ホーム > 人生哲学 > 逆境の中にこそ生き甲斐がある。不安は人間を成長させる。
不安があるから人間は成長できる。
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止めどもない将来の不安。不安のことを考えるのをやめようと思っても、不安は次から次へと湯水のごとく出てくる。繊細に神経質に胸がきゅーと締まるくらい出てくる。早くこの状態から脱出したいので開き直って別のことをする。仕事をして、運動をして、晩強してみるが、不安の解消法は一時的なもの。行動が止まれば、また不安はぞくぞくと心の片隅から出てくる。にっちもさっちもいかない不安をどう退治していいかわからなくなる。

そこで、不安について考えてみた。不安を不安なことと考えるからいけないのだ。不安は人が成長するために必要なもの、不安があるから人間は成長できる、そう考えるようにした。そう考えると、不安がない人は成長が止まった人。平和で安楽な生活に身を置いている人は、生き甲斐がなく生きる屍だ。不安のない人生なんてあの世にいってからでいい。自分は生きている間、不安と戦う。不安なくして成長はあり得ない。この不安をずっと持ち続け、戦いながら自分を成長させていく。



不安は自分を叱咤激励してくれる友人だ。
この友人は容赦しない。この歳まで随分頑張ったのだからもう勘弁して、といっても容赦はしない。歳関係なく、歳に見合った分の試練を与える。怠けるな!サボるな!と心に冷たいきついムチを与える。おいおいオレはもうそんな苦労はしたくないといっても、生きた年齢に見合った苦労を与える。気力体力が衰えても不安は容赦しない。

なぜこんな苦労を自分に与えるの?と不安に聞けば、あなたを生かすためさと答える。おいおい冗談じゃないぜ、オレを生かすためにオレをいじめるのか?

「いじめではない、あなたにもう一度若さを取り戻すための教訓を与えているのだ」。なんだそれ?考えてみなさい、安楽を覚えた老人の姿を。何の目標もなくただボーッと家でテレビを見ている姿を。日がな一日を公園のベンチでごろ寝している姿を。活力がなくただお迎えが来るのを待っている姿を、あなたはそうなりたいのですか。

うむ、確かに、ああはなりたくない。あれになるのはもっと先でいいかな。生きている間は活力にみなぎっていたい。だから友人としてあなたに不安を与えているのだよ。ええ!不安がオレの友人?そんなの欲しくないね。だってあなたは叱咤激励ばかりで、ぜんぜん安心感を与えてくれないではないか。そうワタシはあなたに安心感を与えない。常に心配の種ばかり与える。その心配の種が次から次へと不安を生み、あなたに休みを与えないようにしている。

なんという意地悪な友人だ。こん畜生と思わないでいただきたい。ワタシはあなたの友人だが、あなた自身でもあるのだよ。


 まとめ
安楽な生活に希望はない。
不安とは、楽な生活はするなと己を戒め、自ら不安を引き受けているに過ぎない。思い起こせば、安楽な生活に希望はない。不安のない生活は何も生まれない。夢も希望も目標も生まれない。達成感のあるゆとりの生活など、生きる屍だ。人間は達成感のあるゆとりの生活を目指すが、それは死んでからでいい。

生きている間は不安と戦いながら努力するべし。心配事の種が尽きない方が人間は頑張れる。不安があるからこそ技術と学問と精神力を鍛える。悩みがあるからこそ生きている証拠。心配、不安、悩みがなくなったら人間は生きる屍だ。だから安楽な生活には何の希望もない。希望があるのは不安と戦っている姿だ。不安を打ち負かす努力こそが人生の生き甲斐となる。

不安に負けたらまた戦えばいい。不安のない人生はつまらないとともに、失敗のない人生もつまらない。安楽な生活ほどつまらないものはない。だからいいのだ。このままの不安の状態で。まだあなたは戦えるから幸せだ。逆境の中にこそ生き甲斐がある。不安は自分を成長させる道具に過ぎない。逆境の中にこそ生き甲斐がある。不安とは自分を成長させる道具だ。

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コメント

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お金が使い切れないくらいあって、時間がありあまっていて、
毎日食べたい物を食べて、したいことをして、行きたいところへ行って、
欲しい物はなんでも買っても大丈夫な境遇になったら恐ろしいです。
ただただ虚しくそれこそ生きる屍です。金持ちではないので、
何か買うにも10円20円の値段の違いにも敏感で、バカみたいに
アクセク働く毎日ですが充実しています。負け惜しみではないですよ。
お金が困らないくらいあって、自由な時間もたくさんあるのに、
不満と人の悪口ばかり言って暮らしている人をたくさん知っています。




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