ホーム > 不可能を可能にする奇跡を起こす。 > 今、これをどうやったらチャンスにすることができるだろうか?という発想をする。
私は皆さんの悩みをたくさん聞いている。

いつも思うことだが、

この悩みをどうすればチャンスに変えられるか?

そのことばかりを考えている。

私の仕事は皆さんに「希望を与えること」

いつも「どうすれば希望を与えられるか?」そのことばかり考えている。

この人の幸せって何だろう?
この人の希望はなんだろう?
私の頭の中は、その人に合わせた改善策がグルグルとまわっている。


私が手相を観るのは、希望を与えること。

手相には希望がある。
下手な人間の考えより、手相の方が未来の希望を導いてくれる。
私は手相の力を素直に信じて、そこから目標を立てる。
目標を立てるには、とても有効な手段として手相鑑定を行なっている。

手相とは何?
それは、あなたの意識だ。
あなたの基本である意識が、潜在意識となって手のひらに表れるのを手相という。占い師は、この手相を観て鑑定を行なう。

もちろん見方は占い師によって違う。私はこの手相を成功哲学の目標としている変な占い師だ(笑)だから、私は占い師というより、哲学者だ。目標を定め、成功哲学に乗っとって鑑定していく。ここにやり甲斐と生き甲斐を感じている変な占い師だ。

まあ、私のことはどうでもいい。手相の話を続けよう。
先ほども述べたが、手相は希望を与える目標だ。
だが、この希望は、この目標は、人によってまちまちだ。
まちまちを千差万別という。
指紋と同じように、誰ひとり同じ手相はない。
それこそ、宇宙のようだ。


個人個人の手相には、宇宙空間が広がっている。
この広大な宇宙から、希望という目標を見つける。
これは正直言って至難の業だ。
私はその至難の業を、こともなくやってのけている。
長年の経験と直観が、なす術を手に入れたと自負している。

さて、手相による希望と目標はそれぞれ違う。
目標を順調に達成する人もいれば、努力しないと達成しない人もいる。大半の人は努力しないと達成しない人が多いので、ここに私の出番がある。私の哲学が、複雑な問題に対処していくのである。

この人の幸せって何だろう?
この人の希望はなんだろう?
私の頭の中は、その人に合わせた改善策がグルグルとまわっている。

そのときの姿は見せられない。対面鑑定をしながら、電話鑑定をしながら、お客さんとの会話の中で、頭の中は(どうすれればいいか・・・)とグルグル廻っているのである。

手相から希望や目標が見えたとしても、鮮明ではない。自信のない人はくじけたような弱き線となって不鮮明になっている。このかすかな希望線に、かすかな目標線に、力を注がなければいけない。

悲観のとき、どうやって心を強くするか?
私の頭の中は、いつもそのことでいっぱいである。

今、これをどうやったらチャンスにすることができるだろうか?という発想しか私の考えにはない。ピンチをチャンスに変えることで、心は強くなる。これをお客さんに伝えるしかない。


人は危機に遭遇すると、ずいぶん長い間、普通の生活ができなくなる。ものごとを悪いほうばかり見る癖がついて、役立たずになっている。不眠症、食欲不振、さらにはさまざまな苦しい状況からどうやって抜け出していいのかさえもわからなくなっている。悪いこと、辛いこと、これから起りそうな不吉なことばかりに気持ちが向いている。

家族や友人の助言は、まったく役に立たず、逆に傷ついてしまい、家族や友人の意見など聞くのではなかったと、ムッとするのが関の山である。危機に面した人は自分で自分の不幸の突破口さえ見出せないのである。

「いつかこの辛い経験を自分の人生に生かせる日がやってくる」と言われても、そんな言葉に耳を貸す気はさらさらないのである。

悲観の時は「苦しみの中かに貴重な教えが含まれている」とは考えられない。こんな辛い目に遭うのは自分のせいではなくて、ほかの人が原因なのだと思い込んでしまう。だから、状況が変わってくることを願いながら、ひたすら苦しみもがくしかない。

私のお客さんはそういう人が多い。
それを私は嫌だと思わない。
むしろ歓迎している。
またひとり、「幸せにするお客さんが増えた」と喜んでいる。

そして、この複雑な辛い状況の中から、今、これをどうやったらチャンスにすることができるだろうか?どうやったら希望を与えられることができるだろうか?私の思考は、そのことで頭がいっぱいである。


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