怨めば、怨んでいる相手にずっと支配されることになる。
そうなれば、人生は台無しとなる。
人生を台無しにしたくなければ、相手を怨むことをやめて許すこと。
増悪の対象である怨んでいる相手を許せば、相手の支配から解き放たれる。
こういったことは、どの賢者の書にも書いてある。
キリストも「汝の敵を愛せよ」といっている。「敵」であり自分自身を迫害してくるような存在に対しても、愛する人に持つのと同じように慈しみの心を持つべきである。
賢者もキリストも神も仏も、怨んではいけないといっている。そして許しなさいといっている。
そこへ「怨んでもいいんだ」という発言が飛び込んできた。
あるお客さんの発言。私は最初にこの言葉を聞いたとき衝撃を受けた。今までになかった新しい知識の発見と目から鱗が落ちる思いがした。
上記の考えは確かに正しい。しかし、このシナリオは男が勝手に作ったシナリオではないか。賢者もキリストも神も仏もみんな男だ。男の心情や感情で勝手に作った考え方ではないか。男性からすればこれが賢者の道かもしれないが、女性からすれば、これは賢者の道ではない。
女性にはこの考えは通じない。
女性は怨んでいる相手を許すことができない。
なぜなら、許そうとすればするほど苦しくなるからだ。
許そうとすればするほど悩みも深くなる。
これは女の業だ!といってしまえばそれまでだが、この業の中に、私は賢者の道を上回る真実が見えた・・・そんな気がするのです。
怨みを忘れようとすれば苦しくなる。許そうとすれば苦しくなる。この怨みは自ら招いたものではなく、男が裏切って招いた種なのに、なぜ女である私が苦しまなければいけないの?
賢者たちは、それでも許しなさいといっている。それができない私はどうすればいいの?怨んではいけないという言葉にずっと苦しんできた。許せない私は賢者の道から外れているとずっと悩んできた。
そこへ「怨んでもいいんだ」という言葉によって救われた。
「怨んでもいいんだ」という言葉によって、私の苦しみや悩みは消え、気持ちが楽になった。
「怨んでもいいんだ」という言葉によって、私の怨みは完全に消えた。
男性の賢者のシナリオにはない逆転の発想。
賢者の男性には理解しがたい女の業。
だが、女の業は女の業に従った方がうまくいく、それを私は確信した。
我慢することなく「怨んでもいいんだよ。」
怨み倒すことで心が救われるのなら、怨んだ方がいい。
そして、怨んだら、心が晴れてすっきりする。
女の業にはそういう力がある。
女はいつもそうやって最悪の事態から立ち直っている。太鼓以前からそうしてきた。
男たちは賢者の道だと気取って女たちに試練の道ばかりを与えているが、どっこい女の業はそういうわけにはいかない。あなたを恨んで怨んで許す道を選択する。だから、わたしを裏切った男どもよ覚えていなさい。わたしはあなたを怨み倒してやる、そのあとあなたを許してあげる。ここまで来たら完全に許してあげる。あなたが許せる男か?今度はあなたが女の業に従いなさい。
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