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エーリッヒ・フロム言葉を引用すると。

欲望とは、「外に対しての願望」。 外に対しての願望は、あれが欲しい、これが欲しいという物欲。

それに対して希望とは、「自らのうちに求めるもの」 すなわち、「どうありたいか」、ということ。

さらにネットで検索すると。
希望とは、自分がこうありたい、誰かにこうしてほしいと願う心の事で、具体的な最終目的地があるもののこと。例えば「入社を希望する」「大好きな人と両想いになりたい」といった具体的な望みの事。

一方欲望とは、物質的な望みの事で「お金持ちになりたい」「人から羨ましがられる様な良い暮らしをしたい」「毎日ぐーたら好きな事だけして生きて行きたい」といった、いつまでもゴールにたどり着かず、欲が欲を生み、いつまで経っても満たされないような望みのことである。

なるほどね。ネット検索、いい勉強になりました。


では、私の考えではどうかというと、

欲望は人間の生存本能で、希望はその本能を超越する生き方。

欲望と希望は人間があわせもっているもので、欲望から希望が生まれる。


欲望によって失敗するれば、痛めに合う。悲観によって極度の心配症になる。心の中は不安だらけでネガティブスパイラルに陥る。

このままでは生きていけない。だから何かをしなければいけない。考え方も変えなければならない。そこで、欲望を超越した考え方を持つようになるのが希望である。

考え方が希望になるのは、試練を乗り越えなければいけない。人間が持つ欲望は、なかなかしつこくて頑固。なにせ生存本能だから、これを剥がすのは困難。どうやって欲望をなくすか、これが最大の試練となる。

この試練に打ち克つには、達観した心を持たないといけない。

「あきらめよう、そうすればうまくいく」はここからきている。これが、達観した考え方だからです。

あきらめたら人生は終わりか。
いや、終わりではない。
人生は欲望をあきらめた時からうまくいくようになる。

世の中にはあきらめてうまくいった人が無数にいることも事実。欲望をあきらめたとき、希望が出てきて、新たな目標もできた。それによって自分の願いが叶った人も多い。

今にして思えば、あのまま欲望にしがみつかなくてよかった…しがみついたら今頃自分は不幸になっていた。こういった経験を持っている人も多数いる。人生とは経験。達観した心になるには、痛みを分けた経験が必要となる。

多くの人は自分の欲望を成し遂げることに一生懸命になるが、やり方も性格もそれぞれ違う。この例を戦国武将で見てみよう。

戦国三武将である織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の性格を日本の渡り鳥であるホトトギスを用いて歌っている俳句があります。

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」(織田信長)
「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」(豊臣秀吉)
「鳴かぬなら鳴くまでまとうホトトギス」(徳川家康)


どちらもホトトギスを鳴かすことだけに目標を持った俳句ですが、この三つの俳句以外に4つ目の俳句を詠んだ人がいます。それは松下幸之助です。

「鳴いても鳴かなくてもどうちらでもいいホトトギス」(松下幸之助)

松下幸之助の句の方が希望があると思いませんか。

戦国三武将はホトトギスを鳴かすことに欲望を持った。
松下幸之助は、どちらでもいいと欲望を捨てた。
欲望を捨てることで希望が生まれる。
松下幸之助の句を詠んで、私はそのように解釈しています。

何が言いたいかというと「希望とは欲望を超越したところにある」ということです。


最初は誠実でも、あとから不誠実な態度をとる。

最初はマメでも、あとからマメでなくなる。

最初は約束を守っていても、あとから約束を守らなくなる。

最初は毎週会っていたが、あとから数か月も会えなくなる。

最初に期待させておいて、あとから期待を裏切る男性。不誠実でいい加減な男性。なんか…最近こういった相談が多くなった。。

表面的には誠実でも、中身はいい加減な男性と付き合った相談が多い。どうしちゃったの日本男子よ!と叫びたくなってしまうのは私だけだろうか。

こういったタイプと付き合った女性はさぞかし苦しいだろう。だが、凝りもせず、今日のカウンセリングは、こういったタイプの男性と付き合って苦しんでいる女性たちの相談ばかりだ。

