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単純に考えればその方がよろしい。
「復縁なんかやめて、前へ進むべきだ」。

その考えは、とてもシンプルだ。
複雑に考えるより、シンプルに生きよう。
シンプルイズベスト。

シンプルがベストなのに、なぜ人間は複雑に物事を考えるのだろうね?
あなたはどう思う?
なぜ、あなたは複雑に物事を考えるの?
とくに恋愛となるとなぜ?

理由を聞けば、人間らしい複雑な答えが返ってくるだろう。
だが、今日のお題は、複雑な考えではない。
今日のお題は、シンプルな考えだ。

人間はシンプルを重要視して来なかった。
なんでもかんでも分析してしまって、なんでもかんでも複雑にしてきた。終ったものに執着して複雑にしてしまった。「そんなことがあってはならないと」くどくしつこく問題を複雑にしてしまった。

終りは終りだと、なぜ人間はシンプルに物事を考えられないのだろう。
シンプルに物事を考えれば、もっと早く幸せになれるのに。

昔、このような記事を書いた。
恋が終る瞬間とは、ガラスコップが割れた瞬間のことをいう。
復縁とは、その割れたガラスコップを元に戻すことをいう。
だが、どんなに頑張っても、割れたガラスコップは元に戻らない。
だから、あきらめよう・・・そうすればうまくいく。
というような記事を書いた。
この記事は、大変な反響だった。
あれから10年経った・・・。

今日はもっとシンプルにいきたい。
割れたガラスコップはあきらめ、新しいガラスコップを買いに行こう。

割れた瞬間・・・複雑な思考を持っている人は「なんで、なんで、そんなバカなことがあってたまるか!そんなことは絶対許せない!」とうろたえるが、シンプルな思考を持っている人は「あ、そういうことか」と素直に認めてあきらめる。

前者は問題を複雑にし、後者は問題を単純にする。
どちらがいいか?
本日は、シンプルで単純な考えに軍配を上げたいと思う。

大切にしていたガラスコップが、自分の不注意で割ってしまった。
自分の手から滑り落ちて粉々になってしまった。
地面にガチャンとたたきつけられた音。
落とした瞬間(しまった)と思った。
下を見ると、大切していたガラスコップが無惨な姿となっている。
それを見て、「ああ、そういうことか・・・。」
最初はこの出来事にしばらくうろたえたが、すぐに「ああ、そういうことか」と気を取り直して割れたガラスコップを片付けて新しいガラスコップを買いに行った。

割れたら片付けて新しいものを買う。
これがシンプルな生き方。

今回のテーマは恋愛とガラスコップを一緒にした。
しょせん恋はガラス細工。いつ割れるかしれない。
だから、割れたら片付けて、新しい物と取り替えればいい。
これがシンプルな生き方。

割れた古い物で心の部屋を散らかさない。
シンプルに心の部屋を片付けるものだ。

シンプルに生きている人間が復縁をどう考えるか?
復縁なんかやめちゃえ!
過去に戻ってどうする!
復縁をあきらめ前へ進むべきだ。

というだろう。
シンプルイズベストだから。



あなたは先週彼と別れました。

復縁したいですか?
それとも復縁はあきらめて前へ進みたいですか?

人生は選択です。
あなたはどちらを選びますか?

そんなことを言われても、決められない・・・。
そういう人の方が多い気がします。

人生は選択といっても、決められない選択もあわるわけで・・・どちらも重要で・・・どうしていいかわからない・・・どうすればいいの?・・・自分では決められないという人の方が多い気がします。

とくに恋愛は愛の執着物語です。彼とはいろいろなことがありました。楽しかった想い出や悲しい想い出。一緒にいて幸せなときもあれば不幸なときもあった。この人と将来一緒になりたいという日もあればこの人でいいのと疑う日もあった。

ねえ、とにかく聞いて欲しい。彼との思い出話はここでは語り尽くせない。とても文章では表現できない。彼と付き合った歴史は、5時間喋っても語り尽くせない。いろいろあったから・・・・・・。

