ホーム > カテゴリ: 心の使い方 心を強くする
悩みの正体は心です。心の中にある不安な気持ちが悩みの正体です。
悩みを無くす方法は、「心は道具だ」と思うことです。
心はあなたが生きるための道具です。道具に振回されてはいけません。
道具を使いこなすことで人生が良くなるのであって、道具に使われたら人生は破滅します。
人生を左右する心という道具を上手に使いこなすことです。

上手に使いこなす方法は、
心を野放しに自由にさせないことです。

心を管理しましょう。あなたという権力者によって。

あなた自身が心の経営者です。経営者という権力を部下である心に発動することです。部下が勝手なことをやったら仕事が成り立ちません。部下のワガママ放題を見逃すと、会社の存続危機となります。あなたは、部下を管理監督している経営者です。経営者なら部下の行動に対して、「これはダメ、許可できない」「これはいい、許可する」という命令ができるはずです。言うことを聞かない部下はクビにし、言うことを聞く部下を昇進させればいいのです。あなたは心の経営者です。しっかりと部下である心を管理しましょう。

あなたが大工のなら、心は道具である、ハンマー(かなづち)です。
あなたがハンマーをたたくことで家が完成します。
ハンマーに使われたら凶器となります。
自分の頭をハンマーでたたくバカはいません。
なのに・・・恋愛では、そのハンマーで自分の頭をたたいている人が多い。
道具に使われてどうするの?それが、恋愛の場面ではたくさん起きています。

あなたが主人で、心が主人ではありません。
あなたが人生の経営者で、心が人生の経営者ではありません。
心はあなたの道具なのです。
道具に使われてはいけません。


人生は自分との戦いです。
彼との戦いではありません。
自分との戦いです。
この言葉が訓示できたら、次の段階へいきましょう。

次は、心を道具としてどう使うかです。
心の使い方をおさらいしましょう。
心を野放しに自由にさせないことです。
心を管理しましょう。あなたという権力者によって。

ポイントは、あなたが心の管理監督をする権力者だということです。
どうすれば心の権力者になれるかというと、
それは、「意志」を持つことです。
心を管理監督するのは「意志の力」です。


「意志って」みなさんはどこかで聞いたこともあれば、何かの本で読んだことがあると思います。でも、ほとんどの人が意志の意味を理解していません。まさか、心を管理監督する権力者とは思ってもいなかったでしょう。今日からそう思ってください、そして学んでください。意志とはあなたの心を管理監督するものです。さらに意志とは権力者になって心を、自分の命令通りに動かすものです。心を道具として使いこなしてこそ、初めて意志の力が発動できるのです。心を道具として使うには意志の力を発動することです。

意志が発動すれば、心は自由気ままに身勝手な想像をすることができません。野放しにネガティブなことを、あれこれ考えることができません。ボーッとして・・・彼とうまくいっていないことや、仕事でうまくいっていないことや、まだ起きていないありもしない将来の不安ばかり考えていると、意志が現われて「ボーッと生きてんじゃねえ!」と一喝して、偉い剣幕で叱ります。意志に叱られたら、心はもう余計な考えを持つことができません。意志の指示命令通りに動くしかないのです。意志がこれは良い考えだ、これを考えなさいといったら心はそれを考えるしかありません。意志がこれは良いことだからこれをやりなさいといったら、心はそれに従って行動するしかありません。意志は24時間休みなく心を見張っているのです。心が余計なことを考えて悪いことをしないために。


あなたは意志を持つことです。
そうすると、こんな質問が飛び込んできます。
意志ってなに?
意志とはどこから生まれるの?
どうすれば意志が持てるの?
わたしに意志が持てるの?
今度はこの質問ですか。わかりました。
私は面倒見がいいので、解らない人には解るまで面倒見ます。
その質問は次回答えましょう。


信念とはとても頑固だ。
信念は周りから反対されればされるほど強くなり、失敗すればするほど強くなる。
皆さんの恋愛を見てみると、そう思う。
みんなとても頑固だ(笑)
ならば、あなたの人生だ、思うようにしなさい。
自分が思ったことを信じて突き進めばよい。

私は思う、人間何かの志があることはいいことだ。
恋愛でも、仕事でも、勉強でも、趣味や娯楽でも、好きなものに夢中になることはいいことだ。周りから見れば、何というバカなことをしていると思われてもいいじゃないか。他人に迷惑さえかけなければ何をやってもいい。迷惑とは自分にかけるもので、他人にかけるものではない、これが好きなことをやっている人の姿勢である。

