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コロナ禍で起きている現象は、まずカップルが会えなくなったことです。

今まで週に1回会っていたものが、会えなくなった。会えなくなれば連絡頻度も当然の如くに下がってきます。

「コロナだから仕方がない、今は自粛するべきだ」ということは分かりますが、なんかやるせない気分ですよね。

今までのような気軽な外のデートができなくなった。コンサート会場やイベント会場にも行けないし、旅行も行けない。外食も時間制限があってゆっくりと過ごせない。コロナウイルスは、まさしく人々の楽しみを敵に回している、そのような存在です。

去年からのコロナウイルスの影響で、世界の大都市がロックダウンし、日本も昨年の春から生活が一変しました。それと同時に世の中のカップルの付き合いも大きく変わってきました。

私のところでも、コロナがきっかけで関係が深まるカップルもいれば、別れるカップルもいます。前者は稀で、ほとんどが後者のカップルばかりです。

コロナ禍における緊急事態宣言は、カップルにも起きています。

まさしく今はカップルの緊急事態宣言です。

コロナとどう戦うか?
コロナの戦いは医療機関や政府に任せて、あなた自身は感染対策をしっかりやるしかありません。コロナとの戦いより、あなた自身の戦いの方が重要だと思います。コロナとの戦いというより、人間との戦いと言った方がいいでしょう。


コロナ危機で、別れの危機を抱いたカップルが私のところにはたくさん来ます。
そういった人たちにどんな希望を与えるか?それが私の仕事となります。

コロナの影響で、彼と連絡が取れなくなった。彼の精神状態がおかしくなった。わたしと会うのを避けている。今後、二人の関係はどうなるのか?不安で仕方ない。

このような人は、手相を観るようにしています。

手相は私の専売特許で、今後の恋愛を占うのに、もっとも優れたツールです。手相によって、あなたの未来を予測します。

コロナ禍の緊急事態宣言で、いちばん効果を発揮しているのが手相です。今度彼との恋愛がどうなるのか?手相を観れば一目瞭然だからです。また彼との恋愛が今後悪い結果になったとしても、案ずることはありません。未来に彼以上の素晴らしい線があるからです。

手相占いの優れたところは、今の緊急事態で騒ぐことではありません。そんなものはどうでもいいのです。また今の緊急事態の騒ぎを鎮めるのも手相が十分威力を発揮します。

未来に希望がある。
未来に目標がある。
手相に導かれた未来観があれば、今の困難な状況はなんとか乗り越えられるからです。

もちろん手相だけではありません。
私のカウンセリングもあなたに希望を与えます。
長けたカウンセリング能力で、あなたの未来をバックアップします。


今の自分は「幸せか?」と質問されると、「幸せではない」と答える人が多いとする。

何も成し遂げられていない自分は幸せでない。
結婚もしていない、お金もない、夢もない、目標もない、ないない尽くしの私が幸せであろうはずがない。きっと結婚すれば、お金持ちになれば、目標を達成できれば、夢が叶えば、きっと私は幸せになれるだろう。

何だろうね、幸せになれる根拠とは?
・・・を得られれば幸せになれる。
・・・を成し遂げられれば幸せになれる。
・・・という状況になれば幸せになれる。
人は・・・という妄想が好きである。

幸せになるための条件は、お金、パートナー、やり甲斐のある仕事、家、車、学位や地位、人間関係などを手に入れることを条件に、自分の幸せを決めている。それが手に入らなければ、自分は幸せになれないと勘違いしている。

私たちは現在の幸せを楽しもうとせず、なんらかの出来事があるまで幸せになることを延期する傾向がある。そんなことをしていると、幸せはいつまで経っても来ない。未来の幸せは未来永劫来ない。今日という日を出来るだけ幸せを感じるだけで、人は幸せになれるのに、多くの人は未来に幸せを託してしまう。

幸せは今にある。たった今、あなたの目の前にある。
だから、今が最悪な状況でも幸せを感じるようにしよう。
お金がなくとも、恋人がいなくても。
退屈でも、暇でも。
ボーと生きていても。
今を幸せだと感じて楽しもう。
もうあなたは待つ必要ない。
そもそも幸せになるために待つ必要ない。
遠くにある幸せを待つより、今を楽しめばいいのだ。