今日は、4人続けて、同じような悩みを抱えた女性が私に鑑定を依頼をしてきた。

いつものことだが、女性は連絡が取れなくなると苦しむものだ。

苦しみは、どのように表現していいか?分からないほど酷い。

「連絡が取れない=危機」とてつもない不安と恐怖が押し寄せてくる。

連絡を止めて何も思わない男性たちに言いたいことがある。
連絡を取れなくなるとは、女性たちに地獄の苦しみを与えることに等しい。
そのことを是非覚えていてほしい。


男性が連絡を取らないパターンはいつも同じだ。

仕事が忙しくなった。

この理由ばかり。

忙しくて連絡ができない。
今は仕事だけに専念したい。

男と仕事の意味が分からない女性は、それでも連絡くらいはできるだろうと思って連絡するする。だが、返事は来ない。既読にさえつかない。返事がない…と愕然する女性は、もう恐くて二度と連絡ができなくなる心境に追い込まれる。

そして、あらぬ女性特有の妄想が始まる。他に好きな人ができた…もう私にあきた、私に冷めた、私のことが嫌いになった…とあらぬ妄想を繰り返す。

なぜ、女性はこの心理状態になるのだろうか?たかだか連絡が取れないくらいで、なぜそこまで自分を追い込むのか?その辺が男性には理解できない、女性の意味不明な妄想は理解できない。

男性という生き物は、その辺はまったく理解できない生き物だ。理解できないものに苦しんでも意味がないこと。

また、男性は説明不足だ。女性の気持ちを組んで安心できるような状況説明がとても苦手である。ただ、単に仕事が忙しいから我慢しろ、みたいな態度しかとらない。説明不足で女性たちが苦しんでいることをまったく理解できないようにできている。

それを私が説明する。
彼に代わって私が安心できるような説明をするしかない。男と仕事。女性が恋が命と同じように、男性も仕事が命である。この命が忙しくなった。この命が大変なことになっている、緊急事態だ。そうなると世界中のどの男性も、恋愛をストップさせて仕事の緊急事態にすべての時間を費やす。

恋愛をストップさせて、全エネルギーを仕事に費やすのが男の性格。これをありとあらゆる方法で、女性たちが納得するように理解を促すしかない。

彼がやらない分を私がやっている。彼の説明不足を私が代わりに説明している。

それでも、女性たちはなかなか納得しない。

納得するのは本能からして無理だと思う。

それは私も承知している。

何十万年も組み込まれた本能のDNAをは、そう簡単に納得させることはできないからだ。

それでも、私と話していれば、少しは納得できて、苦しみは軽減されるようだ。

苦しみの軽減は、だいぶ骨の折れる仕事。

それを毎日理解しながら繰り返すしかない。

男性たちがちゃんとやってくれれば、こんな骨の折れる仕事はしなくていいはず。だが、今は表面的には誠実でも、中身はいい加減な男性が多くなっている。私の骨の折れる仕事はまだまだ続くだろう。

説明責任の下手な男性が多くなっている。
付き合えば説明責任を放棄するのではなく、付き合えば説明責任を果たすべきである。女には男の道理は通用しない。女性を安心させる細かな説明責任が必要なのである。



希望や目標を持ち前に進もうと行動しても、良い流れにならず良いイメージをするほど前に進むのを遮るような出来事が起きたりして良い流れになりません。良くも悪くも、ふと感じる直感の方が当たり後から後悔する事もあります。希望や目標や願いを叶えるには、強く思いすぎない方が良い流れになる事もあるのでしょうか?

人の心には陰と陽があります。
陰はネガティブで陽はポジティブ。陽は良いことで、陰は悪いこと。人の心は常に紙一重です。どっちに転ぶかをコントロールするのは、自分自身です。

女性は直観の生き物です。
良くも悪くもふと感じる直感を大切にしてください。ただ直観ばかりに頼っても、物事は完成しません。直観の大半は、悪いことばかりが当たるからです。

物事を完成させるには、希望が必要になります。
希望も直観だという人もいますが、私は別だと思います。希望とは悪いことを考える反対の理性の部分だと思います。そしてこの理性は、たゆまぬ努力と勉強によって磨かれます。

悪いことの直観は、自身の性格でいつでも感じることができます。とくに傷つきやすく繊細で神経質な性格を持っている女子なら、いつでもその能力を発揮することができるでしょう。

だが、それでうまくいった試しがありません。なぜなら目的を達成する前にストップしてしまうからです。最悪な事態や危険は避けられても、自分が望んでいる結果にはなりません。