自分に迷惑をかけるとはどういうことか?
自分の遊び時間を無くすこと、これが自分にかける迷惑である。遊び時間を無くすとは、遊びを捨ててそれに夢中になることをいう。周りから見れば価値のないものに、自分の時間を使って価値のあるものにする。周りから反対されたものを、自分の力でもって賛成させるようにする。周りから否定されたものを、自分の力でもって肯定させるようにする。その作業がとても大変で、とても時間がかかる。だから、自分の遊び時間を放棄して自分に迷惑をかけるしかない。

あなたがたの生活に役立っている文明の利器のほとんどが、そうやって生まれた。
周りから反対され、批判され、中傷され、バカにされ、きちがい扱いされながらも、ひとりの信念の力によってこの世に生まれた。過去の偉人たちの発明や功績は、周りからの大反対によって成し遂げられたことを歴史は証明している。もちろん、ひとりの力だけではない。信念を持ったひとりの人間が続けているうちに、賛同者が現われ、マスターマインドが形成されて完成したのは事実である。だが、最初はひとりだった。ひとりの人間の願望によって、ひとりの人間の信念によって、最初の芽が出た。

過去の偉人たちの歴史を紐解くと、信念の意味が見えてくる。
彼らの信念は、周りから反対されればされるほど強くなり、失敗すればするほど強くなっている。ここから生まれた言葉が「最後まであきらめるな」という言葉だろう。

普通の人は周りからの反対の一言であきらめ、たった1回の失敗であきらめる。
なぜあきらめるのか、それは心が傷つくからだ。人間の心とは弱いもので信念までなかなか育たない。信念まで育てるには心を強くするしかない。このとっておきの方法が、心を道具にすることだ。心を道具にしてしまえば、反対も、失敗も、気にならなくなる。なぜなら心は道具なので、自分が傷つくわけではないからだ。自分はこうだと決めた志に向かうだけ。心と体はそれを達成するための道具にしか過ぎない。この思考の力学さえ持っていれば、信念はたくましく育つ。




試練の始まりは、不幸なことばかりを考えていることから起きる。
今日から不幸になる考えをやめよう。
不幸を引き寄せないと固く決意しよう。
「自分は不幸を寄せ付けない!」と固く決意すれば、不幸は寄りつかなくなる。
そんな難しいことではない。簡単だ、誰にもできる。
今日から、「自分は不幸を寄せ付けない!」と固く決意しよう。

たったそれだけで何が変わる?
たったそれだけで、今後のあなたの人生に不幸が舞い込んで来ない。
油断して不幸が舞い込んだとしても、「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払えばいい。自ら起きる心配事や不安も同じように「自分は不幸を寄せつけない!」と一喝して追い払えばいい。他人から聞いた不幸話も「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払えばいい。自らの心から湧き出る不幸であろうと、他人から伝染された不幸であろうと、「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払えばいい。それが完璧にできれば、今後のあなたの人生に不幸が舞い込んで来ない。そうなれば、幸せな素晴らしい人生が待っている。

そんな素晴らしい方法を多くの人が実践していない。
今日から実践できるのは、このブログを読んでいる皆さんくらいだ。
希少な沖川会員といっていいだろう。私は会員を募集していないが(笑)
一応沖川会といっておこう。

さて、沖川会の皆様。
今日から「わたしは不幸を寄せ付けない」
これを自分の思考に取り込もう。
不幸な出来事があったら、どんな些細なことも、「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払おう。自ら湧き出る不幸であろうと、他人から伝染する不幸であろうと、テレビやラジオ、ネットやメデイア、マスコミなどの不幸であろうと、不幸は寄せ付けないと一喝して追い払おう。世間には不幸話が溢れている。見たり聞いたりしても、すぐに不幸を追い払うことだ。不幸に執着して同情してはいけない。不幸話に長くいてはいけない。不幸の記憶の中に長くいてはいけない。不幸を中心に物事を考えてはいけない。不幸は心の中に滞留させてはいけない、追い払うことだ。今日から「わたしは不幸を寄せ付けない」そう固く決意した人間になろう。

今日の沖川は気合いが入っているね。
ここまで、「わたしは不幸を寄せ付けない」と言い張る人はいないよ。

私は毎日不幸話を聞いているからね。
だから、気合いをいれているのだ。
「わたしは不幸を寄せ付けない」と。

そして、人々の幸せになる方法も見つかった。
6万人の不幸話を聞いて見つかった。

幸せになるためには不幸の反対のことをすればいいと。
不幸の反対とは幸せになること。
皆さん不幸話は得意だが、幸せ話は得意でない。
自分も他人も不幸話は得意だが、幸せ話は得意でない。
マスコミも不幸話は得意だが、幸せ話は得意でない。
ニュースを見てみなさい、不幸な報道ばかりだ。
幸せな報道は1%もない。99%が不幸な報道ばかりだ。
だから、今日からもう悪いニュースは見ないことにしよう。
間違って見たとしても、チャンネルを変えるか、「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払おう。友達が自分の不幸を一生懸命あなたに話したとしても、「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払おう。報道は見てもよい、他人の話を真摯に聞いてもいい、でもその中に不幸な話があれば、報道や他人の話が終わったあとに「自分は不幸を寄せ付けない!」と一喝して追い払おう。自分はそうしている。皆さんもそうしてほしい。