語り尽くせないほどの想い出がある彼と別れた。
たくさんの想い出とともに、彼は私の前から消えた。

切ない・・・無常だ・・・。

別れたばかりなので、まだ傷が癒えていないの。
こんな状態で、「選択しろ!」それは無理。それこそ無常だわ。
いまは、後悔の余韻にしたっていたいの。

「なんでこんなことが起きたの?」
「そんなバカな、なんで・なんで」
「そんなことがあってはならない」
「そんなことがあってたまるか」

後悔と恨みと悲しみと悔しさと切なさとなんと表現していいかわからないが、とにかく「なんで・なんで、こうなったの?」という、とてもがっかりした情けない余韻に今はしたっていたい。それは執着だよ。執着でも構わない。自分は執着の余韻のまま、今は過ごす。

この状態で選択はできません。
今は、別れた余韻にしたっていたいのです。

傷ついた心を癒やすのならどうぞ。
今は選択する必要ありません。
いま、あなたは別れたショックの中にいるのですから。
いまは、「恋の葬式期間」です。
たっぷりと、恋の葬式をしてください。

3ヶ月ほど、恋の葬式をしてください。
この期間はたっぷり悔やんで泣いてください。
思い出してメソメソ泣いてください。

そして、涙が枯れるほど泣いたら、次の言葉をいってください。
「ありがとう。愛しています。ごめんなさい。許してください」といってください。
そのあと、復縁するか、前に進むかの選択をすればいいでしょう。

人間不幸なときは選択できません。
また不幸なときは選択しない方がいいのです。

選択は傷を癒やして、喜び感や幸せ感が出てからでいいのです。

傷が癒えれば、喜び感や幸せ感が出てきます。
そのとき選択しましょう。
復縁か?
前に進むか?
人間は傷が癒えて、冷静になったとき選択すればいいのです。



いいんじゃない、不幸を出入り禁止にすれば。

頭が良くても不幸では意味がない。
お金があっても不幸では意味がない。
健康でスポーツ万能でも不幸では意味がない。
財産があって異性に人気があっても不幸では意味がない。

不幸よ・・・さようなら。
「あなたは、今日から出入り禁止です。」
私の前に現れないでください。

ここでいうあなたとは、人間ではありません。
不幸という得体の知れないものです。
得体の知れない不幸をあなたの心から「出入り禁止」にするだけです。
さあ、出入り禁止にしましょう不幸を。

なにを出入り禁止にするの?
それは、おそらくあなたが考えていることです。
いま、あなたは何を考えているのですか?

うまくいかなくなった彼のことを考えているの?
それは、仕方ないね女だから。
で、どんなこと考えているの?

なになに…彼と突然連絡が取れなくなったので、それが辛いと考えているのか。

ふむふむ…でもバカだな、そんなことで辛いと考えて。彼にもいろいろと理由があるのだろう。男として自信を無くした理由がいろいろあると思うよ、今の世の中大変だからね。だいたい音信不通は情けない男が自信を無くしてやる非常識な行動に過ぎない。そんなことで、いちいち辛いと考えなくていいよ、どこにもあることだから。

それよか、そんなことばかり考えていると不幸になるよ。
悩んでばかりいると、不幸になるよ。

もうこのことで、彼とのことを考えるのやめよう。
なにか別のこと考えよう。

今度彼に逢えたらどうする?
いちゃいちゃするかい♪
思いっきり甘えてハグするかい♪
美味しいご飯を食べて、ロマンチックなデートをするかい♪
そういった楽しいことを考えよう。

どんな状況でもものは考えようさ。
不幸になることを考えるのか?
楽しくなることを考えるのか?
それはあなた次第さ。




知能とは、どの程度のレベルで読み書き計算ができ、抽象的な等式が即座に解けるという能力によって測定される。知能をこのようにとらえると、正式な教育を受けることや読書力に優れていることなどが自己実現を測る確かなものさしとされている。