自分が望んでいる結果にするには、
直観を信じながら、希望や目標を持つことです。


あべこべなことをいっていると、矛盾に感じた人もいるでしょう。いいのです、人の心は矛盾だらけですから。矛盾の中に答えがあるのです。

では、説明していきましょう。
物事を達成するには、ネガティブとポジティブが必要です。ネガティブばかりでも失敗するし、ポジティブばかりでも失敗します。両方のバランスをちゃんととれているから物事が達成するのです。

バランスの取り方は。
ポジティブ3にネガティブ1です。

希望や目標を持ち前に進もうと行動しても、良い流れにならず良いイメージをするほど前に進むのを遮るような出来事が起きたりして良い流れになりません。これは、ネガティブ3でポジティブ1の思考を持っているからです。

わずかに希望はあるのですが、ネガティブ思考の方が強く、結果として悪い直観の方が当たり、自身を苦しめることになっているからです。

この流れではもとの木阿弥(一度良くなったものがもとの状態)に戻るだけです。さらにリバウンドして下手な希望を持った分だけ傷が悪化して状態はさらに悪くなる。悩みとはそうやって深くなるものです。

希望や目標や願いを叶えるには、強く思いすぎない方が良い流れになる事もあるのでしょうか?
希望や目標は強く思いすぎても一向に構いません。むしろ強く思いすぎた方がいい結果になるのは間違いありません。思うようにいかないのは、希望より、ネガティブの方を強く思いすぎているからです。そういう思考を持っている人は、知らず知らずのうちに、希望をネガティブに変えているのです。

戦いです。
希望は、ロマンや空想ではありません。
希望とは、戦いなのです。

この戦いに勝つには、たゆまぬ努力とたゆまぬ勉強が必要です。
これを自助努力といいます。
自助努力なくて希望は叶いません。

悪いことを考えるのは簡単です。
今まで生きた経験で、悪いことばかり考えればいいのです。そうすると悪い直観をふんだんに備えた性格が出来上がります。それが常にネガティブMAXの自分を作るのです。ネガティブな考えの多い人生では、自分が望んでいる幸せは手に入りません。

だから、戦いなのです。
悪い考えと、悪い直観と、悪い性格をかえるための戦いです。
希望は、ロマンや空想ではありません。希望とは、戦いなのです。それに勝った者が自身の夢を叶えられるのです。


どなたも、一生貫く仕事があるといいですね。
一生貫く仕事であれば、縦軸の目標はいらないからです。

縦軸の目標は疲れます。
目標を高い位置に設定してそこに向っていくからです。下からやっとの思いで頂上に達したときは喜びもひとしおで満足感も大きいでしょう。でも、この満足感はすぐに色褪せ、また高い目標を設定することになるからです。

縦軸の目標は、一瞬の喜びで色褪せ、また過酷な辛い日々を過ごすことになります。企業や組織などの人間というものは欲深い人間が多く、もっともっとと上を目指す傾向があります。上ばかり目指せば、人間は疲労困憊して疲れるだけです。

目標を高い位置に設定して、そこにチャレンジすることに喜びを見出す人もいますが、それはごくまれで、わずか1%の人間です。残り99%の人間は高い目標に嫌気がさして、疲労困憊のつまらない人生を送っているのでないでしょうか。

なんのために自分は生きていると。そう思っても仕方がありません。

私自身も残り99%の人間です。いつまでも高い目標を設定するわけにはいきません。そうなると仕事人間となって、つまらない人生を送るからです。

仕事だけが人生ではない。
そう思うからです。

とはいっても、仕事は一生つきまといます。
まあ、これが男の使命だから仕方がないでしょう。

横軸の目標に変えれば、仕事が楽しくなる。
この仕事が一生貫く仕事がどうかわかりません。
でも、今はこの仕事をやっている。

やるのであれば、上を目指す高い目標はいりません。
目標は横に長く、平坦でいい。
いや、目標そのものいらない。
目標がなければ、これでいいという終わりもない。

縦軸の目標があるから終わりが来る。
横軸の目標であれば終わりは来ない。


目標を横にすると、なんか続けようかな、という気持ちになる。
こういった仕事が生き甲斐ではないだろうか。

若い頃は縦軸の高い目標を目指してきた。
それは疲れた。そしてつまらなかった。疲労困憊のストレスだけが残った。

今は目標を横軸に変えて楽しんでいる。
仕事があることはいいことだ。
そして仕事があることは幸せだ。
これなら一生貫く仕事となるだろう。



今日は自分の感想を述べます。
オトコは面倒臭い。
オンナは面倒臭い。
おそらく、私はこのことは誰よりも理解しています。
「世界広し」といえども、この面倒さに直接対面している人はそうそういないと思います。