さらに、私の場合は仕事なので高見を目指さなければいけない。
不幸を幸せに変える、重要な任務も授かっている。
それは、私の試練だと思っている。
6万人の不幸話を聞いて、それがわかった。
わかったから不幸話から逃げるわけにいかない。
不幸な話を、これでもかこれでもかとたっぷり聞いて、
そこから一縷(いちる)の光明を見つけなければいけない。
この人の幸せになる光はどこにあるのか?それを見つけるのも、私の仕事であり、ひとつの楽しみとなっている。私は不幸を逆手に取っている、一縷の希望を見つけるために。

神は人間に考える力を与えただけではない、試練も与えた。
それは、不幸から幸せになるための試練を神は人間に与えた。


考えることが悪いことといっているわけではない。
慎重に考えて熟慮するのは、とてもいいことだ。だが、熟慮の中に不幸な考えを入れてはいけない。思考も取捨選択すること。これは良い考え、これは悪い考えと選択し、良い考えを取入れ、悪い考えは捨てること。思考中も取捨選択する、これを習慣とした方がいい。習慣の第一歩は考えることから始まるといっていいだろう。どう考えるかで、あなたの今後の人生が決まるからだ。悪い考えを持てば悪い結果となり、良い考えを持てば良い結果となる。とても単純だが、単純な教えを舐めてはいけない、思考は現実化するからだ。

創造主である神は人間に考える力を与えた。だから、考えることをおろそかにしてはいけない。いちばん最悪な考えは、不幸になる考えだ。

創造主である神は人間に考える力を与えたのに、この力を有効に活用しないで、悪い方向に活用している人が多く見られる。

私が見る限り、女子の考えは創造主が与えた力を悪い方向に活用しているように思えてしかたがない。なぜ、そのように感じてしまうのか?女子の考えの最たるものが、不幸になる考えが多いからだ。不幸になることは誰しも望んでいないはず、なのに不幸になっている。それは不幸になることばかりを考えているからだ。危険を察知し最悪な事態を避ける、女性特有の最悪な事態を避けたい気持ちは解るが、それにしてもいきすぎである。いきすぎなので、結果はいつも最悪な事態となっている。本人は不幸になる結果を望んでいない。だが、結果はいつも不幸になっている。なぜこういうことが起きるのか?それは、最悪な事態を避けることばかりを予想し、最悪なことを引き寄せているからだ。つまり、不幸になることを自ら引き寄せているのである。

自分の身を守り過ぎて不幸になっている人が多い。自分の身を守ってなぜ不幸になるのか?それは自分の身を守り過ぎて相手を信用していないからだ。愛の基本は信頼関係にある。自分の身を守り過ぎる人には、その基本である信頼関係が保てない。だから、信頼関係がやがて崩壊し、不幸になるのである。そんなこといって、信じて騙されたらどうするの!心から信じて裏切られたらどうするの!という反論もあるだろう。その反論に対しての私の答えは、裏切られたり騙されたりする人は、最悪な事態を避けて、自分の身を守り過ぎている女性に多く見られるということだ。

最悪な事態を避けて、自分の身を守り過ぎている女性には余裕がない。
相手を疑いの目で見て、猜疑心と疑心暗鬼の世界にいる。
常に相手を疑わしく感じ、疑いの深さからあらぬ妄想にとらわれている。
そういう女性は余裕がないので、逆に悪い男にひっかかりやすい。

本人は疑いの目で相手を見ているので、いつも心が乱れて疲れている。
いつまでも心が疲れている状態は嫌なので、心を休めるために、少しは人を信じてみようと思って恋に落ちる。恋に落ちた男性は、冷静に考えれば、最悪な事態を避けて、自分の身を守る女性が選ぶ相手ではない。なぜ、そういう男性を選ぶのか?最悪な事態を避けて、自分の身を守り過ぎている女性には、そういう男性が相手となって現われるようにできているからだ。つまり、類は友を呼ぶのである。猜疑心の強い女性には猜疑心を誘発される男性が現われ、疑心暗鬼の強い女性には疑心暗鬼を誘発される男性が現われる。疑い深い女には疑いを誘発させる男が現われるようにできているのである。なぜ、そうなるのか?神は人間に考える力を与えただけではない、人間に試練も与えているのだ。