頭のいい人とは、どの大学に入ってどんな学位を取ったか、どれだけ学業優秀のバッジをたくさんもらったか、どんな種類の学問に秀でたかで判断される。

だが、精神科にくる患者は、ちゃんとした優秀な成績や学位を持っている人も、持っていない人と同じようにあふれている。

頭が良いとされる学力優秀な人でも、不幸を寄せつけている患者さんが多いということである。いわゆる知能を測定するバロメーターが間違っているのである。神経衰弱や鬱病になる人は、学力優秀な人もそうでない人も同じようにいるということである。つまり学力優秀だけで、頭が良いとは限らないのである。


私はたくさんの知識人のお相手をしてきた。
日本なら東大卒の官僚や医者。海外ならハーバードやケンブリッジ出身の弁護士や学者。彼らの偏差値は私をはるかにしのぐ。だが、彼らは不幸だ。不幸を寄せつけている。学力優秀なのに、神経衰弱や鬱病を発症して不幸を寄せつけているのである。

手前味噌だが、本当の頭のいい人のバロメーターを変えたいと思う。
本当に頭のいい人とは、それは「不幸を寄せつけない人である。」
異論があっても構わない。私は本当に知的な人とはどういう人かを解明したいだけである。


人生は戦いだ。
人生の戦い方は誰にとっても似たようなもので、同じような問題を抱えている。
お金の問題、人間関係の問題、意見の相違や衝突、病気や老齢化、天災や事故などはすべて、どんな人間にとっても問題になる事柄である。

問題は問題が起きたとき。
問題が起きたとき、うまく切り抜け、失意や不幸にとらわれない人もいれば、落ち込んだり神経衰弱におちいってしまう人もいる。

私の判断は、頭のいい人は前者で、頭の悪い人は後者となる。
人間生きていれば、問題の一つや二つがあるのは当たり前。問題の有無を生きる基準にしないこと人こそが私の知る限り最も頭のいい人である。そしてまた、もっとも希な人である。

本当に頭のいい人は、不幸を寄せつけない考え方を持っている。
世の中は問題だらけだ。
世の中は無常だ。

恋愛では、
好きな人に振られた。
結婚を約束していたのに、卑怯にも逃げられた。
彼に浮気をされた。彼女に浮気をされた。
相手がダメ男、ダメ女だった。
相手が酒乱だった。
相手がギャンブラーだった。
相手が女好き、男好きだった。
相手が金にだしなかった。
音信不通でさんざん苦しめられた。
最後は信頼していたのに裏切られた。

会社では、
上司のいじめ、パワハラ、モラハラにあっている。
望んでいない職場に左遷させられた。
会社の業績が悪く今年はボーナスが出ない。
会社の業績が悪くリストラが始まった。
やりたくもない仕事を嫌々やっている。
上司に嫌われ部下にも嫌われ、自分の居所がない。
最後は突然解雇された。

世の中は無常だ。
常に不幸を呼び込む問題が、山積みされている。

問題だらけの無常の世の中で、本当に頭のいい人は、問題を問題としていない。つまり問題解決に走らない。悪い問題を、解決に走っても自分には何の得にもならない。問題解決に走れば神経衰弱となって鬱病になるだけだ。そうなれば不幸を自ら呼んでしまう。

頭のいい人は不幸を寄せつけない。
悪い問題の解決?バカバカしいと思って切捨てるだけである。
悪い問題を切捨てれば、不幸は寄りつかなくなる。

失恋したなら、この問題を解決しとうよとしないで前へ進む。解決しようとすれば不幸を寄せることになる。前へ進めば、必ず希望が見えてくる。それを信じて前へ進む。

解雇されたのなら、この問題を解決しとうよとしないで前へ進む。解決しようとすれば不幸を寄せることになる。前へ進めば、必ず希望が見えてくる。それを信じて前へ進む。

人間生きていれば、問題の一つや二つがあるのは当たり前。問題の有無を生きる基準にしないこと人こそが本当の頭のいい人である。

そして、頭のいい人は不幸を寄せつけない。
無常の世の中で、これを常に心がけて生きている。
だから、神経衰弱にも鬱病にもならない。
これが本当の頭のいい生き方である。