この面倒なことが嫌いか?
嫌いではありません。
これが仕事ですから。

私の仕事は、この面倒なお祭りに参加して場を盛り上げることです。

暗かった祭りを、どうすれば明るくできるのか。

やる気がなくなった祭りに、どうすればやる気を起こすことができるのか。

不安・恐怖・心配ごとの祭りに、どうすれば安心を与えることができるのか。

このまま祭りが永遠に続くという保証はない。

保証のない祭りに、どうすれば保証を与えることができるか。

この祭りを成就させるためには、何をどうすればいいのか。

祭りのテーマは何一つとっても、面倒なものばかりです。

それを仕事としてやっている。

私がいちばん面倒なオトコかもしれません(笑)

なぜ、この面倒な仕事を選んだのか?
おそらく私自身がスピリチュアルの世界が好きなのでしょう。

スピリチュアルとは、霊魂や聖霊、精神、心、神、宗教、超自然的な現象を意味しますが、私がとらえているのは心と精神の問題だけです。

私は宗教家ではないので、神がかり的な宗教的な超自然現象にはまったく興味がありません。興味がないというより、まったく知らないのですこの世界のことが。

スピリチュアルな世界というより、精神世界が好きなのだと思います。人の心がどう動くのか、それによって人の精神状態がどうなるのか、そういうことにとても興味がありますから。

精神世界に興味があるから面倒なことに首を突っ込む。
これが私の仕事・・・となっています。

どうせ首を突っ込むのなら、もっと勉強しよう。
複雑な心の中を、複雑な精神の中を、解明したい。
そして、人々の悩みを解消し、いい方向に持っていきたい。
こういった使命が、ふつふつと湧いてくるからです。

精神世界に入ると被爆してやられないか?
それが意外と平気なのです。

多くの人がネガティブ被爆ばかり浴びて先生も大変でしょうと言われますが、それが以外かもしれませんが私自身は意外と平気なのです。精神がタフなのかもしれません(笑)逆にこの仕事をやればやるほど、心はさらにタフになっていく気がします。

男はタフでなければ生きていけない。そして優しくなければ生きていく資格がない。これを地でいっています(笑)

まあ、精神がタフだからこの仕事がやれるのでしょう。それも皆さんのお陰です。心が痛む、悩ましい問題を皆さんがたくさん提供してくれるからです。お陰様で日々私の精神はタフになっています。

どうせ首を突っ込むのなら、もっと勉強しよう。
この姿勢は当初から変わりません。
それは私が占いの仕事をやると決めたときからの方針です。
学問や知識がないと、人々を幸せに導くことができないからです。

世界の偉人たちの伝記を読み。
自己啓発書を読み。
自分が感じたことをブログに書いて日夜勉強する。

そして最大の勉強は、皆さんとの鑑定です。
学問は机上の空論にはありません。
学問は現場にあるのです。
現場で学ぶことを大切にして、今後ともこの仕事を続けていきたいと思います。



女性が不倫に走る理由は、夫の裏切り行為によるものが多い。

夫の浮気が発覚し、あとから不倫をする奥さん、こういった例が多い。

夫が浮気をしたときは、子供たちが小さくて我慢をするしかなかった。子供たちが成長して手がかからなくなったとき、今度は奥さんが浮気をして不倫をしてしまうのである。

女性の恨みは何年たっても消えない。夫の浮気から10年経って、今度は奥さんが浮気をする。10年後の仕返し、20年後の仕返しというような例はたくさんある。

女性とは恐ろしい。
男性から見れば、そう見えるかもしれないが、悪いのは男性である。悪い行いをすれば、10年後、20年後に今度は自分がやられる番となる。まさしく因果応報である。

だが、仕返しをしたところで、今度は自分が因果応報の標的となる。
不倫をした女性は相手のことを本気で好きなる。これが因果応報の的となり、あとから苦しむことになる。やはり悪いことは先でも後でもやってはいけないことなのかもしれない。