試練の始まりは、不幸なことばかりを考えていることから起きる。
不幸をなくすためには、思考を変えなければならない。
今日から思考の中に不幸な考えを取入れないことだ。





人の悩みの99%は、心の奴隷となって、心に使われているから起きる。
本来なら心と体は人生を豊かに生きるための道具にしかすぎないのに、道具に使われるから悩みが起きる。

自分の心を道具として使いこなせば、恐いものはなにもない。
これが今日のテーマ。


今日のテーマである「自分の心を道具として使いこなせば、恐いものはなにもない」を具体化していこう。

彼が音信不通にした。
これは彼の心が奴隷になっているから。奴隷となった人の心は予測がつかない。仕事の奴隷になったのか、恋愛感情の奴隷となって彼女のことが嫌になったのか、彼自身が何らかのストレスで心の奴隷になったのか、それは解らない。解らないものをいちいち推測する必要もない。ただ、彼が行っている行動は、「これは人としてどうなの?」という非常識な行動に過ぎない。人間としてやってはいけないことを彼がやっているだけで、悪いのは彼である。

問題なのは音信不通にされた女性たちが悩むこと。これがいけない。悩めば女性自身も心の奴隷となる。心の奴隷同士がうまくいくはずがない。うまくいく方法があるとすれば、あなた自身が心の奴隷にならないことだ。心の奴隷にならない方法はたくさんある。ひとつの例が、彼を失っても恐くないという覚悟を持つことだ。それができれば、心の奴隷になることはない。それ以外にも心を強化する方法はいっぱいある。これを常日頃勉強することだ。

心の強化ができた人間が、音信不通に対処するとこうなる。
彼が音信不通にした。
あ、そう「はい、終わり。」
それだけである。
とても単純だが、心の強化ができた人間は顕在意識でもって四の五の考えない。物事の善し悪しを潜在意識で単純に判断できるからだ。潜在意識の答えが「はい、終わり」と出たなら、それに従う。決して、何万通りも悩む顕在意識の心の奴隷にならない。心の強化ができた人間は決定が早いので無駄な時間を過ごさない。99%の人は悶々として無駄な時間を過ごすが、心の強化ができた人間は時間を無駄に過ごさない。限りのある人生を有意義に過ごしたいので、非常識な人間と付き合っている暇などない。

この心の強化はどの場面でも使える。
彼が「別れたい」と言ってきたら。
あ、そう「わかった」。
彼が「疲れた、独りになりたい」と言ってきたら。
あ、そう「わかった」。
彼が「距離をおきたい」と言ってきたら。
あ、そう「わかった」。
心の強化ができた人間は、ものわかりがいい。
「はい、終わり。はい、わかった。」と、ものわかりがいい。
後悔して、引きずって心の奴隷などになりやしない。
いつでも、スパッと決められる。

心の強化は仕事でも使える。
この会社はブラックだ。「では、ブラックでない会社に転職しよう」
上司がパワハラだ。「では、他の会社に転職しよう」
この会社はブラックだがやり甲斐がある。「では、この仕事を天職だとしよう」
上司がパワハラだが、仕事にやり甲斐がある。「では、仕事にやり甲斐を感じよう」
人間関係が悪化した。「会社は仕事をするのが目的で、人間関係が目的ではない」
仕事は人生の大半を過ごす時間。心の奴隷になるか、心を道具として使いこなせるかによって、仕事の出来具合と収入が大きく違ってくる。

心の強化はすべての分野で使える。恋愛、結婚、子育て、仕事、収入、健康、体力作り、趣味、娯楽、知識、勉強、人生のすべての分野で使える。反対に心の奴隷になっている人はすべての分野でダメになる。すべての分野でダメになるから、永遠にいつまでも悩み続けている。本人は気づいていないのだ。自分が心に使われていることを。心の奴隷になっていることに気づいていないのだ。人の悩みの99%は、心の奴隷となって、心に使われているから起きる。本来なら心と体は人生を豊かに生きるための道具にしかすぎないのに、道具に使われてどうするの?といいたい。


今日のテーマである「自分の心を道具として使いこなせば、恐いものはなにもない」を再確認しよう。再確認できれば、今日からあなたは心を道具として使いこなすことができるだろう。




心の奴隷になっている人がたくさんいる。
仕事で悩み、恋愛で悩み、人生で悩んでいる。過去の生い立ちから、現在の苦境、未来の不安まで、あれやこれや思い煩い悩んでいる。みんな心の奴隷となっている。

みなさん取り越し苦労が大好きみたいだ。過去に起きた嫌なことを引きずり、それによって現在を悪くし、さらに未来まで悪くしている。こうなったら、心は僕でなく主人となっている。