ぼちぼち一生懸命生きていく。
その考えは、
変化を恐れているのかもしれない。
今あるものに執着しているのかもしれない。

代わり映えのしない今の仕事と生活に、変化を恐れて執着しているのかもしれない。「変化を恐れ執着する」確かにそういう見方もあるだろう。

だが、違った見方もある。それは、新しいものを探しているという見方である。ただ今は見つかっていない。自分が今後何をやっていいか?見つかっていないのだ。見つかれば、新しいものに気持ちを切り替えて集中できる。そのための準備期間でもある。

単純に変化を恐れず、新しいものチャレンジすればいいのかもしれない。
動物ならそれができるだろう。
でも、人間にはそれができない。
人間には知恵があるから、できない。

動物なら、変化を恐れず新しいものにチャレンジできるだろうが、人間は変化を恐れ、今あるものに執着するようになっている。
変化を恐れ、今あるものに執着する、これが人間らしいのかもしれない。人間の動物にない知恵はある意味厄介かもしれない。恐れることを知識でがんじがらめに固めているからだ。

自分もそうだが、そういう人間を愛おしく思う。
変化を恐れる…あるね、変化は怖いし、なんの保証もないから。
執着する…あるね、執着するのは、今のままを愛しているから。
変化はなんの保証もない、だから今のままをしばらく愛するしかない。
その思考は、とても人間らしくていいと思う。
そして愛しい。

だが、人間らしくて愛しいと思っても、これから先の不安がある。
このままではダメだという不安が…脳裏にかすみ、胸をギュンと痛めつける。
そして、この不安は日々日々強くなる。

だが、新しいものは見つかっていない。
見つかっていないけど、慌てても仕方がないので、不安と戦いながら、日々暮らしていかなければならない。
新しいものが見つかるまで、ぼちぼちと生きていくしかない。


ぼちぼちは、別にサボって生きているわけではない。
変わり映えのない仕事でも、丁寧に仕事をしている。
変わり映えのない生活でも、規則正しく生活している。
ぼちぼち生きていく人に暇などない。
ぼちぼちとやることがいっぱいあるのだ。
それをぼちぼちとこなしていくだけ。
今やることは今やる、明日に持ち越さないで。


ぼちぼち一生懸命生きていく。
その考えは、変化を恐れているのかもしれない。執着しているのかもしれない。確かにそういう見方もあるが、新しいものを探しているという見方もある。新しいものが見つかったときに、このぼちぼちの習慣が役に立つ。なぜならサボらないでぼちぼちやっているからだ。その習慣は新しいものにもきっと役に立つだろう。





欲望を捨て、
ぼちぼちと、
一生懸命生きていく。

いいね、その生き方。

「ぼちぼちと一生懸命生きていく」
今日もまあまあ頑張った。
完璧でないけど、やることはやった。

明日も同じ予定を淡々とこなすだけ。
自分のできる範囲で、ぼちぼちと一生懸命やることをやる。
この生き方でいこう。

成果主義の欲望に走らない。
お金は欲しいけど、お金だけが人生ではない。
恋人も欲しいけど、恋人だけが人生ではない。
結婚もしたいけど、結婚だけが人生ではない。
欲望で何かを達成するより、身の丈に応じた自然の力で手に入ればいい。欲望に走って、誰かのせいにして、手に入るものなら、いらない。

成果が出なくても、手に入らなくても、ぼちぼち一生懸命生きていけばいい。今日やることを自分のペースで一生懸命やればいい。完璧でなくともいい、満足しなくてもいい。自分のペースでぼちぼち一生懸命やればいい。


恋人に振られた?
それはショックだね。振られた原因を相手のせいにすることなく自分のせいにすればいい。失恋は自らの責任だ。自分がいたらなかったから振られた、そう思えばいい。自己責任にすることで傷は癒やされる。相手のせいにすると傷は癒やされない。だから自分のせいにしよう。

