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幼児期は、
女は結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教えこまれる。

おとなになって、
社会は、女性が社会にもっと進出し、社会で光り輝くべきだと教えこまれて自立を促す。

前者と後者にはギャップがある。

片方でか弱い女性らしさを求め、片方で自立した強い女を求める。
これはすごいギャップだ。
つまり中途半端だ。

男たちの思考にも同じことがいえる。
理想の妻は可愛くか弱い女の子らしい癒やし系女子。
僕のいいなりで、僕に逆らわない、僕を立ててくれる女性が理想の妻となる。
でも経済力は別だという。

か弱い癒やし系の女子。
経済力は自立した強い女性。
自分に対しては優しく甘く。
社会に対しては強く。
この二つを求めている。

でも、この二つの考え方には矛盾がある。
これをまともに受けたら、
男はずるい。
男は卑怯だ。
となる。

か弱い癒やし系の女性を求めるのなら、あんたが責任を持って食べさせていきなさい。
経済力のある自立した女性を求めるのなら、あんたが彼女のいいなりになって尻にしかれなさい。
この両者は成立しないのだ。

ところが今の男性はその両者を求めている。
自分に優しく社会で自立している女性を。
男たちも戸惑っているのだろう、この中途半端な時代に。
男の責任が果たせなくなった時代は、女性に依存する時代に男たちも身を置いている。男女平等法というかさのもとに。

女性が依存なら男性も依存。
この傾向が現代社会では蔓延している。
中途半端な男のプライドで、過去の微々たる男のDNAで、責任取る男らしさを発揮しようとすることもあるが、厳しい現実に直面し、自分の経済力では食べていけないと気づく。希望は女を食べさせたい、でも現実は不可能という葛藤の渦にいる。女は結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教えこまれてきた。その願いを現代の男性たちには叶えられない。叶えられるのは少数の男性しかいない。男も結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだという依存傾向になりつつある。つまり男性が女子化している。女性が依存なら男性も依存という時代になってきた。

女性が依存なら男性も依存。
時代をそのように先読みした方が、今後はうまくいく。
と私は思っている。
おとぎ話は終わった。
男も女もおとぎ話は終わった。

女性が依存なら男性も依存。
共依存の時代。
ここにメスを入れ、中途半端を改善することだ。

まず、今の時代は中途半端な時代だと認識すること。
そこから始めよう。


多くの女性が本心では、自分の力で生計を支える必要がないと感じている。
「これからの時代は女性も自立するべき」そういった社会全体の風潮で娘を大学や大学院に入れる。今の時代は男性だけではあてにできない。結婚しても夫に何かあったら家計を支えるのは妻の役目となる。夫の病気や怪我、あるいは最悪の離婚に備えて、今から準備して置くべき。そのために大学へ行き、さらに専門性を高めるために大学院に行く。そして男性と同じ土壌で社会人としての6スタートを切る。

ところが、大学教育を受ける男女の比率は同じだとしても、社会の進出は同じではない。女性が選ぶ職業は事務系、教育系、美容系、アパレル系、看護や福祉系などの女性らしい仕事に就くことが多い。大学院で修士や博士の学位を取っても、その学位を生かす専門職に就くのは全体の50%とも言われている。多大なお金と多大な時間かけてやっと取れた学位や資格でも、半数は宝の持ち腐れとなっている。また専門職に就いても3年で3割は辞めてしまうという統計もある。

そこで生じるギャップ。
そのギャップを「成功へのギャップ」と私は呼んでいる。
つまり女性は成功したくないのだ。成功することにギャップを感じるのだ。
成功するためには髪を振り乱して泥臭く頑張らなくてはいけない。
朝から晩まで汗水垂らして働き、睡眠時間を削って、健康も度外視して、女を捨てて働かなくてはいけない。女は嫌なのだ、女を捨てることを。基本的に女は美容と健康に良くないことに従事する職業を望まない。美容と健康を維持する仕事に就こうとする。髪を振り乱して泥臭く働く仕事には就こうとしない。