退屈は不幸か?不幸ではない。
退屈こそが贅沢な幸せだ。暇な人生ほど豊かなものはない。ボーと生きていれば、余計な体力もお金も使わない。いちばん幸せなのは引退した恍惚じいさん、恍惚ばあさんかもしれない。退屈で、公園のベンチに腰掛けて景色をボーと眺めている。暇という最高の退屈を手に入れた人こそが最高の幸せだ。

恋人がいない私は不幸か?いや幸せだ。
良かったね、面倒なパートナーがいなくて。恋人が彼女なら感情的でヒステリックでうるさいし、恋人が彼氏なら嘘つきでいつ裏切るかわからないと心配ばかりするし、恋人がいれば常に感情的な軋轢と心配事と不安の種がつきない。いまあなたは恋人がいないの?そうなの最高だね。余計な心配事がなくなって良かったね。それであなたは十分幸せだ。

お金がない私は不幸か?
いや幸せだ。お金がなくとも、こうして生きている。人間生きていれば幸せだ。生きること自体が大変なこと。よく頑張って生きているな、あんたは偉い。人間生きていれば幸せだ。

目標の達成を幸せにする人がいるが、それは間違っている。目標が達成できれば幸せだが、その実現に向かって励んでいる今の自分がもっと幸せだ。目標達成の喜びは一瞬で終る。だが、過程は長い道のりだ。達成の瞬間に幸せを感じるのではなく、過程で幸せを感じることだ。達成より過程に幸せがある、その考えが正しい。

いずれにしても、いま幸せを感じることだ。
幸せは、他人の影響下あるものではない。
幸せは、何かを成し遂げて得るものではない。

幸せは、あなたの心の待ちようにあるのだ。




あなたは必死に頑張っています。
とても偉いと思います。

コロナ禍で売上が激減した飲食店など。
コロナ禍不況で売上が上がらず、赤字に悩まされ、金を貸してくれるところはどこもなく、借金の返済を迫られ、店の家賃も払えず、従業員の給料を払えず、いつ倒産するか分からないという不安に苛まされているあなたへ。

その中で苦難に対処するためには、必死になって在庫を処分し、住んでいる家を売り払い、売掛金の回収に走り回り、支払先には猶予をお願いし、処分できる資産や設備は売却し、従業員の給料も少し待ってもらい。考えられるあらゆる手段を打ち、大変な中で精一杯のたうち回るしかない。

これを見て、あなたはどう思いますか?
金策回りで苦しんでいる経営者を見てどう思いますか?

もしこれはみっともない、この方法は間違っていると思うのなら、あなたの考え方が間違っています。

大変な中で精一杯のたうち回る。これこそが最善の策なのです。ピンチのときは考えられるあらゆる手を尽くして必死に頑張る。これが最上の方法なのです。

また、どうしても立ち直れない経営状況なら、いっそのこと潰してしまい、体制を立て直して、また一から始めるのも策かもしれません。

病気のときもそうです。精一杯病魔と戦うしかありません。死ぬときは死ぬより他はないのです。

災難に遭えばあえとばかり、自ら置かれた場所でしっかり生ききり、死にきっているときが、人生の中でいちばん充実した時間といえます。

困難なときこそ、人は充実しているのです。それをお忘れなく。平穏な人生に充実感はありません。困難だからこそ、困難に負けないで頑張るからこそ充実できるのです。

死にきりの状態のときこそ、人生でいちばん充実した時間です。これはみっともない、こんな恥ずかしいことはしたくないと思わないことです。皆さん必死で頑張っているのですから。

コロナ禍で頑張っている経営者の皆さんを私は応援します。



離婚の相談で思うこと。

人生には、いろいろなしがらみがある。
家族の事情があって、金銭的な事情があって、いろいろなしがらみがあって、自分の選んだ生き方を一生貫き通せる人はほとんどいない。だが、あなたがもし自分は他人が決めた生き方をしていると感じたなら、そろそろ自分の夢を追い求める時期に来ているのではないだろうか。

自分は今の仕事を本当に楽しんでいるのか?
生活のため、お金のため、嫌々仕事をしているのではないだろうか。自分が望んでいない仕事をするのは苦痛でしかない。だが、そんなワガママを言っている場合ではない。自分の好きな仕事をやるとすれば、家族に迷惑がかかる、そんなことはとてもできない。

