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女性35歳。男性34歳。
この年齢のカップルが付き合えば、結婚を考えて付き合うものだが、今の時代はあながちそうでもない。女性は結婚を視野に入れるが、男性はそうではない。男性は結婚など考えずに付き合う傾向がある。

最初はほめのかす。
「僕には結婚願望があるよ」と。
しかし、有言実行された試しがない。

半年ほど経って、女性が「あなたのそばに一生にいたい、結婚についてどう考えているの、あなたの意見を聞きたいわ」というと、彼は「大事なことだから、考えさせて」という。だが、半年たっても答えはでない。

最初はその気にさせて、後から曖昧にする。
最初に期待持たせて、後から落とす。
こんなのばかりだ。

彼女は黙って見過ごすわけにはいかないので、1か月後、3か月後に結婚について、彼に催促するが、そのたびに彼は暗くなって黙る。もうその話はしたくないという態度を貫く。肝心なことにはいつも蓋をして殻に閉じこもる彼をみて、将来の話、結婚の話はできなくなった。

付き合って1年が経過した。
彼女はもうすぐ36歳。いつまでもグレーで曖昧な彼とこのまま付き合うわけにはいかない。彼のことは好きだが、ここままでは結婚できないという危機感が常に自分を悩ませていた。

そこで、私の鑑定を受ける。

彼は草食系ですか?
と私が質問すると。

彼女は絶食系と答えた。
「絶食系?」
初めて聞いた言葉だ。

肉食系、草食系とはよく聞くが、絶食系とは初めて聞いた。今流行りの言葉か・・・な。

彼女の説明によると。
絶食系=食べない系。
キスもなければ、SEXもない、肉体関係を持たない人のことを絶食系男子というらしい。
つまり、絶食系男子は恋愛自体に興味を持っていない男子のことをいう。

恋愛に興味がないのに、よく女性と付き合えるな?
だったら、最初から女性の誘いを断ればいいのに。
絶食系なのに女性と付き合うとは?不思議でしょうがない。

まあ、人間というものは今の自分の生き方に満足しているわけではない。絶食系とは男の本能の基本をなくした恥ずかしことなので、そこから脱したくて女性と付き合うのだろう。

だが、そんなことで本能は取り戻せない。自分を変えたいと思って女性と付き合うが、やはり染みついた絶食系の性質は剥がれない。自分を変えようとチャレンジするが、やはり性質は変わらず、また絶食系に戻ってしまう。そして、女性の被害者だけが増える。

子供は無理だね。
絶食系では。
結婚もできない。
基本を持っている女性は避けた方がいい。

彼女も1年ちょっと付き合ってそれが解ってきた。
彼との結婚は無理。
子供もできないと。


失う覚悟を持つ。
最後の手段はこれだ。

いつもでも曖昧な男性の犠牲者になってはいけない。
彼らの都合のいいテストに協力する必要はない。
彼らも分かっている、このままでは自分がダメだと。
だから、自分を変えたくて無理して女性と付き合う。
だが、やはり才能がなくて失敗ばかりする。

多くの犠牲者を出しても、彼は平然としている。
彼らは自分を変えたくて女性と付き合う。多くの犠牲者を出すと分かっていながらも。本能がうずいて自分を変えたくて仕方がないのだ。そんな彼らの餌食になってはならない。

これからの時代は女性が自覚すること。
曖昧な男性が増えていけば、女性はいつまでも今までのような尽くす恋愛をするわけにはいかない。曖昧な男性に対しては見切りをつける覚悟が必要だ。

見切りをつける覚悟。
失ってもいい覚悟が必要だ。


曖昧な男性に対しては、失ってもいい覚悟で勝負すること。

その覚悟を持ったとき、あなたは初めて幸せになれる切符を手に入れることができる。

結婚して子供がいる幸せな家庭を築きたいのなら、絶食系男子は切るべきだ。
失う覚悟を持って切るべきだ。

捨てる神あれば拾う神あり。
次は間違いなく基本を持っている男性と付き合うことができる。

大丈夫。
日本男子は、基本を持っている男性の方が多いから。
日本男子はまだまだ捨てたものではないから大丈夫。



人間に善悪はない。
悪い人に近づけば悪い人間になり、いい人に近づけばいい人間になる、ただそれだけ。

なるほど。

彼がどういう人と付き合っているのか、友人や知人をみれば、いい人か悪い人かの判断ができる。悪い友人が多ければ悪い人、よい友人が多ければよい人。類は友を呼ぶということですね。

では、学歴の高い人、金儲けの上手な人、努力して出世した人、起業して社長になった人、社交的で教養の高い人は、いい人か?