髪を振り乱して泥臭く働く仕事は男性に任せて、女性はその補佐役に回ることが多い。仕事の責任者は男性に据えて、その補佐役に回る。営業なら営業事務。研究職なら助手。会社経営なら秘書などの補佐役に回る。NO1よりせめてNO2に留まることに専念する。責任を取らない2番目にいるのが居心地も良く、そこがベストポジションとなる。そのポジションなら美容と健康にもいい。女性らしくおしゃれをして、街を歩いても綺麗に見られる。綺麗を損なう泥臭い仕事には就きたくもない。泥臭い仕事は綺麗になれないから女性の本能からして避けることが多い。

自立とは泥臭いもの。
成功とは泥臭いもの。
自立と成功は女らしさを奪う。
だから、自立も成功もしたくない。

成功へのギャップはまだまだ続く。
女性らしさを損なう自立と成功はしたくない。
だが、社会全体の風潮には恐怖を抱く。
今の男性はあてにできない。女性も自立するべき。女性が社会にもっと進出して、社会で光り輝くべき。こういった風潮に恐怖を抱く。

「男は外で働き、女は家庭を守る」という昔の形態が壊れた今、女性たちは恐怖に脅えている。本来の女性は、女は他人の付属物で、結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教えこまれてきた。それが今は自立しろ、成功しろという。このギャップについていけないままおとなになった。そこに弊害とギャップがある。



年収2000万円が400万円に下がった。
30万円の家賃と子供の私立の学費が払えない。
現状を聞いた私は、まず彼女のパニックを抑えることにした。

パニック症候群。
これが彼女の現状である。

彼とのデートを優先して仕事を減らした。
それによって売り上げがどんどん落ち、会社が倒産寸前になった。
途中でデートを優先するのを辞めればよかったものの、人が求める欲求不満はそう簡単に辞められるものではない。火がついた欲求不満、命の炎を灯す欲求不満は神以外辞めることができない。神は欲求不満を持たないからだ。だが、人間は違う。人間は欲求不満を中心に持っている感情の生き物。彼女は己の感情に従った。それは女の喜びだ。女は好きな人が現れると感情の赴くままに全面的にそれに従う。力のある女性ほど全面的に従う。それを仕事に生かせば成功を納めるが、恋愛に生かすと仕事がダメになる。彼女は力のある女性、恋愛に全力投球したお陰で仕事がダメになった。

その反動が来た。
彼とのデートを優先して仕事を減らしたことで仕事がダメになったという反動が。それによって彼女は酷く落ち込み、パニックとなった。

私の仕事は彼女のパニックを抑えること。
女性のパニックの抑え方は、まずは話を聞いてあげること。
我慢強く、根気よく、最初から最後まで丁寧に話を聞いてあげること。
途中から口を挟むのは、より話を深くより進化させるための言葉のみを使うこと。
彼女の一連の話は1時間半に及んだ。女性は余すことなくこと細かく喋る性格を持っているので、忍耐強く私はそれに付き合った。ことが重大なのでいつもより話をもらすまいと聞いた。

一連の話を聞いて、彼女はひどく脅えているように見えた。
そこにいるのは強い女経営者ではない。
ひどく脅えた弱い女がいるだけである。
今後の不安と恐怖に脅えている女。
どうしょう・・・対策を立てられない女。
そして恋を辞めようとしない女。
頭がごちゃごちゃになりパニック寸前である。
パニック症候群になる前に私は次の手法を取った。

私が話を長く聞いたせいか、彼女は少し落ち着きを取り戻した。
ここからである私の真価を発揮するのは。

一般や第三者の意見なら、
彼女がやったことは非難されるだろう。
「男に夢中になってバカじゃないの」と彼女を責めるのが中心になると思う。親であろうが、友人であろうが、大学教授であろうが、弁護士であろうが、裁判官であろうが、政治家であろうが、経営者であろうが、一般大衆からエリート層まで、社会の常識では彼女がやったことは、なんて非常識でなんて愚かなことだと非難されるだろう。

