ホーム > 人生哲学 > 人生は記憶。人はどんな記憶をつくるかにかかっている。
人生は単なる記憶に過ぎない。

え?記憶。

またまた沖川は変なことをいう。すみません、いつも私の戯言に付き合ってくださってありがとうございます(笑)

「人生は単なる記憶にすぎない」。  

最近このように思ったので、記事にしています。

そうなんだよね。
よくよく考えると、人生は記憶にしか過ぎない。

お金があっても、「ここに現在お金があるね」という記憶にしか過ぎない。それはお金があれば裕福に贅沢に暮らせるかもしれない。でもね、贅沢に暮らせるのが幸せか?というと違う気がする。

ただ金を持っているだけでの守銭奴なら、いい記憶はつくれない。やはりそのお金は家族や人のために使ってこそいい記憶となる。お金があっても自分のためだけに使っている奴はいい記憶の持ち主にはなれない。

余るほどのお金があって、使いきれないほどのお金があるのなら、そのお金の使い道は奥さんや子供に任せればいい。あなたの代わりに上手に使ってくれるから。

またビルゲイツや孫正義のように何兆円もの資産があるのなら、そのお金を貧困対策に回せばいい。そうすれば貧困で苦しんでいる人たちが助かることになる。

お金があったらなにに使うか?これによっていい記憶がつくれるようになる。人生は記憶です。お金のあるなしはあまり関係ありません。

貧乏だったら。
これも記憶です。いま自分は貧乏を経験しているという記憶です。だから、自分が貧乏だからといってやけになることはありません。お金がなくてカップラーメン生活。自分も経験したことがありますが、あれはあれれで良かったと記憶しています。今となってはいい思い出です。カップラーメンばかり食べて栄養失調になったこともありますが、貧乏時代は良かったと、なぜか記憶しております。

幸せとは、やはり心の持ちようなのですね。お金があろうとなかろうと、こうやって現在生きているのです。お金があってもなくても、人生はすべて記憶なのだから、自分でいい記憶をつくればいいのです。

人を愛することも記憶です。
愛する人がいても、いなくても記憶です。

恋人がいる記憶。
人を好きになるということは素晴らしいことです。うまくいっていても、うまくいってなくても、その瞬間・瞬間を生きることは、素晴らしい記憶となります。ですからいつ終わっても、後悔しない記憶をつくってください。また結ばれたとしても、若い頃のようなういういしい愛情は取り戻すことはできません。ひところの愛情はなくなったが、「これからもヨロシク」といって、また新たな記憶つくりに参加してください。

恋人がいない記憶。
いいじゃない恋人がいない記憶があっても。そのときは自由という素晴らしい記憶をたくさんつくってください。一人旅、ひとりゴハン、どこでもひとりで好きなところに行ける。誰にも気兼ねなく、誰にも邪魔されることなく、誰にも束縛されず、自由に好きなことができる。これこそ最高の記憶がつくれます。ひろしの「ソロキャンプ」みたいにひとりキャンプにいってもいい。自然の中でひとりキャンプ。素晴らしい記憶がつくれるでしょう。

それでは寂しい?
寂しいのもまた記憶です。
寂しさを思う存分楽しんでください。

寂しさに耐えれれないということは、ひとりに飽きた証拠です。
それであれば、別の記憶をつくればいい。今度はパートナーがいる記憶をね。

いずれにしても、人生は記憶です。
あなたがどんな記憶をつくるかです。



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コメント

朝から、とても良い記事を読ませていただきました。
ありがとうございました。
「人生は記憶」と考えることが出来ると、
今まで出会ってきた人たちや、遭遇したり経験したりしてきた出来事、すべてに感謝したくなりますね。
前向きに生きていけますね!

ありがとうございます。

とても良い記事を拝見いたしました。
参考にさせていただきます。

No title

どんなに楽しい時間もあっという間に過ぎ去ってしまうし、
お金も使えば無くなってしまいますが、
記憶だけは自分が亡くなるまで残ります。
お金や時間は楽しい記憶を残すために使う物だと思っています。
嫌な記憶は忘れてしまい、楽しい記憶はずっととっておきたいですね。


人生の時間を共有している記憶を持っている人がいてくれることは幸せなことですね。

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