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ぐるんぐるんと回るネガティブな考え。

せっかくいい答えを出しても、また振り出しに戻ってしまう。

本当にこの方向でいいのか?この考えでいいのか?と、また振り出しのネガティブな考えに戻ってしまう。


ネガティブな人は、いつも話が佳境に入る。

佳境とは、物語や演劇などが最も興味深いところに入ることをいう。そして、佳境は不安と心配事で押しつぶされそうな話ばかりが続く。

まるで、ベストセラーの小説にように、主人公は休まることなく困難な窮地に追い込まれ、そのたびに問題が勃発し、そこから逃げることなく、問題解決に向けて戦わなければならない。

いつになったら自分は幸せになれるの?いつ自分は楽になるの?終わることにない辛くて苦しい佳境に追い込まれる。それがネガティブ女子の恋愛なのかもしれない。

ネガティブ女子の佳境はなぜ続くのか?

それは優柔不断だから。

優柔不断の人はいつまで経っても佳境から脱出することができず、いつまでも佳境の中にいる。

終わった問題がまた復活する。

一度は解決した問題が、また振り出しに戻って未解決となる。

刑事ドラマのように真犯人が別のところにいることになる。未解決の事件は続く。佳境のままに。

見通しのつかないまま友達に助けを求める。友達はネガティブな佳境の話にもうウンザリ。「こんな男とは別れた方がいい」と突き放す。それによって佳境を抱えたネガティブ女子はまた悩むようになる。

私は佳境の話が嫌いか?
というとそうでもない。


正直いって佳境の話は興味がわく。よくもまあ、次から次へと問題が起こるものだと、半ば呆れながら関心さえしている。それから先は、さて…どうやってこの複雑な問題をいい方向に持っていけるのか?どうやって解決に持っていくのか?そこに頭を使うのが喜びとなっている。佳境の話を面白がる自分はちょっと変かもしれないね(笑)

しょうがない、これがこの仕事を選んだ自分の運命だと思っている。

なぜ人は佳境に入るのか?
そのことを私はよく知っている。
それが人生だからだ。

つまり、人生とは生きている限り悩みがつきもの。悩みが次から次へと起こるのは仕方がないこと。悩みのない人生はほんの一瞬にしか過ぎない。それは生まれたときと死ぬときだけ。生きている間は常になんだかんだと問題が起こるようになっている。人生は常に佳境に入る。それが生きている証。それが成長する証。そう思えば、佳境を克服する努力は楽しいものだとなる。


「人生は艱難辛苦」
艱難辛苦とは、非常に困難な状況やつらい思いをして苦しみ悩むこと意味する。

これが人生なら、どんなに面倒でも、どんなに難しいことでも、どんなに辛くて苦しいこともでも、受けて立つくらいの気持ちで前向きに取り込めばいい。

逆に考えれば、人生は佳境があるから楽しい。艱難辛苦があるから生きている価値がある。そう思って、自分の問題に取り組めばいいのではないでしょうか。

だから、ぐるんぐるんと考えるネガティブな考えはもうやめよう。失敗してもいいから、決めたひとつを実行してみよう。あとのことは考えずに、とにかくやってみることだ。

やっている最中に佳境に入るだろう。これをこのままやり続けていいのかと悩んだりもするだろう。しまいにはこれをやっても意味がないと放り出すかもしれない。やれば悩み、やめれば悩む…人間の心はワガママで贅沢にできている。

でもね、それでも続けること。
これから先は2つの人間しかない。
悩みながらも続けた人と悩んでやめた人。
この二人しかいない。

前者は人生の生きる価値を見つけた人。

後者は未だに生きる価値が見いだせない人。

あなたはどちらを選ぶ?



目標がある人は不安にならない。
目標がある人には悩みがない。

夢に向っている人は不安がない。
夢に向っている人は悩みがない。

あるのは、目標に向っている努力だけ。この努力は苦労を伴い、少々きつかったりして苦しむことにもなるが、その代わり不安がなくなる。人間不安さえなくなれば生きる喜びを感じるようになる。

不安で苦しむのと、努力で苦しむのと、どっちを選ぶ?