頭がいい、お金がある、出世した、成功した、教養が高いからといって、いい人とは限らない。もちろんこの中には人々の見本となるいい人もいるが、お金に貪欲な色情魔のあくどい人間もいれば、人に思いやりがない上から目線の暴君のあくどい人間もいる。

いい人の定義は、
学歴が高いから、お金を持っているから、成功しているからといっていい人とは限らない。いい人との定義は人間性。頭が良かろうがお金があろうが、そんなものどうでもいい。いい人の定義を具体的に説明すると、「寛大で優しい人」のことをいう。

寛大で優しい人。
なりたいですね。自分もなりたい。皆さんもなりたいのではないでしょうか。

寛大。
度量が大きく、 思いやりがあり、むやみに人を責めない。

優しい。
他人に対して思いやりがあり、情が細やかで、上品で美しい。

それがいい人なら、寛大で優しい人になりたいですね。


ではいい人は恋愛ができるか?
できないでしょうね。


恋愛をしている人は、寛大で優しくないから。
度量は狭く、思いやりがなく、むやみに人を責める人が多く、相手への思いやりより自分勝手な行動が多く、嫉妬深い強欲な姿は、決して上品で美しいとはいえない。だから、寛大で優しいいい人は恋愛ができないでしょうね。その世界は壮絶ですから。

壮絶な世界でいい人が恋愛をしてもいいか?
しても、しなくてもいい。

恋愛をするのなら、寛大で優しく相手と向き合うことです。相手が悪い人でも、寛大で優しい性格を貫くことです。最終的にはいい人が勝つようにできています。あなたがいい人を貫けば、自然と悪い人はいなくなり、いい人だけが残ります。


恋愛はしなくてもいい。恋愛や結婚だけが人生ではありませんから。「もう、二度と恋などしない」この歌のような生き方も素敵だと思います。まさしく、度量が大きく、思いやりがあり、むやみに人を責めない生き方となりますから。

彼はいい人か?悪い人か?

彼は度量が狭く、思いやりもなく、むやみに人を責め、連絡も寄こさず、会おうともしない悪い人なら、今日中に決着をつけて終りにしてください。悪い男に執着する必要はありません。

彼は度量が広く、思いやりがあり、情が細かく、上品な親切心を持っているいい人なら、この恋愛を大切にしてください。いい人とは必ず結ばれますから。




時の流れに身を任せて。
まるで歌のようだが、自然の流れに身を任すことはいいことだ。平和で安全で調和がとれている。何事にも動じない自然体の生き方ができたらどんなにいいだろうか。

時の流れに身を任せ。
まるで怠け者のようだが、そうではない。人間は自分の考え通りに物事が展開することを願っている。または自分の目標に向かって努力することが生き甲斐だとも思っている。自分の夢を叶うための努力も必要だろう。だが、世の中自分の思い通りにいかないことが多々ある。そのときは愕然とするのでなく、成り行きに任せて生きた方が賢明である。

やることはやったが、うまくいかない。
仕事も恋愛も人間関係もそういうことがよくある。自分の思うとおりに相手は動いてくれない。そのときどうするか?強引に相手を動かすことをやめ、自分の考えを方向転回して、自分の好きなことをすればいい。

今日は彼とデートがしたかった。だが、彼は仕事が忙しいという。前から楽しみにしていた約束なのに、当日になって「ゴメン」とキャンセルしてきた。彼との愛の時間を奪われたあなたは愕然とするだろう。「なんで仕事ばかり」とイライラする気持ちが頂点に達するかもしれない。それによって今日という日は最悪な日になるかもしれない。

そんなとき、どうするか。
そんなときは、あなた自身がハッピーになることだ。世の中思うとおりにいかなくても、自分がハッピーになることはできる。彼とのデートはキャンセルとなった。だが、今日という日はまだ残されている。今日一日モヤモヤと過ごしても良いことは何もない。さっさと頭を切り換えて、自分のためだけに一日を使えばいい。

美味しいものを食べに行ったり、買い物に行ったり、天気がよければ公園に行ったり、映画を観たり、読書をしたり、行ったことのない街を散策したり、彼氏がダメなら仲のいい友達とお喋りをしたり、頭を切り換えれば、いくらでも自分をハッピーにすることはできる。

自分をハッピーとする。
自分が幸せならすべてがうまくいく。

これだ。
これをあなたがどう覚えるかだ。

そうすれば思い通りにならなくても苦しくない。
いつだって自分は頭を切り換えて、自分をハッピーにすることができるからだ。

自分をハッピーにすれば恋愛はうまくいく。
彼の仕事が忙しい?可哀想に彼は大変だ。

彼女とデートもできないくらい忙しいのか、それは不幸だね、人生を損している。彼は人生の不幸を味わいながら自分の殻に閉じこもっている。男が忙しいとは殻に閉じこもることをいう。忙しい男は決してハッピーではない。つらくてしんどくて余裕のない精神状態になっている。そして、いつまでこの地獄の生活が続くのかと悩んでいる。