やってしまったらどうする?
浮気をしたら。
不倫をしたら。
やってしまったのは仕方がない。
人間は欲望に勝てないから、これは仕方がないことだと思う。

まして世の中には、婚外恋愛を楽しむという風潮もある。
箱の中のせまっ苦しい人生より、不倫でも浮気でも、外の恋愛を楽しむことで、人間として器が大きくなるというたとえである。

せまっ苦しい箱の生活はつまらない。
トキメキもなければ刺激もない。
これじゃ、つまらない人生だ。
それで外に刺激を求めることになる。

婚外恋愛は器を大きくするため。
たまには外で刺激を求めないと人間は成長できない。

不貞の行為をそういう風に正しいことに仕向けるのが勝手だが、責任はとってほしいものだ。責任を取らず不貞の行為をもて遊べば、やがて天罰が下ることになる。


どんな天罰かというと。
これは不倫をしている皆さんが経験していることなので、ここでは詳しく述べません。内容はとても辛いものばかりです。

次にどんな責任を取るか、というと。
婚外恋愛はやめるということです。
楽しかった…「お遊びは終わりです」

皆さんは遊びという表現はあまり使いたがらないみたいですね。
でも、あえて使いましょう。
「お遊びは終わりです」

この遊びは素敵なものでした。
婚外恋愛で十分に器も大きくなりました。
刺激とトキメキも十分堪能しました。
幸せも十分堪能しました。
思い出の深いデートもありました。
みんな素敵な思い出です。
この思い出は、誰にも言わず、そっと墓場まで持って行ってください。

この思い出を胸に。
「お遊びはこれまでだ」といって、終わりにすることです。


ここでいう責任の取り方は、責任を取って終わりにするということです。

婚外恋愛は、将来一緒になれる恋愛ではありません。
せまっ苦しい生活から外の空気を吸わせた恋愛です。
刺激のなかった生活から刺激を与えてくれた恋愛です。

「お遊びはこれまでだ!」といって、
また、せまっ苦しい生活に戻りましょう。

もういやだ…?
あんなせまっ苦しい窮屈な生活に戻りたくない。
あんな夫と暮らすのはもうたくさんだ。
あなたを地獄に引き戻すつもりはありません。

ならば、もうひとつの責任の取り方があります。
それは離婚をすることです。
箱の中のせまっ苦しい窮屈な生活から抜け出すのは離婚しかありません。

どの道を選択するのしても、希望がないとできません。

○あんな夫でも許し合って仲良くなり、信頼関係が復活して、せまっ苦しい生活でも希望を持つことができれば、この場所はオアシスとなります。

○やはり夫のことは許せない、信頼関係を築く気が起きない。そのためには仕事運と恋愛運がよくないといけません。あなたの仕事運と恋愛運がよければ離婚の選択も間違いではありません。離婚後のあなたには経済力もあり、モテ運もあるから今後の第二の人生は幸運に恵まれることでしょう。


もとに戻るのも、前に進むのも希望です。
人間希望がないと生きていけませんから。

夫の裏切り行為で、不倫に走った女性。将来の希望はあるのか?
あります。

あなた次第ですけどね。



コメントの問いに私なりに答えます。

不安を希望に変えたとして、例えば放置後に戻ってきた彼を突き放さず受け入れたら彼はまた調子に乗って彼女を雑に扱うようになりませんか?

他にも同じような疑問を抱く人がいます。
放置→一瞬復活→また放置と、繰り返すように思うのですが…。

期待を裏切る。
希望を打ち砕く。
正直いって、世の中はそういうことが多いと思います。

カウンセリングの場でも、放置後に戻ってきた彼を受け入れて、また放置されたという内容ばかりです。期待を裏切る、希望を打ち砕く。こういったことが、毎日毎日繰り返されています。

仕事でもそうです。信頼している人に裏切られたり、いけるかなと思った契約が突然相手の都合でキャンセルになったりと、希望が打ち砕かれて期待が裏切られる辛い現実の方が多くあります。

これが人間関係、これが社会、これが世の中なのかもしれません。

私は、期待を裏切られ、希望が打ち砕かれた現実をたくさん観てきました。
だからこそ、「希望を持とうよ」といっているのです。
こういう時代だからこそ、希望が必要なのではないでしょうか。

