞こえないでしょう。

一時しのぎの気休めを聞いて、「こんなことは自分にはできない。自分に合わないアドバイスをもらってもしょうがない。自分には無理無理・・・絶対に無理」自分に合わない意見を否定して警戒する。そしてまた、暗闇に戻る。これの繰り返しです。私はその人に合わない奇想天外の話をしているのではなく、また一時しのぎの提案をしているのではなく、その人の能力に見合った話や提案をしているのですが、(自分には無理無理・・・できない)という暗い態度を取られると、もうこれ以上話すことは何もなくなります。せっかく鑑定に来ているのですから、もっと素直な心が欲しいですね。私も寛容な心で対応しますから。

不安は、他人から伝染するものと、自らの心から湧き出るもの、この二つの要素が不安の原因だと言われています。そして、不安の解決方法は目標を持つことだと言われています。不安の解決方法は目標を持つこと」なるほど、頭では理解できます。だが、その頭では理解できたことが実行に移せるでしょうか?おそらくほとんどの人が実行に移していないと思います。

なぜ、こんな簡単なことが実行に移せないか?
逆に簡単だからできないといっていいでしょう。人の脳は簡単なことを複雑に解釈するクセがあります。なぜ複雑に解釈するか、過去に目標を持ったが全て失敗に終わった。何一つやり遂げることができなかった。数々の失敗によって、目標を持つことに恐怖心を抱くようになった。また失敗してあの恐怖を再現するのか、またあの惨めな思いをするのか、もう二度とあんな惨めな思いはしたくない。惨めな思いをするくらいなら何もしない方がいい。だが・・・何もしないとまた恐怖心がでてくる。このままではダメだと恐怖心が出てくる。目標を持てば恐怖心が出てきて、何もしなければ恐怖心が出てくる。人間はこの二つの間を行ったり来たりしていて、簡単なことを複雑にしている。なぜ複雑にしているのか、その主が不安だからだ。
不安の解決策は目標を持つことである。

目標を持てば恐怖心が出てきて、何もしなければ恐怖心が出てくる。
いつまで、この間を行ったり来たりしているのですか?
そろそろやめにしませんか、間を行ったり来たりするのは。
これじゃ、堂々巡りで何も解決しませんよ。
どうすれば、堂々巡りから抜け出すことができるか?
そこを考えることです。

抜け出し方は原点にあります。
日常的に起こる小さな不安、嫌な現実を、楽観主義で乗り越えることです。
目標とは楽観主義者が成せるワザです。
悲観主義者には目標は成せません。
楽観主義者は、目標は楽しいものと考え、やる気を感じ生き甲斐を感じます。
悲観主義者は、目標は苦しいものと考え、やる気を失い、生き甲斐も失います。
その後の結果は誰が見ても一目同然。
あなたは楽観主義者を目指しますか?悲観主義者を目指しますか?
そのことだけを考えください。
考えれば、当然あなたは楽観主義者を目指すはずです。

さあ!元気を出していこう。
楽観主義で。
日常的に起こる小さな不安、嫌な現実を、楽観主義で乗り越えることです。





今の状況がどんなに苦しくとも、受け入れ、楽しむこと。

彼と連絡が取れていない。
彼と逢えていない。
彼とのコミュニケーションは一切遮断された今、私の頭の中には不安しかない。
友人は、彼のことを「やめな」という。
親と相談しても「こんな男はやめな、諦めた方がいい」という。
先輩と相談しても「人生は恋愛だけではない」といわれる。
「やめな」「諦めな」「人生は恋愛だけではない」そんなことはわかっている。
わかっているから、やめられないし、諦められないし、恋愛一色となるの。

あなたは相当頑固だ。
だが、その頑固さがいい。

世間一般の分別をわきまえた考えなら、「やめな」「諦めな」「人生は恋愛だけではない」となるが、あなたはその反対を行こうとしている。あなたは相当頑固だ。しかし、その頑固さは世界を動かした偉人たちに等しいと思えばいい。彼らは人に反対されながらも、自分の信念を曲げずに事業を成功させてきた。親・兄弟・親戚・友人・知人・上司・経営者・ボス・師匠・先生、彼らにまつわるどんな人に反対されても、頑固一徹、自分の信念を曲げず、事業を成し遂げてきた。あなたの頑固さも、それと同じだ。

自分はこれが大切だ!と思うものはずっと大切にすればいい。あなただけの宇宙だ。あなたの宇宙、あなたの世界に、誰も入り込む余地はない。誰も邪魔はできない。これがあなたの大切なものだ。

だが、今の状況はとても苦しいだろう。
味方はいないし、孤独でひとりぼっちだ。
ひとりぼっちは切ないものよ。

でも、案ずることはない。
今の状況がどんなに苦しくとも、受け入れ、楽しむことだ。

受け入れて楽しめば味方ができる。
最初の味方は宇宙の伝道師である神であろう。
続いて、相談に乗った私があなたの味方になる。
さらに受け入れ、けなげに努力していけば、あなたに賛同する仲間も増えてくる。
そうなれば、あなたはひとりぼっちではない。