彼がそんなとき、彼女は同情してはいけない。
同情すれば彼女も地獄に淵に落とされるからだ。女性は彼が悩んでいるときや疲れているときに幸せを感じるという。それは男からすれば余計なお世話だ。心配などしなくてもいい、君はひとりで楽しくやってくれ、ひとりでハッピーな人生をエンジョイしてくれと願っている。忙しい男の下手な同情はいらない。彼女はハッピーでいてくれればそれでいい。

男性が好む女性は、
自分が忙しいとき、彼女はハッピーでいること。
自分が忙しいとき、落ち込んでいる彼女なら将来の相手ではない。

だから、ハッピーでいよう。
忙しい男は放っておいて、好きなことをしよう。
彼もそれを望んでいる。

世の中思い通りにしようとするから苦しくなる。
計画通りにいかなくても、自分がハッピーなら苦しくない。
目標が達成しなくても、自分がハッピーなら苦しくない。
彼とデートができなくても、自分がハッピーなら苦しくない。
彼と連絡が取れなくとも、自分がハッピーなら苦しくない。
彼と会えなくとも、自分がハッピーなら苦しくない。

世の中思い通りにならなくても、自分がハッピーなら苦しくない。
その生き方こそが、何でも願いが叶う生き方となる。



無目的な生き方。
こうして文章にすると、堕落した生き方のように聞こえるが、そうではない。現状に満足してありのままに生きることが人間本来の姿。その方が「自然で幸せだよ」という意味である。

過去にあーすればよかったという後悔は人間なら誰しもある。では、過去に戻ってあーすればよかったということが実現できたら幸せになったかというと、そうとは限らない。かえって不幸になったかもしれない。過去の失敗を成功させても幸せになれるとは限らない。過去の後悔があるから今の成長がある、その考え方の方が無難だ。

過去にあの株を買っておけば、自分は何億円も手にした。もし、過去に戻ってそれが実現できたら幸せか?いやはや人は実力以上のお金が入れば、調子に乗って狂ってしまい、逆に何十億円という借金を作ってしまうこともある。宝くじを当てた人の末路は悲惨という話も聞く。実力以上のお金は手にしない方が身のためだ。

過去に別れた彼と寄りを戻したい。過去に戻って別れの原因となった失敗を防いで、彼と結婚して幸せな家庭を作る。それで幸せになれるとは限らない。結婚したら彼の性格が一変して暴力やモラハラに苦しめられて離婚するかもしれない。別れには意味がある。別れたことによって今日の幸せがある。別れはそのまま受け入れるべきで、過去の過ちを覆さない方がいい。

将来の目標。
目標を立て、目標達成の戦略を練って計画を立てる。全員がマニアルに従って賢明に働く。そうなると、1年後、2年後、5年後の目標達成のために今日を犠牲にしなければならない。目標に縛られた人生では今日一日は真っ暗な日々となる。

たとえ目標が達成したとしても、また新たな目標ができ、それを追いかける。来る日も来る日も競争ばかりでは、人は健康を害する。来る日も来る日も競争ばかりでは、常に危機感と不安にせきたてられて、人間性を失ってしまう。

もし、あなたがそんなブラック企業にいるのなら、やめてしまえ!そんな会社。企業の奴隷になるな。辞めても、あなたの健康を取り戻すのが先。人間健康であれば、幸せに生きていける。自分にピッタリ合ったやり甲斐のある仕事も見つけることができる。


道元の教えに「無目的」の教えがある。
明日、あさって、1年後、2年後に目標を定めて、今日生きることではない。今日自分がしようと思うこと、いま自分がしなくてはいけないことに没頭して、明るく元気に「いま」を生きることである。

道元の「無目的」の生き方に私も賛成である。
今日をありのままに生きる。
素晴らしいではないか。

今日という日は今日しかない。
過去を恨み、明日嘆いてもしかたない。

過去の後悔、明日の危機感を抱いて、今日を生きてはならない。

過ぎた過去は戻らない。
明日は明日の風が吹く。
それでいいではないか。


それより、今日やるべきことをちゃんとやって。今を楽しく生きよう。

「無目的」の生き方、賛成である。





人を好きになる気持ちに理由はない。
人を好きになる気持ちは言葉では言い尽くせない。文章で語ることもできない。頭で考えることもできない。人を好きになる気持ちは、言葉でも文章でも思考でもなく、自分の心と宇宙が一致した閃きという直観だ。

人の直観は、科学では証明できない。
人が何を好んで好きになるか?科学では証明できない。つまり好きという気持ちに理由などない。また反対に嫌いになったという気持ちも理由などない。なぜ好きになったのか理由を説明して、なぜ嫌いになったのか理由を説明して、と言われても理由などないから説明のしようがない。

人は気持ちで動いている。
人を好きになれば、そのまま好きな気持ちで動く。人を嫌いになれば、そのまま嫌いな気持ちで動く。好きなら前向きになれが、嫌いなら後ろ向きになる。好きなら相手のことを肯定するが、嫌いなら否定する。好きなら相手のために行動するが、嫌いなら行動しない。人は気持ちで動いている。

