人は生きるために食事をする。食事によって体内に栄養を入れないと人は生きていけない。
読書もそれと同じ。食事が体内の栄養なら、読書は心の栄養、精神を強化する栄養を入れないと人は生きていけない。
食事と読書は人が生きていくための補強である。食事は体内の補強、読書は頭の補強。両方ないと人は人間らしく生きていけない。
さらにもうひとつ加える。3つめはなんだ?それは運動だ。
運動は体力をつけるためにある。体力がないと人間は健康を保てない。運動も人が人間らしく生きるために欠かせない。
「食事、読書、運動」3つを毎日取入れることによって、人間は心身共に充実する。この3つは、人が生きるための三種の神器みたいなものである。
提案として、
食事の時間に合わせる。一食の時間が20分だとすると、一日3食で60分。それによって読書を60分、運動を60分とする。1日3時間を心と身体の栄養補給に充てれば、間違いなく充実した人生が送れる。
読書について私の感想を述べる。
私が本を読むのは、不安を払拭するため。本を何日も読まないと、私の心は不安で蝕まれる。
人間の心は弱い。ちょっと怠けると、怠惰による不安が押し寄せてくる。冷静に考えれば、大したことなにの、なぜか不安は大きくなる。
怠けているときの人間は不安を大きくする創造主である。怠けているときは、雑念、妄想、悲観、ネガティブが頭の中を占めて不安はさらに大きくなる。こんなバカなことは考えてはいけないと不安を追い払うとするが、いかんせん自分には不安を追い払う知識がない。
それで知識を借りるために本を読む。不安を克服して事業を成し遂げた先達たちの経験と知識は凄い。自分には真似できなくとも、彼らの知恵を少しでも授かることによって、自分の不安は徐々になくなり、やがてすっきりする。
すっきりすれば、不安の世界から、よしやってやろうという世界へいける。ネガティブからポジティブの世界へいける。自分はポジティブの世界に一歩でも踏み込むために本を読んでいるといっていいだろう。
人間は浅はかな自分の知識や経験では不安を乗り越えることができないこともある。常にサボろうとするのが人間の悪い癖で、このサボりによって人は不安を増殖する。それを阻止するのが読書である。
私の読書は知識を得るためのものだけではない。どちらかというと心の補強、精神を強化するために本を読んでいる。心には常に補強が大切である。それを私は心に命じるだけである、「本を読め」と。
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私にとって読書とは作者との対話なんです。読むと言うよりは、共に話し合うような。
もう亡くなってしまった一度も会ったことない人たちと繋がりを持てる貴重な機会ですよね。
先生は私小説をお書きにならないのですか?
一般人よりも多くの体験をなさっていることと思います。
きっとドラマティックな小説になるでしょうね。