生活のために働く。
これが一般の人の考え方だと思う。人生とは生活そのものだ。愛でも恋でもない。生活が成り立たなければ、好きな人がどうのこうのと言っている場合ではない。また夢ばかり追いかけても、生活が成り立たなければ破綻する。みな、自分以外の他人(家族)の生活のために働いているのだ。

若者は、それが嫌で結婚したがらないのだろう。
愛は生きるための基本だが、自分の望む人生を犠牲にしなければならない。人を愛することは素晴らしいが、その代わり自分のやりたいことを犠牲にするしかない。自由の効かない束縛の人生、結婚という牢獄に若者はなかなか入ろうとしない。愛は自己犠牲の上に成り立つとでも思っているのかもしれない。

愛は自己犠牲の上に成り立つ。
男性目線で見ればそう見えるかもしれない。

だが、女性目線だとまったく違う見方となる。
女性にとっての愛は生き甲斐であり、これに勝る大切なものはない。人間は愛なしでは生きていけない。この目線で、多くの女性たちは見ている。

男性の自由だ、夢を追いかけると言ったところで、孤独ではなにもできない。自分の望む人生を歩みたいのなら、二人で支え合って、二人で協力して、望む人生を歩めばいい。女性の考え方では一人ではなにもできないよ「私と組もう」というのが主流にある。


二人で支え合って、二人で協力して、わたしと組もう。
結婚は1+1=2ではなく、マスターマインドを使えば、1+1=5にも6にもなると言われている。だが、これは本当に協力しあってのことだ。価値観が合わなくなれば、1+1=プラスだけではなくマイナスになることもある。マイナスになれば離婚も当然となる。

もし、マイナスの結婚生活を歩んでいるのなら、自分の人生ではなく他人の期待だけの人生となってしまう。自由のない、しがらみの多い人生。こんな人生では誰しも嫌になる。もし、あなたがそんな人生を歩んでいるのなら、そろそろ自分の夢を追い求める時期に来ているのではないだろうか。



「自己責任」という言葉を皆さんも聞いたことがあるだろう。
私は自己責任という言葉はあまり好きでない。何故かというと、自己責任という言葉は他人から言われるものではないからだ。自己責任は自ら噛みしめて自覚するもので、他人から言われたら、弱い者いじめに聞こえる。

世の中には弱者もいる。「これは自己責任だ」と言われたら、弱者は立ち直れない。他人が発する「自己責任」は弱い者いじめのバッシングにしか聞こえてならない。

大切なのは、他人から「どうのこうの」言われるより本人が気づくことだ。本人が事実をどう受け入れるかだ。気づいて受け入れることができれば、その人はもう弱者ではない。自らの責任において自分の人生を切り開いていける。

世の中は思い通りにいかないことが多い。それを運命や神様や他人のせいにしてはならない。自分の身にふりかかる出来事のほとんどは、自分のとった行動、あるいは行動しなかったことに原因があるのだ。このことに気づけば、自ら責任を取る方向に変えていけばいいということが理解できるようになる。

すべての原因は自らの行動と行動しなかったことにある。
後先考えず、間違った行動をしてしまった。
ここぞというときに躊躇してしまい、行動することが出来なかった。

間違った行動によるタイミングの悪さ。
躊躇して何も行動できなかったタイミングの悪さ。
これが、物事が自分の思い通りにいかない原因である。

それらは神のせいでも他人のせいでもない。
みんな自分のせいだ。自分のとった行動、または行動しなかったことに原因があるのだ。そのことに気づけば、自分の人生に起るすべてのことを自分で責任が取れるようになる。

そうなると、自分がかなりの責任を負う必要があるから大変だと思うかもしれない。だが、一度この事実を受け入れれば、今まで想像していた以上に、自分の人生を自由に自分で創造することができるようになる。

自分の人生に起きるすべてのことに責任とる。
他人のせいにすることなく、起きたことは自分で責任をとる。
責任をとったからといって、自分を卑下することはしないこと。
ダメなものはダメと受け止めて、どうすれば良くなるのかと好転する機会を狙うこと。ピンチをチャンスに変えるには、自分の創造力で変えるしかない。自分で責任を負う癖をつければ、事態を好転させる創造力がうまれる。この創造力によって行動を起こせば、事態は好転する。一度その仕組みを覚えてしまえば、自分の人生はすべて変えられる強者になれる。