つまり、行動があれば好きだが、行動がなければ嫌い、ということになる。とくに男性の思考はそうなっている。とても単純でとてもストレートだ。男は行動が全てである。

いいわけもする。
なぜ、行動しないの?「忙しいから」といいわけをする。忙しいから行動しない?これは嘘で、好きでないから行動しないといった方が正解である。

どんな忙しくても、好きなら行動する。
好きという気持ちにいいわけはいらない。好きという気持ちは無限のエネルギー。好きならどんなに無理をしても疲れることはない。もちろん無理すると疲れるが、やめることはしない。疲れたら少し休んで、また好きなものに着手する。これが好きな気持ちだ。

では、行動が止まったら好きでないの?
行動が止まることは、やる気が起きないことを意味する。物事を単純に考えれば、「やる気が起きない=好きでない」と判断した方が時間の無駄を省ける。とくに女性にはタイムリミットがあるので、そうした方が無難だろう。いつまでもやる気のない男を待っていても人生を無駄にするからである。

行動は止まるが、また復活することもある。
好きなら動く。一度はやる気をなくしても、また復活することがある。やる気の復活、これが行動となって現われれば、好きという気持ちは復活する。本物は復活するように出来ている。

だが、保証はない。
また、いつやる気を出すか、保証はない。
保証のないものに期待を抱くより、動かない現実をみて、判断した方がいい。愛の復活は100年に1度くらいの不可能なものと判断して前に進んだ方がいい。あの愛は復活を遂げない幻の思い出だと処理した方がいい。

多くの人が100年に一度の幻の復活を夢見るが、私はそれを否定するつもりはない。愛は永遠で、愛に勝る生き甲斐はこの世にないから否定するつもりはない。ただ、時間を無駄にしないことを警告するだけである。人生でいちばん大切なのは時間。愛よりもお金よりも大切なものは時間。この時間を大切に使ってほしい。

わたしは好きな人に時間を使いたい。
あなたがそれを望むのなら、否定はしない。あなたの人生だ、あなたが好きなように自分の時間を使えばいい。たとえ報われなくとも、あなたが好きな人のために時間を使いたいというのなら、それがきっとあなたの生き甲斐なのだろう。あきらめて前に進むことで生き甲斐を失うのなら、このまま報われない愛を続けた方がいい。

人間は生き甲斐があるからやる気が出る。
たとえうまくいかなくても、好きだから続けることができる。好きだから続けることができ、好きだから生き甲斐が生まれる。それでいいではないかな。

ただし、苦しまないこと。
好きなことをやってなんで苦しむの?うまくいっていないから、思うようにいかないから、苦しんでいるの?だったら、やめれば、意味ないよ、苦しんだら。好きなことは苦しむものではない。たとえ苦しくとも弱音を吐いてはダメ。自分で選んだ茨の道だ。苦しくともこの道を好きになること。これこそ、生き甲斐である。

いいじゃないか。
生き甲斐のない平凡の道より。生き甲斐のある茨の道の方が。たとえうまくいっていなくても、好きだからこそ頑張れる。頑張っている最中は時間の無駄にならない。苦しむから時間が無駄になるのである。また、それを人に言うから時間を無駄にするのである。悲しみや苦しみの苦情を人に言ってはいけない。この苦しみを全部含めて、あなたの生き甲斐である。他人に苦情を訴えるものではない。

人を好きになる気持ちは言葉では言い尽くせない。
すべてがあなたの気持ちだから。



今の時代だからこそ、穏やかに生きよう。

もっとおおらかな気持ちで生きよう。

そうずれば、人にもっと優しくなれるから。

最近思う、「目標を捨てたら」と。

「自分をしっかり持ちなさい」「目標をはっきりさせ、その目標が達成したときのイメージを広げなさい」「計画をたて、脇目もふらず計画に従って行動しなさい」「他人から批判されても、自分の考えは正しいと信じ、終始徹底して信念を貫きなさい」

「あなたの強い意志と信念があれば、どんな夢でも叶う」世界の成功哲学はそう教えている。成功をイメージして、そこへ向かって日々努力すれば必ず実現すると教えている。

私も若いころはそうだった。つい最近までそうだったのかもしれない。ブログでも世界の偉人たちの教えを参考にして書いてきた。恋愛の成功哲学をありとあらゆる角度で書いたりもした。それはそれで良かったと思う。そのときはその時代だったからだ。

だが、その時は正しいと思った考えが、今は正しいとは限らない。「善悪は時なり」過去に正しかったものが今は悪となり、過去に悪かった考えが今は正しいとなる。善悪は時なりである。