悩んではいけないのか?人間なら誰しも悩むはずだ、それがいけないのか。
私は悩むことを否定してわけではない。私だって悩むことはたくさんある。過去に悩み、現代に悩み、未来に悩む、こんなことは日常にある。こうして偉そうにブログを書いているが、
実は私、小心者である。小心者の私だからこそ、心をなすがままにしておくと、かえって混乱する。悩んでいる心を主人にすると、人生は混乱することをすでに経験している。だから、今は心をコントロールすることにしている。心は私の僕だ、心は私の主人ではないと、自分の精魂である魂に言い聞かせるようにしている。

さらにきつく言うと、心は道具だ。体も道具だ。体という動物心、心という理性心を使いこなして、人間は成長できる。道具に使われていたら成長はできない。かえって後退するだけだ。後退すれば悩みの淵から抜け出せない。だから心と体を道具として使いこなすようにしている。

ときどき、心の奴隷になることがある。
人間という生き物は心の弱い生き物で、自分もときどき心の奴隷になることがある。昔は長くその時間にいたが、今は1日、2日でそこから抜け出すことがようやくできるようになった。できれば5分くらいで抜け出したいが、まだまだ修行が足りないようだ。世界の偉人たちは5分で抜け出しているのだろう。あるいは悩みそのものがないのかもしれない。彼らには確固たる信念と目標があるので、悩んでいる暇はないのかもしれない。自分もそうなりたいが、自分はまだまだだ。どちらかというと、あなた方と一緒だ。あなた方と一緒なので、小心者が、小心者を助けるくらいで丁度いいと思っている。人の悩みを理解できないとこの仕事はできないからね。

皆さんに私が伝えたいのは、
悩んでもいい。だが、その時間に長くいないこと。
それを伝えたい。


悩みというものは、決断できないことから起きている。
決断を急ぐこともないが、遅すぎてもいけない。
この時期を一緒に決めよう。
決断するのは、忍耐力がいるものだ。
この忍耐力を一緒に学ぼう。
決断することは、納得することだ。
この納得する力を一緒に身につけよう。
そうすれば、すっきりする。
あなたの心がすっきりする。
これによって、あなたの心は僕となる。

さらに僕を使いこなせば、心は道具となりあなたの命令通りに動く。

心と体を道具にした具体的な例を述べよう。
昔ブログに書いたが、私が好きな言葉などで、また再現します。

彼にフラれて傷ついた。
これは心の一部である恋愛感情が傷ついただけで、私が傷ついたのではない。

仕事で失敗した。仕事で挫折した。職場の人間関係が悪化した。
これは心の一部である仕事の感情が傷ついただけで、私が傷ついたのではない。

腕を怪我した。腕が痛い。
これは体の一部が傷ついただけで、私が傷ついたのではない。

心、体の一部が傷ついても、私は傷ついていないとすること。
心と体を自分の道具にすること。
これができれば、心の病や体の病は早期に回復できる。




男としてこの世に生まれ、男として生きていくことは大変なことだ。だから、男は自分が男であることに不安を感じている。不安を表に出すと役に立たない男だと勘違いされるので、プライドでもって男の部分をキープするしかない。不安を隠すためのプライド。このプライドは正直言って何の役にも立たないが、でもそれがないと男は生きていけない。

私は思う。
今の時代は、女性より男性の方が不安なのではないかな。いや、もっと昔から男性の方が不安だった。それを隠すために、プライドでカバーしていた。不安をプライドでカバーする。そう考えると、男のプライドは生きていくために必要なのかもしれない。男はプライド高いが、男はみな不安なのである。

こんな不安な男たちに、女性たちは何を求めるの?

結婚して子供をつくって、わたしと子供が経済的に困らないために責任取って欲しいと求めるの?いやそうではない、結婚などしなくてもいい、子供もいらない、ただあなただけが傍にして欲しいと求めるの?

古くからの遺伝子を持つ女性は結婚して子供をつくることを望み、こんな時代だから仕方ないと新しい考えを導入しようとしている女性は、結婚はしなくていい、子供もいらない、ただあなただけがそばにいて欲しいと望む。なんだ、いずれにしてもパートナーが欲しいということか。なんで、独りで生きていけないの?となる。独りで生きていけない理由は、独りだと寂しいから。独りぼっちの孤独の生活は嫌だ。やはりパートナーがいないと。

この独りだが、男と女ではちょっと違う。
男性は女性ほど寂しいとは思わない。男性はどっちかというと独りの方がいいという考えを持っている。男性の中にも寂しがりやの男がいて独りのなることを極度に恐れる人もいるが、それはほんの一部で、多くの男性は独りの時間を大切にしている。そして独りの方が好きなのである。なぜ独りの時間が好きか、それは自由だからだ。女性は太古以前から集団生活をしてきたが、男性は外に狩りに出かけ独りの時間を過ごしてきた。独りの時間が多かった男性は本能的に独りの時間を求める。でもそれはずっとではない。日中は独りでも、夕方になれば集団生活に戻る。女性は朝から晩まで集団生活の中にいるが、男性は夕方から夜にかけてほんのひとときだけ集団生活に戻る。