「希望」と「非希望(希望が持てない)」を2つに分けて考えることです。
「希望」はポジティブな考え。
「非希望」はネガティブな考え。
となります。

放置後に戻ってきた彼を突き放さず受け入れたら彼はまた調子に乗って彼女を雑に扱うようになりませんか?これは「非希望(希望が持てない)」、ネガティブな考えとなります。

こういったネガティブな考えが悪いとは思いません。

警戒心は必要だからです。相手の言葉や行動を鵜呑みにして、あとで泣きっ面にならないためにも警戒心は必要です。警戒する、慎重になる、こういったネガティブな考えも場合によっては必要です。

だが、ネガティブな考えに終始していたら、物事の達成は望めません。

そこで必要なのは、もうひとつの考え、ポジティブな考えが必要になります。

成功は、最悪なときにどう考えるかで決まります。
世界で成功した偉人たちは、最悪なとき、普通の人がネガティブMAXになるところを、ポジティブMAXに置き換えてきました。考え方や心の持ちようを普通の人と反対のことをしたのです。それで彼らは成功して、自分の夢を達成したのです。

この思考の転換を、われわれ民に置き換えて、具体的に表すとこうなるのではないでしょうか。

仕事がうまくいっていない。
仕事に裏切られた。
でも、自分はこの仕事が好きだ。
うまくいっていなかろうが、裏切られようが、自分はこの仕事が好きだ。この仕事が自分の天職だ。儲かる儲からない関係なく、自分は好きな仕事を続けるだけ。そこに生き甲斐があり、希望がある。

彼氏とうまくいっていない。
彼氏に裏切られた。
でも、自分は彼氏が好きだ。
うまくいっていなかろうが、裏切られようが、自分はこの彼氏が好きだ。この人が自分の運命の人だ。うまくいくうまくいかない関係なく、自分は好きな人を愛し続けるだけ。そこに生き甲斐があり、希望がある。

希望とはネガティブの正反対にあります。
ネガティブに終始していたらなかなか見つかりませんが、でも見つかるのです。あなたが現在苦しんで、ネガティブの中にいるとすれば、それはチャンスです。ネガティブの裏に隠れている希望を見つけ出すチャンスです。希望とは最悪な事態から生まれます。その希望を見つけてください。


だが・・・に続く言葉は?
「そこに成長があります」。

悩みとは成長するもの。
不安や心配事も成長するもの。
と、私は思うからです。

人間悩みがなければやる気が起きない。同時に不安や心配事がなければやる気が起きない。今まではラクして生きてきた。毎日サボっていた。なるべく無理しないように手を抜いて生きてきた。このツケが回ってきた結果が、悩みや不安や心配ごとであるからです。

そんなことはない。
自分は一生懸命やった。
そう、あなたは一生懸命やった。
でも、何かが足りなかった。
一生懸命やった割には何か足りなかった。
それがなんだかわからない。
わからないから悩み、わからないから不安や心配ごとになるのです。

順調だった彼と急に連絡が取れなくなった。
ええ、なぜ?・・・?
わたしがなにかした?
わたしの何がいけなかったの?
あのときのわたしの態度がいけなかったの?
あのときのわたしの言葉がいけなかったの?
あのときのわたしの反抗的な態度が?
あのときのわたしの感情的なヒスが?
というような自己反省から入り。

今度は彼の気持ちを疑う。
わたしのこと飽きたの。
女として見れなくなったの。
わたしのこと嫌いになったの。

自己反省、彼の気持ちの疑いのあとは、彼の仕事の状況を確認する。
そういえば仕事が忙しいといっていた。
毎日激務でしんどいといっていた。
今は、仕事に集中したいのでしばらく連絡ができないともいっていた。

どっちなの?
私が嫌われることをしたから。
それとも、彼の気持ちが冷めたから。
それとも、彼の仕事が忙しいから。
連絡が途絶えた理由はどっちなの?