また、自分の年齢にも左右される。
若いころはやれ目標だ、やれ計画だ、やれ信念だと頑張る時期もあった。努力しても努力しても思い通りにいかない世の中で苦しんだこともあった。また努力した結果、叶った夢もあった。ちょっと夢が叶ったものだから、またさらに高い次元を目指したりもした。

その結果、どうなったか?
疲れた・・・。
この歳になって疲れを感じる。
もう若いころとは違う。

そろそろ目標を手放すときが来た。
目標を持っていると、それに縛られて自由が効かなくなる。
縛られた人生より、もっと気軽に生きていきたい。
最近、そう思うようになった。
もっと楽しく生きたいと。

がむしゃらに生きていた若いころ。やれ目標だ、やれ計画だ、やれ利益だ、やれ生産性だ、やれ効率だ、やれ生きる技術だ、やれ戦術だ、やれ戦略だ、やれ自分との戦いだ、やれ自分を作ることだ、やれやれのオンパレードだった。

この歳になって、若いころと思考が変わってきた。
まあ、一通りやってきたから、そろそろいいだろう。

もう自分作りはしなくていい、すでに自分が出来上がっている。
もう目標は持たなくていい、すでに目標は達成している。
もう計画は立てなくていい、すでに計画は達成している。
もう利益は上げなくていい、すでに利益は確保されている。

男の人生にこれでいいという目標はない。
こんな古いスパルタ教育より、男の人生にこれでいいという目標があってもいい。あとは、ノンビリとおおわらかに好きなことをやって生きればいい。

仕事が好きななら仕事をすればいい。
目標だ、計画だ、利益だ、生産性だ、金儲けだと思わず、仕事をすればいい。だいたい好きな仕事に欲はいらない。働いた分の対価はちゃんと入る。上を目指すよりも、楽しく仕事をした方が人生は楽しくなる。

そう思うようになってからギスギス感が取れた。
優しい気持ちと思いやりを持って、この仕事ができるようになった。
若いころはもう少しきつかったと思う。こうあるべきだというプレッシャーをかけていたと思う。目標や計画や信念の重要性、自分を作ることの重要性、確かにそれらも大切だが、あまりにもそれらを固執した結果、変な固定観念ができ上げってしまった。

今はどうか?
今は何でもあり。(笑)
なんでも許す。
相手の罪とあなたの罪を許す。


いいのです。
許すことから始めましょう。

では、相手が悪かったら?
頑張るも良し、別れるも良し。

頑張ることが好きなら、頑張りなさい。
しんどかったら、あきらめなさい。
あなたが好きなように決めればいい。
そこには何も罪はない。

あなたが目標を持ちたいのなら、協力します。
昔取った杵柄(きねづか)私が若いころに覚えた技能をあなたにアドバイスしましょう。

あなたがやめたいのなら、それも協力します。
あなたの別れの選択は正しいと褒めてあげましょう。そして、次の素敵な人がいつ現われるか、占ってあげましょう。

いずれにしても、決めるのはあなたです。
あなたが決めたとおりの人生を歩んでください。


女性から言わせれば、ずるい。
肝心なことを言わず、黙ってしまうとは、ずるい、彼は何を考えているの?

男性から言わせれば、よくあること。
男はひとつのことしか考えられない。女性みたいに頭がマルチではない。

女性は会話を通して問題点を見つけ出し解決していくのだが、男性は会話を通したら問題点を解決できない。男性の場合は、重要な問題は黙って考えないと問題は解決できないようにできている。

だから、「少し黙って」という。これから先は僕なりに考えてみるからという意味である。女性はコミュニケーションを取りながら問題を解決していく生き物だが、男性はひとりで考えて問題を解決する生き物である。お喋りしながらでは思考がまとまらない。だから、この問題をこれ以上喋りたくない、家に持ち帰って考えたいのである。

彼から「黙って」と言われると、女性は憤慨するだろう。「少し黙れ!」「うるさい、黙れ!」と言われると、さらに頭にくるかもしれない。中には切れて「あなたとは話にならない」と喧嘩を売ってしまうこともあるだろう。

だが、ここは冷静になること。
男性という生き物は、「ひとりで考える生き物なり」ということが理解できれば、怒ることも切れることもなくなる。男脳を理解できれば、男性そのものを上手にコントロールすることができるようになる。

これから女性がやる役目は、考えるヒントを彼に与えること。
今日はヒントだけ与えて、答えを今日求めない。答えは彼が考えた数日後でいい。この脳のサイクルを上手に使えば、男性はあなたが欲しがった答えを出すようになる。男性に考えるヒントを上手に与える、このテクニックを生きる技術という。この技術を磨けば、男性はあなたの意のままに動く。

例えば、あなたが彼と結婚したいとする。
女性にとって結婚は人生の基本。最も重要な課題だ。
彼とは恋人として付き合うことはできたが、まだ夫婦にはなっていない。恋人止まりでいくか、その上の結婚までいくかは、女性にとって重要な課題だ。

もちろん男性にとっても重要な課題。彼女とは恋人止まりか、この先の結婚までいくか、とても重要な課題だ。

人生の基本は結婚だが、男と女ではその基本が違う。
違いは、双方のプレッシャーが違う。
プレッシャーの頻度は断然男性の方が多い。

愛が同じレベルなら、女性は彼との結婚を望むが、男性は彼女との結婚にプレッシャーを感じる。なぜ同じ愛なのに男性の方がプレッシャーを強く感じるのか?