今の状況がどんなに苦しくとも、受け入れ、楽しむことだ。
受け入れて苦しむことはできても、楽しむことはできない。
きっとあなたはそういうだろう。
苦しみの連続が楽しいわけないと。
だが、楽しむことだ。
楽しむためにはコツがある。
それは、習慣にすることだ。
苦しみがずっと続けば、慣れてくる。
慣れれば苦しみは軽減される。
苦しみ、そのものが日常になってくる。
苦しみが日常になってきたら、新しい叡智を入れ込むことだ。
それは自分を良くするための自分磨き。
目標に向かった自分磨き。
人はわかっている。
今後、自分が何をするべきか、わかっている。
わかっているのに、苦しみに甘えて、それをやろうとしていない。
それをやればいいだけのことだ。
あなたにもある。
次に自分が何をすべきかを。
あなたはそれを知っている。
今こそ、それを実行することだ。
実行すれば失敗もあるだろう。
でも、大丈夫。
あなたは苦しみの真っ只中にいる。
苦しみの真っ只中にいる人間は、失敗の苦しみなどどうってことない。
そのためにいま苦しんでいるのだ。

苦しみは奇跡を起こす。
事を成し遂げたものに、苦しみなくて事を成し遂げたものは誰一人いない。
人間の夢の達成は、苦しみの中から生まれる。
そう考えれば、苦しみも受け入れ楽しむことができる。





私はあなたのメンターである。
こうしてブログを書いているのも、メンターとしての役目を果たしているからだ。日常の鑑定でも、ブログでは表せない個人的に非常に細かいことや、見逃してはならに詳細なことや、勘違いによる心配事や、恐れるに足らない不安なことまで、前向きになるよう、メンターとしての能力を発揮している。だから、私はあなたのメンターだ。

日常の鑑定ではどんなメンターの役目を果たしているか?
まず、優しくあなた方の考えが間違っているということを指摘していく。依頼人に愛情を持ちながらも、勘違いも甚だしい間違いを修正していくのが私の仕事となる。どこが間違っているか、彼(男性)という生き物の習性の見方を誤っていることが多い。まるで解っていない。女性の習性で男性の習性をみるから間違いを犯す。そして間違ったまま悩みのつぼにはまるからいけない。悩みのつぼの中身はネガティブスパイラルが渦を巻いており、とても人知が入り込む余地がないほどだ。それを修正するのは骨の折れる仕事だが、まずそこを修正するのが私の仕事となる。相手の話を聞いて、優しく根気よく修正していくのが私の仕事のやり方である。

彼の仕事が忙しくて会えないとなれば、仕事の理解力があるいい女性になろうよと促し、男の仕事について、その重要性を理解させ、選ばれる女性になるように促していく。男の仕事の世界は、女性には知らない魔物が住んでいる。魔物の存在を明らかにし、どんな仕事が忙しくても彼は君のことを愛している。この仕事が落ち着けば、彼はきっと君のために時間を作ってくれる。その日が来るまで、ネガティブになって自分を追い込んで腐らないこと。あなたが信じきれば、「きっと大丈夫だから」と勇気を与えることもしている。

私はこの仕事をやっている以上、あなたの彼の仕事の能力も大体解る。私の見立ててはそんなに外れていない。彼に能力がないと分かれば、他の方法も考えて伝授する。彼はその仕事で潰されるかもしれない。もしそうなれば、彼は恋愛ができなくなり、あなたとの別れを決断することになるだろう。または沈黙(音信不通)にして卑怯にも逃げて自然消滅を図るかもしれない。男として自信がなくなった男性にどう対処するべきか、私はメンターとして教えている。あなたがいくら前向きな思考を維持していても、彼がそれに応えられないこともある。彼が答えられなければ、仕方がない。あなたは前に進むべきである。前に進んで新しい人を見つけることである。

それでも彼が好き、彼を諦めて新しい人を見ることができない。あなたがそういうのなら、私は女性の愛を愚弄したりしない。どうすれば今後良くなるのか、とことんメンターとしての役目を果たしていくだけだ。ただし私の思考はメンターとしての思考。奇怪な女心の愛に翻弄されることなく、正しい道のりを慎重に客観視しながらアドバイスしていくだけとなる。

詳細を述べると、多くの女性たちが間違っている。
あなたが正しいと思ったことは間違っているのだ。
これは正しい考えではなく、単なる思い込みだ。
この思い込みは女性の習性から来ている。
男性とうまくやっていくためには、この思い込みをなくさなければならない。
思い込みをなくす、これもメンターとしての役目となる。

どんな間違いが多いのか?
彼を信じるべきなのに、彼を疑っていること。
この間違いが一番多い。

また彼の潜在能力を過小評価したり過大評価したりしている。
正しい評価がなされていないので、将来の不安やトラブルが常に勃発している。

さらに間違っているのが、浮気の疑惑と嘘つきの種明かし。彼の嘘と疑惑は晴れない。そのことばかりに時間を費やしている。まるでこれが仕事のように。あなたはCIAの職員になったのか、あるいは浮気調査員の探偵になったのか、スマホやSNSのネットの情報をひも解く分析官になっている。分析はいい、ただし正しい評価がされていない。私は別に男性のかたを持つつもりはない。正しい評価がなされていないのが、とても残念だということだ。

メンターとしての役目はできるだけ正しい評価を下すこと。
愛に狂った判断でなく、嫉妬に狂った判断ではなく、裏切られた怨み辛みによる判断でなく、客観視した冷静な判断を下すこと。これがメンターの役目である。

そしてあなたの気持ちに共感して同情すること。共感して同情して、正しい判断を下せば、神はきっと正しい方向性を見つけてくれる。それを信じて、私はこのメンターという仕事を続けている。