ホーム > 人生哲学 > 他人の迷いを我が迷いとして感じてあげる。
まさしく私の仕事はこれですね。
「他人の迷いを我が迷いとして感じてあげる」そこにやり甲斐を感じ、幸せがある。

迷いとは汚れです。
この汚れを、どうやって清めるのか?
鑑定中はそのことばかりを考えています。

「他人の迷いを我が迷いとして感じてあげる」
自分の物差しだけでなく相手の身になって感じてあげる。人は自分の物差しで相手の悩みを判断します。正直言って私もまだそういうところがあります。自分の経験値による物差しで人の迷いを判断することがあります。でもそれじゃ、私のところに来なくてもいい。他人に言えないから、誰とも相談できないから、私のところに来ている。それがお客様の気持ちである以上「他人の迷いを我が迷いとして感じてあげる」ことが大切なのです。

それから、
私ならどうする?この人にあった方法は何か?と考えていきます。九星気学で性格を分析しながら、手相で未来を予測しながら、私ならどうする?この人にあった方法は何か?と考えていきます。

悩みや迷いとは汚れた心ですが、「汚れた心」があるから「清らかな悟り」があるのです。鑑定が終ったあとの「すっきりしました」という声は、「清らかな悟り」を得たという声です。入ってきたときは心が汚れていましたが、帰りは清らかな心で帰ってもらう。また汚れたら、ここに来て心を清める。

なんだろうね、ここは駆け込み寺?
そうかもしれませんね。
現代の駆け込み寺です。

私は僧侶ではないので、駆け込み寺の(寺)を使うわけにはいきません。占い館の(館)を使って、駆け込み館としましょう。(かけこみやかた?かけこみかん?)なんか語呂合わせや発音がよくない。ならば昔使っていた「恋愛の聖地」としましょう。ちょっとキザかもしれませんが。まあ、呼び名はどうでもいいのです。「汚れたら、私を訪ねておいで」それでいいのです。


他人の迷いを我が迷いとして感じてあげる。
なんか・・・今はその境地に達したかな。
自分でもそう思います。
年齢とキャリアがそうさせているのでしょう。

今は、「他人の迷いを我が迷いとして感じてあげる」そこに幸せを感じています。汚れがあるから人は成長できると思うからです。



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コメント

No title

どうしても小室圭様とご結婚されたい、
秋篠宮眞子さまが先生の所へ相談に来られたとしたら・・・・もちろん
彼女のお気持ちに寄り添ったアドバイスをされるのだと思いますが。


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