男性はほんのひとときだけ集団生活に戻る。
これは、ほんのひとときだけパートナーの元に戻ると解釈していいだろう。
それが理解できれば、男脳の習性が理解できるようになる。

習性が理解できれば、男性には独りで生きていけない理由などないと気づけるだろう。そう男は独りでも十分に生きていける。独りの方が気楽で自由だ。この自由は手放したくない。でも、ときどき寂しくなる。夕方ほんのちょっとだけ寂しくなる。基本は自由だが、夕方はほんのちょっとだけ寂しい。それで家に帰ってパートナーを求める。でもそこは安座して長くいる場所ではない。これが男性に植え付けられた本能である。

あなたがたは男性の夕方の本能で恋に落ちただけ。彼は、夕方ほんのちょっとだけ寂しくなり、癒やされるために恋をするが、四六時中恋をするわけではない。集団生活の中にいる女性のように四六時中恋をするわけでない。夕方ほんのちょっとだけ恋をするのだ。何度もいうようだが、それが理解できれば、男脳の習性が理解できるようになる。さあ、男の習性と本能を理解しよう。

理解できれば、もう男の習性で悩むことはない。
男とは、こういう生き物だと解釈すれば悩むことはない。


さて、男のプライドだが、このプライドは不安からきている。
不安は夕方の恋から始まっている。集団生活に溶け込めなくて夕方ちょっと恋をするから不安になる。四六時中いない世界、ほんのちょっとだけなのに、そこの住人はずっとそこにいろという。自由を求めるオレにとってそれは苦痛だ。だから、そんなものなくてもいいというプライドを持つ。女房と子供を養い、朝から晩までヒーヒーするのはゴメンだ。それならば、天涯孤独の道を目指す。夕方寂しいが、今の時代は24時間どこでも開いている。スマホでコミュケだって可能だ。家庭など持たなくても、オレは自由に生きていける。だから、寂しくない。孤独はぜんぜんOKだ。こんな声が聞こえてくる。

この声は女性たちにショックだろうが、これも最近の男性の傾向だと思えば、ショックに陥ることはない。ただこれを現実で受け止めればいいだけだ。

現実で受け止めれば、もう男性に頼る必要もなく依存する必要もない。現実社会で不安を持っている男性などをあてにしなくていい。不安を持っている男性はあなたが関与することはなく、不安のままにさせておけばいい。そして、あなたはその男性の不安に巻き込まれないこと、それだけを心がけよう。つまり、彼が不安ならあなたがしっかりすればいいだけのことである。

女性がしっかりすればどうなるか?
夕方の恋が落ち着いて、この場所に安座するだけである。
男は外で働くが、帰りやすい場所には必ず戻ってくる。
帰りやすい場所が提供できれば、いつでも男は帰ってくる。
男の習性をうまく利用する方法は、習慣を作ること。
帰れるのが当たり前の習慣を作れば、いつでも男は帰ってくる。
そのために男の発する不安に耳を貸さないこと。
現代っ子のネット炎上のような誹謗・中傷の不満などにいちいち耳を貸す必要はない。
耳を貸すから彼もあなたも不安となる。
こんなの無視してしまえば、男の不安やプライドは、女性の力で解決できる。
あなたが独りで生きていくのが寂しくて嫌だというのなら、男を習慣化させること。
男は習慣という本能を持っている。これをうまく利用することである。
最初は集団生活がいやだいやだ、オレは独りで自由がいいといっておきながら、習慣になると男は落ち着くのである。



人間生きていくと不安に苛まされることがある。
男も女も同じだけ不安がある。女性だけに不安があるわけではない、男性にも不安がある。不安に関しては男女平等だ。

不安は男女平等だが、男と女では不安の発生源が違う。大きく分けると男性は仕事で不安を感じ、女性は恋愛で不安を感じている。不安は得意とする分野で起きている。男性は仕事を得意とし、女性は恋愛を得意とする。「不安は得意とする分野で起きている」これを皆さんがどう感じ取って、どう解釈するかだ。不安は得意とする分野で起きている、男性は仕事を得意とし、女性は恋愛を得意とする、この男女の得意分野で不安が起きている。なぜ、得意とする分野で不安が起きるのか?それは、それぞれが命だからだ。