私もそういう部分もあるが、私が非難するのは話をより深く聞き出すために使っている手法で、上の人たちとの考え方とは違う。彼らは非難して潰すが、私は再起の手法を取る。

再起の手法として。
まあ、いいじゃないか。
女になって良かったね。
という。

このくらいやらないと女がすたるよ。
という。

女の部分をとことんやったね、おめでとう。
という。

これだけとことんやれば、しばらく恋愛はいいね。
という。

大丈夫、相手は待っているから。
という。

男は一度好きになったら死ぬまで持ち続けるものだよ、君が再起すれば。
という。

そう、再起すれば男は待っているものだ。彼女の再起を待っているといっていいだろう。どんなにあくどい悪い男も、どんな誠実でいい男も、女の再起を待っている。

彼女はやり手の女性経営者。
再起できるだけの力はある。
それが彼女の潜在能力。

私は彼女の潜在能力を引き出すのに専念した。
年収200万円の人は200万円、500万円の人は500万円、1000万円の人は1000万円の潜在能力がある。
人の対価は今持っている能力によって支払われる。
彼女はすでに年収2000万円の能力を持っている。
この能力は色あせたりしない。
恋愛ごときで色あせるわけがない。
きっかけさえあれば、いつでも年収2000万円は取り戻せる。
そのやり方を彼女自身すでに知っているはずだ。
それを私は引き出す。

その後の話し合いは、彼女のネガティブを外し、彼女の潜在意識の能力を引き出すことだけに集中して話し合った。
その結果、彼女にやる気が見え始めた。
私には、人を喜ばせる力があること、
顧客に夢と希望を与える才能があること、
オレ様で横柄で気難しい社長さん相手に納得してもらえる説得術と営業力があること、
私の講演にたくさんの人々が参加してくれること、
私は人を喜ばせ人を集める力があること、
私には、たくさんのアイデアやプランがあること、
彼女はみるみる蘇り生気を取り戻していった。

もともと潜在能力の高い人。
ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
安心して、鑑定を終わることにした。
最後に、経済状態が元に戻ったら、彼とうまくいく方法を教えると約束して終わった。


職業的に成功した女性は、外見的には自信のかたまりのように見えますが、実は自己不信の根を心に隠し持っている。

それがあらわに出るのは恋をしたとき。

恋をすれば女性は女になる。
女になった女性は恋を優先する。
その結果、
仕事がうまくいかなくなり、やがて今までの成功が崩壊する。

男性も恋愛によって仕事がうまくいかなくなり、成功が崩壊する危機を迎えることがあるが、男性はそのままその流れを見過ごすことはしない。男性の脳には性衝動の変換、恋愛衝動の変換機能があり、仕事がピンチになったら恋愛を止めるスイッチがある。このスイッチのお陰で崩壊する危機を乗り越えることができる。だが、そのスイッチは恋する女性にとっては悪魔的な存在。このスイッチが入ると男性は恋愛を止めてしまうからだ。彼の仕事が忙しくなり、私を構ってくれなくなった、音信不通となった、という原因がこの恋愛を止めるスイッチにあるからだ。このスイッチのお陰で多くの女性たちが苦しんでいるのを私は目の当たりにして見てきた。

男性は仕事の危機を迎えれば恋愛のスイッチを止めるが、女性はスイッチを止めない。逆にスイッチが過熱していく。女性には恋のスイッチにON・OFFがないようだ。

ある女性の例を紹介しよう。
職業、年齢を伏せた、ノンフェクションの内容。

その女性はバツ1のシングルマザー。
夫と離婚して苦労した末に起業した。
去年までは年収2000万円の経営者。
美容系の会社を興し、スタッフも10名ほどいるやり手の女性経営者。
離婚した当時は子供をどうやって育てていこうか?という不安があったが、持ち前の根性と努力で事業を成功させた。
離婚から10年。今は仕事も生活も安定している。都内に賃貸30万円の高層マンションに住み、子供は私立に行かせている。女性の中で1000人に一人いるかないかの成功を彼女は収めた。これも去年までの話。

今年になって彼女はある男性と恋をした。
彼もやり手の企業家。年収は彼女の倍ある。

こう考えると、二人は条件がいい。
経済力も価値観も能力も人間性も性格も器の取れたお似合いのカップルだ。

彼女は彼のことを尊敬して、彼も彼女のことを尊敬している。
二人は当然のごとく恋に落ちた。

最初は順調だった。
だが、半年を経過したあたりで様子がおかしくなった。
この一連の流れは男と女ではよくあること。
能力が高く経済力がある人でも所詮人間。人間の欠点を見せ始める。
この二人でも、私がいつもブログで書いているうまくいかない流れのパターンとなった。