それは、責任という大きな問題があるからだ。男性から見れば女性の結婚観は「おんぶにだっこ」のスタイル。男性は女性という大きな荷物を背負っていかなければならない。この女性の一生を背負わなければいけない。生まれてくる子の子供人生を背負わなければいけない。ここに凄いプレッシャーを感じる。

女性と生まれてくる子の人生を背負おう。
これは大変なプレッシャーだ。
昔の男性はこれを何とも思わずこなしたが、今の男性には恐怖の沙汰。基本が出来ていた昔の男性と違って、今の男性には昔ほどの強さがない。

でも、どの男性にも本能の基本がある。
プレッシャーに弱く、自信がなくとも、どの男性にも本能の基本がある。

女性たちの役目は、彼に自信をつけさすこと。
本能の基本を取り戻す自信をつけさすこと。
昔と違って、今の男性は面倒臭い。
女性たちが、イチから教育して自信をつけさせなければいけないからだ。
アメとムチを使って上手に教育していくしかない。

あなたが彼と結婚したいとする。
「わたし、そろそろあなたと結婚したいの」
「あなたのお嫁さんになりたいわ」
このような言葉を彼に言ったとする。

問題は、同じ言葉でも、プレッシャーのかかる言葉で言うか、可愛く甘えて言うかである。男性の考えるヒントなるのは、可愛く甘えた優しい言葉。女性の役目は可愛く甘えた言葉で、男性にその気にさせること。そして、その答えを今日求めないこと。

彼は自信がなくプレッシャーに弱い。
今日答えを求めたら、二人の関係はおじゃんとなる。

彼の人生を左右する重要な問題は、彼がひとりで考える時間を与えてから。慌てることはない。彼がそのことで黙っても不安にならないこと。彼が黙るということはいい傾向だ。真剣に考えたいから黙るのであって、そこを女性は追求しないこと。静かに見守ればいい。

彼と結婚するには、小出しの作戦に出ること。
何度も何度も結婚まで、彼に考えるヒントを与えること。
可愛く甘えながら優しく言うこと。
今日答えが出なくてもいい。
あなたはあくまでも前向きにいい答えが出ると、優しく見守ればいい。

それができれば、彼からいい返事がくる。
男脳とはそのように出来ている。
男脳は可愛い彼女の要望を叶えるようにできているからだ。
ひとりで考える時間を与えれば、それができるようになる。

いい返事が来ないのは、
急かしたから。
考える時間を与えないで急かしたからだ。

男性とは重要な問題はひとりで考える生き物なり。
だから、彼にたっぷり考えさせる時間を与える彼女が、自分の願いを叶えられるのである。




マッチングアプリ。
マッチングアプリのことはよくわからないが、鑑定の現場では、彼とはマッチングアプリで出会いました、彼女とはマッチングアプリで出会いましたという内容が多い。今はマッチングアプリで出会うのが主流となっているのかもしれない。

思えば便利な世の中になったものだ。私たちの時代にはそんなものはなかった、今の若者が羨ましい。便利な世の中になってでいいね。

だが、その反面危険も潜んでいる。騙されたり裏切られたりする世界、この世界で本物を探すのは難しい。中には本物もいるが、遊びを目的とする偽物もいる。どうやって本物と偽物を見極めるか?ここがポイントとなるだろう。「愛することより見極めること」この言葉はこの世界にピッタリの言葉だ。

今の時代はマッチングアプリが主流。そう言っても過言ではないと思う。鑑定に訪れるお客様の半分以上は、マッチングアプリで知り合ったというものばかり。恋愛も通信機器に運命を託す時代となった。そのうちAIに運命を託す時代となるだろう。

どんな時代になろうとしても、人間の尊厳を失ってはいけない。人間の尊厳ある感情は文明の利器に踊らされてはいけない。いくら科学が進歩しようが、決めるのはわたしだ、決めるのは僕だ、最終決定権は自分にあるという人間の尊厳を取り戻してほしい。

今の時代こそ、自分を持って欲しい。
自分を助けるのは自分しかいない。
相手はあなたを助けてくれない。
ならば、自分で自分を助けるしかない。
今の時代こそ、人々は自立を求められている。

