ホーム > 人生哲学 > 人生は管理するもので、癒すものではない。
最近この言葉が好きになった。
「人生は癒すものではない。人生は管理するもの」

そうか、人生は癒すものではないんんだね。人生は管理すものか。「なるほど、なるほど、そうか。なんかその意味がわかるような気がする。おそらく若い人より造詣深くわかるのではないだろうか。

人生も後半になると人は癒しを求める。もちろん若い人も癒しを求めている。癒しは人生に大切だから。

無理するより楽な方を、窮屈するよりリラックスする方を、頑張るより頑張らない方を人は求めるのではないだろうか。

人生も後半に差し掛かると、
この歳だ、無理することはない。あとは与えられたもので満足し、足るを知りながら倹約に務め、残りの人生をのんびりと気ままに生きていこう。人生の後半を迎えた人たちはみな同じことを考えている。

頑張ったご褒美がほしい。
今までは働きづくめ。常に問題にぶつかってばかりいた。いつになったら自分は楽になるのだろう?果てしない仕事の連続と、問題の山積によって、心も体もかなり疲れてしまった。

疲れているからっといって休むわけにいかず、また問題山積の仕事に取り組む。人生はそれの繰り返し。そろそろ「癒し」がほしい。もう十分に頑張った。経験もたくさん積んだ。だから自分は癒しを求める権利がある。「癒し」は自分へのご褒美だ。そうやって人は定年を迎える。

定年後はさぞかしのんびり暮らせるだろう。「癒し」の空間に包まれて・・・。

だが、違った。
それはつまらない人生。
面白くも楽しくもない人生。
人間は「癒し」だけでは飽きる。
「癒し」だけでは生きていけない。

「癒し」とは、働いたあとに得る清涼剤のようなもの。難題にチャレンジして問題を解決した達成感に比べれば、癒しは単なるまやかしに過ぎない。仕事もなく暇しての旅行より、仕事を一生懸命働いたあとの旅行の方が断然楽しい。ひとときの時間を楽しむから癒しとなる。これが年中無休の癒しだけの時間では、生きる屍となる。

そこで、この言葉に出会った。

「人生は管理するもので、癒すものではない」なほど!この言葉に深い感銘を受けた。そうか、人生は癒しではなく管理すものか。なるほどね、なんか…忘れていたことが蘇った。

「癒し」は挑戦を忘れて生き方。人生には問題や挑戦がつきものだが、それらを放棄した生き方が癒しとなる。ああ、だからつまらないんだね癒しだけの生き方は。

若い人が羨ましい。彼ら彼女らは人生の問題にぶつかり挑戦している。仕事で悩み、恋愛で悩み、人間関係で悩み、家族の問題で悩み、将来の不安に脅えながら、もだえ苦しみながら生きている。大変申し訳ないが、私はそれらが羨ましいとさえ思っている。

問題にぶつかり挑戦することはいいことだ。下手な癒しよりいい。なに不幸?これを幸せだと感じなさい。なに不安?不安があることは幸せなことだと感じなさい。不幸も不安もみんな幸せなんだよ。だってここに、問題解決のチャレンジがあるではないか。

私も癒しの時間にボーっとしていないで、問題解決に頑張ろう。私でなくあなたの問題だ。あなたの悩みに全面協力して、あなたが抱えている問題を解決したい。ありがとう。新たな生き甲斐を私に与えてくれて。皆様に心から感謝します。

人生は管理するもの。
さて、何を管理するかな。
まずは、自分の今日一日何をやるか管理してみるか。

今日は朝6時に起きて、30分ウオーキングする。洗面して7時~9時までブログの投稿。

事務所についたら、
仕事をする。予約が入ってなかったら本を読み、ブログを投稿する。

帰宅したら、
夕飯を食べて、明日の準備をする。スマホは見ない。パソコンで動画やユーチューブを見ない。この時間を将来の構想と、勉強に充てる。そして、30分だけ癒しタイムを設ける。この時間は好きなことをする。

自分でもなかなか良いスケジュールだと思うが、守ったことがあまりない(笑)ついダラけて帰宅後にユーチューブや動画を見てしまう。癒しタイムが長すぎる。

そこで「人生は癒しではないよ、人生は管理だよ」という言葉に胸が打たれた。そうか、人生は癒しではないんだ。人生は管理なんだ。忘れていたことを思い出した。

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