彼は経営者、当然忙しい。
彼女も経営者、当然忙しい。

男性は忙しくなれば仕事に戻るが、女性は忙しくなっても仕事に戻らない。
この差が出てしまった。

女性は仕事が忙しくなっても仕事に戻らない理由ををあえて説明する必要もないだろう。
恋する女性なら誰もが起こす現象なので、あえて説明しなくても解ってもらえると思うから。
二人の関係は、その後どうなったかも?予想がつくだろう。

女性は恋をすれば女になる。
女性経営者も同じ女である。
恋をしても女にならない、鉄の女と呼ばれる女性経営者はそうそういるものではない。
彼女は女になった。そして基本に戻った。女としての基本に。

女の基本は好きな人を優先する。
好きな人に尽くしたい。
好きな人を愛したい。
好きな人に愛されたい。

女を取り戻した女性は、
成功を望まなくなる。
仕事漬けの毎日。不安とプレッシャーが常に襲いかかる戦いを望むわけがない。
女は弱い生き物。
強い男が現れれば、それにすがる。
彼女は恋したことによって成功を望まなくなった。

成功を望まなくなった彼女は恋愛を優先させる。
彼とデートするために、仕事をキャンセルする。
重要なお客さんとの打ち合わせもキャンセルし、仕事を後へ後へと後退させる。
彼との時間を確保するために、彼女はほとんどの仕事をキャンセルするようになった。

そして、年収2000万円だった彼女の年収が今年は400万円までに下がった。
売上げが落ちお金が入って来ないのだ。
年収400万円なら普通の女性ならまあまあだろう。
だが、彼女は家賃30万円払って子供を私学に入れている。
その生活は、年収2000万円という母体がそうさせていた。
家賃を払えば、お金はほとんど残らなくなった。
生活は目に見えて悪化していった。

なぜ、そこまで?と思うかもしれないが、女性とはそういうところがあるというしかない。
恋をすると後先が見えなくなるのが女性。
恋に命を燃やす女性。
成功を収めた経営者でも、ひとたび女になれば、奈落の底に落ちることもある。

彼女はこんな苦しい状態の中で私の鑑定を受けることになった。

続く。


以下、シンデレラコンプレックスを引用。

プロローグ おとぎ話がこわれた日。

多くの女性が、口先さけで自立について調子のいいことを言っても、内心はそれを受け入れていない。

女の子はこう教え込まれて育つ。
女は他人の付属物で、結婚という幸せで死ぬまで保護され、支えられ、勇気づけられて生きるものだと教え込まれる。

だが、おとなの現実世界では、
女たちよ、少女時代の夢ははかなく取るに足りないものだ。
求めるべきは経済力、権力、そして自由だ。人生で何をなすべきか、いかに考えるか、何に価値を見出すかを選ぶ能力を重視しなさい。安泰よりも自由が尊いと教え込まれる。

自由とは大変なものだと気づく。
女たちはおとなになり、自分より強い存在を風よけにして隠れているわけにはいかなくなった。わたしたちは良い妻、良い娘、良い学生であるだけではすまされなくなったのです。それは恐ろしいことです。今まで信じていたものが、すべて崩れ落ちてしまうのですから。

なぜ前進する機会を前にわたしたちは後退するのか、それは女たちが、恐ろしいものに直面し、それを乗り越えていくのに慣れていないからです。恐いものから逃げるように仕向けられ、子供の時代から、楽で危なくないことだけをするように教えこまれてきたからです。自由であるための訓練を受けずに、その逆の依存だけを仕込まれてきたのです。

依存は、すでに幼児期からはじまります。至れり尽くせりでしっかり守られ、パパやママの助けが欲しければ、いつでもそれをかなえてもらった幼児期。人に頼ることを不健全なまでに奨励されて育った甘い幼児期。女の子らしくしなさい。女の子が危険なことをしてはいけない。しおらしくおとなしくしなさい。つまり女性は、ある日、ある方法で、誰かに救い出してもらう存在と教え込まれるのです。しばらくの間がんばって努力すれば、子供のころのおとぎ話が実現し、ある日、誰かが、現実の苦しみからあなたを救い出すためにやってくるというわけです。