男性は仕事を命とし、女性は恋愛を命とする。不安は命がけの得意の分野で起きている。
それが完全に理解できれば、不安の解消に役立のではないだろうか。なぜ、得意分野で不安が起きるのだろう?得意分野は自信がある分野で、不安など起きないはずなのに。確かに、得意分野は自信がある分野なので、そこに不安など起きないという考えもある。だが、それは順調なときで、ひとたび不調になれば、得意分野こそ不安の温床となる。

得意分野こそ不安の温床である。順調なときの得意分野は、鋭意(一生懸命努力して)発展することができるが、ひとたび不調になると不安の温床となる。仕事でいえば、怠けてサボって成績が落ちたとき。失敗して落ち込んだとき。仕事がないとき。仕事が激務のとき。上司や同僚との人間関係が悪化したとき。恋愛でいえば、彼と喧嘩したとき。彼に距離を置かれて音信不通にされたとき。彼から別れを告げられたとき。得意分野の不調は、気を緩めるといつでも不調となる。ひとたび不調になれば、不安がどんどん押し寄せてきて、不安の温床となる。

人は得意分野の中で不安が起きている。
それが理解できれば、対策は打てる。

対策は、あなたの思考を変えること。
なぜ?得意分野で不安が起きるのか、それは得意分野だからこそ大切にしすぎて不安になりやすいから。でも、それは不安ではない、不安と勘違いしているだけだ。得意分野は得意分野だ。ちょっと怠けたから不安になっただけだ。これは不安でなく、自分を成長させるための材料だ。不安を肥やしにして人は成長できる。そういう思考を持てれば、不安は解消できる。


さて、では得意分野に戻ろう。

男性諸君。仕事で不安を抱えているのなら、この仕事は貴方の得意分野だ。気を緩めて怠けたから不安となった。あなたはいつまで得意分野で不安にいるつもりだ。早く気を引き締めて仕事に戻りなさい。明るく前向きに颯爽と、一個一個の仕事を丁寧に仕上げていけば、不安はいつのまにか解消されて、また鋭意発展できる。

女性の皆さんへ。恋愛で不安を抱えているのなら、この恋愛は貴女の得意分野だ。気を緩めて怠けたから不安となった。あなたはいつまで得意分野で不安にいるつもりだ。早く気を引き締めて恋愛に戻りなさい。明るく前向きに颯爽と、一個一個の恋愛に丁寧に取り組んでいけば、不安はいつのまにか解消されて、また鋭意発展できる。

得意分野の失敗や挫折は発展するためにある。不安になるためにあるのではない。さらに得意分野の不安は不安ではない。人を成長させるための道具にしかすぎない。サボったから、不安という道具が必要になった。このままでは人生を失敗させる道具だが、あなたがこの道具を奮起させるためにうまく使いこなせば、これは宝の道具となる。



ダメ男とは、みんなが反対する男性のことをいう。
一般的にいうと、経済的に自立できていない男性と、経済的には自立できているが精神的に自立できていない男性。どちらも社会不適合者である。

1,経済的に自立できていない男性。
お金を稼ぐ力のない男性。働かない、仕事が長く続かない、生活できるだけの収入を手にできない。貧困で金欠状態。例としては、生活費を払わない夫(離婚の原因の第二位)とか、何年付き合っても将来的に結婚の兆しが見えない経済的に困窮している男性。実家住まいで、ニートやオタクとなり親の年金で生活している男性。

2,経済的には自立できているが精神的に自立できていない男性。
生活できる経済力はある。さらに収入は平均的なサラーリーマンより高い場合が多い。エリートサラリーマンや高級官僚などの国家公務員。ベンチャー企業や中小企業の経営者。建設業や不動産業の成り上がり社長。医者(医学博士)や弁護士などの収入ランキングのトップクラスに君臨する士業。海外出張が多い大企業の商社マン。年収は軽く1000万を超えているが、精神的にはてんでバカな思考を持っている。つまりもう一方の頭が開発されていないのだ。こういう男性は女性を侮辱するモラハラ傾向がある。いいときは経済力に物を言わせ、夢のある時間と優しさを提供してくれるが、ひとたび彼の逆鱗に触れると、これが人間か?と思われるほど愛する彼女に対して酷い扱いをする。冷酷になって精神的に彼女を追い詰め、彼女をこれでもかと痛みつける。頭がいい分、侮辱や屈辱などの精神的な追い詰め方も、理に適っていて理屈でもって追い込む。これでもかと言わんばかりに。経済的には自立しているが精神的に自立できていない男性も最近増えてきた。