それは、不安で苦しむよりも、努力で苦しむ方を選びたい。

頭では解っている。
目標があった方がいいということは…。

だが、その目標がなかなか見つからない。見つからないからまた不安の波が押し寄せてきて悩むことになる。これの繰り返しだ人間は。懲りないね。

目標はどうやって見つけるの?
見つけ方をアドバイスしてください。

それ、私にいっているの?
私でよければ、アドバイスしましょう。

私のアドバイスがあなたの参考になるか?どうかは?分かりませんが、私なりの目標の見つけ方を述べさせていただきたいと思います。

目標の見つけ方はあなたの身近なものでいいのです。
身近なもので、あなたがずっと懐に温めたもの。それでいいのではないでしょうか。

例えば、
料理を覚えたいとか。
スポーツジムに通いたいとか。
何かの資格を取りたいとか。
英会話をマスターしたいとか。
旅行にいきたいとか。
美容の勉強をしたいとか。
転職をしたいとか。
新しい仕事にチャレンジしたいとか。

あなたが懐のなかで温めていた身近なもの。頭の片隅にあっていつかこれをやりたいと思ったもの、それらの何かでいいのです。

目標をあまりにも高く設定すると、その大きさによって潰されてしまいます。潰されたらかえって悩みが大きくなります。身近な小さなものをコツコツ築き上げて徐々に目標を大きくしていけばいいのではないでしょうか。

私の個人的な目標の設定は。

1,ブログの継続と仕事の継続。

2,健康のための運動(週に4回のジムと朝の散歩)

3,知識を広げるための読書。

4,電子書籍の執筆。

今までは3つでしたが、新たなに4つ目の目標である電子書籍の執筆が加わりました。

コロナ過で売上が減ったので、丁度良かったと思います。予約の入らない空いている時間に執筆活動ができますから。

売上が落ちれば普通は悩むと思います。私も一時期悩みましたが、悩む時間は短くて、悩んでいるより何かをやろうと早々に決めました。懐の中で温めていたいた身近なもの、「恋愛日記をまとめる」という目標に着手できたことはとても光栄なことだと思います。

もちろんこの先どうなるか分かりません。次の本が売れるとは限らないし、この仕事がこのまま続くとも限りません。先のことは分かりませんが、先のことはどうでもいいのです。いま大切なのは自分に目標があるということです。

たいそうな目標ではありません。自分の懐にあった身近な目標です。あとはこコツコツとその目標に向っていくだけです。これが私の目標の見つけ方です。

あなたにも何かあるはずです。
懐にずっとためていて、いつかやろうとしていた何かがきっとあるはずです。音楽ならこれがピアノかもしれません、ギターかもしれません。もし、あなたが失恋という恋愛の目標を失ったのなら、それらに着手するいい機会かもしれません。もちろん恋愛が続行中でも、それらに着手することはいいことです。人間何か目標があれば、目標に向っている時間は不安と悩みが軽減できますから、心の健康にはすごくいいはずです。


多くの人が不幸を寄せ付けています。
私は数えきれないほどのたくんの不幸を観てきました。

恋愛ではダメ男。
家庭では毒親、毒兄弟姉妹、毒親戚。
社会ではパワハラ・モラハラ上司。
仕事では過労死寸前のブラック企業。
職場では人間関係悪化によるいじめ。
などなど…たくさんの不幸を観てきました。

なぜ、人は不幸を寄せ付けるのでしょう。そして、なぜ人は不幸を払いのけることができないのでしょう。

不思議ですね。人間って奴は。生きている間にどんどん不幸が寄ってくる。それを払いのけようにも人間の感情が邪魔して払いのけることができない。

ああ、感情を持たないロボットのようになれたらどんなに楽だろうか、危険を察知できる動物のように危険が迫ったらすぐに逃げることができたらどんなに楽だろうか。人間はそうはいかない。人間には愛情と感情があるので、逃げることができない。

そうかな・・・人間には愛情と感情があるから不幸から逃げることができない?それは違うと思います。人間には愛情も感情もありますが、知恵もあります。知恵があれば、不幸を寄せ付けないこともできるのではないでしょうか。