男の子たちは自分を救うのは自分以外にはないと学ぶのに。
以上、シンデレラコンプレックスのプロローグを引用。


シンデレラコンプレックスの文体を引用してみて。
普段私が感じていることが描写されています。
実際の鑑定でも、それが如実に表れているからです。

おとぎ話がこわれた日か。(うまいこといいますね)
おとなになって、厳しい現実に直面した女性たちが最初に味わう試練かもしれませんね。

乙女の崩壊。おとぎ話がこわれた日。それにあえぐ女性たち。
私の耳元ではあえぐ女性たちの嘆きばかり。

もう・・・仕事なんかしたくない。
嫌だ・・・こんな生活は。
一人では・・・寂しい。
早く・・・いい人現れないかな。
から始まり。

いい職についても。
いつまでもこの仕事を続けていられない。私は出世や成功など望んでいない。

素敵な男性に出会っても。
早く告白してよ、なにモタモタしているの。

相手がはっきりしないと。
ことを急いで自爆する。

彼氏の仕事が忙しいと。
なぜ私を放置するの、いつまで待たせるの、もう我慢の限界、許せないとキレる。

幸せな結婚をしても。
束縛とマンネリ化でこんなはずではなかったと後悔する。


女性はいつの時代も乙女。
乙女のように、可愛い女の子だと思って、至れり尽くせり大事に扱って欲しい。
女の子は、おとぎ話が永遠に続くと信じている。

だが、現実社会はそれを裏切るものばかり。
おとぎ話は崩壊する。


おとぎ話がこわれた日。
それにあえぐ女性たち。

こういった鑑定を、
私は毎日行っている。

この流れを一般論で言えば、
「甘い」となるだろう。

こんな甘い考えが現実社会で通じるわけない。
これが一般的論の解釈だと思う。

だが、私は違う。
私も最初は一般論だった。
その甘い考えを修正しようともした。

だが、なぜ?
女性たちは、私に嘆きを訴えるのか?
それは、
理解してくれる人がこの世にいないからだ。
とくに男性は役に立たない。
彼らは反対のことばかりをいって、女性を傷つけるしか能がない。

他に理解してくれる人がいない。
ならば私が理解しよう。
理解して、いい流れになるように修正しよう。
女性は理解してあげれば、自ら修正する能力がある。
この能力は男性より優れている。
これを発見した私は一般論から外れることになった。

一般論から外れよう。
乙女いいじゃないか。
可愛いからいいじゃないか。
女の子らしくていい。

乙女で可愛い女の子とくくれば、男が求めている理想の女性像となる。男性が求める理想の女性像になれば、男は女を守る。
それでいいではないか。

女性は、おとぎ話を続ける乙女でよい。
あとはネガティブを始末するだけ。
そう考えることにした。



前回のシリーズの31が抜けていました。
失礼しました。
遅ればせながら31を投稿したいと思います。

男性の浮気は人類が誕生して以来なくなりません(笑)有史以前でも有史以来でもなくなりません。歴史が繰り返すように男の浮気も繰り返されてきました。それは誰もが認める事実です。

さて、なぜ男は浮気や二股をするのか?
いろいろな諸説があると思いますが、私の考えは次になります。

なぜ男は浮気や二股をするのか?
「それは男女の生殖機能の差があるからです」。

まず男女の生殖器の違い。簡単に説明すると精子と卵子の差です。
男性は1日で1億の精子が製造され、女性は生涯で200個の卵子が製造されると言われています。大昔に読んだ何かの資料なので、私も詳しいことはわかりません。詳しいことは専門書をお読みください。ここで言いたいのは、男性が一日1億の精子に対して女性は生涯で200の卵子ということです。男女の生殖機能にはとてつもない大きな数字の差があるということです。