そのために「自分の人生はすべて自分に責任がある」と気づいて、受け入れることだ。
神や他人のせいにすることなく、自分のせいだと素直に受け入れよう。
そのことに気づけば、あなたは自らの手で自分の人生に責任が取れるようになる。




男と女は不思議なものだ。
異性として愛し合うことができるからだ。
同性ではそういうわけにはいかない。
同性愛は別だが、一般的には同性への愛は友情を育むことの方が多い。

異性でも、友達と恋人は違う。
やはり恋人は特別な存在だ。
恋人ができると、人間は生きる基本を取り戻す。
その子をその人を守ってやる、そして大切にしてやるという感情が芽生える。
異性を大切にするのが人間の基本であり、これが生きる目的となる。

なぜなら異性でないと子供は授からないからだ。
子供は人類の宝だ。
この子がいるお陰で、お父さんとお母さんとの愛も深まる。

恋愛は人々の生き甲斐である。
それについては誰も否定しないと思う。

だが、現実は否定することばかりが起きている。男女の喧嘩は絶えないし、裏切って嘘をついて、相手を悲しませることが日常的に起きている。最悪の仕打ちは、別れる恐怖を相手に抱かせること。相手に別れの恐怖を抱かすことは、付き合った責任を放棄することになり、それこそ基本を失った人間となり、人間失格となる。

生き甲斐の基本を失った人が成功するわけない。
成功は愛の支えがあって成功するもので、愛の支えのないものは成功しない。

私の持論である、「独身は成功しない」はそこから来ている。

これは私の持論だけでなく、世界の統計でも出ている。
富裕層の92%は既婚者だ。
独身はたったの8%しかいない。
金持ちになることだけが幸せとは限らないが、お金のない人が不幸になる確率が高いのは誰もが知っていることである。また愛の支えのない人が、いくら仕事ができたとしてもそれはそれで不幸である。

愛は基本だ。成功したかったら、まず愛を大切にすることである。
仕事より、愛を優先させることである。

どんなに仕事が忙しくても、彼女が「会いたい」と言ったら逢ってあげよう。
どんなに仕事が忙しくても、子供が「パパ遊んで」と言ったら遊んであげよう。
相手へ愛を提供することで、成功するエネルギーが蓄えられる。デートしたあとの仕事ははかどり、子供と遊んだあとの仕事ははかどり、かえって充実していい仕事ができるようになる。

なぜ、そうなるのか?
それは成功する神がバックアップしてくれるからだ。
面倒くさがって、彼女の要求を無視して子供要求を無視する人は、成功する神はバックアップしてくれない。逆に成功から引きずり下ろす行動に出る。その最たるものが、仕事を不効率にしてしまいブラック化にすることだ。そのせいで「いっぱい・いっぱいで、しんどい・しんどい」という言葉しか出てこないだろう。

人間はやはり生きる基本を持たないとダメ。
恋人を大切にし、結婚したら家族を大切にすること。

結婚前の恋愛は人生の生き甲斐である。
これを粗末にする人は、失敗組の人生を送る。
基本を忘れた人が成功するわけがない。
この仕事をして、これが如実に解ってきた。


他人を批判することは楽しく、一時的に優越感を覚える。だが他人の批判は不平・不満と同様、他人のあら探しが習慣となってしまい、その不快さゆえに友人を遠ざけ、敵をつくる原因となる。

敵を作るのは敵を批判すればいい。敵を批判すれば、それがどんどんエスカレートしていき本当の敵となるだろう。国同士でも相手を批判することが日常的にエスカレートすればするほど相手は強大な敵となる。人間関係でも相手を批判することが日常的にエスカレートすればするほど相手は強大な敵となる。

他人のあら探しの危険な点は、それがどんどんエスカレートしていくことだ。これによって国同士では戦争が起き、恋人同士なら別れることになるだろう。

他人の批判は、一時的に優越感を覚えるが、でもこれはとても危険な娯楽である。他人を批判することを覚えた人は、絶えず犠牲者を探し回り、標的となる人がいなくなると、今度は自分自身を犠牲者にしてしまうからだ。