知恵でもって、
「不幸を寄せ付けない」と決めれば、いいのではないでしょうか。



人間の思考は意外と簡単に信念まで育てることができます。「自分は不幸を寄せ付けない」と決めれば、それがあなたの信念となります。


この信念を下記の不幸に使ってみましょう。

ダメ男?自分は不幸を寄せ付けないと決めて終わりにすればいいのです。

毒親、毒兄弟姉妹、毒親戚?自分は不幸を寄せ付けないと決めて縁を切ればいいのです。

パワハラ・モラハラ上司?自分は不幸を寄せ付けないと決めて、この上司と戦えばいいのです。

過労死寸前のブラック企業?自分は不幸を寄せ付けないと決めて、ブラック企業を辞めればいいのです。

職場の人間関係悪化によるいじめ?自分は不幸を寄せ付けないと決めて、この人たちを無視すればいいのです。

そんなことをしたら、「あなたは人間ではない。あなたは冷酷で薄情だ、人間の心が備わっていない」といわれるでしょう。

そうきたか?まあ、そうくるようね。感情と愛情が絡んでしまった人間関係を、自分を不幸を寄せ付けないと決めてバッサリ切るのは人間のすることではないと誰もがう思うでしょう。

では、その人間性とやらを取り戻して不幸から脱出できるかというと脱出などできません。かえって不幸になるだけです。

ダメ男の犠牲になる。毒親の犠牲になる。ブラック企業の犠牲になる。ダメ男の奴隷になる。毒親の犠牲になる。ブラック企業の奴隷になる。そこのどこに人間らしいところがありますか?不幸を寄せ付ける人間と、不幸を寄せ付けない人間は、どっちが人間らしいですか?そこをよく考えてください。どちらが人間らしいか。正解は不幸を寄せ付けない人です。

他人ならまだしも・・・親・兄弟はダメでしょという人がいます。では毒親、毒兄弟の犠牲になっていいのか?というとそれは違います。たとえ親や兄弟でも、相手が毒ならば縁を切ればいいのです。

毒親は縁を切ってしまえば、もうあなたを頼りにすることができなくなり親の毒もなくなってきます。あなたを頼りにするから毒を吐くのであって、あなたがいなくなれば毒を吐く相手がいなくなるので、親もそれによって幸せになれます。それは兄弟・姉妹にも同じことがいえます。

このまま毒親と生活して一生毒に冒されより、家を出て自立した方が、より人間らしい健全な生活ができます。親と子の関係は育て捨てでいいのです。兄弟も育て捨てでいいのです。あとはそれぞれが大人となって生活していけばいいのです。あなたは新しい家族と共に幸せになればいいのです。


「不幸を寄せ付けない」
これをあなたの信念にしてください。

周りに薄情だと思われても構いません。
不幸を寄せている人間の方が薄情なのですから、彼らの忠告に従うことはありません。彼らは不幸な生活を続けてあなたを引きずり込もうとしているだけです。ですから彼らの言葉に耳を傾けることなく「自分は不幸を寄せない」と固く決めてください。「自分は不幸を寄せ付けない」と決めれば、不幸は寄り付かなくなります。



明るくいこう。

女子は明るい方がいい。可愛く明るく「キャーキャー❤」と黄色い声を発している方がいい。黄色い声は天使の囁き。聞いているだけで、男子はなぜか嬉しくなる。この声の先には黄色ではなく爽やかに輝いているゴールドの光が指しているから、聞いている男子はみなその光の方向を見てウキウキする。

反対に、暗い女子はよくない。周りがどんよりと暗くなる。じめじめとしていて、そばにいるだけで憂鬱になる。最初は可哀そうだから助けてやろうと思ったが、会うたびにネガティブな話ばかりされるとさすがに嫌になる。その話はもうウンザリ。君の話を聞くたびに、こっちまで不幸になるよ。

女子は両方持っている。
可愛くて明るい女子。ネガティブで暗い女子。両方持っている。

恋愛の始まりは前者だったが、付き合いが深くなるにつれて後者になった。

それを男子は言いたいのだろうが、後者の女子にしたのも男子に責任がある。「オマエがちゃんとやらないから、この子が暗くなった」といってもいい。

わたしが暗くなったのは彼氏のせい。ふきでものができたのも、ゴハンが食べれなくなったのも、夜眠れなくなったのも、みんないい加減な彼氏のせい。女子はそのように思っている。