この数字の差で判断すると、
男性は種(精子)をばらまき。
女性は好きな人の種だけを受け取る。
となります。
つまり男性はあっちこっちに種(1日1億個の精子の種)をばらまくことができるが、女性は(生涯200個の卵子なので)誰でもいいというわけにはいかない。好きな人のみを受け入れる。反対に男性は好きでなくともそういうことができる。好みはあるが、基本的には誰でもよい、生理的によほど受付けない相手であれば。男性の中にもそういうことをするのは好きな人のみという男性もいるが、大方の男性は生理的にOKであれば誰でもよい。

男の浮気は種をばらまくことから。
そこから来ているとすれば、あとは理性でそれをカバーするしかない。
男性の精機能はしょうがないとしても、理性でコントロールはできる。
コントロールできないから浮気に発展する。
さらにコントロール不能な人は病的なまでに浮気に発展する。
病的な女狂いは手がつけられない。この病気は一生治らないだろう。
理性のコントロール機能のたがが外れた男は治すことができない。
これは病気と診断した方がいい。
病的な浮気男は、生涯浮気を繰り返すとも言われているから。


男性の二股について。
女性は好きな人一人のみを愛し、男性は複数の女性を愛する。
男性の二股はそこから来ている。
これも男女の生殖機能の差からきている。
実際に複数の女性を愛する男性を私は何千人と観ていますから。
あなた方も見ているでしょう。例えば芸能人とか。
恋多き女よりも恋多き男の方が多いのです。
また恋多き女は時期をずらして基本一人の男性ですが、恋多き男は同時期に複数の女性を相手にします。この違いがあります。

一人の男性を愛する女性と複数の女性を愛する男性。
この差が、男性の浮気、二股、を誘発していると思います。


もう30年前かなこの本に出会ったのは、
「シンデレラコンプレックス」コレット・ダウリング著。木村治美訳。

次回作、次回のシリーズにあたって、この本のことを思い出して本棚の奥を探った。
あったあった、シンデレラコンプレックスが。

30年ぶり。
ぱらぱらとめくる。
なるほど。
やはり。
と思いながら本を読み進める。
熟読したら、次回作の私のテーマとなる材料がふんだんにあった。

皆さんも読んでほしい。シンデレラコンプレックスを。
女性の自立に関する現状がたくさん載っているので。

久しぶりに熟読してみて、この本に書いてある内容と私の気持ちが一致した。
つまりリンクした。

30年前は「ふ~ん、そうなんだ」と読み飛ばした気がする。
私には、シンデレラコンプレックスがあまり理解できなかったようだ。
30年ぶりに読み返してみて、やっと理解できるようになった。
この仕事を長くやっているせいかもしれない。
女性の悩み、女性の自立に関して長く相談していると、シンデレラコンプレックスの意味がわかるようになる。
つまりその意味が板につく。

男性でその意味がわかるのはそうそういないと思う。
男社会の政治家や企業家にはまずわからない。
ましてその下で働く管理職の男性にはわからない。
さらに彼女のいる一般男性にはわからない。
だから、女性を追い込む事件を起こす。
痛ましい過労死や自殺などの事件。なんとか広告代理店のような事件が。
競争社会の自立を促す悲惨な事件が日本中のあっちこっちで起きている。
私はこれを「競争社会の自立の弊害」と呼んでいる。

これから書くブログは、
女性のことを理解して、女性に対する労りを持つこと。
それに尽きる。

女性とは弱い生き物。
それを守るのが男性の役割。
本来の基本に戻ることを希望しながら、このシリーズを続けたいと思います。



もちろん放っおくのと甘やかすのは違います。
放っておいて甘えかすことになるのは放任主義に多いと思います。放任主義者は相手に自由を与えて自分では何も責任を取らない。相手がどうなろうが構わない。自分さえ良ければそれでいいというのが放任主義者。面倒はごめんだ。あっしには関係ありません。この子がどうなろうが、この人がどうなろうが、私には関係ない。面倒くさがり屋なのか、自由を尊重しているのか、相手に自己責任と自立を促しているのか、争い事が嫌いなのか、人が良いのか、悪いのか、優しいのか、冷たいのか、よくわかりませんが、放任主義者の親やパートナーが実際にいるのは確かです。