仕事がダメになった。
コロナの影響で売上が落ちた。嫌な上司のせいで会社を辞めることになった。仕事がダメになる理由は山ほどあるが、それも誰かのせいではく自分のせいだ。自分がいたらなかったから仕事がダメになった、そう思えばいい。自己責任にすることで傷は癒やされる。相手のせいにすると傷は癒やされない。だから自分のせいにしよう。

夫婦関係がうまくいかず離婚した。
それは大変だったね。離婚した原因を相手のせいにすることなく自分のせいにすればいい。離婚は自らの責任だ。自分がいたらなかったから離婚した、そう思えばいい。自己責任にすることで傷は癒やされる。相手のせいにすると傷は癒やされない。だから自分のせいにしよう。


何もかも自分のせいにするのは、よくない。
相手が悪いのだから、相手のせいにするべきではないか。
いくら自己責任だからといって、これでは自分が可哀想ではないか。
自分のせいの自己否定ばかりでは、自分がダメになるのではないか。
これでは自分が鬱になってしまう。
という意見もあるだろう。

私も若いころは、そういう考えだった。
悪いのは自分ではなく、相手が悪いのだ。こうなった原因は、自分のせいではなく相手のせいだと思っていた。

だが、この考えで良くなったためしがない。
いつまでも恨んでいては、相手に支配されていることに気づいた。
だから、自分のせいにして、相手を許すことにした。
そうすると、良くなった。
いいんだ、自分のせいにすれば。
それで落ち込むことはない。
相手のせいにするから落ち込むのであって、自分のせいにすれば落ち込むことがなくなった。

さて、自分のせいだ。しょうがない・・・欲望をあきらめて、ぼちぼちやるか。

自分のせいにすることで、ぼちぼち決められたことをやっていくしかない。人を恨んでいる暇はない。誰かを何かを恨んでいる暇はないくらい、ぼちぼち一生懸命生やればいい。

成果にこだわることなく、ぼちぼちやれば、人生は総合的に豊かになる。いま起きている問題に苦労するよりも、未来の希望を見据えてぼちぼち一生懸命生努力すればいい。いま欲しい成果は、いまは手に入らないと決めて、ぼちぼち一生懸命生努力すればいい。そこには何の欲望も発生していない。自分がこうやって生きていこうという道があるだけ。

何かのせい、誰かのせいにすることなく、ぼちぼちと一生懸命生きていく。欲望を捨て、ぼちぼちと一生懸命生きていく。いいね、その生き方。



付き合って半年を境に恋愛の危機が訪れる。

恋愛は「魔の半年」をどう乗り切るか?にかかっている。

別れる恋愛は、たいてい半年以内で終っている。

なぜ半年以内で終るのか?

それは今の時代は、恋愛が短命となってしまったからだ。

「平均寿命はのびたが、恋愛だけが短命となった」
これが現代を表す言葉ではないだろうか。

なぜ短命になったか?
諸説はいろいろあると思う。
男性が弱くなり女性が強くなった。
頼れる男性が少なくなった。
女性のワガママ度が大きくなった。
男女平等の割り勘世代が増えた。
世の中が便利になりすぎて、飽きっぽくなった。
世の中が便利になりすぎて、面倒を避けるようになった。
世の中が便利になりすぎて、裏切りが増えた。
恋愛の短命説は、他にもいろいろあると思う。

いろいろあるが・・・。
私が選ぶとすればひとつである。

それは女性の皆さん、
「ねこかぶりが下手だ」ということ。
可愛い子猫ちゃんの時期が短すぎるということだ。

ねこかぶりが上手だと、魔の半年は乗り越えられる。

それまでは牙を出すな。

「虎になるな、豹になるな、ライオンになるな、狼になるな。あくまでも可愛い子猫ちゃんのままでいろ!」という緊急事態の宣言を全国の女性に布告したい。

子猫ちゃんの時期が短いから、半年以内で終るのである。

子猫ちゃんがずっと続けば、半年の寿命はとっくに過ぎて、パンパカパーンの披露宴までこぎつけることができる。

女豹になるのは、結婚して2~3年後でいい。その間、「男に夢を与えなさい」。調子こいてもいいから夢を与えなさい。男は夢さえ与えれば、この女を一生大事にする。


ねこかぶりの期間は1割でいい。
結婚生活が50年だとすると、たった5年だ。
恋愛期間が2年だとすると新婚期間3年、ねこかぶっていればいい。
5年は長いように思えるかもしれないが、一生で考えれば短い。
物事をトータルで考えることが幸せの法則だと思う。