そうか…。
でも、もうやめようか。
責任をなすりつけるのは。


これからは消極的でなく積極的に生きていこう。誰かのせいにするのは消極的な考えの持ち主。消極的な考えでは、この先なにをやってもうまくいかによ。

うまくいく人は、みな積極的さ。積極的な人間になろう。


消極的な感情の正体。
不安、心配、怒り、悲しみ、嫉妬。この5大悪の感情が消極的な人間の正体。そしてこの5大悪の感情は人間が持ってはいけない感情となる。

毎日不安で心配なことだけを考えれば悲しみと怒りに襲われる。自分がこうなったのもあいつのせい、あいつだけ幸せになるのは許せないと嫉妬に狂う。こんな日々を毎日繰り返していたのでは、それはネガティブな消極的人間になりますよ。


積極的な感情の正体。
反対に積極的な感情を持っている人間の正体は、5大悪感情を捨てた人。「人がいいね」という程度の低い問題ではなく、道理を踏まえて、物事をよく理解している人がこの5大悪感情を捨て去ることができる。

積極的な人間には、不安も心配も怒りも悲しみも嫉妬もない。相手がどうであろうが、自分はぶれないでいられる。相手が5大悪感情を持っていたとしても、自分は5大悪感情を捨て去っているので、相手のペースに惑わされなく、自分が正しいと思う道を選ぶことができる。

相手が5大悪感情で浮気をするなら切ればいい。相手が5大悪感情で音信不通にするのなら切ればいい。相手が5大悪感情で自分を不幸にしようとするのなら切ればいい。人間が持ってはいけない5大悪感情を捨て去れば、嫌なことはすぐに切ることができる。

また積極的な人間は、相手が求めればいつでも受け入れる準備ができている。相手とは相手が持っている5大悪感情で終わったしても、相手が改心すればいつでも受け入れることができる。

消極的な人間ほど、相手のせいにする。
それは5大悪感情を持っているから。

だから、もうやめようか…相手のせいにするのは。
相手のせいにするのでなく、自分を積極的な人間に作り変えようよ。その方が人生はうんと楽しくなるから。


ネガティブ女子は男性に嫌われるよ。なぜかというと不幸を持ってくるから。

これからは、「明るい女子は男性に好かれるよ。なぜかという幸福を持ってくるから」という女性に変身しよう。




分別をわきまえた大人でも失敗することがある。

下手に経験があるほど失敗は痛ましい。子供が失敗したのなら立ち直りが早いが、大人の失敗は立ち直りが遅く後に引きずる。子供の失敗は後悔があまり残らないが、大人の失敗は後悔ばかりが残る。

なぜ子供は失敗から立ち直りが早いか?それはもうしょっちゅう大人から「あんなことをしてはダメ、こんなことはしてはダメ」とダメ出しをされているから。失敗するのが当たり前のようになっていて、失敗してもをあまり恐れない。転んでもすぐに起き上がるのが子供の性格。

それに対して大人は、成長するにつれてあきらめないことを覚える。学校で社会で仕事で強制的に「あきらめずに最後までやりなさい」ということを教わる。失敗は落伍者のように扱われ、失敗するのを恐れるようになる。失敗は人間の恥だ。こんなことができないのは頭が悪く常識がないからだと言われるのを恐れるがあまり、失敗を恐れるようになる。

だから失敗すると、自分は人間として失格だと思い込み、あきらめることに抵抗するようになる。失敗からの立ち直りが遅いのは、あきらめることを恐れるがあまり立ち直りが遅い。つまり、下手な経験は立ち直りを遅くするということになる。

分別をわきまえた大人の失敗は立ち直りが遅く、あとから厄介となる。とくに大人になっての失恋はショックが大きく立ち直りが遅い。若い子みたいにそんな男さっさとあきらめて次にいけばいいが、大人は次にいけない。もう若くないから次がないのだ。だから、執着してしまう。

大人の恋愛はあきらめが悪い。
あきらめが悪いからあとから厄介となる。

どんなことが厄介かというと、いつまでも執着してしまうから。子供は失敗から学ぶものが多いが、大人はあきらめずに最後までやり遂げることから学ぶ。あきらめは大人の恥となるので、とことん最後までやり続けようとする気持ちが出てくる。


