相手が幸せなら、自分も幸せと感じる。
相手が不幸なら、幸せの方向に持っていってあげる。
「人の喜びをわが喜びとせよ」これは人間だけが持つことのできる尊い心だ。
相手が寂しいのなら話を聞いてあげよう。
相手が悩んでいるのなら相談に乗ってあげよう。
相手が忙しいのなら見守ってあげよう。
相手が一人になりたいのなら一人にさせてあげよう。
相手が自分の以外の人を選ぶのなら祝福してあげよう。
相手が自分を裏切ったら許してあげよう。
相手が自分のことを無視しても許してあげよう。
我欲を捨てれば、こんなに清々しいことはない。
人の喜びをわが喜びとして生きていれば、
騙されることも裏切られることも無視されることもない。
例え、そういうことがあっても、ぜんぜんへっちゃらである。騙されること裏切られること無視されることに傷つくようでは、まだまだ修行が足りない。
人間社会ではそういったムカつくことが無数にある。いちいち気にしていたら生きていけない。
「心を積極的にせよ!」とは、「我欲を捨てる」こと。我欲を捨てればポジティブに生きていける。ポジティブに生きていけば運が良くなり、騙す、裏切る、無視する人は、だんだんと自分の周りからいなくなる。
あとは、いい想い出となる。
修行中に、騙す人裏切る人無視する人が現われただけ。君にはこれが足りないからと成長するための試練を神よって与えられた。今にして思えば、みな修行だった。みな勉強だった。だから、いい想い出だ。
人が成長するためには、試練が与えられる。
生きている間、みな平等に試練が与えられる。
この掟から、誰一人逃げることができない。
貧乏人も金持ちも、平民も偉い人も試練から逃げることはできない。
みな、平等に与えられる。
誰一人、楽には生きていけない。
人間、生きている間は試練の連続だ。
人間生きている間は勉強だ。
試練を味方につけるには、我欲を捨てること。
人の喜びをわが喜びとして生きれば、試練を味方につけることができる。
騙されたら悔しいだろう。
裏切られたら辛いだろう。
無視されたら悲しいだろう。
こんな辛い思いをさせた相手を、許せないといって憎んだところで心は晴れない。なぜ晴れないか?それは憎んだ相手にずっと支配されているからだ。それじゃいつまで経っても運は良くならない。
運を好転させるためには、相手を許して忘れること。いつまでも恨みの世界にいたのでは一生運は好転しない。
なぜいつまでも恨みの世界にいるの?なぜいつまでも過去のトラウマの世界にいるの?それは我欲生きているからだ。自分だけが悲しい、自分だけが不幸で生きていると勘違いしているからだ。
人を許すということは自分を助けること。
そして、人の喜びを我が喜びとして生きれば、自分が成長できる生き方となる。
その生き方は、なんといっても楽しい。
我欲を捨て、人の喜びをわが喜びとして生きれば、これ以上楽しいことはない。
この生き方なら商売は繁盛するし、恋愛も成就する。
仕事はうまくいき、家庭生活は幸せに溢れた豊かな生活となる。
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我欲を捨てる…自分との戦いなのだなと私は思いました。自分に負けそうになった時、また先生にお話し聞いて貰えたらと思います。
5年前、夫と交際時に別れた期間があり、その時先生のブログに出会い、沈黙を貫いたら半年で戻ってきて結婚に至りました。いつか先生に鑑定してもらいたいなと思っていました。
いつか対面鑑定もお願いしたいです。よろしくお願いします!