自立?
やってやろうではないか。
自分は自立してみせると、やってやろうではないか。

もう人に頼るな。
自分の人生は、自分で責任もって生きていきなさい。

そういった自立心が持つことができれば、ネットの世界で騙されることはない。

ネットの恋はすぐに終ってしまう。
アプリで知り合いました。
だけど、三ヶ月で終りました。
こんなのばかり。

最初は向こうのテンションが高かった。だが、2ヶ月後に突然音信不通。昨日まで仲が良かったのに、突然、理由もなく音信不通。天国から地獄へ一瞬にして落とされてしまうルール無用の世界がアプリの世界。相手が何を考えているかわからない世界。この世界で生きていくには自立心がないと生きていけない。

依存心があるから悲しむのであって、自立心があれば悲しむことはない。自立心がある人は、(あ、そういうことか)とすぐに察して前に進むことができる。だが、依存心のある人は(なんで?なんで?)と悶え苦しみ、相手の気持ちを探ろうとする。

自立心のある人はすぐに新しい恋人を見つけることができるが、自立心のない人はまだ終った過去の世界にいる。いつまで経っても過去から抜け出せない。優しかった彼との思い出を胸にしまいながら、なんでこんなヒドイ仕打ちをわたしにしたいの?そのことが許せないとずっと追求している。もう過去の物語なのに・・・ずっとそこにいる。

自立心と依存心。
あなたはどちらですか?

これでお解りでしょう。
これからの時代は自立心が必要だということが。

あなたの依存心は本物に出会うまでとって置きなさい。
それまでは自立心で相手のことをみることです。

ネットの恋愛はすぐに終ります。
終ったら自立心でパッと見極めて、前へ進むことです。
自立している子は、すぐに本物を見つけることができます。
依存している子は、なかなか本物を見つけることができません。

あなたはどちらの人間になりたいですか?



過去に浸る人がいる。
過去の思い出に浸る。
それは決して悪いことではない。
当時を懐かしむ・・・。
それはいいことだ。

未来に希望を抱く人がいる。
未来の計画を練る。
それは決して悪いことではない。
未来に希望を抱く。
それはいいことだ。

だが、悲しかった過去を思い出しても、未来に不安を抱いてもいいことはない。哀れな過去を思い出し、未来の心配ばかりしているような精神状態では、今後よくならない。

過去も未来も大事だが、それより今の方が大事。
過去に生きるより、未来に生きるより、今を生きよう。
いま・・・生きるのだ。

現実とはつまらないもの。
夢もロマンもない。

過去に成し遂げなかった切ない思い出に浸った方が情緒ある人間らしさを取り戻せるかもしれない。あの当時に流行っていた音楽を聴き、胸がキュンとし、悲しくなり、甘く切ない望郷の念にかられるのも人間らしくていいかもしれない。

未来の奇想天外な妄想を抱くにもいいかもしれない。未来の妄想は自分の実力以上のものを発揮することができる。世界を征服し、すべての異性にモテ、すべての権力、すべての財産を手に入れることができる雄大な妄想は夢中になれる。

しかし、これらは現実ではない。
叶わなかった過去の思い出に浸るのは自分を責めることだし、未来の妄想は過去の失敗を補うための責任回避にしかすぎない。人間は過去の失敗から未来の妄想を抱くようにできている。過去と未来を往復しても、現実はよくならない。
ホント。
この仕事をやっているとよくわかる。
人間は、過去の失敗から未来の妄想を抱くようにできていることが。

過去の失敗を反省して未来を生かせばいいのだが、過去の失敗が蘇って未来を殺している人の方が多い。過去のトラウマが未来の希望を打ち砕いてしまうのだ。

「どうせオレは何をやってもだめだ」
「どうせわたしは振られるのよ」
過去の失敗が、その人の人間形成を作り。
なにをやってもうまくいかない自分を作る。

もう・・・やめようか。
過去のトラウマが未来の希望を打つ砕く発想は。

そのためには、
過去に生きるより、未来に生きるより、今を生きること。

あなたは過去の失敗の産物から未来を作ろうとしている。そんなことをしているから、未来はうまくいかない自分を作っているに過ぎない。

今に生きるとは?
新しい自分を作ること。
過去でもない未来でもない新しいあなたを作ること。

現実がつまらないと思うのは、過去に浸り未来に不安を抱いていたいから現実がつまらないのである。過去の妄想と未来の妄想だけに時間を使ったら確かにつまらない。それより自分を変える現実に着手してごらん、俄然面白くなるよ。

今までやらなかったこと。
勉強でもいい。運動でもいい。新しい趣味を持ってもいい。自分を変えるために新しいことにチャレンジすれば、現実は楽しくなる。

現実に生きるとは、過去から脱皮した新しい自分を作ることにある。自分が変われば未来も変わる。その意味が理解できたとき、今を生きることができる。


女性をいじめるエリート。
女性を馬鹿にする学歴の高い人。
女性を威嚇する能力の高い人。
女性に不満をぶつける秀才・天才と呼ばれている人。


彼らは、エリートでも秀才でも天才でもない。自分の考えに固執する中学2年生の反抗期のガキだ。彼らの頭の中は汚れた金と汚れた学歴の価値しか見えない。普通ならこういう人を相手にしないが、母性愛の強い女性だけは別格だ。彼らを相手にしてしまう。