はい、ここまでは一般的な論調。
ここから先は、もう一歩上の大人を目指そう。

もう一歩上の大人とは何か?
それは、「執着しない大人になること」
ここから先は執着しない大人を目指そう。


子供は失敗から学ぶ。
大人はあきらめないことから学ぶ。

どっちが優れているかというと、もちろん経験を積んだ後者の大人。失敗から学び、成長するにつれてあきらめないことを学び、最後に成功を納めるのが大人の考え方。この考え方は素晴らしい。だが、執着をいれてはいけない。一歩上の大人になるためには、潔さも身につけなければいけない。執着するのではなく「あきらめよう・・・そうすればうまくいく」を覚えなくてはいけない。

世の中の事柄がすべて成功するわけではない。
すべての恋愛が成就するわけではない。
命がけで好きになっても、叶わないものは叶わない。

叶わないものに執着するより、そんなときは「あきらめよう・・・そうすればうまくいく」を活用すればいい。大人のあきらめ方は怒りや苦しみではない。「相手の幸せを願ってあきらめること」「相手を祝福してあきらめること」これが一歩上の大人の考え方。一歩上の「潔くあきらめられる」大人を目指そう。





自由恋愛が横行している世の中では、分別をわきまえた恋愛を心がけるべきだと思います。

分別をわきまえた恋愛とは?愛されることより愛すること。何も期待せずに、その人のことをただひたすら愛する「無償の愛」のことをいいます。

いいですね。
無償の愛は、まさしく分別をわきまえた恋愛。とても素敵だと思います。

こんなことを書くと、「何をきれいごといっている」とお叱りを受けるかもしれません。でもね、その方が精神的にラクだと思いますよ。

人間の苦しみは期待するから苦しいのであって、期待しなければ苦しくありません。ですから何も期待しない無償の愛がいちばんいいのです。

恋愛は自由です。
期待するのも自由。期待しないのも自由。どうせなら精神的にラクな方を選んだ方がいい。相手の自由を尊重し、自分の自由も尊重する。責任もなければ束縛もない。それぞれが自由にのびのと恋愛をすればいいと思います。

そもそも自由恋愛とはそういうものです。なにも束縛なく自由に好きなことをやる。そこに恋愛がくっついただけです。そこで発生したのが相手を好きになる気持ち。この気持ちは今までなかった衝撃を自分に与えてくれた。ロマンとトキメキが刺激となって、まるで宙に浮いているようなフワフワとした気分にしてくれた。

少年少女の、乙女心と子供心が全開となり、ピーターパンとシンデレラが冒険の旅に出る。おお!なんとfantastic(ファンタスティック)な夢の世界ではないか。

このままこの幻想的な世界が続けばいいが、この世界はそんなに長く続くことなく短く終わる。

え、もう終わり?
あっけなかった・・・
はかなく終わってしまった。

そこから起こるのが、ピーターパンシンドロームとシンデレラコンプレックス。

シンデレラコンプレックスとは、「優れた男性への依存症。有能な男に守ってもらいたい・養ってもらいたい」という女性の願望を指します。「いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる」のを信じている乙女のようなものです。


ピーターパンコンプレックスとは、
大人になりたくない」という願望が強すぎて社会に適応できない症状のことをいいます。 ピーターパンのように永遠に子供のままでいいという、叶うはずもない願望に囚われてしまっている男性のことを指します。

どちらも現実的ではありません。現実的でないのなら、あっさりとメルヘン症候群の恋愛をやめればいいのです。

やめてどうする?
やめて大人対応の恋愛をすればいいのです。

シンデレラコンプレックスは男性への依存している女性です。ピーターパンコンプレックスは大人になることから逃げている男性です。どちらも大人対応の恋愛をすればうまくいきます。

まず女性は彼に依存しないこと。依存すれば大人になりたくない彼は逃げてしまいます。そして男性は時間をかけて大人の階段を上がること。彼女からの依存がなければ、徐々に徐々階段を上ってに大人になっていくでしょう。

シンデレラとピーターパンはまだ若い。
じっくりと育てていきましょう。
その間、恋愛が楽しめますから。
自由恋愛を楽しんでください。


え?いつ私が「不倫の相談は嫌い」といったのかな?ブログかな?それとも口伝かな?あるいは一般的な感覚で不倫の相談が嫌いなはず?と思われたのかな?