失恋とは、「自分の中に、どれほどの強さが秘められているかを学ぶ場である」

「二遊間前に、彼に振られました。」
「先月、彼と別れました。」
こういった相談が多い。

別れは突然来る。
まさか?予期せぬことで別れ話になる。

最近様子が変だな・・・と思ったけど、まさか?別れが来るとは思っていなかった。ちょっとした喧嘩はあった。考え方の違いもあった。彼の仕事が忙しくもなった。彼のテンションも最初の頃より低くなった。連絡頻度も会う頻度も下がった。そういった予兆はあったが、「まさか?突然彼から別れを言い出して来るとは思ってもいなかった」乗り越えられると思っていた・・・・・・。

別れは突然来る。
前兆があって来る場合もあれば、前兆がなくて突然来る場合もある。一瞬にしてパニックになる瞬間。

頭の中は真っ白になり、すべての色が見つからない。顔は青ざめ血の気がなくなる。真っ白な頭に色を取り戻そうとするが、カラーはブラック、真っ黒な闇の世界が広がる。最初はパニックで頭が白くなり、それからお先真っ黒となる。

別れは一瞬にして訪れる人生の悲劇である。
心の準備がなく、突然来るものだから、何も対処できない。一生賢明我を取り戻して冷静になろうとするが、衝撃が凄すぎて自分を取り戻せない。そして後から後悔する発言や行動をしてしまう。

突然だったので、
「嫌だ!別れたくない」と追いすがった。
別れたくないのに「わかった」と言ってしまった。
あとから考えたら、なんであんな言葉を言ったの?なんであんな行動を取ったの?と後悔してもあとの祭り。でも、それは仕方ない。あのときは、パニックだったから。

彼から別れ話をされた女性は、そのことにとりつかれてしまう。
取り憑かれて取り憑かれて・・・頭がおかしくなってしまう。
彼が発した「別れよう」という言葉は、やがて言霊となって実現する。
それが恐くて怖くて、とりつかれてしまう。

ダメダメそんなことばかり考えては。
気を取り直して別のことを考えようとするが、二、三分たつと、またそのことを考えてしまう。どうしてこんなことが起きるのか見当がつかないまま時間が過ぎてしまい、やがて彼と別れが決定的となる。別れは阻止できないのである。

この辛い状況から、どうすれば立ち直れるか?
私は毎日、そういった類いの相談に乗っている。
そして私の仕事は、心情を理解して希望を与えること。
「最悪な状況から光を与える」これが私の仕事。

こんな辛い状況でも、プラスになるものはある。
今、これをどうやったらチャンスにすることができるだろうか?どうやったら希望を与えられることができるだろうか?私の思考は、そのことで頭がいっぱいとなる。

そして私の仕事は、心情を理解して希望を与えること。心情を理解して希望を与えるということは、お客様と共に希望のある目標を立てること。2020年8月3日、あなたは彼氏と別れた。では、来年の7月3日にあなたは素敵な新しい彼氏と結婚しよう。別れた元彼に「倍返しだ!」という計画を立てる(笑)

「倍返しだ!」
半沢直樹?(笑)

お望みなら、こういったドラマも作れる。
未来の希望はいくらでも制作できる。


今はダメでも、未来には必ず希望がある。
それを作るのだ。
あなたと一緒に。

彼氏に振られた・・・この辛い体験があるからこそあなたは強くなれる。
未来を作ろう、希望のある未来を。



私は皆さんの悩みをたくさん聞いている。

いつも思うことだが、

この悩みをどうすればチャンスに変えられるか?