悩みの流れを恋愛のパターンで示しましたが、恋愛だけに限らず、仕事でも人間関係でもどっちか正しいのか?どっちが間違っているのか?わからずに人間は悩む。そして人間は、この悩みとどう向き合うかの試練が始まる。

彼と連絡が取れなくなった?
そんなの放っておきなさい。
または、そんな男やめなさい。
というような他人事で済まされない事情が人の心にはある。
なぜなら、その人のことを愛しているから。

他人なら悩まない。不安にも心配にもならない、他人だから。
だが、彼は違う。
彼だから、悩んで不安になって心配になるのです。

人は愛する人や愛する仕事に関しては他人事で済まされない。
全部が自分の悩みとして不安と心配が起る。

サボっていたツケが回ってきた。
この言葉が正しいかわからないが、サボっていたツケが回ってきたのです。

自分は一生懸命やった。
だが、現状はご覧の有り様。
一生懸命やったというより、現状はサボっていたツケが回ってきたのです。



サボっていたツケが回ってきた。
なぜ、そこまで自分を追い詰める必要があるのか?

これは、自分を追い詰めることではありません。
成長するためのシナリオなのです。

成長するためには素直にならなければなりません。
サボっていたツケが回ってきたと認めることで、人間の素直な努力が始まるからです。自分は一生懸命やっと認めれば、努力はそれでおしまいとなります。素直にサボったと認めれば、そこから努力を始めることができます。

どの方向で努力するか?
連絡がつかなくなった彼にどんな努力が必要なのか?
売上が落ちた仕事を回復させるにはどんな努力が必要なのか?

それに対する答えは、やってみないとわからないということです。

彼が何を求めているのか?
消費者が何を求めているか?
お客様が何を求めているのか?
自分以外の他人が何を求めているのか?
他人のことはわかりません。

だが、自分のことはわかります。
自分がさぼっていたことが・・・わかります。

まずは、自己努力から始めることです。
仕事に精を出す。
暴飲暴食をやめる。
バランスのいい食事をする。
家事をきちんとする。
運動して健康になる。
本を読む。
睡眠時間をしっかり取る。
子供がいたら子育てに専念する。
日常の生活を努力して充実させることです。
そこにサボりがあってはいけません。

生活を充実してから、問題の悩みについて考えましょう。
どういう努力をしていけばいいかを。

日常の努力を一個一個やっていけば、問題である悩みも一個一個やっていく習慣ができます。サボらないで一個一個やっていけば、やがて何が問題なのか見えてきます。見えてきたら、そこに向かってひたすら努力することができます。

悩みとか不安とか心配事は、成長するためにあるのです。
自分は一生懸命やってきたのではなく、サボっていたツケが回ってきたと素直に認めて、自分が出来る範囲の努力を続けることです。そこに成長があるということです。

サボっていたツケが回ってきた。
そこから努力することが大切で、そこから無用に悩んだら、さらにサボっていたツケが回ってきます。悩みとはチャンスで、サボるものではありません。




希望は苦しい状況から生まれます。
だから、この苦しみは無意味ではありません。
無意味になるのは、あきらめてしまうからです。

あきらめなければ、苦しみは希望に変わります。
どうやって苦しみを希望に変えるの?
それは苦しみから逃げないで克服することです。

苦しみと戦ってください。
苦しみに負けないでください。
自分を大切にして、苦しみと向き合ってください。

でも、それだけでは心が持たないですよね。
心を持たせる方法は無になることです。
無になるということはどういうことですか?
それは、欲望を捨てることです。

例えば、
商売がうまくいっていない。
コロナ禍で日本中の多くの商売がうまくいっていない。一時期は儲けたのに、今は儲かっていない。売上が上がらず、赤字続き。いつ店をたたもうかと考えている商店主はいっぱいいると思います。

私のところもそうです。一時期は予約が殺到したのに、今はそうでもない。いつ店をたたもうか考えています。もう以前のような人気はない、そろそろ潮時かな・・・と思うときがあります。

これは儲かっているから続ける、儲からないから辞めるという心の動きです。商売は儲かってナンボの世界ですから。儲かるから続ける、儲からなかったら辞める、この心の動きになるのは仕方がないことだと思います。売上の上がらない世界はどの世界でも厳しいですから。

この状態で希望を作ることができるか?
この状態でも、希望は作ることができます。
どうやって?
それは欲望を捨てることです。

儲けるから続ける、儲からないから辞めるという欲望を捨てることです。欲望を捨てれば何が残るか?それは、「この仕事が好き」というものが残ります。そう自分はこの仕事は好きなのです。好きなものは儲けを度外視しても続けることができます。