ま、いずれにしても勘違いだと思います。

ここで公言します。
「私は不倫の相談が嫌いではありません」というか、「すべての相談が嫌いでもありません。」どんな相談でも、喜んで受け入れています。

正直いいますと、不倫の相談は毎日のようにあります。現代は、自由恋愛真っ盛りの世の中といっても過言ではないと思います。

恋愛は自由。誰を好きになっても自由。だが、自由恋愛の不倫は心が痛むのも事実。あとから傷つくのも事実。そして悲しい終わりを迎えるのも事実。こんな悲しいことはないのに、皆さん不倫がやめられない。

私の役目は不倫で悩んでいる人の心を少しでも軽くすること。傷ついた心を癒して、正しい方向に向けること。これが自分の使命だと思っています。

人を愛することが悪いわけではない。だが、欲望に走るのはよくない。欲望を捨て純粋にこの人のことを愛すればいい。将来結ばれることはこれぽっちも考えず、ただひたむきに控えめにその人のことを愛すればいい。

「将来結ばれることを考えてはいけない」それはわたしにはできません。わたしはいつか彼と結ばれることを夢見ています。二人とも歳をとって、おじいちゃんおばちゃんになって、自由になったとき、わたしは彼と結ばれたいのです。

みなさん同じことをいいますね。おじいちゃんおばあちゃんになって、家庭に責任を果たし、お役目ゴメンの離婚が成立して、晴れて自由の身になったら結ばれたいといいます。

それは素晴らしい考えですが、果たしてそこま持つでしょうか?男と女です。不倫を続けてそこまで持ったカップルは皆無に等しいのです。みなさん途中で別れています。

なぜ、そこまで持たないのでしょうか?その愛が純愛でなくなるからです。最初は純愛でした。でも、途中から欲望の苦しみに襲われて純愛でなくなったのです。どっちかというとドロドロ劇です。ドロドロ劇には悲劇のヒロインが生まれ、はかなくて苦しい恋模様が展開されて増悪の化身となる女優が誕生するだけです。

ドロドロ劇は長く続きません。おじいちゃん、おばあちゃんになるまで、とても持ちこたえることができません。ドロドロ劇は長くて数年で散る、はかない命なのです。

こんなドロドロした状態であなたが純愛を取り戻したいのなら、この恋をやめることです。やめればまた純愛を取り戻すことができます。人を好きになることは間違っていません。人を愛することも間違っていません。間違いを冒すのは、本気になって欲望に走るからです。

不倫は本気になったら欲望に走ります。本気にならなければ純愛のままです。

ここで不倫のルールを申し上げます。

不倫は、、、、
遊びでいいのです。
決して本気になってはいけません。

遊びなら、純愛のままいつでも別れることができます。遊びなら、傷つかないで別れることができます。遊びなら、誰にも迷惑をかけることなく、一瞬の流れ星を見た感覚で終わりにすることができます。

「あ、流れ星だ」
あれがわたしの純愛だった・・・とロマンチックに終わりにしてください。

「不倫は遊び?」これって男の人の考えではないの?
男の人はずるいから遊びにした方が都合がいいのではないの?

違います。
不倫の定義に男も女もありません。

不倫は人間の本分をわきまえた遊びでいいのです。
その方が純愛を守れますから。



男女のいろいろな過程があって別れた。
白黒とはっきり決着がついて別れた。
男と女は、お互いが理解の上納得して別れた。

なのに・・・
あきらめのいい人とあきらめの悪い人がいる。

あきらめのいい人はあっさりとあきらめるが、あきらめの悪い人はあっさりとあきらめることができない。そして、「復縁できますか?」と変な質問をしてくる。

へ?・・・理解不能。
白黒決着がついてお互い納得して別れたのに。この後に及んで、まだ復縁を望むのか?意味分からない。

私は、意味の分からない人を多く相手にしている。(笑)多くのあきらめの悪い往生際の悪い人を相手にいている。ま、これが仕事だから仕方ないけどね。

往生際の悪い人の気持ちも分かります。

ですが、たまには往生際のいいあきらめのいい人になってみてはどうですか?こっち側の人間になってみませんか?人生楽しくなりますよ。

自分のことをいうのもなんですが、私って結構あきらめがいい方です。すぐにあきらめてしまいます。欲しい車があって、自分に買えないと思ったらすぐにあきらめます。うまそうな料理があっても値段が高そうだったらすぐにあきらめます。物欲、食欲にあまり拘りがなく、服はユニクロ、ランチは餃子の王将でこと足りています。

