ホーム > 人生哲学 > 神様はいるのか?(大谷選手に影響を与えた本)
大谷翔平は神話級。

大谷翔平選手の桁外れな規格外の実力に、アメリカの野球ファンやマスコミも尊敬の意味を込めてユニコーンと呼んでいます。今や彼は世界トップの野球選手。彼自身が野球の神様だと言われています。この神がかり的な力に影響を与えた1冊の本の中身を本日も紹介したいと思います。

「運命を開く」中村天風、瞑想録より。

宗教には、唯神論(ゆいしんろん)と汎神論(はんしんろん)というものがある。

唯神論(ゆいしんろん)は、初めに神がいて、神がこの宇宙を創った。

汎神論(はんしんろん)は、宇宙が出来てから、その中に神が現れた。

いずれにしても、神を相手に考えようとする考え方で、これは、今のように、まだ科学が発達していなかったときの人間としては、無理のない考え方である。私がいつもいっているとおり、今から千年二千年経つと、今あるような宗教という宗教は、地上から姿を消してしまうでしょう。それは、人間の理智が、既成宗教になどに頼らなければ活きられないような、哀れで無自覚なものでなくなるからである。

神とか仏とかいうものは、人間が便宜上付けた名前だから、このようなものに捉われてはいけない。

あなた方は、抽象的であまりにも漠然としたものを、やれ神だ、仏だ、と思っているが、では「神とはどういうものか」と聞かれたらなんと説明するか。「仏とはいかなるものか」と聞かれたらなんと説明するか。見たことも聞いたこともないものに、説明が与えられるはずがない。ただ、何となく安心ができるといったような、同時に、自分が一種の信仰というようなものを何となく気高いと感じるているからではないだろうか。


第一、もし、あなた方が考えているような神や仏が、この世の中に存在したら、この世界に戦争などあろうはずがないではないか。キリスト教の人間たちが、地球をも破壊するかもしれない核兵器を持つ必要もないではないか。この中にはクリスチャンも仏教信者もいるだろう。信者という名前だけで、その人たちは、相変わらず、怒ったり、悲しんだり、怖れたり、という繰り返しの日々を送っているではないか。

だから、私から言わせれば、やれ神だ仏だ、といっている者は、安直な気休めを人生に求めている哀れな人だといわざるをえないのだ。

以上、「運命を開く」中村天風、瞑想録より引用。


私も天風先生の「神と仏」、宗教に関する考え方や捉え方に共鳴する一人です。千年、二千年後には、人間の理智が宗教を上回り、この世から宗教がなくなるという言葉にはえらく感動しました。千年、二千年後よりもっと早くそうなってほしいと個人的には願っています。できれば100年後にはそうなってほしいですね。

神や仏に頼らなくても、人間そのものが神であり、宇宙そのものですから、その宇宙霊に従って自分が正しく生きればいいのです。私自身も、昔から神や仏はいないという無神論者でした。神や仏がいるとすれば自分の中にだけです。宗教に神などいません、神は自分の中にいる、つまり自分が神なのです。

自分が神というと、多くの人からバッシングを受けるので伏せていました。その辺が、日本人らしく、つつましく控えめな性格がそうさせていたと思います。でも心の中では「自分が神だ」とずっと思っていました。その思いとは、神は自分自身で自分の潜在意識そのものが神である、とずっと信じていました。しかし、私の潜在意識は不完全で役立たず、天風先生のような悟りを得ていない。私は神だが、まだまだ不完全な神。これから修行を積んで自分自身が納得する神に近づきたいと思います。

神とは何か?と問われたら、私は自分が神だと答えます。

それと同時に、あなたが神です。全世界の人間が神です。

神は宗教の中にいるのではありません。

あなたの中にいるのです。

あなたの心、あなたの意識、あなたの潜在意識の中にいるのです。

それを目覚めさせるのが、あなた自身です。

大谷選手のように目覚めさせてください。


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