不平・不満の多い人の話を聞いていると、その裏では自分を虐待している。相手の批判が多い分、自分への批判も多い。相手への批判が自分に返ってきているのだ。「他人の不平・不満=自分への虐待」となっている。「どうせ、自分なんか誰も相手にしてくれない。自分は何をやってもダメな人間だ」というような、自虐的な発言をする人が多い。

この自分を責める自虐的な発言はどこからくるのか、それは相手の対する不平・不満の批判からきている。相手を批判すればするほど、批判がどんどんエスカレートしていけばいくほど、自分自身に返ってきているのだ。

他人を批判すれば、自分に返ってくる。そうなると、ついに自分自身が自分の最大の敵となってしまう。

他人の批判=自分の批判。
この公式を頭に入れよう。
そうすれば、他人のことを好意的に考えることができる。
それによって、いちばん得するのは自分自身だ。

相手への好意=自分への好意。
この公式ができれば、人類は平和で、男女は結ばれることになるだろう。


金儲けのために仕事をする。
この考えが通常だと思う。
仕事はお金を得るためにするものだからだ。

だが、金儲けのために仕事をしたらかえって成果がでない。
欲望は失敗に終るようにできている。

本人は頑張って努力しているのに成果がでない。
この頑張りと努力は、うさんくさい欲望に支配されているとなると、ものごとは希望通りにいかない。希望どころか、かえって逆のなにをやっても失敗する道へいくだけである。

失敗の連鎖反応は欲望から。あれもこれも欲しい。これだけあれば、今後の人生は自由に遊んで暮らせる。豪邸に住んで高級車を乗り回し、年の半分は海外のリゾート地に旅行に出かけ、たくさんの美女とデートができる。多くの殿方が、こんな夢を抱くだろう。欲望に狂った馬鹿げた夢を。

だが、この要望は失敗に終る。
こんな馬鹿げた夢は達成しない。
欲望は夢を潰すようにできているからだ。

では、どうすればいいか。
ここから先は、私の考えとなる。
仕事を趣味のように楽しめばいい。
そのために好きな仕事をすること。
好きな仕事なら、趣味のように楽しむことができる。

楽しむということに欲望はいらない。
金を儲けようという気持ちもさらさらない。
ただ、好きな仕事をしていて、それに見合った対価が入るだけ。
さらに好きになればなるほど、自然に対価が増えるだけ。
本人は対価が増えることを望んでいるわけではない。
ただ、この仕事が好きなだけだ。
好きだからこそ、健康である限りずっと続けられる。
金儲けではなく、自分の生き甲斐としてこの仕事を続けられる。
そこに生き甲斐がある。
以上が、仕事に対する私の考え。

もちろん私にも欲望はある。
もっと儲けたいという欲望が昔はあった。
だが今は、儲けより趣味と同じ感覚で仕事を楽しんでいる。
趣味なら疲れない。趣味は楽しいからだ。
仕事を趣味にすることで、なんか新鮮な気分となった。
好きなことをやって生きる。これこそが人生のテーマとなったのかもしれない。

恋愛も趣味のように楽しんだらどうだろう。
欲望があると結ばれないよ。
欲望は新鮮な恋心を汚すから。
欲望が中心となれば、恋愛は失敗する。

失敗の連鎖反応は欲望から。彼の愛情がもっと欲しい。わたしのことをずっとずっと大事にして欲しい。誕生日は指輪のプレゼントが欲しい。クリスマスは豪華な食事と豪華なホテルに泊まりたい。結婚したら子供を3人生んで、豊かな生活を満喫したい。あれもこれも愛で満たされた幸せな生活がしたい。多くのご婦人がこんな夢を抱くだろう。ハッピーな愛の世界を。

だが、失敗に終る。
こんな馬鹿げた夢は達成しない。
欲望は夢を潰すようにできているからだ。
日本人の平均年収でこんな夢を抱く方がもっての外だ。

これから先は、また私の考えとなる。
恋愛を趣味のように楽しめばいい。
決して本気にならないこと。
本気になれば、欲望が先走り、楽しむことができなくなる。
だから、本気にならないためには、遊びでいい。
みなさんは遊びを勘違いしている。
遊びを騙されると勘違いしている。
遊びとは自由を意味していることに気づいていない。
だから、裏切りや騙されることではない。
好きな趣味に裏切りなどあろうはずがない。
そんな趣味は誰もやらない。
嘘とだましと裏切りの趣味など、誰がやるものか。
趣味は好きだから続くのであって、欲望にまみれたら続かない。
趣味は新鮮な気持ちで続けるもので、欲望で続けるものではない。
趣味は楽しむから、長く続くのである。
恋愛を趣味としてとらえる。
あなたもそんな生き方をしたらどうだろう。