放任主義者の親に育てられた子供は自分勝手でワガママに育つのでは?と危惧されますが、一概にそうとはいえません。中には自立して立派に育った子もいます。親が放任主義なので自分がしっかりしなくてはいけないと親の性格を反面教師にしたのでしょう。また親が放任主義者だから、ワガママに育って社会生活がうまくいかない子もいます。いずれにしてもその人自身の人間としての素質の問題だと思います。過保護な親、放任主義の親、厳しい親、非道な親、人畜無害の親、人畜被害の親、親にもいろいろあります。

私の考えは、親がどうあれ子供が20歳を過ぎたら関係ないということです。どんな親のもとで育とうと20歳になったら自分の人生は自分で切り開く覚悟が必要なのです。いつまでも親のせいにしたり、過去のせいにしたり、誰かのせいにしないことです。


放っおくのと甘やかすのは違います。
私のブログで「放っておきなさい」と言っているのは相手を甘えかすことではありません。それは自分自身の勇気と覚悟を決めるためのものです。放っておくのはリスクを背負います。リスクから逃げたら現状は何も変わりません、かえって悪化することにもなるのです。だから、現状を変えるために放っておくリスクをとる。この覚悟と勇気が今の悪い現状を変えることができるからです。

放っておけるのは勇気と覚悟のある人。
リスクを背負い現状を変えられる人。
そういうかっこいい人になってください。
現状を変えられる人になるのは、
親のせいにしたり、過去のせいにしたり、誰かのせいにしないことです。
過去を封印して前に進む。これが現状を変えられる人です。


さて、皆さんから寄せられたコメントを題材にしたシリーズは、この投稿で最後となります。
たくさんのコメントありがとうございました。

次回から新シリーズ。
「女性の自立をテーマにしたシリーズ」「自立にとまどう女性たち」をお楽しみください。


この仕事をやっている私の感想は、
不倫は増えている、年々増加しているというのが感想です。

昔ならわけありの人が不倫をしたものですが、今は普通の人が、真面目な人が、ごく一般の人が不倫をしています。日陰の恋でなく表舞台の恋、不倫のなにがいけない、不倫は文化だと言わんばかりに不倫は増加しています。

もちろん不倫は日陰の恋です。表向きは堂々と出来ません。
家族を裏切っているという罪悪感もあるでしょう。
因果応報の天罰も下るという恐怖も併せ持ちながら戦々恐々の世界にいるのは間違いありません。それでもやめられない。人を好きになるということは、ある意味犯罪でもあります。愛は法を犯すためにあるのかもしれません。人を愛する人間はとても厄介な生き物です。

不倫をしている皆さんは因果応報と戦っている気がします。因果応報に負けない手段は罪悪感を持たないこと。だから、罪悪感を持たないために自分の行為を正当化します。自分が不倫をしているのは夫が悪いから妻が悪いから。もう夫(妻)を愛していない。二人の関係は冷めている。だから別の異性を好きになる。結婚しているパートナーを否定することで罪悪感を持たないようにしているのです。罪悪感を持たなければ因果応報の魔の手にかからないからです。

では不倫をしている人は、今のパートナーと離婚して不倫相手と結ばれたいかというとそうでもありません。生活は維持して恋愛を楽しむというスタイルが多い。恋愛だけではメシが食べていけないから。ご飯(生活は家で)して外で恋愛(ロマン)を楽しむというスタイルが多い。誰もが長年の生活環境を失いたくない。家族の居る生活をロマンだけで失うのは避けたいからです。

不倫は愛だけでは結ばれることはない。
女性は夫と離婚しても不倫相手と結ばれたいと切望するが、男性の多くは妻と離婚までして不倫相手と結ばれたいという考えはあまり持たない。その辺に男と女の差がある。恋愛を命とする女と仕事を命とする男の本脳の違いがそうさせている。女は恋愛が命なので、夫と離婚しても不倫相手と結ばれたいと切望するが、仕事が命の男は、愛だけで結ばれることはしない。責任を取る気になってやっと結ばれる。妻のことを愛してなくても何年も何十年も責任をとってきた。男の愛はやがて責任に変わる。そうなると愛より責任を重視する。愛が責任に取って変わった男は愛だけで責任を放棄するわけにはいかない。長年積み重ねた責任が、長い間に習慣となり恋愛の甘い蜜の色恋よりも、責任が重い足かせとなり、愛よりも責任を重視する。だから男は恐いのだ、愛のために責任を放棄することが、なぜ恐いか、それでは男として失格だからだ。責任を放棄した男は男のプライドと自尊心が傷つくようにできている。これが恐い。これが男の正体。これが男の脳の造り。だから、男脳は愛だけでは結ばれることはない。責任という足かせを愛だけでは乗り越えることができない。そこに男の弱さがある。

