ホーム > 人生哲学 > 人間歳を取れば取るほど成長するわけではない、中には後退する人もいる。
歳をとっても老害そのものの人がいる。
石川県の77歳の市議が金属バットを持って市役所に現れ、現行犯逮捕された。77歳にもなって、こんな非常識なことをするのか。

雲南市の65歳の市長が、入院していた病院で看護師に暴行を加えけがをさせたとして、16日夜、傷害の疑いで逮捕された。65歳にもなって、こんな非常識なことをするのか。

これは氷山の一角で、成長より後退している年寄りはたくさんいます。政治家でも官僚でも学者でも医者でも弁護士でも公務員でも大企業の社員でも、いい職業について偉いと思われるエリートの中でも、歳を取って成長するどころか逆に後退している年寄りはたくさんいます。もちろん中流以下の人にも成長より後退している年寄りはたくさんいます。

彼らは下手に人生経験が豊富にあるのでとても厄介です。年取って成長しているどころか、逆に後退していっている。まさしく老害です。

ごくまれに、私のことを老害とコメントする人がいます。もちろんコメントは削除していますが、そうか老害か?私のことをそう見ているのか?これはいけないね、(今後気をつけよう)という反省材料にしています。

反省から、私は老害にならないと決めました。
私は歳を取っても成長したいからです。
肉体は衰えていくが、精神は成長させたい。

そのために頑固にならないこと。
頑固は老害のもとです。
いつまでも頭を柔らかく心は柔軟でいたいと思っています。

心を柔軟にするために、自分が間違っていたら謝るようにしています。老害年寄りは謝りませんから。自分の信念は曲げませんが、それ以外のことは人に譲るようにしています。お客さんに「先生それは違うよ」と言われたら、そうかゴメンゴメンといって相手の意見に従うようにします。それから真実を見極める作業に入ります。答えは私よりも、相談者であるお客さんの心の中にありますから。素直に真実を聞き出す作業が重要なのです。頑固な老害年寄りでは相手の素直な心は引き出すことができません。

老害年寄りは、素直に謝ることができません。
保守的で頑固なのです。自分の身を守ることしか考えていません。だから、毒政治家、毒企業家、毒親になったりするのです。

彼らは年取ってから成長するより、後退していっています。
悪いように後退していっています。みっともない彼を見て、私は真似しないと決めました。私は老害にならないと決めたのです。目指すのは、歳を取れば取るほど成長したい自分でありたい。それを目標にしています。



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コメント

No title

本当にいい歳をして狂ったような思考回路の人間はどの世界にもたくさんいますね。
歳をとって成長するとはどういうことなのか。わたしとしては、自分の利益だけを
考える。自分さえよければ人はどうでもいい。という生き方よりも、
人の心を思いやれる人間になること。人のために生きることが出来る人間に
なることが成長だと思っています。最後の日まで一歩一歩。
狂った人間は治りません。「恥」、「みっともない」「気の毒」ということが、
どういうことが知りませんから。自分の感情丸出しで(自分の思うようにならないと
怒りの感情を丸出しで気に入らなければ即言葉や暴力で攻撃するモンスター、
人に因縁をつけることが生きがの人、誹謗中傷が趣味の人もいる)
動物のように生きるしかないのです。あんな人間もいるんだなー
と思いましたが、わたしも真似をしないと決めたので、いい勉強をさせてもったと
思っています。


まともじゃない老害の人は、認知症が入ってるのでは、と思っています。本人は自覚なくても病気なので、気の毒と思っています。特に73、74、75歳辺りの方って自己中が多いなーと思ってます。

老害。

柔軟性を失って頑固になるご年配の方々もいらっしゃいますね。
しかし歳をとる恐怖に勝てず孤独に侵食されてしまった場合も、いわゆる老害と呼ばれる存在になるのでしょうか。
実際、老害老害と口を揃えて言うのは、まだ死を自覚すらしないような年齢層ばかりです。
老人を近くにすると、これまで死を自覚しなった自分まで死を自覚してしまうので疎ましく感じるのかな?
どちらにせよ、老害などとしたり顔で言う層はいずれ老害になりますし、すでに若いうちから
害のある存在である自覚がないことが恐ろしい。自分へ対する過信が恐ろしい。若さは皆平等にいずれ失うのに。

彼らの背景も考えたら、簡単にあの人は老害と言い捨てることは出来ないはずですよね。自分達も未熟な理由で簡単にキレるのに。
年配の方はこうあるべきと言う理想像に甘んじているのだろうか。自分が抱く理想像を勝手に裏切るんじゃないよと言いたいんでしょう。
これはただの甘えですね。若者の害ある甘えですね。
甘えを持った人間が、結婚出来るのかな。
元々他人だった二人が一緒に暮らすのにどれだけ忍耐と思いやりが必要か分かっていれば、人にもう少し優しく出来るはずですよね。

私は老害と言う言葉は嫌いですね。人をカテゴリー分けして安心したい甘えた人間が嫌いですね。悲しいですね。
でも、なにクソっと前進するのは私も大賛成です!
私も死ぬまで学びを探していきたい。

No title

きらさんのご意見に賛同します。
老害、老害って、失礼すぎると常づね思っていました。
確かに年を取ると頭や体の衰えを感じたり、人生の終わりに憂えたり、若かったころの自分に
思いを馳せたり。そしてそんな自分が自分で一番歯がゆい思いをしていると思います。

そもそも人間の人生の段階で、幼少期、思春期、中年期、老年期と様々な段階があり、それぞれにその段階の特徴的なものはあります。でもそれを中二病とか、老害とかと言う言葉で切り捨てる殺伐とした世の中はさみしいです。いろんな人がいます。みんなで支え合って理解して共存していこうという気持ちを持ちたいと思います。

もちろん、暴力や犯罪はいけないことですが、老人が起こすとと老害だと言われて済まされるのも、釈善としないなと思いました。

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