そうなれば、誕生日は公園のおにぎりデートでもいい。
クリスマスは、マックのハンバーガーでもいい。
お金よりも。
好きな人いる時間の方が楽しい。
それが長く続くコツである。



誰にでもある。
忘れらえない思い出が。

よい思い出もあれば、嫌な思い出もある。

とくに失恋は嫌な思い出だ。
失った愛は、反省と後悔ばかり。
悲しくて、悔しくて、いつまでも執着してしまう。

頭では分かっている。
執着がいけないことは。

執着すれば人生を台無しにすることも分かっている。
わたしは30歳を過ぎているので、タイムリミットを考えれば、もう時間がないことも分かっている。

分かっているのに、なんでだろう。
なんで、執着しちゃうのだろう。

好きな人と別れたら、ほとんどの人がそういう状態になる。
男女関係なくそうなる。やはり好きな人との別れは辛いものだ。

男性は女性よりほんの少し前向き思考が高いので、悲しい失恋のあと、すぐに新しい彼女を作る傾向があるが、女性の方はすぐに新しい彼氏を作ることができない。やはり愛は女性にとっていちばん大事なもの。別れたからといって次にホイホイ行けるものではない。

女性は、愛の後始末をちゃんとつけたからでないと前には進めない。女性が前へ進むというこは、もう二度と過去を振り返らないことをいう。まだ、元彼が戻ってくる可能性があるうちは前に進めない。男性と女性では復縁を希望するのは圧倒的に女性の方が多い。別れた彼と復縁したいという気持ちがあるうちは、なかなか前に進めない。

彼との復縁は無理。また、あの不幸な出来事を繰り返す。たとえ戻ったとしても幸せにはなれない。頭では分かっているが、やはりそれでも愛に執着してしまう。わたしは女だ。わたしは物分かりの悪い女だ。だから、だから、自分でもどうしていいか分かない。失った悲しみで、時間を無駄にしている。


そこに対する答えはない。
なぜなら、そこから先は自分で答えを見つけるしかないからだ。

30歳を過ぎて、結婚を考えていた相手と別れた。
すぐに次に行かなければならないのに、なかなか次に行けない。
別れた相手に執着している。この現象はどこにでもある。

皆さん、頭では分かっている。
このままではダメだと。
だが、感情がついていけない。

それに対する私のアドバイスは。
理解を示しながら、なんとか前に進めることしかない。別れた悲しみを享受して、反省や後悔も同情して、失敗から学び、失敗を次に活かすことを心がけ、あなたの背中を押して前に進めるしかない。

手相で、すぐに次の相手の線が現れていればラッキーだが、大失恋のあとはそうはうまくいかない。執着心の強い心は、4年後のオリンピックと同じ周期を待つことになりかねない。執着が消えるまではそのくらいかかるからだ。

今から4年待つ?
30歳を過ぎて4年とは…人生終わりだ。タイムリミットが過ぎてしまう。私はそれを阻止したい。だから、執着をやめて前へ進むことを、一生懸命アドバイスする。私のアドバイスがすべて正しいとは限らない。だが、未来のあなたを思って懸命にアドバイスするしかない。時は待ってくれないからだ。

そこから先はあなた次第だ。
私のアドバイスがすべて正しいとは限らない。でも、あなたの人生はあなたが決めることは正しい。あなたの人生だ、あなたが決めればいい。今後どうしたいか?あなたが決めればいい。

あなたが決めるということは、あなたがやる気を出したということだ。人間やる気があればなんでもできる。私の鑑定を受け、あなたが少しでもやる気を出してくれれば、私のお役目ごめんとなる。あとはあなた次第だ。


執着はどの世界でもいけないという。
執着は持ってはいけないという。
だが私のところでは、執着は仕方ないと思っている。
執着はいけないが、執着をバネにすることができる。