希望は、欲望を制したときに生まれます。
儲かるか、儲からないか、そんなものどっちでもいいのです。

この仕事が好きで、
この仕事を続けることが生き甲斐なら、
そこに希望が生まれます。
好きなことを続ける、それに勝る希望はありません。

これは恋愛にもいえます。
恋愛も欲望をすてれば、希望に変わります。
彼と結ばれるか結ばれないか、そんなものどっちでもいいのです。素直に彼のことが好きであれば、それでいいではないですか。彼を自分のものにしたい、彼を支配したいという欲望を捨てれば、この恋愛は希望に変わります。

好きな人がいるということは生き甲斐です。我がものにしようという欲望からは生き甲斐が生まれません。欲望に走りすぎて、生き甲斐そのものを木っ端微塵にしてしまうでしょう。


儲かるか、儲からないか。
結ばれるか、結ばれないか。
そんなもの、どっちでもいいのです。
単純に好きでいいではないですか。




自身の心を、希望のあるスパイラルに持って行く。

私たちは不安のある負のスパイラルに持って行くのは得意だが、希望のある勝ちのスパイラルに持って行くのは不得意である。

不安と希望は紙一重と前回記事にした。
どういうことか?というと、希望も不安と同じ原理で構成されているということです。つまり、不安と同じ原理で「希望のある勝ちのスパイラル」に自分の気持ちを持って行けるということになります。

不安の原理をみてみましょう。
恋愛における不安の原理はそう多くありません。
大きく分ければ、3つです。
1, 彼からの連絡が途絶えた。
いちばん多いのが、相手とのコミュニケーション不足。
2, 彼の気持ちが分からない。
続いて、グレーではっきりしない男性の曖昧な態度。
3, 彼がよそ見をした。
最後に、男性の浮気が心配になる。

連絡が途絶え、気持ちが分からず、浮気の心配。不安の要素で多いのはたったこの三つ。数は三つなのに、不安による負のスパイラルがその数を何千倍とする。妄想とは恐ろしいもので、たった1つを気が狂わんばかりのもの凄い数にしてしまいます。

この原理を希望にも使えばいいのです。
不安は妄想で恐ろしい数になる。
それと同じ原理で、
希望も創造力で素晴らしい数にする。
どちらも考えることは同じです。

不安と希望は紙一重、負のスパイラルではなく、希望のあるスパイラルに持って行く。
この意味がやっと分かったのではないでしょうか。

どちらも考える原理は同じだということです。
同じなら、不安のことばかり考えるより、希望のあることを考えましょう。人間の思考は現実になるのです。あなたが日常何を考えているかで、それが現実になっていくのです。

考えたことは、必ず実現します。

だが、ご安心ください。
悪い考えは、取り越し苦労に終って、ほとんど現実になりません。取り越し苦労の97%は現実にならないと言われています。悪い考えはたった3%しか現実になりません。人間とは運に恵まれているものです。なぜ悪いことの3%しか現実にならないのか?それはあなた自身の潜在意識があなたを守っているからです。

宗教では、「これは、神様に守られている」といいますが、私の個人的な見解ではそれは違うと思います。私の見解では「神は自分である」神は己の潜在意識に宿っていると信じているからです。

人は自分の意志で、自分の意識で、守られているのです。
だから、悪い妄想の97%は現実にならないのです。

しかし、3%は現実になります。
不安という要素は、3%を100%にする力があります。負のスパイラルで3%を30%にし、来る日も来る日も不安なことばかり考えていたら、負のスパイラルがさらに増幅して、50%、80%、100%へと悪いことを現実にするシナリオが出来上がります。

悪いことを現実にさせないのが、希望です。
希望への転換は簡単です。
「考えるのはヤメヤメ」で、即座に希望に転換することができます。
悪い考えはやめることです。
その代わりいい考えに転換しましょう。
悪い考えをいい考えに転換する、これが希望です。

考えることが希望の方が多くなれば、取り越し苦労は現実に起りません。逆に希望の方が強くなり、希望が現実になります。

不安も希望も原理は同じです。
何を考えるかで、不安も希望も構成されているのです。不安のことばかり考えれば、不安がどんどん構成されていきます。反対に希望のあることばかり考えれば、希望がどんどん構成されていきます。だから、希望も不安と同じように、どんどん膨らませていけばいいのです。