1は、昔からあるダメ男の典型例。
2は、最近増えてきた。
経済力はあるが、精神面がてんでダメな男性が増えてきた。

1は、ほぼ全員がダメ男といっていいが、2は、全員がダメ男ではない。
2の中にはもちろん真のエリートもいる。経済的にも精神的にも自立していて、仕事と家庭を両立させ、社会に貢献している立派な男性もいる。真のエリートはもう一方の頭が開発された男性のことをいう。もう一方の頭とは、人を心から愛することができる頭脳明晰な心を持っている男性のこと。独身のときは彼女を大事にし、結婚したら妻や子供を大事にする男性のこと。これが真のエリートである。だが、エリート社会に真のエリートがどのくらいいるか?となると、さて私にもわからない。どのくらい?なんだろうね、半分いるのかね、あるいは8割くらいいるのかね、よくわからない。私がいえるのは、川越占い館に鑑定に来ている女性の彼氏(エリート社会に君臨する男性)はみんなダメ男かもしれない。それはいえる。

さて、このダメ男だが。
女性たちはよく愛するわ。
ホントこれは頭が下がるくらい。

男だったらこんな男やめるけどね。
だが、女性は違う。
ダメ男でも愛する。

まあ、女性がいるからダメ男も救われているかもしれないね。
これでバランスが取れているのだから。
平等に人を愛するバランスがね。
このバランスによって、ダメ男でも彼女ができる。
これは世界共通だ。

でも、これは苦しい。
ダメ男との付き合いは苦しい。
だから、私のところへ鑑定に訪れる。
私は周りの友達のように、即座にやめなさいとは言わない。
話を聞いてから、やめた方がいいとアドバイスするときもあるし、続けなさいとアドバイスするときもある。

やめてほうがいいというアドバイスはそれなりの理由があってのこと。
続けた方がいいというアドバイスはそれなりの理由があってのこと。


それなりの理由とは、ダメ男の部類にもよるが、一番肝心なのは鑑定に訪れている女性の精神状態。ダメ男の心などどうでもいい。彼が何を考えているか、私にはだいたい解るが、そんなのどうでもいい。問題なのは女性の心の力。彼を改心させる力が女性に備わっていれば、続けなさいというし、彼を改心させる力が女性に備わってなければやめなさいという。

やめるときは「あきらめよう・・・そうすればうまくいく」を使い。
続けるときは「世界の成功法則」を恋愛に取入れる。
これが私の鑑定方針である。




燃えるような情熱で何かを成し遂げる。
それも幸せだが、何もなくても幸せだと感じよう。

燃えるような情熱が日本人全員にあるか?
ほとんどの人がないまま人生を送っていると思う。
多くの人が、人生でほんのひととき燃えるような情熱を持つことがある。でもそれは、一生ではない。一生では息が詰まってしまう。一生プレッシャーの中で燃える闘魂を維持するのは至難の業だ。人生100年として、燃えるような情熱を持つことが何年あるか?私はせいぜい1割の10年がいいところだと思う。9割の時間は平凡に暮らしているのではないだろうか。9割の平凡な暮らし、その平凡な生活を充実させるのが一番の幸せかもしれない。

平凡な暮らしをしていると、何か悪い気がする。
目標もなくダラダラ暮らしているのは、怠けているのではないかという罪悪感を持ち、人に遅れているのではないかと不安になることもある。でも、その考えは間違いだ。9割の平凡な暮らしをもっと大事にして満足するべきである。人間というものは、欲求不満さえ持たなければ、平和に安心して幸せに暮らしていけるようにできている。

この恋愛日記というブログは、一割の時間を楽しむもの。
うまくいっていない恋愛に、うまくいっていない仕事に、うまくいっていない人生に、このブログから刺激を受けて、燃えるような情熱を発揮して、挫折を乗り越え、困難を克服し、チャンスをピンチに変える動機付けにしていただければ、14年以上毎日書き続けた甲斐がある。膨大な記事だが、私にとっては人生の1割にしか過ぎない。毎日1時間から2時間をそれに充てただけである。

人生の9割を占める平凡な暮らし。
それに不満を持つのでなく、これでいいと満足しよう。
人は欲望を求めるもの。
異性を求めて恋をするのも欲望。
お金儲けに走るのも欲望。
地位と名声を上げるのも欲望。
人の欲望にはキリがない。
私は欲望を否定しているわけではない。
欲望があるから、想像力が生まれ人類は発展してきた。
多少の欲望はいい。
だが、過ぎた欲望は身を滅ぼす。

異性を求めることに欲張りすぎて身を滅ぼす。
金儲けに欲張りすぎて身を滅ぼす。
地位と名声に欲張りすぎて身を滅ぼす。
欲張り過ぎは身を滅ぼす。

幸せとは何か?
私は9割の平凡な暮らしの中にあると思っている。
人生で一番長い時間だ。
ここに不満を持つのでなく、ここに満足してもっと楽しむべきだ。
楽しんでいないから、欲求不満で苦しむのである。

人生の9割を占める平凡な暮らし。
その平凡な生活を充実させるのが一番の幸せではないだろうか。