彼らの学歴の高さ、能力の高さには尊敬に値するだろう。だが、彼らはバカだ。決して頭は良くない。もう一個の偏差値が幼児並みだ。これを幼稚という。中味がバカな人間を専門的愚弄人間という。つまり専門バカだ。

彼らの思考は全部自分中心にある。
つまり、極度の自分勝手だ。
あまりにも自分勝手過ぎて、心が病んでいる人も多い。
人格障害、アスペルガー、鬱病という心の病みは、彼らの専売特許でもある。

なぜ、そうなるのか?
あまりにも自分の考えに固執するからだ。

自分の考えをいくらしっかり持っても、自分の考えがいくら正しいと思っても、自分の考えをいくら大事に思っても、そんなちっぽけな自分持ちの考えが世間に通用するわけない。世間で通用しないから世の中思うように生きていけない。思うように生きていけないから鬱症状を発生してしまうのである。

天才とバカは紙一重、そのことを彼らは分かっていない。だが、それをわかっている人がいる。それは母性愛の強い女性だ。彼女らはそんなアクの強い世間離れしたへんてこりんな性格の持ち主である彼らを、母の愛情で包み込もうとしている。

彼女は彼の優れた能力を知っている。それは尊敬に値する。だが、彼は世間知らずのバカだということも知っている。人も見下す性格の悪さも知っている。あまりにも自分勝手過ぎるオレ様だということも知っている。理屈ばかりこね回して自分の理論はすべて正しいという専門バカの特徴もよく知っている。

友人から絶対にやめておけ、という男性をなぜ好きになるのか?彼女には、世間からずれている彼をまともにしたい。「これが私の役目」という使命感から彼を好きになっている。母性型の女性はまともな人より、未完成な人をどうやら好きになるようだ。

もし、彼がまともになれば、学歴の高さ能力の高さに、人格の高さ人徳の高さがプラスされて世間で最も有用な人間となるだろう。彼女らはそれを目指している。わたしの愛で、わたしの支えで、彼を有用な人間に育てたいと目指している。

だが、彼らはやはり中味はバカだ。
愛の力で自分を支えようとする女性に、思いっ切り反抗する。
これでもかこれでもかと、やっつける。
このやっつけ方は狂気の沙汰だ。

なまじか学歴が高い分、やっつけ方も汚れた理屈のオンパレードだ。
よくもまあ、こんな狂気じみた言葉が思いつくものだ。こんな危険な言葉どこで覚えた?人をここまで陥れる言葉はどこから出てくる。これだけの不満を時系列でよく並びたてられるものだ。相手に嫌な思いをさせる天才だ。「すべてオマエが悪い」と人のせいにする天才だ。人をいじめ、人を窮地に追い込む天才だ。そこだけは頭がよい。なまじか学歴が高い分、やっつけ方も汚れた理屈のオンパレードだからだ。

そこで女性は悩む。
いくら母性愛が強いとはいえ、さすがにここまでやられたら落ち込む。わたしはやはり彼の母にはなれなかった。もう、母になることはやめた。もうしんどい。つかれた。こんな状態で私の鑑定を受ける。

彼女らにこんな男やめたらといっても聞きやしない。
そのことは十分わかっている。

私の役目は癒やすことだ。
私は専門バカの男性の特徴も知っている。彼らはガキだ。ガキに振り回されてどうする。彼らのいじめ、モラハラ、パワハラは意に介さないこと。まともに受けるから傷つくのであって、まともに受けなければ傷つくことはない。

逆に、「こいつは面白いな」あるいは「こいつはバカで面白いな」くらいで受け止めて流せばいい。バカと天才は紙一重、使いようである。

彼らは言葉通りの実力は無い。言葉がコロコロ変わっている。今日「愛している」と言ったかと思えば、明日になれば「別れよう」と言っている。有言実行できない男が、偉そうなことを言っても世間では通用しないのである。

汚れたエリート、汚れた学齢期の高さ、汚れた金持ちの、汚れた天才・秀才に傷つけられた女性たちが相談に来た場合。彼らの言葉は鵜呑みにするなという話が永遠に続く。

そして、彼らに対抗するような力をつけること。生意気で押しつけがましい意地悪な性格の彼らに抵抗する言葉は「NO」だ。「それはできません」と、きっぱりと断る勇気だ。

こんなキチガイいつ終ってもいいという勇気が持てるようになれば、この程度の男、造作ない。いくらでも作り替えることができる。この意味が分かるまで、私はじっくりと女性たちの話を聞きながら知恵を与えるようにしている。