仕事は?ちょっとは頑張りますが、ブラックに達したらすぐにあきらめます。別にサボっているわけではないですよ。無理しない範囲で続けているだけです。

恋愛は?
すぐにあきらめますね(笑)
だから、失恋ばかりしていました。

ずっとあきらめることは悪いことだと思っていましたが、今は違います。今はあきらめることの素晴らしさを覚えたから、あきらめることを楽しんでいます。

あきらめるとは、物語作りです。
たくさんあきらめれば、それだけたくさん物語が作れます。たくさん失敗してたくさんあきらめる。失敗した数だけ思い出が残る。いいじゃないですか、あきらめるということは。それだけ人生楽しめますから。

私はコツコツ努力方で粘り強い性格の持ち主です。この特徴がブログにも出ています、15年間、毎日のように記事を書き続けているからです。そうとう粘り強く、忍耐力も抜群だと思っています。でも、片方ではあきらめも早いのです。嫌なことはさっさとあきらめてしまいます。粘り強い性格とさっさとあきらめる性格。この二つの性格を同時進行させて生きているのが今の私です。

皆さんもあきらめのいい人間になってはどうですか?

あきらめの悪い切りのよくない人間になるより、さっさとあきらめて切りのいい人間になったらどうですか?人生切れ切れで踊った方が楽しいですよ(笑)

切れのいい人間は物事が分かっている人。

切れの悪い人間は物事が分かっていない人。

若いときは物事が分からなくて切れの悪い人間でも仕方ありませんが、成長して大人になったら物事の分かる切れのいい人間になりましょう。



70代後半の女性。

女性が最初に発した言葉は「夫と離婚したい」だった。

「まさか?こんなご高齢で…」「なんでいまさら?」「離婚して大丈夫なの?」「生活はやっていけるの?」とつい心配になってしまう。

70代後半で離婚して大丈夫なの?老後の生活は?お金は?健康は?余計なことかもしれませんが心配してしまいます。

しかし、話を聞いているうちに離婚より今の結婚生活を続ける方が難しいかなと思った。

家庭を顧みない夫。

会話のまったくない夫。

夫婦愛どころか、子供への愛情もない夫。

今は、家庭内別居の状態。

食事も別々。一緒に出かけることない。旅行はもちろんない。夫は友人もいなければ趣味もない。ただ、自分の都合だけ押し付けて何もやってくれない。夫婦として最低限の協力さえもない。

話を伺えば伺うほど、これは離婚した方が幸せになれると思った。そこから先は離婚に向けた話し合いが中心となる。

離婚後の生活は切り詰めればなんとかなる。それよりこのまま結婚生活を続けた方が精神的によくない。毎日「死にたい」と思うような暮らしは、これ以上続けたくない。

会話のない夫婦生活はこれ以上続けたくない。これが離婚をしたいという大きな理由。

しかし、夫はそのことをぜんぜん理解してくれない。家庭に無関心な夫は、妻がなにを病んでもまったく関心がないのです。こういう男性は、妻に三下り半を下されても無関心を装うでしょう。


家庭に無関心な男性は離婚に関しても無関心。つまり、「どうでもいいのです」。夫はこの生き方に満足しているので変える気はまったくない。食事も別々、会話もない、夫婦としての最低限の協力もない。不自由な生活をしていると考えるのは妻のみで、夫はまったく不自由を感じていない。だからこのままでいいのです。

ここまで来たら、これはもう悪い習慣となります。悪い習慣は直すことができません。悪い習慣を持っている人は、不自由な生活にも不自由さを感じない性格となっています。面倒くさいから何も変えたくないという性格は男の専売特許で、一生この性格は変わることはありません。