そのことばかりを考えている。

私の仕事は皆さんに「希望を与えること」

いつも「どうすれば希望を与えられるか?」そのことばかり考えている。

この人の幸せって何だろう?
この人の希望はなんだろう?
私の頭の中は、その人に合わせた改善策がグルグルとまわっている。


私が手相を観るのは、希望を与えること。

手相には希望がある。
下手な人間の考えより、手相の方が未来の希望を導いてくれる。
私は手相の力を素直に信じて、そこから目標を立てる。
目標を立てるには、とても有効な手段として手相鑑定を行なっている。

手相とは何?
それは、あなたの意識だ。
あなたの基本である意識が、潜在意識となって手のひらに表れるのを手相という。占い師は、この手相を観て鑑定を行なう。

もちろん見方は占い師によって違う。私はこの手相を成功哲学の目標としている変な占い師だ(笑)だから、私は占い師というより、哲学者だ。目標を定め、成功哲学に乗っとって鑑定していく。ここにやり甲斐と生き甲斐を感じている変な占い師だ。

まあ、私のことはどうでもいい。手相の話を続けよう。
先ほども述べたが、手相は希望を与える目標だ。
だが、この希望は、この目標は、人によってまちまちだ。
まちまちを千差万別という。
指紋と同じように、誰ひとり同じ手相はない。
それこそ、宇宙のようだ。


個人個人の手相には、宇宙空間が広がっている。
この広大な宇宙から、希望という目標を見つける。
これは正直言って至難の業だ。
私はその至難の業を、こともなくやってのけている。
長年の経験と直観が、なす術を手に入れたと自負している。

さて、手相による希望と目標はそれぞれ違う。
目標を順調に達成する人もいれば、努力しないと達成しない人もいる。大半の人は努力しないと達成しない人が多いので、ここに私の出番がある。私の哲学が、複雑な問題に対処していくのである。

この人の幸せって何だろう?
この人の希望はなんだろう?
私の頭の中は、その人に合わせた改善策がグルグルとまわっている。

そのときの姿は見せられない。対面鑑定をしながら、電話鑑定をしながら、お客さんとの会話の中で、頭の中は(どうすれればいいか・・・)とグルグル廻っているのである。

手相から希望や目標が見えたとしても、鮮明ではない。自信のない人はくじけたような弱き線となって不鮮明になっている。このかすかな希望線に、かすかな目標線に、力を注がなければいけない。

悲観のとき、どうやって心を強くするか?
私の頭の中は、いつもそのことでいっぱいである。

今、これをどうやったらチャンスにすることができるだろうか?という発想しか私の考えにはない。ピンチをチャンスに変えることで、心は強くなる。これをお客さんに伝えるしかない。


人は危機に遭遇すると、ずいぶん長い間、普通の生活ができなくなる。ものごとを悪いほうばかり見る癖がついて、役立たずになっている。不眠症、食欲不振、さらにはさまざまな苦しい状況からどうやって抜け出していいのかさえもわからなくなっている。悪いこと、辛いこと、これから起りそうな不吉なことばかりに気持ちが向いている。

家族や友人の助言は、まったく役に立たず、逆に傷ついてしまい、家族や友人の意見など聞くのではなかったと、ムッとするのが関の山である。危機に面した人は自分で自分の不幸の突破口さえ見出せないのである。

「いつかこの辛い経験を自分の人生に生かせる日がやってくる」と言われても、そんな言葉に耳を貸す気はさらさらないのである。

悲観の時は「苦しみの中かに貴重な教えが含まれている」とは考えられない。こんな辛い目に遭うのは自分のせいではなくて、ほかの人が原因なのだと思い込んでしまう。だから、状況が変わってくることを願いながら、ひたすら苦しみもがくしかない。

