幸せの真っただ中の人々には、神は必要としない。不幸の中にあって苦しみ悩む人こそ、「神様、助けてください」と心の底から救いの叫びを発するのです。神は常に神の救いを必要とする人の近くにいて見守っておられるのです。
なるほど…。なんか自分がやっている仕事に通じるものがある。
私は宗教家でもなければ、仏教家でもありません。
仏教や宗教を信じるか?というと否定も肯定もしないだけです。
良いものは信じ、悪いものは信じない。正しい教えは素直に受け入れ、これは違うかなという教えは受け入れない。ただそれだけです。信じる信じない、受け入れる受け入れないは、私の主観で判断しています。
私にも、背負いきれぬ苦しみを抱え、悩み相談を寄せられる全国各地の方々がいます。私は神ではないのですが、神と同じような気持ちで相談に乗っています。幸せな人は私の鑑定を受けません。不幸の中にあって、悩みや迷いの中にあって、自分ではどうしていいかわからないから人たちが私の鑑定を受けている、そう察しています。
たくさんの悩みを聞きました。
たくさんの手相も観ました。
たくさんアドバイスもしました。
私の答えがすべて正しかったとは思っていません。
私は神ではないので、すべてが正しいとは思っていません。
そのとき全力を尽くす。ただそれだけです。
相手の気持ちに寄り添って、いま必要だと思える答えを出す。
少ない頭の知恵を絞って答えを出す、それをやっただけです。
不安についての私の考えですが、
不安があるから人間らしくていい。そのように考えています。
悩みや不安は生きている証。死んだら悩みや不安は消え去る。
ここに自分は生きているぞ、だから悩みや不安がつきまとる。
それでいいのではないでしょうか。
もっと気楽に考えましょう。
重く考えるから、辛くなるのです。
不安や悩みは生きている間はつきもの。
だったら、こいつらを友人にすることです。
不安君、悩み君という友人を傍らにおいて、味方になってもらえばいいのです。
不安があるからやる気になる。悩みがあるからやる気になる。
こいつらを味方にして、生きるバネにすればいいのです。
悩みがなくなったら人間おしまいよ。
不安がなくなったらいっきる糧を失うよ。
友人である不安と悩みは、いいのです、そばに置いて、しっかり教育して、しっかりコントロールして、自分が思うままに、やる気の火付け役として、利用すればいいのです。
すると、この友人は奮起してあなたに不安と悩みを提供します。友達よそう来たか!、よしこいつらには負けない。どっちが潰れるかとことん競争だ。不安君、悩み君、面白いではないか。私を潰そうと思っても潰されないぞ、逆に私があんたらを潰してやる!ワッハハハ(笑)となればいいのです。
不安で悩むのはばかばかしい。悩んで不安になるのもばかばかしい。こいつらを火付け役にすればいいのです。人間怠けてボーっとしているとこいつらが来ます。平和ボケで幸せだとこいつらが来ます。こいつらが来ると、皆さん恐怖を感じて苦しみますが、友達に恐怖を持ってはいけません。
こいつら、私にはっぱをかけに来たな。
そう思えばいいのです。
平和ボケで幸せボケで怠けていた。
だから、こいつらがはっぱをかけにきた。
不安と悩みという恐怖の火をつけた。
だから、こいつらは火付け役だ。
やる気を出せ!
このままではダメになるよ、やる気を出せ!
といっている。
ならば友人に従うか。
不安君の言葉に従うか。
悩み君の言葉に従うか。
友人の言葉に従って、やる気を出すか。
いい友達を持った。人生はこうでなくちゃ。
面白くなったね、我が人生。
不安や悩みが生きている証。
その方が人間らしくていい。
人生は楽しく生きなければ損。
不安と悩みを生きるための火付け役とすると、人生はさらに楽しくなるよ。
最新の予約の空き状況はこちら
- 関連記事
簡単に言ってしまえば、今日は何を食べようかな。も
何を着て行こうかなも悩みです。
毎日生きて行くために必要な栄養バランスが整った同じサプリメントを食べるだけ
だったら、毎日同じ制服のような国民服を着なければならなかったら、
何も考えることもなくなり、料理やファッションの勉強をする楽しみもなくなります。
苦しみや不安、困難はこの迷いや悩みが、大きくなったに過ぎないと思います。
悩みや不安、困難があるから、あれこれと解決方法を模索したり、勇気をもらえる
言葉を探したり、音楽や小説から得る感動が大きくなるのだと思います。
悩みや不安、困難は人生の友です。最近ではありがとうです。