悪癖は改善の見込みなしとなれば、この結婚生活を続けるのは地獄となります。

ここまで話し合えば、もう離婚に賛成するしかありません。

これだけ不誠実な材料が揃えば、離婚した方が幸せだからです。

熟年離婚。
高齢者の離婚。

熟年離婚が増えてきましたね。
世の中、変ってきました。

いえることは、「女性たちがもう我慢しなくなった」ということです。

「いつまでも夫のワガママに付き合えない」ということです。


自分勝手な男性が増えてきました。

年寄りだけでなく若者にも増えてきました。

若い男性は、彼女を無視して音信不通にする。

年配の男性は、家庭で一切おしゃべりをしない。

自分さえよければいいと、自分勝手な男性が増えてきました。

気をつけてください。
コミュニケーション不足の男性は、やがて妻や彼女に三下り半を下されることになります。そうなったらお互いが不幸になるだけです。気をつけてください。



先の見えない男性。
グレーで曖昧ではっきりしない。「彼は何を考えているのか?」付き合っている女性は、かいもく見当もつかない。

「彼は何を考えているのですか?」と私に質問されても、「さあ?わかりません」と、とりあえず答えるしかない。

本当は彼が何を考えているか?だいたいの予想はできる。でも、それをそのまま伝えたら鑑定に訪れた女性たちを傷つけることになる。そのまま伝えたら、夢も希望もなくなってしまうからです。

単純に考えれば、グレーで曖昧にする男性は、卑怯な男性のことを意味する。卑怯なる男性の胸の内は、説明などしなくても誰にもわかることなので、どの人に相談しても反対されることは間違いない。

ここまでは一般論。
私が一般論ばかり振りかざしたらおそらく誰も鑑定に訪れないでしょう。ここに来られるお客様は一般論に疲れた人。「もう誰とも相談できなくなった…」という人たちが、最後の砦としてここを訪れる。

最後の砦に選ばれてしまったか(笑)光栄だけど責任が重いね。まあしかし、やるしかない。

常識はもちろん大切です。卑怯者の男と付き合うのは誰が見てもダメだと思う。それが常識ならそれに従えばいい。だが、一般論を振りかざす人に常識があるか?というとそうでもない。

「この男はやめた方がいい」という周りの意見は、実は常識のある考えではなく、その人個人の考えにしか過ぎません。

なぜかというと、他人はあなたの状況を詳しく知らないからです。彼と付き合ったことのない他人が、どうして彼のことが詳しくわかるのでしょう。

彼と付き合っているのはあなたです。ですから、いちばん詳しいのはあなたです。彼の愛情、あなたの愛情。いちばんよくわかっているのは当事者同士です。二人の関係は他人にはわかりません。

詳しい状況をなにもしらない他人が「この男はやめておけ」という権利はないのです。これこそ常識から外れているのです。常識は大切です。ですが、他人の常識は常識ではないのです。常識はあなたしか持っていません。

ここに鑑定に訪れる人は自分の常識を持っています。ですから、あなたがどうしたいのか?正直に話してください。ここではリラックスして素直な気持ちでお話してください。


1,あなたが世間で反対されても彼が好きだというのなら、それがあなたの常識です。

2,あなたが彼とは終わりにすると決めたのなら、それがあなたの常識です。

3,どっちも決められないというのなら、それがあなたの常識です。


私のところでは、3番がいちばん多いですね。決められないからここに来ている。

人生は二者選択と言われていますが、三者選択もある。1と2には方向性がありますが、3は優柔不断で方向性がない。複雑な世の中だからこそ、人々は優柔不断になるのかな?と思っています。

ここに来られるお客さんは、「決められないで悩んでいる人ばかり」といっていいでしょう。二者選択どころではありません。どっちつかずで悩んでいる人の方が多いということです。

最近、(それは、そうだな)と思うようになりました。

どっちか決められる人は、ほんのわずかしかいません。決めれないから皆さん悩んでいるのです。

だから、私の仕事は「悩みにお答えする」だけでなく、悩みの方向性を決めるお手伝いもさせていただいています。私でよろしければ、方向性を決めましょう。場合によっては私が背中を押してあげます。あなたが決めたことは正しいのです。信じて前へ進んでください。