執着する人間はとても頑固だ。
この頑固さをバネにすれば、根性に変わり、最終的には信念に変わる。

執着=頑固
頑固=根性
根性=信念。
執着は信念まで育てることができる。
世の中は紙一重だ。
執着も紙一重なら信念となる。

だから、いまのうちに執着していなさい。
それが信念に変わるまで。

私はそれが見たくて、あなたの鑑定依頼を受け、あなたにアドバイスをしている。
あなたが変わることを期待しながら。


自分の考えが悪いと思わないこと。
たとえ、妄想であっても。
妄想中のわたしは変なことを考えている。
妄想中は、悪くてずるい考えと欲望が多々ある。
ときどき、自分はなにをバカなこと考えているのだろう?と、悲しくなる。
妄想の中味は人に言えない。恥ずかしいことだらけだからだ。
もし人に言ったら、「バカな考えはやめなさい」と言われる。
それで、妄想を抱いた自分が嫌になる。

しかし、自分が抱いている考えで自分を責めてはいけない。
妄想もあなたの考えだ。
自分が考えたことを悪く思わないこと。

妄想を悪く言う人もいるが、私自身はそう思わない。
私の今の仕事だって、出発点は自身の妄想からだ。
占い師になる前は普通のサラリーマンだった。科学や理論を信じている普通のサラリーマン。現実的なサラリーマンが、非現実的で非科学的な占い師になるなんて、気が狂った妄想にしか過ぎない。だが、自分はこの気が狂った妄想で占い師になって今日を築いた。人並みに生活できるようになったのも妄想のお陰である。

なぜ現実的なサラリーマンが占い師になったのか?現実世界で挫折したからだ。現実の社会は厳しく、努力しても裏切られる世界がまかり通っている。企業の奴隷になって思い通りにいかない煮え湯をたくさん飲まされた。そこで考えた。もう二度と組織の奴隷にならないと。二度と企業の奴隷にならないと決めた。

そこから何をやろうか・・・そこから妄想の連続である。
悩みに悩み抜いて、考えに考え抜いて、妄想に妄想を重ねて、朝から晩まで雑念の中にいて、自分は何をバカなことを考えている。バカな妄想を繰り返し繰り返して、この占い師という道にたどり着いた。

妄想や雑念は時間の無駄である。
妄想や雑念は自分を苦しめるだけで失敗に終る。
妄想や雑念からは何も良いことは生まれない。
妄想ばかり抱いていると、それこそ鬱になって頭がおかしくなる。
というふうに、妄想を抱くのは悪いことだとされている。

だが、私はそうは思わない。
妄想だって自分の考えだ。
自分の考えを悪く捉えるものではない。
妄想でも、自分の考えだ。
自分の考えは、全て良いことだと受け入れよう。

さらに、当時を思い出して解ったことがある。
妄想から次の事業に展開するためには、窮地に追い込まれて必死になることだ。つまり、窮地に追い込まれた妄想が真価を発揮することになる。良い妄想は挫折の中から生まれる。このままでは生きていけないという人生の危機から生まれる。そこから必死にどうしょうかと考える。そのときは何をやっていいか思いつかない。だが、窮地だ、人生最大のピンチだ。将来は不安なことしか考えられない。そこからどうやって抜け出そうか?夜も寝ないで、必死になって考えるから、妄想は生きてくるのである。妄想に息吹を与えるのは。窮地に追い込まれて必死になるからだ。

余裕があるとき、妄想は真価を発揮しない。
余裕のある妄想は、それこそお遊びだ。
それこそ奇想天外なバカな考えとなる。
雑念、妄想、時間の無駄、役に立たない考えが、余裕のあるときだ。
ほとんどの妄想は余裕のあるときに起きている。
皆さんの妄想もそうだ。
妄想の中で苦しんでいるが、まだまだ余裕があるから閃かないのだ。
その証拠に余裕のあるときの妄想は、考えるだけ考えて、何一つ行動しない。
行動しないということは、まだ余裕があるということになる。

真価を発揮する妄想は、やはりピンチのとき。
ピンチが妄想を駆り立て行動も駆り立てる。
人が動くときはピンチのとき。
平穏のとき人は動かない。

あなたはもうちょっとで動くだろう。
いっぱい、いっぱい考えた妄想にピンチを与えて動くことになるだろう。
そろそろ行動するときが来た。
今度は頭を動かすより体を動かそう
心技一体となってこそ、あなたの妄想は生かされるのである。