不倫の恋は、
罪悪感と
責任と
好きな気持ちと
果たせない世界観の愛。
そう不倫は優柔不断の愛で責任のとれない愛。
つまり保証のない愛なのです。
それを認めることです。
だから、本気になってはいけない。
一時期を楽しみ、綺麗に終わること。
それが不倫の償いである。

男をダメにする女は、
別れ際の悪い女。
綺麗に別れることができる女はいいが、別れ際の悪い女は最悪となる。
本気で愛したのなら最後は綺麗に別れるべきである。
愛はお互いに迷惑をかけないこと。
不倫なら、なおさらである。


離婚が3割に達する時代。それに比例してバツ1シングルマザーが増えました。私の鑑定でも、バツ1シングルマザーの相談が増えています。皆さんのお話を聞くたび、どの人も大変な苦労をしているという感想です。無責任な男の犠牲になり、不条理な世の中で生活苦に苦しみながらもけなげに生きている。若気の至りとはいえ、無責任な男を無分別に愛した自己責任とはいえ、皆さんのお話は一人一人が苦労の多い壮絶な物語ばかりです。私が言いたいのは「バツ1シングルマザーみなさん、希望を持って頑張ってください」そして「次は幸せになりましょう」と言いたい。

若いときはしょうがない。若いときは判断する力がない。だから無分別な愛にすがるのもしょうがない。悪い男に引っかかるのもしょうがない。無責任な男の愛の言葉を信じて騙されるのもしょうがない。なさけない男を好きになるのも、ダメ男を好きになるのもしょうがない。そんな男に逃げられてもしょうがない。またあなたが三行半を下すのもしょうがない。稼ぎの悪い男を、酒と女におぼれている男を、ギャンブルと借金づけの男を、パワハラ・モラハラ男を、精神的にも肉体的にも傷つけられた男に対して三行半を下すのもしょうがない。すべてが若気の至り。

若気の至りによって、バツ1シングルマザーという代償を得た皆さん。
人生はこれからです。
希望さえ捨てなければ、あなたの人生はこれからいくらでも変えることができます。

バツ1シングルマザーの恋。男性の場合、愛の証は何を見れば良いのでしょうか?
人生を変えるために。
まずは我が子を愛しましょう。
純粋無垢な我が子が希望の光となります。
この子さえいれば、男なんかどうでもいいというくらい我が子を愛しましょう。
男に夢中になってはダメです。男より我が子を思いっきり愛してください。
前の夫(男)は責任を取りませんでした。あなただけは母として責任を取ってください。愛する我が子のために。
愛する我が子の責任を取れば、あなたの今後の恋愛はこの子を中心としたものになるはずです。オトコ中心でなくこの子を中心とした恋愛です。ですからこれから出会う男性にバツ1シングルマザーということを隠す必要はありません。堂々と自分はバツ1シングルマザーと告げて男性と接することです。我が子を誰よりも愛していると言って接することです。そうすればあなたの子を愛する男性を引き寄せることができます。男性の中には前の夫より優れた男性はいくらでもいます。穏やかで心の広い男性はいくらでもいます。そういう男性に巡り会うためにも、まずは我が子を愛することです。この子を中心に幸せを手に入れることをルール化すれば、その願いを叶えてくる男性が現れます。そうならないのはこの子を中心にした恋愛をしていないからです。また若気の至りに戻っているのかもしれません。無分別な愛は身を滅ぼします。どうぞ我が子を大切にして、この子を愛する男性を引き寄せてください。すべてがあなたの考え方とあなたの欲求と欲望です。正しい考えで、正しい要望で、この子を中心にした愛を完成させることです。