私のお客さんはそういう人が多い。
それを私は嫌だと思わない。
むしろ歓迎している。
またひとり、「幸せにするお客さんが増えた」と喜んでいる。

そして、この複雑な辛い状況の中から、今、これをどうやったらチャンスにすることができるだろうか?どうやったら希望を与えられることができるだろうか?私の思考は、そのことで頭がいっぱいである。



今の仕事を変える勇気がなかったら、今の仕事で満足しなさい。
今の恋愛を変える勇気がなかったら、今の恋人で満足しなさい。

思いっきり変えることも大切だが、変えないことも大切。
「継続は力なり」は変えないことに意義がある。

思いっきり変えることには勇気が必要。
あなたには、その勇気がないのかもしれない。
勇気がなければ、後者の継続する方に力を注いだらどうだろう。

人生は変えても変えなくても、どちらでもいい風に動く。あなたのペースであなたの信じた道を歩いていけばいい。問題なのは、どちらも中途半端な気持ちでいること。優柔不断は人生を破滅させる、そこだけ注意して、あなたの進みたい道を選べばいい。

私には変える勇気がないとすれば、今あるもので満足するしかない。
そのときの注意点は、隣の芝生は青いと感じないことだ。
隣の芝生が青く見えるには、変な情報によるものが多い。

今は情報過多の時代。あふれんばかりの情報があなたを惑わして情報の暴飲暴食であなたの健康を害している。あなたが必要とする選択は今あるもので満足することだ。今の仕事、今の生活、今のパートナーで満足することだ。隣の芝生が青く見えると、今の仕事で満足できず、今の生活で満足できず、今のパートナーで満足できず、あなたは隣の芝生めがけて飛びだしていってしまうだろう。

思いっきり変えて成功する西洋哲学もいいが、今あるもので満足する東洋哲学もいい。あなたは西洋思考か?東洋思考か?どちらの思考かはあなたが決めればいい。

私も若いころは西洋思考で、年齢を重ねてから東洋思考に傾いている。まあ、どちらでもいい。西洋思考でも東洋思考でも、どちらも良い部分を取り入れて、沖川の思考にしている。

私のブログは西洋思考で語る記事もあれば、東洋思考で語る記事もある。また沖川独自の視点で語ることもある。あなたがどちらを採用するかは、あなた自身に任せる。和洋折衷(西洋の思考と東洋の思考)を取入れてももいいではないか。

さて、今日のお題は、変えないことの記事。
「継続は力なり」は、変えないことに意義がある。
だから、よそ見をしないで変えないことだ。
最後までやり遂げるまでは変えないことだ。

今の仕事がつまらないと思っても好きになること。
しょうがないね、あなたが選んだ仕事だ。
嫌になるより、好きになることに心がけよう。
好きになるまでとことんやれば、満足が得られる。
満足が得られれば、自分はこの道で生きていくしかないという信念も生まれ、よその仕事に興味が持てなくなる。隣の芝生より、自分の芝生が青く見える。自分はここで生きていこうという決心も生まれる。

今の生活がつまらないと思っても好きになること。
ありきたりの平凡な生活かもしれない。
ときめきも刺激もない生活かもしれないが、
嫌になるより、好きになることに心がけよう。
好きになるまでとことんこの生活を楽しめば、満足が得られる。
満足が得られれば、自分はこの道で生きていくしかないという信念も生まれ、よその生活に興味が持てなくなる。隣の芝生より、自分の芝生が青く見える。自分はここで生きていこうという決心も生まれる。

今の恋人が欠点だらけでも好きになること。
彼は自分勝手な男かもしれない。
彼女はヒステリックな女かもしれない。
彼は思いやりがなく冷たい男かもしれない。
彼女は束縛が激しく重い女かもしれない。
それでも、嫌になるより、好きになることに心がけよう。
好きになるまでとことんこの恋愛を楽しめば、満足が得られる。
満足が得られれば、自分はこの道で生きていくしかないという信念も生まれ、よその異性に興味が持てなくなる。隣の芝生より、自分の芝生が青く見える。自分はここで生きていこうという決心も生まれる。

結局人間は自分の信じた道を行くべし。
ぶれてもしょうがない。