ホーム > 不可能を可能にする奇跡を起こす。 > 人間は欲望があるから生きていける。
人には様々な欲望がある。
ご飯を食べたい、眠たい、排便・おしっこしたい、SEXしたいという生理的欲求から始まり、次は安心して暮らせる安全欲求へ進み、次は仕事を通して社会で貢献したいという社会的欲求へ進み、次は人や社会から認められたいという承認欲求へと進む。そして、最後に自己実現の欲求へと進む。

この説はマズローの5段階欲求からきています。
1. 生理的欲求
2. 安全の欲求
3. 社会的欲求
4. 承認欲求
5. 自己実現の欲求

詳しくはネットでマズローの5段階欲求を検索してください。詳しく書いてあります。皆さんはどの辺の段階にいるのでしょうか?そこを見てもいいと思います。私は・・・?どうかというと・・・私はこの段階をすべて卒業しました。1~5すべてクリアしたのです。(アハ)

最後の自己実現の欲求をクリアしたので、あとは人生の総集編である次の欲求です。何だろうね、次の欲求は?それをいま探しているところです。次の欲求は、汚れたみんなの心をキレイにすることかな、と思っています。

欲求はある意味欲望であり、汚れているところもあります。そこを「清く正しく美しくする」これが次の私の次のテーマかな。私の第六段階の欲求といっていいでしょう。

マズローの欲求は性善説です。
人間の本性は基本的に善であるとする性善説からマズローの法則はできています。

だが、人間は性悪説という見方もある。「人の本性は悪であり、それが善になるのは人間の意思で努力するからである」これが本来の人間の姿ではないかと思います。自分の意思で努力して悪を善に変える。これが人間に与えられた欲求だと思います。

ほとんどの人が、この欲求の前段階にいるのではないでしょうか。
自分の意思で努力して悪を善に持っていく前段間にいるのではないでしょうか?とくに恋愛の場面では、そういうのが多く見受けられます。

たとえば不倫。
不倫は、「人の本性は悪である」が浮き彫りになっています。人を好きになるのは自由だが、自由を通り越して自分のものにしたいという悪の欲望が出る。好きであればルールを犯しても、その人と結ばれたいと願うようになる。

だが、人には性善説もある。その性善説で苦しむ。なんでこの人を好きになったのと苦しむ。不倫の恋は性善説と性悪説の狭間で苦しむ。社会から承認されず、安心安全も確保できず、いつか罰が当たるという因果応報に脅えながら苦しむ。

恋愛とは、マズローの5段階欲求の中でどの位置を占めるかというと、1の生理的欲求である。つまり動物がみんな持っている欲求である。人を好きになるのは、動物の本能で好きになっているだけである。

動物から尊厳ある人間になるためには、動物の本能を人間が本来持っている欲求に変えなければいけない。つまり社会から認められ、社会から承認される自己実現の欲求を手に入れること。これができれば、安心して平和な暮らしを送ることができる。

恋心は動物の生理的な欲求に過ぎない。早く人智を尽くして人の道に戻ることだ。不倫で悩んでいる人は、「人の本性は悪であり、それが善になるのは人間の意思で努力するしかない」この言葉を忘れないように。

人智を尽くして人の道に戻る。
それはどの場面でも使える。


例えば嫉妬。
「嫉妬は人間が持ってはいけない感情」その考えを持つことが、人智を尽くして人の道に戻ることをいう。嫉妬で狂うのは、自分は動物以下だと反省すること。相手が自分を騙して裏切っているのなら、相手は動物以下の人間だということだ。

嫉妬によって自らを破滅させることはない。浮気をしている人は動物以下の感情の持ち主。それに振り回されることなく、浮気する人は見切って自分は自己実現へと向かえばいい。

最終的に勝つのは嫉妬ではない。嫉妬は動物に劣ることになるので、最終的には負ける。浮気された人に負けるのはバカバカしい。

浮気をする人は、生理的欲望の動物以下に過ぎない。あなたは人の道に通じる人間だ。浮気をした人とは終りにして、次の自己実現の道に進めばいい。

人間は欲望があるから生きていける。
だが、その欲望は「清く・正しく・美しく」でないと生きていけない。
動物以下の欲望でこれ以上苦しまないことだ。





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