ホーム > 人生哲学 > 寸暇を惜しまず働く。わずかな時間でも大切にする。
寸暇を惜しまず働いているか?と自分に問いただして見ると、「まあまあ、それなりに」にという答えになる。

分刻みで寸暇を惜しんでいるわけでもないし、一日ダラっとしているわけでもない。まあまあそれなりに時間が空いたら、何かをしている。

時間が空いたらブログを書き、本を読み、運動し、さらに時間が空いたら本の執筆もする。かといって一日中働いているわけではない。映画などの娯楽も楽しんでいる。

仕事タイムと遊びタイムは分けている。仕事ばかりでは嫌になるし、遊びだけではつまらない。それなりに、バランスが取れているのではないかと思う。

バランスが取れているから仕事に生き甲斐を感じ、遊びにもそれなりの満足感を覚えている。

悩みがないかというと、私も普通の人間だから世間一般並に悩みはある。

ただ気をつけていることがある。

それは、悩みを1つに集中しないこと。

悩みを1つに集中するとややこしくなる。だから、悩みを散らすようにしている。そのためのいちばんいい方法はバランスよく何かをやって、自分に暇を与えないこと。

なにもやる気がないときがある。そのときは寝るのがいちばん。悩む時間があれば、寝る時間に充てている。悩んでいる時間を寝る時間に充てる、これがまた最高の時間の過ごし方。寝れば疲れが取れてすっきりする。

皆さんは悩みを1つに集中しすぎ。

うまくいっていない恋愛で悩んだり。

うまくいっていない仕事で悩んだり。

うまくいっていない家族関係で悩んだり。

うまくいっていない人間関係で悩んだり。

うまくいっていない資格試験で悩んだり。

なんだかんだと、人間には悩みがつきまとう。まあ、これが人間の習性だから、仕方がないといえば仕方がない。

悩みを1つに集中するのはよくないか?

一概にそうともいえない。深い悩の裏にはチャンスがあるので、悩みをチャンスに変えるために集中してもいい。

ただし、それをやるためには原理原則に従った理性が必要となる。悩みの正体を冷静に暴き、この問題をどうやって客観的に処理するか、これがないと悩みをチャンスに変えることはできない。

理性なしの悩みは、冥府魔道の怒りに満ちた相手と自分を恨む世界となってしまう。自分を恨んだり、相手を恨んだりする世界に突入すれば、悩みをチャンスに置き換えることは絶対にできない。

いつまでも、この暗い世界にいることになる。

私もあなた同様にこの暗い世界に長くいたことがある。懲りずに長くいた・・・。長くいたが何も成果はなかった。どれだけ時間を無駄にしたことか。後悔しても仕切れない。

それで、何を覚えたか?
悩みを1つに集中しないことを覚えた。悩みを散らしてバランスをとることを覚えた。

それから、自分に暇を与えないようにした。

暇があると余計な妄想に走るので、生産的な何かをすることにした。

生産的な何かとは、そんな大したことではない。

自分にとってよいことだけをしている。

ブログを書くのもよいこと。
運動するのもよいこと。
本を読むのもよいこと。
本の執筆をするのもよいこと。
寝るのもよいこと。
ゴハンを食べるのもよいこと。
娯楽を楽しむのもよいこと。
ドライブに行くのもよいこと。
友人と飲みに行くのもよいこと。

自分にとってよいことは寸暇を惜しまず、淡々とやっている。そうすることで、自分の生産性が上る。


自分の生産性を上げる。これが寸暇を惜しまず働く、私のやり方となります。

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コメント

暇な状況を作らない!その通りですね。
いつも貴重なメッセージをありがとうございます。

No title

優柔不断は人類の敵と同様に「暇」も人類の敵だと思います。
暇と体調が悪い時はろくなことを考えない、しない。そうは思っても
私にはどうしても「魔」の時間ができてしまいます。
未明に目が覚めるタイプなのでこの時間だけは先行きの不安がどっと
押し寄せてきて生きているのが恐ろしくなってしまいます。
毎日のようにどこかで起こる人身事故での電車の運転見合わせ。
一歩間違えれば紙一重だなと思うし絶望する気持ちもわかります。
私の場合は電車でなくても断崖絶壁があちこちにあるなと思ったりする。
ただ救いなのは布団から出てしまえばあれもこれも
やることはたくさんあるのでネガティブなことなど
考えることもなってしまいます。この繰り返しで毎日
なんとか生きています。忙しく動き回って悩みを分散させるって
とても素晴らしい知恵だと思います。


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